20.嬢ちゃん涙

 

 騒ぎが収まった階段を駆け上がって、葉月は突き当たりの『ゲストルーム』を目指す。

 

 「隼人さん……?」

ドアをそっと開けると、彼が大きなベットに腰をかけ

両手で額を覆ってうなだれていた。

そんな姿──。

そんな寂しい姿──。

彼は、葉月の前であまり見せることがない。

この部屋に入った時に、子供に抱きつかれたみたいに彼が抱きついた。

それとはまた違った、奥が深そうな哀しい空気を彼がまとっている様……。

でも……。

──『いつも偉そう──! とかいう、お前の兄様側近じゃないかもしれない俺だぞ』──

『横浜に一緒に行こう』……そう決めた時、彼がそう言った。

だから、葉月も逃げてはいけない。

いつも頼りにしている彼が、らしくない姿を見せていても受け入れなくてはいけない。

だけど……隼人のように葉月自身に『魔法』をかけてくれるようなしっかりした言葉が浮かばない。

そして……何故? そんな風に寂しそうにしているのか……解らない。

思い当たるのは『思慕』しかない。

 

(和人君の為にした事は、隼人さんには見せちゃいけないことだったって事?)

 

葉月は、先程自分が巻き起こした『騒ぎ』を最初から最後まで思い返した。

隼人の様子が変わるとしたら何処かと?

『美沙への思慕』が『原因』であるならば……

(あ……)

やっと解った……。

(和人君の前では、母親である美沙さんを見て……)

信じたくないが……そんな隼人があるなんて考えたくないが……。

『和人君が羨ましいとか!?』

いや……違う!……と、葉月は首を振った。

隼人はそんな兄ではないはずだ。

和人のように『何でも兄ちゃんが一番なんだな!!』と思っていたとしても

隼人は和人よりずっと大人だから、弟に対する『羨望』は割り切っているはず?

だとしたら……?

『美沙さんが……本当のお母様じゃない事?』

もっと考える。

『昔、ママと錯覚していた彼女が……今は母親とも重ねられず……。

だけど、弟の前では正真正銘のお母様だから……?』

そこまでしか隼人の思う事が計れない。

そっと、開けたドアから隼人を見つめることしか出来ずに、近寄ることも葉月は出来なかった。

その内に……

 

「悪い……。一人にしてくれないか?」

 

「!!……」

 

葉月の入室は……受け入れてもらえなかった。

「すぐ……下に行くから……今は」

「解ったわ」

葉月は、自分の力なさを噛みしめながら泣きたい気持ちでドアを閉めようとした。

「……肩、大丈夫なのか?」

ドアの隙間から、静かな一言が聞こえてきた。

こんな時でも……自分を気にしてくれる人。

そして……そう気にして欲しかった自分に自己嫌悪さえ感じた。

嬉しいのだが、複雑だった。

如何に自分が常日頃、彼の気遣いに甘えっぱなしである事か。

彼を救う言葉も見つからない子供であるか。

「平気よ。昼間、お薬飲んだし……じゃぁ」

そっとドアを閉める。

休む唯一の部屋を入れてもらえなかったので……葉月はリビングへ戻ることにした。

本当は……かなり『無茶した』と思っている。

何故なら……左肩が『どくどく』と脈を打つみたいに痛みが続いていた。

でも……今の葉月は、肩の痛みより……『心が痛い』

 

 

 ため息をつきながらリビングに戻ると、美沙がキッチンで夕食の支度をしていた。

その様子を見て……手伝うべきなのだろうが葉月の心境は

そこまで解っていながらも、そんな余裕がなくて……。

リビングにも入れずに、回れ右……。

また、ため息をついて階段を見つめた。

仕方がないから、階段を二、三段上がったところで腰を下ろして座り込んでしまった。

(……)

頬杖をして一人考え込んでいると……

「あら? 葉月さん……そんな所で」

キッチンの扉から出てきた美沙に見つけられてしまって、葉月は慌てて立ち上がった。

気まずく、何も言えずに俯いていると……美沙はにっこり。

「ふふ。隼人ちゃんに、追い出されちゃったの? しょうもない『お兄ちゃん』ね?」

隼人の心情も、葉月が何故一人そこにいるかも『お見通し』のようだ。

『敵わないな……』と、葉月は微笑んで立ち上がる。

「いらっしゃい。そんな所で座っているなんて身体が冷えるわよ」

美沙のこの上ない笑顔……。

葉月はやっぱり『姉』を思い出してしまって、素直に美沙に誘われるままキッチンに入る。

「手伝います」

先程はそんな気になれなかったのだが、今度はそういう訳にも行かぬだろうと

葉月はステンレスの流し台で立ち回る美沙の横に立った。

だが──

「いいのよ。素敵なお洋服が汚れて……『お兄様』ががっかりしたら、私のせいだわ?」

「でも……」

葉月が躊躇っていると、美沙が白い皿とスプーンを用意して冷凍庫から何かを出した。

「うちの『小僧ちゃん』には内緒よ?」

口元に『シー』と、一本指を立てて美沙が……

和人がお土産に買ってきた『おすすめアイス』を一つ出してくれた。

『小僧ちゃん』の一言に葉月は……思わず微笑みをこぼし……

そして……結局自分も『お嬢ちゃん扱い』されていることにも素直に笑ってしまった。

こんな『お嬢ちゃん扱い』……日頃はとても疎ましく感じているのだが

こんなに暖かくて、素直に気持ちがよいのも滅多にない事。

感じるとしたら……小笠原なら『ロイの妻:美穂』か……

滅多に会えないお嫁に行ってしまった『鎌倉の従姉』ぐらいだ。

「頂きます。お姉様」

お姉さま……の、一言に美沙も嬉しそうに微笑んでくれた。

まるで子供のように……お姉さんがキッチンでサラダをこしらえている背中を見つめながら

出してくれた『ストロベリーチーズ味』のアイスを頬張っていると……。

「いいわね。葉月さんは、お兄様がいるのね?」

「従兄ですけど……年が離れているので、なんやかんやとうるさいだけですわよ?」

すると美沙が、肩越しから『クスリ』と微笑みを返してきた。

「私はね……『弟』が一人いるの」

「そうですか……」

「勿論、隼人より年上だけどね? もう、結婚して両親と同居しているわ」

「従兄は結婚していませんが、女の従姉の方は二人とも結婚して鎌倉を出ています」

そんなお互いの家庭環境を世間並みに紹介し合う会話。

「あら? お兄様……おいくつなの?」

「今年39歳になります」

そういうと、美沙が驚いたのか振り向いた。

「あら! そんなにお歳が離れているの? 私とそんなに変わらないお兄様ね??」

「え、ああ……そう言えば。そうですね! 思いつかなくて……」

改めて比べてみると『確かに!』と葉月は唸った。

道理で……そうなると美沙は皐月姉より歳は上だが『同世代じゃないか!?』と葉月は驚いた。

(それで……変な感覚に陥ったのかしら??)──と。

「お兄さんがいるって、私からすると『憧れ』なのよね……羨ましいわ」

「そうですか? 口うるさいだけですよ?」

「ふふ。お兄さんがいる妹さんの常套句ね……それって。それでも羨ましいのよ」

「…………だから、お父様を?」

きっとそうなのだろうと思って……『失礼』と解りつつ葉月はそっと尋ねてみた。

美沙は『お嬢ちゃん』になっている葉月からの『おませな突っ込み』に

やや驚いた顔を一瞬刻んだのだが、すぐに微笑み返してくれた。

「そう。とっても素敵な人だったのよ。『和之さん』」

『!!』

少しはにかんだ微笑みを灯した美沙を見て葉月は『やっぱり』と確信した。

『年上の男に憧れる女性』

長女が良く持ちそうな『気持ちそのもの』だったのだと……。

皐月姉も、そうだった。

右京とは歳が二つしか違わないが、従兄と姉は『対等』……いや?

姉が背伸びをして『従兄:右京』と対等に張り合っていた記憶がある。

右京とは同い年なのに若い頃から妙に『風格』を醸し出していた『落ち着いている男:純一』には

右京とは違って、姉は尊敬して頼っている雰囲気を幼心に感じていた。

きっと……それと一緒なのだと。

そして、美沙が初めて『女性』で『美しい妻』に見えたのだ。

「お父様、今も紳士で素敵ですけど。昔はうんと格好良かったのでしょうね?」

「ふふ。わかる?」

美沙は途端に表情が華やいで、それがとっても『自慢』といった風で嬉しそうだった。

『愛しているんだ』と、葉月は実感した。

そう──今だって……。

(これじゃぁ。隼人さん、かないっこないわね)

葉月としては、安心なのだが……

彼の幼き時よりの恋心がなんだか可哀想にも思えてくる。

でも──仕方のないことなのだ。

今時点だって隼人は『和之』を乗り越えているほどの『風格』は比べてしまうとないのだから。

「今は、白髪混じりの還暦をこえちゃったお爺さんになりかけているけど……」

美沙が急に哀しそうに俯く。

「でも……」

葉月が思うところを口にしようとすると……美沙はすぐに微笑み返して

「でもね。今でも素敵な旦那様と思っているわよ♪」

「……」

「昔と違って『情熱』とかじゃないの。今はね……今は……たぶん」

美沙はちょっと寂しそうに俯いた。

でも……葉月はこれだけ聞いたら充分だと思った。

「ご馳走様でした。アイスも甘いけどもっと甘いもの頂きました」

にっこり笑いながら、アイスクリームを平らげたお皿を美沙に差し出すと、

美沙が照れながら微笑んでくれた。

「あら、本当。生意気なお嬢様」

「はい。中佐にも、兄様にもおじ様方にも皆にそう言われます」

お互いにクスクスと笑い始めた。

きっと──和之の方が遠慮しているのだと……段々解ってきた。

妻は益々輝かしい華の女性。

自分は老い始めた白髪混じりの60男。

『もう一度、距離を縮めれば……』

きっと……昔の華があった時代と変わらぬ夫妻仲が取り戻せると思った。

(私……まだまだかなぁ)

『大人の恋、愛』

葉月は全然自分は解っていないと改めて思った。

やっぱり……自分は『お嬢ちゃま』なのだ。

姉のような女性の前で葉月はすっかり甘えてくつろいでしまった。

 

そんな美沙に葉月は……

「私……姉がいました」

自分からはそう話さないことを言いだしていたので自分で驚く。

美沙もやや驚いた風で、白い皿を手にしたまま、ダイニングに座っている葉月を見下ろした。

「そうなの?」

「十歳の時に……亡くなりました。十歳年上の姉で……生きていたら……生きていたら……」

美沙を見つめていると……何でだろう??

こんな甘い大人の女性に触れることは、軍隊の日常ではほとんどあり得ないからだろうか?

なんだか美沙の暖かい表情を見ていると、涙が出てきた。

美沙もそんな葉月の突然の様子に困惑しているよう……。

「生きていたら……今月で37歳でした。美沙さんと同世代……。

なんだか……思い出しちゃって……こんな風にお話ししていたら……」

短くなった栗毛の中、俯いてそっと指で涙を拭っていると

美沙が横にやってきて葉月が座っている椅子の横にしゃがみ込んで肩をさすってくれた。

その優しい手、温かい手、甘い眼差し。

どれを取っても……思いだしてしかたがない。

「そうだったの……そうだったの……」

美沙がそっと葉月の顔を覗き込んだ。

だけど彼女はそっとあの柔らかい笑顔を見せてくれる。

「じゃぁ……丁度いいわね? 私、妹が欲しかったのよ」

その言葉にも、葉月は涙が溢れて来るばかり……。

(どうして? こんな事、一度だって……)

やっぱり、大好きな隼人がずっと恋い焦がれて来ただけの女性だと思った。

『敵わない』と思った。

でも──

 

そう──美沙も大好き、気に入ってしまったのだ。

 

だけど……隼人が入る隙は一つもない……。

それもはっきり解ってしまった。

葉月も美沙の言うことが少しは解る。

和之が『一人の男性』になると『お嬢ちゃま』の葉月だってときめくほど

今だってとっても素敵な男性なのだから。

『勝ち目はなさそうだけど……解っているし割り切っているみたいだけど……』

隼人は、今からどうやって今回の帰省で『自分まとめ』をするのだろう??

涙も落ち着くと安心した美沙が、再び始めた水仕事を眺めながら、葉月はそっとため息をつく。

 

 

「メシ、まだぁ?」

美沙の料理仕事が一段落したところで、リビングで葉月は彼女のセッティングを手伝っていると

『小僧君』が、やって来たのだ。

「もうすぐよ」

和人が腰を押さえながら気まずそうに葉月と目線を合わせる。

だけど……彼もすぐにニッコリ。

そう深く拘らないところが、どうやら彼の本質のようだった。

「ねぇねぇ! 葉月さん! さっきの投げって自分より大きな身体の相手でも本当に飛ばせるんだね!」

葉月の目の前にやってきて目を輝かせるのだ。

葉月は今更ながら……後先考えずに突っ走ってしまう自分の性分が恥ずかしくなってきた。

「本当、凄かったわ!」

美沙も息子の機嫌がすっかり良くなったせいか、そういうのだ。

「……父が武道家だから……。掴みと跳ね上げる場所はとことん訓練してくれて。

軍隊では、特にアメリカにいたから……大きな男ばっかりでしょ? 仕込まれたのよ」

「アメリカにいるっていうお父さんの事!? 葉月さんって帰国子女なの!?」

「う、うん。そうよ?」

「凄いな! お父さん会ってみたいな!!」

「そかしら? 普段は呑気で、緊張感なくて……へらへらしているゴルフ好きのおじさんよ?」

「でも、偉い将軍様なんしょ? 俺の親父だってゴルフ好きだよ〜」

「でも、しっかりしていて素敵なお父様じゃない?」

「どこがぁ??」

「私だって……父を見ると『どこがぁ?』って感じよ?」

末っ子二人の会話に、美沙がクスクス笑いながら中華のオードブル皿を並べ始める。

「和人と葉月さんは、似ているかもしれないわね」

大人の美沙にそういわれて、母親にそう言われて

葉月と和人は顔を見合わせてしまった。

「そうかなぁ?」

「私も末っ子」

葉月がにっこり笑うと、和人は意外だったのか驚いた顔をした。

「うっそー? そうは見えないけどぉ」

「本当よ? 軍隊の中だって、兄様だらけで、強い姉様も昔はいたし……。

いつも『オチビ』とか『リトル』とか言われて敵わないんだから!」

不思議と和人とは会話が弾んでしまうのも、やっぱり『小僧ちゃん』と『お嬢ちゃん』なのだろうか?

と……自分で腑に落ちなくなってしまう。

「昔って?」

思わぬ突っ込みに葉月はおののいたのだが……

「和人、お兄ちゃん呼んできてくれる?」

「あ。うん……寝てるのかな?」

美沙が察して和人の関心をすぐに逸らしてくれたので葉月は、そっと眼差しで感謝を向けた。

和人は言い付けられた通りに、すぐに二階に上がっていった。

美沙はそれでも素知らぬ振りで、夕食のセッティングを進めているだけ。

そんな美沙を見つめながら……葉月は……

(和人君も真一と年頃変わらないし……お姉ちゃまが生きていたら……

やっぱり……こんなママだったのかしら……?)

今日はどうしても、そう思えて仕方がない。

また……涙が溢れそう……。

 

ここに来て……こんなに、こんなに『昔』を思い出すのは何故なのだろう?

 

ここに……葉月が得られなかった、見届けられなかった『家庭』があるというのだろうか?

 

だとしたら……やっぱり『隼人』をここに戻してやらねばならない。

小笠原で葉月の側だけで良いなんて……言わせてはいけない。

 

葉月は、また、出てきそうな涙を堪えてそう心に強く思い始めていた。

 

どうすれば良いかなんて……解らないけど……。

 

 

隼人が和人と一緒に二階から降りてきたのだが……

やっぱり浮かない顔をまだしていた。

だが、今度は和之と昭雄がそろってリビングに降りてきて合流。

「さぁ。夕飯と行こうかな?」

和之が上座のソファーに一人で腰をかけた。

昭雄と和人が仲良く並んで長椅子に。

隼人は伯父の向かい側の長椅子に疲れたように無表情に座り込んだ。

「さ。葉月君も……お酒はいけるかな?」

隼人の横になにげなく座った途端に、和之が微笑んできた。

「まだ……お薬を服用しているので……」

「少しぐらいはいいんじゃないの?」

隼人が、やっと微笑みかけてきてくれたのだ。

「なぁ。親父の秘蔵のワイン出してくれよ」

「ああ。あったなぁ」

「いえ……そんな大切なワイン……」

葉月は遠慮しようとしたのだが……

「私も飲みたいわ」

葉月の横にやって来た美沙がやんわりと入ってきた。

「一緒に少しだけ、頂きましょう?」

美沙が葉月の腕をさすりながら隣りに座ると……

今度は反対側、葉月の隣りに座っている隼人が強ばったのがわかる。

葉月も複雑な心境だったが。

美沙は、平気のようだった。

葉月がやって来た昼間よりかは、固さが溶けている。

むしろ、葉月とうち解けた雰囲気に夫の和之が満足そうに微笑んでいた。

でも……隼人は……。

(仕様がないわよね)

葉月は、今は無理だろうと気付かない振りをした。

和之がサイドボードからワインを出して、それに合わせて美沙でなく

昭雄がまるで自分の宅のようにキッチンに入り、コルク栓抜きをにこやかに義弟に差し出す。

和之が器用に、アルミを切る仕草を葉月は『うっとり』眺めていた。

隼人がキーボードを打つ手に時たま、『色気』を感じるのだが

それと同じ感触があったのだ。

その男の手が、コルク栓を抜く様を……ジッと見つめている横で

妻の美沙も同じ様な眼差しだったので、葉月は驚いた。

(やっぱり〜……なんか、同じ女性として解る〜)

夫の器用さに、まだ、その眼差しが出来るなら大丈夫だと葉月は思う。

美沙はいつだって、和之の胸に飛び込む情熱はまだ持っている。

(だったら……やっぱりお父様側からなにかキッカケ作らないとね……)

勿論、首を突っ込むつもりはない。おそらく──。

美沙が年老いた夫に幻滅しているのじゃないかと……。

代わりに隼人に何か求めているんじゃないかと……。

そんな予測をした自分が恥ずかしくなってきた。

人のことなど、勝手に想像するのは勝手なのだろうが、決めつけてはいけないのだと思った。

葉月はそう思うことが出来たのだが。

隼人は……どう感じているのだろう?

横で食事を進め始めた彼をそっと見つめると……

「?……?」

いつもの穏やかな表情だけは葉月には向けてくれた。

葉月の隣で、美沙も皿にエビチリなどの料理を取り始める。

隼人も……皿を持って料理を取り始める。

そして……

「ほら、これ。美味いよ」

「はい。葉月さん……召し上がって?」

両脇の二人がそろって、葉月に料理を取って差し出したのでビックリ……!

勿論、両脇の二人も真ん中のお嬢様に揃って差し出したタイミングに静止してしまった。

「そっちもらったら?」

隼人がまた、無表情に取ってくれた皿を引っ込めてしまった。

美沙も……そっと自分の前に置いてしまう。

「あ、はい。頂きます!」

葉月は両方のお皿を自分の前に持ってきて、一口づつほおばった。

 

「はぁ〜、とっても美味しい♪ 横浜に来たって感じ!」

葉月がやっと一言感想を述べると、そこにいた皆が揃って微笑んだのでホッとした。

「これこれ! 葉月さん! これも!!」

和人まで、自分のお薦めを盛って葉月に差し出してきた。

「うん! カシューナッツが入っていて美味しい!」

「だろ!?」

和人のグッとサインに、葉月も調子に乗ってグッドサインを返した。

「なんだか、お嬢さんと和人。凄く気があっていないか?」

隼人がそんな二人を見て呆れつつも笑い始めたのだ。

和人もやっとお兄ちゃんのいつもの笑顔が見られたと安心したのか……

「だよね〜! 俺達、末っ子同士だもんねー」

と、それらしい調子を彼も取り戻したようで急に食事の席に明るさが宿り始めた。

「はい、葉月さん」

和之がコルクを抜いたワインボトルを昭雄が最初に葉月に差し向けたのだ。

「あ、有り難うございます」

和之に差し出されたグラスを持って、葉月はそっと微笑みながら傾ける。

「…………」

そう多くは喋らない恋人の伯父だが……。

なにやらもの凄い存在感を葉月は感じ始めていた。

和之も義兄には一目置いているのが良く解る。

そんな男性から受ける一杯。

葉月は注がれる赤ワインの色を確かめながら、緊張してしまった。

その上、葉月が口を付ける瞬間を皆が見守っていたりする。

 

「中華にワインも悪くありませんわね。渋めの赤で油料理に合っていますし……

かなりドッシリしていますけど?」

「いやぁー。流石、御園のお嬢様。言う事が違うね」

昭雄が満足そうに微笑んでくれた。

「いえ。私はワイン云々は良くは知りませんが……父が好きなものですから……」

昭雄がレディーファーストで葉月の次には美沙に注ぐ。

そして隼人に……和之にと注いでいると

「いいなー。俺だけ未成年……呑めないジャン」

和人が伯父の横でふてくされ始めた。

「お前も飲んだらいい。ここに警察はいないしな」

和之がシラっと呟いたので、他の大人達は驚いて一斉に和之に視線が集まった。

勿論……和人も驚いた様子。

「え? えっと……いいのかよ?」

「お前もな。ワインの一つでも味覚えないとな。その洗礼を受けさせてやる」

「じゃぁ。グラス持ってくる」

隼人も柔軟な父親に賛成したのか、嬉しそうにキッチンへ向かった。

和人が気まずそうに向かいにいる母親を伺っていた。

「お兄ちゃんの昇進祝いだから。特別よ。良かったわね? 和人」

ニッコリと優しそうに微笑んだ母親の笑顔に、和人はまた驚いたのか硬直していた。

「ほら、和人」

お兄ちゃんがグラスを差し出すと……和人は、躊躇うようにそれを受け取っていた。

「ちょっとだけ」

和人に向けられた伯父が差し出すワインボトル。

「おや? 酒が怖いのかな? カズは」

伯父のからかいにやっと和人が『違うよ!』とムキになった。

「そう言うところ、お嬢さんに似てる」

隼人が弟をからかう。

「失礼ね!」

その横で葉月がムキになると、大人達がドッと笑い声を立てたのだ。

 

そうして……食事が進む……。

葉月を挟んだ『空軍話』に花が咲く。

和人も、機械屋の息子だけあって興味津々に聞き耳を立てて会話に参加してきた。

美沙は、しっとりと葉月の横に座って男達に流れは任せていた。

夜が更けて行く……。

 

いろいろと交差する澤村一家を見た一日だったが……。

食卓は、滞りなく笑いが絶えない時間になって葉月はホッとしていた。

 

ホッとした途端というのだろうか?

 

「隼人さん……お手洗いどこかしら?」

「あ、えっと……」

「いらっしゃい……葉月さん。案内するわ」

葉月を真ん中に男同士で会話が盛り上がっていると見て、美沙が立ち上がってくれた。

女同士とあってか、隼人もそこは美沙に任せてくれたようだった。

 

「どうしたんだろうね? 美沙さんと葉月さんは急に距離が縮まったみたいで」

女二人が去ったリビングで、昭雄がそっと呟く。

「夕方、キッチンで母ちゃんとなんか話していたみたいだよ」

和人はまだガツガツと料理を食べている。

「……」

隼人の無反応を和之はそっと眺めて思うところがあるようだった。

 

『葉月さん? 葉月さん!?』

 

廊下の奥から美沙のそんな声がして、男達は一斉に顔色を変えて……

隼人と和之が一緒に立ち上がった!

 

「隼人ちゃん……! 葉月さんが……気を失ってしまって!」

 

「え!? なんでだよ!!」

 

血相を変えた美沙がキッチンの扉から踏み込んできた姿を見て

リビングにいた男達は一斉に動き出す!