3.好みの女性

 帰還後の影響変化に振り回されつつ……

隼人は、悶々としていつもの食事にいき……また、その帰り。

エレベーターを待っていた時だった。

 

 (今日は……一人か……せめて男一人でも来ないかな?)

と……人もまばらになったカフェテリアを眼鏡をかけて見渡していると

隼人の隣りに、これまた偉く美人な日本人女性が並んだのだ。

だからといって、こちらの女性は、いつものお目当てのように隼人を意識しなかった。

真っ直ぐに前を見つめて、静かにエレベーターを待っていたのだ。

(ミツコ並みだな? こんな美人、いたんだな?)

 

 いつも葉月に振り回されてばかりの隼人。

この広い総合基地内の女性を細かく意識した事などなかったから……

スッとした涼しい横顔、ピンとしている黒いまつげ……。

さり気なくも、洗練されたメイキャップ。

真っ直ぐでキラキラした黒い髪。

黒いシンプルなパンプスを履いた洗練されたOL隊員だった。

(俺のタイプ!)

思わず……見下ろしてしまったぐらいだ。

(ミツコも出逢った時はこんな感じだったのに、なんであんなにけばけばしくなったのかなぁ)

隣の彼女からは、柔らかで上品な日本人らしい香水が微かに香ってくる程度。

どこから見ても、洗練された働く女性だった。

 

 エレベーターが、カフェテリアがある5階に下から向かってくる最中。

「……最近、中佐嬢はスカートをやめられたようですね?」

その女性が、真っ直ぐ前を見つめたまま、隼人に話しかけたのだ。

「…………」

すぐに言葉が出なかった。

なんせ……見とれていたものだから……。

「……ええ。何故でしょうね? 彼女が考えていることは良く解りません」

いつもは愛想笑いも出ないのに……

妙に『稟』としたその女性が、あまりにも冷静に話しかけてきたので

彼女が隼人を見てもいないのに微笑みを浮かべてしまったのだ。

「……犯人と一緒だったそうですわね?」

「……え?」

任務の一部始終は……そうは外には漏れていないはずだったが……

葉月が一番の貢献者として犯人と渡り合った事はもう有名な話。

「無法な空間で女性が、無法な男と供にいた。少佐はどうお感じになったのかしら?」

やっと、その美人OLが隼人を見上げてニッコリ……微笑んだのだ。

今度は打って変わって、隼人は表情が固まった。

つまり──葉月がその渡り合った犯人に女性として何をされてもおかしくない。

『噂』として誰が口にしなくとも、そんな想像が基地中でされてもおかしくない……。

そう……彼女が、隼人に突きつけたのだから……。

 

 隼人は途端に『憮然』として表情を曇らせた。

また、ここ最近の『葉月を落として、澤村少佐に諦めさせる作戦』の女かと

いい加減、嫌気が差したし、『美人なだけに自信たっぷり』

堂々とハッキリ突きつけるじゃないか!? と、珍しく女性に対してムキになりかけた。

彼女がハッキリ隼人に突きつけた事。

隼人もそこは……気にしていたのだが、さして『噂』も聞かなかったから安心をしていたのだ。

だが──

(やっぱり……少なくともある程度は『ある』のか!?)

もしや、自分が恋人として『目を背けていた!?』……そう、認識させられた気持ちになった。

 

 そこで、エレベーターがやってきて……彼女がスッと構わず先に乗り込んだ。

隼人も『逃げる』と、認めたことになりそうで何喰わぬ顔で彼女の後を行く。

そして……『釘を刺そう』と思ったのだ。

こんな『噂めいた話』を、渦中の本人『葉月』の恋人『隼人』に言うぐらいだ。

『噂も興味津々な心ない女』をとっちめて置かねば、隼人も気が済まない。

エレベーターの扉が閉まると、そんな『憮然』としている隼人の横で

彼女が美しい黒髪を揺らしながら『クスリ……』と、こぼしたので益々ムッとしたのだ。

 

 「少佐? どうか中佐嬢にスカートを穿かせて下さい。少佐でなくては出来ないことでは?」

 

 彼女が……嫌みのない笑顔で隼人を真っ直ぐ見上げたので……

隼人は今の今までの『嫌な気持ち』に、急に違和感が出たのだ。

そう思って……言葉も返せずにその美しい彼女を見下ろすと、彼女がまた面白そうに笑うのだ。

「……どうしてですか?」

「あら? 私が先程言いました『少佐は気にならないのか?』という『失礼な質問』

私は同じ女性ですから……澤村少佐よりかは中佐嬢の気持ちが解ると言いたかったの」

「……『同じ女性』だから??」

すると、彼女はこんどは少しばかり憂いを含めた眼差しを隼人に向けて俯いた。

 

「あんなに可愛らしかった中佐嬢ですもの……いつだって基地中の男性が意識していて……

その注目の女性が、無法な男と渡り合って『名誉』を手に入れたとしても……

『その代償』ですら……男達は気にするでしょうね? 勿論、心ない女性も……

そんな事……本人である中佐嬢が一番、感じているのではないかしら?」

彼女がそう言ってくれて……隼人もやっと『確信』した……!

 

──『化粧をしないと私は『女』じゃないって聞こえるわよ!!』──

 

 どんなに男姿になっても、隼人がいかほど……『変わらぬ目』を持ってくれるか?

葉月なりの『確かめ』かと隼人は思っていたのだ。

だけれども、そんな事は関係ない。

葉月がそんな行動に出たとしていても、

彼女だって『私生活』で充分、隼人の気持ちは解っていたようだから。

それも多少は、あったのかも知れないが……

 

 (そうか……やっぱり、気にしているんだ……)

隼人はそう思った。

自分が目を背けている内に、葉月は一人で……気にしていたと言うことだ……。

(アイツ……そんな素振り、俺の前では少しだって……)

いや……隼人の前で出せなかった結果があの『男姿』なのかもしれない……。

 

『御園中佐……犯人と一緒だったらしいわよ……何されたのかしらね』

『犯人と一緒だった……何もなかったと言うことは無いかもな?』

 

 長い髪がなくなった事。

……葉月が前線に出たという『衝撃的証拠』であって帰還後、基地中をアッと言わせた。

すべての隊員の視線は否応なしに葉月に注がれる。

その『視線』を葉月はどう受け止めていたのだろう?

 

 隼人は葉月と一緒に人混みの『カフェテリア』に出かけることがない。

だから、その他人の見る目を感じることがなかった。

葉月は有名な『無感情令嬢』

いつもの冷たい顔で『シラッ』と、弟分のジョイにすら気遣わせないように平然としていたのだろうか?

そして……以前通りのスカート姿を目にして……

男を始め……皆が、葉月の整った体つきをどういう目で見るかと言う事だ。

だから……平然としか出来ない葉月の反動の結果が

──『男姿』──

今、隣りに並んでいる女性は葉月のその『心情』を隼人よりも深く察していたと言うことだ。

 

 「それでは……失礼を申しあげました事はお詫びいたしますわ。お大事に……」

カフェテリアは5階……なのに、黒髪の彼女は高官室が並ぶ4階ですぐに降りてしまったのだ。

隼人は、ハッとして……用もない高官フロアへと彼女を追いかけるように降りたのだ。

そして……『稟』と背を向けてまっぐに、

靴の踵を高らかに鳴らして進む彼女の背に叫んだ。

 

 「待って下さい! どうして? うちの中佐のことそんな風に?」

 

 そんな女性……あまり出逢ったことがない。

この基地内でいうなら『洋子姉さん』、河上大尉ぐらいだ……葉月を気遣ってくれる女性は。

本部の若い女性ですら……葉月を遠巻きにして恐れているぐらい。

ましてや……他の部署の女性などは、敵わぬ女と近づかないぐらいだから……。

いつも男の視線を集める『中佐令嬢』……『女の邪魔者』と思われていることぐらい

隼人はとうに知っていたから……。

すると、彼女がまたもや余裕の『ニッコリ』で振り返ったのだ。

 

 「少佐も『自意識過剰』ですわね」

「は?」

「私の事、中佐嬢をけなして少佐に近づこうとする女と同じ扱いをした『お返し』です」

「どういう事ですか?」

「あら? 少佐と私はいつもお話ししておりますわよ」

「え??」

だが、隼人は男の感覚として、こんな好みの美人を見忘れるはずが無いので、

益々、訳が解らなくて首を傾げると……

見たところ隼人と同世代でもありそうな大人の彼女がまたニッコリ……。

そして、左手で拳を作って彼女は耳に当てたのだ。

 

 「『お疲れ様です。連隊長秘書室……水沢です』……ね?」

「あ!! 秘書室の!」

そう……隼人が連隊長室に側近として内線を入れる時、いつも出てくれる『彼女』だったのだ。

『声だけ知り合い』のあの彼女と解り……

──『少佐も自意識過剰ですわね』──

その言葉……隼人が葉月を盾にしてサッと会話を切りたがった

その『心理』をものの見事に見透かされていた事も解ってしまった!

(うわぁ……流石、連隊長室秘書!)

『切れ者!』と、隼人はおののいて暫く言葉が出なくなった。

やっぱり、そんな隼人を見て彼女は『クスクス』と笑うのだ。

 

 「私、少佐が澤村精機のご子息だからって、そこら辺の女性のようにすぐになびきませんよ」

「そうですか。そりゃ、そうですよね。俺みたいな冴えない地味男」

隼人がまた『憮然』とふてくされると、彼女が今度は優しそうに柔らかく微笑みかけてくれた。

『ドキ……』と、ときめいたほどだ。

「そんな所は『自信ない』なんて……少佐は素敵な男性ですよ。

あの中佐嬢の心を射止めちゃったんですから……」

(本当に葉月の事……ちゃんと解ってくれている人なんだ……)

隼人は、葉月を『普通の女性』としてみてくれる同性としてかなりの好感を得た。

 

 「残念……けっこう、水沢さん……俺のタイプだったのに」

隼人が『降参』とばかりにおどけると、彼女がまたクスクスと笑いだした。

「残念……私も同秘書室隊員の『新妻』でなければ、そこら辺の女性達に羨ましがられたのに」

「え! 益々、残念! 相手がいたのか!!」

「まぁ……少佐ったら……」

言葉の切り返しもなかなか機転が効いて爽やかなので隼人もつい調子に乗ったのだ。

そんな隼人を見て、水沢夫人は軽やかに笑うだけ。

 

 「いえ……うちのじゃじゃ馬さんの事、そう心配して下さる女性もそうはいなかったので」

「でしょうね? 私、秘書室長いので……中佐嬢のことは昔から」

「ああ、そうなのですか……」

「そう。なんせ、あの厳しい連隊長と一日一緒なのですよ。結構、気が抜けなくて……

まだ、20代だった慣れていない頃、そんな私を中佐嬢はかばってくれたりして。

連隊長はお若いけど、ものすごく切れ者で先進的な米国人でしょ?

『女も仕事は男同様』という感覚があるのよね?

そんな所、女性として……フランク中将に真っ向から食ってかかってくれたのは

『妹分』の御園嬢だったのですよ。女性として助けられていたのは私の方……。

中佐嬢は、変にエキセントリックな所があるけれど、時々ビックリするぐらい懐が広くて……

妙なところで『男らしくて』……それでいて憎めないお嬢さんで……

彼女が秘書室に遊びにくると私も心が和むのですよ

主人も昔から『中佐嬢のファン』……私達が同職場、同部署で付き合っていること

連隊長には黙っていたのですけど、上手く取りなしてくれたのも最後は御園嬢ですから」

「……そうでしたか……いえ、知らなくて……」

 

 でも……隼人はなんだかそんな事で『必死』になっている葉月がすぐに目に浮かんだ。

自分が望んでいることを自分の為にどうすればいいかはそっちのけの『相棒』が

何故だか、人の為となるとものすごい力を発揮することがある。

そう……隼人の父親の事も。

任務中、小池を助けた事も。

自分が『狙撃の的』になった事も……。

この目の前の女性は、葉月のそんな奥底は既に知っているらしい……。

 

 「しかし……目に浮かびます。彼女、そんな感じで……逆にもどかしいぐらいで……」

隼人が困り果てたように致し方ない笑顔をこぼすと、水沢夫人も同じように微笑みをこぼしてくれた。

「でしょ? ですから……スカート穿かせてあげて下さい。

『堂々と女性として前を向く』……それは、少佐が教えてやらないとダメですわよ」

「教える?」

「そうですわよ……中佐嬢はおかしな事に……

あれだけの容姿をお持ちなのに、ご自分は『女性らしくない』と思い込んでいるのよ?

大好きなお兄さんが、教えてくれると言う事聞くみたいですわね……

フランク中将が、いつもそうして『舵取り』していたのを見てきましたから。

勿論? ただの『お兄様』では、なかなか言う事聞かないみたいですけど……」

そんな葉月とロイの『兄妹分仲』を彼女は長年見届けてきたのか

隼人が最近気が付いた『葉月傾向』をサラッと当たり前の如く呟いたので驚いた。

(くそ! やっぱり、俺はまだ新参者か!?)

「ですから……大好きな『少佐兄様』なら、すぐに言う事聞きそうと思って……

フランク中将が出張前にぼやいていましたから。

『また、葉月にこんこんと説教しなくちゃいけないのか』と……

スカート姿じゃなくなったことに、頭痛めていましたわよ?」

「フランク中将が……そうですか……。

いえ。実は僕も、多少頭痛めていまして……実は……」

 

 隼人は、初めて顔を合わせた女性なのに、葉月の事をよく見ていると信頼して……

あの『新入女性隊員クッキー事件』を水沢に話したのだ。

すると、彼女は特に大笑いをするわけでなく、また静かに『クス』とこぼしたのだ。

「ほらね……。スカート穿かせて下さい。

私だって、中佐嬢が男性だったら『惚れています』もの」

「え!?」

「本当に、なんていうか放っておけない可愛い方……

男性だったら母性本能くすぐられるところですもの」

「いや〜……男から見ると、その女性の感覚、解らないのですよ。

ほら……彼女も自分で言っていましたけど『宝塚現象』だって

テレビでもみるあの感覚、男には解らないですね〜……」

「でしょうね? そうして十代を過ごしてきたと中将から聞いております。

近頃、女性らしくなったと中将は嬉しい兄様顔をしていたのに

その落胆と言ったら、見ていてこちらも気の毒なぐらい……」

「……」

 

 『隼人君……帰っても葉月が変な方向に行かないよう宜しくね?』

先日、小笠原の滑走路からフロリダへ帰る葉月の両親を見送ったとき。

母親の登貴子が、不安そうな顔を浮かべて隼人にそう頼み込んだのを思い出した。

それもあって……葉月が急に男姿を始めたので余計に『スカート穿けよ』と……

『女の子らしく』を願っている登貴子のためにも隼人はそう言っていたのだ。

だが……いつもの『偉そう!』という葉月に『お小言扱い』されて却下されてきた。

(もう、勝手にしてくれ)と、もう少しでめげそうになったのだが……。

 

 「有り難うございます。

まったく……僕だけ困らすならまだしも、そんなに親しい人達を嘆かせて……

それきいたら、何が何でも『葉月』を元に戻さないと」

隼人が初めて『葉月』と口にすると、水沢夫人は驚いたように隼人を見上げたのだ。

でも……すぐに、嬉そうな笑顔を浮かべてくれたのだ。

 

 「少佐は……素敵な男性ですよ。職場ではきちんとクールに振る舞って

それでいて、心の奥では本当に彼女を大切にしているって改めて感じました。

でも、思っていたとおりの御園嬢の良いお兄様と解って安心しました……。

主人共々、連隊長付き秘書ですから、フランク中将の嘆き様を心配していたの……

話しかけて良かったわ。いつも冷たい声、落ち着いていて、冷静な横顔。

あんな風にサッと人の心底見抜いて会話を切られるほどの見極めされてしまって……

話しかけづらかったのですよ」

「あ……あ。申し訳ありません……無愛想な男で……」

隼人が照れて黒髪をかくと、また彼女がクスクス笑った。

「そう僕の『やり方』をサッと見抜かれたのも驚きでしたけどね……

あ……どうです? 今度、カフェで一緒になったらおごらせて下さいよ」

などと……『女性を誘うらしくない自分』に隼人は自分で驚いた。

でも……それも彼女が『夫と信頼し合って同部署で働く頭の良い人妻』と解ったからだ。

そんな彼女も、隼人の誘いには素直に『ニッコリ』

「嬉しいわ。少佐のような男性に信頼して頂けて……

あ。もう一言……御園嬢を『女性姿仕立て』に躍起になってもダメですよ

『心のケア』からしてあげて下さいね? これは女性からのアドバイス」

「参りました……本当、御礼におごらせて下さいよ」

「中佐嬢に叱られるわ」

「いやいや、ご主人に殴られるかも」

そこで、二人は息があったように一緒に大笑いをしたのだ。

水沢夫人はそれだけ言うと、美しい黒髪を揺らして隼人に一礼……。

連隊長室にまた、稟……と歩き出した。

 

 (いや〜……また、いい人に出逢った)

それも、女性……。

下心的な喜びではなく……こんな爽やかな気持ちにさせてもらえて……。

(なんだよ。やっぱり、葉月の周りには良い人ばかりじゃないか)

その彼女のお陰で出逢える人々。

なのに、彼女はその人々を心配させてばかり……。

だから、隼人はそんな素質を持っている彼女について行くから

こんな出逢いに巡り会える。

そのお返しを……彼女や彼女を支える人達にしてみたい。

隼人もそうして助けられるから……。

そうして前に進んでいるから……葉月をもっと前に行かせたいのだ。

葉月が前に進むと、周りも一緒に前に進むから……。

でも……葉月の事をそう心配して、隼人に話しかけてくれた女性もいる。

すこしばかり……『一人じゃない俺は……』

……そう思えて隼人は清々しい気持ちで、エレベーターを待たずに階段で3階まで下りたのだ。

 

 『女性らしく……俺のやり方で、花開くまで』

 

それが……今、密かに隼人が企んでいる『葉月嬢育成プラン』だったりする。

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