28.女感覚

 

 『この女の上司!』

 彼等は隼人の肩に『中佐』の肩章が付いているのを確認して

そう思ったようだった。

 

 その男達の『言い分』に、とりあえず隼人は耳を傾けた。

「それで? 『彼女』がしたこともない事で君達にいちゃもんを付けたという事?」

葉月が、間違った見極めはしないと信じている上で隼人は問い返した。

「そうだ。おかげで今でも手首が痛む!」

大袈裟に手首を『こうねじ上げられて!』と抗議する男を

隼人はしらけた眼差しで見つめる。

当の葉月は、瞳を輝かせたまま彼等から一歩も引くことなく

ジッと黙って彼等の言い分を聞いている。

「それで……彼女にどうケリを付けさせれば君達は納得行くと?」

隼人が静かに尋ねると……

「上司としてならどうするかお判りでしょう?」

彼等が中佐である隼人に『ケジメ』を付けさせるよう促した。

「いわれのない疑いをかけられて暴力を振ったという事が

事実であり、その事に関して抗議を受けたら……?

俺の場合は『始末書』の一枚に辿り着くけど……」

隼人が面倒くさそうに黒髪を渋い顔でかくと、

男達が勝ち誇ったように『ニヤリ』と葉月に微笑んだ。

葉月の表情は悔しそうでもなく、憎たらしい物でも見る目でもなく……

先程のまま冷たく燃える眼差しは輝いたままジッと彼等を見据えていた。

 

「さて……そこで、『彼女の直属の上司』という話だけど」

隼人が呟くと男達が不思議そうに笑顔を消した。

「如何致しますか?」

隼人が葉月に投げかけた口調に男達がちょっと訝しそうにして葉月を見た。

「…………」

葉月は何も言い返さない。

隼人の返事にも反応しなかった。

『大佐』として向かうことは葉月の『本意』ではなく……

葉月としては『男と女』として向かっているのが隼人にも解った。

だけど……面倒くさいので……

隼人は葉月の背にそっと回って、葉月が肩に掛けている上着を奪い取った。

「ちょっと!」

振り向いた葉月に構わず、隼人はその上着をサッと葉月の両肩に羽織らせた。

「私は彼女の部下なので、なんとも言えませんね。

彼女の上司に抗議するなら……小笠原の『連隊長室』へどうぞ?」

隼人はニッコリ微笑んで、大佐の肩章が付いている葉月の両肩を

両手でサラッと撫でた。

 

『──!!』

みるみる間に男達の顔色が変わって……揃って後ずさった。

隼人は、言葉を発しない大佐嬢の変わりに続ける。

 

「さて──? 私の大佐が、そういう確信もなく『隊員に注意を促す』という事は

信じがたいのですが……大佐? これはどうしたことでしょうね?」

「…………」

葉月はまだ、黙っていた。

「彼等はいわれのない疑いを大佐にかけられて大変ご立腹のようですが

もし大佐の『見解違い』となりますと、大佐という権力を振りかざしたともなりかねませんし」

「そうよね? 相手の女性は『なにもされていない』と主張しているわ

私が間違っているというなら、その大佐の肩章は連隊長にお返しするわ」

やっと葉月が言葉を発したが……

その途端に、益々眼差しは鋭く抗議に来た男達を睨み付けた。

その眼差しは葉月が『闘う』時に見せる眼差しで

隼人は一瞬『ヒヤッ』としたが……それだけ葉月が静かに怒りを溜めているのも理解した。

「大佐が『地位』をかけてまで『自分が正しい』とおっしゃるなら……

彼等が正しいか……大佐が正しいか……?

お調べした方が宜しいかと思います。私が手配しましょうか?」

側近らしく真顔にて低姿勢で葉月に問いかけると……

彼等がもっとおののいて後ずさる。

「女性は……こういう事には『被害者』であれいつも『傷ついて終わる』

だから、被害者は口を閉ざす……」

葉月は静かに呟き……そして……その後、瞳がさらに輝いて彼等を貫く!

「同じ女として許せないわ!」

葉月がやっと男達に向かって吠えた!

「大佐に同感ですね。お任せ下さい……そうならないように致しましょう」

本当に手配するなら『難しい問題』ではあるが

そこは隼人も『一芝居』、葉月に合わせてみた。

 

そこで葉月が肩に掛かっていた上着をザッと払って、隼人の胸に突き返した!

真っ白なカッターシャツ姿で腰に両手をあてて、葉月が胸を突きだし一歩前に出た。

「大佐なんて関係ないわ! 男と女で勝負しようじゃないの!」

男達は益々おののいて今にも逃げそうな勢いだった。

 

「ま。とっくみあいの喧嘩をしたところで大佐が勝つでしょうね?

なんせ任務の際も……相手の傭兵4人ほど、だまし討ちしたぐらいですから」

隼人が疲れた顔で黒髪をかき上げると……

 

「し、失礼いたしましたっ!」

男達がそろって敬礼をして背を向けた。

彼等は『逃げる!』を選択したようで、隼人はその情けなさにため息をついた。

 

葉月は対等に『勝負』をしたかった様だから、逃げるならそれでヨシと

彼等を見送ろうとしていたのだが……。

「逃げるなら、大佐が正しいと言う事なんだな? 一言、詫びてもらおうか!!」

隼人はその図々しさに腹が立って、背を向けた彼等に叫んだ。

「もう、いいわよ……」

その時、葉月の眼差しから輝きは消えて、いつもの涼やかな眼差しに落ち着いていた。

「相手の女性に詫びなさい! そうしたら今回は見逃すわよ!」

葉月は動揺した様子でぎこちなく去っていく男達の背に叫んだ。

 

そう……最後になって葉月はいつも『許す』

あの『山本少佐』の時だってそうだった。

あの時隼人は、とことん彼をどん底に落とそうとしなかった葉月に腹を立てた。

そして──任務の時のあの『黒い男』の事も、

葉月は一人で心の整理をつけて、良い方へと人好く許している節があった。

そういう事を今回も!

だけど……彼等は隼人の言葉よりも、葉月の迫力に相当堪えたのか

そのまま逃げ去っていった。

 

「これで、まず悪戯しようとする男は3人消えたわね」

葉月は『ふん!』と鼻息を荒くつきながら肩先の栗毛を手で跳ね上げた。

「まったく……許せないなっ! 職場のエレベーターでセクハラかよ!」

そういう事にも腹が立つが、『徹底』しない女上官の生優しさにも腹が立っていた。

「これで、悪戯するとどうなるか……工学科であの男達が触れ回ってくれたら楽ね」

葉月がニヤリと微笑んだので、隼人はおののいた。

「大佐嬢とその側近が徹底的に調べるかも知れないと……ね?

隼人さん……流石ね♪ サンクス!」

自分が黙っている間に、隼人が心理的に言葉で上手く男達を追いつめた事に

感謝をしているようだった。

「私だと、言葉より先に飛びかかっていたかも?」

「まったく……来るなりそういう『いざこざ』を作っていたなんて……」

隼人は呆れて葉月を睨み付けた。

「だぁって……偶然じゃない?」

確かに? 偶然だったのだろうが……。

「まぁ……お前が我慢できずに首突っ込んだ気持ちは

誰よりも解っているつもりだから……もう、いいけど。

あまり深入りするなよ」

報告書を読んだ上で……隼人はそう思ったのだ。

(だけど──首突っ込むんだろうな??)

隼人がチラリと葉月を見下ろすと、葉月は誤魔化し笑いを浮かべている。

「じゃぁ……そういう事で。パパの所にいるから……」

なんて……調子よく去ろうとしていた。

隼人はさらに目を細めて、葉月をしらけて見下ろした。

「いるのかな? また、どこかうろうろするんだろ?」

葉月は『ぎくり』としたようだったが……

「あら? もう私がうろうろしていると噂になりそうだから大人しくいたしますわ?」

葉月は途端にツンとして……また上着を肩に掛けて歩き始めた。

 

「本当にもう……程々にしてくれよ?」

隼人も業務に戻ろうと、葉月を見送ると、葉月は肩越しに二本指をふって去っていった。

 

一息ついて本部にはいると……皆の唖然とした表情が隼人を迎える。

 

「サワムラ君! 今のどういう事!?」

先輩の一人が食いついてきたが……隼人は苦笑いで立ちつくすだけ……。

「セクハラがどうのこうのって!?」

 

(あーあ。面倒くさいったらありゃしない)

隼人は頭の中で一生懸命適当な説明を考え始める──。

 

 

 「お帰り。ランバートメンテ本部は解った?」

 父の将軍室隣、秘書室に葉月は入ると……上座の席にいたマイクが

いつもの兄様笑顔で迎え入れてくれた。

朝──起きると誰もいなく、葉月は一人、自転車で基地にやって来た。

 

『レイです。ジャッジ中佐をお願いします』

近くのカフェでまた……秘書室に内線を入れると……。

『おはようございます。ミゾノ大佐。

ジャッジ中佐は只今出かけておりますが、連絡が入りましたら

秘書室にお迎えするように言い付けられております。

今、どちらですか? 私どもがお迎えにあがります──』

父の秘書官が……丁寧に応対し、しかも……レイと名乗っても

『ミゾノ大佐』と見破られてしまい、葉月は驚いて、一人で頬を染めた。

『いえ……私、一人で大丈夫です。そちらへお邪魔いたします』

今日もマイクを頼ってくることを、父とマイクに見破られ、そのうえ……

マイクに上手を取られた事に葉月は唸った。

 

秘書室にたどり着くとマイクが慌てたように戻ってきたばかりのようだった。

 

「ハヅキ=ミゾノ嬢……皆、宜しく」

マイクが兄のように秘書官達に紹介してくれた。

「昨日は……ご迷惑お掛けして失礼いたしました。

休暇という事でこちらに参りましたが、ご迷惑かけないようにお邪魔いたします」

『宜しくお願いします』と挨拶をすると……

なんだか皆、妙に余裕ある笑顔で歓迎してくれたので意外だった。

マイクに言わせると……

「パパで慣れているから。娘は序の口かもね?」

と、いうことらしい──。

(うーん、さすが将軍秘書)

大佐嬢が来たと言っても、『お嬢様がいらした』ぐらいの感覚であるらしく

皆、マイク同様『お兄さん』といった余裕らしい。

(その方が気が楽ね?)

大佐嬢として変に構えられるより……と、葉月は秘書室を拠点とする事に納得した。

隼人の業務を確認したいと言うと、マイクがすぐに場所を教えてくれて送り出してくれたのだ。

葉月が帰ってくるまでに、『臨時席』を設ける許可を父から得たと言う事で

ノートパソコンやら、通信が出来るように設置してくれる事になった。

 

そうして……隼人の所から秘書室に戻ると……。

 

「レイの席はここだよ」

マイクの隣に小さなスチールデスクが置かれて、その上にノートパソコンが設置されていた。

「えー……マイクの隣?」

父の将軍室、応接ソファー席に設置してくれると思っていたのだが……

よく考えれば、それも娘とはいえ『畏れ多い』事だと気が付いた。

「なんだかご不満のようだね? 俺の隣が嫌なら、お気に召した秘書官の隣へどうぞ?」

マイクが苦笑いをしながら、葉月に言い返してくる。

「いいわよ、もう」

葉月がふてくされてマイクの隣席の椅子を手にすると

秘書官達がクスクスと笑うのだ。

「こちらが大佐がフロリダに滞在中に使用できるメールのアカウントです」

葉月が席に着くと、秘書の一人がメモ用紙を一枚差し出してくれた。

「あ、有り難う」

彼が余裕でにっこり微笑んで下がっていく。

「レイ、早速ジョイに送ってみたらどうかな?」

隣の席で、マウス片手に表計算を眺めているマイクがニコリと微笑みかけた。

「メールのやり方、解るかな?」

さらにニッコリマイクが微笑みかける。

「失礼ね!? それぐらい出来るわよ!」

葉月が食ってかかると、秘書室の男性達がそろってクスクスと笑い出す。

葉月は、思わず頬を染めて、ノートパソコンを開いて扉の影に隠れたくなった。

だが、マイクが途端に神妙な顔つきで表計算表を見ながら……

「レイ、サワムラ君から何か変わった事報告された?」

などと……他の秘書官に解らないようにするためか? 日本語で言い出したのだ。

葉月は上着の内ポケットから手帳を取りだして、本部のジョイ専用メアドを捜しているところ……

「?──特には? メンテ引き抜きの具合だけ確認したけど……」

「そう……」

マイクはそういうと仕事の顔に戻って、マウスをカチカチ……。

なんの表か解らないが数字ばかりのエクセル表を黙って見つめるだけ。

(えーと……メールは)

葉月はメールのアイコンを捜してクリックすると……

「マリア嬢の事、聞いた?」

また……隣のマイクがマウスをカチカチ、ディズプレイから目線は外さずに呟く。

『!!』

葉月も『ピン』と来た。

昨日、かじり聞いたマーティンの話を思い出したのだ。

隼人に対してマリアが何か関わろうとして、マイクがサインしたとか何とかという話を。

「……聞いていないけど。昨日、マーティン少佐を確認したときに

彼が同僚とそんな話をしていたわ」

「耳ざといね」

マイクがニッコリ……やっと視線をこちらに向けたが、

『流石』とばかりに穏和な笑顔だった。

「マイクが何かにサインしたとかで、驚いていたわよ?」

葉月から……何を聞いたか言い出してみる。

すると、マイクが可笑しそうに『クスクス』と笑いをこぼし始める。

「だろうね? サワムラ君だって、俺がサインしないと思って指名したんだろうし?

だけど、サワムラ君はまだ俺に何も言ってこないね?

おまけにレイに報告していないと言うことは、この件は『成立』しないと思っているようだね?」

「いったい……何があったの?」

だけど──葉月も薄々解り始めた。

『マリアが隼人に近づきたがって隼人が上手くはね除けた』と……。

それしか解らないが……。

 

「彼女、サワムラ中佐のメンテ引き抜きのアシスタントを願い出たんだよ」

(うっそ!?)

さすがの葉月もマリアの大胆な突撃に驚いた顔をしてしまった。

 

そんな『突撃』が隼人の所まで『出来た』という事も『業務的』に驚きだったが……。

すぐに解った!

(マーティン少佐が話していたのはこういう事ね!?)

彼が、マリアの提案をなんなく通過させた『上司』という事が……。

 

それを見たマイクもなんだか面白そうに勝ち誇ったように微笑んだので

葉月はすぐにいつもの平静顔に戻した。

「御園大佐嬢はそれについて何を感じる?」

マイクが急に真顔で……また、ノートパソコンを眺めながら呟いた。

(何をって……)

真っ先に頭に浮かんだのは……

『達也が私の所に来たがっているから? その当てつけに?

私のお付き合いしている男性と仕事をしたいって事?』

だけど? と、葉月は落ち着いているマイクを見つめた。

マイクは葉月が答えを出すまで、待っているかのように

マウスをカチカチ……表計算を眺めているだけ。

『でも……マイクはサインをしたわ』

マイクなら……そういう『私情』ならスッパリ切り捨てるはずだ。

『……』

葉月はジッとマイクを見つめて呟く。

「マイク? マイクがしたことも私情にならない?」

葉月がそう問いかけると、マイクがまたニッコリ葉月の方へ視線を戻した。

「たまにはいいんじゃないの?

レイが帰省していなければ、サインはしなかったね。

昨日、レイを送り届けて基地に戻ってすぐ彼女に捕まったんだ。

『忘れ物』を取りに行くなら、『近道』だとおもってね?

それに彼女の計画書も確認したけど、私情とはいえなかなか面白かったよ。

きっと──女性観点だね? サワムラ君には思いつかない所も手が行っていた」

「ふーん!?」

それは葉月も興味が湧いた。

「ま、計画書の、ほんの一部のことだけどね」

「そう……」

「ランバート大佐もサインをしたみたいだね。彼女、頭が良いよ。

俺に先ずサインをさせれば、大佐も父上も首傾げて戸惑うって

解って一番に攻めてきたんだ。

昨日、ランバート大佐から確認の内線があって、俺は『良いことだと思った』と言っておいたよ」

「そうなの……それで? 私がどうすればマイクは『面白い』と思ったわけ?」

葉月はしらけた視線でアメリカ兄様を見た。

マイクがクスリと微笑む。

「そんなのレイが一番解っているだろうね? 大佐嬢の出方が楽しみだよ」

「あっそ……」

「女性感覚が、『職務的』にどう渡り合うかね?」

「興味本位でサインしたわけ?」

葉月が抗議すると、マイクはただニコリと笑い……

青い瞳を輝かせ真顔で表を眺めることに戻ってしまった。

兄様達は時に葉月の思惑など関係なくこうして進めてしまう。

それが実は葉月を『台風』にしている要因の一つとは誰も解ってくれないと

葉月はちょっとふてくされた。

でも──

(なるほどね?)

次には葉月もニヤリと微笑んでいた。

逆に彼女がアシストになったらどうなるか?と落ち着いて考えると……

『色々な事』が頭に浮かび上がってきた。

 

「ジョイ見てくれるかしら?」

葉月はジョイにマイクの秘書室で連絡が取れる事をメールに記して送信した。

「ジョイも大変だね。ま──中佐になったんだから当たり前か」

マイクが留守を任されっぱなしのジョイを心配したようだが……。

よく考えると、マイクとジョイは同じ中佐になったんだな……と、葉月は不思議に感じた。

そして──自分は『大佐』

だけど……

マイクと葉月が兄妹のように会話しているせいか

秘書室のお兄さん達は隼人がいたメンテ本部のような取り乱しもなく

葉月を気にすることなく黙々と職務に打ち込んでいた。

その静かな空気がとても葉月には厳かに感じられた。

 

 

『ブラウン!』

 

夕方になって、マリアが一つの講義を終えて……廊下を歩いていると……。

男性に声をかけられた。

振り向くと──

「!!」

昨日、エレベーターで悪戯されかけたあの3人の教官達だった。

逃げようかと思ったが、彼等がもの凄い勢いで自分を捕まえようとしているので

思わず立ち止まってしまった。

「ブラウン! 昨日、一緒にいた女性が『大佐』だって知っていたのか!?」

男達は、マリアを責めるような表情でもなく、困惑した顔をして詰め寄ってきた。

「え、ええ……。父親同士が知り合いだし、訓練校も一緒だったから……」

すると男達が青ざめた顔をした。

彼女が大佐だと解ったと言うことは、彼等は本当に葉月が言い残した通りに

ランバートメンテ本部に攻め入ったのだとマリアは悟ることが出来た。

「……あのな……昨日のことだけどな……」

「ちょっとした『からかい』だったんだ」

「気分を害したなら謝る!」

3人の男がそれぞれこぞって……マリアに急ぎ口調でそう言うので驚いた。

「彼女に何か言われたの?」

マリアが冷静に呟くと、彼等の顔色は益々悪くなる。

「ま……そういう事だ。悪かった」

それしか言わないのだ。

「……男は『からかい』で済むかも知れないけど?

気分を害した『なら』──は、間違いよ」

マリアの平淡な口調に男達が顔を上げる。

「気分を間違いなく『害する』って事よ! 気を付けてよね!!」

マリアがそれだけ叫んで背を向けると、男達が追いかけてくる。

「ちょっと腰に手を添えただけじゃないか?」

なんて、一生懸命言い訳をしてくる。

「随分ね? 大佐と判った途端に手のひらを返すわけ?

それとも? 謝れば始末書は見逃すとでも言われたわけ!? 調子良いわね!!」

マリアは……自分一人ではどうにも出来ないのに

彼女は『大佐』というだけでこうして男達を動かしていることに

かなり苛立ちと腹立たしさを感じた。

だけど──

彼等は必死にマリアに謝り続けているのだ。

自分達の『保身』以外何でもないところにも腹が立つ。

だけど──

『始末書騒ぎ』になれば……マリアの証言も必要になっただろう。

それを彼女は……そうならないように上手くこの男達を動かしたのだ。

そこは……感謝を感じる。

彼女に腹が立つのに、彼女に感謝を感じる。

そういう複雑な存在。

 

「もう、わかったから! 彼女にもあなた達が謝ったって言うから! 向こうに行って!」

マリアが振り向いて叫ぶと、男達はホッとしたようにマリアを見送ってくれた。

 

(……もう)

確かにちょっと腰に手を添えられて、耳元で囁かれたぐらいの事だった。

それで大騒ぎされてはマリアも彼等も堪ったものではないが

葉月はそこはなんなく上手く事を流してくれたようだ。

(やっぱり──同じ女性ね)

マリアはそれと同時に、別れた夫・達也と葉月が『破局した訳』を思い出した。

これは結婚する前に父親から聞かされた。

それを思うと……葉月がこう言うことを女性として敏感に捉える事が出来るのも頷けるし

正直、働く女性には強い味方である。

マリアはそこは葉月の事を不憫に思いつつも、そういう手際には感心した。

でも──

『有り難う』は言えそうになかった。

(ううん……言えるようになりたいんだけど)

マリアはため息をついた。

 

「少佐……メンテ本部に行って参ります」

教官室に戻って、マリアは直属の上司であるマーティンに一言断りを入れ出かけようとした。

「ああ……諦めずにね。最後までわからないだろう?」

「はい……」

彼の穏やかな青い瞳に元気付けられてマリアは再度出かける。

 

だけど──サイン書に一つだけ埋まっていない所が……。

マリアはそれを眺めてまた溜息。

だけど──

「サワムラ中佐が意地悪なのよ! パパを指名するなんて!」

今からそこを説き伏せようと思って出かけるのである──。

 

 

「うーん……」

隼人は唸っていた。

「ロベルトになんて報告しよう……」

午後、それぞれのキャプテンと個々に面談した。

あるキャプテンには『望みが薄い』と言われ、

あるキャプテンは『もう少し様子を見させて欲しい』という曖昧な返事のみで終わった。

『望みが薄い』にはかなりショックを受けた。

その中に葉月が『ビンゴ』と言ってくれた年上のメンテ員『クーパー』がいるからだ。

この先輩には、まだ若輩である隼人のサポートに就いてもらいたいと思っていたのだ。

隼人が心配したとおりに、国外への転属は頭にないと思った方がよいという返事。

エディは、まだキャプテンの段階で保留中だった。

『エディは整備に繊細な分、ちょっと神経質なんですよ。率直はタブーなので……』

ウィグバードのその見解も隼人は納得した。

隼人だってそうだった……。

葉月が引き抜きに来た際、そうして『頑なな態度と現状維持』を通そうとしていたから。

今度は自分が引き抜く側になって、相手の立場を考えての引き抜きの難しさに唸り、

『葉月は……最後まで俺の立場で考えてくれたな』と……改めて痛感した。

 

「フロリダで最低3人……引き抜けなかったらロベルトに負担がかかるしなぁ」

でも、まだ出張に来て一週間と経っていない。

もうすぐ一週間だが……。

諦めないよう、隼人は自分に言い聞かせた。

 

「なんだか思わしくないようね?」

またそんな女性の声。

「また来たのかよ?」

上手く行かない苛立ちが、その女性に対して声として現れてしまった。

そう、葉月がまたやって来たのだ。

勿論、上着は腰に巻き付けて……。

葉月は、隼人が脇に集めていた書類をまた勝手に取り出す。

それをパラパラとめくって、隼人が日誌のようにまとめている箇所を読み砕いていた。

これまた、目の前のドナルドが遅いティータイムに出かけていていなかったが

本部員達は時々葉月を珍しそうに見つつも朝ほどざわついたりせず落ち着いていた。

 

「キャプテンが慎重なのは当たり前よ。

キャプテンから何度も保留の返事が続いたりするなら直接アタックした方が

早く片づくわね?」

当たって砕けろタイプの葉月らしい見解で、隼人は眉間に皺を寄せた。

「一度きりなんだぞ。この出張は……。慎重に行きたいね」

「そりゃ──そこは隼人さんにお任せよ?」

葉月は自分の見解を否定されても、あっさりした笑顔で書類を置いた。

「…………」

葉月に任されているプレッシャーが急に重くのしかかった。

「まぁ……ダメだったら私が言っても良いけど」

「その時は、また……頼むから」

そう……葉月が出ると丸く収まることも良くあることだった。

そこは男として情けなく思いつつも

そこは……やっぱり『隼人の輝く大佐』なのである。

一人でないと解ると急に気持ちが軽くなったりする。

 

「──!?」

余裕で隼人に話しかけていた葉月が急に顔色を変えた!

しかも!

「えっと、そこの席にいるから!」

なんて、腰をかがめて隼人のデスクの下に隠れてしまったのだ。

「なんだよ??」

その上葉月は、床を這うようにして……なんと!

ドナルドの席に何喰わぬ顔で座り込んでしまったのだ。

「ちょっと? 大佐??」

隼人が立ち上がると……今度は違う栗毛の女性が目に付いた。

そう──入り口からマリアが本部員に許可をもらって入室してきたのだ。

 

『さて、どうなった?』

本部員の皆がそんな顔をしていた。

 

『しっ! 内緒よ!!』

ドナルドの席に急に座り込んだ葉月は、驚いている隣の本部員にそうして合図を送って

隣の男も驚きつつもウンウンと首を縦に振っただけ。

 

「サワムラ中佐、失礼いたします」

マリアが厳かに隼人に敬礼をした。

(──ったく)

隼人は苦虫を噛みつぶしたように渋い顔をして

マリアが来たことも……そっと本部員になりすました葉月にも呆れてため息をついた。

「お疲れ様……どうかした?」

隼人は面倒くさそうにため息をついてデスクに座り直した。

 

葉月が聞き耳を立てて……どう感じるのか……。

隼人はまだ……葉月にこの件を報告してないから余計に気が揉んだのだ。