29.色気

「えー!山本少佐。とうとうそんなこと言い出したの!?」

隼人は本部に帰ってすぐジョイに事の有様を報告した。

「まぁ。向こうもさりげなく言い出したから。

こっちも戯れ言かと思った…で済ませて良いと思うけど?」

「そうだけど…。今回、戯れ言かと思った…と聞き流したら

次にははっきり攻めてくるかもしれないし…『聞き入れてくれなかった』と思って

また、スケジュール調整の時に風当たり強くなるかもねぇ」

ジョイのため息に隼人も『それ・あり得るね』と一緒にうなだれた。

「お嬢には報告するの?」

「一応ね。彼女にはイヤな思いさせたくないけど…。上官として把握させてやらないと

『私知らなかった。どうして報告してくれなかったのか』と中佐として怒り出すかもしれないからね。」

「『男』としては、報告したくないんだ♪」

ジョイのにやっ♪とした・からかい笑顔に、隼人は『別に…』と淡泊に返した。

「お兄さんも、素直じゃないね。お嬢とお似合いだよ!」

ジョイは腕組み・素直じゃない隼人に呆れて荒い鼻息をついた。

『お兄さん』と初めて言われて隼人も驚いたが…。

少しずつ素直なままのジョイが垣間見えてくる。

隼人も付き合いやすさを肌で感じてニッコリ微笑んで隊長代理室に戻った。

『嬢!ランチにいくだろう?』

訓練が終わって乱れた髪の毛を手櫛で直しながら更衣室に向かう途中。

葉月は声が大きいキャプテンに呼び止められた。

「勿論ですわ。先に行っていてください。」

『オーライ♪』

いつも明るいキャプテンがグッドサインを突き出してチームメイトと共に男性ロッカーに姿を消した。

いつも通りの身支度をして、女性ロッカーを出ると…

「全く長いな。待ちくたびれた!」

今日もまた。一人でこっそり待ちかまえている男性が葉月の後ろから叫んだ。

「一応・女ですからね。それぐらい大目に見てくださらない?」

葉月は、いつもズケズケといっては、あんまり女扱いをしてくれない『デイブ=コリンズ』に

ため息をつきつつ、シラっと栗毛を払いのけた。

「急に色気が出てきたな。」

「なんですの?私を待っていてくださるなんて。」

『色気が出てきた』の一言に葉月は少しばかり動揺してデイブに突っかかった。

「お前さ。トワレを変えたのか?」

おおざっぱな男にまで『香替え』について問われて、葉月は『付けすぎ?』と気になってしまった。

「それが何か?」

葉月はいつもの平静顔でかーるく流すと、

デイブは短い金髪をカリカリとかいてなにやら言いにくそうである。

「俺は…。こうゆう男だからさぁ。言われるまで気が付かなかったのだけどな?

『リュウ』が『お嬢は絶対に新しい男ができている』って騒ぐもんだからさ。」

デイブはそんな質問をするのが『苦手』らしく、『致し方なく聞いてみた』と言う感じだ。

「そうですか。さすがは…『劉』ね。彼も香水使っているから、気が付いただけでしょう?」

「いや。俺はさ。お前がどんな男とつきあおうが…『公表』しない方がいいと思っているから。

もちろん。他のメンバーもそうだぜ?だけど、奴らも『心配』しているんだよ。

また嬢ちゃんが影で泣いたりはしないかって。

お前今までだって男がいてもそんなに表に出さなかっただろう?『海野以外』はさ。

それが、今度は口では言わなくてもお前の『雰囲気』が読まれているって事なんだよ。

そのトワレも然り。お前の物腰もな。」

葉月はそこまで…あのがさつな兄様パイロット達に見抜かれて『う!』とおののいた。

それほど…自分が『色気』を出しているのかと半ば『反省』をしたくなるほどだ。

「色気を出すな…と言っているんじゃないんだ。むしろ。お前がそうゆう表現もすると言うことは

メンバーの奴らも『お嬢もやっぱりレディだな』と安心しているしな。

ただな。お前がそこまで『男』にのめり込んでいて『裏切るような男』ではないか心配しているんだよ。」

「別に。そんな心配してくれなんて言っていませんわ。」

『隼人さんはそんな男じゃない』と言いたいところだが、言えば『彼と付き合っています』と

報告することになるので、葉月はまた素直になれない言葉をデイブに突き返していた。

すると、デイブもそんな葉月には慣れているから、大きなため息をついた。

「まったく。可愛くない言いぐさだな。ま。お前らしいけどな。」

「デイブ中佐こそ。なんですの?いつもはそんな心配、私には聞きに来ないのに…」

デイブはそうゆう男だった。

いつも心配を影ながらしてくれている葉月の一番の先輩だ。

葉月が選ぶことをただジッと黙って見守っていてくれて。

葉月が泣けば、その時にだけさりげなく励ましてくれる。

それ以外は『お前が決めること』と妙な干渉は絶対にしてこない男だ。

それが、今回は珍しくこんな心配をしたりして…

いつもはチームメイトの中心となって大勢の中心にいる男が…。

チームメイトを先に行かせてこっそり葉月を待ち伏せているなんて滅多にないことだ。

「お前が仕掛けようとしたことが心配になってな」

「仕掛けたこと?」

「ほら。昨日、俺に内線かけてきただろう?『サワムラとハリスを組ます』って話だよ。

あれ。見合わせておけ。やっぱり…急ぎ過ぎじゃないかとだんだん思えてきたからさぁ。」

「もう。遅いと思いますわ。」

葉月はいつもは突進リーダーのデイブが珍しくためらっているのが可笑しくて

ニヤリと微笑んで彼の青い瞳を見上げる。

すると、デイブはビックリして立ち止まった。

「おい!?まさか…もう、あの二人を『対面』させたとか言うなよ!?」

「させました。おそらく。もう、二人とも顔を合わせた後ですわ。」

葉月の余裕たっぷりの微笑みに対し、デイブは唖然として立ちつくしている。

「俺はなぁ…嬢ちゃん…。昨日『サワムラを驚かしたら可哀想だ』といっただろ?

それが『心配』になったんだよ。お前が余裕で前の男に会わせるなんてやっぱおかしいぜ?

それに…サワムラが気が付かなくても…ハリスは解ると思うぜ?

『結婚してしまった当てつけに今の恋人を送りつけてきた』ってね。」

デイブの心配ぐらい葉月には解っていた。しかし、葉月は呆れたため息をついてデイブに向き合う。

「そこでジタバタするぐらいの男じゃありません。二人とも。ですから会わせました。

元より、大尉は来月から欠員補助で訓練に出ることになっていますし、

ハリス少佐だって向こうから大尉を貸して欲しいと要請してきたのですから

遅かれ早かれ二人が顔を合わすのは時間の問題ですわ。」

「おまえなぁ。もうちょっと…『自分の大切な世界』大事にしたらどうだ?

俺が言いたいのは、二人が同じ滑走路を走っているだけならともかく

お前自ら、その二人をより親密な仕事をする為に組まそうとしていることだ。

二人が意気投合して『メンテチーム結成』のタッグを組めば…そりゃ…言うことないがな?

二人が仕事を通して意気投合するなんて解らないじゃないか?

ましてや…ハリスはお前が入隊してきたときからずぅぅっとお前に思いを寄せていた事ぐらい

チームメイトだって言わずとも解っているんだぜ?

何故。お前達が別れてしまったかはこの際どうでも良いが、

せっかく新しい生活に踏み切ったハリスに対して新しい男を押しつけるってのはどうかなぁ?

ハリスと仕事をしていくうちにサワムラも気が付くかもしれないぜ?

前の男と今の男を向き合わすなんて知ったら『不信』がられるじゃないか??」

「彼には…」

葉月はその先を言うとしてためらった。

デイブは言わずともいつも葉月の環境は把握してくれている男だが…

今、口にしようとしていることは葉月自身からデイブに言うのは初めてのことだからだ。

しかし…くどい説得が続くよりましだろうと…葉月はもう一度口を開いた。

「澤村大尉には…遠野大佐のことも…

アメリカ人のメンテナンサーと付き合っていたことは告げています。

おそらく澤村大尉は…島に来てくれた時点で…

『新婚のアメリカ人メンテナンサーがいたらそれは、葉月の元・恋人』

それぐらいは解っていますでしょう。おそらく、今朝・会わせた時点で気が付いています。

でも…」

そこでうつむいた葉月をのぞき込むようにデイブも『でも?』と問いかける。

「彼…私の肩の傷…何故ついたか理由を知ったときも何も言いませんでした。

だから…これからの仕事のためと思えば…何も言わない人だと信じて…

会わせてみようと決めました。」

うつむいている葉月から『左肩の傷』の一言が出てデイブは言葉に詰まった。

デイブはその昔…葉月を『チーム』で預かるようになって暫くしてから

連隊長のロイから『そうゆう事だ。頼んだぞ』と葉月の忌まわしい過去をたたき込まれていたので

チーム内で一人だけ…葉月の肩の傷のことを知っていた。

他のメンバーには『幼い時の怪我だ』と言い含めていた。

「そうか。お前から言ったのか?そのこと…」

すると葉月が『コクン…』と静かに頷いたのでデイブは少し驚いて…

やっとそれらしく身の回りを報告してくれた葉月の肩を叩いた。

「そうか…。解ったよ。二人がうまい具合にタッグを組んだら…

お前の男を見る目は捨てたモンじゃない…そうゆう事になるな。」

葉月が珍しく頬を染めていたのでデイブはニッコリ笑って

『ランチ行こうぜ…』と葉月の背中を押した。

「しかしなぁ。お前から自分のこときちんと喋らす男ってもの初めてだな。

そのサワムラに益々会いたくなった。いつ会わせてくれるんだよ?」

デイブは『今度の男はただモンじゃないな?』と確信しながら深いため息をついた。

「そのうち。いまはまだ、大人しい大尉には中佐は刺激が強すぎるもの。」

「なんだと!?俺は優しい男だぞ!乱暴者みたいに言ってくれるなよ!」

やっといつもの生意気を叩く葉月にデイブはほっとしながら…

葉月もそんなデイブが本当に心底心配してくれることを感謝を噛みしめる。

『ハリスが協力してくれて。サワムラがその気になったら念願のメンテチームができるな。』

『早く欲しいでしょ?だから急いでみました。』

『まったく・嬢にはやられるよ』

『いくらでも言ってください』

いつものつつきあいをして二人はカフェテリアを一緒に目指した。

葉月が隊長代理室に戻ると早速隼人が、山本少佐のことを報告してくれた。

「もちろん。取り合うつもりないだろう?素直に行ってみろ。とって喰われかねないぞ。」

隼人が異様に力んで釘を差すので葉月も解りきっていることだがおののいてしまった。

「と・当然じゃないの。隼人さんが言うように『戯れ言』として聞き流した事にすればいいわ。

明日は…ジョイにとりあえず、少佐のところに行ってもらって素知らぬ振りすればいいわよ。」

「解っているなら良いんだよ。なんだか・何か相手に仕掛けるんじゃないかって…

心配は一応しているんだからな。お嬢さんの『さぁね』が何かは俺は知らないけどね!」

昨夜の『メンテナンスキャプテン』の事はもう…聞き流したが

葉月が何か始めようとしている『さぁね』の事は隼人は未だに解らずに悶々としている様子だった。

葉月は、デイブには打ち明けたものの…隼人にはいつそのことを話そうか

まだ・タイミングを計っている時点だった。

そのタイミング合わせのためにも…一つ聞いておかなくてはならないことがある。

「挨拶回りどうだった?」

葉月は隊長席について、雑務の書類を広げながらさり気なく尋ねた。

隼人もマウスをカチカチとさせながらそこは満足そうに微笑んだので

『あら!?成果有り?』と、葉月も視線を彼から外せなくなった。

「行って良かったよ〜。本当に!素晴らしい先輩達で良い刺激になった。」

隼人が心底・感心しているように目尻を下げるので、葉月まで頬がゆるんでしまう。

「本当!?それなら来月からの訓練も楽しみね♪」

「ああ。やる気が出てくるよ。ほら…特に…」

意気揚々と報告しようとしていた隼人がそこで言葉を止めてためらっているので

葉月は首を傾げて彼の言葉を待つ。

「俺と歳が近いって言う…二中隊第三チームのキャプテン…ハリス少佐が印象的だったかな…」

隼人はそう言うとそっと力無く微笑んでいつも通りの手つきでマウスを動かし始めた。

葉月も解ってはいたが…そんな恋人の反応にはやっぱり『ドキリ』とした。

しかし、仕事としては『成功』だった。お互いに惹かれ合ってくれなくては困るのだ。

「そうなの?真面目そうな…大人しい人だったでしょ?」

さり気なく流そうと思ってそう言うと…隼人が眼鏡の縁を輝かせてチラリと神妙に葉月を見つめる。

葉月は再び『ドキリ』としたが、いつも通りの平静を何とか保った。

(やっぱり。気が付いちゃったのね…。さすが隼人さんというか…)

心の中ではそれなりに結構、動揺していた。

「優しそうな人だったね。優雅って言うのかな?

空の男にしては珍しい上品さがあって。ちょっと『キザ』…」

葉月がフランスでロベルトのことを語ってくれたときの隼人の第一印象だった。

『キザ』は、ちょっとしたジェラシーを含めた葉月への当てつけだが…。

決してハリス少佐のことを『カッコつけ』とは思っていない。

その軍人に似合わない『上品さ』は本当に板に付いている自然な『キザ』だったから…

よけいに隼人は『ああ。葉月の元・男にふさわしい』と落ち込んでしまったのだ。

しかし…葉月は隼人のその当てつけに…そっと微笑むだけだった。

「確かに。少佐はね。几帳面な人なの。整備具合にもその性格良く現れているのよ。

真面目で几帳面で気配りが上手で…それでみんなの信頼を集めて

あんなに大人しいのにキャプテンになった人だもの…」

葉月は明るく返したつもりのようだが…

やはり少し切なそうな哀しい微笑みを浮かべたように、隼人は感じた。

(忘れられないのかよ?)と思いたいところだが…

なんだか…そんな葉月が少し『可哀想』に見えてしまったものだから、隼人も自分で困惑した。

「香水。いい匂いだね。さすが雪江さんだ。葉月には良く合っているよ?

百合の香り。それなら誰にでも好かれそうな香りだよね?」

急に隼人がそんなことを言い出したので葉月が驚いて…

そして…制服をつまんで一生懸命確かめているので隼人は首を傾げた。

「なに?どうしたの?」

「そんなに匂う!?」

葉月がかなり真剣に尋ねるので隼人はまた首を傾げた。

「別に?普通じゃないの?前は詰め襟に一吹き…だけつけていたのだろう?

着けているって感じじゃなかったからさ。今だってすれ違うときとか…

髪を払ったときに自然に…だよ?」

「そ・そう?なんだか…皆が気が付いているような気がして…」

女性を強調する女もいるのに、隼人はそんな葉月の戸惑いが

『少女』のようで急に可笑しくなって笑ってしまった。

「なぁに!?私可笑しい??」

「いやぁ。可笑しくはないけど…。気にしなくていいじゃん…」

「だって!コリンズ中佐なんか『色気が出てきた』って言うのよ!私出してなんかいないもの!」

(へぇ。側にいるなじみの男にそう見えるんだ!)

それは、新しく恋人になった男としては嬉しい変化だった。

軍人職まっしぐらの頑ななお嬢さんが、隼人という男で『花咲く』ようになる。

そんな男になれるのも『甲斐性』のひとつのようでそれは嬉しい変化なのだ。

「ふーーん。その色気で山本少佐に喰われるなよ♪」

嬉しいのに天の邪鬼なものだからまた、隼人はそう言って葉月をからかってしまった。

もちろん。ウサギお嬢さんはいつも通りに顔を膨らませてムキになった。

「何言ってるのよ!近づきたいとも思わないわよ!

私・色気なんて出していないって言っているのに!」

「ならいいけど。ラストノートはまた近いうちに堪能させてもらうよ。」

隼人の冗談にすっかり葉月は黙り込んで…顔を紅くしているものだから

隼人は『してやったり♪』と、じゃじゃ馬を押さえ込んでほくそ笑んだ。

夕方のラストノートは大人の香り。

それは本当に隼人だけしか楽しめないもの。

葉月はそれを『堪能させてもらう』と言うことが、なんのことか解ったようで

すっかり黙り込んで『もう!』と一言吐き捨てて書類に向かいだした。

「隼人さんがそんなこと言うなんて信じられない!」

「男なんて皆そんなものだよ。俺だっていつまでも『兄様』のつもりはないっていっただろう?」

隼人のいつにない大胆な発言に葉月はすっかり呆れた顔をして、なにも言い返してこなくなった。

(これでいいんだよな…。葉月にとってはもう…終わった人。ハリス少佐は…)

葉月にはいつでも生意気なじゃじゃ馬であって欲しいから…。

過去の男の事は少しは気になるが…。

あんな哀しそうな顔されるぐらいだったら…。

隼人は自分の天の邪鬼には時々呆れることもあるが…。

葉月がこうしてムキになって突っかかってくれる方がずっと『彼女らしい』と思えるのだ。

だから…

もう。あの男の事は気にしない。気にすると葉月にも思い出させることになるから。

そう…決めた。