14.天の邪鬼
和之との対面が滞りなく終わり、葉月は再び本部の中核として
右往左往……本部内にて部員を指示しているところ……。
途中でジョイが帰ってくる。
『いやー! システムの話で盛り上がっちゃったよ!
今度いい部品があったら、分けてくれるって!!』
ジョイは先ほどの緊張もどこへやら……随分と楽しそうに帰ってきた。
彼の良いところは、なんとなしに人なつこいところでうち解けるところだ。
しかし……
葉月は、ジョイにまで和之が製品の話をしたようで……
(強者!)と……再び、苦笑い……。
どうやら……本当に一つの会社を仕切る社長であるようだった。
『まぁ。それぐらいじゃないと……あの隼人さんの父親って感じもしないけど』
そこはそれで納得なので、葉月は一人で微笑んでしまったのだ。
しかし、和之の勢いはこれでは収まらなかったようだった。
18時頃……
「お嬢! ロイ兄から内線!!」
ジョイにそう呼ばれて、中佐室に戻った。
「お疲れさまです。 フランク中将。」
兄様だが、とりあえず職務的に内線電話を取ってみる。
『葉月……。参ったぞ?』
なにやら……疲れたような連隊長兄様の声……。
葉月もなんとなしに解って、苦笑い。
『今、澤村社長と話し終わって、リッキーにエスコートさせて
基地内見学に行ってもらっているところだ。』
その基地内見学が終わったら、葉月の所に帰ってくるとのことらしい。
所が、ロイが言いたいのはそんなことではないらしい。
『葉月……。お前、自分の席にパソコン勧められなかったか??』
(やっぱり……)
葉月は再び苦笑い。
「勧められたわ。」
『俺も勧められた! 最初は葉月の席に一台……ってことで。
まぁ……それぐらいならいいかなっと、
入荷許可の話し合いなんかしていたんだ。』
(うわぁ……お父様ったら……叔父様に言うって言っていたのに!)
葉月はだんだん……イヤな予感がしてきた。
「それで? 兄様のお席と私の席に一台ずつ??」
『いやー……。それがなぁ……。』
葉月は、ロイの歯切れ悪い話し方で大方予想がついてしまった。
ロイも言ってみれば、若き指導者だ。
百戦錬磨の社長にかかったら経験上、和之の方が上だろう……と。
『小笠原にとりあえず……30台ってことで入荷契約を……』
「……しちゃったの。。。」
『ああ……。口頭でだけどな? とりあえずお前の席に試供品でって事で
その後、お前の本部にってことで。悪いな!』
(あら。。。)
葉月はどのメーカーがどう……というこだわりはないのでそれは良かったのだが。
「それは宜しいのよ。でも、兄様、本部員が使いにくいって言い出したときは
責任とってよ? そんなことはないと思うけど。」
『しかし、しっかりした父親だな。あの父親にあの息子ありだ。
なんとなく、隼人がああなったわけが解った気がする。
俺もなぁ……結局はオヤジの後、似たように行っちゃっているしなぁー。』
ロイはかなり、社長に上手く手込めにされたらしく
自分が引き抜きに目を付けた隊員の父親だけあると妙に感心。
『一代で、ああゆう会社を大きくしてきた論理は頷けたな。
いい話を聞かせてもらったよ。』
同じ指導者としての、共感が多かったらしく
ロイもそれなりに良い時間が過ごせたようでそこは満足そうに笑っていた。
『それから……今回の隼人の着任のこと……。
葉月のせいにされてもいけないと思って、俺が説明しようと思って……
お前が呼び寄せるなら、俺が叱られても良いと思ったから会ったわけだが。』
葉月は、いつもは厳しいロイだが、そこは昔からの優しい兄様なので
『じん……』と、来てしまい……『有り難う、兄様』と礼を述べた。
『しかし……そこは立派な男親だったな。何も叱られなかった。』
「私もよ。」
『いい父親じゃないか。あれは快く見送ってくれるぞ?
そりゃ……心配だと思うがな。今回は、問題ないだろう?』
隼人とまだ対面していないのに……それは葉月には安心できなかった。
が……確かに父親側には問題はなさそうだった。
皆が言うような『父子とはその様なモノ』
葉月の印象もそんな感じだからだ。
『たぶん……俺が思うには……隼人が実家に帰らないのは……
母親……えっと……継母って日本では言うのか?
その辺じゃないかと思うんだけどな??』
「…………。」
葉月もそうじゃないかと思っていたのだが……。
葉月はそこのあたりの問題になってくると妙な『不安』が生まれるのだ。
だから……隼人と共に避けてきた。そんなところもある。
父親と対面して、背けてきた不安が葉月の中で露呈し始める。
なんとなく……女性として不安が生まれるのだ。
『まぁ……後は父子の対面だな。後で報告しろよ。』
ロイとはそこで話を終えて、葉月は内線を切った。
暫く、中佐席でジッと隼人のデスクを眺めていた。
葉月の心の中に、あの美しい黒髪の大尉が急に思い起こされる。
『年上の美しい恋人』
6歳も……年上だったと聞いている。
彼の継母は……もう少し年は上だろうが、年令はハッキリは聞いていない。
でも。そんな年上の女性に隼人は弱いところがあるのを知っている。
今のところ、母親のような年の女性にしかその態度は見せないが、
この本部でも、隼人は年上の洋子には妙に男らしく親切で仲が良い。
洋子も隼人のそんなところが、気に入っているようだから……。
(彼の潜在意識がそうならば……もしかすると)
その継母との間で何かあるのかも知れないと……。
葉月は急に不安になってくる。
妹のような手に負えない自分など、いつまで気に入ってくれるのか……。
葉月は、今まで感じたことない気持ちを心に宿していた。
これが……『嫉妬』と言うのだろうか??と……。
その時ふと……今朝のことを思い出す。
葉月はそっと……タイトスカートの上に手を置いた。
(そんなこと……ないわよ)
自分と隼人はあんな風にして、やっと一緒になったのだから……。
彼の笑顔も、彼の優しさも……。
彼の激しい愛も……今朝手に入れたばかり……。
それに……葉月はそっと微笑んでもう一度スカートの上に手を置いた。
『大丈夫。もし……そうなったら……今度は頑張る。』
もう自分が手には入れないだろうと思っていた『幸せ』が
こんな身近に思えるようになるのは、初めてだった。
『俺と葉月の子供ってどんな子かな??』
もし……そうなったらちょっと戸惑うが……。
感じることだけなら、今の葉月にも出来る。
『そうなったら……沙也加お母様みたいな女の子がいいなぁ』
葉月は黒髪の女性に憧れていた。
自分の母親のように小柄で黒髪の女性……。
隼人の母に似たらきっと可愛い日本人形のような女の子に違いない。
忙しい合間だが……葉月は夕暮れの中佐室でそっと……
一人……束の間の、穏やかな想像に馳せていた。
「お疲れ様。お嬢さん……。お邪魔しますよ?」
葉月が中佐室で業務をしていると、栗毛の男性がそっと入室してきた。
「リッキー♪ お久しぶり!」
ロイの第1側近・リッキーの後ろから、和之も入ってきた。
「お父様をお返ししますよ。澤村様、お疲れ様でした。」
「いえいえ……。緊急時なのに、お世話様でした。ホプキンス中佐。」
和之はリッキーに丁寧にお辞儀をして、
これまた優雅なリッキーにソファーを勧められて満足そうに腰をかけた。
リッキーは葉月がいる中佐席にそっと寄ってきた。
「お嬢さん。お父様にこっそり、澤村君の演習風景見せてきたんだよ。」
「え!?」
リッキーのこの上ない笑顔に葉月はドッキリ!
まさか、父親が来たことがばれたりしなかったかと……。
しかし、そんな葉月の驚き顔も予想済み……とばかりにリッキーは
ただ、ニコニコ……。
「大丈夫。彼も必死に演習していたし、見えないような所からお見せしたから。」
「それならいいのよぅ……。もう! リッキーも意外と大胆ね!」
「お嬢さんには適いませんよ。」
「なによ! 適わないのはこっちよ!」
『でも、お父様嬉しそうに眺めていましたよ。』
リッキーのこっそり耳打ちに……葉月も勢いを止めた。
それもそうだろう……息子が活躍する姿を見るのは……。
特に警備や警戒がうるさい軍内では見学など滅多に出来ないことだ。
葉月は、驚きはしたがいつもながらの気配り上手なリッキーに感謝をした。
「有り難う……リッキー……。」
「いえいえ……。その後はグッドラック♪ お嬢さん!」
リッキーはいつもの事ながら、
優雅に落ち着いた雰囲気を振りまいて御園中佐室を出ていった。
葉月は再び、和之の向かい側に腰をかける。
すると……彼はクスクス笑っているのだ。
「あなたも、ああゆうお兄さんの前ではお嬢さんなのですなぁ。」
葉月は今のリッキーとのやりとりを見られていたと解って
またまた……身体の体温が急上昇!
「その……彼は……昔なじみですから……。」
実はリッキーは……丘のマンション管理人『ロバート』の息子の一人。
ロバートは昔は葉月の祖父……中将の側近だったのだ。
その祖父が殉職した際、ロバートも共に退官。
その後も御園に尽くしてくれているのはそうゆう馴れ初め。
リッキーが立派な側近職についているのもいわば……血筋なのだ。
この話は、まだ隼人にはしていなかった。
葉月はここでも『父子似た道』を思わずにいられなくなったのだ。
「今のあなたが、本来の26歳の女の子なのかな?」
見るところ・見るところ、すべてが鋭いこの父親に
葉月はやっぱり……歯が立たない……。
この感触は、隼人からも良く感じる感触だった。
「しかし……今の彼といい、フランク少佐に従兄のフランク中将……。
日本語がお上手でしたねぇ……。
それにリッキー君のエスコートは素晴らしく優雅で
こちらの気持ちが和みました。接客術は天下一品ですね。
うちの社員にも見習わせないと……。
隼人があのようにしっかりした側近職をしているのか心配になりました。」
和之は、リッキーのエスコートに偉く感心したようだった。
それもそうだ。リッキーの右に出る側近はこの基地にはいないのだから。
彼は連隊長を守る武術も体得していれば、接客も補佐も何でもござれ。
そうでないと、将軍の第1側近はつとまらないのだ。
「少佐は……。私がこの様な年下上官ですから……。
どちらかというとお兄様役です。私のお目付と言ったところで……。
もちろん……外では側近として私を立ててくれますから……
ホプキンス中佐とはまた違ったタイプの側近として言うことはありませんわよ?」
「それならいいのですが……」
和之がチラリと腕時計を眺めた……。
葉月もそれに合わせて掛け時計を見上げた……。
『19時』が来ようとしていた……。
やはり和之もある程度の緊張はしているようだった。
「あの……どちらを見学されてきたのですか?」
それとなく緊張をほぐそうと何気なく葉月は尋ねる。
「ああ……。管制塔など……。日頃隼人が行き来している場所などを。」
「そうですか……日頃は空母艦の甲板に出て訓練しておりますので。
さすがに、空母艦に上がるには手続きに時間かかりますから残念ですわ。」
「いえいえ。それはまたの機会と言うことで。
そうですなぁ……。一度あなたが空を飛ぶところ見てみたいですな!」
「いえいえ。私など……いつも先輩にやられてばかりで。」
「航空ショーをご経験されているとか?」
「はい……三年前になります。」
などと……そんな話を始めた頃だった……。
「ただいま。葉月……なんだよ、老先生に言い付けられて戻れって……」
葉月と和之は、開いた自動ドアから聞こえた声に言葉を止める。
「……!!」
隼人は応接ソファーで葉月と向き合う男性を確かめて硬直。
「えっと……!」
予想していた姿だが葉月が口を開いた途端に……。
隼人が背中を向けて自動ドアの向こうに姿を消してしまったのだ!
「お父様! 待っていて下さいね!!」
「葉月君……いいのだよ。無理しなくても……」
息子の反応に……やっぱり弱い父親の姿を和之は見せたのだ。
それを見せられては、葉月も退くわけには行かなかった。
葉月は、中佐室の外に出た。
ジョイと山中が心配そうに立ち上がったが、葉月は『落ち着いて』と
手で制して、本部員達に動揺が走らないよう止めて外に出る。
本部の外に出ると、隼人はバインダー小脇に壁にもたれて立っていた。
「お前が呼んだのかよ……。」
隼人の鋭い視線に、葉月は『ヒヤリ……』としたが。
それも覚悟の上で、呼んだのだ。怯むわけには行かない。
「そうよ。私、連絡してとは言ったわ。後は勝手にしろって言ったでしょ?」
そう言い訳た途端……。
隼人の大きい手が、葉月の詰め襟を掴みあげたのだ!
「その『勝手にしろ』は、鎌倉の叔父さんから親父に
連絡するってことだっただろ!」
隼人の目が真剣に怒っていた。
こんな怖い顔を葉月に向ける彼は初めてじゃないだろうか!?
しかし、葉月も『じゃじゃ馬』 こんな男の凄みで退くほど『ヤワ』に出来ていない。
だから、目線も負けない。
葉月も真剣に、隼人を睨み返した。
「弱虫。」
「なんだと!」
「女の私に『怖いことは乗り越えろ』って無理言えて。
女の私の『乗り越えて』にはそうやって凄んで逃げるわけ?
男は力でこうして女を押さえられるって事ね。 見損なった。」
葉月の言い返しに、隼人の瞳の鋭さが一瞬にして萎えた。
それには、隼人も言い返せないのは当然。
朝……葉月に無理を言って、彼女を未知の世界に引き込み泣かせたのだから。
しかし、そうすることによって二人は初めて固く結ばれた。
隼人はそんな葉月の『乗り越え』に歓びと感謝を感じていたのだから。
葉月も、隼人はそう思ってくれていると信じている。
しかし……相手は『天の邪鬼』 こう出てきた。
「お前。 今朝俺に身体投げ出してくれたのは……。
夕方、俺と親父を会わせるための『引き替え』で
解っていて……投げ出したのかよ? 親父と会わせるための交換条件か!?」
さすがに、こんな事を言う『男』には、葉月も『ムッ!』とした。
下手すれば、気の弱い女性はここでかなりのダメージだ。
「まったく。男はこれだから嫌よ。バカじゃないの??」
自分の襟首を掴む、男の手首を葉月は力一杯握りしめて振りほどく。
葉月の退かない生意気な言い返しに、さすがの隼人も力を緩めてほどいた。
「いいわよ。そう思うなら。投げ出して損した。
サッサと老先生の所に戻れば? じゃぁね。」
葉月は、視線を逸らして唇を噛みしめる隼人に背を向けた。
葉月も……そうは言いながらも、実は心の中では泣きたい気持ちだった。
あんなに……熱く自分を愛してくれたのに。
思わず、タイトスカートの上に手を当ててさすってしまった。
出来ていなければいい……。そう思った。
すると……いきなり後ろから腕を捕まれて壁に押さえつけられた。
「…………。」
壁に葉月を押さえつけて、隼人が上から葉月を見下ろす。
その瞳が……『許してくれ』と言うような悲しそうな目をしていたのだ。
「朝の事……嘘じゃない。 そうじゃなければ……私。」
解っている。隼人の『暴言』はいつもの『天の邪鬼』だと……。
でも……あんな風に言われるのは、はやり葉月も辛かったから
生意気一杯に言い返しただけだ。
「ごめん……。俺……解ったよ。とりあえず……。」
隼人は本部前にも関わらず、そっと葉月に軽く……お詫びの口づけをくれた。
その途端に、隼人は背筋を伸ばして凛とした顔つきで本部に戻った。
葉月も一瞬呆然としながらも、慌てて隼人の後を追った。