ストーリーU

人間の体には自然の時計がはいっていると言われている。
体の時計といったほうが正確だろう。
この時計があってからこそ、体が維持されるものである。
そして、栗本夏海の中にある時計がいま、ある時刻を示した。
ぱちっ!と彼女の目が開いた。
そしてその目は自然にベッドの上においてある時計へと向けられた。
0700時。
いつも自分が起きる時間である。
潜水艦の中では音を立てるものはほとんど使われない。
うるさく鳴る目覚ましなどもってのほかである。
潜水艦にとって、音は最大の味方であると同時に敵だ。
海の中での音はすべてソナーが拾う。
昔は、ソナーを鳴らして相手を見つけることに使われていたが、いまやそれが逆である。
音を立てるのではなく、音を探し、聞くのだ。
その識別はすべてコンピューターでデータベースされている。
船から飛行機、もちろん潜水艦のスクリューが作る独断な音も記録されている。
それで、海中で敵味方の識別できるのである。
これは戦時中とても重要なことになるということをいうまでもないだろう。
まあ、それはさておき、目を覚ました夏海は体を起こすと大きく伸びをしてから、ベッドを出た。
パジャマを脱ぎ捨て、そばにあるクロゼットから制服を取り出す。
無駄肉のない白い肌を茶色の制服が隠していく。
襟には中佐という階級を示すものがあった。
長い髪を輪ゴムで後ろに束ね、簡単に身支度をする自室を後にし、司令室、ブリッジに向かう。
イエローアラートを維持していることもあり、狭い通路は黄色く照らされている。

「おはようございます、艦長」

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう」

すれ違う乗組員と挨拶を交わしながら、夏海はブリッジに到着した。

「Captain on the bridge!」

ブリッジに到着した際、号令が響き、夏海はそれに簡単に手を上げ、作業を続けることを命じる。

「おはようございます」

「おはよう。どう?」

ブリッジの奥にある海図があるテーブルにいるスティーブ状況を聞く。

「後数時間で到着しますが、いまのところなにもありません」

「そう」

ほっとしたような顔で夏海は海図をみた。
艦隊がいるのがニースの沖。
そして、今朝みた命令書に書かれている基地の位置が丸とかで示されてていた。

「Sonar, Con」

『はぁ〜い、夏海ちゃん、おはようございます〜♪』

ブリッジより、ソナーへと夏海は内線開いたとき、明るい女性の声が返ってきた。

「おはよう・・・。サラ、そういう喋り方はいいかげんやめなさいと言っているでしょう?それといつものことだけど私を艦長と呼びなさい」

『あ、す、すみません』

「そちらではなにか見つけた?」

『いえ、とても静かです。ただ…』

「ただ?」

なにかあるのか?と夏海はサラに聞き返した。

『鯨さんたちが挨拶しておりました〜♪』

あ、そう、と夏海は答えた。
ブリッジで小さい笑いが広がる。
いつものことであり、この一言で朝が始まるというもの。
サラ・アダムズ少尉、現在いまソナー室に監視を続けている女性である。
耳がとにかくいいと言う話しで、夏海がそれを便りにしているのはいうまでもない。
ただ、ちょっと子供っぽいところがあるのが、問題。
ちらっとブリッジのそばにあるソナー室に目をやると、そこに金髪頭が二つあった。
一つは短く整ったもの。
そして、そのとなりに天然がはいっている長い金髪の髪。
いうまでもなく、そっちがサラである。

「なにかあったら教えて」

『了解ですッ、な、あ、いえ、艦長』

交信を切り、夏海は海図に再び目を落とした。
現在はシーウルフはジブラルタル海峡を進んでいるところである。
入り口はなにもないところがそこから、フランスの海岸まではかなり入れ込んでいるため、気が抜けない。
海中山脈があるため、そこに相手が潜んでいるかもしれない。
命令書に書かれていた情報では相手が相手では対した潜水艦をもっているようには思えない。
もしかしたら、簡単にすむかもしれない。
そう、夏海は思いたかった。
しかし、「上」の状況から察するとそうはいかないかもしれない。

「スティーブ」

「はい」

「相手は何でくると思う?」

「そうですね」

スティーブは腕を組、天井を仰いだ。
ブリッジは狭い。
天井といえるものはすぐ頭の上であることに、目の前には鉄板があるということはになる。

「運がよければ、うるさいディーゼルもので来るかもしれませんが」

「運が悪いと?」

「アルファみたいなものが潜んでいるかもしれませんね」

ふぅ、と夏海は息をつくと、そうよねとつぶやく。
そしていつのまにかそばに置かれたコーヒーを口にした。
ディーゼルというのは、第二次世界大戦の時、使われていたもの潜水艦で、原子力潜水艦が登場してもしばらく活躍したものである。
いまはもう廃棄処分ものとなっているはずだ。
そして、後者のアルファと呼ばれるもの。
これは級ソ連軍が対欧米攻撃潜水艦であって、性能はこのシーウルフでロスアンジェルス級に匹敵するものである。
ソ連が崩壊したあと、ロシアの資金めぐりが悪くなったせいでほとんどは眠らされたものであったはずだが、裏のマーケットで売買されている話しがある。
もし、相手がそれを手にいれていたのなら、非常にやりにくくなる。
そのことを考えていたのか、夏海は黒い液体としばらくにらめっこをした。

「とりあえず、ここからは沈黙走行でいきましょう」

「そうね」

スティーブの提案に頷き、シーウルフはサイレント・ラニング、つまり沈黙走行に移行することにした。
沈黙走行とは船内で一切音を立てないようにすることで、準戦闘態勢よりもう一歩進んだものである。
乗組員はとにかく静かにすること。
任務中のものでないものでは、ベッドで静かにし、完全なる沈黙が艦を支配するのである。
音といえば、潜水艦の動力部分だけ、ということである。
もちろんのこと、ここで、ソナー班に責任がのしかかってくる。

「よぉし」

そのソナー室でサラは気合を入れるように、ヘッドフォンをかけなおし、目の前にあるスクリーンに目をにらむ。
その隣にいる男性も同じく姿勢をただし、スクリーンをみやる。

「はは、マイクそんなに緊張しないの」

「あ、はい。でも…」

「肩にそんなに力をいれるとすぐにばてちゃうわよ」

「サラさんは緊張しないのですか?」

マイクと呼ばれた男性。
新入りのこともあって、顔はまだかなり幼いものではある。
アカデミーを出たばっかりのおぼっちゃま。
それがいまの彼だった。
その艦に任命されてからまだ一月しかたってない。
そして、彼がこの艦にきて一番驚いたことがある。
潜水艦に女性が乗艦していることであった。
そのさらに、女性が艦長であることだ。
昔は潜水艦は女子禁制のものであった。
いろいろとあるが、一番は性的な問題だろう。
しかし、最近になって女性が入ることになったらしいとは聞いていたマイクだったが、まさか自分が乗る艦にいるとは思っていなかった。
そして、まさか、艦長までが若くて美しい女性だってことを。
どうしてでだ?!とマイクだけではなく、多くのものが思ったに違いない。
その答えは・・・。

「男だらけの空間ではつまらないでしょ?」

とどこかの中将がいっていた先輩の乗組員に教えられた。
こんな密着した空間の中で男女がいっしょに寝起きするのも問題が起きそうな気がするマイクであった。
が、実際のってみると納得した。
女性と男性乗組員の部屋は別々になっていることもあるが、各部署には同じ数の男性と女性が配置されている。
監視もしっかりされていることもあり、変な気を起こす気にもなれないのだ。
そして、さらに、艦長の一言。

「なにかあったら、全員お仕置きだから…」

つまり、だれか一人でも問題をおこしたら、乗組員全員がおしおきを食らうことになる。
それが女でも男でもだ。
そんなことが起これば、その問題を起こした者はクルー全体に殺されることは間違いない。
若いだけに、なにかむらむらすることがあるが、マイクともに、乗組員全員は生きていたいだろう。
おしおきっていったいなんになるんだろう?とマイクは思ったりした。
そのことを先輩に聞いたら、教えてくれなかった。
なにか怯えた目をして。

「とにかくッ!ヘマをしないように気をつけろよ」

と忠告を受けた。
ちらっと横をみると、小さく鼻歌を歌いながらスクリーンをみるサラがいる。

(まあ、いっか)

と、花があるのもいいことだと、マイクは自分の中になる男を抑えた。