・・Ocean Bright・・ ◆黒猫が往く◆

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1.弟の眼

「ただいま……」

 深緑色の軍服とネクタイ、クリーム色のカッターシャツ……軍医の制服を着た黒髪の彼が帰宅する。

「お帰りなさい、真。今日は大丈夫だったの?」
「大丈夫だよ。母さんは心配しすぎなんだ、ちょっとこの前……風邪をひいただけなのに」

 時々……体調を崩す。
 彼は数年前から、そんな事がやや多くなっていた。
 妙に抵抗力がなくなったような……そんな気がするのだ。
 幼い頃からそれとなく丈夫ではない事は解っていたが……『どうしても軍医』になりたかったのだ。
 だから……それについていける努力をして、訓練校に通えるようになった。
 そのための無理も結構してきた……そのツケが来ているのだろうか?
 だが無事に、軍医の道を歩き始めた……今はまだ、『研修医』の身分だが。

──『軍に入隊したいなんて、やめておけ……真。なにも軍医じゃなくても大学があるだろう?』──

 一番に反対したのは『兄・純一』だった。
 しかし、真からすると、その兄に反対されるのが一番嫌な事だった。

『兄貴は……なんで親父と一緒の医者を目指さなかったんだよ。俺、知っている……兄貴がガキの頃、医者になるって言っていたって事』
『……』

 兄は黙っていた。しかし──。

『隣の御園のところで、武道を習ったら、そっちがおもしろくなったからな──。あっちのオジキに祖父さんを格好良いと思ったからさ』
『……』

 今度は真が黙る。

 そんな兄が、本当の事を言っているのか言っていないのかは真には判断できなかった。
 でも──兄が訓練校に入ると言い出して、一番喜んだのは……その隣の『長女・皐月』だった。

 彼女と兄貴が一緒に行動する。
 誰よりも近く──。
 そして……隣の『長男・右京』も音楽家なのに軍隊へ進むと決めていた。

(俺も……皆と一緒にいたいよ)

 ただ……それだけの事だった。
 そして大好きな彼女と一緒に頑張りたかった。
 身体が弱いからと、彼女が先に行ってしまうのは耐えられなかった。

 横須賀の基地で研修医をしている真の帰宅。
 兄弟の部屋は、このこぢんまりとしている自宅の二階。
 向かい合わせにドアがある。

『フーン……フフフゥーン♪』

 階段を上がると、そんな愛らしいハミングが聞こえてきた。

 夕暮れが近い二階部屋、階段にはうっすらとした西日が入ってきている。
 聞こえてくるのは『兄の部屋』からだった。
 そこに……栗毛の少女がいる。

 彼女は窓辺に寄せている兄のベッドの上、窓辺にいた。

「葉月……?」

 兄の部屋を覗き込みながら、真が声をかけると、小さな彼女がビクッとしたように飛び上がった。

「ご、ごめんなさいっ。お兄ちゃま! あの……あのね! これが面白かったから!」

 飛び上がった彼女は、慌てるように膝に広げていた『書籍』をたたんでベッドを降りてきた。

「ちゃんと、お片づけするから!」

 彼女が抱えていたのは、沢山の本を所有している兄の本棚に並んでいた『図鑑』の一冊だった。

(兄貴と間違えているな?)

 小さな彼女は声を聞いただけで『怖い』のか、入り口にいる真を確認もせずに、とっとこと向かい壁にある兄の書籍棚へと脇目もふらずに走っていく。
 真は可笑しくて、笑いを堪える。

「また、勝手に俺の部屋に入ったな!? 何度言ったら勝手に入るなって俺の言う事を理解できるんだ。『オチビ』!」

 真は、ちょっと声色を低めに変えながら……やっぱり可笑しくて笑い声を殺そうと努めた。
 元々、歳が近い兄とは声が似ている。
 だから、彼女は『この部屋の主』が帰ってきたと慌てたのだろう──。

「……だって、お兄ちゃまの本棚、楽しいから──」

……と、彼女はまた恐れたように振り返り……。

「真お兄ちゃま!」

 葉月がまた飛び上がった。
 真は、今度こそ……大声で笑い飛ばす。

「あはは! 兄貴じゃなくて助かっただろう? 怒られる前に、ちゃんとしまえたじゃないか!」
「もう!」

 彼女は鼻にシワを寄せて悔しがっている。
 愛らしい彼女は、この日も水色のノースリーブのワンピースを着ている。
 ──『水色の少女』──

「何を楽しそうに見ていたんだ?」

 本棚の前で拗ねている彼女の側により、真はそっと彼女の小さな手を取った。
 小さいながら、色が白くてしっとりとしている触り心地の良い柔肌だった。

「動物図鑑……」
「ああ、兄貴はああいう図鑑……好きだからなぁ……」

 真はと言えば、ちょっとした純文学小説と医学書ばかり。
 兄はジャンルは問わず、様々な書籍を赴くままに集めている。
 何のために買ったのか解らない辞書や、外国語講座に、そして……図鑑。もっというと『兄貴が!?』と笑い飛ばしたくなるような『童話絵本』もあったりするのだ。
 真も読書は好きだが……兄には適わないと思っている。

 兄は無口だ。
 だが……何故、無口かというと『読みふける時間』が多いからではないか? と、いうのを理由にしたくなるぐらい、姿を見れば本を読んでいる。
 そして……読書外の時間も一人で考えふけっているように見える。
 そういう……『一人黙想』が好きらしい。

 そんなわけで、葉月は『本を眺める』というと……兄の部屋にこっそり侵入する。

「学校のお友達が、ワンちゃんを飼う事になったの。今日ね? 帰りに皆で見せてもらう事になったの……。仔犬で赤ちゃんで、かわいかったの」
「それで? 葉月も飼いたくなったのか?」

 小さな彼女がこっくり頷く。

「それで、お兄ちゃまの図鑑に載っているか探していたの」
「仔犬はどうかな?」

 真が首を傾げた時だった。

「真……俺の部屋に何か?」

 今度は真がどっきり……振り返ると、薄いグレーの詰め襟軍服を来た兄が部屋の入り口に立っていた。
 兄も一足遅い帰宅のようだ。

「ええっと……」

 葉月の毎度の許可なし侵入を何とか誤魔化してあげようとしたのだが……真よりずっと背丈がある兄には、部屋の中の様子が判ってしまったらしい。

「……」

 葉月が怯えた顔をして、本棚の前で固まっていた。

「……ご、ごめんなさいっ。純兄ちゃま!」
「また、オチビか……。まったく、おふくろは自分の娘のようにして、いつでも勝手にあがらせては放って置いているんだな。いい加減にして欲しい」
「……お兄ちゃま……」

 冷めた目つきの兄が、素っ気ない様子で葉月を見下ろした。
 『お前なんか、二度と来るな』──とでも言いたそうな冷たい言い回しに、葉月がシュンと俯く。

「サッチも帰ってきたぞ。きっと、お前を探している」
「……はい」

 兄はスッと机に向かうと、すぐに制服の上着を脱ぎ始めた。
 しかも……葉月がいるにもかかわらず、スラックスも脱いでシャツも脱ぐ……素肌をさらしても何も感じないらしい。
 しかし、それは『オチビちゃん』も一緒で、側で『大人の男』が素肌をさらしても、下着姿になっても何も反応せずに、図鑑が元の位置に戻っているか確かめているだけ。

「……」

 真はその光景を眺めて……自分も眺め慣れている光景なのに、ふと……違和感を持った。
 勿論、自分だって……小さな彼女の前で平気で着替えられる。
 それに小さな彼女は、隣の従兄『右京』に至っては、七つまで一緒に入浴をしていたぐらい。
 『男』という『成人に整った身体』は、見慣れているのだろう……。
 だが……なんだか違和感を持ったのだ。

(兄貴は……葉月は平気なんだな)

 急にそう思えたのだ。
 兄は変に人を寄せ付けない『気むずかしい』所がある。
 人を選り好みしている……と、言うわけではないのだ。
 向こうから寄ってくれば、兄はちゃんとその人と向き合う。
 ただ……自分からは寄ろうとしないのだ。
 元々、独りが好きらしい。

 そんな兄だから、こうして寄ってくる葉月には、表向きは『素っ気ない』が『妙に』邪険にはせず、あからさまに追い払ったりしない。
 葉月も冷たくあしらわれても、また次には忘れたように……変わらずに兄を慕っている様だった。
 それには色々と……二人の間ではないと解らない『息の合い方』というのがあるのを、真は見抜いていた。

「じゃぁ……」

 着替えた兄は、早速……机に置いてある科学週刊誌を広げ始めた。
 いったい……? 陸部員の兄が科学とはどういう興味の持ち方だろうか? と、真は毎度の疑問を抱きながら、向かいの部屋に入ろうと踵を返す。
 そして、自分の部屋のドアを開けた時だった。

『なんだって? 仔犬を探していたとか? 友達が飼い始めたのか……』
「!」

 真が兄の部屋から、姿を消した途端だった。
 そんな兄の声が聞こえて……真は足を止める。
 兄は、階段を上がる途中で、ちゃっかり真と葉月の会話を小耳に挟んでいたようだった。

『……うん、それでね? 可愛かったから、探していたの。図鑑で……』
『そんな図鑑には、お前が望むような挿絵はないぞ。そうか……。飼いたいのか?』
『……でも、死んじゃったら可哀想だし』
『バカだな。一生懸命、面倒をみればいいじゃないか……』
『お兄ちゃまにもらったお魚みたいに死んじゃったら……』
『……あんな事、気にしているのか? だがな……その気持ちが分かっているなら、たとえ、その仔犬が何かの理由で死んでしまっても、葉月に可愛がってもらった事を幸せに感じるさ……。そういう気持ちさえあればな……大丈夫さ。右京に頼んでみたらどうだ?』
『……お兄ちゃま……』

 真は笑顔をそっとほころばせて部屋に入った。

 少し疲れ気味だった。
 真の中では、妙に晴れない『考え事』ばかりだった。
 隣の彼女の事が……いつもすぐに、一番に頭に巡ってくる。

 暫く……目をつむっていると、少しの間だけうとうとしていたようだった。

「マコ!」
「……!?」

 夢だろうか? 大好きな彼女の声で、真は横になっていたベッドから飛び起きた!

「マコ! 葉月がこっちに遊びに行ったって聞いたけど!」
「皐月……」

 夢じゃなかった。
 目の前には、黒いノースリーブの色っぽいカットソーにジーンズ姿。ショートカットの女性がむくれた姿でドアに立ってた。

「ああ……? 俺が帰ってきた時は、兄貴の部屋にいたけど……」
「そう……。純兄もいないけど?」
「え? そうなんだ……」

 真はベッドから起きあがって、机の上にある時計を眺めた。
 そんなに時間は経っていない。
 真がちょっと寝入っていたのは、ほんの10分ほど。
 なのに、部屋には雑誌を眺めていた兄も、兄と話していた彼女もいないという。
 すると──真の部屋の窓辺から声が聞こえた。

『こら、オチビ! 暴れると置いていくぞ!』
『はぁい』

「! 葉月の声じゃない?」

 すぐに反応したのは、耳がよい彼女だった。
 彼女は構わずに、ずかずかと真の部屋に入ってきて、窓辺に身を乗り出した。
 真も一緒に覗き込んだ。

 そこには……白いティシャツにジーンズ姿の兄が自転車にまたがり、後ろの荷台には葉月がちょこんと座っていた。

「葉月──! 何処に行くの!」

 一緒に身を乗り出していた皐月が大声で叫んだ。
 さらに身を乗り出した彼女の豊かなバストが目の前で揺れたので、真はやや動揺してその場を離れた。
 彼女は分かっていない……。
 真がどんなに彼女を『女性』として意識しているかを……。
 気が付いてないから、彼女は真といる『距離感』にはまったく無知で、そして『男女』を意識していない。

『あ。お姉ちゃま! お兄ちゃまと本屋さん行ってきます!』

 気を取り直して、真も皐月の後ろから窓辺を見下ろす。

「兄貴!」

 真が叫ぶと、純一が振り返った。

『いつも読んでいる週刊経済誌の発売日だった。行ってくる──』
「葉月も一緒に連れて行くのか?」

 真がそう叫ぶと、兄は聞こえなかったように自転車のペダルに足を置いた。
 真は──『やっぱり』と……『いつもの予感』が働いた。
 ふと……横にいる女性を見つめると、彼女も真と同じ『予感』を抱いている様子。
 複雑な顔をしていた。
 真は彼女のこの顔を、何度も見た事がある。

「ちょっと? 葉月……! 本って……。欲しいなら、お姉ちゃまが買ってあげるわよ!」

 しかし……皐月が叫んでも、葉月がちょっとそんな姉の声に戸惑っていても……兄の自転車はスッと走り出し、二人は夕暮れの住宅道の向こうに小さくなっていった。

「──もう、純兄は、どうしていつもあんななの?」
「……」

 真の声には振り返っても、『サッチ』には素っ気ない兄。
 それなのに、兄と小さな彼女の間でどのような取り交わしがあって、一緒にお出かけになったかは知らないが、そうして誰の目にも解らないようにして葉月を連れ出す事が兄は多々あった。
 皐月は、それを目にすると、葉月を兄から取り返そうとする事も良くある。

「……もう」

 大好きな彼女の大きな瞳……それが窓辺で輝く夏の西日に、切なく揺れる。
 一番──真も一緒に切なくなる瞬間だ。

 だが、真は溜め息をついて窓辺から離れた。

「あんな小さな妹に嫉妬したところで、まだ小さな子供じゃないか」
「あら? なんの事?」
「……兄貴が葉月を連れ出すと、皐月はいつも不機嫌になる。俺、疲れているんだ……出て行ってくれるかな……」
「……」

 真まで素っ気なく皐月をあしらうので、彼女がいつも通りにムッとした顔。
 彼女の強気の眼差しが輝いた。

「ほんっと、谷村兄弟って──つくづく、最低」
「そう思うなら、出て行ってくれ」
「……マコ? らしくないわね? どうしたの?」

 真がベッドに腰をかけて、黒髪をかきあげながらうなだれると、途端に彼女がしとやかな顔で不安そうに覗き込む。

「聞いたわよ? 研修医になって無理しているって……由子おば様が心配していたわ。それに──ごめんなさい、本当に疲れているみたい」
「大丈夫だよ……」
「マコ……本当に無理しないで。マコが頑張ってきた事は解っているけど、それだけの才能があるって分かっているんだから、軍じゃなくても──」
「……」

 苛々してきた。
 彼女の心配は有り難い、そして……そんな優しい顔をされると嬉しい。
 けど……彼女にそれを言われるのは、一番痛い。

「悪い、皐月──。少し休みたいんだ」
「マコ……その、邪魔してごめんなさい」
「大丈夫、皐月は何も悪くないよ」

 なんとか顔を上げて、真は微笑んだ。
 いつも通りの顔を見せるため、でも──精一杯の『無理笑顔』だった。
 それでも、彼女がホッとした顔をして、そして……愛らしい笑顔をみせる。

「じゃぁね……葉月が帰ってきたら、こっちに返してくれる?」
「ああ、言っておく」
「じゃなくても、暗くなっても姿が見えないとうるさい『お従兄ちゃま』がいますけどね」
「それもそうだ」

 右京が血眼になって、谷村家に迎えに来るのも毎度の事だった。
 この『谷村家』には娘がいない。
 だから、両親は小さな葉月がくると、本当に猫可愛がりをするように迎え入れる。
 彼女が小さな小さなお嬢ちゃんだった頃からずっとだった。

 程なくして暗くなる前に、兄と葉月が一緒に帰ってきた。
 真が一寝入りして、一時間程経った頃だった。

「お? 葉月……それ、兄貴に買ってもらったのか?」

 真が部屋を出ると、開け放している兄の部屋──そこのベッドに夕方帰ってきた時のように、葉月は本を広げてくつろいでいた。
 葉月は、何故かうかがうように、机で黙々と読書をしている兄へと視線を馳せた。
 真はそれが何の気遣いであるか分かった為、『なんでもないよ』と葉月に笑顔で首を振って、答えを求めるのをやめた。
 葉月もホッとしたように、兄のベッドで買ってもらっただろう本を楽しそうに眺めている。

 見たところ……『仔犬の写真集』だった。
 そろそろ母の夕食の声がかかる頃だろうと、真が階段を下りた時だった。

『純兄ちゃま』
『……なんだ』
『葉月、やっぱりワンちゃんは飼わない』
『どうしてだ?』
『私、ヴァイオリンで忙しいから、私──ヴァイオリンが一番好き』
『そうか』
『でも、買ってくれて有り難う。大切にするね? 子猫の写真集も可愛いわね』
『……そうか……そうだな。葉月はヴァイオリンを愛していけばいい』
『うん。だって私の相棒だもん。だから……ワンちゃんは、またにする』
『うん、それがいい』

「……」

 階段中腹で真が聞き届けた兄の最後の声は……とても優しい満足した声だった。
 その声は、たとえ弟の真でも滅多に聞けない声だった。

「あら──どうしたの? 真、大丈夫? 皐月ちゃんが心配していたけど」
「疲れて一休みしたかっただけだよ」
「純一は?」
「上で雑誌見ている」
「フフ──」

 母が可笑しそうに笑った。
 真は首を傾げる。

「……可笑しいわよね。純一ったら、本当に葉月ちゃんの事、自分の妹みたいに……」
「ああ……そうだね」
「私が勝手に部屋に入れていると怒るのに、自分が入れた後は全然手放そうとしないのよ? 怒りもしないんだから。きっと右京ちゃんが迎えに来るまでそのまま側に置いてるわね。あちらに連絡した方がいいかしら?」
「まさか──そろそろ右京が怒りながら迎えに来るよ」
「それもそうね。けど、可笑しいのよ。純一ったら隠れるようにして裏口から葉月ちゃんを自転車に乗せて出て行ったの……見た?」
「ああ。見たよ。皐月に見つかって、兄貴ったら逃げるようにササッとね」
「フフ……いつか葉月ちゃんはうちのお嫁さんになっているかもよ?」
「……か、かもね?」

 母も……分かっているようだった。
 真と同じ『予感』。
 やっぱり息子の心情は、母が一番見抜くのだろうかと、真が驚いた瞬間だった。

「で、なければ……皐月ちゃんかしら? お母さんは、皐月ちゃんには真が良いと思っているんだけどねぇ〜」
「な、なんだよ。そんな事、あるもんか」
「頑張りなさいよ」

 またもや、見透かしたような母のにこにこ顔に、真は流石におののいた。
 ──が、まったくその通りかもしれなくて真は黙り込む。

『小さな妹に嫉妬しても……』

 皐月にあんな風に言ったが……兄にとっては『男と女』じゃないような気が真にはするのだ。
 『安らぎ』に似た何かを、葉月の中で兄は感じているような気がする。
 兄が……素直に言葉を滑らせる事が出来る唯一の存在。
 男も女もない。
 兄の心に、ほんわりと居着いているのは……?

「こんばんは! うちのオチビ、来ています!?」

 噂をすればなんとやら──玄関でなく居間の縁側に、栗毛の青年が現れたのだ。

「ほらな、来ただろう?」
「いつもの事ね──」

 真の呆れた声に、母も可笑しそうに笑いながら台所に戻っていった。
 縁側へと、水色のポロシャツ、白いスラックスを着ている優雅な青年を出迎えに行く。

「皐月がこっちに来ていると言っていたから、安心して放って置いたけど……」

 フッと彼は慣れたように縁側に腰をかけた。
 真も隣に腰をかける。

「今、兄貴と一緒に読書中だ」
「また、純一……葉月を何処かに連れて行ってくれたんだって? その度に手みやげつけてくれるからな……悪いなぁ」
「別に。兄貴が好きでしているんだから、気にしなくても──」
「皐月がすんげぇ、不機嫌で。参ったなぁ、もう……」
「そっか……」

 そんな各々の関係とバランス。
 それは真と右京の間では、確認は取らなくても通じ合っている。
 兄貴の素直じゃない愛情も、そして、皐月の心情も。
 そんな糸絡まりを知らないのは、オチビの『小さい彼女』ぐらいだ。
 彼女はまだ子供だから、蚊帳の外──。
 彼女はあるがままで許されている。
 そして、誰も彼女を責める事も出来ないし、責めない。

 そんな事を、真と右京はちょっとした沈黙の中……お互いの頭の中で考えていたようだった。
 一呼吸置いて、右京から話し出す。

「なんていうのかな? ここ数年、妙に葉月と純一が通じ合っているように見えてしまって……」
「そうだな……俺もそう思う」
「ちょっと前までは、葉月は純一を怖がって、『マコ兄ちゃま、マコ兄ちゃま』だったのにな。今もそうだけど、『葉月は大きくなったら真お兄ちゃまと結婚する』とおませな事言っては、皆で笑っていたのになぁ?」
「あはは! そりゃ、そういわれたら、俺だって嬉しかったし……」

 けど、真はそれが本心でありながらも、語尾を濁す。
 そして、右京はニンマリと笑い出したのだ。

「……葉月も気が付いているのかな? 真兄ちゃまが好きなのは葉月じゃないって……」
「な、なんの事だよ」

 頬が染まったのを誤魔化したい気持ちで、真はつっけんどんに突き返す。
 そして右京はやっぱりニンマリと勝ち誇った顔をしているのだ。

「まぁ……お前の気持ちは随分前からの事だからな」
「──俺じゃないんだ。右京だって知っているくせに」
「そりゃ、皐月の気持ちも随分前から変わらないだろうけど……。あ、悪い……お前には……」

 本当の事を遠慮なく口走った為か、そこは右京は申し訳ない顔に──。
 でも、真も分かっているし、こういう話がすんなりと自然に出来るのも、この隣の『兄貴』だけだった。
 彼は不思議と、皆に頼られる。
 真も頼っていたし、きっと兄も頼っている。
 彼は皆の気持ちを、よく知っているし、見抜くし、理解するし、そして……粗雑に扱わない。
 相手に負担がかからない程度に、違う相手には上手に誤魔化してくれる。
 そんな『上手な中立』が出来る男だったから……真も素直になってしまう。

「分かっているよ、右京。だからこそ……俺、黙っているんだ」
「……そういうお前も純一も、いつまでも譲り合っていてもしょうがないぞ? それに、真──自分の気持ちは素直に出しておいた方が良い」
「それを言うなら、俺じゃなくて兄貴の方だろう? 見ているとじれったくて……」
「……どうだろうな? 純一は女云々は興味ないみたいだし、俺と遊びに行っても、ただ女の子と適当に話すだけ。相手の女の子が純一に気を寄せても、そこだけは純一は『ただ、話に来ただけ』って冷たいからな。この前だって、近くの女子大の女の子達との混合デート、せっかくセッティング出来て、それで女の子もすっかりその気だったのに、純一はその後、電話連絡があっても『特にその時だけだった』とかはっきり言いやがって……向こうの幹事をしてくれた女の子から『デリカシーがない』ってクレームが来たぐらいだ」
「あはは! それ、兄貴が困っていたあの話だな? 兄貴らしいじゃないか!」

 真が笑い飛ばすと、右京はちょっとふてくされていた。

「もう……せっかく純一にもと思ったのに、アイツを混ぜるといっつも女の子からクレームが来るっ」
「皐月は、怒ったり、けなしたり、兄貴が断ったら機嫌良くなったり……大変だったよな」
「本当に……もうちょっと融通きかないのかね? お前の兄貴は……」
「無理無理! 兄貴と楽しく会話っていうのが無理だって!」
「──けど、もてるんだけどなぁ」
「……だね」

 そこでまた、二人は縁側で黙り込む。
 真もそれなりに女の子から声をかけられるが、大好きな彼女がいるできっぱりお断りをする。
 そして、兄は妙に女の子を引き寄せるのだが、興味はないらしい。
 皐月の『壁』はそこであって、そして……そこらの女の子同様に見られている『興味ない部類』に属されている事に、ジレンマを感じている。

「今の純一の一番のお相手は……『オチビちゃん』だなんて言い訳を女の子達には言えないぜ?」

 右京はそこを面白可笑しくいいながら、笑い飛ばした。
 けど……真は真顔になって暫く考え込む。

「──もし? 数年後、葉月が綺麗な女性になったら……兄貴、どうなっているんだろう?」
「──!」

 笑い飛ばしていた右京の顔も、急に引き締まった。

「……さぁな」

 彼の解りきったような静かな笑顔。
 真はそこに、兄の親友が『既に見抜いている見解』を悟る。

「それとも……皐月が先に、兄貴を引き寄せるかな?」
「それも……あり得るな。だから、真も負けるなよ。今なら分がある」
「俺は……皐月の思うままでいいんだ」
「……それでいいのか? お前の方が断然、皐月を思う気持ちは勝っていると思う。純一なんて、まだ意識すらしていないと思っているけどな」
「他の女の子ならともかく……兄貴だって皐月とは長いつきあいで、それほど邪険にもしていなかった。ただ……『年頃』になってきてから、誰もがそうであるように避けるようになっただけ。避けたという事は、女性として意識はしているって事だよ。皐月の気持ちが通じれば……」
「真!……お前もいい加減にしろよ? 自分の気持ちを一番大事にしろ」
「──右京」

 そこには真より二つ年上の『しっかり者』の『兄貴』の顔があった。
 真は俯く……。
 そして、隣の兄貴は笹の庭の向こうに滲み始めた夕暮れを……綺麗な茶色の瞳で見上げていた。

「どうなるかは解らないけど……今の状態が純一には一番心地良いのだと思う」
「──今の状態」
「……オチビが小学校にあがって、益々ませた背伸びの『お喋り』をするようになってから、ちょっと変わったな」
「ああ……」

 そう、真の『予感』はそこから始まっていたのだ。
 そして、それは右京にも見えていて、皐月は怯え始めている。

「最近、葉月は兄貴の部屋に入る事が多くなってきた」
「前は、真にべったりだったのにな……まぁ。今もそうだけど」
「そして、兄貴がお喋りになってきている」
「ああ……変に『息が合っている』な。兄貴とオチビちゃん──」
「──! 右京もやっぱり、そう思えるんだ」
「そりゃな……。それに純一は俺にまで遠慮しているのか、バカみたいに人前では葉月をあしらって、二人きりになると連れ出したりしているだろう? 今日だって、連れ出した事を俺に知られたくないはずだけど、手みやげはもたせて帰すんだよな。言い訳もしないけど──」
「右京なら解ってくれると思っているんだろうね」
「──たぶんな……」

 そして右京は、小さく溜め息をつくと……こう決定づけた。

「今の状態だと……葉月が一番上手だな」
「上手って?」
「純一の扱いとか、距離の取り方……葉月が一番上手い。俺以上だ」
「──!」

 何かと見解鋭い隣の兄貴が、こうして結論づけるとなんだか否定できないし、真はいつも受け入れてしまう。
 あんなオチビちゃんが? 扱う? 距離を取る? と、真も笑い出したいところだが、実際──弟である自分もそう思ってしまっていたぐらいだから、自分だけ見抜いていた見解じゃなくてことさら驚いたし、決定づけられた。

「おふくろまで……将来は葉月が嫁に来るなんて言っていた」

 すると、今度は右京が笑い出した。

「さすが、由子おばさん! 実はオチビとか皐月よりも、母親のおばさんが息子の事を見ているんだもんな!」
「笑い事かよ?」
「笑い事じゃないさ。このまま行けば……もしかすると、純一は葉月じゃないと駄目になるかもな!」

 『笑い事じゃない』と言いながらも、右京は笑い転げていた。
 真剣な話を茶化されたようで、真は呆れた溜め息を落とす。

「あ! お兄ちゃま!」

 葉月が本を抱えて、二階から降りてきた。

「こら、リトル・レイ。もう、夕飯の時間だ。姉貴も待っていたぞ。帰るぞ──。ちゃんとおばさんとお兄さん達にお礼を言ってきなさい」
「はぁい」

 水色のワンピースの裾を翻して、葉月は夕食を作っている由子の元へと駆けていった。
 その後に、階段からゆらりと細長い青年が現れる。

「よ、純一! 悪いな、またチビが何かもらったみたいで──」
「別に。ひっついてきただけだし、横で騒がれたから買っただけだ」

 『嘘つけ!』とばかりに、真と右京は顔を見合わせて苦笑いをこぼしたが、いつも通りひねくれている兄貴の言うままにしておいた。

「おふくろ、先に風呂入る」
『こら! すぐにご飯よ! お父さんも診察室からあがってくるから!』
「暑いんだよ」

 ぶっきらぼうに、彼は浴室へと消えていった。

「根ほり葉ほり聞かれたくなくて、逃げたな──」

 目を細めながら、右京の冷めた目つき。

「ほんと、素直じゃない」

 先ほど、『お兄ちゃまが買ってくれた』と素直に報告をしようとせずに、兄の顔をうかがっていた葉月の事を、真は思い出す。
 素直じゃないお兄ちゃまが、どんな事でひねくれるか……本当に葉月は解っていた。
 本当は、仔犬を欲しがっていた葉月の事を思って、本屋に図鑑にはない画像が見られる本を探しに行こうと言い出したのは兄であるに違いない。
 もう少し考えると『右京にどんな犬を頼むか、どんな犬が良いか探せる本を見つけに行こう』とまで、葉月と二人だけなら兄は言っただろうと弟の真には優に想像がついたし──もっと言うと、『いつも読んでいる週刊経済誌の発売日』だったかどうかも怪しいもんだ。
 葉月が由子と楽しそうに会話をしている隙に、真は右京にその『仔犬』を通した兄と小さな彼女の『やりとり』も報告してみる。

 すると……右京も解りきったように呆れた溜め息を落とした。

「そっか。仔犬が欲しくてオチビが俺にお願いする前に、純一の時点で葉月が納得してしまったから……それを気にしているのかな? バカだな、アイツ。そこまで遠慮して気にしなくてもいいのにな」

 オチビちゃんへ『教育めいた教え』は、猫可愛がりしている『右京のモノ』と、兄は思っているのだと、右京は言う。

「別に俺だけじゃなくて、葉月はどの大人からも色々と吸収しているんだ。純一だって、そうして吸収していく葉月を見ていると楽しそうだしな。それでいいのに」

 彼もそんな『兄貴の性分』には、やや呆れているようだった。
 真も『本当に……』と、溜め息と一緒に小さく呟く。
 その『遠回しな遠慮』故に、絡まっていく糸。
 どんなに真が説いても、兄には聞こえないようで、彼はそうする事しか出来ないようだった。
 だから──隣の兄貴『右京』は諦めているし、『それが純一だ』と受け入れいている。
 そして、それを知っている皐月は……なんとか崩そうと躍起になっている。

 一番、許されているのは『オチビちゃん』だと……誰もがそっと頭に描きつつ、表だって口にはしない『二人の様子』だった。

「お兄ちゃま、帰ろうっ」

 小さな夏用の白いサンダル。
 葉月のサンダルも玄関ではなく、二人の兄貴が座っていた足下、庭の縁側にあった。

「よし、帰ろう」
「真お兄ちゃま、また明日!」
「ああ。またおいで」

 真のにっこり笑顔に、彼女は輝く笑顔をこぼしてくれる。
 真にとっても、愛おしい笑顔。
 だけど……それは『小さな彼女』として以外は何もない。
 真の一番ときめく麗しい笑顔を持つ女性はただ一人だった。

 栗毛の青年と栗毛の小さな彼女。
 二人の従兄妹は、仲良く手をつないで夕暮れの竹林の道を帰っていく──。

「それ、皐月にはあまり見せない方が良いぞ」
「どうして? とっても可愛いワンちゃんとネコちゃんがいっぱいよ? お姉ちゃまも楽しく見てくれると思うわよ?」
「そうだけどな──」
「お隣で貰ったと言うもん」
「──!」

 小さなオチビちゃんが、妙な『上手いやり方』を見せる瞬間。
 右京は驚き、そして……黙り込む。

「俺が言うよ。純一に買って貰ったんだって」
「うん!」

 解っているのか? そうでないのか?
 オチビちゃんは、ただ……お兄ちゃまが言うまま、決めたまま、元気に返事をしただけだった。

 そんな……遠いある夏の夕暮れの出来事だった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 栗毛の男性の膝元には、古びた『二冊の写真集』。
 彼は懐かしそうにその冊子を、ゆっくりと笑顔を滲ませながら指先で撫でていた。
 今は──十何年も経ち、栗毛の彼は、そんな『亡くなってしまったお隣の幼なじみ』との会話を思い返していた。

「それ……なんだ? 随分、古い写真集だな」

 尋ねた金髪の若将軍が、訝しそうに右京の手元の荷物を眺める。
 右京の荷物は、ヴァイオリンケースと金管の指揮棒を収めているケース。そして……小さな銀色の旅行用スーツケース。
 そのケースから、写真集を出したのだ。
 鎌倉の自宅、右京の部屋にあったものだった。

 その写真集にまつわる話を右京は、ロイにふと始めた所──。

 死んでしまった年下の幼なじみ、親友の弟。
 その彼が残した日記から確信した事など……を。
 真は数冊、日記を付け分けていた。
 そのうちの一冊は右京が兄の純一から預けられている。
 もう一冊は……彼がまるで息子に残すかのように書き記した物。
 それは……純一自ら、義妹へと託されている。
 葉月は、その日記を読んでどう思っているだろうか?
 そこには息子……いや、甥の『真一』が読むようにオブラートに包んだように記されているだけ。
 真が……父と母を伝えたいが為に、記した物。
 そして……その日記を葉月がどう保持しているかも右京は知らない。

 そこにも……『託した純一と託された義妹』の間で取り決めらただけのようだから……。

 

「──という事と似たような事、出来事、やりとり……なんてしょっちゅうだったな」

 そんな右京の昔話を……煙草を吸いながら、静かに聞き入っている金髪の若将軍ロイがふてくされたように呟き始める。

「……だから、俺もいつからか言っただろう? 俺はアメリカにいたからそうは鎌倉の事情は目につかなかった、けど……そういう様子は、来日した時には感じたけど、『まさか』ぐらいだったし? しかし、『弟の真』が見ていたとおりの結果が、リトルがレディになって起きたじゃないか?」
「その事、澤村に話したのか?」

 右京の厳しい眼差し。
 ロイが恐れている眼差しだった。
 しかし、ロイも立ち向かうように言い切る。

「ああ、話した。隼人は『葉月自身が忘れようと努めているが、それは当人同士が会わないと無理だと思った』という結論を出したんでね」

 何かを牽制したような眼差しを右京はしていたのだが、ロイがした事に特に何も反論はせず、致し方なさそうな溜め息をついただけだった。

「……澤村もいい男だが、損な男だな。そこがまぁ……アイツの良い所だけどな」
「まったく。普通の男なら、自分の為に女をがっちりと手元に置こうとするだろうにな──」
「──だからなのか? 澤村が手元に置こうと躍起なら、お前は今まで通りに阻止絶対。だけど──そうじゃなかったその心意気に圧されたのか?」
「右京──本当にバカ猫と約束をしていないのか?」

 昔話で話を逸らしていた右京に、ロイはもう一度、真剣に詰め寄る。

 「──していないね」

 しかし……右京のそのはぐらかすような返事はいつもの事だ。
 こちらはこちらで、男女の密会ではなく、親友同士の密会。
 だが、こちらは『会った』と必ず報告はしてくれる。しかし……密会内容はお互い様だが明かさない。

「では……本当に墓参りだけで帰ったんだな」
「だと思うぜ? 今年は俺にも音沙汰なしだったが、俺が墓参りに行くと、チューリップが添えてあった。それだけしか確認できなかったな」
「……そうか」

 そこで、右京が深々と溜め息をついた。

「お前にそんな気持ちを持たせるとは……澤村もやるな」
「……」
「そういう男、純一には良い相手だと俺は思うけどな。まぁ……純一が苦手なタイプだろうけどなっ! 真に似ていると思わないか?」

 そこは右京は膝を叩いて、笑い転げていた。
 しかし、ロイは本気だ。

「解った。いくら笑ってもいいが……右京がコンタクト予定ないなら、俺が『手』を尽くす」
「──! なんだロイ。まさか……」
「どうでも出来る立場だって事を忘れるなよ」
「ロイ……」

 ロイの眼差しが輝き……右京の目の色も変わる。

「おびき寄せて、そして……ここから徹底的に追い出す!」
「……なんだ、そりゃ? 結局、純一を叩きのめすシナリオじゃないか?」
「勿論……純一の選択によるがね……」
「なるほど? 葉月を捨てたのなら……ってシナリオかな?」
「ああ……それの方が望ましいがね、俺としては……」
「まぁ……ほどほどにしておけよ」

 ロイの青い瞳はキラリと大窓の青空へと向けられる。
 右京の眼差しは、いつも通り……静かだった。

「薔薇か……ロイはやっぱり薔薇なんだな……」

 再度、ティーカップを向けた右京は……窓辺から香る沢山の赤い薔薇を見つめる。
 咲き終わりの薔薇は、時々、ひらりひらりと赤い花びらを窓辺で散らしている。

「花は……散り際まで美しい……」

 滑走路の向こうは、もう夕暮れ始めていた。
 右京の脳裏には……あの夏の夕暮れを思い起こさせるには充分の情景。
 彼の茶色いガラス玉の瞳が麗しく輝く。
 その時ばかりは、ロイも何かに捕らわれたように見とれているほどだった。

 二人の男性は、『リトル・レイ』が来るのを待っている。
 そして金髪の若将軍は、栗毛の従兄が持ってきた古びた写真集をじっと眺めている。

 何を思い起こして、この栗毛の貴公子が従妹に思い出の品を持ってきたのだろうか?

 そんなロイの眼差しにも気が付かず、右京は散りゆく薔薇の花びらに釘付けだった。

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