事の発端は、葉月が勤務している小笠原基地に、旧友であるフランス航空部隊所属のフジナミ中佐が、“研修”としてやってきたのが始まりだった。
藤波康夫は、葉月より二つ年上で今年28歳になる同じ海軍パイロットだ。
彼は、葉月の叔父がいる日本のエリート校、神奈川訓練校の出身だった。
彼が在学中、葉月はアメリカのフロリダ校で既に2ステップ飛び級をした17歳で、訓練生を卒業しようと“教官実習”の際、横須賀校にやってきたのだ。
葉月が年下なのに先輩、康夫が年上なのに後輩として出逢った。
そうして“親友”となるまでは、また色々あったのだが、彼とは同じ海空軍人として今日までお互い離れていても、精進し合ってきた仲だ。
彼の性格は“負けず嫌い”。
年下の女に先を行かれてなるものかと、彼はそうして葉月を追いかけ、追いついてきた昔からの“ライバル”。
ただ、彼とこうして付き合いが長く続いたのも、ちょっと気難しい気性を持つ葉月のすべてを理解して接してきてくれたからなのは言うまでもない。
その上、彼は二年前、同じフランス基地に勤める日本女性と結婚していたので、“男と女”の意識がお互い全くない付き合いでもあるから気兼ねがないのである。
葉月は康夫の妻、『雪江』とも仲むつまじい付き合いをしているぐらいだ。
その藤波康夫が久しぶりに、葉月の目の前に“仕事”として日本にやってきた。
その研修を組んだのは、小笠原基地の若き30代の連隊長。ロイ=フランク中将だった。
ロイはこの国際連合軍の中でも異例の出世を遂げた男で、父はなんと、この海軍のトップである“大将”で、叔父もこれまた准将。
御園家と肩を並べる『有名軍人一家』の筆頭だ。
さらに──准将の息子、つまりロイの従弟のジョイ=フランク少佐は、葉月が管理する中隊で葉月の補佐を務め、彼女とは長いこと“姉弟”の様にして付き合っている。
ジョイは葉月より二つ年下の24歳で、これまた2ステップをして葉月と同じく、エリート育成のフロリダ“特別訓練校”を卒業した隊員。
フランクの一族は、葉月の御園一族より常に上にいて両家は昔から“親類”に近い付き合いをしていた。
葉月が“兄様”とも呼ぶフランク中将が、ある目的で葉月の元に旧友である康夫を“研修”と称して、フランスからわざわざ引っぱり出してきたのだ。
そのある目的は……。
葉月は今、小笠原基地の中にある一つの中隊の“中隊長代理”を務めていた。
“代理”であるから中隊長ではないのだ。中隊長はもちろん、元々いた。
だが、一年ほど前……小笠原も参加した大きな遠征で、その中隊長は東ヨーロッパで、あっけなく命を落としてしまったのだ。
彼が本部のあるフロリダ基地から“大佐”として赴任してきてから半年しか経たない時の事だった。
彼は神奈川校を卒業して、葉月とジョイが卒業したフロリダの“特別訓練校”つまり……大学で言う“大学院”のようなエリート中のエリートを輩出する通称『特校』に進んで、卒業した日本人だった。
名は、『遠野祐介』。
日本人で初めて30代で大佐になった大物……将来を期待された中、急に戦死をしてしまったのだ。
葉月はその遠野の側近を務めていた。
葉月は遠征について行く気は、重々あったのに遠野に“女”として、“ついてくるな”と言われて“留守番”を命じられたのだ。
信頼していた上司が半年であっけなく亡くなってしまい、中隊の指揮は有無を言わさず、側近で中佐の葉月に廻ってきた。
その後、ロイが葉月の上に再び“上司を……”と口にしていたが、それらしい人材がなかなか見あたらない。
すると、ロイは何を思ったのか、葉月に“側近を付ける”と言い出したのだ。
その最初の候補が、旧友の藤波康夫だった……。
今は……六月。
葉月の前に康夫がやってきたのは桜が散り、葉桜になった四月半ばのこと。
その旧友が『側近候補』となったのは、葉月としては期待したのは言うまでもなかったのだが……。