24.湘南ウェイブ
午前0時半──。
葉月は、バッグから腕時計を探して腕に巻き付ける。
その時に確かめた時間がその時間だ。
ご機嫌の和人と『横浜ベイブリッジ』のドライブを楽しんで……
夜景が煌めく中心街へと出てみる。
和人にとってはお馴染みの町並みとあって……
『そこのコンビニ寄って!』
ナビ君に言われた通りに、葉月は駐車場があるコンビニに車を入れる。
「なんか買ってくる!」
「お金……」
「いいの! 俺に任せて! 甘いもん? それともお腹にたまるもんがいいかな?」
意外とエスコートが上手な和人に葉月は流されるように……
でも素直に笑顔で応える。
「甘いものかしら?」
「おっけー♪ あ、これってルーフ閉められるの?」
「え? 閉められるわよ」
「じゃ。閉めて。俺がいない間に変な男に絡まれても困るから。
ま、葉月さんなら『背負い投げ』出来るから心配ないと思うけどね」
ニンマリ、微笑んだ和人に葉月は思わず、口を尖らせた。
「失礼ね!」
「風邪ひかれても、兄ちゃんに叱られちゃうし」
和人は照れくさそうに笑うと、ジーパンのポケットから財布を取り出しながら
サッと店の中へと走って行ってしまった……。
『意外と、気遣いやサンなのねー』
葉月は生意気な少年のそんな気遣いが、急に有り難くなって……
ルーフを閉める操作をする。
(丁度良かったわ)
静かな音でルーフが夜空を遮っていくのを葉月は見上げる。
和人がご機嫌なので、夜風が冷たくなっても閉めるに閉められずにいたのだ。
だが……
和人がレジで精算しているのを運転席で眺めながら……
『そろそろ……皆が気が付いている頃じゃないかしら?』
『一言……連絡入れた方が良いかしら?』
そう思って……プラダのバッグから携帯電話を取り出そうとすると……
和人がレジ袋を手にして自動ドアから出てきてしまった。
『……気が付けば……隼人さんから連絡があるわ』
きっと……。
葉月はそう思って安心し、携帯電話をバッグの中に手放したのだが……。
『着信履歴』は一つも入っていなかった。
あれから……
隼人が部屋を出ただろう時間から二時間は優に経っている。
(……まさか)
考えてはいけない想像が……初めて葉月を襲った。
(……いいえ、お父様と伯父様だって起きていたじゃない)
いや……二人の男性が先に就寝したのなら……。
『なんでー? こんな想像しなくちゃいけないの!?』
葉月に『自己嫌悪』の念が襲って白いハンドルに額を引っ付けていると……
「お! すっげー。ルーフ、アッという間にしまったじゃん? どういう仕組みなのかな〜?」
機械屋志望らしい疑問を呟きながら、和人が颯爽と助手席に戻ってきた。
「お父様なら知っているかも知れないわね?」
葉月は顔を上げて、笑顔を努める。
「聞くなら伯父さんに聞くね」
「なるほどね? 伯父様の方が、専門なのかしら?」
「そりゃ。親父も結構いけてると思うけど? 伯父さんが技術部門は総括しているらしいから」
「ふーん」
葉月は、気もそぞろ……。
和人がお利口にシートベルトを締めたのを確かめて車を発進させる。
「次……何処に行こうか? それとも、そろそろ帰る?」
和人の意向を葉月は確かめる。
葉月は『帰る』と言うのを期待していたのだが……。
「うーん」
和人も同じなのか? ポケットから携帯電話をとりだして画面を確かめ始める。
「……連絡ないわね」
「……そうだな」
どうやら……『考えている事』は同じらしい。
「二時間も経っているのに……俺達には『無関心』って事だな」
和人がふてくされながら……ポケットに携帯をしまった。
「…………」
「…………」
『無関心』
恋人が寝床にいない。
息子が部屋にいない。
夜中なのに……。
それでも慌てるはずの彼と母親の反応は届かない。
それが意味することを……オチビ二人は頭に描いている所は……無言でも通じ合っている。
白いBMWは公道を走り出す。
バッグミラーにいくつものビルの灯りが通り過ぎて行く。
「そうそう! 季節限定発売、苺のクレープ発見! 俺はチキンナゲットね!」
和人が沈んだ空気を何とかしようと、レジ袋を葉月に向けて差し出した。
「……湘南、行こうか?」
葉月は……フロントガラスを見据えて静かに呟く……。
「え! いいの!?」
「海際、飛ばしたい気分」
葉月がそっと笑うと……勢い良く飛び出してきたはずの和人の顔が初めて曇った。
「帰る?」
葉月は和人の気遣いに首を振った。
「俺も、帰らない」
「……どこかで、飲み物買って……渚でそれ食べよう? 苺、大好き♪ 有り難う!」
葉月がにっこり微笑んで、アクセルを踏み出すと
和人もなにかホッとしたのか……笑顔になってまたご機嫌に
『いけいけ』と葉月を煽る。
葉月も可笑しくなって……でも、心の隅で……
『ここを越えないと……隼人さんは戻ってこないの。だから……』
そんなやるせなさを振り払うように和人と笑い飛ばす。
「すっげー! 葉月さん、さすがパイロット♪」
警察に捕まってもおかしくないようなスピードで
一台、二台……軽快に抜かして行くと和人が大喜び。
でも──
葉月も解っていた。
誰も……夜中の逃亡に気づいてくれない家族の今の状態を
和人も振り払おうとしているのだと……。
そう思うと……美沙にも腹が立ってきた。
『せめて……お父様だけでも気が付いて!』
白いハンドルを葉月はグイッと回して、アクセルとブレーキを繰り返し踏む。
右手でギアを何回も切り返しながら……。
何故? 『湘南』を目指すのか……。
葉月は心の何処かで『右京』の顔を思い浮かべていた。
ザザァーン……サー……ザザーーン……
波が押し寄せる音……砂を巻き込みながら引く音が繰り返されている。
「さむ……! やっぱ、夜はまだ少し肌寒いなぁー」
鎌倉を通り越して……稲村ヶ崎まで出てきた。
遠く水平線が月明かりにうっすらと浮かんでいる砂浜にやってきた。
月夜のせいか、海岸の色彩は薄目の紺色。
明るい方だった。
程良い海岸の路肩にBMWを止めて、葉月と和人は砂浜に出てみる。
和人は真っ先に波打ち際に元気に走り出していった。
「暗くて見えないから、あんまり遠くに行かないでよーー!」
『いたっ……』
右手を振り上げると……左肩に少し痛みが走った。
(ちょっと、無茶しちゃったかしら──)
葉月は顔をしかめて……そっと、降りてきた階段に腰を下ろした。
携帯をもう一度見てみる……。
着信履歴はやっぱり……なかった。
「あー。濡れちゃった」
和人が息を切らしながら、葉月が座り込む位置に戻ってきた。
暗くてちょっとした波に捕まったらしく、和人の片足が濡れていた。
「もう。だから、危ないよっていったじゃない?」
「いいじゃん。もうぅ……葉月さんまで口うるさいと俺やってらんないよ」
和人は『プン』とそっぽを向けつつも……
「食べようぜー♪」
葉月が座り込む一段下に腰をかけて持ってきた袋を探り出す。
和人が下の段から、長い腕を伸ばして葉月に買ってくれたクレープを差し出す。
「……有り難う。じゃぁ、はい。烏龍茶」
葉月は代わりに途中の自販機で暖かい缶茶を購入。
それを和人に差し出す。
「サンキュー♪ それ食べてみてよ! 俺の『友達』もお気に入りでさ。
いつも買わされるんだよなー」
「……それ、ガールフレンド?」
クスクス笑いながら、葉月がからかってみると……。
『ゲホゲホ!』
烏龍茶を飲みだした和人がむせたので葉月は驚いた。
「え? もしかして……図星??」
「べ、別にー」
「……食事に出なければ、その女の子と約束……本当にしていたんじゃないの?」
『デートなんて嘘だよ。ただのグループ交際さ』
夕方、外出を諦めた和人から出た言葉だったが……。
『本当にデートだったのじゃないか?』と、葉月は確信する。
「本当にグループで騒いでいるだけだよ。彼女はそのうちの一人。
俺達……図書館で集まって受験勉強していたりしているんだ。
だから……俺だけ『塾通い』って恰好つかないんだよね?」
「そうなの!?」
ちゃらけて反抗している姿の裏に潜んでいた『真面目な事実』に葉月はビックリ!
「えっと……和人君ってどこの高校なの?」
葉月はちょっと引きつり笑いで尋ねてみた。
「うん? ○○高校」
(えー! 横浜で一番レベルの学校じゃない!?)
元は神奈川出身である葉月も良く知っている学校だった。
(さすが……澤村の男!)
「勿論、東大狙って塾に行っているヤツもいるけどさ。
俺達のグループはガリ勉じゃないけど、『目的ははっきり』ってグループだから。
それに、皆、塾とか行かないで余裕な奴らばっかり。
そんな中、俺だけ『塾』って恰好つかないジャン」
和人が背を向けたまま、爪楊枝でナゲットをつつきながらムシャムシャと頬張り始めた。
「そうだったの……。それならそうと、お母様に伝えないと通じないじゃない?」
葉月はため息をつきながら……クレープを包んでいる袋を裂いた。
「どう言っても、親は塾にさえ通えば、安心なんだよ。
塾に任せることで、受かると勘違いしているよ。
言ったとしても、成績が万が一、落ちたら『友達』のせいにするに決まっている」
「成績を落とさなければ……良いじゃない?」
「頑張っても結果が得られないこともあるしね。
点数が良くても順番が悪いと悪いっていうのが、親の『一目結論』だからさ……。
いちいち説明するのもめんどくせーし」
「はぁ──なるほどね」
だから……『何処に出かける』は和人がぼやかしているのだと葉月は初めて知った。
そして……
『友達と出かける』 『彼女とデート』
そういっても成績が落ちないことを『証明』して親を見返そうとしている『反抗』なんだと。
やっぱり……和人は和人で、『一生懸命』だったのが解って
葉月はそっと優しく和人の背に微笑んでしまった。
「おいしー! コンビニにこんな美味しい物が最近はあるの!?」
「だろ? だろ♪ アイツもすごく気に入っている!」
和人がとうとう……白状した。
「あー、いいわね。ハイスクールライフ」
葉月がしらけた視線を流すと和人がサッと頬を染めてまた背を向けてしまった。
「ちぇ」
またバクバクとナゲットを頬張りだした。
「その子と卒業までに何とかしないとね」
「余計なお世話!」
「小笠原にはこんなもの置いていないかも……?」
葉月は口の端についた生クリームを指で拭いながら……
甘酸っぱい苺が入っているクレープを眺めた。
元よりスーパーで買い物派の葉月は島内で数少ないコンビニに入ったことはあまりない。
「そうなんだ。離島って大変らしいね」
「基地内は結構、なんでもあるわよ?
そうだわ! 和人君も今度、お父様と遊びにいらっしゃいよ!」
「まじ! 行く行く♪ 大佐の招待だし、絶対行く!
戦闘機、乗るだけでも、乗せてくれる!?」
「車庫内でよければ……考えておく」
「大佐だろ? ちゃちゃっと出来ないの??」
「大佐だから『ちゃちゃっ』も慎重なの。でも……たぶん、大丈夫。見に来てね?」
二人で、すっかりうち解けてしまって缶茶で乾杯をするように
『OK♪』とカチンと合わせ笑い合った。
葉月が『パクリ』と生クリームたっぷりのクレープにかじりついたときだった。
『♪ー♪♪ー』
和人のポケットから携帯の着信音が流れた。
葉月が知らないイマドキの音楽だった。
『♪ー♪♪ー』
その着信音が延々と鳴り響いているのに和人は反応せず……
葉月に背を向けたまま……水平線を眺めたまま……ナゲットを頬張っている。
「和人君……携帯……」
「取らないよ」
どうやら……『横浜家』で『逃亡が発覚』したと葉月は思った。
そして……その途端に……
『♪♪♪〜』
プラダのバッグの中で葉月の携帯も鳴った!
ポリスの『見つめていたい』
葉月のお気に入りの曲が『隼人専用着信音』
『♪♪♪〜』
《Every breath you take…… Every move you make……》
葉月の頭の中に……英語の歌詞がずっと繰り返される。
「葉月さんも……取らないの?」
時間は午前1時半──。
(今まで何していたのよ!)
そう思うと急に腹立たしくなってきた!
「取らない!!」
そう言いきって、残りのクレープに『ガツガツ』とかじりつく。
大人げない葉月の姿に……和人がそっと笑い出して……
「俺も取らない!」
烏龍茶をゴキュゴキュと飲み始めた。
『ごほごほ!!!』
「あはは! むせてんの!」
葉月が和人を指さして、大笑いすると……
「大佐が恰好ワルー! 生クリーム、いっぱい付いてやんの! 品ワル!」
和人も葉月の口元を指さして……のけ反って大笑い!
葉月もハッとして、口元を指で拭うと……指先に大きな生クリームの固まりが付いてきた。
「品ワルで結構♪ 私はアメリカンパイロットに揉まれたオチビ大佐♪」
「葉月さんって面白いなぁー!」
二人で大笑いしている間も、
お互いの携帯の着信音は切れては鳴って、切れては鳴って……。
それでも二人で笑い飛ばした。
その内に……どちらの携帯からも音が鳴らなくなった。
その代わりに暫くして……
『♪♪♪ーー♪♪』
葉月の携帯から……違う音楽が鳴った。
葉月はその着信音にビク!と反応……。
「あれ? さっきと違う着メロだ? どっかで聞いたことある曲だけど?」
そう──鳴っている着メロはパッヘルベルの『カノン』!
葉月は──慌てて携帯を取り出す!
「……はい」
葉月が携帯の呼び出しに応対したので和人が側で固まっていた。
だけど……
『葉月──お前、今何処にいるんだ?』
そう『カノン』は……従兄が好きな曲。
右京専用の着メロにして置いたのだ。
『澤村から連絡があって……俺の車ごと、お前と弟がいないって……慌てていたぞ?』
「……お兄ちゃま……」
何故だろう?
従兄の声を聞いた途端に……涙が出てきたのだ。
「お兄ちゃま……ごめんなさい」
『……葉月? どうした? 何があったんだ??』
「あのね……」
涙が止まらなくなったのだ。
だから、声も震えて言葉にならない。
「葉月さん……やっぱ、我慢していたんだろ」
急に泣き崩れた葉月を見て和人が呆れたようにため息をついた。
そして……なんと!
葉月の手元から、和人が携帯電話を奪い去ったのだ!
葉月が驚いて、一段下にいる和人を見下ろした時は既に遅し!
「こんばんは、初めまして。澤村の弟、和人と申します」
和人が凛々しい言葉遣いで、右京に挨拶をしたので益々驚いた。
「今、葉月さんと湘南にいるんです。申し訳ありませんでした。
僕の我が儘で……葉月さん……を……え?
はい? ああ……えっと、訳は後でお話します。
え? 迎えに来る?ですか……?? えっと……」
和人が葉月の反応をそっと伺っていたが……
葉月は『横浜に帰る』とも『鎌倉に行く』とも言わずにハンカチで涙を拭うだけ。
「あの──今夜は葉月さん……。僕の家には戻らない方が良いと思います」
和人は葉月の今の状態をそう取ってくれたようだ。
葉月からは言いにくいことだった。
『俺を信じてくれるね?』
『俺を連れ戻してくれよ?』
『私は……彼を裏切ったんだわ』
『隼人が慌てて携帯に連絡をくれた』
それが解って……それが『叶って』初めて自責の念にかられた。
逃亡した自分を隼人に見られるのは……会うのはできなかった。
従兄に甘える形になってしまって、また、涙が出てきた。
『パチン──』
和人が葉月の携帯をたたんで差し出した。
右京との会話が終わったらしい。
「お兄さん……迎えに来るから、車に乗って動くな!……だってさ。
なんか……凄く心配しているみたいで……俺、ちょっと悪い事しちゃったかな?」
「ううん……ゴメンね? 和人君のせいじゃないわよ。車に行こう?
目立つ車だから……すぐに見つけてくれるわ」
「そうだね……」
和人が葉月の涙顔を見つめて……申し訳なさそうに呟いた。
だけど……
立ち上がった葉月はそっと微笑んで、和人の背中を撫でると……
安心したように無邪気に和人が笑い返してくれる。
「頼りがいがある弟が出来て嬉しいわ」
「そりゃ、どうも。俺もね……一緒にぶっ飛んでくれる姉さんが出来て楽しみ」
「言ったわね! 『ぶっ飛ぶ』ってどう言う事よ!?」
葉月が怒ってバッグを和人の背にぶつけると
『アハハ──!』と笑いながら和人が停車している車に逃げていく。
葉月の涙も……潮風に晒されて乾き始めていた。
車に乗って暫く──
二人は右京が現れるのをジッと待っている。
『コンコン』
和人が乗っている右側の助手席の窓を誰かが叩いた。
和人が外に現れた人物を見上げていたのだが……訝しそうに葉月に振り返る。
葉月もそっと助手席の窓を覗くと……。
「葉月? 兄様の車、目立つからすぐに解ったわ」
その女性の声がして葉月はサッと運転席のドアを開けて外に出た!
「薫姉様──!」
そこに……セミロングヘアの栗毛の女性が立っていた!
「まったく……兄様、狂ったように心配しているわよ?」
呆れた顔をした鎌倉御園兄妹の次女、薫がそこにいたのだ。
「いたいた! もう、何事よ!」
今度は髪を一つに束ねている栗毛のロングヘア女性。
こちらは眼鏡をかけている。
「葉月──! こんな時間に兄様に車を貸せってせっつかれて何事かと思ったら……
やっと訳を聞き出して……私達も出てきたのよ!」
「瑠花姉様……」
長女の瑠花も反対車線から叫んで車から飛び出してきた。
そして……道際に停めてある銀色の国産車から……
昼間と同じ恰好をしたブルーのセーター姿の右京が運転席から出てきた。
「もう……あなた、相変わらずね……。逃げ出すなんて」
薫の優しい笑顔に……
葉月は自分がしてしまった事を『相変わらず』で笑ってくれた事……。
「お姉ちゃま……!」
笑って流してくれる『家族』の元に戻ってきた気がして……
「あら? 甘えん坊も相変わらずね」
薫に抱きつくと、二人の従姉が笑って短くなった栗毛を撫でてくれるのだ。
「ったく。こんな事だろうと思った。よそ様に訪問なんて上手く行くはずないってね」
右京が妹に抱きついている葉月を見てため息をついていた。
従姉達は『狂ったように心配していた』と言っていたが
右京は葉月の前では至って『冷静』そうだった。
その証拠に──
「和人君だったかな? 悪かったね、じゃじゃ馬の相手させて」
すぐに助手席で恐縮している和人に大人らしく優しそうに微笑んだのだ。
和人は右京の笑顔を一目見ただけで……そっと恥ずかしそうに俯いてしまったのだ。
右京のその優雅さが……見たことのない優雅さだったのだろう……。
葉月は従兄はそんな『魅力』を持っているのを知っていた。
「瑠花、悪いな。葉月を乗せて鎌倉に行ってくれ」
「え? 兄様は?」
「俺は、この青年と話がある」
右京はそういうと妹の瑠花に『有無』も言わせずに……
サッと左側の運転席に乗り込んでしまったのだ。
(……和人君から事情を聞くって事ね……)
葉月は……もしかすると和人は横浜に返されてしまうかも知れないと思った。
「和人君は……!」
葉月は一緒に横浜の家に帰りたいと従兄に伝えたくて……
薫の胸から飛び出そうとしたのだが!
「心配しないでくれる? 男同士で話したいから」
和人が何か悟ったのか?
右側の助手席のウィンドウをサッと下げて
葉月に、またもや凛々しくそう言ったのだ。
その顔が……兄にそっくりな『男の顔』だったので葉月は口をつぐんでしまった。
「さ……行きましょう? 葉月……。あらやだ! あなた、肩冷えているじゃないの!」
薫が葉月の肩を抱いて声をあげた。
「この子ったら! 自分が任務で怪我したこと忘れているの!?」
眼鏡の瑠花も、呆れながらも着ていたカーディガンを脱いでまで肩に掛けてくれる。
そう──従姉二人も……かなり葉月には『過保護』
それも『あの事件』のせいだと葉月は知っていた。
「……ごめんね……お姉ちゃま」
葉月が泣きそうな顔でそっと呟いても……
二人の従姉は暖かい笑顔で栗毛を撫でてくれるだけだった。
「男同士のお話ね」
瑠花が先に発進してしまった白いBMWが去った方を遠い目で眺めていた。
「葉月……。気にする事ないわ」
薫が何か葉月をかばうように吐き捨てるように葉月の肩を抱いてくれる。
「うん──」
でも──
『隼人からの信頼を裏切った』
葉月は自分を波の音がする分……責めていた……。