48.同期生
隼人は葉月が作ったレジュメ片手に
『外勤専属隊員』が配置されている班室へと向かった。
フジナミ中隊専属のメンテ員室を捜して…
「ハァイ。ジャンいるかい?」
開けなはしてるドアをノックして、今日の訓練後のまとめである
書類整理に追われているメンバー達に声をかけた。
「キャプテン!」
側にいた若いメンテ員がデスクから、遠くでファックスを流している
ジャン=ジャルジェを大声で呼んだ。
栗毛の彼がフッと振り向いて、同期生のお出ましと解るとすっ飛んできた。
「なんだ。『内勤さん』。班室にお出ましとは珍しいな」
「どうも。『外勤さん』。ちょっと話があってね。二人になれるか?」
すると彼は側にいた後輩に『ファックス頼む』と、いとも簡単に隼人に応じてくれた。
二人は一緒に外に出る。
「なんだ?その手に持っているのは?」
早速。手に持っているレジュメに目を付けられて隼人は『さすが。めざといヤツ』と感心した。
まぁ。訓練校生の時からの付き合い。隼人と一番共にしてきた同期生だけあるのだ。
「じゃじゃ馬の試み」
隼人はため息をつきながら、レジュメをかったるそうに彼の胸に叩いた。
ジャンもそれを受け取る。
「おいおい。俺は日本語は解らないぜ?」
彼は葉月がかいた暗号のような文字を見て呆れて隼人に突き返してきた。
「つまり。彼女の中でも『検討中』って訳さ。お前の許可が出てから『清書』って事。
だから、俺が説明しに来た。」
すると。ジャンはやっぱり、『中佐は俺の何を頼りに??』と目を輝かせた。
隼人はそれを見てまたしらけてしまう。
「おいおい。そっちこそ気を付けろよ。可愛いお嬢さんと思って鼻伸ばしていると
とんでもないところに突き落とされるんだぜ?」
「それ程のことかよ!?」
彼も薄々…葉月の大胆さを見抜いているのか急に身を固めたのだ。
隼人も、ニヤリ。
「ま、そういうこと。どうする?」
「どうするって…内容によるけどな?隼人はそれを聞いてどう思ったんだよ?」
通路を歩きながら、彼がそう尋ねてきて…隼人は言葉が出なくなってしまった。
反対のような…でも。やってみたいような?
心が揺れているからだ。すると…
「お前がすぐに切り返さないって事は…それなりに認めたって内容なんだな?」
今度は、ジャンがニヤリ。昔なじみの同期生の心はお手の物とばかりに隼人の顔を覗くのだ。
昔なじみの男だから…隼人は今度は素直にコクンと頷いてしまった。
通路を歩いているウチに、誰もいない自販機休憩所に差し掛かって
二人は言葉もなしにお互いにそこに入ってゆく。
ジャンが「何か飲むか?」と尋ねたが隼人は首を振った。
彼は自分の分のコーヒーだけを買って長椅子に座る隼人の横に腰をかけた。
「で?お嬢様は何を思いついたんだ?」
彼の問いに隼人は葉月と話し合ったことをそのままはなして説明した。
所が…彼は隼人が驚いたように驚きはせず、そっとコーヒーをすするだけで聞き終えてしまった。
「なるほどね」 ジャンは落ち着いてコーヒーをすするだけ。
「なるほどって…それだけかよ。少し不安じゃないか?」
「まぁなぁ。他ではやっていない方法だからなぁ。お嬢さんの好き勝手。
隼人はそう見られることを恐れているわけだ。」
そんなことは、思いついていなかったが…。
同期生に初めて…『不安』の訳をさとされたような気がして隼人はハッとした。
「俺はただ…」
「隼人。ちょっと話がずれるけどなぁ…」
ジャンは早々に飲み干した紙コップを握りつぶしてヒョイと器用にゴミ箱に投げ捨てた。
(話がずれるけど?なんだ?)
隼人も彼のしばしの沈黙に耳を傾ける。
「お前。この前の連休…元校長の所に帰ったのか?」
隼人はドッキーンと胸が鳴った。ジャンの実家はミシェールの街にあるからだ。
「広場に行っただろ」
彼のニヤリにもっと身体の体温が上がっていった。
「お前はさ。黒髪だから結構目立つんだよな?手を繋いでいた相手はそうでもないお嬢さんだったけどな」
(嘘だろ!?)
そう叫びたくなった。が…あまりの驚きに言葉すら出てこなかった。
「み…見てたのかよ?」
やっと言葉が出たが、声がかすれてうわずっていた。
「まぁね。偶然。あの広場はお前と学生時代よく行ったからな。
まぁ。安心しろ。誰にも言っちゃいねーよ♪」
そんなことはどうでも良い。隼人にとって、葉月と手を繋いでいるところを見られたことが大変なこと。
葉月が顔色を悪くしていたし、隼人も無理な告白をさせたことをに気落ちしていて
いつもなら、たとえ恋人でも手を繋がない、よく知っている人間が居そうな場所。
そこで、葉月を兄貴のように手を引いて歩いていたのだ。あの時はまったく周りが見えていなかった。
「最初。ミゾノ中佐には見えなかった。あんまりにも…その…か弱い淑やかなお嬢さんに見えて…
『お?隼人のヤツ。新しい女が出来たのか。からかってやれ』と思って…近づいたけど。
そんな雰囲気じゃないし、おまけにお前に手を引っ張られていたのがあのじゃじゃ馬嬢とはね。
声をかけそびれたってヤツ。中佐の顔色がすごく悪かった。」
「な…何が言いたいんだ…。」
隼人とはまるで同期生に脅迫でもされているかのように、追いつめられたように…動揺していたが
なんとかいつもの平坦さを保っていた。
「お前さ。すっごく気に入っているだろ?中佐のこと。すっげー心配そうな顔でエスコートしていたぜ?」
「あ…あれは…中佐が気分悪そうにしていただけで…」
「ま、そうだな。でもさ、お前。ああいう事は『ミツコ』にやってやれるのか?」
『ミツコ』と言う名が出て隼人はとうとう感情を外に出した。
「『ミツコ』とはもう終わっている!」
『ミツコ』は、あの…黒髪が美しい大和撫子。隼人より年上の元恋人だ。
「終わっている相手にお前は出来る男なのかねぇ?それと一緒。
お前は冷たいんだよ。たとえ始まっていない女でも終わった女でも
付き合っている女にも。お前は女には冷たい。
長年の付き合いで俺はそう見ているけど?」
その通りだし…ジャンにはいつもそう言われ続けてきた。
その代わり彼はこうも言う。
『そうした方が…感情移入少なくて別れても傷つかないからな。
俺とは反対。俺は入れ込みすぎていつも終わった後傷つく』と。
二人で学生時代…。あの広場でアイスクリームを食べながら
そんな恋愛論にも花を咲かせたものだ。
「その隼人が本当に心配そうに手を引いて…気を遣っている姿なんて初めて見たぜ
それでよけいに近づけなかった。」
ジャンはなんだか。からかう姿はもうやめて、まるで隼人を慈しむように見つめてくる。
隼人は思わずその視線から逃げてしまった。
「いい加減。やめろよ。そうやって内側にこもるのは。
ミツコのことは『火傷』したようなものと思っておけと、いつも言っているだろう?」
「だから!アイツのことは綺麗サッパリ俺の中でカタついてるよ!」
「ミゾノ中佐も『火傷』か?」
ジャンにかなり真剣に見据えられて隼人はおののいた。
「『火傷』もなにも…。そんな感情すらないぜ?」
隼人は呆れ笑いを浮かべて…おどけた。
「だったら。この企画。わざわざ班室の俺のところまで来て伺いに来るか?
いつものお前なら。『どうぞ御勝手に。中佐の好きにやればいいでしょう』と
俺の所に『清書』もしていないモノの相談になんか来るもんか!」
ジャンはまるで隼人を叱るかのようにそう突きつけてきた。
隼人は…。
そんな同期生のハッキリした言い分に…ふと。心の中で何かが目覚めた気がした。
しかし。それは覚醒までは至らないし、いつもの天の邪鬼…。
返す言葉がないので今回はそっぽを向けて沈黙の守りにはいる。
だが、そんな隼人にお構いなしにジャンが続けた。
「おまえ。日本に帰ったらどうだ?」
たとえ──『外勤』、『内勤』に別れても、同じメンテという畑で励まし合ってきた同期生にまで
『出ていけ』と言われたようで隼人は頭が真っ白になりそうになった。
「な…なんでだよ。俺は帰る理由もないし、ここを出ていく理由だってないのに?」
「そうじゃなくて。せっかくミゾノ中佐が側に来たんだ。あれだけ気があっていれば一緒に仕事が出来る。
ここはいつもの『隼人』は捨てて『日本で一緒にやりたい』とでも
言えばきっと彼女も上手い計らいをしてくれると思うぜ?」
「そんな厚かましいこと言えるか!」
ホントは側近として望まれていることは言えなかった。
「近頃。ちらほら聞くぜ?『引き抜きじゃないか』って。」
(やっぱり!!)
隼人は息を飲んだ。葉月が来たときは『からかい』だったことが
今度は基地中で『引き抜き』という噂は確実な考えとして
みんなの頭の中に滑り込んできていると…。
(これは早くハッキリ断らないと…) そう思った。
そうしなければ、騒がれてから断ったら葉月が恥をかくような気がしたし、隼人もやっかまれる原因になる。
基地の中で騒がれるほどの注目を浴びる前に諦めてもらわなくては…と思ったのだ。
隼人がそうしていつもの想定組みをしているとジャンがフッと微笑んで肩を叩いてきた。
「その話が本当なら、ついていけよ。マジで…。それに『ミツコ』とも縁が切れるぜ?」
「うるさいな。『ミツコ』は関係ないって言ってるだろ??」
いつも天の邪鬼である隼人に戻ったを見てジャンは呟いた。
「じゃぁ。お嬢さんの提案については週末までに答えを出しておく。
そう…中佐にも伝えてくれ。メンバーと話し合ってみる。」
急に仕事の話になって隼人はキョトンと彼を見上げた。
「検討してくれるって事か?」
ハナから『おいおい。本気かよ?』と呆れられると思ったから同期の隼人が出向いてきたのに
ジャンはあっさり、『受け入れてもいい』とばかりに『検討する方針』を見せたから拍子抜けした。
「メルシー。ジャン。彼女喜ぶよ」
そこは…心を込めて言葉にしていた。
すると…彼が背を向けたまま立ち上がった。
「何年だっけ?」 ジャンがポツリと呟いた。
「え?」
「一緒に滑走路を走っていたのに…別々になってから。」
「康夫が中隊を持ってからだから…。二年かな?」
と、生真面目に答えた。
「隼人。お前は出来るくせに俺にキャプテンを譲った」
(また、その話か)
隼人はため息をついた。ジャンは事あるごとに『正面勝負をせずに俺に譲った』と
とにかく、それが『正々堂々ではなかった』とうるさかった。
「でも。メルシー。俺、『内勤』大ッ嫌いだからさ。」
ジャンが肩越しに振り向いてニヤッと照れ隠しのように微笑んでくる。
「お前がやった方が良かったんだよ。今だってもう押しも押されもせぬキャプテンじゃないか。」
隼人もニッコリ微笑み返した。
同期生のジャンだからこそ、隼人は彼にキャプテンになって欲しかったのだ。
「でもな。俺…いつも思うんだ。隼人は…」
ジャンは再び隼人に背を向けてうつむいてしまった。
「俺は?なんだよ?」
「隼人は…『外勤』でも『内勤』でも、すました顔してなんでも出来る。それが悔しかった。
俺は外勤しか肌に合わない。キャプテンの座を辞退したお前は『内勤教官 兼 補佐』になっても
つつがなく働いている。なのにお前は少しも動こうとはしない。それが歯がゆい。
俺一人にこんな『大役』背負い込ませて…」
ジャンの『お前は俺に譲った』と言う口癖の本当の真意を初めて聞いて
隼人は息が止まりそうになった。
(そんな風に思っていたのか?)そして…(それも買いかぶりだ)と思ったのだ。
すると…ジャンが言った。
「俺にキャプテンを押しつけたんだ。今度はお前が背負い込めよ。『ミゾノ中佐』の側に行ってな!」
ジャンは隼人の顔も見ずそれだけ言うとスッと一人休憩所を出ていこうとした。
『たぶん。さっきの提案はやると思う』と、一言最後に残して去っていった。
隼人は…ジャンが『キャプテン』をやっていくうちに自分よりも落ち着いた隊員に成長している…。
そう感じた……。
自分は偉そうに『じゃじゃ馬』に論理を説くだけ。
彼がスッと葉月の提案を受け入れたのは、やはり成長した一人のキャプテンだと思った。
自分一人…。変わらずにいるウチにこうして置いてゆかれるのか?
初めて…そんな哀しい気持ちが胸に灯った。
隼人は一人…長椅子の上で暫く呆ける。窓辺には夕日が射し込み始めていた。
スラックスのポケットに手を突っ込むと…僅かな小銭。
それを手に取り自販機に投げ込んで、コーヒーを一杯飲もうと決めた。
そして…
「くそ!!」
どうにもぶつけ場がないもどかしさは自分でも解っている。
それを拳にして自販機に叩きつけていた。