ほのかな花の匂いが、今、拓真と緋美子が向かい合っている部屋に漂い始める。
その彼女のすぐ後ろにある出窓のカーテンが揺れるたびに、匂ってくる。……ううん? もしかして、これは彼女の匂い?
真っ白いワンピースのファスナーは、彼女が自分で降ろした。
それをただ見守るようにして拓真は見下ろしているだけ──。
緊張はしている。だけれど、緊張しているが為に、服を脱ぐことを彼女に任せているのではない。
ただ……。ゆっくりと何か覚悟を決めながら真っ白い服を脱ごうとする彼女のその仕草さえも、拓真には息を呑むほど綺麗すぎて。ただ、見とれているのだ。
だけれど、そんな彼女に見とれながらも、拓真は自分も、消防署の紺色の半袖作業着のボタンを外し、作業ズボンのベルトを外し……。そんな彼女に合わせるようにして、下着だけの素肌になる。それと同時に、目の前の彼女の身体から、ワンピースが静かに足を滑り、足下で輪になって床に落ちた。それでもまた薄いスリップドレスを身につけている緋美子。それでも、もう、彼女はそれだけで恥ずかしいのか、そっと拓真から顔を逸らしてしまう。
無理もないかと拓真も思う。清楚な白いスリップドレスでも、彼女の身体を覆っていた愛らしいワンピースとは違って、彼女の女としての身体の線を如実に描き出しているのだ。先ほどまでは可愛らしい白い花だったのに、しっとりとした花が咲いたようにさえ思える程に、急に匂い高き大人の女性を思わす姿を現しているのは拓真にも一目で分かる。
それは、この若さが溢れるばかりの青年である拓真にとっては、釘付けになる姿であるのは当然のもの。
それに、そこには拓真が今まで彼女に対して描いてきた『白い花だ』と、薄い夏着を一枚脱いだ彼女を見てもつくづく思うのに──。緋美子の肩越し、拓真の目にはどうしてか、庭に咲く大輪の赤い薔薇が目に付いた。
朝の汗を吸ってしまった白いティシャツを脱ぐと、その瞬間、ワンピースを脱いだ緋美子がとても驚いた顔をしている。
「な、なに。俺、変かな……」
女性に肌を見せるのは、自分だって初めてだ。
彼女に、好きで堪らない彼女にどのように見られるのか、拓真だって不安なのだ。
だが、緋美子は頬を染めながらそっと首を振り、そして恥ずかしそうに目線を逸らした。
「だって。そんなに逞しい胸をしているだなんて……。知らなかったから……」
「え? 俺の胸……?」
毎日、自分の胸として見ている拓真としては、彼女がそんなに驚く訳は分からない。そう思いながら、自分の胸板を撫でてみる。
……いや。彼女がちょっと照れたのも頷ける気がした。訓練や基礎体力作りで日々鍛えられてきたそれは、そう言えば? 昨年よりかは厚い物と成っているかもしれないと。
「タクは、やっぱり訓練をしている人なのね」
ふっと彼女の指先が、拓真の方へと向かってくる。
気恥ずかしそうに、でも、彼女のその細い指先が静かに拓真の胸板に触れる。
でも、それだけ。彼女は直ぐにその指を引っ込めてしまった。
それがどうしてか拓真には残念に思え、直ぐに緋美子のその指先を追いかけて捕まえた。
「いいんだ。俺に触れてくれ……」
その指先を、もう一度、拓真は自分の胸板に触れさせる。
拓真のその胸に触れた指先は、僅かな力だけ込めて触れる。自分の指紋を付けるだけのような僅かな、とても遠慮した小さな力で拓真に触れている。
怖いとか、どうして良いか分からないとか。そんな迷いの仕草ではない気がした。
「どうした?」
「ただ、これだけで……。私……」
緋美子がそこで消え入るような微かな声で囁いた。
──『もう、はりさけそう』と。
これで貴方に触れたら、どうなっちゃうんだろうと。
小さな微かな声でも、拓真にはその愛らしい囁きがちゃんと聞こえた。
それが堪らなく可愛らしく感じた拓真は、もう『待てない男』になってしまい、緋美子のその躊躇っている腕をひっぱり、ついに己の胸に彼女を抱きかかえていた。
本当にもう素肌が透けて見えそうな夏の白いスリップドレス。
その生地ごと彼女の身体を抱きしめると、本当に彼女の素肌が、もう拓真の肌に直に触れていると思うほどの感動を覚えた。
拓真の素肌に包まれている緋美子は、やはり緊張しているのか強張っていた。
そして彼女の息遣いも、震えている。それは拓真も一緒。そして彼女が言った『はりさけそう』という気持ちも同じ。『お前に触れたら、どうなってしまうのだろう』と言う、どうしようもなく溢れてくる熱い思いを抑えに抑えているのも、同じ気持ち。
拓真は震える息を静かに吐きながら、緋美子の頬と肩にかかる長い黒髪を、そっと背中へと静かに流した。
彼女の背筋に沿って、その長い黒髪を丁寧に降ろした際に、ふいに彼女の背筋を撫でていた。彼女がびくっと震えたのだが、それは怖いという感覚ではなかったようで、まるでもう既に拓真に愛され始めているかのような切ない表情を見せ、潤んだ目で拓真を見上げているのだ。
もう、駄目だと拓真は思う。
それでも、この華奢な白い花を乱暴に手折りたくない。
そうっと綺麗に摘みたい。
そして『僕の傍ら』でいつまでも咲いて欲しい。
そんな丁寧に大事にしたい気持ちだって溢れているから……。
「緋美子、いい匂いがするな」
「私じゃない……庭の……」
「ううん、きっと緋美子の匂いだ」
彼女の唇を拓真から塞いだ。
素肌を感じながらの口づけは、目眩がしそうな花の香りがした。
いつもの口づけ。
この一夏で、二人ですっかり慣れた口づけのはずなのに、まるでそれが初めて味わったかのようにして二人は一時愛し合う……。その甘さは、やはり格別だった。
「タク、私、怖くないから。あの……だから……」
彼女が言いたいこと。それはやはり女性からは言い難い事であるのが拓真には直ぐに分かった。
でも、それは嬉しい気遣い。
そんな彼女の頬を撫でながら、拓真はもう一度、彼女に口づける。
「お前こそ。駄目な時は言ってくれよ。じゃないと、俺……もう、駄目だから……」
その『駄目』と言った意味は、拓真の迷いを捨てた男の手先のことを言う。
緋美子が残した白いランジェリーに触れ、ついに彼女の小さな肩の丸みに沿って肩ひもを外すと、白いブラジャーの胸元が露わになる。
初めて触れたブラジャーも、背に回した手がホックを外すのは少し手間取ったけれど、ちゃんと拓真の手だけで外した。
……やがて、露わになった真っ白い乳房には、庭先で目にしたピンク色の薔薇の蕾のような胸先が震えていた。
華奢に見えていたが、こうして下着を取り払ってしまうと、彼女の裸体は大人びていて、色っぽい。
ワンピースの上に、落ちていくスリップドレス、そして真っ白いブラジャー。ついに緋美子はショーツを残して、夏の午前の光の中、真っ白い裸体を拓真に見せてくれている。
やはり、気恥ずかしいのか緋美子は、裸にしていく男になっている拓真から顔を逸らしている。
そして拓真の目は、そんな艶っぽい姿を初めて見せてくれた恋人に釘付けだった。
「……どうしよう、緋美子」
「え? どうしようって?」
先ほど、拓真の胸板に触れるのに、緋美子の指先はとても遠慮がちで躊躇っていた。
その気持ちが拓真にも良く分かってきた。
拓真の指先は震えながら、その小さな胸先の蕾に触れようとしていた。それに触ってしまったら『本当だ。俺もどうなるか分からない』と思った。
彼女はもしかして? 拓真の胸板に触れたら、頬をよせて抱きつきたいと思ってくれたのだろうか? 少なくとも、今の拓真はもう……そこを指でも口先でも、この手一杯に思う存分に愛撫したい気持ちが止まらなくなっていた。
いつの間にか、そんな彼女の裸体の前に跪いている。
「緋美子、俺……」
「……タク。いいのよ、好きにして。どんな風に愛してくれるの? 教えて」
その彼女の優しい声に許してもらったかのようにして、拓真の指先はついに……緋美子の愛らしい蕾のような胸先に触れていた。
庭で触ったことがあるつるんとした花びらを持つ薔薇の蕾を思わせた。しっとりとした花びら。それと同じような感触がした。
少し触れただけなのに、本当に薔薇の堅い蕾のように、彼女のその胸先が拓真に向かって尖った。
「……あっ」
その時に小さく漏れた緋美子の声。
聞いたことがない艶っぽい濡れるような声だったが、拓真はかなり感動をして、女神のように立っている彼女を見上げた。
濡れた黒い瞳。大和撫子の黒い艶やかな髪。なのに君はとっても白い花で、そして胸にはこんな綺麗な花を隠している。
そして彼女は、とても熱く拓真を真っ直ぐに見つめている。それはもう、欲してくれているとしか思えないほどに。暴走しそうな男の性を、彼女を驚かせちゃいけないと拓真が必死に抑えに抑えていた最後のストッパーを弾かれてしまった瞬間だった。
「──みこ」
「あっん……」
その口先は思うままに、目にしてしまった蕾を愛し始めていた。
唇がとても燃えている。この燃えている熱い唇に、この花はどこまで耐えてくれるのだろうか?
「緋美子、ひ、みこ……俺……」
「タク、拓真……。思った通り、あなた……すごい、熱い……」
そんな……。そんなに切ない声、泣きそうな声、震える声。そんな声で、この花はそうして耐えてくれている?
だがその花は、拓真の自分勝手に蠢くこの熱い唇を、その柔らかで豊かな乳房の中へと受け入れてくれる。
拓真の黒髪を掻きむしりながら、濡れた声を何度も漏らしても、緋美子はそんな拓真の激しい抑えられなくなった愛撫を両手に抱きしめてくれていた。
男の手は、本能なのか。初めてのはずなのに、自然とその手は乳房から彼女の腰を滑り、最後に残っている白い下着さえも上手く引き下ろしてしまう。
もう、彼女にも恥じらいはないのか。拓真になにもかもを許してくれるかのように、その最後の下着を降ろすことにも抵抗はなかった。
そして跪く拓真の目線、直ぐ下に、艶々と零れてくる光に煌めく漆黒の茂み。
男にとって、そこはいつまでも神秘だと、誰かが言っていた。拓真の喉が小さく唸る。どこか侵してはならない大切な物を壊すかのような、そんな緊張感。……なのに、気持ちはそこに行きたくて堪らない渇望感。
午前のまだ柔らかい日差しに、自分の汗ばんでしまった手が、そうっと彼女の柔らかな太腿を上へと沿って行き、そこに触れようとした時だった。
拓真の手は止まり、ある一点に釘付けになった。
「これ、『ほくろ』?」
緋美子の小さな臍の窪み。
そこを取り囲むように、大小大きさが違う三つの黒子が彼女の臍周りを縁取っていた。
それは、二人が若かったこの時代にはあまりなかったものだったが、現代で言うなれば、小さなピアスを散りばめているような……。そんな感じ。
「あ、いや。そこは、みちゃダメ!」
拓真にあんなに身体を許し始めていた緋美子が、急にそこは『絶対、阻止』とばかりに両手で隠してしまい、それどころか『良い雰囲気』だったのに拓真から背を向けてしまったのだ。
「どうしてだよ? おかしくないじゃないか」
「いや! こんな小さなところに、三つもあるなんて、おかしいじゃない!」
そうかな。と、拓真は首を傾げた。
取り立てて『醜い』とも思わなかったし、もっと言えばそれがあって『綺麗』という訳でもなく、ただ単に彼女だけの特徴のように思えただけだ。
それにふと見た限り……。
「そうかな。まるで惑星の周りを廻っている星に見えたけれど……」
「……星?」
「ええと、ああいうの、なんて言うのだったかな? 『衛星』?」
星までは良かったのかも知れないが、『惑星の衛星』などという男っぽい言い方がショックだったようで? 彼女は、急に泣くように叫び出した。
「衛星なんて、最悪!」
「違う、違う。なんて言えば良いんだ? 星座みたいだって……。だから、星みたいだって言っているだろう?」
拓真自身も上手い例えが浮かばずに焦るのだが、なんとか口から出たその『星座と星』と言う表現に、緋美子がふっと表情を和らげた。
「ごめん。俺、ロマンチストじゃないから」
「ううん……。あの、小さい時から気にしているところだから……」
臍を隠す為に離れてしまった緋美子の元へと、拓真はそっと歩み寄る。
そしてもう一度、柔らかに大事に彼女を抱きしめ、跪く。また目の前には、不思議な印のような三つの黒子。それを繋げるように三つとも順に指でなぞった。
「そんなに恥ずかしいんだ」
「……そうよ。学校の身体検査、大嫌いだったもの」
そんな彼女を想像し、拓真はちょっと笑ってしまうがなんとか堪える。でも、そのにやけた顔でふいにまた彼女の黒子をなぞっていた。
「やめて。そんなに触らないで」
「どうしてだよ。うん、可愛いじゃないか」
「ど、どこが?」
緋美子がそうして困っているのが……とは言えず、でも拓真はちょっとした彼女の秘密を知ったような得意げな気持ちになって、その彼女の臍の三点黒子に口づけていた。
「タク、ふざけないで……」
「ふざけていないよ。そんなに緋美子が恥ずかしくて誰にも見せたくないなら、今日からは俺だけのものじゃないか」
今度はその小さな三点を、舌先で一つずつ、突いてみた。
「や、やめ……て……」
右上のが大きくて、その向かいにある左下のは小さい。
そしてその間にも小さな小さな一点。
それを一つずつ舌先で繋げては、その黒子の上に辿り着いたら唇で吸った。
……自分でもこんなことが、こんな愛撫が出来る男だなんて思いもしなかったが、どこか、肩の力が抜けている気がした。先ほどの緊張感たっぷりの衣服の脱ぎ合い。その後の目眩がしそうな乳房の先に咲いている蕾との出会い。そして、急に糸が切れてしまった『緋美子の秘密』。そして拓真は今、そんな緋美子らしい緋美子を手に入れた気がして、それが自然な仕草としてこうして彼女の秘密を愛している。
やがて、嫌がっていたはずの緋美子が、臍周りばかりを愛撫している拓真の頭を撫でていた。
「誰にも見せないんだろう?」
「うん」
「俺だけだ……」
「……うん……タクだけ……」
「可愛いよ」
「本当、に?」
怯えて逃げまどっていた子猫を、手懐けたような気持ちだった。
彼女は先ほどのように、腿と腿の間に侵入されること以上に嫌がった臍の『三つ黒子』さえも、拓真に許してくれたのだ。
そう思うと、もう、何も怖くない気がした。
いつまでもその三つ黒子を、愛の印を見つけたかのように愛しながら、拓真の指先は今度こそ迷うことなく、彼女の腿と腿の間にある男が渇望する谷間へと滑っていく。その触れた先で感じたものは、男の拓真が知っている限りのものから予想していたことに反して、熱く潤っていた。それでもここがどれだけになれば、彼女にとってはダメージが少ないのかなどと考えてしまう。
そう……。きっと緋美子は『初めて』だ。
拓真はそう信じて、疑っていない。
だから、そこは本当に『真剣』に気遣いたく思っているのだ。
男の性は、そこをとてつもなく切望し、拓真のその指先は今にも彼女の中へと割って入りそうなのに……。
拓真はそこで、やはり躊躇していた。
そんな中、拓真の頭の中には、ある日『先輩』がふざけて言っていたことを思い出していた。
(じっくり、ゆっくり……だったかなあ?)
実際に、彼女をゆっくりと愛していると言うよりかは、そこの入り口で迷っている……という情けないものだったはずなのに。ふと気が付けば、出窓の前、柔らかな午前の日射しに真っ白に輝いている裸の彼女は、頬を染めて今にも泣きそうな顔をしていたのに気が付いた。
「……タク、そんなにしないで……? 私……」
もう涙がこぼれそうな揺らめく黒い瞳。
そして、噛みしめていたばかりに赤くなってしまった唇は濡れていて、その小さな唇で彼女が小さく呻いている。
それどころか、気が付けば、拓真が触れているその茂みは夕立でも降り立ったかのように湿って濡れていた。
彼女はそれがどんな自分になってしまったか分かって、それで戸惑っているのだろうか? でも、その跪いて彼女を指先で愛する拓真を見下ろす瞳は、とてつもなく熱っぽい。潤んだ眼差しが、どこまでも拓真の為に恥じらいを堪え忍んでいるかのようで……。
拓真はやっと立ち上がって、緋美子をその汗ばんできた胸元に抱きしめる。
彼女の肌も、既にしっとりと柔らかくなっている。
背中に流れる長い黒髪を見下ろして、この白い花が、今から本当に俺の手で摘めるんだという胸の高鳴りが飛び出さないようにと堪えていたのだが……。
「大事にするよ」
「拓真……」
「緋美子、ひ、みこ……俺……」
彼女の顎を掴んで、口づける。
静かにそっと二人で、シンクロするように倒れたのは、真っ白いシーツが綺麗にメイクされている緋美子のベッド。
さらりとした洗い立ての石鹸の香りが、ふわっと二人を包み込んだのだが……。
立っている彼女に跪いて尊く感じる愛撫をしていたのに、そのベッドで肌と肌を重ね、腕も足も絡め合うと、どうしてこんなに我を忘れたように獰猛な男になってしまうのか? つまりは、拓真はついに彼女の身体に思うままに飛びついていた。
「ひ、みこ……みこ……」
「あんっ、ああ……。ううん、た、たく……。たく……。ああ……」
それでも緋美子は嫌がって泣くと言うことはなかった。むしろ、拓真のその勢いに置いて行かれたくないとばかりに、背中に抱きついて、時々、頬を包み込んでは拓真がそこにいるのか確かめるかのように顔を覗き込む余裕もあるようだ。
そんな彼女を見て、拓真は意を決したようにして、その入り口へと触れた。
一瞬、二人の動きが止まる。拓真は綺麗に広がった彼女の黒髪の中に両手をついて、胸の下にいる緋美子の目を見つめ。緋美子は男の肩にしがみついて、拓真を見上げている。
良い? とか、良いわよ? とか。そんな会話はなかった。
まるで符号を合わせる為に出会った二人のように。その符号を合わせる為の儀式に向かっているかのような……。そんな神聖な見つめ合いは、眼差しの口づけのようにも思えた。
そんな緋美子と心を一つにしたかのような実感を、見つめ合うことでずっと確かめ合いながら……。
拓真は、そのまま愛する彼女の漆黒の眼差しに吸い込まれるように……。
「あん……タク。ううん……いっ……た!」
「ご、ごめん……俺……」
「や、やめないで。お願いだから、私、どんなになっても良いから……。お願い、そのまま、そのまま……」
どんなものか『友達から聞かされているから驚かない』と、緋美子がそこで笑ったのだ。
拓真も一瞬、微笑んだが、その後はかなり真剣、一カ所に神経が集中した。それは決して自分がいい気分を味わう為の集中じゃなかった。彼女を労りながら愛したいが為の、ゆっくりと優しく? でも、優しくなんて力加減が通用しなくて、拓真は彼女から弾き出されそうになるばかり。
「いいから……。タク、来て!」
「緋美子……っ!」
シーツを握りしめ、唇を噛みしめて堪える緋美子。
彼女のその気持ちに応えるかのようにして、拓真は迷っていた勢いをぐっとそのまま彼女の身体に注ぎ込んだ。
涙ぐんでいる緋美子、拓真の白い花がその手に摘まれた瞬間──。
白いシーツを握りしめ、身体に巻き付けて、緋美子はこの男に愛されることを望んでくれた。あの夏の朝──。
今でも拓真はそれを鮮烈に覚えている。
決して忘れることのない、あの夏の白い光は輝きを失うことはなかった。
「ヒ、ミコ……大丈夫か?」
初めての……。
よく分からなかった。
それが男の本能として満足したものなのかは。
でも、喜びに満ちているのは間違いなかった。
何故なら、そこに綺麗に微笑み口づけてくれる『花』が、愛おしそうに拓真を見つめてくれているからだ。
「大丈夫……よ」
それでも腰が抜けたかのように、横たわっている緋美子。
彼女の腿と腿の間には、所々、赤っぽい褐色の筋が走り描かれている。
それは拓真の指先にも……。だから、その手で彼女の肌をあちこち撫で回したせいか、緋美子の首筋や頬にも僅かに、その血の跡が付いてしまっていた。
真っ白い替えたばかりだろう、二人が寄り添って横になっているシーツにも……少しだけ……小さな染み。
「忘れないよ、俺」
「タク、私も……」
二人で腕を絡めて抱きしめ合い、今までにない濃厚な口づけを繰り返した。
その口づけの後、拓真は締めくくりとして、彼女の臍へと口づける。
「俺の──」
「ふふ。そう、タクの……ね」
それから先、何年も拓真だけがこの臍の三点黒子を愛していく。
誰にも見せないで欲しいと囁きながら、拓真はその都度、そこを愛し続けていく。
そしてやがて、妻となるこの白い花は、時にはそこを愛されることで敏感に感じ取ってくれるような身体になってもくれた。
それは永遠だと……この時の拓真は思っていたのに。
初めての睦み合いを交わし合い、緋美子もやっと落ち着いたのか彼女からベッドを降りてしまう。
彼女が向かったのは、白いレエスカーテンが揺れる出窓。
そこからちらちらと、赤い蔓薔薇が揺れながら見え隠れしている。
「暑くなってきたわね。シャワー浴びる?」
『女』になったばかりの白花が、臆することなく裸のままの格好で、出窓から庭を覗いた。
拓真が裂いてしまった血の跡が腿に残る姿で、彼女は長い髪を色っぽくかき上げる。
……急に、大人の女の仕草になった気がして、拓真はドキリとさせられる。
そしてやっぱり、彼女の肩越しに揺れている庭の赤い薔薇に目がいってしまった。
そう、彼女はこれから緋に染まる花になる。
その足に残っている血の跡は、まるでそれの始まりを告げたかのように、彼女の白い股に咲いたのではないか?
後に拓真はこの日の光景を、そんな風に焼き付けて思い返すことになる。
Update/2007.04.18