「うん──。う……んん?」
いつも通りの寝姿。素肌にシルクのスリップドレス一枚だけの格好の葉月は、シーツにくるまって眠っていた。
そして寝返りを打った拍子に、ふと目が覚めてしまった。
窓辺はまだ明るかった。
朝──。隼人とモーニングを食べて、自転車で送ってもらった。
そしてこの宿泊先に戻ってきてからは、お気に入りのバスミルクを放って入浴。バスタブから上がった途端に強烈な眠気に襲われたのを、葉月は今、横になっているベッドの中で思い出す。
(マスターのハーブティー。効いたわね〜)
急激に眠気に襲われたことを思い返すと、かなりの効果だったと葉月は唸る。
そして、まだ……けだるいが、おぼろげに枕を抱きしめてぼんやりしていると、少しずつ目が覚めてくる。
ベッドサイドにある小さなタンスのような台にある置き時計をみると……。午後三時だった。
朝の十時。それがバスタブから出て最後に時計をみた記憶。と、いうことは? 取り敢えず、グッスリ五時間は熟睡したようだ。
「はぁ」
まだ半分しか目覚めない。おぼろげながらに寝返りを打つと今度は『微かな音』が耳に入ってくる。
窓の方からだ。見つめるとガラスの向こう外の空はどんよりしていた。
そしてその音の正体は──『雨音』。フランスに来て初めての雨が降っているのだと気が付いた。
それでも晴れていれば、なんだか動いて外にでも出ようと思ったかも知れないが、雨が降っているならば動くのも無駄とばかりに、葉月はもう一度ホッとしてシーツにくるまった。
暫く、またうとうとしていたと思う……。
だが耳ざとい葉月は、カーテンの向こうで微かに響いた玄関先からの物音に気がついてしまう。
ちょっとした警戒心が働いて、カーテンをめくって起きあがらずに覗いてみる。
玄関ドアの下。床の上に白い封筒が落ちていた。
「?」
手紙は送った覚えはないので『返事』はこないはずだし?
でもすぐに閃いた!
(シンちゃんかも!?)
可愛い甥っ子が心配してくれて、兄分と慕っているロイから宿泊先を聞き出して手紙を送ってくれたのかもと、跳ね起きた。
早速、返事でも書かねば、真一ならば拗ねるだろう……。いいや。こんな遠い異国にいても自分のことを心配してくれてるのかと、甥っ子のいつものいじらしさが愛おしくなって、葉月は自分の方が『待ってました!』とばかりに喜び勇んで起きあがり、玄関へと駆け寄ってしまった。
拾い上げた封筒はどうしたことか、真っ白で宛先も差し出し名も書いていない。
それどころか封もしていない真っ白な封筒だった。
「なにかしら?」
葉月は再び首をかしげて取り敢えず中身を取り出した。
フランス語だった。
『葉月──。隼人が自転車を通勤用に貸してくれると置いていってくれたよ。目が覚めたらフロントまで出ておいで。彼を引き留めたんだけど夜勤明けで疲れて眠っているだろうから、休ませたままにしておいてくれと言われたよ──15:10』
ホテルのご主人、親父さんの伝言だった。
その内容に葉月は驚き、すぐさま時計を見た。
時計は十五分。手紙の時間は十分……。つい先ほどだ!
葉月はさらに驚いて咄嗟に窓辺に走っていた。
もしかしたらまだ下にいるかも知れないと──! 持ち上げ式の窓を、力いっぱいに上へと持ち上げた。
先ほどの雨の音がもっと鮮烈に耳に入ってきた。
雨は石畳みを叩きつけるようなどしゃ降りだ。
そして階下を見下ろすと、白いしぶきが上がる中、黄色いレインコートを着た人が自転車にまたがろうとしている姿が目に留まる。
誰かは解らないが、葉月の直感は『隼人』だ!
「大尉〜!!」
大声で叫んだ。
咄嗟の自然な行動だったとはいえ、葉月は大声を出した自分にちょっと驚いていた。
だが、そんな戸惑いは束の間。雨音で聞こえなかったのか自転車にまたがった黄色いレインコートの人が自転車を漕ぎ始めようとしていたので葉月はさらに慌てた。ちょっと、自分で『そう呼んでも良い?』と彼に確認しておいて何だが、『躊躇い』を感じつつも、半ばやけのように思いっきり息を吸った。
「隼人さーん! 隼人さん!! 澤村大尉!!」
バカみたいに叫んだ。
すると──日本語の響きが耳についたのかレインコートの人がそっと上を見上げた。
やっぱり隼人だった!
「今、下に行くから待っていて!!」
葉月が叫ぶと隼人が上を見上げながら首を振った。
そしてまた片足をペダルに乗せて、今にも発進してしまいそうな自転車。
「こんな雨の中帰るのー? ちょっと休んで行ったらーー!?」
こんな雨の中。自転車を貸してくれるとか言ってやってきてくれたのに、このまま返す気は許さなかったのだ。
すると隼人がやっと叫んだ。
「何だよその格好! いい加減にしろ!!」
それを聞き取って葉月はハッとした。
何とも不用心。いつもはガウンかシャツをちゃんと羽織っているのに。
それも絶対人には見せることない『肌』を、平気で──。
そしてそれに気がついた葉月が咄嗟にとった行動は、左肩を手で覆うこと……。
流石に葉月も『しまった』と思い、窓辺から振り返りベッドの上にあるガウンを取ろうと手を伸ばしたが、窓の下隼人が、その隙をつくように帰ろうとしていたので、ハッとしまたもやなりふり構わずに窓辺に乗り出してしまった。
「隼人さん〜! 待って!! 『アタンデ アン ナンスタン』!!」
※フランス語で〔ちょっと待って〕※
傘を差して通り過ぎる人々は葉月の『日本語』に振り返り、隼人は『フランス語』で振り返った。
妙な格好のままの葉月に呆れたのか、人々の視線が気になるのか、隼人は観念したらしく自転車をホテルの玄関に停める姿。黄色いコートをヒラリと翻して玄関の影に消えた。
(は! 何か着替えなくちゃ!!)
葉月は自分の格好を省みる間もなく私服をしまい込んでいたクローゼットをかき回す。
しわにならないジャージ素材でアンサンブルになっているグレー色のロングワンピースを手に取る。
ノースリーブなのだが、葉月の場合は『絶対に!』肩を隠さなくてはならないので、アンサンブルになっているショート丈のカーディガンを羽織る。
見繕いが終わって、葉月は急に腰が抜けたように、ベッドの縁にへなへなと座り込んでしまった。
自分で驚いた。
何故? こんな思い切った行動を取ってしまったのか?
絶対に見せないはずの肌を気にもせず、葉月はただ彼を引き留めたい一心で──。
(だって──。あの人、本当に私を驚かせてばかりなんだもの!)
自転車を貸してくれる?
そんな話、一度もしなかったし、葉月からそうしたいとも言ってはいない。
なのに彼は……。この土砂降りの中来てくれて、その上眠っているから起こして欲しくないと、そっと帰ろうとしていた。
こんな人……。
だから、葉月の中にある沢山の凝り固まっている何かが一瞬、すべて飛んだ気がした。
そう、『左肩』にある重みすらも、忘れてしまっていた。
ずり落ちそうなカーディガンを羽織り直し、葉月はため息をついた。その左肩を隠す自分に……。
葉月の左肩には──。肩先から胸元にかけて細くて長い傷跡がある。
もう白くなっているが、傷の膨らみは残っている。ふっくらと細く『縫い目』のように。
訓練で受けた傷でもなければ、任務で出来た傷でもない。
この傷を見た『男達』は、皆、『どうしたんだ!? それは!』と驚く。言葉にしなくても、表情や目の感じで判る。
達也も遠野も──。無論、別れた大人しい彼も。
それでも『そんな傷なんか関係ないよ』と言ってくれたから付き合ってこられた。
葉月も勿論、そういった男性でなくては受け入れられない。
皆、この傷が出来た原因を必ず問いただそうとするし、問いただせなくても戸惑いは隠しきれない様子になる。
そんな彼等の反応は、当たり前な『衝動』だから仕方がない。
だけれど、葉月から自分のことを告げることも、ほとんどない。
ただひとつ例外──。達也とはとても気が合ったので、初めて自分から告げた。
それを聞いて、彼は『側近になる!』と言いだして、側に来たらとても大切にしてくれた。
遠野は『どうした!?』と叫びはしたが、深くは聞いてこなかった。葉月も、この男性には自分からは言わなかった。だがその後、遠野は先輩であるロイに尋ねて『原因』を知ったようだ。それから、彼は葉月に対して『過保護』になった。
つい最近別れた彼は何一つ聞いてこなかった。葉月から今度は言ってみようと戸惑っている内に、彼が『言いたくなさそうだから、無理しなくていいよ。そのうちに聞く』と言ってくれ、でも結局言わずじまいで別れてしまったのだ。
康夫と雪江は、知っている。
二人はこの傷のことを聞いてからは『話題』にすることも当然なく、触れようとしなかった。
そんな『訳有りの傷』が付いた原因を思い返し、葉月はいつの間にか拳をきつく握りしめていている自分にハッとした。
その拳に込められた力は『悔しさ』なのか……。
暗くなりかけた気持ちを追い払うように頭を振って、いつもの自分に戻ろうとする。
(大尉には解らないようにしなくちゃ)
隼人が知るようになると、またせっかく出来始めた『信頼』が壊れるような気がした。
彼はきっと他の男達がそうであったように『どうしたのだ、それは?』と聞くに違いない。
『言いたくないならいい』とも言ってくれそうだが、きっと……隼人でなくても誰もがそうもどかしく感じるように、言わない葉月に対して『不信』を抱くだろう。
素知らぬ振りでいつまで通してくれるかは信頼が深まるほど知らぬ振りをしてくれることは負担になってくるだろうし、葉月も黙り続けるには辛くなる。
そんな意味で葉月はちょっと、人にはつい警戒をし深入りしないさせない為に、本来の自分を隠してしまう癖がついている。
たとえ『冷たい無感情な令嬢』とささやかれても、これは『誇り』を守る為なのだ。
それは自分だけでなく家族のためにも。そして何よりも、何にも知るよしもない甥っ子の健やかな成長のためにも。
甥っ子には葉月の肩の傷は『小さい時に遊んでいて怪我した傷』と言ってある。
傷が出来た原因について一番知られたくないのは甥っ子の真一だった。
葉月は気を取り直し、ベッドから立ち上がる。
髪をバレッタで結い上げて部屋を出た。
・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・
フロントへ下りると、レインコートを脱いだ隼人がロビーのソファーに座っていた。
彼の私服姿は初めて目にしたのだが、案外ラフで、青いギンガムチェックのシャツにジーンズという姿。
「お疲れさま」
先程、無理矢理に引き留めたことを気兼ねした葉月は、そっと声を掛けてみた。
やはり、隼人は機嫌が悪そうな顔をしている。
葉月は左肩を隠すようにカーディガンを羽織り直し、静かに彼の向かい側に腰を下ろした。
「ホラ、葉月。これだよ」
親父さんが預かった自転車をフロントの奥から出してきた。
隼人がいつも乗っているマウンテンバイクよりずっとピカピカの赤い自転車だった。
「ど、どうして?」
「別にいいだろ?」
いつもの照れ隠しなのか、隼人はプイッとそっぽを向いてしまった。
「でも。どうやって? 二台の自転車をここまで?」
普通に考えると、隼人はまず自分の自転車でここにやってきて愛車を置いて、それから徒歩で自宅に帰ったことになる。そして葉月に貸す赤い自転車に乗って再びやってきてフロントに預ける。そしてホテルに先に置いてある今の愛車に乗り換えて帰る。それだけでも、この雨の中大変なことである。そしてその帰るところで葉月に見つかったのだろう。
「この雨の中を? 二往復したということよね!?」
葉月は『感激』と言うより、『何故!?』という不思議さで一杯だった。
だから、つい根ほり葉ほり尋ねてしまう。
だが、隼人はそんなふうに追究されるのが嫌なのか、シャツの裾をつまんで、所々濡れて水玉模様のようにチェックが濃くなったところを気にしていじくるだけ。しつこい追究が気に入らない顔でうつむいていた。
「あの、有り難う。使わせてもらうわね?」
なんだか怒っているような感じの彼に、ご機嫌を伺うような気持ちで葉月はお礼をつぶやく。
「いいよ。徒歩は大変だろ。お礼なんて部隊に出てきてからでよかったのに」
隼人はまだなにかを誤魔化すかのようにシャツの濡れたところをいじくっていた。
お互いが『私服』のせいかいつもと違って言葉が出てこない。
ソファーで向き合っているまま、そこで沈黙が続いた。
そんな時だった。
レストランからママンが出てきた。
「おや葉月、お目覚めかい? アンタ、まだなんにも食べていないだろう? 何か作ってあげるよ。隼人も何か食べるかい?」
するとフロントでなかなかしっくりこない二人を、もどかしそうに眺めていた親父さんも、隼人が貸してくれた自転車を片づけながら急に元気になった。
「それがいい! ルームサービスで葉月の部屋に持っていってあげるよ!」
「そうだ、そうだ! それがいいじゃないか! ねえ、あんた」
「うんうん、いい、いい!」
夫妻が揃って『それがいい!』と妙に勧める。
その賑やかさに業を煮やしたかのように隼人が立ち上がった。
「じゃあ、これで。俺、帰る」
やはり女性とこんなふうに『くっつけられる』のが嫌らしい。
葉月も無理強いは出来ないから引き留めなかった。
「なんだい、隼人。この前、葉月に悪戯しておいて……! おかげでこの子、お楽しみのミルクティー飲みそこねたんだよ? なんでもお母さんの味らしいじゃないか? それを締めくくりに飲んで朝の元気が出るって教えてくれたんだよ! 変な悪戯はしないことだよ。まったく上官が年下の女だからって!! 別になんでもないのならかまわないだろ??」
肝っ玉なママンに詰め寄られて隼人がさすがにおののいていた。
「あ、でも。彼も夜勤明けだし……」
葉月は隼人の思うままにしようとママン達の提案を下げようとする。
ところが今度は、ママンの迫力ある顔がグッと葉月の方へと向かってきた。
「冷たい上司だね、葉月も。せっかく部下がこの豪雨の中、自転車を貸してやると持ってきてくれたのにこのまま返すのかい?」
声が大きいママンの突っ込みに、葉月もグッと引き下がってしまった。
そして若い二人は揃って口を閉ざし戸惑っている間に、親父さんに『さあさあ!』と、強引に背中を押され、エレベーターに押し込まれてしまった!
「あの!」
葉月が叫ぶと同時にエレベーターの扉は閉まってしまい、オマケにしっかり4階のボタンが押されていた。
「あん! もう!!!」
葉月が拳で扉を叩くと後ろにいた隼人が『クスリ』とこぼしていた。
「なぁに!」
さっきまで素っ気ない素振りだったくせに急にいつもの『お兄ちゃん』に戻っている。それでいて、自分一人だけそんな余裕で、葉月だけが慌てているのを笑うだなんて! だから余計にムッとしたのだ。
だけど、隼人はもういつもの落ち着いた顔に戻っていつもの笑顔で笑っていた。
「安心しなよ。エレベーター下りたら階段で下りて帰るから」
そこは素っ気ない彼の表情でつぶやいてくる。
別に隼人を追い返したくて慌てているわけではないのに……。
「あの、別に良いのよ。雨も降っているし。隼人さんさえよければ……」
自分からなにを思わぬ『誘い』を言っているのだ? と、葉月は自分で驚き、そしてまた、つま先をモジモジとさせてうつむいた。
「ヤダね。男をそんなふうに簡単に誘い入れるものじゃないよ」
その言い方が──きつかった。
いつもなら葉月も『そんなんじゃない』とムキになるのだが、どうしてか『ズキン』と胸が痛んだ。
軽い女に見られたのかと……思ってしまったのだ。
「そういう訳じゃ」
「なんだよ。あんな格好で窓辺に出て大声で叫ぶなんて」
「うっかりして──」
「いいか? 日本でも近頃はそうだと思うけどここは外国なんだ。日本人の若い女の子がホテルに泊まっている。『ここにいますよ』と宣伝したようなもんだ。目を付けられたらどうするんだよ!?」
その言葉を聞いて葉月は息を止めた。
隼人が言うとおりだ。そんなこと、いつもは重々心得ているはずなのに──。
先ほどはそんなこと考えていなくて、本当に隼人を引き留めたい一心で……。
けれど、そんな大事なことをおろそかにしていた自分の不用意さが今になって怖くなったのだ。
「ご、ごめんなさい」
ものすごく反省をした。
本当に、本当に隼人が言うとおりだ。
「いや、俺は……ただ」
葉月の急な落ち込み方を見た隼人も、そんな葉月の反応が予想外だったのか叱るように言ったことを後悔しているように焦った顔になったのが分かった。
「ごめん。俺もちょっと本気すぎたか。いや……本気で心配だから、その……」
本気で? 叱っていたのか……と、葉月は彼が本当に心配して怒ってくれたのだと判ると、そっと顔を上げて隼人の顔を見上げた。
彼と目があったけれど、隼人は何故か照れくさそうに顔を背けてしまった。
エレベーターが四階に辿り着いて扉が開いた。
二人揃ってそこを下りる。
「じゃあ、ここで帰るよ。寝ていたんだろ?」
気まずくなったのか、隼人はジーンズのポケットに手を突っ込んでまだ顔を背けていたけれど、ちらりと葉月をみると……なんだか『違う人』をみるかのようにすぐに目を背けてしまい、直視してくれない。
やっぱり私服のせいなのだろうか? と、葉月はワンピース姿の自分を見下ろしながら『うん、寝ていた』と呟いた。
「マスターのお茶がすごく効いて、ぐっすり。丁度、目が覚めたところに、メッセージが届いたから」
「そ。それはよかった」
「隼人さんは寝られた?」
「俺は、昨夜の当直でも仮眠が取れたから、昼前に起きて買い物に。途中で雨が降ってきたから、お茶ついでにここに入ったんだ。その時に思いついた。雨も小降りになったから徒歩で赤い自転車を取りに帰ってホテルに戻ってきたら、今度は土砂降り……で……それで……」
『急に思いついた』ことを彼が話してくれるけれど、最後に隼人は気恥ずかしいように口ごもってしまった。
葉月はそんな彼のごく自然な優しさが、これもただ自然に嬉しくて『そう』と彼に微笑みかけていた。
その微笑みを見た隼人が、また……目線を外し、顔も背けてしまった。
「引き留めてごめんなさい。助かる。大切に乗らせてもらうわね。 あ、分かった! 自転車の後ろに乗せると私が暴れるから、もうゴメンだって思って、もう乗せたくないから自分で乗れよと思ったから、貸してくれるわけ?」
葉月はいつもの元気な『じゃじゃ馬』ぽく、軽快に笑い飛ばした。
すると隼人もホッとした顔になり、いつもの意地悪なお兄さんの余裕あるニヤリとした顔になる。
いつもの女の子を見る目に戻ったように感じた。
「あ、わかった? そうなんだよな。参ったよ、まさか荷台で跳ねられるとはねえ。もう、勘弁だ」
いつも基地でもそうしている二人に戻れたかのように、しばらくは笑い飛ばしたのだが──。
何故か、次の会話が出来ずに、また沈黙が流れ始めてしまった……。
「あ、あの……せっかくだし。大尉なら安心だから。上がっていったら?」
「俺だって。一応、男なんだけど」
隼人がそこは妙に余裕たっぷりにニヤリと微笑んできたので、葉月はドッキリとして固まってしまった。
そうだ──。目の前の慣れてきた人、目の前の優しさをみせてくれるこの人も確かに『男性なのだ』と、改めて思った。
今までそんな『男性』なんて、意識していなかったことになる。と気がついたぐらいに、急に……! 『彼も男なんだ』と、そう意識してしまった。
そう思った葉月の顔がどういう表情だったのかは分からないが、隼人がとても驚いた顔をしていた──。
「いや、冗談だよ。冗談!」
「あ……。わ、私だって! 変なことをされたら投げ飛ばすことだってできるもの!」
「そ、そうだ! そうするべきだ!」
「も、勿論よ! 手加減無しだわ!」
いつもの元気で言い返すと、やっと隼人がホッとした顔に。
葉月は過剰に反応した自分のことを反省した。
「あの……」
「じゃあ、俺……」
まだ、二人でそんなふうに躊躇い、エレベーターの前でうつむきあっていた。
そのうちにエレベーターが急に開き、片手にトレイを乗せているママンが出てきた。
「何してるんだよ! 二人とも!! そこで迷っているくらいなら早くお入り!!」
当然二人は揃って驚き、咄嗟に背中合わせに離れたのだが……。
「ホラ! 葉月、早く入れておあげ!! 隼人も! アンタそんなに信用されない男だったのかい?」
肝っ玉ママンの太い片手に押され、隼人が葉月の部屋の前に引っ張られていってしまった。
(もう。いいわ?)
葉月は隼人なら大丈夫そうだとママンの後をついて……。
そして、隼人はとうとうママンに押されて葉月の部屋に入ってしまった。