14.忘れ物

 

 「ヤーッファイッ! オー!」

昼下がりのグラウンド……。

夏になった小笠原は、灼熱の時間帯と言っても良い。

金網で仕切られた滑走路の向こうは海岸沿いの草場地帯が広がっていて

芝土手で隔てられた中に、大小のグラウンドがいくつかあるのだ。

 

陸部の外訓練……。

山中にデビーは、そこで毎日、潮風に吹かれながら身体を鍛えているのだ。

そのランニング……。

かけ声は小笠原らしく日本的。

山中の太い声が、青空の下、響き渡り──若い青年を集めた陸部の隊員

数名が山中とデビーの後をランニングする。

 

芝土手の前で、やっと合流した将軍組、ロイとリッキー……

そしてブラウン少将とトンプソン中佐と葉月達は並んで眺めていた。

フォスターは……と言うと。

『良かったら、混じってみたらどうだい?』

ブラウン少将に言われて、山中が引っ張るランニングの一隊後尾で

黙々と走っているのだ。

 

「身体を動かすのが、お好きみたいだから丁度宜しかったわね? 兄様」

隣にいるロイに葉月は笑いかけた。

「お前も、午前中にしごかれたんだってな?」

ロイが相変わらず『ニヤリ』と見下ろしてくる。

「本当に、地獄耳です事」

葉月もいつもの如く、ツンとそっぽを向けると

そこにいた男性達は、可笑しそうに微笑みをこぼし合うだけ。

そんな内に──

『Hey! ヤマナカ、後尾列が乱れてきているぞ!!』

フォスターの厳しい声が響き始めた。

『イエッサー!』

山中も後ろから眺められている緊張感のせいか、いつも以上の気合い顔で先頭を行く。

ランニングが終わって、ヘルメットをかぶっての──匍匐訓練。

『反応が遅い!』

山中の指示で、隊列を組み、各バリエーションの匍匐前進の繰り返しを練習する。

砂埃の中、汗まみれの青年達が長袖の訓練着に重たいヘルメット姿。

その姿で、腹這いになって砂の上を進む。

皆……顔が徐々に泥だらけになり始めていた。

山中の指示に対して反応が遅いことにフォスターは苛立っているようだった。

『遅れた、そこ3名! 腕立て伏せ10回!』

山中が言うより前に、フォスターが機敏に『恒例のお仕置き命令』

 

「気合い入っているね〜……隊長。でも……兄さんも頑張っているな〜」

滅多に陸訓練の風景を目にしない隼人も、

その厳しい訓練におののきながらも、感心した眼差し。

 

「うん。さすがだな……フォスターは、目配りが違う」

「そうだね。だからクリスの特攻隊は俊敏にそして機密に動けるんだよね」

ロイの感心顔。

そして──ブラウンの得意気な顔。

 

『中将もお気に入りみたいだな?』

葉月の横にいる隼人が、隊長の素晴らしさは認めつつも

ロイが『欲しい』と気持ちを強める事が不満なのか、葉月を肘でつつく。

『そうね。さすがね──隊長』

午前中、葉月のトレーニングで、あの若い教官をやる気にさせた厳しさ。

葉月に『大佐たる気構え』を突きつけた鋭さ……。

そして、若い山中の指揮力に喝を入れている影響力。

 

どれを取ってもやっぱりフロリダ第一線の『特殊部隊特攻隊長』だった。

 

(いいえ……違う!)

 

葉月は、徐々に過熱してきた砂埃の向こうの訓練風景に目を凝らした。

 

(達也にあそこまで出来るとか、出来ないとか、そう言う事じゃないわ?

あれだけの隊長を……フロリダから引き抜いて私の中隊に置くなんて……)

 

それは……フォスターの100パーセント力を出せる場を無くすこと。

そして……彼の『真の実力』を、殺すことになると気が付いた!

 

『フォスター隊長は……フロリダで活きる隊員なのよ!』

葉月の中隊に『年功者指導者』として置くことは……

この軍にとっても『大きな損失』

 

彼の素晴らしい指導を目の当たりにするほど……葉月はそう思えてきた。

そして──

 

『いずれは……私もあの様にならないと……中隊をダメにする!』

そんな新たなるプレッシャーが生まれた。

だが──『恐れ』は何故か? なかった……。

 

何故なら──

 

葉月は、真顔で青空の下……黒髪を潮風に揺らして砂埃の向こうを眺める『相棒』を見上げた。

『この人がいる! この人と一緒にいける!』

そして──

青空を背景に黒髪を揺らす『眼鏡の彼』の隣……。

そこにスッと幻が浮かんだ……。

彼よりちょっと背が高くて……そして柔らかい黒髪……。

細長い身体、切れ長の不敵に輝く黒い瞳。

『ずっと一緒にやってきた私の同期生』

そう──達也の幻が……隼人の横に……初めて浮かんだのだ。

 

「いいな。たまにはこういう他基地からの指導者や、同レベルの隊員を呼んで

ぶつかり合うような『研修』も、お互い刺激になりそうで……」

ロイが、改めて……今回、フロリダからお客を呼んだ成果に満足そうに微笑んだ。

「そうだね。ロイなりの計画を立ててみてもいいかもね?」

ブラウンも、フロリダと小笠原の空気が混ざり合っている熱した光景を楽しそうに眺めている。

「面白そうですわね?」

葉月も一言添えると、ロイは何か……確信したように勝ち誇った笑顔を

『ニヤリ』と浮かべた。

その笑顔は……葉月に向けられたのではなく……。

砂埃の向こう……遠い水平線へ……何かに向かって向けられた。

ロイの瞳が……青い紺碧の瞳が青空のように輝いたのを

葉月は、ちょっと息を呑むようなヒヤリとした空気を感じて見つめた。

ロイが……こういう眼をしたときは……

オチビの葉月なんか足元にも及ばない……そして、考えられないことを

既に『始めよう』としている予感をいつも持たせる。

 

その冷気を含めたような瞳の輝きは、冷たい炎のよう──。

『黒猫の義兄』にも時々、垣間見る瞳──。

 

ロイは太陽のようで……純一義兄は漆黒の影。

正反対のようで、実はとても似ていると葉月は時々思うのだ。

人当たりは断然ロイの方が柔らかいのだが……。

本当に『ゾッ』とするほど、奥が深いのだ。

 

今回もそう……。

ロイは葉月が達也を引き抜いたら、何を思い描いているのだろう?

フォスターを引き抜く姿勢は変わらないようだが……

もし……ロイの思うとおり……フォスターを側に置くようになったとしても

何を思い描いているのだろう?

それが──まだ、解らない。

 

でも──葉月は、ロイに従うのではない。

 

ロイ達に置いて行かれないよう……付き離されないよう……

先へ、先へと走り続ける兄達の後を追うことで精一杯かも知れないが

 

『私も、一緒に走っている……』

 

近頃──そういう考えに落ち着いてきた。

 

だから……もう、ロイには『思い通りにされて怖い』とは思わなくなってきていた。

 

『集合!』

 

そんな内に、山中の陸訓練が終了した。

フォスター中佐の厳しい指導で、御園中隊陸部隊員達は、本日はかなり疲れた様子。

(あらあら──まだまだ……って所ね?)

葉月は苦笑い。

そっと……夏の厚みある雲が登る空を見上げた。

『遠野大佐が生きていたら……きっとフォスター隊長並に鍛え抜いていたはず……』

遅れた中隊育成。

それを今から……引き継いだ後輩である葉月と隼人が、成し遂げなくてはいけないのだ。

 

葉月は、山中に一言、二言、アドバイスを笑顔で伝えるフォスターを……

ふと──亡くなった上司と重ねてしまったのだ……。

 

 

「さて──帰るとするか」

訓練見学が終了して、ロイが動き始める。

フォスターはまだ……山中と何か語り合っている様子で

グラウンドに残ったままだった。

「私達は、フォスター隊長と一緒に引き上げます」

葉月がそう伝えると、ロイもにっこり……いつもの兄様笑顔を浮かべて

ブラウンと供にグラウンドを出ていこうとしていた。

 

「隼人さん、フォスター中佐に着替えたらカフェで一緒に休憩しましょうと誘ってきて」

葉月は、横に控えていた側近の隼人にそう促す。

「そうだね……俺も、喉が渇いたし、山中の兄さんも誘ってくるよ。反省会だな」

「そうね」

葉月の笑顔を確かめて、隼人もニッコリ……訓練隊列に向かって走り去って行く。

 

「ホプキンス中佐」

 

葉月は、ロイとブラウンの後を付いて去ろうとしているリッキーを呼び止めた。

 

「? 如何されましたか? 大佐?」

リッキーがにこやかに振り返る。

勿論、ロイも一緒に振り返ったのだが……

「少しだけ……お時間宜しい?」

妙にかしこまった葉月の声かけに、リッキーは訝しそうに首を傾げたのだが……。

『行ってやれ』

ロイが顎で……リッキーに葉月の元へ行く許可を出してくれた。

その時のロイの瞳……。

やっぱり、あの冷めた奥深い眼差しが葉月の視線とカッチリ合った。

葉月は、ロイに何か気付かれたと思ったが……

『それでも構わないわ』

そういう覚悟で、リッキーを呼んだのだ。

 

「なに? レイ……」

「ごめんなさい……兄様のお供中に」

「構わないけど……」

 

葉月は、暫く黙り込んだ。

だが……隼人と山中が、フォスターを交えて何か笑い合いながら訓練の評価をしあっている。

『その間に……』

何とかしなくてはならないから……。

 

「頼みたいことがあるの」

「何でございましょう? 大佐の言いつけなら、出来ることならいたしますよ?」

同じ中佐だったが……リッキーの方が先輩だった。

だが……今度は後輩といえども葉月は『上官』になってしまったのだ。

だから……リッキーもそこは低姿勢で受け答えしてくる。

「兄様に知られても構わないわ。だけど、フロリダの両親と、私の部下達には内緒にして」

「なに? ロイに知られても構わないなら動きやすいけどね?」

「兄様なら……私が今から頼むことは、大方、理解をしてくれると思っているわ」

「……なんでしょうか?」

 

葉月は潮風の音の中、暫く、口をつぐんだ。

隼人がリッキーと二人でいるところに気が付いたようで、

何かを察したかのように、葉月の元に戻ってこようとしていた。

葉月は、深呼吸……リッキーとは眼を合わさずに空に向かって呟く……。

 

「今の『マリア=ブラウン』について調べて。

何処の部署にいて……何の授業を担当しているか……仕事上のことだけで構わない」

「!?──どうしてかな!?」

流石にリッキーも驚いたようだった。

葉月が……そうは関心を示さなかった『女性』について、『知りたい』と言い出したからだ。

「それだけよ……」

葉月はそれだけ言うと、自分からリッキーと離れるように一歩……

こっちに向かってくる隼人に向かって前に踏み出す。

 

リッキーの返事は……

 

「かしこまりました、大佐……。早急にお手元にお届けします」

それだけいって、サッと芝土手の階段をあがる上司・ロイの元へと走り去っていった。

 

『きっと……プライベートの事までリッキーは調べるわ』

そして、マイクに依頼するかもしれない。

父にはなるべく知られたくなかった。

元恋人の達也と別れた妻のことを調べるだなんて──。

 

でも──葉月が気にしているのは、そういう『女性的』な事ではないのだ。

 

『大丈夫。彼女なら……きっと──』

 

それを確かめたかった。

男達は……『仕事・仕事』で動けるのかもしれない。

葉月も……割り切って動けるはずだった。

だけど──どうしても『マリア』の事は引っかかり始めていたのだ。

隼人は……『同情はやめろ』と言った。

そのつもりで、今更、マリアに対してどうしようだなんて……

なんとかしようだなんて思っていない。

 

だけど──

なんだか、達也との離婚に限らず……

なにか『忘れ物』をしているような気がしてならない。

 

葉月の脳裏に……少年のような自分が蘇る。

 

フロリダの夜……実家の庭は芝庭。

そこで父が催す仲間内の野外パーティ……。

逞しく若々しいリチャードと腕を組んで現れる美貌に輝く少女が一人。

綺麗なドレスを着た少女は、葉月から見るととても大人に見えた。

自分と同じ様な栗色の髪。自分より明るい金茶毛の長い髪──。

ポニーテールにして、赤いリボンをあしらっていた。

彼女は葉月より一つ年上……。

その時、彼女は18歳だっただろうか?

同じ校内の訓練生だったにも関わらず、

彼女は訓練生の制服を脱ぐと、とても煌めく女性だった。

いや? タイトスカート姿の制服の彼女も……校内の何処にいても目を引く美しい女性。

男子訓練生達がいつも色めき立つほどの──。

 

父親同士の集まりに彼女はそうして時々、顔を出す。

あまりにも眩しい女性だったから……

彼女が輝く笑顔で近づこうとする気配を感じると、葉月は何故か避けていた。

 

だけど──時々、捕まってしまう。

 

『アロー、ハヅキ……皆があなたのこと、レイって呼ぶのは何故?』

『……知らない』

 

煌めくラメが入ったワイン色のドレス、

輝く笑顔で、話しかけてくれた美しい年上の女性。

それに対し──

冷たい眼差し、白い長袖シャツ、紺の肩章が付いた夏服制服、紺のスラックス……

短い髪、少年のような自分……。

正反対の恰好をした同世代の少女二人……。

 

葉月の平淡な言葉。

あの時の……マリアが驚いたように笑顔を消した瞬間を……

つい最近のように葉月は思い出していた。

記憶の底から……湧き出てきたのだ。

 

『あなたもドレス、着ないの? 着たら素敵なレディだとおもうわ?

いつも制服なのね?』

 

そうして彼女はいつだって葉月に声をかけてくれた。

 

『……私には必要ない』

『どうして?』

 

そんな彼女から逃げるように、家の中に入って裏口から脱走。

マウンテンバイクに、制服のまま、またがって……そうして夜の住宅街を走り抜けた。

海に向かって、バカみたいに自転車を飛ばす先は──

 

『レイじゃないか? また、抜け出してきたの?』

『相変わらずだな。むずがり嬢ちゃん。変に忍び込むと、お前、怪しまれて捕まるぞ?』

『お前、宿舎暮らしの方がいいんじゃないのか? 家が嫌ならよぅ』

 

ツーステップした葉月には、二つ年上の同期生達。

 

『暫く、ここにいさせて』

 

『ったく、差し入れぐらいもってこいよな』

『いいよ。何処か一緒に出かけないか? 週末だし!』

『レイの奢りなら、いいぜ』

『いいわよ。私の奢り、どっか連れていって』

 

同期生達とバカみたいに騒いだあの頃。

 

「葉月? 今……ホプキンス中佐と何か?」

隼人の声が目の前で聞こえた。

ハッと……葉月は回想から現実に引き戻される。

「え? ええ……今後の隊長達との予定について。

ほら──クロフォード中佐が、今夜集まりたいって言っていたこと教えたでしょう?

そうしてもいいか……聞いていただけ」

葉月の額に少しばかり汗が滲んでいた。

「ああ、小池中佐も張り切っていたしね?」

 

「どうしたんだよ?」

「え? ううん……」

そっと首をふる葉月を、隼人は訝しそうに見下ろしている。

「隼人さんがフロリダに行くって言うから……最近、変に懐かしいことばかり思い出して」

「そう……でも、懐かしいっていえるなら安心した」

隼人が何故かホッとしたように微笑んだのだ。

 

「そうね──」

 

葉月は、小笠原の青い空、暑い太陽の日差しを見上げた。

 

少女の時は……遠い時代。

なにかちぐはぐで……

それでいて可笑しくて笑い転げそうな事も

何処かに隠れたくなるようなひねくれも……

 

なんだか、くすぐったいように『懐かしい』

 

そんな『懐かしい』なんて言えるような時を迎えている自分に

葉月はすこしだけ……驚いた。

 

隼人と一緒に棟舎に帰ろうと、葉月は芝土手の階段を上がる。

「アッという間だったな……隊長の出張」

隼人がポツリと呟いた。

「そうね──明日は帰っちゃうんですものね」

「帰っても安心してもらえるよう、俺達もすぐに行動に移さないとな。

それはいいんだけど……俺が留守の間、ウサギさんが大人しくしていることを祈るけどね」

「なぁに? まったく──! ちゃんと留守番ぐらい出来るわよ!」

隼人のシラッとした目線に、葉月はむくれる。

「だといいけどね……お前、なにかやろうとしていない?」

「べっつに? 隼人さんが帰ってくるまではメンテの事も、達也の事も動きようもないわよ」

「……だね。二人一緒にいけたらいいんだけど……。

二人で行くって言う内容でもないしな? 残念」

「結構、一人でせいせいフロリダを楽しめたりして……」

『一緒にいけなくて残念』と言ってくれた彼に対して……

やっぱり素直になれない『お返し』が出てしまう。

「まぁ──そうかもね? 羽を伸ばしてくるよ。お騒がせじゃじゃ馬もいないことだし?」

そんな所は近頃上手の『隼人兄さん』は、ニヤリと微笑み返してくるだけだった。

葉月も観念してそれ以上は、なにも言い返す気が湧かなかった。

その代わり──

 

「あのね? 隼人さん……」

「ん?」

隼人がそっと眼鏡の奥から、いつもの優しい眼差しを返してくれる。

 

「出張に行くことをね? パパとママに知らせたの」

「ああ、そうなんだ? ご挨拶しないとね。俺もまた逢えるかもと、楽しみにしていたんだ」

両親と会うことも、それほど苦でもないような様子に葉月は、ホッとする。

マルセイユの休暇中も、両親は隼人を散々振り回していたようにも見えていたから……。

でも? 『一つ屋根の下、泊まる』となるとどうなるだろう?

「それで……パパとママ……張り切っちゃって……。

うちに泊まれって……言い出したの……。

私はね!? 普通の出張のように『宿舎』でも充分だって言っているんだけど!」

「──え!?」

隼人の表情が、一瞬固まった!

「あのね! 隼人さんが嫌なら、私の前ではハッキリ言って?

嫌なら、パパとママには印象が悪くならないように上手く言うから……!」

「お父さんとお母さんがそう言ってくれているのか?」

隼人が驚いた顔のまま……そう尋ね返してくる。

「え? そうよ……? まったく毎度の如く強引で……」

「…………」

芝土手を歩きながら……隼人が少し何か真顔で考えていた。

葉月は、次ぎに出てくる隼人の反応に心臓がドキドキしてくる。

「俺は構わないけど……ご迷惑でなければ」

隼人が満面の笑みで返事をしてくれた。

でも──その笑顔が『無理の笑顔』とも限らない?

「あのね──無理しなくていいのよ!?」

「…………」

隼人がまた何か……考えている。

 

「あのさ……」

彼がなんだか小さな声で呟いた。

「なに!? 正直に言ってね!!」

葉月は、俯いて何か考えている隼人の顔を覗き込んだ。

「??」

なんだか、隼人が照れているように目線を逸らしたのだが?

「……お母さんって、和食派?」

「え? どちらも作るけど?」

「肉じゃが……美味いヤツ食べたいんだよね……」

「──!!」

葉月は……隼人が何故、照れていたかが解って思わず硬直してしまった!

 

そして──

「そう……じゃぁ。ママに頼んでおいてあげる……。

隼人さんが来たら、肉じゃが作ってあげてね?って……。ママの美味しいわよ♪」

隼人が照れたから……サッと流そうと葉月は何事も感じなかった様に明るく応えた。

(隼人さん……ママを本当に気に入っているんだわ?)

確かに……隼人の母と同世代ではあるだろう。

重ねようとしている彼の『思慕』を垣間見てしまったような気がした。

隼人もそこは悟られたくはないようだが、悟られてしまった事も分かっている様子。

お互いに、そこは深くは探り合わない。

「そう──悪いね。葉月が帰省しない内に……独占しちゃうみたいで……」

隼人が心底、気兼ねしている顔をしたので葉月は首を振った。

『帰省』なんて……。

そんなに気にした事はなかった。

鎌倉があったから……フロリダはいつも『おろそか』にしていたから……。

「じゃぁ、決まりね? パパとママが喜ぶわ。ありがとう、隼人さん」

葉月が笑うと、隼人も照れくさそうに微笑んだだけ。

「……あちらのご両親がそういってくれるなら、泊まりやすいからね。

勿論……ご迷惑がかかるだろうと、宿舎泊まり込みは覚悟していたんだけど」

「そうね……。パパとママには、隼人さんの邪魔をしないようにキツク釘差して置くから」

「いや──あれだけの将軍だったら解ってくれるよ。むしろ……心強いね」

「ありがとう……本当に……」

心から無理はないようで、葉月もホッとした。

 

「葉月も、そろそろ帰った方が良いんじゃないか? 何年か、帰っていないんだろ?」

隼人が自分が先にフロリダへ行くことが申し訳ないのか、心配そうに葉月を見下ろす。

「うん……そうね……。その内」

「そうだな。休暇──取りづらい立場だよな?

お前が帰るときは、俺とジョイと兄さんでなんとかするから……考えて見ろよ?」

「うん──そうね」

葉月が、俯いて微笑をこぼすだけの返事をすると……

隼人も何か解っているのか、それ以上はいつものお小言のようにしつこくは追求してこなかった。

 

この日の晩──。

クロフォードがやりたがった『岬基地潜入隊』一行の『再会の会』が

基地の倉庫バーで催された。

 

フォスターは、指導できた充実感と指導振りの評価もロイからもらえて

次の日──ブラウン少将と供にフロリダに帰った。

 

『待っているよ』

 

一言──隼人に託して……。

 

 

 ブラウンが率いたフロリダ一行の出張が終わって間もなく──。

 

「中佐。受け入れたいの空部隊。父に紹介してもらいましたから」

「そうですか」

 

葉月はマイクが見定めてくれたフロリダ海軍空部隊への受け入れ書類を

隼人に渡す。

 

「トップガン並のパイロットの巣窟、そこのメンテ班に頼んだそうよ?

小笠原で言うところの第一中隊の空部隊みたいな感じね?」

「そう──そんなレベルの高いところ……いいのかな? 俺なんかが」

「私も、書類を見たけど……そこなら間違いはないわ。

丁寧に接してくれると思うし……向こうのメンテの総監にお願いしてくれたみたい。

小笠原で言う所の……源中佐並の総監だから、メンテ一帯すべて把握しているらしいわよ?」

「上手く引き抜けるかな?」

隼人の心配そうな声。

「そうね……でも、空いた穴にはまた新しくねじ込める所がフロリダだから。

隊員は掃いて捨てるほどいるって訳……。

そこでくすぶっている隊員に眼を付けたんでしょ?」

「まぁね? これから磨いて光りそうな感じを狙ったんだけど。

そうでないと、フロリダでトップレベルのメンテ員なんか引き抜けるわけがない」

「だったら──大丈夫よ。後は隼人さんの『売り言葉』が如何に? って所?」

「そうだね……」

 

フロリダ出張の話が進むほど、隼人は緊張感を募らせているようだった。

ここの所……自宅でも夜遅くまでノートパソコンに向かい合っていて

葉月とはほとんどプライベートの触れ合いも、話し合いの時間も持てなくなっていた。

葉月も──

彼のここ一番の大仕事だから、邪魔は出来ない。

そっとしていた。

 

でも、隼人はフロリダに行く準備も着々と進めていた。

父や母に会うことにも、いつものきめ細かい気遣いで『お土産』まで探し始めたぐらいだ。

 

そうして──何日かが過ぎて行き──。

 

「じゃぁ──行ってくるよ。大人しく待っていろよ?」

 

明け方出るフロリダ行き『軍内定期便』に乗るため、隼人がマンションを出ていこうとしていた。

 

「うん……行ってらっしゃい。気を付けてね?」

葉月も眠い目をこすって、寝ぼけながら簡単に玄関で見送ろうとしていた……。

「なんだ、そっけないな。二週間、離ればなれなんだぞ」

隼人がちょっと寂しそうに……首を傾げて微笑んだ。

でも──

栗毛の横髪をそっと撫でて……妙に長い口づけを……

寝ぼけまなこの葉月に残していこうとする。

「連絡するから。大人しくしていてくれよ?」

「うーん……待ってる。頑張ってね〜」

なんだか行きづらそうな隼人に対して、葉月はとぼけた口調で手を振った。

『ったく』

隼人がふてくされながら、旅行用のキャスターバッグを引きずって背を向ける。

「行ってらっしゃい」

「ああ──お前も何かあったら実家にすぐに連絡しろよ」

「うん」

やっと──彼が納得したような笑顔で、分厚い自動扉を出ていった。

扉が閉まって、すぐに葉月はテラスに出る。

彼が夜明け前の空の下、葉月の赤い車に乗って出発した。

 

「行ったわね。まぁ──メンテと達也のことはお任せ」

 

葉月は──そっと微笑んだ。

 

大人しくしていろ? そう安心するなんて……『大間違い』