25.娘教育
隼人達が、食事を採り……つつがなく仮眠に入ったと言う事を
山中から葉月は報告を受けてホッとしたところ……。
こちら『小笠原空軍隊』はいつ来るとも解らない
対岸国の偵察に備えて準備を始めていた。
葉月は、フランスの黒髪大佐と供に『空母管制室』に山中と入室。
正面の窓辺の向こう……
甲板では、源メンテナンスチームがコリンズチーム専用機の
F/A18『ホーネット』を、出動に備えて慌ただしく準備をしているのが見えた。
「御園葉月です……。普段は細川中将の元……現場パイロットをしています。
今回、管制室でチームメイトに指揮を出すのは初めてですので……
力及ばない未熟なことばかりだと思いますが宜しくお願いいたします」
黒髪のフランス航空部隊大佐は『アルマン大佐』
小太りだが、頼りがいがありそうな生気を葉月は感じ取りながら挨拶。
「いえいえ……あなたが去年うちに来て施していった……
新人デビューは、今でもうちの連隊長を始め語りぐさになっていますよ?
良く知り抜いているチームメイトに、F−18に乗っているつもりで指示を出せばいいだけです」
ニッコリ……優しく微笑んでくれるおじさん大佐に……
葉月は少しだけ……業務用の笑顔をそっとこぼす。
常に後ろにいる山中も葉月に合わせて会釈をする。
葉月は、窓辺から見える赤い作業服で動き回る源チームを眺める。
「心配なのは……F-14と違って、急にF-18が出動すること……
岬基地内の敵がどう捕らえるかです。 本来ならパートナーを付けて
コリンズチームもF−14に乗り換えるべきでしょうが……」
対地用にも適応するF/A18が空を飛び始める。
岬基地内には仲間が人質に捕られているのに、対地用として出動した……
人質を犠牲にしてでも、岬基地を爆撃攻撃する……。
とは……敵も思わないとは思うが……
そこに、敵が不信を抱いて人質に手荒なことはしないだろうか?と葉月は不安になったのだ。
まさか、栗毛の優雅な女性がそんなことを口にするとは思っていなかったのか……
アルマン大佐は、無表情な葉月の呟きに一瞬表情を固めたようだ。
だが……すぐに……『やはり……御園の娘』と……
去年のフランス基地でしたことを重ねて納得したのか笑顔をそっとこぼした。
「敵からは……なにも要求がないのが恐ろしい……
人質を盾にして『金品』を要求して来るのならばまだ応対し易いところを……
狙いが全く見えてこなくて……総監になられた父上なら何か掴んでいるかも知れませんが?」
『娘として何か知っているか?』
そう探られたことが葉月と山中は解って……一緒に顔を見合わせたのだが……
「いえ。御園中将からもなにも聞いておりません……。
そこは一中佐になど漏らす父ではありませんから……」
「これは……失礼……そんなつもりでは!」
淡々と冷たい表情で会話を交わす若中佐に、さすがの壮年大佐もすこしたじろいだようだ。
彼は薄くなりはじめた黒髪をぽりぽりとかいて妙に落ち着きがなくなった。
「いや……御園中佐……。あなたのご心配は無用でしょう……。
むしろ、岬には例え機種を変えても今は近づくのは危険ですから。
敵にF-18が動き始めたと解っても……こちらも下手に手を出さないのは解っているでしょう。
逆に空軍隊が必死に空防戦に戦力を固めた……それぐらいに思わしておく方が妥当。
ですから……無茶に岬接近の指示は控えていただきたいのですが?」
「勿論です。チームメイトにそんな危険な指示を出すつもりはありません。
コリンズキャプテンは確かに責任感、正義感が人一倍強い隊員ですが
人質に不利になるような攻防戦はしないでしょうし……。」
『血気早いアメリカ仕込みの若チーム』
それが、逆にフランスの空軍隊に恐れられていることが葉月には解った。
「暫くは、こちらもニース海上からの攻防戦です。
ただいまからは、フランス本基地からくる当直パイロットは空輸で移動と言う事で
あなた達も一晩開けた明日の早朝には、マルセイユには空輸で戻っていただきます」
「かしこまりました……」
「どうですか? 今までの対岸国機の空路線をご覧になりますか?」
「はい。是非……参考までに……」
空母艦はゆっくりと東に移動中だった。
マルセイユより東……イタリア国境に近いニース沖に向かい始めていた。
管制室の鉄の大きなデスクの上に、アルマン大佐が海路図を広げてくれた。
その図面に対岸国機が出現したポイントと、フランス国機が接触したポイントが
日付別に色分けされたマーカーで線が引かれている。
「やはり……岬めがけての出現が多いようですね?」
「はい……岬周辺で攻防戦をしても……岬基地からいつ攻撃されるか解りません。
それで、今回の東への移動ですが……」
「空母艦を対空ミサイルから守るため?
それとも……この対岸国が現れないポイント……この東の空を逆にこちら脅かすため?」
葉月の冷たい先取りの言葉に……アルマン大佐も驚き表情を固めた。
「いやー。さすが……というか……。
もちろん。空母艦を守る距離に入るためでもありますが……
対岸国機はマルセイユの対岸からばかり……フランス側に侵入してきます。
つまり……東のニース対岸上空は今は『守備はおろそか』になっているのではないか? と……
まず……フランス側としても岬側に集中するなら……
反対側の東側のがら空きの空を逆に侵入するぞ!
……という見せかけの為に今からその西からの出動を試みようかと……」
「なるほど? 解りますわ……
でも……先ずは岬上空の死守……これをコリンズチームも重点的に置くのが先決なのですね?」
「そうです。 ですが……あまり岬側の攻防戦が激しくなるようでしたら
2チームに別れて岬上空とニース上空で攻防戦を……。
フランスの空軍チームが午後……こちらに1チーム入ります。
岬基地へのスクランブルはフランス側にお任せを……
オガサワラ隊にはニース上空の攻防戦をお願いしようかと……」
「危険な区域は自国で、何とかすると言うことですか?」
「そうです。 オガサワラ応援隊に危険なことはさせられませんし……
敵の裏をかくニース上空の攻防戦だって相手国の怒りをかうかも知れませんから
慎重に行動していただきたい大事な仕事ですよ? お願いいたします」
葉月の妙に『危険区域に行かせろ!』というような静かな発言に……
アルマン大佐は苦笑いをこぼしつつも穏やかに葉月に釘を差した。
「かしこまりました……。では……午前中いっぱいは、岬上空スクランブルに備えます」
相も変わらずロボットのように無表情な女中佐の……
嫌に素直な返事にアルマン大佐はまた……苦笑い。
それでも、『じゃじゃ馬嬢』がコレと言ってとんでもないことを言い出さなかったせいか
彼はホッと胸をなで下ろしたようだった。
(まったく……お嬢はぁ……何でも突っかかるんだからな! ハラハラするよ)
横にいた山中が、むっすり……葉月の背中をつついてたしなめる。
(だって……若中佐指揮の若チーム……尻込みする所なんてない!って事……
見せておかないと……コリンズ中佐に怒られちゃうもの!)
葉月もそっと日本語で山中にヒソヒソと囁いた。
(はぁ……なるほど……そうゆう事か!)
山中は、葉月の『はったり』と解ってホッとしたようだった。
「なにか?」
日本語で囁く若い二人をアルマン大佐がニッコリ……訝しそうに眺めていた。
『いえいえ♪』
二人揃って繕い笑い……。
『御園中佐! 甲板準備OKです!』
『パイロット待機OKです!』
管制員がそれぞれ準備が整ったことを報告してくれた。
『そう……あとは、監視お願いします』
初めての指揮にしては落ち着いた女性の声に
フランスの管制員も妙に落ち着きがないようだった。
一応……『ラジャー!』という揃った声は返ってきた……。
そんな時……。
「どうかな? そろそろ良和も来る頃だけどな……」
管制員の後ろをうろうろしながら……彼等の手元のレーダーを覗き込んでいると
入り口にマイクを連れ添って亮介がやってきた。
「細川中将はまだ……お着きじゃないのですか?」
葉月は中佐として部下らしく……父・亮介に尋ねた。
「ああ。 別に任務を言い使った訳じゃないから……のんびりしているのじゃないかな?」
父の細川に対する、相変わらずな『口悪』に葉月は苦笑い……。
細川も父も……どっちもどっちだなぁ……と、いつもそう、思ってしまう。
「のんびりは……失礼では? 父様??」
そんな時はワザと『父様』といって注意をする。
中将に対しては言えない言葉だからだ。
「そうかな? まったく……出しゃばりな奴だ!」
「???」
何があったのか? 拗ねている父親の顔を見て葉月は横にいるマイクに
『どうしたの?』という視線を投げかけたが……マイクもただニッコリ……。
「そう……おっしゃらないで……父様。
こんな小娘のために……わざわざ……監督に来てくださるのよ??」
「はぁ……それは解っているのだが……
ああ! 『御園中佐』 アルマン大佐からコレまでの空戦状態は……」
急に『将軍』に父親が戻ったので、葉月もすぐに背筋を伸ばして父親を見上げた。
「ただいま……お聞きしたところです! 将軍!」
「あっそ……ならいい……」
亮介が将軍になったかと思うと……
「葉月……お前も空に出たかったんだろう?本当は。……でも、指揮も大切な仕事なんだよ?」
急に父親に戻る……
(なに? 今日の父様、おかしくない???)
葉月は眉をひそめて……戸惑い、すぐに返事が返せなかった。
だが……父・亮介はそんな娘の反応など気にもとめずに
アルマン大佐が先ほど広げた海路図があるデスクの上座に腰をかけた。
そして……マイクに『スティックをおくれ?』と指示をして……
マイクが胸ポケットから取り出した銀の伸縮スティックを手に取り
それを伸ばして……スッと……海路図のあるポイントを指した。
「葉月?」
「……」
何故? 本日に限って皆の前で『娘扱い』するかが解らなくて……
葉月はまだ……娘として戻れなくて父がすることをジッと固唾を飲んで黙っていた。
上座に将軍らしく悠々と座って……指揮官らしくスティックを……
たたずんでいる葉月に指示する。
その将軍が何を言い出すのか??
アルマン大佐も山中も……そのデスクに寄ってくる。
葉月は父が指しているポイントをジッと見つめた……。
「アルマン大佐から聞いただろう? このポイント……
ニース上空の対岸空域を脅かす。 どう思うかな?」
言葉遣いが……いつもの穏やかな『パパ』
葉月は余計に戸惑った……でも、山中が葉月の横で
(せっかくだから……娘として思いっきり言ってみろよ)
躊躇している葉月が手にとって解るのか、葉月のコートの袖をひっぱて後を押した。
「攻め続けると……どうなるかって……事?」
おそる、おそる……娘言葉を使ってみる。
「そうそう。 解っているな! さぁ? どうなるかな??」
にっこり……微笑んでくれる『パパ』に、葉月はどうも素直になれないが……
「そんな事……考えてどうするおつもりなの? 父様……」
「小笠原コリンズチームが攻め続けて……さぁ、どうなる?
その後の責任処理は勿論……一番は私になるが
直接的責任は空軍指揮をおおせつかったお前の責任だ。
それが、何であるかここで胸に刻んで置いて欲しくてね」
そこは……いつも葉月に何かを教え込もうとする『あの瞳』を父が投げかけてきた。
葉月はこの男の瞳には……どうも弱い……。
それには逆らえない何かがあるのだ。 だから……よく考えた……。
よく考えている葉月の横顔を周りにいる男達がジッと固唾を呑んで見つめている。
「岬基地にばかり来る対岸国機を牽制するために東側上空を逆にこちらから脅かす。
脅かし続けると……逆に対岸国の『怒り』をかう……。
そう……アルマン大佐からお聞きしたところで……」
「それで?」
亮介の目が……徐々に『男』になっているのが葉月に伝わる……。
「行き過ぎると……まだ……対岸国が岬基地を占拠している犯人とは判っていないし……
いくら……岬基地を脅かしているといっても空から攻撃をされたわけではないし……
リビア側としては『偵察』で……岬基地の上空を思わず通過できてしまったと言うところ?
『フランス側の管制がなっていない! こちらとしては思わず通過できて驚いた』
そう……言い訳が今なら通りますわよね?
なのに……フランス側の管制が怠っているところなのに私達が勘違いして……
東側の手薄い上空を……脅かすなんて……リビアとしては心外?」
葉月はそれは……犯人が判明していないから、『リビアの仕業』とは思っていても
真っ向から、『リビアの仕業』と決めつけない設定で考えて答えを出してみた。
その答えが、父の思うところと『シンクロ』しているかは自信がなくて……
娘として気軽に答えたとしても、やはり緊張した。
すると……父はスティックを肩に乗せて『にっこり』……口ひげを和らげてくれた。
「そうゆう事♪ 忘れずに」
「え?」
いつもの如く『お茶目なパパ』の笑顔をこぼされて葉月はまた顔をしかめた。
「いいか? 葉月……コリンズチームが勇敢であるのは私も良く知っている。
だが……犯人が明確でない時点で対岸国の仕業と決めつけて
腹立たしさをぶつけて、無茶に敵国空域に侵入されては困ると言う事だ」
「…………相手を怒らすと……西側諸国から喧嘩を売ったって事になるから?」
葉月がさらに掘り下げて言うと……亮介はさらに嬉しそうに笑ってくれた。
「お!? 解っているじゃないか? じゃじゃ馬♪」
(もう! 皆の前でそんな事言わないでよ!)
葉月が『むす!』と膨れると……横の山中……父の横のマイクが揃って……
『クッ!』と、笑いをこらえているのが解った。
アルマン大佐まで……笑いをかみ殺しているではないか??
葉月が山中を睨みながら見上げると彼は咳払いをしていつもの凛々しい顔に戻る。
「つまり……そんな『狙い』の犯人だったらどうするかって事だ」
「え!?」
葉月だけでなく……アルマン大佐、山中も驚きの声を上げた。
「父様? 犯人をご存じなの!?」
将軍にすぐにつっこめない他の男達と違って……葉月が娘として遠慮なく突っ込んだ。
そこは葉月にお任せ……。
誰も、そして亮介も葉月の娘としての『突っ込み』を諫めやしなかったようだ。
そこで、亮介の顔が急に引き締まった。
『御園中将』がそこに君臨しはじめたのだ。
さすがに葉月もその威厳ある父の顔には凍り付いた。
「金品の要求がないのに人質は捕られて、こちらは手も足も出ない状態。
犯人が何を待っているか……? リビアとフランスの空の攻防戦を楽しみながら
こちらの空の緊張感が高まっているのを笑ってみている……。
緊張が高まって……お互いの国でいがみあいが始まる……。
そう……捉えることもできないか? と、いう事をな……本部でも言い始めている。
だから……御園中佐……東側ニース上空への侵入加減はお前の指揮にかかっていると言う事。
アルマン大佐は、危険区域の攻防戦で神経をすり減らしているのだから
ニース上空の侵入、防戦……相手国の侵入に怖じ気づかず、攻めすぎず
そのさじ加減は大変な仕事だと言うこと忘れるな! いいな!!」
父が急に将軍らしく葉月に教え込んだこと……
それは……先ほど生意気にもアルマン大佐に
『危険区域は自国で何とかして……私達は安易なニース上空の防戦だけですか?』
そのほのめかし……少しでも心の中でそう思っていたことに『叱咤』をされたとおののいた。
つまり……相手国の怒りを買いかねない攻防戦の力量は葉月にかかっていて……
相手国の『怒り』を買った場合は『葉月が一番の原因』
そう言っても過言でない……と、父がいっているのだ……。
「はい……将軍……肝に銘じておきます……」
素直に返事をした葉月に……亮介がいつもの『パパ笑顔』をそっとこぼしていた。
マイクもニッコリ……山中も父子らしい教育場面に触れて
『さすがぁ……』と感心のため息をついている……。
アルマン大佐も、ふと気になっていた『葉月の強気な突っ込み』が
父親によって上手くなだめてくれたと解ったのかホッとしたような微笑みをこぼしていた。
でも……葉月としては……
父の言ったことは確かに大切な事と諭されたのだが……
(なんで? そんな訳の解らない犯人が岬基地にいるって事?
父様が睨んでいる通りの……『戦争勃発狙い』の犯人がいるとしたら……)
『それってすっごい大変な事じゃない!!』
そんな訳の解らない集団が占拠している中に
達也と愛する隼人が放り込まれるのか!? と……
今まで考えてもいなかった凍り付くような『不安』が急に胸の中に広がったのだ。
葉月は、押さえきれない不安をそっと……潤む瞳で父親に投げかけて助けを求めてしまった。
葉月に父親らしく『指揮の意味』を諭した亮介だが……
娘の心に『引き替え』に新たな不安を植え付けたこと……
娘が困ったように……不安そうに送ってくる視線にマイク共々気が付いたのだ。
『父様……そんな犯人を相手にするの? 私達! 彼等はそこに行ってしまうの??』
娘がそう……不安そうに投げかけてくる瞳を亮介はすぐに逸らした。
(仕方がないですよ……本当のことです……)
娘の視線から逃れるために席を立ち上がった亮介に……
マイクがそっと……やるせなさそうにため息をついて、一言慰めてくれたのが亮介には解った。
『あーあ。 早く良和こないかなぁ……』
亮介は思わず……悪友の到着を待ちわびてしまった……。
娘に弱い父心……
父として弱く甘やかしてしまうところは、細川が葉月の直属の上司として上手い具合に厳しく……
娘の為になるよう良い方向にいつも持っていってくれるのだ。
実は……言葉無しにそこに協力してくれる悪友には『感謝しきれない』ほど……
亮介も心の底では『頼り』にしているのだ。
そんな小さな亮介の『呟き』
マイクは聞き逃さなかったようで……またいつもの見透かした『生意気にやり』をこぼしている。
『ほーら。 やっぱり細川中将が待ち遠しいでしょう??』と……。
小さかった娘が『パイロット』になったのは……『格好いいおじちゃま』が勧めたから……
大きくなった娘が、男としても上官としても畏怖を抱きつつ『尊敬する将軍』
細川良和……亮介の悪友……。
そりゃ……娘パパとして面白くはない 『嫉妬心』
「あー! むしゃくしゃする! マイク! お茶!!」
大きな体を伸びをさせて管制室の真ん中で呑気に叫んだ将軍に皆、ビックリ振り返った。
だが、日本語で叫んだので部下達は一部を除いて亮介が何を叫んだかは解らなかったらしい。
でも……
「父様! いい加減にして!! それはないでしょう!! 皆が緊張して仕事しているのに!!」
娘がこんな時は遠慮なく突っかかってきた……。
それも……『もう! パパ恥ずかしい! やめて!!』とばかりに頬を真っ赤に染めているのだ。
「いや〜♪ 失敬、失敬。お前も飲むか? 日本茶♪」
「結構です。御園中将!」
「あー。お前のその融通聞かない生真面目さは母さんに似たんだなぁ。もったいない……」
「怒るわよ! 母様が!!」
山中も、面食らっていたが……時々見かける父娘バトルについに笑い声を漏らしていた。
妙な父娘の『日本語のやり合い』
フランス人の隊員とアルマン大佐は意味が分からないようだが……
緊張感溢れていた管制室が……少しだけ父娘のやり合いが和みをもたらしたのか?
皆……そっと笑っていたのだ。
マイクも思わず……ほほえましく眺めてしまったが……
亮介に一言……
『さすがパパ……娘の不安を少しでも和らげようとワザとおちゃらけましたね?』
また生意気な側近に『パパとしての真意』を見抜かれて亮介は『プイ!』とそっぽを向く。
「別に。 良和が来たら面倒くさいなぁってそれだけさ……」
「その拗ね方……ほら、背を向けちゃったリトルレイと瓜二つ〜」
「ああ! もう! はよう、茶もってこい! 水筒に入れてだぞ!!」
「はいはい♪」
マイクはまたクスクスと笑いをこぼして、言い付け通りに外に出ていった。
「もう! マイクが可哀想!」
背を向けた娘がまだ……そんなことをこぼしていた。
「いや〜♪ 女の子が一人いるっていいねぇ♪ 管制室もちょっと華やか♪」
亮介はデスクに足を組み、腕組み悠然とヒゲを撫でながら娘を餌にからかった。
「バカにしないで下さい! 将軍!」
「あーあ。そうですか……りとるれいちゃん♪」
娘は一向に振り返ってくれないが、亮介はニヤニヤと
久振りにムキになる娘が面白くて仕方がない……。
だが……亮介としては、ちょっとした『狙い』があったのだ。
亮介が来たばかりに昨日から妙に固かったフランス隊員達が
言葉が解らずとも、『噂の御園父娘』の思った以上の普通な姿に気を緩めているのが解る。
それは『緊張感』をなくす……という意味ではなく……
フロリダ、小笠原、フランスの境を固く捉えないという『境界線』をなくす『ほぐし』でもある。
『ばか!』
そんな『餌』に父親に使われているとは知らない娘・葉月が
思った通りにムキになった捨てぜりふに……
とうとう……アルマン大佐も、若い管制青年達も肩を揺らしてクスクスと笑い始めたのだ。
当然、葉月は違う意味で肩を震わせて……
『もう……いや! 兄さん何とかして!』
小声で、年上の付き人……山中に小言を漏らしているのが
耳の良い亮介には『バッチリ』聞こえて……また、一人笑ってしまったのだ。
『いいだろ? 見ろよ……他の隊員達がちょっと和みだしたじゃないか?
お父さんの、ちょっとした作戦なんじゃないのか?』
(おお? さすが山中君♪)
亮介は意外な山中の鋭さに内心驚き……若い小笠原指揮コンビの二人のやりとりにニンマリ。
『だって。。。今日の父様……変!』
『そうかな? 思った以上に……お父さん、ちゃんとお嬢の為に指導しているし……
妙に不自然な父娘を他の隊員に見せると余計な気遣い他の隊員にさせるから……
俺だってそうだからな。 自然な父上官、娘部下ってカンジで良いと思うけどな?』
(うーむ……彼も結構成長しているなぁ)
亮介は心の中で『メモ』
久振りに見る娘の長年戦友の成長にワンポイント♪ 追加……。
そこへ……アルマン大佐が悠然と座っている亮介の横にそっと寄ってきた。
「将軍……有り難うございました……。 どうも……私もいけませんね……」
彼が、娘に強く注意が出来なかったが故……父親としての諭しに感謝を述べているのが解る。
「いやいや♪ 私でも手に負えないじゃじゃ馬だからね。そんなことだろうと……」
「でも……良い関係ですね……普段は今のように?」
ニッコリ……亮介の『パパ振り』に大佐もフロリダの将軍に少しばかり気を許した様子。
「まぁね。 面白いだろ? 冷たい顔しているが普通の未熟娘だから
遠慮なく叱ってやってくださらないか? からかうと面白いよ♪」
亮介はそう言って大佐を煽ってみたが……
「いえいえ……からかうなんて父上程には出来ませんが……」
彼はまだ拗ねている葉月の背中を見て……余程お可笑しかったのかクスリと一つこぼした。
「あまりにも冷たい顔をして喋るので、妙にこちらを緊張させる……
いかにも『御園らしい威厳は親譲り』というのでしょうか? それに飲み込まれました。
ですが……ああ、ちゃんと表情ある普通のお嬢さんなのだな……と逆に諭されました……。
お言葉通り……遠慮なく、彼女と供に指揮やらせて頂きます」
亮介の狙いは、大佐に通じたようで亮介もニッコリ……指揮下の大佐に微笑む。
「頼みましたよ。娘の初の指揮仕事……先輩のあなたが一番最初のお手本になるのですから」
亮介のその言葉に、アルマン大佐は急に『責任重大』とばかりに表情を引き締めた。
「おっと……そう……かしこまらなくても……
私もここにいて娘の責任は背負っているから気楽にね」
『陽気で穏やかな将軍』
その噂通りの『御園中将』を目にしてフランス側のアルマン大佐も
昨日の初対面以上に亮介に親しんでくれたようだった。
(もう……パパはやっぱり……隼人さんと似ているかも!!
皆の前で、じゃじゃ馬とか! リトルレイとか!! ママに言い付けるから!!)
葉月は……それでも急に……
いつも横にいるからかいばかりの上手な『お兄様』がいないことを寂しく感じた。
でも……それを思い出さされても……少し忘れていたほど……
自分の顔に感情を上手に引き出してくれるのは、やはり……家族ならでは……。
『父様……ワザとおちゃらけているのかな?』
娘がそう心の中で思っていることは……パパ亮介はつゆ知らず……。
静かなレーダー……静かに空母艦は東に移動中。
しばし……管制室の男達に僅かな笑みがこぼれていた。
葉月はその雰囲気を眺めて……いつの間にか
『御園父娘』であるが故の父親との違和感ある触れ合いに負担がなくなったと感じたのだ。
(やっぱり……父様は強者??)
ふざけた振りして、妙に狙い通りに雰囲気がまとまってしまう……。
葉月は自分の中に同じ血、力が備わっているなど、この時は自覚することはなかった。