24.正反対な男
また、にこにこと妙にご機嫌で陽気な亮介に隼人は丁寧に送りだしてもらう。
官僚室のドアを開けるとドアのすぐ側に側近のマイクが立っていた。
「丁度、戻ってきたところです」
ニッコリ品良く微笑む黒髪のアメリカ青年。
その彼に隼人も、思うところがありこの上なく『にっこり』
「……。外を一周りは建て前。本当は最初からそこにいたのでは?」
隼人のこの上ない余裕な微笑みに、さすがのマイクも一瞬表情を止めた。
「いえ。そんなことは……」
「私なら、そうしますよ。上官の事を把握するために」
『失礼しました』
隼人は、それだけ言い残しマイクに頭を下げて、皆が向かった食堂へ足を向けたのだ。
マイクは……『フッ』と笑いをかみ殺しながらため息を落とした。
(どうやら……同じ感覚の持ち主のようだな……俺と)
マイクはコートの裾を翻しながら、官僚室に戻る。
ソファーで妙にグッタリしている上司が目に飛び込んだ。
「いい青年ではないですか? 気に入ったのですか?」
マイクはデスクが散らかっているのを目にしてサッと片づけに歩み寄る。
「……。うーん……複雑」
そんな一言を漏らした上官にマイクも振り返る。
彼は、いつも胸ポケットに忍ばせている写真を眺めていた。
「念願の義理息子かもしれませんねぇ♪」
「そうだな! 確かに話し甲斐があったよ! マイク!
まぁ♪ お前と一緒にいても話甲斐あるけどなぁ♪ あははーー!!」
「そうですね。私もからかい甲斐があって楽しいです」
マイクの生意気な『にやり』に亮介が唇を尖らせて立ち上がった。
「なんだと!? 私はお前の父親ほどの歳の男だぞ??」
「だったら。もうちょっと格好いいダディでいて欲しかったですよ。
先ほどの有様を見たら、お嬢さん……怒りだしますよ? 『格好悪いパパ』って……」
マイクは深いため息をついて、亮介が散らかした作戦図面の下から
『クラッカー』の箱を笑顔で取り出して上官に差し出した。
亮介もそれにはビックリ!
「立ち聞きか!? 悪趣味な部下だなぁ!!」
亮介はプイッ!とそっぽを向けて、マイクの手から箱をふてくされるように奪い取る。
それを腕に抱えて、『ドスン!』とソファーに座り込み
ムキになってクラッカーをガツガツ頬張り始める。
そんないつも通りの上官を見てマイクもニッコリ……。
(何故か憎めなくて放っておけないんだよなぁ……)
威厳ある尊敬する上官なのに、妙な無邪気さと可愛げがあるところ……。
マイクは上官故口にはしないが……
『ボッチャン将軍』といつも心でそう思っているのだ。
(きっと……サワムラ少佐も……将軍の娘であるお嬢さんに
同じ気持ち……持っているんだろうな……)
マイクは、いざという時は恐ろしい力を発揮する上官が
普段はのんびり陽気で穏やかな……
そんな両極端な姿を見せる『御園の雰囲気』を良く知っているのだ。
「あーあ。 こんな事がなければ、彼をゴルフに連れていけるのになぁ
マイク! 今度、フロリダに帰ったら、彼と一緒に行ってみるか??」
心でそう……御園の事を誉めた側から『すぐこの呑気さ』で、マイクは苦笑い。
「お嬢さんを差し置いて、父上が彼を連れ回してどうするのですか?
その前に……ミセス=ドクターにはどうご紹介するおつもりで?
私の口だってそうはいつまでも固くはありませんよ?
近頃の登貴子ドクターの突っ込み様ったら……激しいの何の。
私でもどこまで防げることやらーー」
マイクのお説教じみた先にある『問題点』の指摘に亮介はまた『むっすり』
クラッカーの箱を肩から後ろに放り出した。
ソファーの後ろの床に残りのクラッカーがバラバラに砕け散った。
「もう……やめて下さいよ! 掃除をするのは私なんですから!」
「ふん! 登貴子だってきっと彼を気に入るよ!
葉月をいつまでも独り身にしていたってしょうがないじゃないか? いい年頃なんだし!」
「そうなるまでが、問題ですよね〜。細川中将に相談しては?」
「だ! 誰が良和なんかに!!」
「ヤレヤレ……。奥様が細川中将を頼っているのが気に入らない気持ちは解りますよ?
その分……御園中将がドクターのハートを射止めちゃったのだから
ちょっとくらい……ライバルだった細川氏に頼ってもいいじゃないですか??」
床に膝を落として、散らかったクラッカーを拾うマイクを
亮介が、うらめしそうな瞳を肩越しに流して振り返った。
「お前みたいな、生意気な息子はいらないぞ!」
「いや〜……すぐにムキになる所、お嬢さんとそっくりで……」
「もう! 黙れ!」
『きー!』と悔しがる上官にマイクはクスクスと微笑んだ。
「彼、私に似ているかも知れませんよ?」
「冗談じゃない! あの大人しそうな青年とお前が一緒だって??」
「人は見かけに寄らずってね。中将と私のような会話……。
きっと、彼とお嬢さんの間でもそっくりな展開やっていると思いますよ〜!」
「むむむ……」
妙に納得して考え込む『パパ』がまた可笑しくて……
マイクは、クスクスと声を漏らしながら、散らかったクラッカーを拾い集めたのだ。
『うーん……広すぎる……』
亮介と別れた隼人は、もらった艦内図面のプリントを眼鏡をかけて
食堂がどこにあるのか検索中……。
官僚室を出てすぐの通路入り口にさしかかると……
「どうだった? 面白い『おっさん』だろ? じゃじゃ馬のオヤジさん……」
そんな声がすぐ横でして隼人はフッと振り返った。
通路の入り口で、同じ紺の作業着を着た背の高い男が一人……
腕を組んで悠々と隼人を見下ろしていた。
(海野中佐……!)
額にかかる柔らかい黒髪をサラッとかき上げたその男。
妙に余裕気で、自信ありげに隼人をジッと見据えているのだ。
「初めまして。お噂は……フランス基地時代からかねがね……」
「康夫と、葉月から? まぁ。俺達は同期生だからなぁ」
『あんたなんかより、ずっと長い付き合いがある』
そう……ほのめかされたことは隼人にも解ったが
そこで、妙にムキになるのは大人げないし、
解っていることなので何とも反応する気持ちも隼人には湧かなかった。
「そうでしょうね。小笠原にいてもあなたの事、心に残している隊員は他にもたくさんいます。」
山中も、ジョイも……小池も……そして、デイブも。
皆、一度は彼の名を隼人の前で口にしているのだ。
「ま。俺の出身のような部隊だからさ。それよりさぁ……」
初めて言葉を交わすのに……年下の彼の方が妙に隼人より馴れ馴れしかった。
そんな彼がスッと、腕組みもたれていた壁から離れて隼人に近づいて来た。
目の前に来た彼は、隼人よりほんの少し背が高い……。
それだけのはずなのに……
そこは、『長年の幹部職中佐』をしてきた彼と『最近幹部職になった少佐』である自分との違いか?
ほっそり細身の達也の方が、隼人より大きく見えるのだ。
自信も隼人よりその雰囲気からかなり……放たれているのだ。
そんな彼に目の前に詰め寄られて、隼人は一歩……思わず後ずさりたくなったがこらえた。
近づいて来た達也は、何処か『敵視』を抱く……会議室で合わせたような視線で
隼人をジッと見下ろして……スッと……隼人がかけている眼鏡を奪い取ってしまったのだ。
「何ですか? 返して下さいよ?」
隼人もムッとしたが……こちらは年上……ムキにはならずに、言葉だけで静かに訴えた。
「眼鏡……俺、嫌いなんだよ」
「そう言われても……私は視力が悪いので……」
(そんなことで突っかかられてもなぁ)
まるで、小学生のイチャモンじゃないか? と、
隼人は身体欠点の一部にイチャモンを付ける彼にまた……ムッとしたのだが……。
「知っているんだろ? 『マコト兄さん』の事……。
葉月は眼鏡をかけた静かな男に弱いからなぁ」
達也は、深いため息をついて器用に……隼人の作業着の胸ポケットに眼鏡を差し込んでくれた。
彼のふてくされた顔。 まるで子供のようだった……。
それに、彼がふてくされる『ワケ』 隼人も解らないでもない……。
『小池の兄さん……お嬢のタイプ? 結構お気に入りなんだよね〜』
ジョイもそう言っていた。 小池も黒髪で眼鏡をかけている、爽やかな男だ。
隼人もどちらかと言うと……小池のような男の部類に入るのだろう?
でも……そこが男として気に入らないこともある。
隼人が葉月に認めて欲しいのは『澤村隼人』であって、
幼少の頃から植え付いている『憧れの身代わり』であるのは真っ平御免だからだ。
「逆に、その対象であるのは困りますけどね」
隼人はもう一度眼鏡をポケットから取りだして冷たい無表情で達也に答える。
「なるほどね。 そう言うカンジ方もあるよなぁ」
「なんですか? こんな所で……」
隼人としては、仕事以外では言葉を必要以上に重ねる気は全くなく……
早く、小笠原の仲間の所に戻りたいところ……。
彼が待ち伏せしている訳も男として解るから余計にここは早めに遠ざかりたい。
妻と離婚して、本当の自分の気持ちに気が付いたところで
葉月にはもう……『隼人』という男が側にいる。
その男が彼にとって『邪魔』であって、すぐさま除けるためにはどうすればいいか?
達也がそれを考えていて……そして……その『隼人という男』を確かめに来た。
それが……今、この時だ。
『マコト兄さんの身代わり』
それをまず、隼人に突きつけて『煽っている』のが隼人にも解る。
隼人とて……葉月をやっと手に入れたばかり……
この半年間だけでもかなりの『苦労』があったのは譲れないところ。
目の前の……隼人よりずっと美しい顔をした若い『美男子』が
二年三年と葉月といた歴史があっても、大事なのは『現在』だから譲る気はない。
隼人のその意志を持った『強い視線』は、その達也に送られて……
その視線だけで、彼も隼人の『意志の強さ』を感じ取ったらしく……
今まで目の前で『堂々』と隼人を見下ろしていたのに
初めて……逃げるように視線を逸らして背を向けたのだ。
「あんた……何でこんな任務に出ることにしたんだよ? 葉月の側近だろ??
しかも……空軍で本当なら葉月の横で一緒に空軍指揮。そうじゃないのか?」
「そう言われても……こんな特例も希にあるでしょう? 小笠原の本部が決めた事。
軍人としてそれを『辞退する』 そんな事、中佐はできるのですか?」
隼人の静かな……最もらしい返事に達也が口元を曲げながら振り返った。
「そんな『カッコイイ』事ばかりいって、葉月を哀しませた男が何人いた事か……」
「そんな過去の事、私には関係ないですよ」
ここにも一人……父親の亮介と同じ事を言う男が現れた。
『格好いい事、言っていないで。とにかく葉月のために側にいればいい……』
確かに……隼人とて……山中と変わって彼女の側で
空軍の事で一緒に任務をしたいのだ。
だが……与えられた使命が今回は違った。
だから……亮介にも言った通りに、軍人として逃げたくはない。
『隼人さん! お願い!! 私の側にいて? そんな任務断って!!』
葉月が例えそう泣き叫んですがっても、隼人はこの任務に就いただろう。
それに、そんな泣き言を言う『御園中佐じゃない』事を解っていた。
例え……葉月が心の中で本心は『断って!』と思っても……
彼女なら……
『澤村少佐。 一緒に行くわよ! 二人でやるわよ!!』
少年のようなあの……輝くガラス玉の瞳を爛々と輝かせて前に進む……。
葉月がそんな人間だと解っているから『逃げる』なんて考えられなかった。
(どうして皆……葉月がそう言うって解らないのか!?)
隼人は、本当の彼女を前に押してやらない『過保護な男達』に妙に腹立たしさを覚えた。
その上……そんな事を言って……目の前の男は、葉月を捨てて……
事情が何であったかは今は解らないがフロリダに行ってしまったのだ。
そんな男にそこまで言われる筋合いはないはずだった。
冷たく言い放つ落ち着いた隼人を、達也は鋭い瞳に変わって見据えている。
「海野中佐。 そう言うなら……あなたこそ……彼女の側にいればいい。
どうして? あなたこそこの危険な前線に志願を?」
「アンタには関係ないだろ!?」
達也の大きな手が『ガッ!』と、隼人の襟首を掴んで力強く持ち上げたのだ!
(う! さすが……陸仕込みの男!!)
隼人のつま先がもう少しで地面を離れそうな……そんな力で捕まれ……
鋭い瞳が、眼鏡に付きそうなほど隼人の目前を襲ったのだ。
側近職を捨てて、現場の男に戻り……まず手始めに大きな任務をこなして実績を上げる。
実績を上げて、少しでも望める転属先を見つける。
その為に……何とかしてこの任務に就けるよう滑り込んだ……。
そこを初対面の隼人に見抜かれたためか、達也はそれで『カッ!』となったらしい……。
冷たい隼人の視線に対して、燃える達也の瞳。
全く正反対の瞳と表情が今、ぶつかり合っている。
「彼女がすがっても……私はこの任務に行くつもりだったし……
彼女なら……『一緒にやろう』と必ず前に行ってしまう。
そんな女中佐であること……海野中佐だって一番ご存じでしょう?
もし、今側にいるのが『あなた』だったとしたら、あなたは彼女のために任務断りますか?」
「でも!」
反抗的に反論する彼が……鋭い燃える瞳の彼が……
初めて……年相応に隼人より弱い視線に変わって何か訴えようとしていた。
「??」
その、憎めない弱々しい瞳を投げかけられて隼人は一瞬躊躇する……。
「でも……。葉月には……今の葉月には……アンタが必要なんだ……きっと!」
(え??)
隼人の襟首を掴んで……自信をみなぎらせていた彼が……
まるで少年が拗ねるようにして、隼人の襟首を横に払いのけて背を向けた。
背の高い精悍そうだった青年が……弱々しく背を丸めてこう言った……。
「俺が……離婚したこと……康夫から聞いたんだろ?」
「あ……ええ……」
「葉月にも……もう……知られたかと思っていたのに……
アイツ……この前アンタの目を避けて電話したときも……
さっき少し話した時も……全然知らなかった……。
康夫もアンタも……知っていながら葉月には言わなかったんだな」
「言った方が……良かったですか?」
隼人がそう言うと……背を向けた達也が力無く首を振った。
隼人は急に、年相応……年下の男のまま弱くなった達也にため息……。
「いずれ……彼女には知れること。
そう思っていましたが……落ち着いてから言おうとする前に……
あなたと供になる任務に就くことになったので……
どうせ顔を合わせるなら……あなた自身から言った方が良い……そう、他の仲間と決めたんです」
「なるほど……アンタも……損な事するじゃないか?」
「損??」
「そうだよ。俺と葉月を近づけないために……普通なら……
『当人同士で解り合え』なんて事……俺ならしないぜ?
『前の男が離婚した。近づくな。言葉も交わすな』って俺なら葉月を側に釘付けるぜ?
葉月よりずっと年上のアンタなら男としてそう言い含めていると覚悟していたのに……
さっき……葉月を呼び出したら……あいつ、すんなり俺に答えたんだモンなぁ」
(やっぱりな。 一言でも声掛け合っていると思った……)
それを聞いて隼人はもう一度……達也の背中でため息……。
「だって……あなたと康夫と彼女の大切な同期生の『絆』
あとから来た、私に束縛する権利なんてどこにもないですよ?
例え……あなたと葉月の間に『僅かな恋心』が未だに残っていたとしても……
それもあとから来た私には何も言えない……。
むしろ、そんな気持ちがあるなら、早く燃え尽きてしまうか……
もう一度燃やして……その気持ちの方が『真実』であるか……
その結果を早くだした上で、私の所に戻ってくるか……去っていくか……そうして欲しいですからね」
隼人自身……かなり落ち着いた返事ではあったが、
実は心の中では『俺、カッコつけすぎ……』と……理論派天の邪鬼に呆れていた。
でも……本当にその通りだ。
葉月を愛していくためには『真実』が欲しかった。
過去の男もかなぐり捨て……隼人の胸に彼女から飛び込んできて欲しい。
終わったことと割り切れずに、まるで義務のように隼人との側にいるなんて『真実じゃない』
葉月には心の底から『愛されたい』
だから……残っているわだかまりは一つ、一つ取り除いて欲しい。
その為なら、ある程度の『リスク』がある覚悟を隼人は既にしていたのだ。
そのまず、手始め。
『元・パートナーと向き合わせる』だった。
だから……彼と葉月自身で向き合って、
今までが何だったのか……お互いの相手がいても……もう一度やり直す意志があるのか
それは当人達が納得する方法でけりを付けて欲しかった。
彼の別れた妻は『繋ぎ止める事』に『失敗』したのだろう……。
隼人とて……無理に繋ぎ止めても、
葉月の本心が過去に逆戻りするほど……隼人との『愛』より『過去の恋』が真実なら……
隼人と一緒にいるのは本当に『真実』ではない。
そんな女を無理に引き留める意味があるのだろうか??
隼人のためでもないし……何よりも……愛している女の真実を否定して
彼女の心からの幸せを潰すことになる。
彼女の望む形が隼人でないなら……それは……手放さなくてはならない……。
それも一つの隼人からの彼女への『愛』でもあるだろうから……。
その覚悟はあるが……理論も解っているのだが……
偉そうに言ったとしても、実際その状態になったら隼人もどうなるか解らない。
でも……
隼人のその『男の覚悟』に達也はかなり驚いたようで……
ものすごく面食らったバカみたいな表情で隼人をジッと見下ろすのだ。
「アンタ……変わってない?」
『隼人さんは、ずれている!』
葉月にいつもそう言われるように……彼にもそう言われてしまった……。
隼人は思わず……赤面して顔を伏せてしまった……。
「まぁ……そうゆうことなので……彼女に近づく近づかないはご自由に……」
隼人は、彼より張りのある自分の黒髪をかいて……サッと去ろうとしたのだが……
「まてよ!」
歩き始めた隼人の横を、達也がトコトコと付いてくる……。
「今更、葉月が選んだことに『邪魔』する権利は俺にだってないぜ?
俺! そこまでずるくはないぜ??」
「…………」
(なんだ、何が言いたいんだよ?)
隼人はしつこいくらい横を付いてくる達也に苛立った。
「だから! 俺からも離婚した事、葉月に言わなかった!
そうだろ?? 俺だって葉月の『今』を邪魔する資格なんて……
捨てた男としてないのだから!!」
「…………」
(だろうね? 解っているジャン……)
シラっとしている隼人の横で達也は何か一生懸命に訴え続けて付いてくる。
「だからさ! 無理するなよ!! 葉月が今澤村少佐の事、愛しているなら……
俺だってそれを、『真実』として受け止めているよ!!」
初めて『澤村少佐』と言われたが、隼人は動じずにそのまま彼に構わず前に進む……。
だけれども……
「少佐の男としての覚悟と気持ち! 俺にも解ったから……
だから! 任務に行くことは俺ももう……止めやしないよ!
その代わり! 絶対葉月の所に戻ってくれよ!」
(…………)
さっきまで生意気いっぱいだった自信満々の男の健気な訴えに隼人は
徐々に心が……彼に傾いていこうとしていたが……まだ気を許す気はなかった。
「約束したんだ! 葉月と! 絶対少佐を連れて帰って来るって!!
だから! 葉月を二度と泣かす様なことはやめようぜ!ってそれが言いたくて!!」
達也のそんな『叫び』に隼人はとうとう……足を止めて……
息を切らしながら横を付いてきた達也を見上げた……。
「あなたも……馬鹿な男ですね?」
隼人の変わらずの無表情に見上げられても……
今度の達也は、痛いところを突かれた! と、ばかりに頬を染めて俯いてしまったのだ……。
(なんだ……結構……可愛いところあるんだなぁ)
自分よりしっかりした『中佐』だと思っていたが……やはり隼人よりは年下の男だった。
「俺……間違っていた……。
側にいることだけが……葉月に見つめられる事だけが真実だと思っていた。
でも……アイツと離れて過ごした日々なんて……無意味だった。
アイツが振り向いてくれなくても……アイツが俺の目の前にいる事が一番の俺の真実だった。
でも……今はそんな事……もう、望めない事、重々解っている……。
でも……アイツの『栄光』の為なら俺……命を張ってもいいって思っているんだ!
だから! 今回の任務、小笠原の第四中隊が出ると知って……
コレが成功すればアイツの『栄光』じゃないか!
俺だって、第四中隊の出身だ! 例えフロリダからの出動であっても
アイツの中隊のために何かなると思って……
それに俺には……もう、何にも残っていない!
残っているのは……葉月だけだ! 命落としたって最後にアイツのためになるなら!」
隼人に……少年のように強く真っ向から訴えてくる『熱い本心』
それを赤裸々に葉月の今の男にこんな風に語るなんて……
隼人にはない感覚だった……!
今度は逆に隼人はビックリ!!
それに……その『信念たる無償の尽くし方』に隼人はさらに衝撃を受けた。
(俺より……強いかも!!)と……。
一度、自分の本心に嘘をついて葉月の元を去った彼……。
葉月がもう、手に入らないと解っていても……
彼女のためにそこまで自分を犠牲にするなんて……
今の隼人には考えられない感覚。
だって……隼人には愛する相手がそばを離れて
離れても尚……その女のために尽くすなんて事したことない。
葉月が離れてそうできるか? と言うとそれは経験したことないので考えられないからだ。
彼はその、隼人が体験したことない気持ちを既に乗り越えて強さにすり替えているのだから!
「ちぇ! アンタが悪いんだぜ……俺にこんな事……いわせやがって……」
バツが悪そうにうつむいた達也……頬を染めてつま先を床にこすりつけていた。
「……私も、先ほど誰にも言わない事……中佐に随分語ってしまいましたからね……」
隼人はそんな達也に初めて微笑んでいた。
「澤村少佐が……そうやってすごいこと言うからだよ
俺だって負けたくないジャン……」
隼人はそんな達也のいじらしさにまた……笑っていた。
(なんだぁ……妙に素直な男だなぁ)
隼人はその『真っ直ぐ、いじらしさ』が逆に羨ましくもさえ感じた。
この真っ直ぐな訴えなら……あの無感情な葉月も心を動かしたはず……そう思えた。
そんな隼人だって、今現にこうして……
「私だって……あなたが……
小笠原にいる皆があなたと彼女は素晴らしいパートナーだったと言っているから……。
現・側近として……気にはなっていたんですよ……だからつい……」
隼人も……そう……。
知りたいのに知る事が出来なかった葉月の元・側近。
だから……負けたくなくて……
ジョイや山中……デイブ……そして……葉月にも言ったこともない『本心』を
平気で達也の前で語っていたことに気が付いた。
「お互い、内緒と言う事で……」
隼人がニッコリ微笑むと……
初めて達也の顔から……無邪気な微笑みがパッとこぼれた。
美しい美男子が妙に憎めない顔をしたので隼人はまた躊躇した。
「じゃぁ……お互いに成功を……掴もうぜ!」
「そうですね……」
「葉月の為の……同意志が確認できればそれで良かったんだ♪
少佐……見るからになんだか『ひ弱そうで』さぁ!
本当に『大丈夫か?』って思ったんだよぅ!
だって! 少佐って俺と違って『インテリ派』っぽいじゃん??
俺……数字は苦手だから、頭がいい男ってだけで任務なんて出てきて大丈夫か?ってさぁ!」
まったくもって……隼人と違って良く喋る男なのに……
何故か憎めないのだ。
オマケに自分と違って思ったことは『ポンポン』と言えるところも
逆に羨ましく感じた。
自分の感情は表に出さない葉月は、この男の真っ直ぐさに救われて
それで……付き合っていけたのだろう……そう、隼人には感じられる。
「それは初任務なので……言われても仕方ないでしょうが……
『ひ弱』は余計ですよ。 海野中佐」
隼人が呆れたため息をついて……コレまた、冷たい表情で返すと……
「ま! 力仕事は俺達にお任せ♪
通信班は、頭だけドンドン使ってくれればそれでいいのだからさ!」
こんな風に言われても……実際、本当のことなので反論は出来ないのだが……
本当にその『真っ直ぐ直球な男』に隼人はまた……笑いをこぼしてしまった。
「おっと! そうと解れば俺もう行かなくちゃな!
何せ、フォスター先輩の部隊に無理矢理潜り込んだからさ!
先輩がうるさいのなんの! チームの枠を乱すなって嫌みばっか言われてさ!!
少佐も、今夜は『勝負時』なんだからばてないようにしっかり休んでおいた方がいいぜ♪」
『じゃぁ♪ 突入前に!!』
達也はそう言うと、サッと二本指の敬礼をしてサッサと走って行ってしまった。
「あ!」
急にそばを離れた達也とはもう話すこともないのに……
あまりの引き際の良さに隼人は呆然……。
彼の背中を見送った。
そして……暫くして……大きなため息……。
「もう! 結構台風だな!」
隼人の心をかき乱すだけ、かき乱して納得したらサッサと去って行く。
『お騒がせ男』
(葉月と気があったはずだ……ある意味そっくりジャン……)
それは賑やかなペアだっただろうな……と、隼人はフッと微笑んでしまっていた。
彼となら……もしかすると……上手く任務が乗り越えられるかも……と。
心強い戦友が出来た気持ちになっていた。
不思議な……語り合いを……隼人の心を引きだした不思議な男だった。