『康夫が来る!!』
旧友で実力も認める年上のライバルでもある彼が一緒にやってくれるなら、葉月は『中隊長になってもいい』と思った。
もちろん年下の自分が側近で、彼が“大佐”なり昇進してもしなくても中隊長になってくれてもいいと、葉月は久々に心の中に光を感じたのだ。
『光を感じた』──そう、それぐらいにこの話が出るまでの葉月は、重い日々を送っていた。
隊長が殉職した損失は、葉月の精神には、かなりものだったから……。
代理とは言え、隊長同然の仕事を、二十代の若さでする事になったのも、『特別訓練校卒業の経歴』を持っていればこその当然の流れとされた。
その重責を背負っていくのに、葉月は限界を感じ始めていた所だ。
この日までも……。先の隊長が亡くなったからと言って、葉月はいきなり中隊長になる気はなかった。
葉月がいる中隊は、小笠原基地の第四中隊。
本当は元々中隊長ではあったのだが、今の遠野が残していった中隊より規模がかなり小さく、チーム中隊である第五中隊の付属隊みたいなものであって、その時、葉月が隊長をしていたのだ。
その小さな小隊上がりの中隊は“空部中心、陸部少々”で、陸部の訓練は第五中隊に面倒を見ていてもらったりしていたのだ。
それが、遠野大佐が“陸部の人間”とあって、彼の大佐着任と共に陸部が拡大して、彼が中隊長となり、葉月がいる第四中隊は独立した大きな中隊になったのだ。
大先輩である遠野の側近とはなったが、『陸』は彼が、『空』は葉月が、と言う分担指揮になったと言っても良い。
だが、その専門外の陸部を亡くなった彼に残されて、今は再びチームの第五中に頼るか、補佐の者達に任せざるを得ない状態……。
そんな状態で“中隊長”になる気は更々なかったし、幹部将軍達も小娘に“ハイ、どうぞ”と、すぐに任せる気もなかったらしい。当然の所で、葉月も納得している。
むしろ『変な流れで隊長指名にならないように』と祈っているぐらいだ。
しかし、ついにここで、待ちに待っていた『動き』が出た!
それが、藤波康夫が側近になるという話だった。
つまり、葉月が仕切っていた空部の指揮を康夫に任せて、葉月は訓練と共に中隊経営をする余裕を持たせるのが、ロイの狙いらしかった。
ところが……ここでも、年上の先輩であるはずの『康夫』と組む兼ね合いに、『葉月にとっては気になる問題』が出てきた。
それは──訓練校で2ステップしてる葉月は“何期?”という目で見ても、二つ年上の康夫とは、“同期”になるはずなのだ。
しかしである……康夫は、葉月に負けてなるものかと持ち前の“負けず嫌い”を発揮して同じ『学歴』を、手に入れようとした為、葉月との同期の道を捨ててまで、同じ“アメリカ仕込み”にするために、ノーマルに進級してきた神奈川の訓練校を卒業すると、葉月と同じコースをたどるからと、フロリダの特校へと入学してしまったのだ。
そこを出るまでは少なくとも二年かかるから、同期のはずの葉月とは二期後輩に康夫はなってしまうのだ。
それでも、彼はその道を選び、やっぱり彼らしくなんと一年で習得を済ませて卒業した。
だから、本隊員としては康夫は葉月より一期下の後輩になってしまったのだ。
歳は、葉月より二つも上なのに、同期生にもなれたはずなのに、一年遅い入隊員の後輩になってしまったのだ。それでも彼は、ノーマルに卒業して日本で勤める学校同期生よりも一期下になってしまっても、特校で仕込んだ彼の方が今は大出世頭でもあるのだが。
それでも、中佐になったのも、葉月が先。
今は、同じ中佐同士でも“どっちが中隊長になる?”と……なると断然、葉月の方が『経歴的』に有利なのだ。
当然、康夫は裸一貫の“一世隊員”。
どう見ても葉月の方が、今までこなしてきた任務を含めた“経歴”で行くと中隊長となってしまう。
おまけに、葉月は軍人一家の娘で、亡くなった祖父から、父、そして葉月ときて、彼女は軍の中では“三世隊員”といって、今のところ周りにはいなかったりする。
そういった『家柄』もついてくる。
何が引っかかるという事になると『女である』の一点になるだろう。
その点についても、“女だから……”と、反対する者もいただろうし。
“まだ26歳だ……”という者もいたと思う。
葉月だってそう思う。おこがましいにも程がある。
自分が中隊長だったのは“小さい中隊”だったからであって、遠野が育てた今の中隊の隊長なんて“とんでもないっ!!”というのが本心である。
そこへ、旧友がパートナーとなってくれたならばと、久々に気が晴れて、彼と共に活気ある研修を進めてきたのだ。
ところが……やっぱり “藤波康夫”である。
先の不安を抱える『嬢ちゃん中佐』の事などおかまいなし。
いつもの負けず嫌いを大発揮してフランク中将にきっぱり! 側近話を断ったのである。
もちろんロイもかなり説得をしていたらしいし、葉月も頭を下げた。
しかし彼は──葉月の思惑から外れ、厳しかった。
「おまえなぁ。俺と同じ中佐だろう? それも俺が持っているフランスの小さな中隊より大きいこの第四中隊を大佐亡き後、一年も!! 引っ張ってきたんだぜ? この先やれないこともないだろう!?」
と、にべもなく突き返された。
「だったら、同じ中佐で年上のあなたが“中隊長”で“女”の私が側近になってもいいのよ!?」
葉月は、ここ最近の疲れも手伝って、半ば嘆願するような思いで彼にすがってしまった。
その途端に、彼から冷たい視線が返ってきて葉月はヒヤリとさせられる。
「けっ!! なんで俺が? 冗談じゃない。誰が見たって三世隊員で、一期上でもあるおまえの方が“ふさわしい”じゃないか? 俺はおまえのこと“女”だと見ていないからなっ。ここで“女”だっていう理由を使ってみろ! おまえとは、ライバル解消! 絶交だ!!」
どうやら、彼のプライドを傷つけてしまったらしい。
そして……やっぱり彼は親友だと、葉月は思ったのだ。
いつも対等に扱ってくれる、貴重な男友達なのだ。
そんな彼の期待とか、軍人としての葉月に寄せる信頼は裏切りたくなく、葉月もそこは潔く引き下がったのだ。
でも……と、葉月は心の中で思う。
(それでも、ロイ兄様の説得は……どう押し切るつもりかしらねぇ)
金髪で青い瞳の麗しい、ハンサムな優しい“兄代わり”ではあるが、『ロイ』は仕事となるとそれは厳しく冷酷な男で、その判断力でのし上がってきた若き将軍である。
絶対! 気丈な康夫でも、ロイの押し切りに負けると葉月はふんでいた。
すると、そんな葉月の期待とは裏腹に、話が変な方向へと向かっていた事に、葉月は気が付いていなかった。
研修期間の間、康夫は頑としてロイの説得を跳ね除け続けてきたらしいが、そんな中、“康夫なりの考え”とやらをロイに伝えたらしい。
そして、研修も終わりに近づいてきた五月晴れのある日。
「中将がな。諦めるってさ……」
康夫の一言に、葉月はビックリ耳を疑った。
(兄様が負けたの!?)
あのやり手の兄様が、康夫を説得出来なかったのかと、葉月はおののいた。
すると、康夫がもっと驚くことを葉月に言い出したのだ。
どうやら、ロイは逆に“康夫の考え”に乗ってしまったらしい……!