26.スクランブル

父娘が久しく再会した現場が落ち着いて一頃……。

マイクが素直に水筒に入れてきてくれた日本茶を

亮介は満足気に味わいながらも、管制員達を観察。

コレと言って早朝のスクランブルから対岸国の動きはなし。

時間は10時がこようとしていた。

娘の葉月はその静けさに安堵はしているようだが

落ち着かないらしく座りもしないでやはり……管制員の後ろをうろうろ……。

「中佐ぁ……そんなに監視するように管制員の後ろにいちゃ……

彼等が落ち着かないだろう?? 少しは座っていなさい」

父の言葉にいつもは『なによ!!』……と、突っかかるはずなのに

どうしたことか娘はいわれたまま……山中を付き添って

亮介がいるデスク……正面側のパイプ椅子に腰をかけた。

(おや? 素直……)

亮介は首を傾げて娘の様子を伺う。

座っても落ち着きがない。

それもそうだろう……対岸国機が出現すれば……初の指揮が待っているのだから。

コートの袖をめくって……時間を確認してはため息をついている。

(細川将軍……早く来ないかな??)

そう……娘がいつもは厳しい監督を今回はより一層頼りにしているのが

父・亮介にも伝わってくる。

(確かに……遅いなぁ 良和の奴……)

娘の様子に父としてちょっとばかし、ヤキモチは起こるものの……

そんな娘がちょっと忍びなくて亮介も腕時計を眺めてしまった。

目の前の娘は時計を見ると……

ジッと青い空を静かに見つめている。

(隼人さん……大丈夫かな? 達也……大丈夫かな?)

そう考えていることも手に取るように解って……亮介はため息。

そんな顔をしている娘の静かな横顔は、小さな頃と何も変わらなかった。

そんな娘を亮介はジッと見つめていた。

少しだけでも『幻』を垣間見ることが出来る瞬間だからだ。

「少しだけ……他の様子を見てきます」

亮介の目線を気にしてか? マイクが真顔でそう言って出ていった。

おそらく……細川の移動具合を調べに行ったのだろう……と

亮介は、気が利く側近を止めることなく見送った。

暫くして……マイクが戻ってきた。

「細川将軍は既にマルセイユの本基地から輸送機に乗り込んで

昼からはいるフランス当直組パイロットと時期にこちらに到着するようですね。

それから……ブラウン将軍はフォスター隊に付いて指揮を続けています。

現在、フォスター隊はウィリアム大佐と供に今夜、沖合に移動するための

民間漁船の準備にニースの港に向かっているそうです……」

「そうか。サンキュー……マイク」

その他の気になっている部隊の具合まで確認に行った側近に満足。

亮介はニッコリ……マイクに微笑んだ。

「葉月。良和が今こっちに向かっているそうだぞ?」

「そうですか」

娘に話しかけたつもりが……彼女はいつもの冷たい中佐の顔で返事を返してきた。

こんな時が亮介としても……ちょっと切ない瞬間。

だが……将軍としては安心する瞬間。

複雑な物だった。

そんなときだった……!

「空域国境線近辺に他国機出現!」

管制員達が緩めていた背中を揃ってビシ!と伸ばし始めて

通信機ヘッドホンを頭に装着。 耳に押しつけ始めた!

葉月が立ち上がり、アルマン大佐がいち早くレーダーの元に駆け寄る。

「まだ……侵入線に接近しておりません」

管制員の報告に慎重深くアルマン大佐はレーダーを観察。

葉月も彼の横に寄り添ってレーダーに現れた一つの点の移動を眺めた……。

その点は……少しずつ……国境空域に接近中。

だが……折り返して帰っていく可能性もある。

スクランブルの発令はそう簡単には出せない。

だが、発令が遅れてもならない……。

どこで……大佐が『発令』を決断するのか……葉月はジッと

指揮官である彼の判断を待ちかまえる。

だが……確実にレーダーの一点は空国境に接近……。

その上……点がさらに一点、二点……後から出現……。

国境は越えられてはならない!

「発動だ! 御園中佐! コリンズチームに出動を!!」

アルマン大佐のその声に葉月は一瞬凍り付いたが……

「出動を……」

彼にその『固まった動き』を一瞬で見抜かれたことが葉月に伝わった。

だから……彼の静かに促す二度目の言葉に

葉月は諭されたような気がして……

「了解!」

その声が出たときは、いつもの自分に戻れたような気がしたのだ。

葉月も束ねた髪の頭にヘッドホンをつけた。

アルマン大佐も同じく……

父とマイクは眺めるようにしてデスクで身動き一つせずに見守っていた。

山中は付き人の空外隊員なので、葉月の側でオロオロしつつも

邪魔にならないように静かに構えている。

「コリンズチームに号令を」

「ラジャー!」

葉月の静かな声に、管制通信員達が動き始める。

管制員の後ろに立ち、葉月は甲板を眺めた。

源メンテチームが紅い作業服姿で甲板の上を敏速に散らばり始める。

その後から、デイブを先頭として耐Gスーツを身にまとった

チームメイト達が戦闘機に向かって走っている姿を見つめた。

『私だって……皆と一緒に……』

そう思って少しばかりまつげを伏せた。

『嬢ちゃん! どっちの方向だ!!』

一番に飛ぶデイブからの声で葉月はハッと我に返って

ヘッドホンから聞こえる声に気を戻す。

ヘッドホンのマイクを口元に近づける。

「当然……岬よ。中佐、気を付けて!」

『嬢に言われても説得力ないな。お前なんかすぐに前に行きそうだからな!』

いつもの『からかい』にホッとする……葉月は何故かムキになれずに微笑んでいた。

デイブがコックピットを閉めた姿が見えた。

「こちら空母管制。上空、障害なし。発進OK!」

『こちら、メンテ。発進いきます。』

源の声が葉月の耳にも届く。

『こちら、1号機、スタンバイOK』

デイブの落ち着いたいつもの声も聞こえる。

『発進!!』

源の合図で瞬く間にデイブが一番手に空に飛び立った。

「空母管制。引き続き二号機、発進許可OK!」

『2号機、スタンバイOK!』

『発進!!』

空母艦のカタパルトからチームメイトがいつもと変わらずに飛び立っていった。

「中佐。お前の声が守るんだ。しっかり指示出しなさい」

ふと、気が付くと父が後ろに立っていたので葉月は驚いた。

(さすが。父様……気配なしにいつの間に……)

でも、きっと気づいたのだろう……。

チームメイトと一緒に飛べない口惜しさを噛みしめている葉月の姿を……。

葉月は……そんな念押しのような『御園中佐の役目』をいう父に頷いた。

チームメイトがすべて空に飛び立った。

「キャプテンが当然、先頭ね。 リュウ! 中佐のサポート頼んだわよ!」

『ッライ! お嬢任せておけよ♪』

リュウの声もいつも通り……。

「スミスはもう一機にあたって。サポートはマイケル!いい??」

『オーライ!』

二人の声も返ってきた。

『フランシス大尉。あなたが三機目に……平井さん! 大尉のサポートを!』

『ラジャー! お嬢!!』

先輩二人の声も落ち着いて返ってきた。

いつもと同じ……。

自分の役目は3番手のリュウに任せて……

いつも訓練で、細川が付けてくれるポジションに皆を回した。

「他3機! 接戦機の後に控えて指示を待って!」

後輩や同世代のチームメイトは後ろで控えに押さえさせた。

『オーライ! 中佐!!』

「コリンズ1号機、じき岬圏内に入ります!」

「侵入機、境界線突破……岬上空接近中!」

「2号機、岬圏内接近」

それぞれの管制員の報告が葉月とアルマン大佐に告げられる。

「御園中佐。さすがチームメイトの配置取りは文句はないよ

さぁ……問題はコリンズキャプテンがどこまで切り込んで良いかだ」

「撃ち落とされた被害機のポイントには近づけないで」

葉月はアルマン大佐のその言葉に急に不安を覚えて

管制員に注意を呼びかける。

勿論、葉月などが呼びかけなくても

管制員達はここ数日ずっとその指示と判断で神経をすり減らしているのだ。

特に……今回のスクランブルは外から応援に来た『アメリカ仕込みの若チーム』

皆、今度は葉月の呼びかけには返事も返さずに無言にレーダーに食らいついていた。

葉月はその姿に何処か安心感を得る。

「じき、侵入機と接触します」

葉月もアルマン大佐と供にコリンズキャプテン機と

対岸国機の点が距離を縮めていくのを見守る。

『ヒュゥー♪ 嬢ちゃん! 見えたぞ! ひっさびさのオイシイ緊張感だ♪』

どうやらデイブが対岸国機を肉眼で確認したようだ。

(バカー!! もっと真面目にやってよぅ)

葉月は苦笑いをこぼして、自慢げなデイブに心の中で蹴りをいれて置いた。

アルマン大佐はなにやら笑みまでこぼしているではないか??

まったく……『恥ずかしい!』とばかりに葉月はうつむいたが

「気は抜かない方がいいぞ」

また……背中から父の声……。

なんだか、すべて心の中はお見通しのようである。

いつもならムキになって反抗的になるところだが……

いまの葉月には『チームメイトを守る』という使命がある。

そこに集中力を戻す。

『いくぜ! 嬢ちゃん!! もう目の前だ!』

「キャプテン……」

レーダーの上で色が違う点が同じ場所ですれ違っては離れて……

その接戦が目で解る。

「2号機も接触!」

黒人のスミスも接戦態勢に入ったようだ。

「3号機も接触!」

先輩のフランシス大尉も……。

それぞれが接戦に突入した!

『オラ! お帰りの道はあっちだぜ!』

デイブの余裕ある声……。

敵機とニアミス並みの接戦を繰り広げているようだ。

向こうは空域国境を既に突破している。

でも……アルマン大佐は『ミサイル撃退許可』をまだ出さない……。

当然だ。ここで、軽々撃ち落としても対岸国には

国境を越えられただけで、まだこちら側には被害は出ていない。

岬基地から撃ち落とされた最初の一機だって……

まだ、対岸国の『仕業』とも決まっていない……

余程でないと『許可号令』はだせない。

「侵入機……岬側に寄っています」

「コリンズ機……そろそろ危険区域に入ります!」

葉月の額に汗が滲み出てきた。

いつもは指揮側の保守的な指示はなんのその……。

行けるところまで行くのが、デイブと葉月の『セオリー』

それを……反対の立場になって……

チームメイトを見守る側になって初めて……本当に初めて

『恐怖』として葉月は感じ取った。

『中佐……退いて!』

『何だと!? 敵に背を向けるのか!?』

葉月の指示に……そう返事をするだろうデイブの声が

聞かずとも、頭の中にこだました。

本当は……『戻って!』と言いたい……。

でも……自分が空を飛んでいたらデイブと同じ『気持ち』になる!

(空を飛んでいる方がずっとマシだわ!!)

「一言ぐらいは言ってあげた方が良いのじゃないか?」

また……父の声……。

「あ。はい……」

葉月は『それもそうだ』と揺れる気持ちを父親に戻された。

「キャプテン! 岬危険区域に敵に引っ張られているわよ!

もっと、こっちに引き戻してよ!! リュウ! キャプテンが戻るようプレッシャーかけて!」

『うるせーなー!! 解っているさ!!』

『今やっているよ! 任せろよ!!』

危険区域のデイブとリュウペアの心配ばかりしていると……

「後ろ3機……岬のマルセイユ陸側に流れてくるかもしれない敵機を追い払いなさい!」

アルマン大佐が初めて葉月の指揮の横を滑り込んできた。

『ラジャー!』

控えていた3機も放っておかずに有効に使う大佐の指示に

葉月は……『は!』とさせられる。

デイブ達、熟練の3機とサポート3機が払いきれなかった場合……。

対岸国機が岬上空を使ってマルセイユ陸に近づく可能性もあるのだから!

「も……申し訳ありません……大佐」

葉月が冷や汗を浮かべて一言返すと……

「なに。26歳のお嬢ちゃんに完璧にやられては……立つ瀬もないでしょ」

ニッコリと微笑みを返してくれたが

アルマン大佐はすぐにレーダーを睨んで厳しい顔つきに戻った。

「…………」

「気にするな。そんなもんだ。初仕事は……」

父がまた背中からそんな事を呟いて……そっと肩を叩いてくれた。

『父様……』

心でそう呟くと……今度はどうしたことか父の気配が退いていった。

『え?』

そのすぐ後、違う気配が葉月の背後を陣取った……。

「何をグズグズしている!! 小娘!! フランシスがもたついているではないか!

そんな所でうろうろしているなら帰ってこいとでもいってやれ!!!」

葉月の頭の上から、そんな大音響の声が管制室にこだました。

葉月は驚いて……思わず耳を塞いで飛び上がったほどだ!

勿論!! 管制員も、アルマン大佐も驚いて皆が一斉に振り返ったのだ。

葉月の後ろに……父と入れ替わった男……。

すっと背の高い黒髭の男が紺のコートを羽織った姿で

葉月のすぐ後ろに立っていた。

そう……父がそっと退いたのは……細川中将が到着したからだった!

「馬鹿者! こっちを向いている暇があるならもっと現状況を

中佐と大佐に事細かに報告しろ!!」

『バカモノ』は日本語だったが……

英語でもなんで?? この人はこんなに迫力があるのだろう??

葉月のもたついた初指揮……

その指揮に戸惑いを見せていた管制員。

少しばかり優しい先輩心を見せていたアルマン大佐……。

急に皆がビビビ……! と、緊迫感を醸し出した!!

「細川中将……」

やっと……来てくれた……。

葉月は何故かこんな怒鳴り声に初めて安心感を覚えたのだ。

勿論、葉月も『ビビビ』ともう一度仕切り直し!

「フランシス大尉! 敵機に押されているわよ!

後ろ、平井! 国境空域の退路でも塞いでやりなさいよ!」

『解ったよ。お嬢!』

『オーライ! 退路を塞いで焦らしてやる!!』

3機目の動きが蘇った……その上……

「3号機の対戦機……境界線に退いていきます……」

「嬢……退いたあとはどうする?」

今度は細川の声が背中から……

「退いても、岬危険区域で粘っている仲間の元に戻られるかも知れません。

勿論……こちらも同じ手で行きます」

葉月の顔が徐々に引き締まる。

いつもの『ロボットのような無感情令嬢』に……

「よし、良いだろう……行け!」

「はい……。……大尉と平井……。

スミス機のサポートへ! 再度、退いた敵機が再侵入の場合は

もう一度、接戦を!」

『ラジャー!!』

先輩二機が仲間の元に移動……。

スミス機のポイントで新たなる働きを始める……。

「嬢……コリンズがまずいぞ」

(あああ! もう!!)

こっちが落ち着くとあっちが危ない。

一時も目が離せない!

「キャプテン!! 何やっているのよ!

いいわよ! 突っ込んじゃいなさいよ!!」

危険区域ギリギリで粘っているデイブに……とうとう……

いつもの『感覚』で叫んでいた!

『うるせーなー! 危ないところで命張っているのに俺を殺す気か!

こっちはギリギリの所で粘っているんだ! せかすな!!』

デイブの『お返し』に……後ろの細川が『フッ』と笑ったのが葉月に伝わった。

「コリンズにはそれぐらいの方が良い歯止めかもな」と……。

(な……なるほど。。)

葉月は指揮の舵取りはある意味『心理戦』もあることをここで覚えた気がした。

そんなうちに……1機に対して4機を付けたスミス側が……

「スミス2号機……対戦機、後退!」

それを耳にして葉月は『追い打ち』を決心、指示を出す。

「後ろマルセイユ陸守備に付いた3機! コリンズ中佐とリュウの応援に行って!

スミス機周辺4機、後退した2機が戻ってこないよう境界線の巡回!」

先ほど大佐が陸の守りに回した後輩3機がデイブと近いところにいたため

そこに葉月は指示を出し……

戦いを終えた熟練のスミスやフランシス達には戦いのアフターケアを命じる。

『ラジャー!!』

後は多勢に無勢……。

岬危険区域ギリギリで粘っている最後の1機にプレッシャーをかければ

自ずと……退いて行くだろう……。

『よし……』

細川の声が聞こえたと同時に……

「コリンズ機応対敵機……後退していきます……」

「レーダーから……先の2機……消えました」

「最後の1機……向こう境界線、後退、じきレーダー範囲から出ます」

「よし! いいだろう……着艦だ!」

アルマン大佐もレーダーを確認して一端ここで戦いは終わったと見たようだ。

『ふぅ……』

葉月も安堵……。 岬基地の犯人から狙われるような危険な事は今回は起きなかった。

しかし……

「嬢。引き際も大切だ。誰を先に着艦させる?」

また……ハッと背筋を伸ばして頭の中をぐるぐると巡らせる。

「ええと! コリンズキャプテンとリュウ最後に着艦して!

後ろ対岸国機の再度侵入に注意!」

『当然! ラジャー!!』

チームメイトも納得の上、従ってくれるのでとりあえず『やりやすい』……。

葉月はそう思ったが……

やはり、一度のスクランブルでもかなりの『気力』を要することが身に染みた。

『お前の声が守るのだよ』

父のその言葉……

そして『指揮の重要さ』

空を飛ぶ現場員も危険な仕事だが、指揮とは精神力と責任の戦い。

それが……初めて解った……。

「フライトチーム、空母艦接近中。」

「メンテチーム着艦受け入れ態勢に入るようにして下さい」

「了解。中佐」

管制員も葉月の落ち着いた声に促されるように静かに従ってくれる。

晴れ渡った午前中の空……。

大切な仲間達が小さな点になって戻ってくる姿を肉眼で葉月は確かめて……

ホッと一息……栗毛の頭からヘッドホンを取り外した。