蒼い月番外編 海の隠密 著作 Kenkenさん(……からのプレゼントストーリーです)

ストーリーT

ガリガリガリ、ガーリ。
艦のどこかに存在する通信部屋。
そこで、一つの時代遅れプリンターが音をたて、文字を吐き出す。
動きが止まると、そばにたっている制服姿の男性がページを破り、内容を見ずに金属でできたフォルダーに閉じた。
そして、それを手に、そう離れていない、別な部屋に入った。
そこにはほかに制服姿をした物が何人もいた。
しかし、ほかの者には目もくれず、その男性は部屋の後ろにあるところに向かった。
そこにはなにやら光るテーブルでコーヒーを片手に地図のようなものに声をかけた。

「サー、これいま、ECLで入りました」

「ご苦労さん」

金属のフォルダーを手渡された男は簡単に解釈するとフォルダーを開いた。
そこにある紙の内容を読む。
次の瞬間、「ゴン」という鈍い音が部屋に響いた。
なにごとか?!とそこにいるほかのものが男に顔をむける。
男はなぜか、光テーブルに顔を突っ伏していた。
そして、フォルダーをもった手がなぜか震えていた。
しかし、それは一瞬、男は顔上げるとそのフォルダーをもって部屋を後にしようと歩き出す。

「ジム、ちょっと頼む」

「はい」

部屋を出る際、男は部屋の中心あたりにいるもう一人に指揮権を委ねた。
数人の者とすれ違いながら狭い通路を進み、ある部屋についた。
大きく息をつくと「コン、コン」と扉をたたく。
しかし、返事はなく、もう一度扉をたたいた。
やっぱり返事がない。

「失礼します」

といい男はその扉を開き、部屋に入る。
入ると同時に扉を閉じる。
そこには「艦長室」と書かれていた。
と、その下に「今仮眠中。じゃましたら、殺す(はぁと)」と書かれているサイン張ってあったが、男はそれを無視するように入った。

「艦長…」

部屋の反対側にあるベッドに眠る人物に声をかける。

「艦長…!」

最初の声が聞こえなかったのか、男は少し声をあげてから再びそこに眠る人物に声をかける。
体を揺らして起こせばいいのだろうが、表に張ってあるサインの通りになるのを恐れてか、艦長と呼んでいる人には近づかない。

「スティーブ・・・」

「はい」

「表に張ってあるもの読んだわよね?」

「はい」

「なら、私がいま何したいかよぉくわかっているはずよね?」

「はい」

「命が惜しかったら…」

「そうしたいのがやまやまなんですが…」

そういってスティーブと呼ばれた男は自分に背中にみせ、布団で丸くなっている者にフォルダーを指し出す。

「命令書です」

「でしょうね・・・」

はぁとため息が聞こえた。
しばらく沈黙があり、再びベッドにいる人物から声がする。

「読んで」

「いいんですか?」

「なにか、問題でも?」

「いえ、そういうわけではないのですが」

「なら、さっさと読んでよ」

なにをためらっているのか?というような感じでベッドにいるものがスティーブに命令書をさっさと読むようにせかす。
なにかためらいがあったのか、スティーブはちょっと間をあけた。
そして、ため息をすると、した後、フォルダーを目の前にかざす。

「では・・・・えー。  親愛なる我が愛弟子、夏海ちゃんへ」

「ぶ!!!」

その最初の文でまぬけな声をあげ、ベッドに寝ている者が体を荒荒しく起こし、スティーブからフォルダーをさっと奪い取り、目を通し始める。
夏海と呼ばれたその人物。
実はこの艦の艦長を務める女性である。
そして、女性であることかなのか、寝ている姿はピンクのパジャマ姿である。
長い黒髪が命令書を読む彼女の顔を隠す。

「UNSS シーウルフはこれより・・・・・・」

声を小さくし、命令書に目を通す彼女。
ふるふると肩が震えているのは笑いを止めようとしているのか、怒りを抑えようとしているのかわからない。

「よろしく♪ 貴方の素敵なおじさん、亮介より・・・。・・・・・・・・・もう!!!!」

命令書を読み終えた夏海は体をベッドに突っ伏した。

「なにを考えているのよ、あの人は!!!」

命令書は命令書らしく書いておくってよ!と足をばたばたをしながら布団の中に叫ぶ。
そんな彼女をみて、必死に笑いをこらえようとスティーブ肩を震わしていた。
「よろしく」と入れるのはいいだろう。
しかし、親愛なるとか、よろしくの後に「♪」を入れる司令官はいったいどこにいるだろうか?

「それで、返事はしますか」

しばらくのたまわった、自分の上司を見てから、スティーブはやっと声をだした。
もちろん、その声はいまにでも爆笑してしまうようなものだった。

「ばか」

「は?」

「『ばか!』 それだけ送り返しなさい」

「はぁ」

目を丸くしたスティーブではあったが、最後は苦笑した。
そして「では」といって、部屋をでようとする。
その背中に…。

「進路を変更、ニース周辺海に向かって第二戦速。準戦闘態勢に移行して」

「了解です」

「それと」

「はい」

「今度起こしたら、命がないものと覚えていなさい」

「わかってますよ」

再び苦笑しながら、スティーブは部屋を出、静かに扉を閉めた。
向こうでは自分の上司は再びベッドにもどり寝息をたてているところだろう。
そうして、スティーブは最初にいた部屋、司令室に戻っていった。
この男、襟に少佐の階級章つけ、スティーブ・ストルツというものである。
そして、この艦の副艦長という立場を持つ。
自分がいた光テーブルに戻ると、スティーブは地図、いや、海図を開き、それをみた後、元の位置に戻ったジムに声をかけた。

「ジム、進路変更北北西015。深度300メートル、第二戦速にしてくれ」

「了解しました。コース015、深度300メートル。25ノット。15°ダウアングル」

「コース015、深度300メートル、25ノット。15°ダウンアングル、了解」

スティーブからの指令をジムが自分のそばに操舵管を握ったものが再び復唱した。
操舵管をもったものがそれを押し込み、別のノブを回す。
やがて、後部からいままで静かだった振動が大きくなり、司令室が傾きはじめ、なにやらぎしぎしという音が響く。

「イエローアラート」

「イエローアラート、了解」

その命令とともに、ビーっという静かな警報がなり、司令室は瞬時に黄色い光で覆われた。
準戦闘態勢。
この発令により、乗組員が忙しく動き出す。
そして、彼らを搭乗した、海に深くその身を隠す細長い筒が動き出した。
形式番号 SSN−774 UNSS シーウルフ。
冷戦が終わってもまだまだ活躍中のロスアンジェルス級攻撃潜水艦。
それが、いま新たなる任務のために、地中海に向かって進路を変えた。
フランス海にいる艦隊を守るために。
静かに暗い、冷たい海の中を突き進んで。
静かにだれにも悟られることもなく、海の隠密がいま動き出した。