13.Go’-a.head!
『疲れた〜……』
フォスターと中嶋の『体力測定』の2時間を終えて、葉月は大佐室に帰った。
グッタリ……と、大佐席に座るなり突っ伏した葉月を見て、隼人が首を傾げた。
「あれ? 隊長は?」
「……六中隊に行っている」
「は? 何故? そんな他中隊に??」
葉月がぐったり答えても、隼人は驚いたのか、作業をしていたパソコンから顔を上げた。
トレーニングが終わった後、三人揃って六中隊の本部に行き、
そこで、元々の教官である伊藤に、メニュー変更と中嶋を担当にしてくれるように
葉月は説明。
『そう。大佐嬢がそういうなら構わないよ。中嶋にも良い経験になると思って
今日の代理を頼んだんだけど……』
『教官! 私が大佐を甲板に戻します!』
……なんて、中嶋本人がすっかり『やる気』になっていたので
年功者の伊藤があっさり担当替えを譲ってくれたのだ。
『それでは、彼と今から本日の結果を元にメニューを組み替えます』
『フォスター中佐、宜しくお願い致します!』
二人はすっかり意気投合……中嶋のデスクで相談を始めたので
葉月は先に帰ることにしたのだ。
その時に伊藤教官が一言──。
『良い先輩がお客さんで来ているね? 大佐嬢も良い刺激になったのでは?』
年功者の伊藤は、元々はフォスターのような指導を望んでいたようだった。
ただ……葉月の様子を……『やる気』を暫く眺めていたのだろう?
そう思うと、葉月も『お尻を叩かれて』やっと気が付いたことにちょっとばかし反省……。
葉月は『体力作りメニュー変更』のいきさつを説明。
隼人はフォスターの『指導振り』に驚いたようだった。
そこへ……
「ただいま」
フォスターがバインダー片手に帰ってきたのだ。
「ナカジマ君と一緒にメニューを組み直したよ。イトウ教官にも許可をもらった」
「そうですか……私からもご挨拶しておきます……」
葉月は意気揚々と輝く笑顔で帰ってきたフォスターに促されるように
内線電話に手を伸ばした。
伊藤に、今後の様子見も頼んだ上での御礼を述べて内線を切った。
「隊長──。ご指導、ありがとうございました」
葉月が席から立って、日本人として頭を下げると
フォスターもメニューを眺めていた姿勢から背筋を伸ばして、改まる。
「いやいや──君の役に立てれば……出張に来た甲斐があったよ?
すこし出しゃばったかな?」
「飛んでもない──危うく、中将に怒鳴られる所だったかもしれませんわ?」
すると──事務をしていた隼人まで席を立った。
「ありがとうございます……。私も大佐の周辺について不注意すぎました」
フォスターが『お尻を叩く』べき所は、本来なら『ムチ兄貴』の隼人が
目を配ってしなくてはいけないこと……。
それを隼人も痛感したようだった。
「そうだね……サワムラ君も、『専門教官がついている』という安心もあっただろうけど
本来の大佐嬢の素質は君が一番解っているし……
大佐嬢への接され方も、今後は良く見極めて舵をとっていかないとね?」
フォスターはいつもの寛大な微笑みだけを隼人に向けたのだが、
隼人は自分がすべき事を、あっさり大人の先輩にされてしまったので
自分自身の不手際が自分で許せないと言う納得していない重い表情に……。
『フォスター中佐が来てくれたら、本当に良い先輩だ』
きっと葉月と同じように隼人も感じていると……
葉月は、隼人のいつにない神妙な硬い表情から、
彼のちょっとした『心の揺れ』を自分のことのように感じ取った。
だけど──
そんな若い二人の『心情』は、大人のフォスターには解りきっていた様だ。
「あのね? 確かに君達を指導するのもやりがいがあるよ?
若い一個中隊を引っ張って行く一員になる事は、とても良い仕事だと思っている。
だけどね? こういう事を君達は『自分達自ら』気が付いて、身につけて行かなくてはいけないんだ。
そう──俺が特攻隊の隊長になった今までと同じように……。
俺ではダメなんだ……君達は自分で見つけようとしなくなる。
それなら……ウンノだと君達は同じラインで頑張る。
それに……俺はウンノも俺と同じぐらいの『指導力』はあると思って進めているんだ」
『同じスタートライン!』
葉月と隼人は、フォスターの言葉に、何か打たれたように揃って身を固めた。
昨夜、隼人の『決意』の中で、出てきた言葉と一緒だったから……。
フォスターが言いたいことは解る。
確かに、良い先輩だし……自分達を導いてくれる。
だけど──その先輩が望んでいること、教えたいこと……。
それはもっと厳しいことだけど、絶対に葉月達にはプラスになり、必要となってくる事……。
「隊長──ありがとうございます……。
でも、もし──転属になるようになったら……心より歓迎いたします」
葉月は、素直に思ったことを笑顔で伝えると
フォスターもニッコリ……微笑んでくれた。
「私も……今回、隊長を迎えられたこと、幸運に思います」
隼人も、頭を下げて御礼を言うと、フォスターは益々照れて笑い出したのだ。
「あはは! 出来れば……俺もまだまだ、フロリダでやり残した事あるしね……。
俺は俺で……特攻隊でやり遂げたいこと、後輩に残したいこと沢山あるから……」
それが……フォスターの『夢』と言ったところらしい。
それは葉月にも隼人にも伝わった。
「その為にも海野の引き抜き……早めに進めます」
葉月が真顔で瞳を輝かせた。
「そうだね──アイツのためにも頼むよ」
「さて──そうと決まれば、ウィリアム大佐の所に行ってこなくちゃ!」
先程までグッタリしていた葉月が、急にシャンとして大佐席を立ち上がった。
「頑張れよ〜」
隼人が、ちょっと心配そうに葉月を見送ってくれた。
「うん♪ 大丈夫、メンテのこともあるしね♪」
丁度良い理由があるためか、葉月はさほど『出張要請』に苦にならないと思っているらしく
意気揚々と大佐室を出ていった。
隼人は笑顔で見送って……そして自分の手元にある書類を見下ろした。
「どうしたの? サワムラ君」
ちょっと元気がなさそうな隼人を気にしてか、フォスターが声をかけてくれたが
「いいえ? 彼女が上手く話を持っていくか心配なだけです」
「大丈夫だよ。彼女なら……」
「そうですね」
隼人がニッコリ微笑むと、フォスターも安心したように……
隼人のデスクからは見えないついたての向こう……
応接ソファーにバインダーを眺めながら座ったようだった。
『彼女が心配』なんて……口から出任せ。
もっと違うことを考えていたのだ。
実は葉月がいない間にウィリアムに呼び出されていた……。
『ホプキンス中佐が調べたメンテ候補員のデーター返しておくよ』
リッキーが確認してくれた書類を取りに行ったのだ。
『二中隊のハリス少佐がフランスに行きたがっているようだね?』
『はい──彼はフロリダ出身ですがフランスの航空部隊に興味があるようで……。
出張の際は、藤波の中隊へ受け入れを依頼するつもりです。
藤波中佐はまだ任務負傷から完治していませんが
私の同期生が、ちょうどメンテ員として同中隊にいますので』
『そう、それは彼のためにもなるだろうね? じゃぁ? フロリダメンテ隊員は君が?』
『そのつもりです……私も逆にアメリカの航空部隊に興味があります』
『そう──どっちが先に出張に行くつもりだい?
それに君の受け入れ先も検討しないとね?』
『……』
隼人はまだ、葉月とも時期については決定的な判断は下していないから……黙ったのだが。
『出来れば……フロリダから先に……。
受け入れ先はそれから……フロリダ出身の御園大佐に見定めてもらいます』
『そう……じゃぁ、お嬢にそのつもりで相談しておかないとね?』
ウィリアムの反応は『葉月の判断任せ』の様で
いつもの穏和な柔らかい微笑みを浮かべるだけだった。
そのリッキーが返してくれた候補員の書類を見直した。
(ホントだ……俺とロベルトが調べたのより細かい)
プロフィールが詳細に示されている上に……
何名かは『現状宜しくない』という最新のデーターまであって……
何人か候補から消える形になった……。
まぁ……言ってみれば『面談・打診』の手間が省けたとも言える。
だが……葉月が推した『岸本吾郎』……。
これが新たに加わっていた。
葉月が『勘』で見定めたとはいえ……確かに……
目立たないが育て甲斐がある青年のようだった。
ウィリアムから聞いたのだが……
『将軍室レベルじゃないと、入手できない情報みたいだよ。感謝しないとね?』
経歴が良くても、仕事に関する意気込みも……そして私生活まで……
それも伴っていないと、葉月は元より、期待しているデイブにも迷惑がかかる。
『こんな情報が将軍室では得られるのか……』
それは本当に細かくて感謝していた。
そこでふと……隼人は思った。
『葉月の忘れられない男とかも……そこでは解るのかな?』
そう思ったけど……だからといってロイに頼む気も湧かなかった。
やっぱり怖かったのだ。
そして──葉月から聞きたいから……。
そして……最近、もっと気になっているのは……
『葉月と達也が別れた真相』
それと供に心で消し去ったはずの……
『二人目の子供の父親』の事だった。
隼人は頭を振りながら……
『そんな情報から葉月を引き出すなんて良くない』
邪念を振り払うように、書類を手にして大佐室に戻ってきたのだ。
『フロリダで……解るような気がする……』
隼人はフロリダ出張によって……また、何かに出くわしそうな予感を募らせていた。
達也に会うこと……。
葉月の学生時代の土地……。
だけど──気持ちはもう……フロリダに行くことに傾いていた。
覚悟を決めて……隼人も前に進むのだ……。
葉月が持って帰ってきた答えは──
「中佐! OKが出たわ!」
葉月が輝く笑顔で帰ってきたのだ。
「そう──」
午前中、葉月の留守中にウィリアムと内緒で面談していたから……
出張に関しては『反対』されない事は解っていたのだ。
「聞いたわよ! 兄様が勝手に隼人さんとロニーが作ったファイルを取り上げたんですって!?」
(わ。ばれた……!)
帰るなり突っ込んできた葉月に隼人は苦笑い。
「もう! なんで私にそう言うことを言ってくれないのよ!
ウィリアム大佐に笑われたじゃないの!
『訓練復帰ばかり考えないよう、部下達の仕事の進み具合も気にしなさい』って!」
(はぁ……きっとロイ中将がウィリアム大佐にそう言うように焚き付けたんだなぁ?)
葉月の『業務重視』を軽んじていて『アンバランス』に釘を差すときが来たようだ。
「いや……中将が葉月が忙しそうだからやってやるって言うモンだから」
ロイの意向を、無駄にしないように……隼人は笑って誤魔化した。
だけど、葉月はそんな隼人にそれ以上は刃向かってこなかった。
『もう……』
そう言いながら……大佐席に座り込んで……
いつもの平静顔で書類に向かってペンを握ったのだ。
なのに──ペンが進んでいない。
隼人は、葉月がメモ用紙にぐるぐるとまた線を描き始めたのを見つめていた。
何かを考えている時に……葉月がする癖だった。
(きっと……葉月も俺と同じように気が付いたんだ)
まだ、上の者に言われなくちゃ動けない自分達の不甲斐なさ……を。
隼人もそれを受け止めようとしている葉月の姿をそっとしておいた。
「さて──次は陸訓練だね」
フォスターは葉月と中嶋のトレーニング指導で弾みがついたのか意気揚々。
「その前に、ランチに行きませんか?」
葉月がメモ用紙からペンを離してフォスターに微笑みかけた。
「そうだね?」
「宜しかったら、山中と一緒に……」
「だったら、俺も行こうかな?」
きっと山中のこと、大先輩を前に緊張するだろうと思って隼人は提案した。
「そうね……そうしたら? 男性同士で、たくさん食べてきたら宜しいわ?
私は、業務が残っているので暫くここにいさせて下さい」
(あー一人で考えたいんだな)
隼人はそう思った。
だから──葉月がいうまま……フォスターを連れて、山中に声をかけて
そっと大佐室を出た。
葉月がやっと書類に向けてペンを走らせ始めていた。
落ち着いた彼女にホッとして隼人は出かける──。
隼人とフォスターが出て行き……戻ってくる気配も感じなくなった頃……。
葉月はそっとペンを手放して、自分の席の電話から受話器を取った。
そこで……内線でない番号を押す。
葉月は腕時計を眺める。
今は12時……。
(向こうは23時頃ね? 起きていると思うけど……)
『Hello?』
聞き慣れた優しい女性の声……。
葉月はそっと心が和むのが解った。
「ママ?」
『──!! 葉月? どうしたの?』
そう……滅多に第二の故郷、フロリダの実家には連絡は取らないから……
母親の驚いた声。
葉月が連絡をしてくるのは余程のことと思ってか、母はもの凄く驚いた声だった。
「元気?」
『勿論よ? あなたは?』
「うん、元気──。怪我も良くなって今は空に出るためのトレーニングに入ったわ」
『そう!』
珍しく連絡をしてきた娘の報告が……意外と明るい報告で母もホッとしたようだった。
「パパ……起きている?」
『ええ……今、私が葉月って言った途端に、テレビの前からすっ飛んできたわよ?』
母が可笑しそうにクスクスと笑っていた。
葉月も……そんな父親のお茶目な様子が目に浮かんでそっと微笑んだのだ。
『代われってうるさいから……代わるわね?』
「うん。ママ、後でゆっくりね? 仕事の話なの」
『解ったわ? 大佐室からかけているんでしょ? 構わないわ。
ママは、葉月の声が元気だって解っただけで充分よ』
優しくて清々しい母の声……。
「ありがとう……ママ」
そっと微笑んで受話器を耳から外した母の表情もクッキリと浮かぶ。
『葉月! どうしたんだ?』
父親も母と同じく、突っ込んでくるような真剣な声だったので葉月は苦笑い。
「アローパパ」
葉月の明るい挨拶に、受話器の向こうでホッとした亮介の息づかいが伝わってきた。
『なんだ? 何かあったのか?』
「解っている癖に……ブラウンのおじ様がこっちに来ていること」
『ああ、そうだったな?』
とぼけた父の声に、葉月は『まったく──』と、少しばかりふてくされた。
『その事で何か?』
「別に? フォスター中佐に充分な手ほどきも頂いて、こちらとしては上々の交流しているわよ?」
『ああ、そう』
「それとは別なんだけど……御園中将に相談したいことがあって……」
『なんだ? 変な事は相談にはのらんぞ?』
そこは娘に『親の七光り』として、父親の地位を利用させまいと言う固い姿勢。
そこは葉月もとことん……叩き込まれていたから解っている。
でも──『最高の上司』であることも変わりはないから連絡をしたのだ。
「実はね……うちの澤村中佐をそちらに出張に出すことにしたの」
『え!? 隼人君がこっちに来るのか!?』
驚いたと供に、妙に嬉しそうな声で葉月は思わず……苦笑い。
「ええ……うちのパイロットチームはメンテナンスがないでしょう?
そのメンテチームをいよいよ結成する前まで計画が進んだの……。
それでね? 候補員への見定めと打診に行きたいと彼が強く希望していて……。
彼の一番の大仕事だから……パパに……何処の空部隊に受け入れさせたらいいか……
それを相談したくて……」
『……解った! 明日、マイクと相談する!!』
即返事が返ってきて葉月は逆に驚いた。
「パパ……少しは説教される覚悟で連絡したのに……」
それを聞き入れて、説明をしてから受け入れてもらう覚悟で連絡をしたのだ。
勿論……小笠原の先輩に相談してからフロリダの空部隊を紹介してもらう手も考えた。
だけど、それだと、選択している事に時間を要する。
達也の見定めは『極秘プロジェクト』だからここでは言えない。
父も『予感』はしているかもしれないが?
だけど──フォスターの転属話が固まるまでに覆さなくてはならない。
隼人の出張は即決に進めたい……。
だから──受け入れ空部隊もすぐに決めたいのが葉月の狙いだ。
それなら直接、フロリダの『パイプ』を頼ってみる。
直結に相談するなら……そう父が一番に頭に浮かんだのだ。
そこを説明しようと思っていたのに──。
『……まぁ? なんだ……? 他のフロリダ上官に相談されて変になるよりかはなぁ〜?』
父も実は頼られて嬉しかったのだろうか?
誤魔化すようなとぼけた声……。
葉月は、おこがましいがそんな風に感じてしまった。
『なんだ? 母さん??』
『……なら、……じゃないの!?』
父の声の向こうで、母が何か喚いている声が聞こえた。
「──??」
葉月が何を二人で言い合っているのだ?と、眉をひそめていると……
『わ……こらっ! 登貴子〜……』
父の声が遠のいた?
『葉月! 隼人君が来るって本当なの!?』
「え? ええ……メンテの出張の許可が先程下りたから……」
『だったら……うちに泊まってもらえばいいじゃないの!!』
「え??」
葉月が戸惑っていると……
『もう……亮介さ……ん!?』
今度は母の声が遠のいた。
どうやら両親はかなりの興奮状態で受話器のとりあいっこをしている様子?
今度は亮介の声が近づいてきた。
『葉月! それも良いかもしれない! 隼人君に聞いてみてくれ!』
「え!? 何言っているのよ!? 普通に扱ってあげてよ!!
泊まるのは基地内の宿舎で充分よっ!」
『はづきー! 隼人君に宜しく言ってね!!』
母の嬉しそうな声が、受話器の向こうから響いた。
『任せろ! 葉月……そこはパパが上手くやる!』
「だから──。パパっ! いつもと言っていること違うじゃない!?」
『任せなさい!』
「そういう事を私は言っているんじゃなくて!
空部隊を紹介してって言っているのよ!」
『任せなさい!』
「だから!!」
『ああ、母さんがうるさいから、切るぞ。マイクと相談したらまた連絡する! グッバイ!』
「パ、パパ!?」
『プープープー』
葉月は唖然として耳から外した受話器を眺めた。
「もう! 何? 今の!?」
もう一度かけ直そうとプッシュボタンを押して国際電話を再度試みる……。
所が……
「もう〜?? なに? 話し中じゃない!?」
きっと……父は興奮してすぐに側近のマイクに連絡している最中だと葉月は思いついた。
「もう!!」
ガチャン! と、受話器を呆れて叩き付ける。
『はー。相談する人……間違えたかも??』
葉月は額に手を覆って、大きなため息をついた。
そして、大佐席の大きな皮椅子……背もたれにグッタリと背を預けて、もう一度ため息。
でも──
「バカね……パパもママも……可笑しい……」
隼人が来ると言っただけで……まるで孫の真一が遊びに行くと告げた時のような
はしゃぎよう……。
「そうよね……パパとママはいつも二人きりだものね?」
そう……自分がフロリダの両親の事を振り返った事が今まであっただろうか?
実家にだって……ずっと帰省していない。
「私が、いけないのよね?」
自分が向かうところに一直線。
走らなくては……走らなくては……振り返っては自分が闇に喰われるから。
止まっては、立ち止まっては……足を捕らわれてばかりの葉月の今まで。
それを両親は黙って……遠い空の下、黙って見守ってくれていたのだ。
隼人のことも……あんなに気に入ってくれて。
あんなに興奮して──。
そんな両親の……まるで何か楽しい嵐でも襲ってきたかのような興奮。
葉月は可笑しくなって笑いだしていた。
そして……ちょっとだけ瞳が曇った。
ちょっとだけ……涙が出ていたらしい──。
(でも──隼人さん、どう感じるかしら!?)
両親の為には、実家に泊まってもらう方が助かるし
隼人も知らないフロリダ隊員に気遣う宿舎暮らしよりかは良いかもしれない?
そこは隼人本人に決めてもらうこととして……。
ちょっとだけ浮かんだ涙をなんとかしようと……
ポケットからハンカチを出してそっと拭う。
気を取り直し……落ち着いて書類に向かって暫くすると……
「お嬢? あのね? マイク兄から連絡なんだけど? なんだろ?
フロリダってこの時間は夜だよね?? 自宅からみたいだよ?」
ジョイがヒョイと……訝しそうに大佐室に顔を出してきた。
「マイクがわざわざ? そう……解ったわ? こっちに繋げて?」
「オーライ♪」
ジョイも顔なじみのお兄さんだ。
警戒なく大佐席に内線を繋いでくれた。
「Hello? マイク」
『Hello……レイ』
麗しいマイクの大人らしい声が響いたが……ちょっと疲れているようだった。
それも事情が良く解って葉月は苦笑い。
「パパから何か言われたんでしょ? ご苦労様」
『ああ……聞いたよ。すっかり興奮していて……もう、俺、くつろいでいたのに』
「ごめんなさい……いつも、お騒がせなパパで」
『いいや? それは毎度だから慣れているけどね?
ちょっとパパは冷静さを失っているから……レイも心配だろうと思って連絡したんだ』
流石は……将軍の主席側近、きめ細かい気遣いに葉月は感心。
「ありがとう……わざわざ、こちらの職場に……。
そうなのよ……パパに最後までお話できずに切られちゃったのよ!?」
『アハハ! そんな事だろうと思った。
まぁ──話は解ったよ。俺が見定めしてパパに進めるから、空部隊の事は……。
後の……レイの彼が泊まる、泊まらないはファミリーで決めなよ?』
「……普通にした方が、周りの隊員にも変な目で見られなくて良いと思うんだけど……」
『レイだって……出張に来たら、実家に泊まるだろう?
それと一緒だと思えば良いよ……。
御園大佐の側近が……将軍に招待されたぐらいで見ると思うし。
あんなに喜ばれちゃ……俺もパパを止められないね?』
マイクも可笑しそうに笑ったのだ。
「マイクがそういってくれたら……
私も少しはパパの思うまま従っても安心って思えるけど。
彼の気持ちもあるから……話し合ってから……」
『そうだね……そうしたらいい』
「ありがとう……マイク。安心したわ? パパったら……空部隊の話ちっとも聞いてくれなくて」
『メンテ候補員の下見だって? そういえば、この前リッキーにデーター協力頼まれて
そっちに送ったけど……あの事かな?』
「──!! そうだったの? マイクが調べてくれたの?」
『ああ……やっぱりそうなんだ? メンテ以外のデーターも混じっていたから
気が付かなかったけど? 時々、お互いの情報交換はしているから。
勿論、正式手続きをした上での公式な交換だけどね
でもリッキーとは同期生だから、お互いに頼みやすいし、早くしてくれるから……』
「そうなの……」
『それなら、解った。俺も調べた一人だから、見定めておくよ』
「ありがとう……マイク……。
何故かしら? 将軍のパパよりマイクがそう言ってくれるとすごく安心できるのよね? いつも!」
葉月が、先程の父親の有様に呆れたようにつっけんどんに言うと
マイクも受話器の向こうで、大笑い。
『レイも……来れたらパパとママはもっと喜ぶと思うけどね?』
「無理よ……彼と一緒に動ける内容の仕事じゃないから」
『そうだね? ああ、そうそう──、御園家にサワムラ君を泊めると聞いて気になったことが!』
「え? 何??」
『レイの部屋、レイの机の上の写真立てだよ? あれまずいんじゃないかな?』
「!!!」
葉月はマイクに言われて……久しく踏み入れていない自分の部屋を思い出した!
マイクは、昔から父について御園家に出入りしていたから
訓練生の頃から、葉月とは顔見知りで、部屋にも入ったことがある。
それもマイクがこっちの家の事情を良く知っているお兄さんだから入れることが出来たのだが……。
『鎌倉ブラザーズ……特にジュン先輩は良いのかな? 気を付けないと?
あれ……ミセス=ドクターは葉月の大切な物だからって大事にそのままにしているよ?
ああ、孫のシンが来るときは気を付けてしまっているみたいだから気が付くかな?』
「……そ、そうね?」
葉月はちょっと冷や汗。
そんな事、すっかり忘れていた!
マイクが言うところの『鎌倉ブラザーズ』というのは……
純一に、その弟の真、そして右京……そして姉の皐月。
その大好きだった兄達に姉を、写真を数枚入れられるフォトスタンドに入れいて
机に置いていた。
それを見ながら……葉月はいつも訓練校の勉強をしていた。
時には哀しくて虚しくなる写真の数々だったが……
どうしても目の前に置いておきたかった少女時代を思い出す……。
『念の為に、ママに一言、言って……彼が来る前にしまって置いてもらった方が……。
それとも? もう彼が知っているとは言わないよね?』
マイクが探るような声。
「も、勿論……まだ、言えないわよ」
『別に言わなくても……って、訳にも行かないかな? 難しいね?』
「ママに頼んでおくわ」
『うん……じゃぁ、これで……グッナイ、レイ。あ、仕事中かそっちは──グッラク、レイ』
「サンクス、マイク……グッナイ」
そこで、葉月とマイクは会話を終えて電話をお互いに切った。
(わ……隼人さんが泊まるって言い出したら……お部屋、何とかしないと!?)
やっぱり……葉月は……
隼人だけをフロリダに送り出すことに、ちょっとだけ頭が痛くなってきたのだ……。
太陽の国──フロリダへ……。
彼の心は、今……フロリダを向かっている……。
さらなる前進のために──!
葉月には……止められない……。