47.じゃじゃ馬流
葉月から側近の話を打ち明けられて数日が経った。
葉月はその事を康夫の報告したらしいが
二人揃って説得のたたみ込みを隼人にかけてくることはなく
あくまでも、帰国前に隼人からの返事を待つ…と言う、姿勢らしい。
それでも。それも引き際がいいというか静かすぎると言うか
隼人は逆に落ち着かなかった。
隼人はまたそんなことを考えながら一人で中佐室にて雑務をこなしていた。
葉月は康夫と共に『航空ショー』を目指す訓練に出掛けている。
そろそろ帰ってくる頃と隼人は黒カフスをめくって腕時計を眺めた。
案の定…。
「隼人兄!!聞いてくれよ!!」
隼人はため息…。二人が揃って訓練に行って帰ってくると
途端に康夫と葉月が喧嘩しながら帰ってくるからだ。
「何でよ!!私。おかしくないわよ!!」
隼人は(う〜〜)と唸って席を立つ。
「なんだよ。毎度、騒々しいなぁ」
『だってさ!葉月のヤツがちょっと経験したからってバカにするんだぜ!?』
が康夫のいつもの言葉…。それに対して…
『ホントの事じゃない!!』が葉月のかえし文句。
もう1ヶ月聞き飽きたッ!と隼人が言うと二人は渋々言葉を飲み込む。
いつものパターンだ。それを毎度の如く言おうとすると…。
「葉月のヤツ!来週のデビュー実施の時。自分がF16に乗るって言い出してさ!!
誰がメンテ研修生の動きを見届けるんだって言ってやってくれよ!!
おかしいだろ???監察に来ている奴が監察もせずに空に飛んでいっちまうなんて!」
隼人はそれを聞いて『なんだって!?』と目が見開いて葉月を見つめた。
「だから!監察は康夫に変わってと頼んでいるじゃない!」
隼人の答えは康夫が正解だ。
監察員が指導の立場を退いて実施に自ら機体に乗るなんて聞いたことない。
「お嬢さん…。お転婆なのは解るけど…」
「解っているわよ!!でも私はね?パイロットよ!
自分が受け持った生徒だからこそ
彼等の導き…整備した機体で飛んでこそ指導してきた事。
身体で感じられるじゃない!?
もしよ!!万が一よ?そんなことはないと思うけど、
デビューの時は隼人さんは側で眺めているだけよ?
私もよ!例えば研修生が康夫の機体を飛ばすとするわよ?
もし事故があったら康夫の身が危ないでしょ??
もしそんなことになっても指導した私に振りかかるならそれも『責任』の取り方の一つでしょ?
成功すれば私だって彼等の手で空を飛び立てる!こんなに嬉しいことある??」
葉月がそれは真剣に隼人の席に手をついて力説した。
そう聞いたら…葉月の言うことも一理あると隼人は唸ってしまった。
葉月のやり方だと指導してきたパイロットと指導されてきたメンテナンス研修生達が
今までの事を一つに結びつける一番良い『結果』が生まれる時になる。
それにしてもなんて事思いつくんだと絶句…。
そんなこと言い出す上官は初めてだった。
たいていはバインダー片手に『高みの見物』。
それが監察上官のお決まりスタイルだ。
「だからって!誰が『確かにデビュー成功です』って証拠を目で確かめるんだよ!
お前が書類を書くんだぞ!?見当違いするな!!」
「目じゃなくて身体で確かめるって言っているじゃない!!
私がつつがなく離陸して着陸すれば成功でしょ??」
それから暫く隼人の目の前でいつもの年下中佐二人のけたたましい言い合いが
行ったり来たり同じように繰り返された。
「うるさい!」
隼人の一言でやっぱり年下の二人がピタリと言葉を止めた。
そして隼人はため息を一つ…。眼鏡の顔で葉月をジッと見つめた。
葉月も兄様ににらまれたようでビクッとしたようにうつむいたのだ。
「お嬢さん。お嬢さんが若い現役パイロットだからそう思いついたのかも知れないし…。
それもまた。指導してきた者自らのいい結果の出し方だと思うよ?
バインダー片手に胸張ってみるだけの上官…。
お嬢さんは生徒達とは年もそう変わらないから威張り散らすような…偉ぶった立場が嫌なんだろう?
だから生徒達と共に最後の仕上げを体を使ってしたい。そういう事なのだろう?」
隼人にすべて見抜かれていて…葉月はまったくその通りと頷いて…
『敵わないなぁ』と照れて黙りこくってしまった。
「康夫。連隊長に相談してみたら?例外だけど…それもいいんじゃないの?
連隊長の許可が出れば、最後の承認は連隊長が出すんだから…。」
隼人が仕方なさそうに呆れると、葉月がそれでも隼人の提案にぱっと笑顔をこぼした。
「チェ!隼人兄はいつからじゃじゃ馬の味方になったんだよ!」
康夫の悔し紛れのいつもの一言…。だが、今回は隼人はムッとした。
康夫が葉月の側近に…と勧めておいて『俺のほうは捨てるのか?』とも聞こえたのだ。
隼人はそのまま席に座り直す。そして黙り込んだ。
『もう…康夫…』葉月がその心情に気が付いたのか康夫のカフスを引っ張っていた。
勿論康夫もハッとして…うなだれて中佐席に着いた。
「解ったわ。やめる」
葉月が気まずい隊長と補佐の間にそっと静かに一言滑らせてきた。
康夫も…隼人も『え?』と顔を揃ってあげる。
「じゃじゃ馬の押し切り…。と思われてもいけないし…。
ただ…ウチのね?パイロットチームの総監はなんと中将なの…。
その中将は…将軍だって言うのに未だに現役で指揮を現場でして居るの。
ハッキリ言って父と同期生になるおじ様よ?
普通なら…もう訓練着を着ないで大きな将軍室で事務とか接待とか
そんな事をしているはずなんだけど…。それがお嫌いらしくて…」
葉月がいきなりおもいついた事の訳をモジモジしながら話し始めた。
「細川のおっさんの事か…」
康夫も知っているのか深いため息をついた。
「康夫は知っているのか?」
「ああ…。葉月の親父さんとさ。ライバルって訳。未だに元気ありあまってさ。
怖いのなんの…。俺もこの前、日本に行っただろ?その時もさぁ。
『フジナミ!!そんなにふらふら飛ぶなら今すぐフランスに戻れ!!』って毎日…。
ひげ面のおっかないおっさんだよ!葉月なんかいっつも『小娘!!』って怒鳴られてさぁ。」
(うわ〜〜。島に行ったらそんな将軍が居るのか??)
隼人は凄まじそうなオヤジだとおののいた。
それで葉月が若いくせにバインダー片手に偉ぶって『高見の高官』を嫌がったのか…と納得した。
「でもよぅ。葉月。確かに細川のおっさんにならうのはいいケドよぉ。逆に小娘のくせに
よけいな事するなッって言われるかも知れないぜ?」
康夫が中佐席から後ろ頭に腕組んでニヤリとそう言うと…
葉月が『小娘!!』の一言に怯えたようにビクッと背筋を伸ばした。
「…だから…やめるって…言ったじゃない!」
葉月は久々に怖いおじさんを引き合いに出されてプイッと栗毛を払って
いつものソファーの席に大人しく戻っていった。
康夫が“くくく…”と、笑いをこらえ…隼人もクスッとこぼしてしまった。
「ふぅん。お嬢さんにも怖い人がいるんだ」
「そうそう。細川のおじ様〜って昔はなついていたらしいけどなぁ。
親父さんとおふくろさんと仲がいいらしんだけどさ。細川中将は私情とかは
すっげー挟まないおっさんだからさ。じゃじゃ馬にはそりゃ厳しいぜ?」
(へぇ…)と隼人も唸って葉月を眺めると…。
「よけいなこと言わないで!もうおじ様じゃないんだから!」
と、かなりすねた様子で食いついてきた。
葉月が『もう!』とふてくされながらも、じゃじゃ馬らしい提案には
もう未練がなくなったようで隼人も康夫もホッと顔を見合わせた。
でも出来るなら若手として、そうした監察のスタイルも捨てたものじゃなかった…と、隼人は思った。
ただ上の者にどう評価されるかそれが気になっただけ。
せっかく葉月が来たお陰で生徒達にいい箔がつこうとしているのだから無駄にはしたくなかった。
それを気にせずに新しいことを試みようとした葉月には一票入れてあげたいところだ。
これが男だったら…『何をしでかすか解らないよ』マスターのそんな言葉が頭に浮かんで…。
隼人はそんな自分も葉月の型破りに同調してしまうなんてどうかしている…と
ため息をついてしまった。
「え?打ち合わせをしたい?」
暫くして葉月がデビュー実施のやり方についてそう言いだした。
今度は康夫も『それもそうだ』とすんなり受け止めたようだ。
「一応…その前に大尉とやり方について話し合って…。
それからパイロットチームのキャプテンの康夫と…
メンテキャプテンのジャルジェキャプテンの了解を得たいの。
大尉。今すぐ私と打ち合わせできる?」
葉月がソファーから隼人に伺いを立ててきて…
「ちょ、ちょっと待って。今やっているものを、すぐに終わらせるから」
慌てて手元に集中した。
(今度は何を言い出すのだろう?)
打ち合わせは当然のことだが何処でもスタンダードにとっている方法でやると隼人はたかがくくっていた。
だから打ち合わせなどは来週…目前に迫ってからだと考えていたのだ。
しかし。先程の『私が空に出る』発言を考えても葉月の場合何を言い出すか解らない。
だから…変なことを言い出して融通が利かなかったら時間をかけて説得をしなくてはいけない。
だから…早く聞かないと…手遅れに…。
そこで隼人はハッとして…
(くっそ〜。絶対側近になんかなるか!!毎度こんなに振り回されてヤキモキするのはゴメンだ!!)
と…息巻いた。それとは裏腹に…『今度は何を思いついたのかな?』と言う期待も入り交じっていて
何とも複雑な心境に陥って…
(疲れる…)とため息…(俺…絶対無理)と、うなだれながらも手元は急いでいた。
暫くして…隼人はノートパソコンを閉じる。
「終わりました。中佐。」
「じゃぁ。はじめましょう…」
隼人は『はい…』と返事をして葉月が座るソファーに席を移した。
葉月が自分が作った即興マニュアルらしき『レジュメ』を拡げて隼人側に向けて置いた。
康夫も中佐席で自分の業務をしながらも気にしている様子…。
「大尉と私は一切手は出さない方針で行こうと思うの。」
「それは…いつものことだけど…側で眺めて危ないことがあったら手は出していいんだろ?」
すると葉月が首を振った。隼人も勿論ギョッとした。
「待ってくれ…中佐。それじゃあ。奴らを手放して??もしミスをしていたら誰が修正を?
間違ったままパイロットを空に出すことは出来ない!
それとも奴らが絶対ミスをしないと信じているのか??それは信じるべきだけど!
奴らは初めて人を乗せた本物の機体を空に送るんだ!
そのプレッシャーの中、ミスは出ないと言う保証でもあるのか!?」
先程の彼女の突拍子もない提案が脳裏に残っていて
またもや人の裏をかく提案に隼人はいきり立ち、葉月が開いたレジュメをバシッとテーブルにはたいた。
康夫もやや心配げに手元を止めて応接テーブルで向き合う二人を見つめている…。
「もう…。前科者扱いって訳?まぁいいわ」
葉月がいつもなら『兄様にいさめられた妹』の様にすねる所と思いきや…。
今日はまた、あの人を射抜くような中佐の瞳で隼人を見つめるので…
隼人は一瞬怯んでソファーに腰を沈めた。
「そこで必要なのがジャルジェメンテチーム。」
隼人の勢いに蹴落とされることなく葉月は、無表情にもう一度レジュメを開いた。
隼人も…『?』と首をかしげてもう一度、葉月の手元に視線を置いた。
「隼人さんはどうだったの?」
「え?どうだったって??」
「デビューの後。初めて先輩達の中に入って滑走路に立ち始めたとき…」
葉月は静かな視線で隼人をジッと見つめ返してくる。
そこは…本当に大人びた一人の中佐だった。これは何か考えてると悟った隼人は…
「そりゃ…緊張したよ。『ウロチョロするな!先を読んで動け。持ち場を良く理解しろ』と
よく怒鳴られたさ。それが?今回のやり方で何か?」
と、正直に応える。
「つまり…それも経験させてしまおうかな?と…」
茶色のまつげを葉月がそっと微笑みながら伏せた。
「!?」
隼人も何かが閃いたが…いまいち同感できず…
「でも!それじゃぁ。奴らはよけいに固くなるだろう??」
と…研修生を思いやったが…今度は隼人も勢いが出なかった。
つまり。葉月が言いたいのは、コーチである自分たちは見届けるだけ。
現場で動いている先輩達に『最後の仕上げ』をして貰う。
そうしておけば…。教官が暖かく見守るだけ…ミスが出ないようそれとなくサポートする、
事故にならないようチェックして『それでOK。飛ばしてもいいよ』というのは出来て当たり前。
それでみんな教官の目で、ミス無しで『デビュー』する。
それが今まで当たり前だった。
その後。研修生達はそれぞれのチームにバラバラに配属される。
そこで初めて『現場』と『研修実習』の違いに戸惑う。もう、見守ってくれる教官はいない。
全てが本物の本番。それを毎日乗り越えてチームの一員になる。
それが誰もが…隼人も通ってきた道だった。
葉月は現場に行っても『そういうモノ』と言うギャップも少しでも味あわせようと言う、
自分の生徒達へのこれからのはなむけとしてこの方法を思いついたのだと隼人には解った。
隼人は…言葉を失ってしまった。反対する意志がなくなってしまったのだ。
そんな隼人が半ば同意してくれたと思った葉月は続ける。
「研修生一人につき。現役先輩一人ついて貰うわ。どんどん叱って貰う。
でも、うるさい口出しはしないようにお願いして研修生の好きなようにやってもらうの。
本当にやってはいけない事をやっていたときだけ厳しく叱ってもらうの。
その役を…ジャルジェチームにやってもらいたいの。
最初に叱られたことはかなりこたえるから身に沁みて絶対身体に残ると思うから。
メンテの先輩は普通、研修生がデビューするときは遠巻きに見学しているか
欠練でお休みになる。無理がないなら先輩達にも協力して欲しいの」
(アイツならOKするぞ…)
隼人は栗毛の同期生。ジャルジェキャプテンなら葉月が申し出て願ったことなら
ホイホイ喜んでやるだろう様が目に浮かんで、思わず苦笑いをこぼしてしまった。
「それで…こんなやり方。キャプテンが受け入れてくれるかが問題なんだけど…。
ハッキリ言って無駄な動員。先輩達もよけいな仕事と受けてくれないかも。
大尉はどう思う?あなたも反対?康夫もどう?」
葉月は自分の考えをしっかり主張してから、キチンと相手に伺いを立ててきた。
隼人は…先も聞かずに『前科者のじゃじゃ馬扱い』をして大人気なくいきり立ったことを反省。
「さぁね。俺は無事、空に飛ばせてくれるなら言うことナシだからな」
康夫は賛成とも反対とも言わずにシラッと答えて、元の作業に集中しだした。
それを見て…今度は葉月が心配そうに隼人を見つめ返してくる。
(………)
隼人はジッと葉月が走り書きをした日本語のレジュメを見つめた。
そして…
「わかった。ジャルジェに俺から話してみる。その様子を見てから『中佐』と
ミーティングって事で如何でしょうか?」
隼人はレジュメを閉じて真顔で葉月にそう答える。
隼人とジャルジェは同期生。葉月がじゃじゃ馬の如くいいだして驚かせるより
すんなり行くだろうと思っての提案だった。
すると…
「側近はそうこなくっちゃ♪」
などと…ニンマリ微笑み返してきて隼人はムッとした。
「それとこれとは別!とにかく!善は急げ…俺の方から、今すぐ、ジャルジェに報告してくる!」
葉月の調子の良さに呆れて、怒りながら席を立った。
「あ。隼人兄…。今からジャルジェの所に行くならコレ持っていてくれるか?」
レジュメを手にして立ち上がると康夫まで調子よくお遣いを頼んでくる。
「もう!何だよ!」
隼人はますます憮然として中佐席に行き、手荒く康夫が差し出した書類を奪い取る。
「お願いね。大尉」
葉月の余裕のニッコリ…。
「行ってらっっしゃ〜い♪頼んだぜ〜〜♪」
と、満足げな康夫…。
隼人は『まったく!』とこぼして…。
年下の二人に手を焼く事にため息をついて中佐室を出た。
そして…レジュメをめくってふと。中佐室を振り返った。
『じゃじゃ馬流』には驚くが…。
葉月がいつの間にか作っていた即興マニュアルの内容…。
(彼女…。本当に研修生の行く末…真剣に考えてくれているんだ)
彼等が何処に配属されてもスッと馴染めるように。そんな提案だった。
その走り書きが…借りているテキストのメモと重なって…。
その一生懸命さが、とても大きくておおらかで…。
とても暖かく感じてしまったりしていたのだ。