今は初夏。
北の海は冷たいガラスの質感を思わせるのだが、色彩は水彩画のように柔らかい。
冷たさの中にも、密かに息づいている優しさに、彼はふと目を細めるのだ。
その風情の中に、彼の『青春の匂い』が立ちこめるから──。
そして、彼はこうして戻ってきてしまった。
いいや……戻ってきたかったのだ。
『彼女』と一緒に。
せめて、愛し合った想い出の中で、終わりを告げたかったから──。
だから、戻ってきた。
彼の周りの人々は言う──。
彼が将来ある道を自ら断つように、この土地へ向かうことを決めたのは『妻』が亡くなったことを未だに断ち切れないから──。
あるいは、その妻が忘れられないのに親子ほど歳が離れた若い後妻を迎えたせいで、おかしくなったのだ。と、言う者もいた。
そして彼は、その若き後妻とも『決別』してきたばかりだ。
彼は懐かしい海の水平線へと遠い目を馳せる。
一時、彼は懐かしい潮騒を堪能し、次には気を取り直すように伸びをした。
さあ、彼の新生活がスタートする。
気持ちを切り替えて、彼は彼なりに生きていこうと思っているのだ。
……ひいては、それは『若い彼女の為』でもあるのだから。
だけれど、東京の職場を離れる時の上司の声が聞こえる
『ハイパーレスキュー隊の次期隊長と言われていたお前が……残念だ』
そんなこと、どうでも良い──。
彼は海に背を向け、心でそう呟く。
そんな時、自分でも思う。
──彼女を今でも愛しすぎている。
そうなのだと。
何故、今──彼女は俺の傍にいないのだろう。