* ラブリーラッシュ♪ * 

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6.恋人でいいんじゃない

 

 畳の道場に、男達の声がこだまする。
 白い道場着の襟と襟を引っ張り合い、気合いの一声が響く。

 畳にどんっと重い音が響き、大柄な男の方が彼に組み敷かれていた。

「中佐、参りました」
「つっこみすぎだな、ロビン。その時に隙が出来る」

 マイクは一番部下のロビンに注意すべき点を指導している。
 マリアはそれを道場の入り口で、惚れ惚れと眺めていた。
 やっぱり彼は亮介の愛弟子だと思った。あんなに大きな体のロビンを軽々と、鮮やかに。本当、何をやらせても素敵なんだからーと、すっかり熱い眼差しで見惚れてしまっていた。だが、そんな自分にハッと我に返るマリア。
 いけない。あの人は私には天敵。そう思っている方が丁度良いのだ。あんまり素敵素敵なんてほだされていると、痛い目に合う。彼のせいじゃなくて自分自身のせいで……。マリアはそう思い改める。

 隣の畳では、ついに道場着に着替えたリリィが現れ、父親の指導の元、秘書室の若い青年との組み手を始めた。
 マイクとロビンも、そちらに視線を向け、興味津々の様子。
 フォスターの『始め』という合図で、リリィと若い青年が道場着の襟と襟をつかみ合う。
 だけれど、ちょっと変な雰囲気。リリィが気迫ある顔を既に決めているのに対して、秘書官の青年はやはりというべきか、女の子相手に引け腰だった。
 そんな若い部下を見て、マイクが渋い顔をしたのをマリアは見た。

「イアン! 手を抜いたら許さないぞ」

 秘書室の長が吠えた途端だった。
 いつも秘書官として鍛えられているはずのイアンが、いとも簡単にリリィに投げ飛ばされてしまった。
 フォスターがちょっと申し訳なさそうに『一本』と声を上げたが、リリィは不満そうな顔。

「イアンと組むのは嫌!」

 おそらく、イアンも持つべき姿勢は分かっていても、あんなに可愛い女の子は流石に投げ飛ばせなかったのだろうと、マリアも思った。
 マイクが『どんな状況でも手を抜くな。たとえ女でも油断するな』と叩き込みたい気持ちも分かるが、この道場内に限っては、上官に囲まれているイアンに対して『お気の毒』とマリアは思う。

「では、リリィ。俺が相手をしてあげるよ」
「本当! マイク!」

 マイクが笑顔で手招きをすると、リリィはあっと言う間にすっ飛んでいってしまった。
 イアンがほっとした顔で、でも、上官のマイクに説教をされるのを避けるかのように、マリアの元にさりげなく下がってきた。きっとマイクの行き過ぎた説教なら、このマリアが逆に吠え返してかばってくれると思ったのだろう? 周りの知人は皆、マイクとマリアの遠慮ない関係を良く知っている。そして時には影で『マリア嬢の方が強い』と噂されていることも。……本当は、マイクがわざと一歩退いてくれる大人だって事を知ってくれている人はどれだけいるのだろうかとマリアは思うこともある。
 たぶん、隣のマリアより若いイアンは、そんなふうにして『中佐は、マリア嬢には弱い』と思っているのだろうな……と、隣に来た彼の顔を見上げた。

「お疲れさま、イアン」
「あはは。やられちゃった」

 イアンは不甲斐ない顔をしつつも、明るく笑っている。
 だがそのイアンはマリアが考えていたこととは、ちょっと違うことを口にした。

「気のせいかな〜。リリィ、ちょっと前より鋭いって言うか……」

 彼が道場着の襟をひっぱって、首を傾げた。

「イアン。リリィに荒っぽくできなくて、ワザと負けたんじゃないの?」
「いや。確かに、リリィの力に逆らわなかったけれど。ほら、俺……彼女に投げ飛ばされるの初めてじゃないでしょ。まったく初めての頃に、リリィに投げ飛ばす感触を掴んでもらう為に、ワザと投げ飛ばされる練習だって付き合ったんだから。その時と、違うんだよなー」

 彼がそうして首をさらにひねっている間に、マイクとリリィの稽古が始まった。

「マイク! 私、本気だからね」
「分かっているよ、リリィ──」

 組み手を始めた二人。
 リリィはすらっと長い足でマイクの足を払おうとしたり、素早く手を突き出して襟を狙っている。そしてマイクもリリィが襟を取ってやろうと必死に繰り出してくる攻撃をなんなくその逞しい腕で止め、彼女の前進を阻む。
 だが、それを見ていて、マリアも感じ取った。
 マイクの顔色が少し、違う? いつもは真剣な顔でも全ての動きを冷静に読み切っている落ち着きがある。だけれど、今日の彼は唇を深く噛みしめ、なにか予想外のことに出会って、それに対してどうしようかと考えている最中のような……。

 そう思った時だった。
 果敢に大人の男に攻撃を繰り出していたリリィが、ついにマイクの懐に入って襟を取ってしまったのだ。
 その時マリアは見逃さなかった。マイクがとても驚いた顔をしたのを。隣のイアンも言った。『ほら、やっぱり今までのリリィじゃない』と。
 その次の瞬間、畳に相手を投げ落とした音が重く響いた。

 畳に投げ落とされ倒されていたのは……リリィの方だった。
 一瞬だった。リリィが懐に入った途端、マイクがそれを切り返すかのようにリリィの襟を取り返し、ざっと瞬時にひねり投げていたのだ。

 マリアは、もしかしたらマイクが投げ飛ばされる!? と、一瞬ドッキリとしたが、そこはやっぱり長年亮介に柔道も空手も鍛えられてきた愛弟子、上手く相手の攻撃を瞬間に伏せてしまったようだ。
 それでも呆然としているのは、マイクのよう。リリィは畳の上でニンマリと笑っているではないか。

「もしかして、マイク。今の本気で私を投げちゃったの?」
「──どうかな?」
「うっそ! 本気だったよ〜! だって、うーーんと、痛いもん!! マイクだって本当はいつも手加減して投げ飛ばしてくれていたの私知っているんだから!!」

 直ぐに飛び起きたリリィに問いつめられて、困った顔のマイク。
 マリアも思った。マイクが咄嗟に投げてしまったのは、リリィに小さな隙に入り込まれたからだと。

「ほら、俺の勘違いじゃなかった。リリィ、あれはどこか他でも練習していると思うよ」

 揺るがぬ確信とばかりのイアンの言葉に、マリアは驚いて、道場着姿でも可愛いリリィをしげしげと眺めてしまう。
 父親のフォスターが『気まぐれだった』とほっとした顔をしたように、マリアもちょっとした興味でリリィはトライしていただけだと思っていた。

(まさか。本気だって言うの?)

 よく見ると、そんなリリィと向かい合っているマイクも戸惑った顔をしている。

「よし。リリィ、もう一度やってみようか」
「今、私を投げ飛ばしたみたいに、本気でやってね」
「分かっているよ」

 生意気な口を叩くリリィに、どうしたことか今度はマイクがにやりと彼女に笑いかけていた。
 マリアは、そんなマイクを見てどこかゾクッとした……。あの男の、ああいう笑みが怖いのだ。

(マイク。本気になるかも……)

 リリィの運動神経は、特攻隊長である父親から確かに受け継いでいると感じ取ったのかも知れない。
 逸材。それを目にしたら放っておけないのが、将軍を影で支え守る男の性なのか。戦力へと育てる仕事なら、マイクの得意分野でもあるのだから。

(やめてよ。リリィはまだ可愛い小さな女の子なのよ)

 マリアはそう思う。
 その時……。だいぶ前の記憶がさあっとマリアの頭の中に蘇った。

(葉月も、あの年頃。今のリリィみたいに……)

 マリアは訓練校の片隅で、葉月が男子訓練生と取っ組み合いの喧嘩をしているのを何度も目撃したことあがる。
 その度に、葉月は口の端に痣を作り、時には頬だって腫れていた。同じ年頃の少女として、それは見るに耐えないもので。だからいてもたってもいられなくて、葉月を『こちら側、女の子の世界』に引き戻そうとしたのだ。 
 でも葉月は、マリアを冷たい眼差しで一時見つめると無言で去っていく。放っておいて欲しいという眼差し。
 あの時の、マリアの少女としての痛みがずきっと蘇った。

 また、畳にリリィが落とされた音。
 マリアはひやっと額に汗を浮かべてしまっていた。
 勿論、リリィと葉月はちっとも違う環境で生きているのだが。それでもリリィのあの反抗的な態度と、男勝りに向かっていこうとしているのが、どうにも……可愛らしいリリィにとってなにか良いことでもあるのだろうかと、否定したくなると言うのだろうか。

 リリィが何をしようが選ぼうが、それは彼女に決める権利があるというのに、自分はなにを言いたいのだろうかとマリアはそう思う。
 たとえ、マリアがどんなに案じても、彼女が『武道は面白い』と思って始めてしまったのなら、マリアに止める権利はない。

「どうした? マリア。顔色が……」
「大丈夫よ、イアン。ここ暑いから。えっと、見学はお終い。私はベッキーの手伝いをしているから、終わったら皆で庭に来てね」
「やった! 俺、実はベッキーのご馳走が一番の目当てなんだ!」

 楽しそうなイアンの笑顔を見て、マリアもほっとする。
 活気づく道場を背にして、マリアはキッチンへと向かった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 冷えた瓶ビールに、ベッキー特製のカナッペ。
 それを芝庭にセッティングしたテーブルにマリアはテキパキと並べる。

 冷えたビールを並べたり、小皿を並べたり……。
 ベッキーは、これは自分に任された仕事だから、マリアは手伝わなくても良いと言ってくれるのだが、マリアはこの家の者として手伝いたかった。
 御園中将夫妻がいた頃は、マリアも時には顔を出して、マイクの稽古姿を覗きに来ていた。そしてベッキーや登貴子の手伝いをして、この庭で特攻隊や秘書官の隊員達と楽しいひとときの仲間に入れてもらった。
 あの頃からやっていること。マイクが道場を亮介から任されて頑張って続けているなら、マリアもこの家に住むことになったからには、登貴子がそうだったようにハウスキーパーのベッキーと仲むつまじく手料理を振る舞っていたことを引き継ぎたいと思っていたのだから。

 ベッキーと綺麗に食事を並べ終えた頃、道場から賑やかな男達の声が聞こえてきた。

「もう、やだよー。マイクじゃないと練習にならないよ」

 リリィの元気な声と男達の笑い声が聞こえてきた。
 本宅裏にある道場からこの芝庭に続く小道を、マイクの腕に寄りかかって姿を現したリリィ。
 マリアは少し、どっきりした。遠目に見ると、本当に成人した若い女性とマイクが親密にデートでもしているかのように見えてしまう光景。
 だけれど、そう見えるのはドッキリとした一瞬だけで、本当は大したことないのだとマリアも分かっている。

「わー、美味しそう! ベッキーのご馳走、久しぶり!!」

 庭に入ってきたリリィはテーブルに広がっているご馳走を見て、元気に叫んだ。
 そんなところは、やっぱり十三歳の女の子だわと、マリアも微笑ましくなる。
 そう。どんなに早熟な身体であるリリィでも、中身はまだ子供、子供。愛している彼だって、リリィにしてみれば父親のフォスターと同世代の『おじさん』。どんなに彼女がマリアの男に甘えたって、女性としてどう目くじらをたてろと言うのだろうか? ここはあえて『おばさん』としては、やはり『おばさんの気持ち』で知らぬ顔が当然。
 でも違和感があるのは、やっぱりマイクがどう見ても家庭持ちのフォスターより、とても若く見える独身男性だということだった。
 ある意味、『彼自慢ののろけ』に近いかもしれない感覚。でも、だからこそマイクがリリィぐらいの子供がいてもおかしくない中年男性だとしても、異性と並ぶと……親子というよりかは男女に見えてしまうと言うか。

「ねえ〜、マイクぅ。あとで、渚で泳ごうよ。またサーフィンして。私にも教えてー」
「ああ、いいね。リリィはボディボードの方が楽しめると思うよ」
「わあい、やろう、やろう!!」

 リリィはマイクの腕にべったりと寄りかかって甘えっぱなし。
 それは彼女が可愛らしいジュニアだったころから変わらないこと。リリィは大好きだった『達也お兄ちゃん』が日本へと帰国してしまった後、とても懐いたのがこのマイクだった。だから違和感ないはずなのに。
 でも、そんなリリィは意味深な艶っぽい目つきで、マリアを見たのだ。唇の端に、少しだけ悪戯めいた微笑みを刻んで……。
 だけれど、マリアは堂々とリリィに微笑み返した。ここで怯んでどうする? あれは年頃の女の子の悪戯に過ぎない。

 ただ、マリアにも懐いてくれていたリリィが久しぶりに会った途端に、何故あんなにも反抗的で、マリアに怒りを持っているのかが分からない。
 リリィがマイクにひっついて甘えているのも、それはマリアに持ってしまった『ある怒り』に対する当てつけなのだろう。
 彼女は分かっているのだ。今、マリアが一番好きな男性はマイク。その男性を取られたら悔しい思いをするはずだと。

 リリィがマリアに対して『悔しい思いをさせたい』と思っているととしたら……?
 そこでマリアも気が付く。『自分は既に、リリィに悔しい思いをさせてしまったに違いない』と。
 ただ、それが分からない。

 大好きな『お兄さん』(もしかして『おじさん』?)のマイクと一緒に住み始めたことが?
 それとも、彼女が憧れているお姉さんの部屋をマリアが使い始めたから?

 どちらにせよ、マリアがこの家に住み始めたことが気に入らなかったのだろう。

「気を悪くしないでくれよ、マリア」

 考え込んでいると、フォスターが本当に申し訳ない顔で隣で笑っていた。

「いえ、私は気を悪くなんてしていませんわよ。ご安心ください、中佐。ただ私、リリィに何かしてしまったのかと……」
「何もしていないよ、マリアは。近頃のリリィは、何に対してもあんななんだ。何処に出かけていたかも言わないし、帰りが少し遅くなることもある」

 ビール瓶を煽りながら、フォスターも少し疲れた様子だった。
 それだけリリィの様子が自宅でも変わってしまったのだろう。父親の彼が娘の扱いに接し方を持てあましているのだから、マリアなんてもっと……。
 これは慎重に様子を見て接して行かねばならないと、マリアは気を引き締めた。以前の若い自分だったなら、ここで直ぐにリリィをとっつかまえて『私がなにをしたの? 教えて。ちゃんと直すから』と突進していたことだろう。こういうところは本当に、マイクという男と親しくなって身に付いたことだと思う。

 リリィに無視されているのは、仕方がない。今日のところは取り敢えず諦めようと、マリアは他の隊員達との会話を楽しんだ。
 そのうちにリリィはマイクと一緒に水着に着替えると、家の中に入ってしまった。ベッキーが、マリアの部屋を使うと良いと言っているのが聞こえた。
 元葉月の部屋、そこをマリアが使っていることで怒ったリリィがその部屋に行くことになってどのような顔をしているのかと、マリアは芝庭から家の中に入ったリリィを見てしまった。その時やっと彼女と目が合う。
 気のせいか。あんなにマリアを睨んでいた目が泣きそうな目になっているように見えて、マリアは目をこすってしまった。

「リリィ?」

 声をかけた途端、リリィは背を向けて二階の階段を駆け上がっていってしまった……。

 本当に、どうしたというのだろう?
 今は、彼女が『触らないで』と訴えているようなのでマリアも近づかないことにした。

 冷えたジンを注いだグラス。
 中に入れた大きな氷とレモンスライスが、日射しの中、マリアの手の中でころんと揺れる午後。
 透き通るグラスの中で、マリアはまた、『私のことは放っておいて』と取り合ってくれなかった少女葉月の姿を映しだしていた。

 今度はどう接すればいいのだろうか。
 今度こそ、相手のことをよく考えて接することが出来るだろうか。
 大人になっても、その不安は変わらぬものだった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 渚から、リリィの楽しそうな声が聞こえる。
 ピンク色の可愛らしい水着で姿を見せたリリィは、若い青年達の驚いた視線に耐えられないようで、マイクにかばわれながら渚に行ったきり。海の中、マイクの手ほどきで、ボディボードを楽しんでいた。

 マリアはそろそろお片づけの手伝い。
 空いた皿やグラスをまとめたり、まだお喋りを楽しんでいる隊員達のおかわりに気を配ったりしていた。
 フォスターもマイクならと信頼しているのだろう。娘を任せっきりで、彼はロビンと肩を並べて仕事の話ですっかり盛り上がっている。
 でも時々、渚から『パパー』とフォスターを呼ぶリリィの声が聞こえてくる。彼女はマイクに教わったボディボードで上手く波に乗ると、誰かに見て欲しいらしく、それで父親のフォスターを一番に呼ぶようだ。
 それを見て、芝庭にいる誰もが微笑みを浮かべた。

「なーんだ。リリィにとってはまだパパが一番みたいじゃないか」

 リリィの反抗期を知っているロビンが笑い出す。
 隣にいるフォスターは照れくさそう。それでも、そんな時は父親の自分を呼んでくれる娘を遠目に見て、とても嬉しそうな顔をしていた。
 マリアもそっと笑った。やっぱりリリィはまだパパが一番の可愛い女の子なんだと、どこか安心した。

「良かったね、マリア。リリィは中佐じゃなくて、やっぱりパパが良いみたいだよ」
「なにがいいたいの、イアン!」

 同居人をこれから女らしくなっていく若い女の子に独占されてしまい、実は嫉妬しているのではないかとからかうイアンをマリアは睨んだ。
 そのイアンが、急に話題を変える。

「隊長。今日、リリィと手合わせをしたら、上手くなっていた気がしたんですけれどね? そちらでお父さん自ら手ほどきでもしているのですか?」

 先ほど疑問に思ったことを目の前にいるフォスターにぶつけたイアン。
  その質問にフォスターは一瞬、戸惑ったようだが……。

「上手くなった? まさか。自宅ではいっさい、稽古なんてつけていないよ」
「そうですか〜? なんか、すごく上手い間合いだったというか。投げられたのは彼女の力に任せたのですが、襟を取られたのは本気で取られちゃったんですよね、実は──」

 イアンの話に、フォスターがちょっと眉間にしわを寄せ黙ってしまった。
 それを見てマリアは思った。こちらも武道には長けている一人。本当は見抜いているはずだと。だがフォスターはそこはまだ認めたくないような顔をしているようにマリアには見えた。
 しかしそこはロビンが言い切ってしまう。

「そう言えば、うちのジャッジ中佐が襟を取られた時も……。あれは中佐も上手く隙をつかれて取られたという感じでしたね」

 マリアもそれは感じていた。そして隣にいるイアンも気が付いていた。だから二人で顔を見合わせる。ロビンも気が付いていた。やはり自分達だけの見間違いじゃなく、稽古を積み重ねてきた誰もが、今日のリリィの急な上達を目の当たりにして気が付いていたのだと。

「……分からないな。本当は俺も驚いているんだよ」

 父親の自分が分からないところで、娘が急に上達した訳。
 それを父親として知らないと言う事実の方がフォスターには認めがたいことのようで、彼にとってはそちらの方がショックのようだった。
 そしてロビンもイアンも、そしてマリアも……触れてはいけないところに触れようとしているのかもしれないと、リリィの話題から三人でそれとなく逸らしてしまった。
 なんとか元の面白可笑しいお喋りに戻そうと三人で躍起になっていた時だった。

「皆様、こんにちは」

 優しい声が、この家の緑の垣根から聞こえてきた。
 そこには金髪の穏やかな女性がこちらに微笑みかけながら手を振っている。
 フォスターの妻、リリィの母親の『マーガレット=フォスター』だった。

「マーガレット。どうした」
「まあ、マーガレット! いらっしゃい!」

 夫のフォスターは驚き、マリアは女性の訪問者に喜び勇んで彼女の元へ駆けていった。

「マリア、お久しぶり。こちらの家に住むようになったんですって? 今日は私も貴女に会いたくて」
「私も会いたかったわ、マーガレット」

 葉月が取り持ってくれた縁。マリアはマーガレットとも親しくしていた。 
 ただ彼女は主婦で、マリアは勤めている身。ライフスタイルが違う為、そう頻繁には会えない。
 それでも、男にばかり出会う環境の中、彼女はマリアにとっても同性としてとても身近な存在だった。夫を案じる妻と、一番親しい男性を案じる女の『黙って待つ気持ち』はいつも一緒で、マリアのそんな心中は彼女が一番分かってくれた。

 そんなマーガレットの手の中には、ギンガムチェックの布の包みが……。

「早く来たかったけれど、これを焼いていたの。チェリーパイよ」
「あーん! 私、マーガレット特製のパイケーキだーい好き! 食べる、食べる。今すぐご馳走になっちゃう!!」

 『だから貴女もこっちに来て』と、マリアはマーガレットの手を引いて、庭の中へ入れた。
 彼女も付いてきて、夫達が会話を楽しんでいる輪へと入っていく。
 マリアはベッキーにもらったパイを預けて、皆でご馳走になる為のお茶を準備する。キッチンからアイスティーを入れて庭に戻ると、もう彼女は夫やその同僚に友人、青年達の中に溶け込んで楽しそうに笑っている。
 そして渚で娘が楽しそうに遊んでいることにも既に気が付いていて、それを夫のフォスターと一緒に微笑み合い見つめていた。
 そんな彼女の前に、マリアはそっと紅茶のグラスを置いた。

「まあ、リリィったら。またマイクに甘えているのね……。しようもないわね……。本当にいつまでも甘えん坊で。一人っ子だからかしら」
「あら。それなら私と同じだわ。私も一人っ子の一人娘だもの。母には今でも、我が強い我が儘って言われるわ」

 マリアは笑いながらマーガレットの隣に座り、早速、皿に取り分けられたパイを一口頬張った。
 流石、家庭的な彼女が丹誠込めて作ってくれたパイ。絶品だった。隣にいたイアンもマーガレットが時々持ってくるパイは好物のようで、美味い美味いと繰り返しながら平らげている。
 彼女の特製パイを男達が美味しそうに食べてくれているのに、マーガレットは急に深い溜息をついた。

「今日はね。マリアに会いたかったのも本当なんだけれど、あの子が久しぶりに道場に行くことになって、貴女に迷惑をかけていないかと心配で……」

 マリアはドッキリとした。
 母親のマーガレットは、娘のリリィがマリアになにかやることを既に分かっていたようだった。
 と、言うことは? 母親の彼女なら、リリィが何が気にくわなくてマリアに辛くあたるのかその理由を知っているのだろうかとマリアは期待した。

「……実は、ちょっとだけね。リリィが不機嫌だから、私も気になっていたの」

 彼女が心配しないようリリィが必要以上に怒られないようにと、それとなく告げてみたが、それが無駄だったかのようにマーガレットが驚いた顔を見せたものだから、マリアは言った言葉を取り返したくなった程。

「やっぱり。そうだったのね。最近、こちらの道場に興味がなくなったのかと思っていたのに」
「やっぱり。ってなに? マーガレット! 私、気にしないから教えて。リリィは何に対して怒っているの?」

 ついに詰め寄るマリアに、マーガレットはまた溜息をついて困った顔。
 暫くそんな彼女は、渚にいる娘を遠い目で見つめて、やっと話し始めてくれる。

「覚えている? マリア。数年前、ミゾノ大佐がこちらの家に帰省してきた時のことを」
「勿論よ。思い出深い夏だわ。私はあの夏に色々なことを知って感じて。なによりも、葉月と解り合えるようになったんだもの」
「リリィにとっても、あの年の夏は今でも大切な夏なのよ」

 マーガレットもあの夏を思い出しているかのように、微笑んだ。 
 マリアにとっても、フォスター家にとっても、葉月が台風のように帰省してきた夏は楽しい思い出。
 リリィは『ハヅキお姉ちゃん』と彼女を慕って、今でも葉月にいつ会えるかと良く口にするそうだ。
 葉月が少女の頃に可愛がっていたという大きなクマのぬいぐるみを、今度はリリィに可愛がって欲しいと受け継いでくれた思い出。優しいお姉ちゃんだけれど、パパ達を助けた強いお姉ちゃん。綺麗なお姉ちゃんなのに、男達をあっと驚かせる男勝りな威勢もあって、パーティでは軍服姿で大騒ぎになった。

「リリィにとって、あんなにめまぐるしく楽しい日々は、今でも宝物なのよ」
「分かるわよ。私にとってもそうだもの」
「勿論、私もよ。だからね……リリィは悔しいのよ」

 『悔しい?』と、マリアは首を傾げた。
 そしてマーガレットは、ちょっと肩をすくめながら、致し方ない笑顔でマリアに教えてくれた。

「ミゾノはね。リリィに取っては憧れの塊みたいなものよ。そう……例えば、中将がお住まいだったこの家は、リリィにとっては『憧れのお城』なのよ」

 それを聞いて、マリアは……やっと、なにか胸につかえていた物が取れたかのようにハッと気がつき、マーガレットを驚きの顔で見た。

「マーガレット……。それってつまり、あの子は私がこの家に住むようになったから?」
「そうよ。憧れのお城には、ハヅキというお姫様がいたのに、貴女が急にお姫様になってしまったからなのよ」

 そうだったのかと、マリアはやっと納得した。
 つまり、こうだ。『御園のお城』には憧れの葉月お姉ちゃんが住んでいた家。いつかは自分もそうなりたかったと思っていただろうリリィ。勿論、そうなれるはずはないのだけれど、でも、自分の目の前でそれを現実にしてしまった女性が現れたこと、つまりマリアが住むようになってしまったことを知ってショックを受けたのだと。

 そして、マリアはもう一つの事も思い出す。
 マリアが葉月の部屋を使っていることを知って『あんたって最低』と怒り出したリリィのあの言葉……。

「もしかして。リリィは……私が葉月の部屋を使うようになったことにも怒っているのかしら?」
「そうなのよ、マリア」

 そしてマーガレットはさらに教えてくれた。
 道場に稽古に来るたびに、リリィは葉月の部屋で道場着に着替えていた。それはマリアも知っている。そんなうちに、リリィはすっかり葉月の部屋も気に入ってしまったのだとか……。

「とにかく。ハヅキお姉ちゃんの部屋にあったような、猫足のドレッサーが欲しいとか。同じような可愛いシーツにして欲しいとか。お姉ちゃんの部屋はもっといい匂いがするとか……。とにかく、リリィにとってはお姫様のお部屋だったのよ」
「それを私が壊すかのように、後から入ってきてしまったから……?」
「だと思うわ。ただそこに入るだけでときめいていた特別の場所を取られちゃった気持ちになっていると思うの……」

 今度はマリアが深い溜息をこぼした。
 その気持ち。そんな乙女の気持ち、マリアには分かる。自分もそうだった。

「リリィに悪いことをしたわ」
「そんなことはないのよ。あの子も聞き分けないから……。きっとマリアにきつくあたるだろうと思って、今日も気になって。それで来てみたのよ。ごめんなさいね、マリア。許してあげてね」
「大丈夫よ、それぐらい。それに、女の子には大事な気持ちよ。私、あとでちゃんとリリィに説明するわ」

 『説明?』と、マーガレットが訝しそうに首を傾げる。

「そう。私も本当はあの部屋はあのままにしておきたいと思っているのだって。葉月の部屋を使うことになって入ったけれど、なにも変えていないわ。それなら今日、あの部屋で着替えたリリィもちゃんと見てくれたと思うわ。ただベッドだけはずっと使っていた私の物を入れたけれどね」
「まあ、そうだったの……」
「今度、葉月が来てから、今のままにしておくか、変えてしまうか決めることにしたの」

 そこでマリアは、ちょっと黙って……。あることを一人で思う。でも、それを敢えて口にしてみた。

「あの部屋は、確かに……私達が少女の頃に憧れた部屋そのものだわ。でも、葉月には違うと思うの。それを、今度、葉月にも聞いてみたいと私は思っているのよ」

 そう言うと、マーガレットには直ぐに通じたようで、彼女もちょっと哀しそうに俯いてしまった。

「そうね。一見、裕福なお嬢様が過ごした素敵なお部屋に見えるわよね。なにも知らないリリィには特に、眩しく見えると思うわ」

 そして、彼女はマリアが思っているとおりのことを言ってくれた。

「でも、私も思ったの。主人から御園家のご不幸を教えてもらってから、このお城の本当の姿を思うようになったわ。大佐嬢のあのお部屋は、彼女が閉じこめてしまった『女の子の箱庭』だったのだわと……」
「私もそう思っているわ。でも、葉月にとって、一度しかない十代を過ごした部屋よ。もしかすると彼女にとって、あの部屋だけが彼女が彼女としてくつろげた場所だったのかも。……悪い思い出だけじゃないはずと。だから、今すぐは、私も壊したくないの」

 マリアの思いを知って、マーガレットは優しく微笑んでくれていた。

「マリアのハヅキさんを思う為にそのままにしていること。きっと、リリィも気がついていると思うわ。ただ今は、素直になれなくて直ぐには謝らないかも知れないけれど、気長に見守ってあげてくれる?」
「勿論よ。私だってリリィとはずうっと仲良し女の子でいたいもの。どんなにだって待つわ」

 あっけらかんと笑い飛ばすと、マーガレットもほっとしてくれたようだった。

「……いつかリリィも知る時がくるのかしら? このお城の本当の姿を」

 マーガレットが哀しそうに呟いた。
 マリアも少し胸が痛む。

 でも、そうして人々は……。
 輝く世界の裏には哀しい事実も隣り合わせで寄り添っていることを知って大人になっていくのだとマリアは思った。

 

 それにしても今日のこの話を聞いて、マリアは益々葉月に早く会いたくなった。
 やはりこの部屋はまだ彼女の部屋なのだ。マリア色にはまだ染めることが出来ない……。
 それにリリィもきっと。今度、葉月に会えばいろいろと気持ちを落ち着けてくれるような気がして。

 葉月。貴女なら、リリィになんて言う?
 自分とは違う生き方をしてきた彼女。マリアの想像を超える辛い少女時代を送った彼女。
 その彼女は、このお姫様のような部屋に閉じこもっていた彼女は、リリィにクマのぬいぐるみを引き継いだ彼女は……今度はリリィにどう接するのだろうかと。

(私も知りたいわ。教えて欲しいわ……)

 マリアはそう思い、葉月の渡米を心待ちにしている。

 とにかく。今回の『土曜稽古』も無事に終わった。
 ただ、やはりリリィとはあれから口をきくこともなく別れた。
 マーガレットが言うとおりに、リリィも少しは分かってくれたのか敵意は剥き出しにしなくなったが、マリアに謝るのほどにはまだ素直になれないようだった。
 マリアはそのままでも良いと思っている。謝ってくれなくても。分かってくれさえすれば。それにあの子なら、いつかはきっと……。どんなにだって待つつもりだった。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 微妙な異性関係の彼との同居生活が始まって一ヶ月ほど経った頃だった。

 とくに問題もなく、お互いのライフスタイルも崩すことなく、二人の生活は上手く流れ始めていた。
 思った以上に快適で、仕事に集中は出来るし、笑い合えるし相談が出来る相手が傍にいるという実感は想像以上の物だった。
 それだけじゃない。大きな声ではいえなが、彼との夜の生活もとても充実していた。それでもちゃんと互いのペースは崩さず過ごしている。

 この家での夜。マリアはいつもの如く調べ物に仕事。小笠原基地や横須賀基地の、さらには彗星システムズに宇佐美重工の、そんな『工学同志』との連絡はまめにして情報交換をしている。今日もお互いの役割を担う為のメールが何通か届いている。マリアがフロリダでやるべきこと、その役割の為に、今日もマリアは自宅でも机に向かっている。

 そしてやっぱり、気が付けば夜更けて……。
 ひとつ屋根の下にいるはずなのに、同居人の気配もまったくしない。
 きっと彼も仕事に夢中なのだろうと思った。

 案の定、入浴を終えて一階のキッチンへと降りてみると、またダイニングの大きなテーブルでマイクが仕事をしていた。
 彼の夜の仕事スタイルも決まっているようだった。部屋の照明は消し、テーブルに置いたライトスタンドで手元だけを照らし、彼はほの明るいだけのそこでノートパソコンといくつかの書類に囲まれていた。
 こちらもプライベートタイムの夜だというのに熱心だと思った。

 そんな彼の横を通る時、マリアは言うだけ言ってみる。

「おやすみなさい、マイク──」

 この夜、初めて。マリアのおやすみの挨拶に反応してくれなかった。
 これが彼が言うところの『邪魔をされたくなかったら、きつい口調になるかもしれない。やめられない時もマリーを無視するかも知れない』から覚悟をして置いて欲しいと言った、その反応なのかと思った。

 だからマリアはなにも気にせず、そのまま二階へと階段を上る。
 その中腹に差し掛かった時だった。

「おやすみ、マリー」

 そんな優しい声が返ってきて、マリアはそこから振り返ったのだが。でも、マイクは背を向けたまま姿勢を崩さずに書類とパソコンに向かっていた。
 本当に……。集中しているなら完全に無視をしてくれても構わないのに。結局、彼はこうしてマリアを気遣ってくれているのかと思った。
 でも、それはやっぱり素直に嬉しかった。
 マリアはもう一度『おやすみなさい』と呟く、ただし、心の中だけで。

 マイクがいつまで仕事をしていたか知らないが、マリアの部屋に戻ってから、もう一仕事頑張った。
 葉月の部屋は聞こえてくる潮騒が心地良い。

 

 翌朝。昨夜も調べ物に時間を費やし、ちょっぴり寝不足気味のマリア。
 いつもより少し寝坊をしたせいか、身支度を整えて一階のリビングに降りると、ダイニングでは既にマイクが新聞を読みながら食事をしているところだった。

「おはよう、マイク」

 まただった。彼は珈琲カップ片手に新聞に見入ったまま、何も言い返してくれない。
  余程煮詰めている最中の仕事が彼の頭の占めているのか。自分の世界に入ってしまうと、翌朝もその集中力は継続されているのか。はたまたそこまでになったら何もかもが遮断されてしまうのかと、マリアは少しだけ驚いた。そこはパパとは違うと。

 諦めて、そのままマリアもベッキーが用意してくれた朝食を取り始める。
 マイクも既に制服姿。パリッとした白いシャツ、腕時計も既に装着し、ほのかに漂ってくる彼のトワレの香り。ぴっしりと背筋を伸ばして、新聞に見入る男。もうそこにいる彼は既に『ジャッジ中佐』だった。

 こう言う人なんだと分かっていても、日常で同居中に目の当たりにすると、ほんっとうにこの男は徹底しているのだわとマリアは感心してしまう。
 どこまでこの男は徹底しているのだろうかと、マリアは逆にそんなマイクをじいっと観察してしまっていた。

 そのシビアな男が新聞をたたんだ。
 そしてカップを置いた時にやっと言ってくれた。

「おはよう、マリー」

 ちゃんと聞いてくれていたんだと、それだけでマリアはOK。笑顔になる。
 でもマイクは、新聞を読んでいたシビアな顔のままだった。
 もう既に『ジャッジ中佐モード』なのかと、マリアは思った。

 既に食事は終わっているマイクは、やることを終えたとばかりに席を立ち、椅子の背にかけていた中佐の上着を羽織り始めた。
 金ボタンを留めながら、また彼が淡々とマリアに話しかけてきた。

「マリア」

 朝から『マリア』と来て、どっきりとした。

「俺とこうして暮らすようになって、困ったことなどあるかい」
「特には……」

 リリィのことがあったが、まあ、あれはフォスター家と交流していく中で起こりうるべきことだったのだと思うマリアには、許容範囲だ。
 他にはマイクと共に暮らして、困ったことはない。不快感もない。むしろ、ちょっぴり『新婚生活』みたいで……そこは幸せかも。だが口が裂けてもそれは言えない今の二人……。と、マリアがそう思った瞬間だった。

「俺も快適だね。そこでだ」

 そこで? と、マリアは彼がなにを言い出そうとしているのかと首を傾げると。

「俺達そろそろ、恋人でいいんじゃないかな」

 は?

 マリアは目を丸くした。
 もう一度、ゆっくりと言ってくれまいかと。
 聞こえたけれど、それは今の今まで朝の挨拶も返さずに新聞に見入っていたシビアな仕事男の言葉とは思えなかった。

「俺はそうしたいと思っている。だけれど一方的なのは良くない。マリーも少しだけ、そこを考えてくれないか」

 金ボタンを留め終わったマイクは、颯爽とアタッシュケースを手にして出かけようとしている。
 顔は既に秘書室にいる中佐の顔なのに、アタッシュケースを持っている彼は、マリアの横にくると立ち止まって最後に一言。

「マリーの返事はいつでもいい。いつでも俺は待っているから」

 彼はそれだけ言うと、いつものトワレの香りをマリアの横に残して、出かけてしまった。

 気が付けば、おかわりの珈琲を注ぎに来てくれたベッキーの勝ち誇った笑みが直ぐそこに。

「ほうらね。言ったとおりだろう?」

 でもマリアは真っ白になって固まっていた。

 本当だ。本当だ。
 ジョイにベッキーが言っていたとおりになっていく?
 まるでマイクにひとつひとつ、上手く崩されていくようだった。

 もしかしてマリアが思っているマイクと、今のマイクは違う男なのだろうか?
 この時、初めてそう思い始めた──。

 彼が『恋人提案』をしてくれたまま、このまま崩れてしまえばどんなに気持ちが良いことだろうか。
 マリアは幸せを感じながらも、まだどこかで踏みとどまっている自分をもどかしく思う。

 今朝の珈琲は、いつもよりほろ苦く感じた。

 来週はついに、アンディの結婚式。
 御園若夫妻がこの家にやってくる。

 

 

 

Update/2007.12.19
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