56.チーム
さざ波の音。
照りつける太陽。
真っ青な空。
空に追いつこうと一生懸命背伸びのフェニックスが
この日も御園家の庭で、青い空を仰いでいた。
「葉月! もうすぐ迎えが来るぞ!」
隼人は彼女の部屋のドアを激しく叩いた。
『もう、着替えているわよ』
そんな声がして、隼人はドアを開ける。
「そんなに激しくたたかないでよ!」
ベッドの周りに散らかった服を葉月が拾い集めていた。
日曜日の朝。
達也の運転でマリアと四人、マイアミへ出かける前だ。
マリアの準備で、パーティは火曜日の夜、勤務後すぐ集合となった。
御園家もひさしぶりの大きなパーティで亮介も登貴子もベッキーも大張り切り!
昨夜から準備について、かなり興奮気味に相談をして楽しそうだった。
そして、朝──。
こうして隼人と葉月は準備をして迎えを待っていた。
「おい」
隼人が声をかけると、散らかっている物を片づけている葉月が
フッと立ち上がって振り向いた。
「なに? もう今、バッグを探しているんだから」
「……」
「なによ?」
隼人は溜息をついた。
葉月がジーンズを穿いていたのだ。
上のブラウスは紺色で、袖口と裾が広がるレイヤードの女性らしいブラウスだったのだが……。
「おまえさ……解ってるのかよ?」
「何が?」
「もうちょっと『お出かけ』って恰好が出来ないのかよ?」
「何言っているのよ? アメリカに来たらジーンズでしょっ!
隼人さんだってジーンズじゃない? きっと達也もジーンズだもの!」
マリアがまたガッカリするのじゃないかと隼人はため息……。
ところが……
「もう……水着は何処に行ったのかしら〜」
葉月が腰をかがめた。
ブラウスの裾がふわっと舞い上がり……
「!!」
チラリと葉月のウエストが見えた時──隼人は息を呑んだ。
「ちょーっと! お前! なんだそのジーンズ!」
隼人は部屋に入って、葉月に駆け寄り……
かがんでいる葉月のジーンズを掴みあげた。
「きゃ! なにするのよ!!」
「そんなジーンズ持っていたのか!?」
そう……今にもお尻の割れ目が見えるのではないか?と言うほど
腰が浅いローライズジーンズだったのだ。
「ええ? 持っているわよ? そうねぇ? 20歳頃穿いていたかしら?
こっちで帰省中に買って……クローゼットに置いて帰っていたみたい? 昨日、見つけたの」
「穿き替えろ!」
「ええ? なんでー?」
「こんな恥ずかしいジーンズはやめろって言ってるの!」
「ブラウスで隠れるじゃない? これ、兄様がこのまえ横浜に行ったときに
買ってくれたブラウスよ? これのお揃いのスカート穿くとお洒落すぎて
変に場違いなんだもの」
「……」
隼人はそっと裾広がりのヨーロッパ中世風ブラウスをめくってみた。
腰骨の半分まで下がっているジーンズ。
今にも葉月のあの部分が見えるのじゃないかと変に男としてドキドキとした。
こんなジーンズだったら、葉月がいつも愛用しているようなヒップをすっぽり包むような
ショーツを穿いていないことも想像できた。
ジーンズからはみ出ないよう、小さなショーツ。
それを想像しただけで、隼人は変な気持ちになってパッとブラウスを離した。
「ふふ……何を想像したの?」
葉月が解りきったように隼人の顔を覗き込んだ。
「おまえさ……俺をからかっているのかよ……」
時々、こんな風にして葉月の『生意気』は存在する。
「ちょっとね。そんな気分になっただけ」
葉月がツンと立ち上がった。
「そんな気分って? なんだよ?」
「……内緒」
葉月が益々ツンとした。
「まったく……なんだよ」
隼人にはさっぱり解らなかったが……。
その意味を上手に感じ取ってもらえないのを不満に思ったのか
葉月がもどかしそうに頬を膨らました。
「……誘惑してみたかったの」
「はぁ!?」
考えてもみなかった葉月からの言葉に隼人は面食らった。
「……ちょっと隼人さんにドキドキしてもらいたかっただけよ。
いいでしょ? ブラウスで隠れるんだから、他の人には解らないわよ」
「でもなぁー!?」
腰をかがめたら見えるかもしれないじゃないか!? と、隼人が突っかかろうとすると……
「……そんなに怒るなんて思わなかったわよ。
気が付いたら喜んでくれるかと思ったのに──」
隼人は『嘘だ』と今、目の前に起こっていることを否定したくなった。
こんな葉月は今までなかった?
いや──隠していたのか!?
本当はこういう気持ちも隠し持っていたのか!? と──。
「そういうのは『大人』になってやることなの!
いや! 大人はさり気なくして、そういう事は言わないの!」
「もうすぐ27よ? 私。でも……やっぱり子供扱いなのね」
「お前がそうさせているんだろう!?」
なんだか急に『背伸びのお嬢ちゃん』になっている気がしてしまった。
「こんなにちっちゃいんだから……昔、はいていたんだけど」
葉月が指でツイっと何かの大きさを現した。
「……」
小さな三角形で、それが今穿いている彼女の下着だと解った。
「解ったよ」
隼人は真顔になってスッと葉月の前に立ちはだかった。
そして……
「きゃっ!」
葉月を膝から抱き上げて、すぐ側の窓辺に腰をかけさせる。
「そんなに俺に触ってもらいたかったのか?」
「……」
急に葉月が緊張した顔になった。
男のからかい方も、いざとなったらそうして緊張する所も……
まだなんだか幼い少女が考えそうな事で隼人は心の中では笑っていた。
「知らないからな……どうなっても……」
葉月のジーンズの留め金に隼人の指が差し掛かる。
本当は覗いてみたいのも男として正直な気持ちなのだが──。
「まだ朝だし……後でね」
葉月はサッとその隼人の指を払いのけたのだ。
「なんかタチが悪くなった気がするな」
隼人も『からかい』だったからサッとそのまま葉月を窓辺から降ろした。
そうして男の気を寄せておいて、サッと払いのけるなんて……
『お前は小悪魔か』と言いたくなってしまったが
なんとも……そこが変に可愛らしい変化で最後には笑っていた。
「だって、お前はセンスがないって隼人さんが言うんだもの」
窓辺を降りた葉月がそこに寄りかかったまま拗ねている。
「どうせ、私はドレスも選べない軍服だけの女だと思ったんでしょう?
兄様や母様に着せられて、いつも隼人さんが気に入る恰好をしているだけだって」
「違うよ。あれはいつもの売り言葉に買い言葉だっただけだろう?
それに兄さんやお母さんは葉月の良さを解っている服を送ってくれるから
俺だって気に入っているわけだし」
「私が選んで着ると……こういう恰好なの」
「……そういう? 危険なカッコウするのか?」
「だから──! そういう所で『ちょっとだけ』女を強調したらいけないの!?
ジーンズを穿くとすぐに怒ってばっかりじゃない? 隼人さん!」
(ああ、ジーンズも大好きなんだな)
と、隼人は初めてそう思った。
確かに……葉月に『お嬢様風』を強要しすぎていたかもしれない。
「うう……解ったよ。かなりドキドキしました!
後で、覚えていろよ? 俺がどんなに凶暴になってもお前が誘ったんだからな!」
隼人が破れかぶれに叫ぶと、やっと葉月も納得したのかニンマリと微笑んだ。
だけど……葉月がそんな風にして隼人に『触って欲しい』と
遠回しに態度で示して来るなんて……。
「昨日はあんな事言ったけど、ホント……似合うドレス探そうな」
「うん……隼人さんが選んでくれたのならなんでも着るわ」
そっと葉月の額の栗毛をかき上げると、葉月が朝日に輝く笑顔をこぼしてくれた。
そのまま窓辺でそっとくちづける。
隼人が腕を回すと、葉月も隼人の首に両腕を巻き付けてきた。
お互いの身体が密着する。
葉月のふっくらとした胸が隼人の胸にいつも以上に当たっている気がする……。
抱きしめると、たっぷりとしている裾が隼人の腕ですぼまり
ほっそりとした彼女のウエストをいつも以上に感じる。
その下でスラッとしている長い足もこうしてみるとなかなか見応えがある。
ジーンズ姿もなかなか良い物だと隼人は思いながら、葉月の唇を噛んだ。
『プップー!』
外からクラクションの音が響いた。
「おっすー! 来たぜー!」
「グッモーニン!」
黒いオープンカーに、真っ赤なワンピースを着たマリアと
男らしいタンクトップにジーンズ姿の達也がサングラスをして乗っていた。
「ママ! 行ってきます!」
「気を付けてね! ああ、葉月? お客様へのお礼で渡す品も忘れないで買ってくるのよ!」
「うん! 解っている!」
「じゃぁ……僕も行ってきます!」
「初めてのマイアミでしょ? 楽しんできてね!」
隼人も登貴子に笑顔を向けて葉月の後を追う。
「すっごーい! これ、達也の車?」
葉月は車につくなり、オープンカーに目を輝かせていた。
「まさか。せっかく四人でマイアミだぜ? 格好良く、レンタルしたのさ!」
「運転させてよ!」
「なんだよ、お前は相変わらずだな」
達也はジーンズ姿の葉月を上から下まで眺めてちょっと呆れていたようだったが
「懐かしいな。お前のジーンズ姿」
楽しそうに笑っていた。
(まさか……達也と付き合っていた頃の恰好なのだろうか!?)
隼人はちょっと眉をひそめてドキリとした。
「もう……やっぱりジーンズで来たわね」
マリアはなんとも華やかに真っ赤なワンピースを着こなしていて
隼人はこちらにもドキリとしたぐらい。
本当に私服になると華やぐ大人の女性だった。
「ま……でも、これからだものねー♪」
今からドレスを買いに行くと思えば、そんな今の恰好はどうでも良いとマリアは思ったようだ。
「さーて、いっくか!」
タンクトップの袖から出ている達也の筋肉質な腕。
焼けた肌にジーンズの長い足、がっちりとしたブーツ。
その男らしさを滲ませている恰好で颯爽と黒いオープンカーを発進させた。
「最高!」
達也はご機嫌で運転を始める。
フェニックスの下──海岸の横……四人を乗せた車が快走する。
「あー。気持ちいい」
後部座席に隼人と並んで乗った葉月は、達也の運転席のシートに掴まって
風になびく髪を押さえながらかなりのご機嫌のようだ。
「ねぇ? そこの3人はこれから『東京大佐室』の3人になるわけでしょう?」
マリアがサングラスをした顔でそっと後部座席に振り返った。
『うん、そうだね』と3人が一緒に頷く。
「私も仲間に入れてよ。東京大佐室・フロリダ支部で……どう?」
マリアのそんな笑顔に、達也も隼人もそして葉月も一緒に微笑んだ。
「オーライ!」
葉月と達也が本当に……揃ったように拳を握って上に上げたのだ。
「あはは……!」
本当に双子みたいだと隼人は可笑しくて笑いだしていた。
マリアも同じ様だった。
真っ青な空の下……一つのチームを乗せた車は
常夏の大地を一路、マイアミへと太陽へ向かうように走り抜けて行く──。
=東京大佐室・完=