15.お嬢爆走

「何しに来たんだよ。」

葉月が中佐室に戻ると、隼人は向き合ってはくれたモノの

やっぱり……父親の前に立ちはだかってキツイ一言。

「まったく……俺が任務について

緊急時で忙しいって事ぐらい、いい大人なら解るだろ!?

うちの中佐に上手く乗せられたみたいだが、のこのこやってくるなよ!」

『隼人さんったら……』

葉月は、まだまだ天の邪鬼な恋人に目を覆いたくなる。

先ほど、息子に背を向けられて悲しそうな顔をした父親が……

益々……可哀想すぎると……葉月は和之を心配して眺めた。

「馬鹿者。 葉月君にも言っていたところだ。

女性の彼女に言われて仕方なく任務に行くような息子なら返してくれとな。

まさか……しっぽ巻いてオロオロしているんじゃないかと

父親として情けなくてな。」

(うーー! お父様も負けていない!!)

葉月は、父子とはやはりこうゆうモノかと、

和之の立派なお返しに、ビックリ硬直してしまった。

「生憎。 俺は俺でちゃんと出かける心積もりだ。

彼女に迷惑かけるつもりもないし、彼女に泥を塗るつもりもない。

彼女の格を落とさないためにも側近として、選ばれたならやり遂げるつもりだ。

そうゆう事だから、ご心配無用。安心したなら準備の邪魔はしないでくれ。」

その頼もしい言葉に、葉月は先ほどの『暴言』も『チャラ』になるほど

『ジン……』と来てしまったのだが……

隼人は父親の前に立ちはだかって一向にソファーに座ろうとしないし、

和之は和之で、座ったまま、

シラっと冷たい視線で息子を眺めているだけ……。

葉月は、言い合いも止まってしまった父子の間で戸惑い。

「解ったなら。彼女の仕事にも支障が出る。帰ってくれ。」

「そうだな。そうする。」

(ちょっと〜!!)

確かに、二人が出かける前に顔を合わすことは出来たが

こんな結末は葉月は願っていない!

和之も和之だ……。

先ほどはあんな悲しそうな顔をしたのに……。

隼人も……!!

隼人は父親に背を向けて自分のデスクに向かい始め

和之はアタッシュケースを持ってソファーから立ち上がろうとしていた。

葉月の心に、訳の解らない渦巻いた気持ちが立ちこめてきた。

 

「ちっとも良くない!!」

 

葉月は、拳を握りしめて大きな声で叫んだ。

二人の男が驚いて葉月に振り返る。

「澤村少佐! 出かけるわよ!」

「はぁ? どこへ??」

「どこへ? どうゆう口のききかた!? 『どちらへ?』でしょ!」

葉月がそう上官らしく怒り出すと、隼人はビックリおののき始めた。

「お父様も! お付き合い下さいますね!」

葉月の迫力に、和之も驚いたのか……勢いに負けたのか

言われるまま『コクリ……』と頷いたのだ。

「口答え無用! ついてきなさい!」

「なんだよ! お前だって上官風情ふかして俺を動かしてないか!?」

「いい? お父様が来て、私の業務に差し支えですって??

少佐が、今まで帰省しなかったから今になってこうなったんでしょ?

この『落とし前』は誰が付けるのが一番なのかしら? 少佐?」

『落とし前』などという、『脅し文句』がでて隼人は益々おののいたようだ。

和之も……先ほどまで落ち着いてしとやかだった葉月の

生意気なじゃじゃ馬への変貌にかなり戸惑っているようだ。

しかし……もう葉月にとってはどうでも良いこと。

『行くわよ!』

偉そうな葉月の指示に、二人の男は戸惑いながら動き始める。

葉月は、心配そうなジョイと山中の様子もほったらかして

二人を連れて本部を出た。

夕暮れに降り始めていた雨は少し小振りになり、水平線の彼方からは

日がうっすらと照り始めていた。

「乗って!」

連れてきたのは駐車場。葉月の愛車までだ。

葉月は有無を言わさず中佐室からの勢いのまま、

二人を後部座席に押し込める。

二人の父子は、葉月の勢いにおされっぱなしで言われるまま乗り込んだ。

葉月は、『まったく!』と業を煮やしたように運転席に乗り込んだ。

「おい……勤務中だろ? どこに行くんだよ??」

「うるさいわね! 口答えしないでって言ったでしょ!!」

葉月が始終怒っているので、さすがに隼人も手に負えなくなってきたのか

大人しく父親の横に……シートに身を沈めたのだ。

エンジンをかけて……急発進!

後ろにいる男二人が『うわ……!』とのけぞっても葉月はしらんふり。

「危ないだろ!!」

「は。葉月君……落ち着いて!」

しかし、葉月は男達の声を『却下』。そのまま警備口から外に出る。

海辺の道を思いっきり走り抜けた。

出ているスピードは、100キロ近く……。

道路際に溜まっていた雨上がりの水たまりも、

葉月は勢い良く飛沫をあげるほど……。

隼人は、ウインドウに跳ねる水の勢いに驚きながら

葉月が座る運転席シートの後ろに食らいついてきた。

「こら! 葉月! 隊長がスピード違反して良いのか!?」

「警察キップが怖くて隊長つとまると思っているの?

戦闘機はもっと早く飛ぶわよ!!」

「そういう問題じゃないだろ!?」

葉月の飛ばす車に隼人が、何とか止めようと必死な横で……

和之はただ、ただ……驚きばかりなのか身を固めて無言になっていた。

その内に葉月は一軒の店に到着。

雨上がりのある駐車場から

またまた二人をまくし立てて後部座席からおろす。

そして……店の中に無理矢理連れ込んだ。

「おや? 葉月ちゃんに隼人君♪ いらっしゃい!!」

カウンターから出てきたのは、『Be My Light』のマスターだ。

「おじ様! 一時間後にこの二人を迎えに来るからよろしくね!!」

「あれ? 葉月ちゃんは食べていかないの??」

マスターは来るなり、背を向けようとしている葉月を呼び止める。

「私は忙しいの!!」

葉月は、外人達が食事をしてにぎわっている所に父子を置き去り。

店の入り口に向かった。

「おい!? 葉月? 帰るのかよ!」

父親と二人きりにされるとやっと解った隼人に呼び止められた。

葉月は、店のドアの前で振り返る。

「いい? 少佐。お父様にしっかりご馳走するのよ。命令よ!!」

葉月が指さして隼人に無理矢理、命令……。

隼人は、グッと退いて何も言わなくなった。

和之はただ……呆然。

マスターはキョトンとしていた。

葉月は、そのまま慌ただしく店を出て車に向かった。

隼人が追いかけてこないうちに車に乗り込んで発進!

車がなければ、隼人もそうすぐには帰ってはこれないだろう……。

海辺の道に出て……葉月はそっと路肩に駐車……。

『はぁ……やっちゃった……』

ハンドルに額を押しつけて、ガックリうなだれた……。

隼人の言うとおり……。

葉月も上官を盾にして、隼人の意志にそぐわないこと押しつけた。

それに……和之のあの驚いた顔……。

息子の彼女はこんな女かと驚き、呆れたかも知れない……。

(もぅ……いや……)

葉月はハンドルから額を離して……

ダッシュボードに隠していた煙草を久々に取り出して……

曇り空の中、水平線だけ晴れていて……

日が沈んだ海を眺めながら、そっと火を点けた。

店内には、しっとりとしたオールディズのバラードが流れている。

「まったく……どうしたの? 葉月ちゃんたら……。」

マスターは呆れながら、ガラスケースのカウンターに戻る。

そこで、呆然としている紳士と、ため息をついている隼人を眺めた。

「隼人君。 葉月ちゃんの言うとおり。

お父さんが来たなら、たまの親孝行でもしたら?」

マスターの一言に隼人はやっと反応。

隼人は、オレンジ色のエプロンをしたマスターを見つめた。

「……。しょうがないな。どっちにしろメシ食わないといけないし……。

オヤジ。こっちこいよ!」

隼人がかけた声に、和之もやっと反応。

息子に言われるまま、マスターが待ちかまえているガラスケースに寄ってきた。

「父です。」

隼人が礼儀正しく、マスターに紹介。

「澤村の父です。」

和之も礼儀正しくマスターにお辞儀。

「いつもので良いのかな? 隼人君は。お父さんには何にしようかな?」

ぎこちない親子の表情に、マスターも苦笑い。

葉月が、まくし立てて勢い良くやってきた訳も何となく解ってしまう。

「えっと。うん……俺はいつもので良いけど……。」

隼人は自分より少しばかり背が低い、白髪が混じり始めている

父親の黒髪頭をチラリ……と見下ろした。

父は、隼人が初めて『Be My Light』に来たときと一緒……。

ガラスケースの中の様々な食品の数に面食らっているのだ。

「そうだ。マスター……ほら……俺が初めて来たとき……。

『あっさり系』でオススメメニュー作ってくれただろ?

あれ……オヤジに……見繕ってくれる?」

「ああ! エビサンドに田舎コンソメスープね!」

「それで良いだろ? オヤジ……。」

隼人が冷ややかに見下ろすと、

「私は何でも良い。」

和之も淡泊な返事を返してくる。

そんな親子のぎこちなさに、マスターも再び苦笑い。

とりあえず、父子にコーヒーを一杯ずつ持たせて席に向かわせた。

丁度、夕食時と言うこともあって、店内はにぎわいを見せる中……。

隼人はどこの席が空いているか探したが

やはり目がいくのは、葉月の『特等席』

外の渚が見えるオープンテラス、角の席だった。

そこには、金髪の男性と相手の栗毛の女性がアベックで座っている。

(しょうがないな)と、諦めたときトレイを持ってそのアベックが席を立った。

「せっかくだから、外に行こうか?」

隼人の勧めに和之も店の雰囲気が慣れないのか

慣れている息子に言われるままついてきた。

テラスに出ると、雨上がりの心地よい潮風が頬にあたり

店の熱気から逃れられたかのように隼人の背中にいる父親が

ホッとしたようなため息をついたのだ。

隼人も『まったく、葉月のヤツ!』と思いながらも

そんな父親が単身島までやってきた労力を思うとふと心配になって振り向く。

父は、金髪と栗毛のアベックが去るのをジッと目で追っていた。

「座れよ。マスターがすぐに持ってくるから。」

隼人は、父親の様子に構わずサッサと席に座る。

父は息子の向かいに座ろうとしながらも、

先に席を立ったアベックをまだ眺めている。

「?」

外人がそんなに珍しいかな? と、隼人は思ったが

店内にこれだけ外人が溢れているのにあのアベックが珍しいのもどうか?と。

そんな風にして父親の様子を眺めていると

マスターが『お待たせ♪ ごゆっくり!』と父子のトレイを置いて去っていった。

「早く食えよ。俺、また戻らないといけないから……。」

隼人はとにかく早く食べてここを去ろうとした。

和之がボリュームあるサンドを眺めて、またため息。

「アメリカ風か?」

「そうだよ。基地一番、人気の店だから。アメリカ人隊員の行きつけなんだよ。」

『ほう?』と和之は物珍しそうに大きなサンドをやっと手に取った。

「先ほどの、金髪の男性のようにお前も葉月君とここに良く来るのか?」

隼人は、父親のいきなりの突っ込みに、

かじりついたばかりのサンドを口にしたまま『グ!』と詰まってしまった。

父が栗毛の女性をジッと見ていたのはそうゆうことだったらしい。

が……。

「関係ないだろ? 仕事で彼女とは良く来るけどな!」

「まったく。お前も葉月君も、私の目を誤魔化そうとしても無駄だ。」

和之は、一向にその姿を見せない若い二人に呆れたとばかりに

やっと、大きなサンドを手にして口に運ぶ。

「ん!? なんだ。いけるじゃないか!」

父は隼人が初めてここに来たときのように、

サンドを一口食して感心しながらパンをめくって中を覗いたのだ。

その様子に、カウンターから伺っていたマスターが満足そうに微笑んでいた。

隼人も、急に……そんな穏やかな昔を思い出してしまって笑ってしまった。

「そうだろ? ここのマスターは、フロリダまで修行に行ったんだぜ。」

などと……葉月が最初自慢のように案内してくれたように

隼人も初めて来た父親に胸張って説明していたのだ。

『ほう!』と、感心顔の父親に、隼人もやっぱり息子。

妙に気がほぐれてきてしまったから、自分で戸惑ってしまったのだ。

どちらかというと……。

『横浜の実家に帰る』

これが一番気構えることなのだ。

今、目の前にいるのは隼人のたった一人の血の繋がった父親。

二人きりなら……こうして長いこと会わなかった『しこり』さえなければ

昔通り……お互いが『沙也加』と言う女性を共感できる親子なのだ。

「まったく。オヤジほどの男があのじゃじゃ馬に乗せられやがって。

この緊急時にいきなりやってきたから驚いたぜ。」

隼人は、ふてくされながらサラダをつつきまくった。

そんな息子のふてぶてしさに、急に和之の瞳が隼人に向けて光り出す。

(くるぞ〜……!)

隼人は、負けてなるモノかと、父親が今から言い出すだろう……

いつもの説教に身構えた。

帰省しない訳。

葉月との関係。

任務への心構え。

父親が言い出すだろうと、隼人自身帰省をしなかった『諸々の事情』。

いや……『言い訳』を心の中でサッと言葉を作り出す。

もっと掘り起こすと……

家業を手伝わない訳。

継母を避ける訳。

父親と顔を合わせたのは実に2年ぶり。

13歳年下の弟が高校入学をした祝いに横浜に帰国帰省して以来だった。

父親の輝く瞳に、隼人も負けじと目線は逸らさず威嚇する。

賑やかなオールーディズがテンポよく流れ始めていた。

隼人の視界の端で、ガラスショーケースのカウンターにいるマスターが

仕事をする振りをしながら、父子の様子を伺っているのも解ったが……。

そんなのお構いなしだ。

ここで、父を『撃退』しておかねば……

隼人の『島』での生活は続けられない。

無論、それは葉月との生活を守ること。

隼人も対立の戦闘態勢は気合い充分!

雨上がりで、渚の波打ち側はいつもより荒い波音。

少し肌寒い早い風が、黒髪の父子の間を吹き抜けていたのだ。