53.溺愛か勇気か……
「はい、どうぞ」
「お! すごいね!」
こちらはベンチがある広い芝庭の中庭──。
先日、隼人と葉月が『草原のよう』と眺めたあの場所だった。
そこでマリアがサンドウィッチにフライドチキンなどを敷き詰めたバスケット籠を差し出してくれた。
いつの間にか一週間が巡っていてこの日は土曜日だった。
隼人は一日でも惜しいからこうして出勤しているし……
基地内の隊員もたくさん出勤していて、皆、忙しそうではある。
本部の土曜休暇もシフトで組まれていて半数が出勤していて
海上訓練に出ているチームのサポートは毎日しているとの事だった。
亮介も隔週で休みを取っているらしく、亮介が出勤をすると登貴子も出るようにしているようだ。
なのでこの日の土曜日は先週とは違って皆が基地に出ている──。
「たくさん食べて下さいね? 中佐」
マリアのにっこり笑顔に……マリアを挟んで向こう側にいる達也がふてくされていた。
「い、頂きます。達也もたくさん食えよ」
「俺って、こいつの料理は食べ慣れているしー」
訓練着のままである達也は、ここに来たときからなんだか不機嫌なのだ。
「中佐? 達也は気にしないでたくさん食べて下さいね?」
「う、うん……」
達也はベンチの上であぐらなんかで座ったりして、とても気だるそうだった。
隼人がまずサラダサンドを頬張ってみるとマリアがニコニコと伺ってくる。
「どうでしょう? 中佐のお料理お上手だから……緊張するわ」
「うん、おいしいよ。良い嫁さんに……」
と、言いかけて隼人はグッとサンドウィッチを飲み込んだ。
「なにか?」
「いや……美味いよ」
『良かった』とマリアが愛らしくホッとしている所を達也が横目でジッと眺めている。
隼人も苦笑いで……そしてなんだか緊張して頬張った。
「しかし、中佐……。クーパーは残念でしたね」
マリアも一つサンドを手にしてため息をついた。
隼人は急にどんよりとする。
「ああ……。どうしても欲しいメンテ員の一人だったけどね」
そう……キッパリ断られてしまったのだ。
再説得の可能性はなさそうで、これは諦めなくてはならないようだ。
絶対欲しい3人は決めていた。
クーパーとエディとトリシア。
この3人にアタックして決めようと。
そこでダメだと言われたら、見学した候補員の中から第二候補にアッタクする予定。
これで一人いなくなった。
第二候補から誰を狙おうか、また頭の中を整理しなくては行けない。
トリシアは良い感触。
良く解らないのはエディだった。
「そういう話、俺の前でやめてくれよ」
空軍とは蚊帳の外である達也が面白くなさそうに呟いて
マリアの膝の上にあるバスケットに手を伸ばした。
そしてフライドチキンをかじり始める。
「そうじゃないだろう? マリア──さっさと言えよ」
達也がじれったそうに隣にいるマリアを肘で小突く。
「うるさいわね。達也は……」
マリアは達也を一睨み。
「なに?」
二人揃って何か話があるのかと隼人は構えた。
「まぁ、こいつの『無茶話』……聞いてくれよ? 兄さん」
達也は呆れたように先を進めようとする。
「な、なに……?」
マリアの『無茶』ときて……隼人は益々構えた。
「無茶ってなによ? 私は『葉月の為』に考えたんだから!」
「そういう自信は兄さんの反応を見てから言えよ」
達也はツンとしてマリアに背を向けてしまった。
そして一人でもそもそとフライドチキンを食べている。
「あのですね? 中佐」
「……なんだい?」
マリアのにっこりした笑顔に……隼人もとりあえず微笑む。
「葉月のバースデーパーティをしたいんです」
「は?」
「来週末に中佐もお帰りになってしまうでしょう? 休暇中の葉月はその前に──。
ですから……明日の日曜日に皆でお祝いしてあげませんか?
まだ誕生日は先だけど、チャンスは今しかないし──。
明日がダメなら……平日の夜にでも……」
「あ、ああ……それは構わないと思うけど……彼女が何て言うか」
「ですから……中佐からも一言、言っていただけませんか?
出来れば……御園家でしたいのでご両親の許可も頂きたいんです。
勿論、私が最初に葉月に伝えますし、主催も務めますから」
「そう?」
隼人はこの時は、なんとも思わなかった。
「葉月の親しい隊員とかジャッジ中佐とか……フォスター隊長とか……
任務で一緒になった隊長のチームメンバーとか……
出来れば、中佐との親睦会も兼ねて、メンテ本部の親しい方とかお誘いしたいんです」
「え? 俺の交友まで考えなくて良いよ。葉月の許す範囲で……」
親しい人ならば葉月もそうは警戒しないだろうと隼人は思ったのだが──
「それだけじゃないだろう? マリア」
背を向けたまま達也がまるで『反対』しているかのように冷たく言った。
「?」
隼人は首を傾げつつ、愛らしい眼差しで琥珀色の瞳を輝かせるマリアを見下ろす。
「葉月にドレスを着せたいんです」
「アイツにドレス!?」
「はい。出来れば……ヴァイオリンも演奏してもらいたいんです。
それで……中佐にドレスを選んでもらおうと……明日、買い物に行きたいんです」
「……」
なんだか隼人は躊躇した。
親しい人を集めてパーティーはともかくとして……葉月がドレスを着るだろうか?と。
なにせ昨年の大晦日も口うるさいロイに言われてお洒落をした葉月。
ジョイに言わせると『うるさく言わないとお洒落しないから』という程だ。
横浜の帰省の時でも、葉月は隼人のお小言で、ジーンズからよそ行き着に替えたものの
横須賀に着いたところ、右京がいつもの葉月の感覚を心配して
綺麗な洋服を前もって用意していたぐらいだ。
「ドレスはどうだろうか?」
隼人がそういうと、達也がくるっと振り返った。
「だろう!? アイツが着るわけないって、俺も言ったんだぜ!」
なるほど……。
達也はマリアが葉月に強制する勢いを恐れて『反対』をした様だった。
それをマリアがいつもの如く『言い出したら聞かない』ので不機嫌のようだ。
「なによ? 達也も協力してくれるって言ったじゃない!?」
「葉月が了解したら協力するって言っただろ!?」
「絶対、了解させるわよ!」
「それがお前の余計なお世話だって解らないのかよ!?」
「どうしてよ! あんなに可愛いのに! ドレスを着たら葉月は綺麗なの!」
「アイツはそういうのが『嫌い』なんだよ!」
「シャラップ!」
二人の言い合いに隼人は耳を塞ぎつつ叫んだ。
年下の二人がピタリと言葉を止めた。
「ごめん……、マリア嬢……。俺も達也と同意見だな。
あまり大勢の前では……葉月は着ることには抵抗があると思うし。
たとえばだけど……着せたいなら俺達の前だけなら大丈夫だと思う」
「ダメです! そんなの! 沢山の人に見てもらいたいんです!」
マリアの妙に強い意志に隼人はちょっとおののいた。
「皆の前でヴァイオリンも弾いてもらいたいんです!」
それを聞いて……隼人はちょっとムッとした。
隼人はサッと立ち上がる。
「中佐──?」
「……」
マリアはちょっと恐れたように隼人を見上げ……
達也は様子を見るように静かに見ていた。
「葉月は見せ物じゃないんだ」
マリアに背を向け……隼人は拳を握った。
「私、見せ物のつもりで考えついた訳ではありません」
「……」
「葉月の心の傷の事だって一生懸命考えた上で……」
「君に……あいつの苦しみの何が解るんだよ!」
「!!」
振り向いた隼人がそんな荒々しい声をぶつけてきたので
流石のマリアもグッと引いた。
「傷が見えないドレスを着せればそれで良いって問題じゃないんだよ。
ヴァイオリンだってそうだ。何故? それが弾けるんだという事を葉月は知られたくないんだよ!」
『皆に言わないで……』
ヴァイオリンが弾けると初めて隼人が知った時……葉月が苦しそうに言った。
あのバスの中での事を隼人は思い出していた。
隼人の前でも滅多に弾かない。
両親の前でだって今回、やっと元通りに見せられるようになったばかりなのだ。
するとマリアがキッとした強い眼差しを隼人に向けて立ち上がった!
「私──中佐は、葉月を溺愛しすぎていると思いますわ!」
「おい。マリア……」
達也がマリアの腕を引っ張り退かそうとしたが、マリアが気強くはね除ける。
「……溺愛?」
隼人の眉間に皺が寄る。
「そうして周りの優しい男性達に大事にされすぎているから!
その『範囲内』だけでしか『自分』になれない気がするんです。
だから! 葉月はいつまで経ってもそういう成れるべき事にチャレンジしないんだわ!」
「なんだって!?」
隼人を含めた周りの男達が、葉月をいつまで経っても良くしない原因。
そう聞こえた──!
隼人の握った拳は、もうちょっとでマリアの襟を掴みそうになったのだが……。
隼人は上げかけた手をグッと握ってなんとか堪え降ろした。
「君は……ただ、自分が姉さんとの約束を実現させたいために
葉月を引っぱり出そうとしているだけなんだ」
「違います! 中佐も『勇気』を出して下さい!
私だって……怖いんですから、こうして達也と中佐にお願いしているんです。
一人で出来ると思ったなら相談しないし、私、一人で葉月に話しますもの!」
「俺だって! あいつがあるべき姿に戻るように……この一年!
彼女が傷つかないよう細心の注意を払って少しずつ後押ししてきたんだ!
そんな『簡単』なことじゃないんだよ!
君は解っていない! 彼女がどれだけ苦しんでいるかなんて……!
なんでも『こうすれば良い方向へ向かう』なんて『一般的理論』は
あいつだって頭で解っているんだよ!
それに心がついていかないから、あんなに苦しんでいるんじゃないか!」
「だから! それを葉月にもっと心で感じてもらうんです!
あの子が一人で出来ないなら、私達が皆で後押ししてあげなくちゃ!」
「それが出来るなら! とっくに俺達より先に一緒に苦しんでいる人達がしているさ!
後押しばかりが良いこととは思わない。
それに……最後に糸を解くのは葉月自身なんだよ!」
隼人は再び背を向けて一歩踏み出した。
「中佐……」
マリアの涙声が頼りなく届いた。
「私だって昨夜……一生懸命、葉月の今までを考えました。
でも……葉月が望んでいるのは『元の姿』だと思って……」
「……」
背を向けたまま……隼人は唇を噛みしめた。
マリアの葉月を思う気持ちは『真剣』だと充分に解っているから
その真剣さがとても痛く感じた。
彼女は……真っ直ぐすぎるのだ。
この『直線』が……葉月には通じないことをマリアはまだ解っていない。
「ここに皐月姉様がいたら……言うと思うんです」
マリアが泣きながら……崩れるようにベンチに座ったのが伝わってきた。
「リトル・レイが素敵なレディじゃないままなんて……私の妹じゃないと。
あのままじゃ……皐月姉様が心配している。
姉様は葉月があんなになる為に守ったんじゃないと思うし……。
生きていたならば……姉様はこんな風になる葉月を一生懸命元に戻そうとするって……。
私があの子の本当の姉なら……そうする!」
『だから……今回の事をどうしてもしたい』
彼女がそう言いたいのが隼人にも解った。
「マリア……」
泣き崩れたマリアの肩を達也がそっと撫でているのを、隼人は肩越しに眺めた。
「お願いです、中佐。一緒に『勇気』を……葉月にも『勇気』を……」
「考えさせてくれ」
隼人はそれだけ固い声で残して……ランチもそこそこに芝庭を歩き始めた。
「俺だって……」
隼人は唇を噛みしめながら唸った。
背中の向こう……。
木陰のベンチでマリアがすすり泣いていた。
達也がそっと彼女の肩を抱いていたわっていたから……
とりあえずは安心をして隼人は心苦しいまま中庭を去った──。
「お前、すごいな──」
小さくなっていく隼人の背中を見つめながら達也が呟いた。
「やっぱり達也が言った通りね……難しい事みたい」
「まぁ……それが解ればいいけどさ?」
「ところで? 私がすごいって何が?」
マリアはハンカチで涙を拭きながら、達也を見つめた。
「あ? ああ……兄さんをあそこまで怒らすなんてなぁー」
「それほどの事を言ったと自覚しているわよ?」
「いやー。大抵の事は、あの兄さんは押さえ込める男だからな?」
達也は任務で初めて隼人と話した空母艦での出来事を思い返してそう言ったのだ。
どんなにつついてやってもなんのその。
落ち着き払った眼差しで淡々としている冷静な男だと思っていたし
『葉月と一緒に小笠原で待っている』なんて……
ああいう事も平気で言える男。
それに葉月のミャンマーの事件を知っても、多少、狼狽えはしても
なんなく自分の中で上手く消化して素知らぬ振りをするぐらいだ。
ああも怒ると言う事は、自分の事より本当に葉月が一番『痛いところ』となるほど
愛していることも伺えた瞬間だった。
マリアの『溺愛』という言葉も見る側によればそう取られても仕方がないかもしれない?
しかもその『痛いところ』をマリアは勇気を持って鷲掴みにした。
(マリアの言う事も……一理あるんだけどな?)
達也もそう思って……隼人に相談するマリアを見届けに来たのだが。
やっぱり──『難しい事だった』と……自分もそこは隼人に賛成だ。
だが……マリアと葉月は女同士。
なんでも聞くところによると?
葉月は昨日のマリアへの告白で『取り乱して叫んで泣いた』というらしいじゃないか?
それは……隼人にも達也にもしなかった『反応』だ。
イコール……。
やっぱり葉月は『男』の前ではある程度は『作っている』と言う事になる。
マリアはお姉さんのような同性の女性だから……壊れやすかった?
達也はマリアの計画に少しばっかり『乗った』のも
そういう『賭け』も有りかもしれないと頭にかすめたからだ。
これは……いわゆる達也の『勘』だった。
「まぁ……兄さん。考えるって言っていたし……そう泣くなよ」
達也はサンドウィッチをマリアの膝から取って頬張った。
「私──諦めないから!」
マリアがまた強い眼差しでハンカチを握りしめた。
達也が励ました所で、『戦闘態勢』はまったく萎えていない様子。
『おいおい』と達也は苦笑い。
『暫く──目が離せねーじゃないか?』
達也はあぐらをかいたまま……目を半分にしてため息をついた。
『皐月姉様なら言うと思うんです』
『私が本当の姉なら……そうする!』
隼人は溜息をつきながらメンテ本部に戻ってきた。
急にマリアに突きつけられた事が……衝撃的だった。
確かに──いつまでもこのままではいけないことは隼人も重々解っているのだ。
だが──落ちついてくると、マリアの言っていることも間違ってはいないことも理解できてきた。
あんなに……ムキになるなんて。
マリアのことではない。
マリアと真っ向から感情のまま言い合った隼人自身の事を自分で驚いているのだ。
そこには、今まで一人だけで背負ってきた隼人にはない事だった。
隼人はそっと笑っていた。
「なんだ、俺だけじゃなくなったか」
あんなにムキになっているマリアだって……
あんなにムキになった隼人と同じじゃないか?
そう思うと……ちょっとまだ引っかかるが、心が軽くなった気がする。
『勇気をお願いします』
マリアの切望する真剣な涙声。
『私達と一緒に──』
ふぅ……と、隼人は一息ついて詰め襟をつまんで正す。
隼人は今まで『皐月の事』を深く考えた事はなかった。
あのマリアは……皐月の事も葉月の事も『姉妹』単位で、考えている。
『姉様は心配している。もし……生きていたら……』
そんな事、考えた事もなかった。
姉妹のどちらにも触れることが出来たマリアだからこそ言えたこと。
あれは隼人にはなかなか……予想は出来ても自信を持って言い切る事は出来ない事だ。
「確かにな……。姉さん、泣いているだろうな」
葉月はそれを解っているのだろうか?
解っていてもそれを邪魔するのが『あのイキモノ』なのかもしれない。
だが……隼人とて、『あるべき姿に戻って欲しい』のは同じだ。
ただ、今の葉月だって充分だから、そんなに先は急がないつもりだった。
だけど?
告白をしてマリアには『感情的』になった葉月なら……。
マリアの言う事は聞くかもしれない?
それは『賭け』に近かった。
強制的にマリアが押しつけて、またもや二人の仲が険悪になるケースも考えられる。
その時……隼人の脳裏に昨夜の葉月の笑顔がフッと浮かんだ。
『私、もう一度……やり直すからね?』
あの穏やかな笑顔。
『……あなたの為にやり直すの』
熱い彼女の涙。
「そうだ。マリア嬢の勧めで険悪になるなら……葉月だって今までと変わらないって事じゃないか」
『私は今夜……ちょっとだけ綺麗になったと思ったわ』
『今度は女として……立ち向かうから』
『綺麗になりたいんだな? 葉月──』
隼人は本部の廊下前でグッと拳を握った。
『葉月のあの言葉を信じるなら──』
マリアが言い出した事は、今までにない『さらなる一歩』になるはずだ。
『私だって……怖いんですから、こうして達也と中佐にお願いしているんです』
「そうか……そうだったな」
隼人はちょっとうなだれながら……微笑んでいた。
『俺も怖いに変わりはない』と──。
すると──。
「いた! 隼人さん!!」
階段を駆け上がってきた葉月が息を切らしながら廊下を走ってきていた。
「葉月? どうしたんだよ? そんなに慌てて?」
隼人はピッと気持ちを切り替えて、いつもの自分に戻ろうとする。
葉月がリュックを片手に隼人目がけて一直線に走ってくる。
そんな葉月を目にして……隼人はなんだかやっぱり微笑んでいる自分に気が付いた。
「まるで本当にウサギだな。ピョンピョンとどうしたんだよ?」
汗をかいている葉月の額の栗毛を隼人はなにげなくかき上げていた。
その隼人の仕草を葉月が見上げて……なんだか恥ずかしそうに俯く。
彼女が『意識』しているから、隼人まで意識してしまってサッと手を除けた。
「ええっと……その」
「なに? お前、昼飯食ったのかよ?」
せっかくマリアが誘ってくれたランチだったが、
あのような事になってしまい『食いっぱぐれ』た。
今ならまだ……葉月と出かけ直す事が出来るのだが。
「それどころじゃないの! 私、昼休みが終わったら、すぐにエディに会いたいんだけど!」
「はぁ!? なんだよ、突然!?」
「あの人はすぐに会わないと色々と忘れちゃうかもしれないもの!」
葉月が変に興奮しているので隼人は眉間に皺を寄せた。
「落ち着けよ? どうしたんだよ?」
隼人が葉月の頭をちょんと指で突き返すと葉月がハッと我に返る。
「さ、さぁね?」
「またそれかよ? 言っておくけど。エディなら今日、会ったよ」
「……それで? どんな反応だったの?」
「それが……。キャプテンから『神経質な子だから』と聞いてはいたんだけど?
変にとぼけているっていうか……」
隼人はエディに『来て欲しい』と言った時のことを思い出す。
なんだか驚くわけでもなく、拒否反応を起こされた訳でもなく……。
『ええ? 俺ですかぁ? はぁ……』
という何とも言えない反応だったのだ。
その上、隼人が『何故、君を選んだか』という説明をしても
なんだかのらりくらりと上の空。
いや……『聞いている?』と言いたくなるくらいぼんやりとしていて
逆にウィグバードキャプテンの方がハラハラと見守っていたのだ。
その上……彼等と別れた後のマリアの一言。
『中佐? 本当にあの人が一番に欲しいのですか?』
マリアまで眉をひそめて不思議そうだった。
それを葉月に報告する。
すると葉月は『はぁ』となんだか解りきったような呆れた溜息をこぼした。
「好き嫌いがハッキリしている事を神経質っていわれているんじゃないの?
たぶん、整備外の事には、精神的な事とか周囲とのバランスに重点は置いていないのよ」
「なんだよ? 急に知った風に……何処かで会ったのか?」
「……なんでもいいから! すぐにもう一度面談する手配を取ってよ!」
「ああ……はいはい。大佐」
ここにも『突撃女』が出現して、隼人はげんなりとする。
昼休みも終わりに近づいて、マリアが帰っては来ていないが
葉月がすぐにとうるさいので隼人は臨時席でもう一度、席を設ける手配をする。
「大佐嬢が直々に会いたいと……今、控えているんですけど」
隼人は午前にあったばかりなのにと、恐る恐るウィグバードに連絡をした。
『大佐嬢が──!?』
彼はもの凄く驚き、一時黙り込んだが……
『わ、解りました。こちらも午後に甲板へ出なくてはいけませんので、今すぐ!』
「はい、申し訳ありません。彼女とすぐに伺います」
隼人は内線受話器を耳に当てたまま、横にいた葉月に『OKサイン』を示す。
葉月が『ニヤリ』と微笑み、ザッと脱いでいた上着を羽織り始めた。
二人はすぐさまメンテ班のフロアに向かった。
「ふーん。クーパーはダメだったの」
「ああ、ガッカリだよ」
「私はあなたの第二候補にあがっている、デイヴィット=ファーマーも良いと思うけど?」
午前中にエディと面談したミーティング室。
そこで葉月と隼人は並んで、キャプテンとエディが来るのを待っていた。
「なんでファーマーなんだよ?」
「隼人さんと歳も変わらないし……成績も上々。キャリアは並んでいたからよ。
隼人さんは年上の男性をお望みのようだったし、それも良いとは思っていたんだけど。
向こう側としたら……家族ごとの転勤はもちろん、キャリアが下のキャプテンの配下、
さらにここより小さい基地への転属。リスクがありすぎると思ったんだわ。
ファーマーは……結婚したばかりだったわね?
キャリアも隼人さんと同じぐらいだし、意外と同世代で良い関係になれると思ったのよ」
「そうか……。俺の高望みだったかな?」
「いいじゃない。上の人のキャリアなんて頼りにしなくても
隼人さんなら出来るもの!それにコリンズ中佐とフランシス大尉だって……
階級に違いはあるけど、同じ年頃、キャリアで支え合っているの知っているでしょう?」
「ああ……そうだったな」
葉月にそういわれると……隼人もなんだか心が明るくなってきた。
それに……今までの先輩チームメイトという隼人が描いていた形へのこだわりも、
スッと解けていく感じがした。
『なんっすか! 俺、早く甲板に上がって先に整備したいんですけど!』
そんな声がドアの向こうから聞こえてきて、二人の話もピタリと止まる。
「エディ……嫌がっているなぁ……」
隼人はしつこい中佐だと思われたな……と、エディの反応に溜息をついた。
だが……葉月は横で何故かクスクスと笑っていたのだ。
『大佐嬢が直々に会いたいといっているんだ!』
『いいっすよ! 会いたくないですよ! キャプテンだけでいいじゃないっすか!』
ドアのガラス越しに、キャプテンに襟首を掴まれているエディの様子がうかがえる。
「会いたくないと言っているぜ?」
隼人は葉月を伺うように見下ろす。
「ふふ。まぁ……見ていてよ」
だが……葉月はニヤリとしただけで余裕だった。
「失礼します」
ウィグバード中佐が厳かに敬礼をして、ドアを開け入室。
エディは敬礼もせずに知らぬ振り……ふてくされていた。
「エディ!」
キャプテンにつつかれて、エディは面倒くさそうに敬礼をした。
「ああいう畏れもない所、いつだかのあなたそっくり」
葉月はクスッと隼人の横で笑った。
「いつだかってなんだよ?」
「ふふ……」
隼人は心外だったのかじろりと葉月を見下ろしてきたが
自分も思うところあるのか、誤魔化すような咳払いをしてそっぽを向いてしまった。
「お待たせいたしました」
ウィグバード中佐は、初めて会う葉月にとても緊張しているようだったのだが……。
「初めまして……ウィグバード中佐。お忙しいところわたくしの我が儘を
聞き入れて下さいまして……有り難うございます」
「いいえ……。ほら、エディ!」
キャプテンはまだふてくされているエディに大佐嬢への挨拶を促した。
「ハロー。エディ……我が儘な女は嫌いだって充分解っていたのだけど……。ごめんね」
葉月は目も合わせてくれないエディにニコリと微笑んだ。
特に大佐嬢らしい言葉でなく……フレンドリーな話しかけに
横にいた隼人も……そしてウィグバード中佐も面食らって驚いている。
「……?」
エディがそっと頭を上げて、葉月の方へと視線を向けた。
「わっ!」
エディの驚いた視線と葉月のニッコリした顔が合う。
するとエディがタタタ……と、葉月が座っているデスクまで寄ってきた。
「レイ? なんでここにいるんだよ?」
「……なんでって」
葉月が大佐として会いに来ても先程とまったくもって様子は変わらない。
何に驚いたかと言えば、『レイ』が目の前にいるだけの事で……
『レイが大佐!!』なんて驚き方ではなかった。
葉月はそこも思っていた通りの彼だったのだが……
ここまでずれていると葉月も苦笑いしかこぼせなかった。
「ほら、さっきの私よ? 私……大佐でしょう。これで解ってくれた?」
葉月は自分から上着の肩章をつまんでエディに突きつけた。
横で隼人が唖然としている。
それもそうだろう──?
葉月が自ら『大佐』を誇張するなんて事は滅多にないからだ。
「冗談きついな? まさかパパの上着とかじゃないのー。
朝の付き添っていた女性と違うね。今度はレイが中佐に付き添い?
アシスタントの研修生だったんだ! それで俺をからかいに??」
『こら、エディ!』
キャプテンはやや取り乱し気味でエディの背に向かってきた。
自分の配下の隊員が大佐嬢に無礼な態度を示していると焦っているようで……。
「くっ……くく……」
でも……ついに横にいた隼人が笑い出していたのだ。
「あら? 正真正銘、私の上着よ? 本名はハヅキ=ミゾノ。
フロリダでのニックネームは『レイ』よ」
「え!?」
やっとエディの表情が固まった。
「あなた、私に言ったわね? 甲板に出たら整備をしてくれると……。
何回だって甲板に出ているわよ? 私」
「ああっ! 俺に嘘ついたんだ!!」
「だって、エディが勝手に私に色々話し出したんじゃない?」
「あの酸っぱいライスボールをもらったからって、それとこれとは違うと思うな!」
「何言っているのよ? あれぐらいのご馳走で『日本に来い』だなんて
ケチな事はしないわよ?」
ついにキャプテンは諦めたように隼人の前の席に疲れたように座り込み
隼人に至っては『いきさつ』をだいたい飲み込んだのか
横で肩を揺らして笑いを堪えてばかり。
「エディ……私の前に座って。今度は私の話を聞いてよ。
それぐらいお願いしても良いでしょう?」
「わかったよ。メシのお礼でっていうなら、聞くだけだからな!」
また……隼人が横で必死に笑いを堪えていた。
これだけ葉月に対して畏れもなく、まるで一人の女の子に接するだけの
エディの妙な感覚にどうしても耐えられないらしい。
というか……『益々、気に入って喜びが隠せない』という所だろうか?
そんな隼人に葉月が一睨みすると、やっと隼人がなんとか真顔で背筋を伸ばした。
「エディ……あなた、言ったわね?」
「色々ね」
「……もう、まじめに聞いて」
葉月が口をとがらすと、また隼人がクスリとこぼす。
もう、鬱陶しいから構わずに葉月は続ける。
エディと一対一の話し合いだ。
「整備をしている俺が一番『俺』って感じだって」
「ああ、言ったよ?」
とぼけて、ふんぞり返っているエディに葉月はキラリとした眼差しを真剣に向けた。
するとその眼差しに捕まったエディが……フッと急に姿勢を正す。
それでも……葉月へ向ける彼の眼差しは対等に……急に輝き始めたのだ。
「私も……コックピットの中では『私』って感じよ。
それこそ……御園葉月と思っているわ」
「……」
エディと葉月の視線の交わし合いに静かでピンとした緊張が走ったようだ。
そこで真剣に見つめ合う二人に、隼人もキャプテンも一瞬息を呑んだように……。
「空の『私』と甲板の『俺』……。そこに男と女はないと思うわ」
「……」
「そんな世界じゃない事、知っているでしょう?
私は真剣に空を飛んでいるのよ。それに空では大佐なんて役に立たない」
「……」
急にエディの顔つきが変わる。
先程まで少年のようにとぼけていた彼ではなかった。
葉月は一瞬、ドキリとした。
きっとこの顔が……甲板での彼の本当の『男としての顔』
頼りがいがある顔だった。
『甲板の男』
そのエディは葉月の眼差しに真剣に対面している。
さて──?
このずれた男が真の男として出す答は──!?