* ラブリーラッシュ♪ * 

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12.愛は突然やってくる

 

 海辺のガーデンパーティ。
 結婚披露のパーティーのはずなのに、パイロット達が熱い討論なんか始めていた。

 空軍の男達の輪、そこにあっと言う間に人が集まり賑やかになる。
 だけれどマリアはその輪から外れ、遠くにいる男と見つめ合っていた。

 今度のマイクはマリアを真っ直ぐに見ていて、いつもの笑顔も見せてくれない。
 彼が……『嫉妬』???
 そこはかとない期待がほんの僅か、でも、彼を良く知っているつもりのマリアには『まさか』という気持ち。
 そのうちに、彼からこちらにやってきた。

「良かったら、これ、どうぞ」

 お馴染みの、マイク手作りのカクテル。
 真っ赤なお酒が入っているグラスを差し出され、マリアは手に取った。

「有難う。頂きます」

 作ってくれたのは『ブラッディ=メアリー』。
 ブラッディ=マリーと呼ばれるのが一般的かも知れない。
 赤くてマリーと付くから、お似合いだとマイクが良く作ってくれる。

 それをひとくちすするのだが、隣に立っている男は空軍の輪を眺めているだけで黙っている。

 なんだが気まずい空気。
 彼から切り出すのか、マリアから言うべきなのか?

「ケイン=マシューズ。今はシアトル湾岸部隊のパイロット。少佐。アンドリュー=プレストン中佐のフライトと研修訓練中にて、フロリダ基地に三ヶ月滞在中──」

 なに、知っているじゃない!?
 マリアはぎょっとしてマイクを見上げた。
 やはり……。この男はこんな時も、にんまりと余裕でマリアに勝ち誇った笑み。

「俺が知らないとでも? レイの同期生だ。彼が十代の頃から知っているよ」

 それにもマリアは驚き……。しかし、よく考えればそうじゃないかとも気が付かされた!
 もしや? マリアとケインが仲良く並んでいたのも知っている??

「そんな驚かなくても。それに基地で見知らぬ顔を見たら、何処から来たか調べないと気が済まない質でね。今回アンディと一緒にいるところを一目見た時に調べたよ。ああ、あの頃、レイとアンディと対抗していたグループのキャプテンか──とね」

 そうだった。この男はこのように徹底していたんだと、マリアは顔をしかめた。
 急に馬鹿らしくなって、マリアはぐいっと赤いお酒を飲み続ける。

「随分と仲良さそうに話していたね……」

 おおっと来たかと、今度のマリアはひっそりとほくそ笑んでしまう……。
 だがマイクは、マリアが思っていない事を言いだした。

「やっぱりマリーも、『パイロット訓練生校舎』をうろうろしていただけあって、マシューズとは『面識』があったんだな」

 マリアの心臓は止まりそうになった!

「う、うろうろって……! マイク、知っていたの?」
「当然だろう。あのころ俺は本当にレイの『兄貴』だったんだ。アンディ、ケビン、ダニエルと密に情報交換をして、レイに余計な問題が起きないよう見守っていた──まあ、お目付役だったかな。教官達にもよく挨拶に回ったもんだよ。レイが女の子だからって以上に、心の問題もあったからね。親が出るとレイの場合は将軍の権力を利用していると言われかねないから、俺がこっそりと。パパとママもそこは頼ってくれたし、俺もそうすることで安心できたからね──」

 マリアは溜息。
 そして思い出す。
 そうこの男は、基地の中で徹底しているだけではなく、外では御園の為にも全てをかけて奔走していたと。

「そうだったわ。私も、パイロット訓練生の校舎のあたりで、貴方を何度も見かけたわ」

 あの頃ならば、マイクは三十歳前後と言ったところか。
 そんな年上の男性よりも、同世代の若い青年の方が気も合うし、身近にある直ぐ手に届く素敵なものだった頃。
 振り返れば、マリアはそんなマイクを見かけても、ちっとも気にならなかった頃だったと思い出す。

 そんなマイクも! マリア同様にパイロット訓練生の校舎界隈をうろついていたなら、もしや、見られていたかもと慌てたが、今彼は『面識があった』と言っただけだ。
 昔も、一緒にいるところを何度も見た。とは、言っていない。
 それに気が付いて、落ち着け、落ち着けと、マリアは自分をなだめる……。
 っていうか? 隠す事なんてあるのだろうかと思い改めたのだが、わざわざ言う事でもあるのだろうか? とも思った。
 どちらが良いか迷っているうちに、マイクから言い出した。

「でも、彼。表面上には出ていないから問題にもマイナスにもしていないけれど、女性関係は派手らしいから気を付けた方が良いと思うな」

 マリアは飲んでいたカクテルを吹き出しそうになった。

「そんなことまで調べたの?」
「直ぐに判る。まあ、調査法は企業秘密だけれど」
「貴方って……怖い!!」

 凄腕の秘書官の『企業秘密』で、そんな遠くの基地にいる一隊員のことをごっそりと調べてしまうなんて──。
 もっと探られたら、マリアとの関係もあっさりとばれるんじゃないかと思ったりした。
 だが、マイクが見せる横顔は厳しい。

「たとえ、慣れている遊びでも、こちらの基地で問題を起こされたら困る。万が一何かが起こったとしても、すぐに原因が何であるか把握できる。特に彼はある程度の地位がある。将来がある。ましてや、レイと直結しているトーマス大佐の部下だ。これから二人が組んで大きな事をやろうとしている中、今、戦力になる部下に問題を起こされると困る。トーマス大佐の監視下にない今は、こちらでせねばならない。だから、そんな隊員ほど、俺は詳しく調べるよ」

 もうマリアは呆気にとられていた。
 何も言う事ない。
 この男はそうして生きているのだと思った。
 とにかく自分が守るべきものに対しては、徹底的にリスクをなくすようにサポートする。その為の労力は惜しまない。
 そして彼が守ろうとしているものに関しては、マリアも同感なので、言い返す気持ちはなかった。

 それにしても『ケイン』!
 マリアに三ヶ月限定の恋人になってほしいと申し込んだだけある。
 合理的な男だと分かっていたけれど、大人になって、そんな男になって遊んでいると分かるとなんだかがっかりだった。
 そういう男に口説かれていたから、マイクも気にしてくれたのだろうか?

 マリアは残ったカクテルを飲み干しながら、ちらりとマイクを見た。
 それでもマイクはまだ、厳しい横顔でケインをみつめている。 

「その証拠に、早速──。マリーを口説いていた。俺の調べは間違いなかったということか」

 なんて……。ちょっとはマリアを目の前で口説いていた事に憎々しい顔をしてくれるかと思ったら、マイクの顔はやっぱり基地の秘書官の顔。
 マリアが口説かれた事よりも、ケインがそうして女を見ればフロリダでも派手に遊ぼうとしていることを警戒している顔にしかみえない。

(なによ。ちょっとは妬いてくれてもいいじゃない──)

 なんでも仕事に置き換えてしまうのか。
 わかっているけれど、なんだか寂しかった。
 いつもはこんなことは感じることは少ない。
 きっとあれだ。ケインに揺さぶられたあのこと。『失いたくないと、必死になってくれない彼』。それをマリアは見たくなったのかもしれない。

 でも……。隣にいる愛しい彼は、今は仕事の顔。
 マリアは力無く微笑み、空になったカクテルグラスを持てあますように回した。

「まったく。でも、マリーを一番に口説いたから、今日のところは許してやるか」

 マイクが鼻息荒く、ケインから顔を逸らした。
 そしてマリアも、ちょっと呆然。

「なんで私が一番に……だから、許すの?」

 本当はその意味が分かっていて、マリアは思わず確かめたくなって聞いてしまっていた。
 すると、やはり『その意味の通り』だったらしく、急にマイクが照れた顔。

「当たり前だろう。このパーティーの中で、一番綺麗な女性に目が行き、近寄る。それがマリーだったんだろ。見る目あるから許すと言っているんだよ」

 また、この人は! 急にそんな甘い事を平気で言う!!
 マリアの身体がぎゅうっと熱くなる。こっちまで照れくさくなって頬も赤くなる。
 この会場で一番綺麗な女性。だから口説かれた。俺の女を一番に選んだ見る目を持っているから許す。──だなんて。
 それって、マリアにとってはすごい褒め言葉だった。

「もう……。マイクったら……」
「なに。マリーも嬉しそうだったじゃないか。どう、たまにはこんな四十を超えたおじさんじゃなくて、まだ若い同世代の男もいいんじゃない」

 にんまりと余裕顔の『四十男』。
 マリアは途端にムッとした!
 それに貴方は確かに四十代になったけれど、マリアの中では一番の男なのに! しかも今だって基地では女の子達が狙っている。年齢を感じさせない男ぶりは二十代の女性達だってマイクが目の前に来たら目をハートにしてのぼせているほどだって、この男は分かっていて言っているのだろうかと腹が立ってきた。女除けも完璧にマスターしているジャッジ中佐と呼ばれているのだから、マイク自身も女の子に注目されている事はきちんと意識しているだろうに。

「あーら、そうね。マイクさえ良ければ、一度ぐらいはお酒を挟んで、彼と懐かしい訓練生時代の話なんかしても良いかもね」

 口説かれたままに、本当に行ってしまうからね!
 マリアはしらけた眼差しで、余裕の『四十男』にカマをかけてみたのだが。

「たまにはいいんじゃないの。俺はOKとしか言いようがないなー。どうしてかって、マリアを『縛る理由』など、俺は持ちたくても持っていないわけだし?」

 さらに『にっこり優しい笑顔』が突きつけられていた。
 マリアは、彼のその顔と『縛る理由がない』という返答に、がーーーんっと打ちのめされる。
 つまりそれは『恋人でもなんでもないから』という意味をマイクは突きつけているのだ。しかもいつも怒る一歩手前で見せる『最後の笑顔』付で!
 恐ろしい最後の笑顔を見せられた上に、まだマリアが返事をしていない事を責めるかのようなマイクの余裕な切り返し──。

「マイクの、馬鹿!!!」

 泣きたくなる前に、やっぱりいつもの『突撃』をしてしまっていた。
 そしてマイクの、ぎょっとした顔。
 いつもそう。彼は冷静に理詰めていくタイプなのだけれど、それに対してマリアは先に感情的になる。それは彼に言わせれば『俺が予想できない突拍子のなさ』らしいから、予想が付かなくて驚くのだろう。
 でも、そろそろ。どんなことで感情的になるか分かってくれてもいいんじゃない? なんて、そう思いたいところ。

 でもマリアはそのままマイクから離れて、あてもなくずんずんと芝庭を歩く。
 空軍の輪を通り過ぎ、ずんずんと。何処へ行くかなんて自分でも分からない。ただ感情的になって、ここから直ぐに離れたくて、こうしないと……あんなところで泣きそうになって……。

「マリー……!」

 パーティ会場の出口。披露宴を楽しむ人々が見えないところまでなんとかやってきて、マリアは立ち止まる。
 ちゃんとマイクもすぐに追ってきてくれた。

「ごめん。言い過ぎた」

 それってもしかして。ちょっとは妬いていたからあんなふうな意地悪を言ったの?
 そう聞きたいのに、今のマリアは情けなく涙が流れてきて言えなかった。

「マリー。冗談に決まっているだろ。何処にも行かないで、誘われても、俺と一緒にあの家にいてくれ」

 背を向けているマリアに、マイクが躊躇うことなく抱きついてきてくれた。
 それでマリアも涙が止まる。

「……私、彼に言ったわ。今、一緒に暮らしている人がいるから駄目って」
「やっぱり。誘われたんだ」
「特別な人。私の今の一番で、大切にしたいから、駄目って……」
「マリー、そこまで……」

 スーツ姿の彼が、その大きな胸にマリアをぎゅっと力強く包み込んだ。
 抱きしめられてマリアが彼の顔を見ると、マイクはとても切なそうな顔で……彼の方が泣きそうな顔をしていたからびっくりした。

「マイク?」
「──マリア、愛している」

 え?

 マリアは耳を疑った。
 一度も聞いた事がない言葉。そして自分も分かっているけれど、口にしなかった言葉を……。
 ついに彼がマリアに告げたのだ。

「愛しているんだ。俺もマリアが一番だ。特別で……ずっと一緒にいたいと思っているんだ」
「マ、マイク……」

 『嬉しいよ』──マリアから思わず出た『特別で大切』という気持ちを聞いて、マイクはとても感極まった様子だった。
 まさか。こんなに喜んでくれるだなんて、マリアは意外に思っただけにまだ驚きしか感じられない。

「マリア、俺の……」

 しかも深海の瞳で、熱っぽく見つめられている。
 その瞳に見つめられたら、気の強いマリアだっていつもなし崩しになる。
 ただほんわりと彼を見つめ返しているうちに、唇を塞がれる。

 強く抱きしめられて、やがて熱く彼の唇がマリアの唇をとろりと溶かしていく。
 真っ青なシャツの襟元からいつもとは違うセクシャルな香りが漂ってくる程に、彼の身体も熱しているのが伝わってくる。
 そんなマイクの身体に、マリアも思いっきり抱きついた。彼の首に抱きついて、彼の顔を引き下ろして、自分も負けじと彼の唇に押しつける。
 彼の切ない吐息が口元からこぼれてくると、マリアも胸が焦がれて、もっと彼に抱きついて唇を愛した。

 彼が愛しているって。
 初めて言った……。

 どうしてか。
 素直に嬉しかった。
 やっぱり嬉しい。

 マリアの閉じた瞳から、涙が一粒落ちていく。

「……マイク、私も、あい……」
「なに、聞こえない」
「だ、って……それなら。キス、しないで……」

 マイクが何度も唇を塞いでしまうから最後まで言えない。
 そこで、彼も少しだけ唇を離してくれた。

 彼の唇の側で、マリアは囁く。

「私も、愛しているわ」

 彼が、笑った。
 嬉しそうに笑ってくれた。

 

 恋人だなんて約束。いらない。
 ただ、愛している。
 それだけは本当だから。

 いつ言えばいいか、分からなかった。
 言えば、それで何かが変わってしまうような気がした。

 そして、また失ったり変わったりするのが怖いから。

 でも、それはもう、走り出してしまったのだとマリアは思った。
 でも、やはり幸せだった。
 愛し愛されることは、今でも、とてつもなく素敵な事だとマリアは思った。

 

 

 

Update/2008.1.25
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