・・フランス航空部隊・・

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14.じゃじゃ馬経歴

 

 折り畳み式の机が並んでいる講義室。
 二人が入室をすると研修生達のざわめきがピタリと止まった。

 教官がやってきて、あからさまに静かになった雰囲気も意に介さないといった様子の隼人は、葉月を入り口に残し、お構いなしに教壇に行ってしまった。

「ボンジュール」

 教壇に立った隼人は、生徒達に向けて無表情な挨拶を一言。
 葉月も、もう、研修生達のそんな様子は気にならなくなり、既に『教官モード』へとシビアに切り替わった隼人同様に神経を講義に傾ける。
 そんな葉月が、教壇に立った隼人からまずは感じ取りたい事は……。

(日本人の教官。どれだけの先導力が養われているかね?)

 『ジャップ』とか『イエローモンキー』など。フロリダでも、日本人はそんなふうにバカにされることも偶にある。
 葉月もハーフの父に比べると日本人寄りの顔立ち。なので、そのように見下された経験をしたことが何度かある。
 異国で教官をしている澤村大尉に対しては、そこも今回は『見所』として定めてきていた。

 机が並ぶ懐かしい教室風景。
 葉月もこんな風景にとけ込んでいた時代があった。そんな教室を、目線で一回り眺めてみる。

 まだ幼さが抜けきっていない葉月より若い青年達。
 頬が赤い白人の青年。身体がまだ出来上がっていない彫りの深い顔立ちの青年。
 そんな青年達が、いっせいに入り口にたたずむ葉月に視線を送ってくる。葉月がいつも警戒する興味本位の眼差しで──。

「紹介しよう。本日から、このクラス、並びに他の研修のために『日本小笠原総合基地』からいらした『ハヅキ=ミゾノ中佐』だ」

 今まで、二人の間では当然日本語が標準語だった。しかし隼人が急に流暢なフランス語を話し始めた。
 十五年いるだけある。葉月よりも、そして康夫よりも、ずっと綺麗な発音のフランス語。もう、フランス人そのものと言ってもおかしくはない。葉月は見習わなくてはと、すっかり感嘆していた。
 しかし、その感嘆の気持ちに浸るのも束の間──。『ミゾノ』の一言に、やはり生徒達がどよめいたのだが、隼人は動じることなく、淡々とした調子で続ける。

「ご存じの通り。フロリダ本部中将のお嬢さんだ。中佐はあの最新基地の中で、今は一個中隊の中隊長代理を務めておられる。さらに、一つのパイロットチームに所属していらっしゃる。フロリダ特別校の出身者でもあるので、皆にとっても良い勉強になると思う」

 隼人の紹介があんまりにも素晴らしいので、葉月は何処かに逃げたくなるほどだった。

「中佐」

 だけれど、落ち着いて紹介をしてくれていた隼人が、急ににこりとした笑顔を見せる。
 そして教壇の横に『おいで』と言ったような手振りで葉月を誘っていた。
 つまり自己紹介をしろと言うことなのだ。
 それは当然の流れ、葉月もそれはすべき事を解っている。だから、沢山の男性の視線に心の中では怖じ気づきながらも、いつもの落ち着きで隼人の横に進んだ。
 気のせいか? 隼人が、教壇の上から心配そうに見ている気がした──。

 そして葉月は、自分より若い男性達の視線を浴びながら、ついに教壇にあがる。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 少し不安になる──。
 あれほど警戒心を漂わせて、肩書きを嫌っているお嬢さん。『素直に自己紹介をしてくれるのだろうか?』と。
 康夫から聞かされてきた御園嬢がどのような女性であるのか、隼人の想像のみで姿を描いていた時は『周りの思惑など関係なく、とんでもない事を平気でやるお騒がせ嬢様』だと思っていた。だから、そういった堂々としている様子についてはまだまだ『未知数』。
 若い青年多数から送られてくる興味津々の目、それに対する冷淡な彼女の表情。何も起きない事を隼人は心で祈る。
 逆に、お転婆と噂のお嬢様であれど、このような慣れない環境の中で泣き言を言い始めやしないか……そんな心配も隼人の中にある。彼女がお転婆で暴れるより、実はそんな心配の方が大きい。

 なにせ彼女にとって今いる此処は、気心知れた『島』でもなければ、馴染みの『康夫』の前でもない。
 中佐と言っても二十六歳の女の子ではないか。昨日の『意地を張ったような彼女の嘘』を再び思い返せば、先輩としてちょっとは案じてしまう所だ。
 若い訓練生の手前、さらに『これから彼女と仕事をする』と決めたからには、始めが肝心だから困る……。隼人は、固い表情のまま立ちつくしている彼女を静かに見守っていたのだが──。

「小笠原から参りました、ハヅキ=ミゾノです。宜しくお願いいたします」

 隼人の心配とは裏腹に、きちんとした声。
 その声がとても落ち着いた重みを持っていたが、でも、ちょっと甘美な響きを残していて……。フランス語も拙いわけでもなく、はっきりと丁寧──。

 彼女がそうして声を発しただけで、隼人は知らず知らず、彼女に見とれていたようだ。
 そこには、先程の打ち合わせで一瞬でも飲まれかけた時と同様に、どっしりとした品格を凛と放つ女軍人がいたからだ。

『葉月は時々、妙に人を引き込むんだ。あれはなんだろう? 持って生まれた素質かな。得なヤツ』

 康夫がいつもそう言っていた。
 彼は『ふん』とか言いつつも、そんな彼女に惹かれているらしい。
 隼人は『そんなこと、どんだけのもん』と呆れて聞き流してきたわけだが。今は康夫のその言葉を肌で感じた。

 彼女と幾分か慣れ親しんだ隼人がそうなったのだから、当然、生徒達も、彼女が放ったものに既に飲まれたようだ。
 先程まで『教育実習に来た新米教官?』という囁きを隼人は耳にしたのだが、事前連絡もなく急に現れた『謎の女性』が隼人の紹介によって『幹部将校』と聞かされただけでも驚いただろう。その後直ぐに目の前で、本人自ら発する『身分証明』の様な気品を見せつけられては、何とも戸惑うしかない──といったところのようだ。

 場内のシン……とした静けさ。
 それに葉月も気が付いたのか、助けを求めるよう『大尉……』と、日本語で隼人に問いかけてきた。
 隼人も、そこでハッと我に返る。彼女なりの自己紹介はそれで終わりということらしい。なんとも短い自己紹介……。まあ、隼人としてはそんな淡泊な挨拶で終えてしまう彼女のことを、既に『お嬢さんらしいな』と思えてしまった。

「ああ……。それでは、中佐はそちらへどうぞ」

 隼人は気を改め、葉月が座る為のパイプ椅子をドアの前に用意する。そこに葉月を促した。
 そこにしとやかな様子で腰をかける葉月。やはり何処か『御令嬢』ぽい。それほど派手なメイクでもなく、手入れが行き届いている流行の髪型でもなく、無論、爪先には彩りなどない。服装は当然ながら、かっちりとしている洒落っ気もない軍服。むしろなにもされていない程にシンプルな女性の装いなのに、彼女からはあきらかに『女性の匂い』が漂っている。だから、日頃は女っ気が少ない生徒達も見入っていた。彼等も側には決していないような女性の雰囲気にすっかり染まってしまったようだ。

(うーん。これが授業の妨げにならないと良いけどな〜)

 生徒達の集中力は、一人の女性に集まってしまい、隼人は少しやりにくいと感じた。
 これが女と仕事をするということか? と、再び不安を感じてしまう……。お嬢さんも額に少しの汗をにじませていたのだろうか? 彼女がハンカチで軽く額を押さえたのが見えた。やはり緊張しているのだと隼人は思った。
 そこで隼人は教壇に戻って指揮棒をのばす。そしてバンバン! と、教壇を叩くと、やっと生徒達が催眠から覚めたように隼人の方に向いた。

「では、一昨日の続きから!」

 昨日はすっぽかす為に、勝手に自習にしてしまっていた。
 葉月も、隼人の指揮棒の合図に従って、手元に持ってきた講義本を開く。
 まとまらない生徒達の集中力。まとまらない生徒達の視線。
 隼人はそれを感じたのだが、彼女もそれに気が付いているようで、隼人に時々気兼ねした目線を送ってくる。

 だが、隼人はそれを振り払うかのように、いつもの調子でいつも以上の気迫で講義を始めた。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 葉月は自分が来た為に、講義室の空気がいつもと違う物になっているのだと感じていた。
 だが、隼人は……『澤村教官』は、そんな落ち着かない状況にも構わず、ものすごいスピードで講義を始めていた。

 黒板に走るフランス語で書かれた専門用語。
 彼の口から流れ出る、早いフランス語。
 確固たる教官の声に、生徒達が次々と教官が作り出すペースへと戻っていった──。

 あっという間に、葉月を物珍しそうに見ていた視線は何処にもなくなり、生徒一人残らず、澤村教官の講義に向き合っていた。

 そんなふうにまとまった生徒達の集中力はともかく──隼人の講義を進めるスピードに驚き、葉月は面食らっていた。
 まるで、自分が苦労してついていったあの英才授業、フロリダでの学生時代の授業かと思うばかり。
 日本の『島』にも、叔父がいる日本のエリート校『横須賀訓練校』にも、これだけの授業が出来る教官は熟練の『老教官』ぐらいじゃないか? と思いたくなるぐらい──。
 それほどの勢いだ。

 そうして戸惑っている葉月の目の前で──。
 先程まで葉月にばかり集中していた生徒の意識を、隼人は『あっさり』と、さらっていったのだ。

(すごい……!)

 今まで嫌だと思っていた注目を、こうも簡単に冷静にさらっていった隊員は初めてだと思った。
 その上、『日本人のハンディ』は少しもちらつかせず、生徒達からも信頼の念が滲み出ていた。
 生徒達の集中力が見事にまとまっていく……。
 葉月は息を呑んでいた──!

 もう、これで充分だ──。
 ロイが何かしら調べて、埋もれた人材と認めたに違いないと納得をした。
 だけれども……康夫が何故? 自分の補佐をする優秀な先輩を、ライバルの葉月にすんなり勧めてくれたのか? 大尉は何故? フランスにとどまっているのか?
 あれほど立派な教官の心構えが言葉が出るのに、向上心が無いはずがない……。

(そういえば、遠野大佐……が。上に行こうとしない訳は聞いても決して教えてくれなかったと、言っていたわね?)

 葉月は、ふと──亡くなった上司の言葉、彼の先輩が残した言葉を思い出していた。
 今度は、新しい疑問に辿り着いてしまった。

『それを、おまえが見届けろ。そして、説得をしろ!』

 またまた……! 青い眼を冷たく光らせるロイ兄様のご指示が、言われてもいないのに頭をかすめる。

(ううーん。これはやっぱり、二ヶ月はかかるかも?)

 葉月は、すっかり……澤村隼人と言う男に取り憑かれてしまっているようだ。
 少なくとも『興味が湧いてきた』ことは間違いない。
 その上、やっぱり一筋縄ではいきそうもないお兄さんの『説得』に気が重くなってきた。

 ハイスピードの講義が進んでいく。

(これなら……。あの航空学書を織り込んだ濃密な授業も、余計なことにはならないわね)

 このスピードに生徒もついてきている。これなら大尉の押しつけで終わらず、時間の無駄もなく吸収されていくだろうと見定め、葉月は澤村教官の方針に安心を得る。

(立派だわ……! なんだか、やられちゃうな〜)

 葉月は久々に骨のある隊員に出会え、いつの間にか微笑んでいた。
 これは、葉月が持つ軍人としての血がそう騒がせていた。

 などと──感心ばかりしていた時だった。
 隼人の流暢なフランス語が止まった。手元のテキストも畳んだ。
 まだ、終業時間でなく、生徒達も葉月も首を傾げてしまい、腕時計を見下ろした。

「せっかくだから。ミゾノ中佐から色々なお話を聞きましょうか?」

 葉月は隼人の抜き打ちにビックリ!
 今度は隼人に試されている……!?

「どうぞ。お願いいたします。御園中佐」

 隼人の笑顔が人を試すよう『にやり』とした笑みではなく、この上なく『優しいにっこり笑顔』なのが、よけいに怪しい。だから葉月は怯みそうになった。
 しかし、ここで怯んでは『島』にいる中佐の名が泣く。
 葉月は、ため息をついて立ち上がる。隼人がそれを見て、意味深な笑顔で教壇を降りた。そんな彼の顔を見て、葉月は『やっぱり試されている』と彼を睨みたくなる。

 生徒達が少しざわめいている中、それでも葉月は教壇に上がる。
 表情を変えずに日本人らしく一礼をしてみた。

「何か……質問があれば」

 偉そうな話をする気は無く、思うところをぶつけてもらおうと葉月はそっと呟く。
 きっと冷たい表情になっているだろう。いつもの自分だから分かる。そんな葉月に、生徒達も戸惑っていたが……。やがて、一人の金髪青年が立ち上がった。

「中佐。初めまして。中佐はどうして軍人に?」

 『島』の話でもなければ、『軍人』としての話でもない質問。
 つまりは『女性』として何故なのか? という質問だ。

 それが狙ってる範囲から出てしまっていると判断したのだろう? 隼人が口を挟もうとしている姿が目の端に見えた。葉月はそのまま教壇の上から手で制し、隼人をその場に留めた。
 軍服を着ているその時は、『どんなにされても』葉月の心の中では『女性』という意識は薄まり、『中佐』と言う人格になっていくように慣れている。
 葉月の『その姿』を悟ってくれたのか、隼人は直ぐに引き下がってくれた。

 葉月にとっては、ある意味『予想済み』である慣れている質問に、淡々と返答する。

「それは、皆さんもご存じの通り。私の家族はなにかしらこの軍に関わっていますから『自然に』……という所ですね」

 これは本当の所は表向きのもので、『いつもの答』であった。
 金髪の青年は、それらしい答に納得したのか腰をかけた。

 次にまた一人、席を立った。

「中佐は女性でありながら、何故パイロットに?」
「たまたま……でしょうか? 視力が良かったのもありますでしょうし、運良く適性検査も合格できましたから……」
「今まで、女性として一番ご苦労されたのは?」

 どうあっても女性として軍人になったことにしか、興味が湧かない様子。
 葉月がふと教壇から隼人を見下ろすと、彼は『失敗した』とでも言いたそうな渋い顔をしていた。
 しかし葉月がそれでも落ち着いて対応していることには安心してくれているのか? 止めようともしなかった。
 だから、葉月はそのまま──自分よりちょっとだけ若い彼等が欲しているだろう返答を、自分なりに告げてみる。

「苦労は、皆さんと同じに同じ分だけ。女性だからと言って何ら変わりはありません。強いて言えば、やっぱり身体的なことでしょうか?」

 『身体的』──。
 そこには性的なニュアンスが含まれ、そして彼等もそれを感じたのだろう。
 急に過敏に反応し、生徒達がちょっと面白がり始めた。

「訓練校では、当然──! 男性と共に宿泊訓練も?」

 葉月はなんのその、顔色を一つも変えず、ざわつく若者達の前に向かっていたのだが……。
 ちょっとしたヤジの口笛まで聞こえ始めてきて隼人の表情が一瞬固くなったようだ。

 しかし澤村という男は先ほど、葉月に集まった若い彼等の興味の視線をあっと言う間にさらい、自分のペースに持っていった。
 徐々に若い彼等が悪のりを始めたざわめきの中、葉月も心を決める。
 ここで澤村教官のように束ねることが出来ねば、なにが『女中佐』であろうか! と。

 若い青年の熱気が真っ向から葉月を直撃する中、葉月は毅然と教壇に立ち続ける。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 『訓練では男性と寝食を共にする』──。
 そこで、なにか『面白い事でも起きたのではないか?』。生徒達が女性の葉月に対して、『セクシャル』なニュアンスを含めた問題に身を乗り出している。

 隼人としては、もっと……『大きな基地で、どのような軍人生活をしているのか?』、はたまた『どのような心積もりなのか?』、そんな事を質問して欲しかったのに、まったく! 子供じみたありきたりな質問を連ねた教え子に蹴りを入れたい気持ちになってくる!

 それでも教壇の上にいる彼女は、無表情に動じてもいない。
 ざわざわと浮き足立っている『男の子達』の様子もなんのその、あってないような顔を決めて、彼女が話の続きを淡々と始めた。

 「勿論。一部の状況を除き、寝食を共に訓練はしました。そうでなければ、厳しい訓練を積んできた男性達に失礼で不平等でしょう?」

 彼女は、そこで初めて不敵な微笑みを僅かに浮かべていた。
 生徒達を逆に挑発しているようにも見えてきて、隼人は初めて──『じゃじゃ馬の片鱗』を見た気がした。

 そんな『挑発的』だから、生徒の方もこれまで以上に調子に乗り始める。

「それで? 中佐は嫌な思いは一つもなかったのですか?」

 『女身で、どうやって男性の中で切り抜けてきた? なんかあっただろ?』──若い男性として、自然とそこに一番の興味が湧いてしまうのは、隼人も同性として解る。しかしこれは一歩間違えれば、上官に対しては失礼に当たる質問だ。それこそ『セクシャルハラスメント』とも言われかねない。以上に、隼人としては社会的な点がなくても大いに『女性に対しても失礼』と思いたい所である。これはもう止めても良いだろうと、隼人は座り込んでいたパイプ椅子から立ち上がる。

「コラ! お前達、中佐に失礼……」

 『……だろ!』と、隼人は身を乗り出したのだが、また──落ち着き払った葉月に手で制された。
 そのロボットのような落ち着き振りには、流石に隼人も気圧されるばかり。
 彼女が『中佐』として、どのような姿を保ち続けてきたのか……もの凄く解らされた気がしてきた。
 そんな彼女が、その姿で答え続けていく。

「勿論? 今の皆さんが『想像したような事』を……。一緒にいた男性達も思った事でしょうね?」

 『あなた達のように、嫌らしい考えの男性は沢山いたわ』──。そう言いたげな彼女が、今度は、にこりとした満面の笑みで切り返していたのだ。
 そんな『セクシャルな質問』に動揺もせず、かと言ってヒステリーを起こすわけでもなく、非常に余裕の笑顔で淡々と……。
 生徒にも、その『嫌らしい男達』という嫌味のような切り返しは通じたらしく、グッと黙り込んでしまい、質問したその生徒は当然のように引き下がって椅子に腰を落とした。

 今度は、眼鏡をかけたそばかす顔の真面目そうな青年が立ち上がった。

「それで。中佐はどうされたのですか?」

 その青年の顔は茶化しでなくて『心配』というか、女性が軍人としてどうあるべきか? と言うような、議論的な質問の仕方であった。

「真っ向から、勝負します。皆さんだってそうでしょ? 『売られた喧嘩は買う』。御陰様で、上官室に呼びつけられる常連でしたわ」

 彼女が、ふっと眼差しを伏せ微笑む。
 そんな『問題児的経歴』を告げる事にも、彼女は何も怯んでいない。

 しかし──『売られた喧嘩は買う? 上官室の常連?』──隼人は初めて彼女の『じゃじゃ馬経歴』に触れ唖然としていた。隼人が訓練生の時は、如何に上官に上手く従うか、無論、喧嘩をしてペナルティを得ることや上官室に呼び出されるだなんてとんでもない話で、そうならないよう必死に軍の規律の中で頑張ってきたのだ。それを……美しい栗毛をなびかす女の子が、そんなことをいとも簡単にやってきたのか思うとと、呆気にとられるしかない!
 それに、何ともはや。『じゃじゃ馬らしいじゃないか!』とやっと思えてきた。
 徐々に『皆が言うじゃじゃ馬のイメージ像』が、無理なく目に浮かんでくる。
 そして……終いには不思議と笑えてきてしまい、隼人はいつのまにか微笑んでいた。

 生徒達も、品良い、か弱そうな女性が『真っ向勝負! 上官室に呼ばれるのもなんのその!』と平然と言うので、急にシンと静まってしまったようだ。
 そこには既に彼女に圧せられ、ある程度の『畏怖』を抱き始めていると、隼人には思えた。
 これ以上からかうと、彼女が真っ向から上官を恐れずに勝負を買ってくる、挑んでくる! そして勝負を挑んだ所で、彼女は若くとも先輩で、現役デビューを済ませたパイロットで、なんと言っても中佐──勝ち目が無いどころか勝負を仕掛ける自信がなくなったと言うところだろう。青年達はすっかり閉口してしまっていた。

(ふうん……。やるじゃないか、お嬢さん)

 隼人は相手が若い青年とはいえ、女性が敬遠したいだろう場面に対して、なんとなしに押さえ込んだ葉月の手際に、御園嬢の素質を垣間見たような気になってきた。

「あの……。島ではどんな訓練を?」

 そばかすの青年が、やっとそれらしい質問を始めてくれていた。

(よしよし。そう言うのを待っていたんだよー)

 これを待っていたのである。
 うんうんと隼人も安堵、頷いていた。

「こちらでされている事と変わりはありません。空母艦訓練を沖合でしたり、夜勤にてスクランブル(緊急出動)に備えたり、色々です」
「中佐は、上空での気圧は女性としてどうお感じですか?」
「確かに。女性としてはきついと思うこともありますが、日頃、先輩方のご指導によって筋力トレーニングをしていますので。男性でも体質的にパイロットになれない方もいますから、女性の身でなれたことは無駄にしないように心掛けています」
「島のメンテナンスチームはレベルが高いとお聞きしています。パイロットとして、島のメンテナンスチームはやっぱり最高のサポートだとお感じですか?」

 そばかすの青年が真面目な質問を次々と飛ばす中、からかい加減の生徒達の表情も引き締まってきた。
 隼人も満足。質問の内容を聞く度に、さらに一人でウンウンと頷いていたりする。

「実は、私が所属しているチームは若手のチームで専属のメンテナンスチームはまだありません。訓練の際は、他の中隊からお借りしております。その中でも第一中隊はトップレベルで、フロリダ、フランス、イタリア様々なところから集まってきたトップレベルの技術者がいる集団です。かえって、若いチームの私たちがお相手をしてもらっているような……そんな手際よさ、迅速さ、かなりきめ細やかな気配りが備わっております。若手で言うと、第二中隊のチームが、今、注目を集めています。皆さんもこれから、精進して行けば、もしかしたら島でお会いできるかもしれませんね?」

 彼女の満面の笑顔に、生徒達が隼人と同じようにすっかり飲まれてしまっているのが伝わってきた。

(このお嬢さんときたら……)

 隼人は、生徒と一緒になってゴクリと喉を鳴らしてしまった。
 ただ、生徒達は彼女の笑顔に釘付けと言った所のようだが、隼人は少し感じたものが彼等とは違っていた──。
 隼人が感じたのは、『あまり笑わないお嬢さんは、こう言う時に笑ってみせるのか!?』だった。彼女が意識しているかどうかは判らないが、この時はこうすれば効果的という『ツボ』は心得ているのではないか? と、彼女の『無意識の計算』かどうかは解りかねるが、そう思いたくなる『笑顔』に思えてしまい……なんだか腑に落ちない気持ちと、恐ろしさが入り交じった複雑な気持ちになってしまったのだ。
 いわゆる、営業スマイルと言うべきか──?

 この後も生徒達は、今後の道しるべを探すように、彼女にフロリダのこと島のことを真面目に尋ねていき、彼女も丁寧に答えていた。
 その内にベルが鳴り、その日の講義は終わったのである。

 

 

 

Update/2007.10.2
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