41.甘い隙

 

その頃……マリアは……

まだ日は沈んでいないが夕暮れの海が見えるナイトバーにいた。

落ちついた『理数系隊員』の通い場になっているだけあって、

汗くさく騒ぐばかりの男はそうはこない。

もの静かで知的な隊員客が集まる店だった。

 

「もうすぐアイツも来るから、アイツの話、聞いてやってくれよ?

好きなんだろ? アイツの事……」

目の前にいるのは、上司と親しいあの『ブルース』だった。

 

達也と待ち合わせしている駐車場で、彼に声をかけられた。

『お前、このままで工学科に帰れると思っているのか?』

凄むブルースの目が怒っていたのだ……。

それに脅されるように彼にここまで連れてこられた。

いつもの酒場。

 

「お前、随分だな。あれだけロジャーを散々頼って、あんな恥をかかせて。

ここの所、お前は、ことある事にロジャーをこの酒場に引きずりこんでいたくせに

利用価値がなくなったら、あっさり他の上官に乗り換えるなんてな!」

「引きずり込んでいたなんて……違うわ! ここに誘ってくれていたのは少佐の方だわ!」

マリアは額に汗を浮かべてブルースに弁明をする。

「何言ってんだよ? ロジャーから誘うように隙を作ったのはそっちじゃないのかなぁ?

ロジャーは言っていたぜ? 彼女は毎晩俺を頼って来るって……。

『俺にその気があるんじゃないかな?』と……本気にさせたのはそっちじゃないのか?

それなのに……サポートしてくれたロジャーを利用したみたいに

切り捨てて、あっさり空部隊へ行ってしまうなんてな?

俺達、困っているんだよ。講義の数は増えるし……

なのに……いいよな? お前は父親同士が知り合いってだけで

『大佐嬢』との仲を利用して……あんな一夜漬けみたいな計画で

俺達を犠牲にして、偉そうなポジションにウキウキと行ってしまったんだ」

「それは──謝るわ! でも……少佐が……」

マリアがマーティンの後ろ盾を信じて遂行していた事を説明しようとすると

フッとブルースが呆れたように笑い出した。

 

「ほんっとうに、真っ直ぐなだけの『嬢ちゃん』は、かったりーな」

「──!!」

 

「お前さ……。あんな計画をロジャーが本気にしていたと思うのかよ?」

「どうして? だったら、何故──? 推薦してくれたのよ!?」

「そういう所が『お嬢ちゃん』だって言っているんだよ」

ブルースはさらに呆れた笑いを浮かべて、さらに気だるそうに足を組んだ。

「お前が勢いで『お願いします』って、ロジャーに頼み込むから

ロジャーだって、推薦せざるを得なかったんだろうさ?

ロジャーは推薦しても、サワムラ中佐が断る事なんて最初からお見通しだったんだ」

「だから……そ、それなら、す、推薦しないのが上司じゃないの!?」

マリアは唇が震え始めていた。

頬も引きつって……声もうわずった。

『疑惑』が今、明らかにされてゆく……。

やっぱり、マリアの上司、ロジャー=マーティンは……

断られるのを『前提』で嘘でマリアを推薦していたのだと……!

「だからさ……お前のそういう所、むかつくんだよな」

「……」

ブルースが、眉間に皺を寄せてテーブルに身を乗り出し、マリアの顔に近づいてきた。

「ロジャーは……お前は『自信家』で『プライドか高くて』扱いにくいって言っていたぜ?

そんなお前がいつもの『自信たっぷり』でしつこく計画の推薦を迫って

はね除けると後で扱いに困る……、だったら、推薦して、上の中佐に断ってもらうのが

お前が一番、身に染みて……納得すると思ったんだよ」

「……じゃぁ……私が泣いて帰ってくるのを……? 望んでいたわけ?」

「泣いても、お前はいつもロジャーを頼っているだろう?

だから……ロジャーも後で慰めれば……それで済むと思ったんだぜ?」

「それは……違うわ!」

思っても見ないことを、次々と『自分のせい』とされて、

マリアは目に涙を浮かべて、否定した。

だが……確かにマーティンを頼っていた。

確かに……彼に甘えていた。

そして──信じ切って……

そして、彼のお陰で今日までなんとかやっていたのは否定できなくて、言葉が続かない。

「それが……なんだよ? あっちの『大佐嬢』も飛んでもないな!?」

「……大佐が? どうして?」

すると、ブルースはまたフッと口元をつり上げて笑う。

「お前と『同類』だな。お前が作った『お子様』みたいな計画書を本気にしてさ。

いいよな? 親の七光りで大佐になって、『お子様』みたいな計画を

力で『さも本当になるように』、動かすことができちまうんだ。

それをものの見事にやりやがったな──」

「──!!」

『ハヅキはそんなんじゃない!!』と、マリアは言いたかったが……

『お子様みたいな計画』という言葉にショックを受けて、放心状態になった。

そう……本当に『一夜漬けの計画』だった。

あれこれと『こじつけて』隼人に押しつけたのだ。

隼人が押しつけられたとしたら、その通過点である『上司』のマーティンだって……

ブルースがいうように『押しつけられた』になるのだろう?

マリアは降参したようにうなだれた。

ブルースが側で勝ち誇ったようにクスクスと笑い出す。

(ハヅキが……こんなふうに言われるのは、私のせいだわ!)

初めて……『私情』を『こじつけ』で押しつけて、押し掛けて……

側近の隼人が『お断りだ』と、差し止めようとした所でやめるべきだったのかも?

マリアの『私情』の『真意』を、知ったからこそ皆がサインをしてくれたのだ。

ランバート大佐以外は──。

葉月も本来なら、はね除けるはずだ。

それをマリアの『我が儘』を上手に動かしてくれた『職務』とみせかけて。

葉月に『私情計画』に巻き込んで、『親の七光り』とか言われるように

『権力』を使わせたのもマリアに違いない。

マリアは葉月にも迷惑をかけたことになったとうなだれる。

 

『皆、共犯』

『そ。私も、マイクもね』

 

隼人と葉月の余裕ある声が聞こえてくる。

 

『なんでも──そういう『アクション』から、始まるんじゃないの?』

『君らしくないな? 自信があってきたんだろう?』

隼人の寛大な言葉も──。

 

あの二人は……マリアが日々接している同僚と上司とは全然『質』が違う。

マリアはそういう人間に向かって、『不届き』をぶつけていた事を

ここで初めて知ったように思えた。

 

「そうね……。私は変に自信家で、プライドが高かったかもしれないわ」

マリアがガックリうなだれる。

「……」

ブルースがちょっと驚いたように息を止めていたが、

すぐに鼻でせせら笑らった。

 

「……ブルース。やっぱり、彼女を随分虐めたな?」

「!!」

マリアが顔をあげると、そこには書籍を小脇に抱えたロジャー=マーティンが立っていた。

「少佐……」

「なんだよ。お前が言えなさそうな事、俺がずばっと言ってやっただけだぜ?」

「お前に頼むんじゃなかった。ちょっと残業になるから出て来れなかったんだ」

「……」

ブルースに随分責められていたので、そこに現れた上司の笑顔に

マリアは変に救われたような……これ以上悪くならないような気にさえなった。

四人がけの丸テーブル、マリアの隣にマーティンが腰をかけた。

二人の男に挟まれてマリアは座っている形になる。

「コイツが言ったこと、気にするなよ」

「いえ……ですが……。確かに私は自分が前に進むことばかり考えていて

周りの仲間にかかる負担を考えていませんでした。

今朝は……少佐にご迷惑おかけしました」

マリアはブルースに言われた事も一理あると思い、

素直にマーティンに詫びる。

「いや……」

だが、いつものように『たいしたことないよ、気にするなよ』と

頼もしく言葉をかけてくれる少佐はそこにはいなかった。

やはり──皆の前で、『上司としての不手際』を大佐嬢に指摘され……

それが納得いっていないのか、マリアが詫びても彼の頬は引きつっていた。

 

「ブラウン……」

マーティンがマリアを真剣な眼差しで見つめた。

「はい……」

「悪いと思っているなら……戻ってきてくれ」

「はい?」

「……『計画書』を取り下げてくれないか。アシスタントを『辞退』してくれ」

「──!!」

「そうだな。そうすれば、俺達にかかる負担もなくなる。

今日は、一日中講義に縛り付けられて散々だったぜ?」

ブルースも刺々しくマリアにむけて、不満そうな鼻息を飛ばしてくる。

「それは……つまり……?」

マリアは彼等が言っている意味がすぐに理解できなかった。

マーティンの真剣な訴えるような眼差し。

ブルースの責める冷たい眼差し。

 

マリアは突き刺すような男二人の視線に挟まれて、額に汗を滲ませた。

つまり──彼等は『私には無理でした。もう、出来ません。工学科に帰りたいです』と……

マリアの口から言わせたいのだと解ったのだ!

マリア自身が投げ出して帰ってくれば、

『なんとなく許可』したマーティンの『曖昧な判断』が正しかったという事にもなり

彼の面子も戻る。

そして──同僚教官達への負担も減るのだ。

 

「そんな──」

せっかく隼人と良い感触で、彼に迷惑をかけた分役に立とうと仕事を始めたばかりなのに。

それに──葉月とも。

訳が解らなかった彼女の姿がおぼろげに見えてきた。

そして……達也にも『伝えたいこと』がやっと見えてきたのに──!!

 

マリアは暫し、途方に暮れていた。

 

 

 

 「さぁ、着いた。ここだよ」

フェニックスが並んでいる駐車場。

落ちついた店構えのナイトバーに葉月達はマイクに連れてこられた。

 

「ここは理数系隊員達、御用達のバーのようだね? 結構、静かで雰囲気がいい」

マイクがちょっと気に入ったかのように説明しながら黒い車のエンジンを落とす。

 

「……」

後部座席には、達也と隼人が並んで乗っていたのだが、

達也は憮然としている。

それもそのはずで……ここに来るまでに

落ちついた先輩であるマイクの口から……洗いざらい……

『御園大佐からの調査依頼』により、『元妻が、上司を頼ってバー通い』を

マイクが調べた事も、工学科で離婚後、変に男性隊員にからかわられてたことも。

そして──葉月が目撃した『エレベーターセクハラ』の事も、

マリアの『アシスタント希望』により、マーティン少佐教官班で、朝方、もめたこと……。

マーティンの推薦が『みせかけ』だった事も……。

全部、全部……説明したからである。

葉月がそんな依頼をしていた事については詳しく話す雰囲気ではなくなった。

達也は驚きの連続の後……急に無口になったのだ。

おそらく……何も知らなかった事に関して、離婚後の事であっても

達也が自分自身を『責めている』と……。

葉月が小笠原で『調査依頼』をした事よりも、その方が今の達也に取っては『重要』な様だ。

葉月も……そして隼人もマイクも同じように感じた様で、誰もそれ以上は達也に触らなかった。

 

四人揃って車を降りて、店へと向かう。

「秘書室を出る前に、工学科に確認を取ったら……。

私達が出かけるときにはマーティン少佐は退出した後だったみたいだね?

ここにマリア嬢がいるなら、彼ももう来ている頃だ」

マイクの手際よさに、隼人と達也は驚いて顔を見合わせた。

 

 

茶色のけやき木材作りの店の窓枠。

葉月が先にそこに辿り着いて、高い窓に頭をちょこんと押しつけて覗いていた。

「いたわ!」

葉月の手招きで、背が高い男3人も腰をかがめるようにして覗き込んだ。

覗いている窓際の横が、バーの入り口扉。

扉を開けると、すぐにカウンター。

カウンターに座ると背向かいには観葉植物の壁。

観葉植物の壁のすぐ側にはビリヤードの台があって、何人かの隊員が

すでにゲームをして楽しんでいる。

後の茶色い木張りの床のスペースは全て丸テーブルの客席になっていた。

その板張りの一番奥の席。壁の前……。

そこにマリアが男二人に挟まれて座っている。

 

「あー、やっぱり。今日のこと……責められている感じだなぁ……」

確認した隼人も溜息をついている。

そして──達也も元妻を取り囲んでいる男を見て、とても怖い顔をしていた。

「あの人……彼と仲の良い同僚ね? ブルースって言っていたかしら?」

葉月がマイクを見上げながら指さして確認する。

「……レイに黙っていたけど」

マイクが気まずそうに言葉を濁した。

「な、なに!?」

「なんだよ!?」

マイクのその言葉に、葉月だけでなく達也も敏感に反応してきた。

「……マリア嬢とマーティンが待ち合わせをしている時……。

彼はマリア嬢が来るまではマーティンと一緒に飲んでいることが多かったかな」

「それで!?」

葉月と達也が揃ってマイクに詰め寄った。

息があった反応で、マイクが一瞬たじろいだが……隼人も驚いた。

本当に似ていた。

葉月が言っていた『双子みたいなの』という言葉に変に隼人は納得。

たじろいだマイクがまた言いにくそうに話し始める。

「逆に、マリア嬢が先に来ていても、マーティンだけがマリア嬢と合流して……

彼は一人で飲むか……もしくは、出逢った工学科の仲間と飲むか……。

先に帰る日もあれば……マリア嬢が先に帰ったのを見計らって

マーティンとその後合流……。つまり、マーティンの一番の相談役みたいだね。

ある晩……」

さらに……マイクが言いにくそうに、そして今度は達也を気まずそうに見下ろした。

「な、なんだよ……言えよ。マイク!」

「良いのかな?」

「……」

葉月と隼人も、お互いに変な予感がして一緒に顔を見合わせた。

「……先に帰ろうとするマリア嬢を見送るマーティンが……

そこの入り口の扉前で……いきなり……その……」

「──!?」

達也の顔色が変わった。

葉月と隼人も同じ事を頭に想像したようだ。

「……キスをしていたとか?」

達也が小さな声でマイクに問い詰める。

「まぁ……そういう事で……。見ていると『はずみ』とも思えたけど……

同僚のブルースが悪ふざけだったのか……」

また、マイクの言葉が歯切れ悪く止まる。

マイクは今度は……葉月を見つめて気まずそうだ。

「なによ……まさか……」

今度は葉月の顔色が変わった。

「……デジカメを持っていたと言えばいいかな?

その後、マリア嬢を見送ったマーティンとブルースが合流して……

ブルースが彼にデジカメを見せて冷やかしていたけどね……」

「あの野郎……!!」

達也が拳を握って立ち上がった!

「ちょっと、待った! 落ち着けよ、達也!」

隼人が達也の肩を掴んで入り口に向かうのを差し止める!

「そうですよ! ウンノ君、ここで殴り込んでも彼女が脅されているわけじゃないんですから。

乱暴をすれば、今は、君の方が分が悪くなりますよ!」

マイクに日本語で綺麗に制されて、達也もハッとしたのか……拳を下げて壁にもたれた。

だが……今度は葉月が怒り出す!

「マイク! なんで、それを黙っていたのよ!

撮った画像を、変に利用されたりしたら、どうなると思っているのよ!!!」

葉月の怒り方も尋常じゃなくて、流石のマイクもたじろぎ……

隼人も達也も今度は、今にも入り口に攻め入ろうと動こうとする葉月を一緒に止めた。

「レイ! 若い男の子達の『冷やかし』程度かもしれないと思ってそこは省いたんだ。

それに……マリア嬢も……まんざらでもないかも知れないと……

あの時は、彼女が彼に気があるかどうか俺も判断しかねたんだよ」

「ジャッジ中佐の判断が正しい。確かに、そんな画像を撮るのは趣味悪いと思うけど。

違う観点で見ると、仲の良い同僚を冷やかそうと思って……

そして……『告白』が成功したと思って『お祝い』感覚で撮ったのかもしれないし」

隼人がスッと葉月をなだめようと割って入っても……

「そんな男の悪ふざけ、許さないわよ!!!」

葉月は本気で怒っていた!

「だぁ! お前も落ち着けよ! 男はそういう所もあるんだよ!」

達也まで葉月を取り押さえて、葉月は隼人と達也に取り押さえられた形になっていた。

「なによ! 達也は悔しくないの!!??」

「悔しいさ! でも、落ち着けっちゅーの!!」

マイクが隼人にヒソヒソと耳打ちをしていた。

葉月はその様子に気が付いて……その『伝えた内容』を予想して……

『ショック』を受け……力を抜いた。

隼人が……マイクから打ち明けられた事に……

顔色が青ざめ……そして、葉月を哀しそうに見下ろしたからだ。

 

「そう……それは葉月……怒っても仕様がないな……」

葉月を取り押さえていた手を隼人が離したのだ。

そして……達也も、解っているかのように葉月の肩から手を離した。

 

そう──昔の『事件』でも姉は『画像』に収められた……。

マイクがそれを知らない隼人に率直に教えたと葉月は解ったからだ。

達也とは『男性が好む画像』……つまり『大人のビデオ』で、昔、『大喧嘩』をした事がある。

だから……葉月が『色もの画像』に『怒り』を持っている事は既に承知済なのである。

葉月は……唇を震わせて……

哀れむように見つめる男3人を睨み付けた。

だけど、頭を振って冷静になろうと努める。

 

「わ、解っているわ……。重きに軽き……でしょ? そうだったわよね? 達也」

「……ああ」

犯罪になった事が『重き』で、男性の色物趣味は『軽き』

昔、達也にそうしてなだめられた事を思い出して葉月はそっとうなだれ

何とか気持ちを収めた。

 

「……と、言いたいけど……」

マイクが窓辺に近づいて……奥を覗き動きを止めた。

「あ……」

隼人も気が付いたようだ。

「……デジカメに俺には見えるけどな?」

達也も気が付いた様だ。

葉月も背が高い3人の男達の隙間に割り込んで高い窓に張り付く。

 

そう──ブルースがマリアの目の前に……

今、知ったばかりの『疑惑のデジカメ』を突きつけていたのだ!!

 

「やっぱり! とりあえず、『静かに』中に入る!!!」

葉月は拳を握って力強く入り口に向かい始める。

3人の男達は溜息を一緒についた。

「せっかく納得して大人しくなったと思ったのに……。ま、静かにって……言っているし」

隼人が一番最初に諦めた様に葉月の後を追う。

「そうですね……。あの状況だと、しっかり見極めないとこのまま私も帰れませんし」

黙っていた手前、そして、調査で『目撃』していた一人として

マイクも溜息をもう一度ついて動き出す。

「……」

達也は、まだ窓辺で元妻の表情を心配そうに眺めていたが……。

「……アイツら! ちくしょうっ!」

葉月に似た勢いで、後を追ってきた。

 

最初に入った葉月が、まだ誰もいないカウンターに向かった。

 

「私、マルガリータ」

葉月がツンとした様子で、カウンターのバーテンに早速注文をしていた。

その隣にマイクが座った。

「車だからね。ノンアルコールで『フロリダ』」

落ち着かない達也を隼人がマイクの隣りに座らせる。

達也も隼人になだめられつつ、憮然と注文をする。

「俺は、ウィスキーソーダ」

最後に隼人。

「じゃぁ……俺は、ギムレット」

四人それぞれ、それらしく注文をしつつも……

背中の観葉植物の向こう側の様子に視線を馳せていた。

 

 

 「な、上手く撮れているだろう?」

 「──!! いつの間に!?」

マリアがなかなか『YES』と答えない事にしびれを切らしたのか?

ブルースがデジカメを取りだして、そこで撮った画像をマリアに突きつけていた。

 

そこにはある晩、マリアがふとした隙に上司に唇を奪われてしまった時の

映像が……ぼんやりした店の灯りの中写っていたのだ!

 

「……まだ、持っていたのかよ」

マーティンが照れくさそうに俯いた。

「──え、少佐は知っていたのですか!?」

「……まぁ、コイツが『からかって』撮ったみたいで……」

マリアは、愕然とした。

愕然としたのだが、何に対して『愕然』としたのかハッキリ解らなかった。

同僚にいつのまにか……この様な場面を撮られていた事?

上司がそれをなんなく受け止めて、取り消さなかった事?

自分が作った……ブルースが指摘した『マリアの甘い隙』に対して?

 

なんだか、マリアは今日までの日。

この上司の優しさとかいう『錯覚』に溺れていた自分を呪いたくなるほど

『ショック』だった。

 

「なんだ。納得していない顔しているな?

俺はこの日……やっとロジャーの気持ちがお前に通じたと思って記念に撮ったのにな」

「そんな! 許可なく、そういう事良くできるわね!!」

「つまり、お前も『それなりに』ロジャーに気を許していたんだろ?」

「でも……これは少佐が……」

『無理矢理』と主張したかったが……

確かに……あの晩、突然で驚いたがマリアはそういう『隙』を与えていたに違いなかった。

上司に突然……キスをされた。

あの後もマリアはかなり動揺して家に帰った。

車だから、軽いカクテルを一杯飲むにとどめて、二時間ほど彼と話して帰ったから

マリアは『酔ってはいなかった』

だから……余計に動揺して帰宅した。

一晩、考えた。

あれは……偶然ではずみで……『なりゆき?』と言い聞かせて

なんとか次の朝、出勤した事を思い出す。

マーティンは、その日は昨夜のことなど忘れたかのように

いつものしっかりした上司に戻っていて……

その晩、起きた事は……口づけをしたことは一切触れてこなかった。

その後も……なにも触れてこない。

やっぱり……あれは『お互いにはずみ』だったとマリアは思ってマリアも触れないように努めた。

だけど──それからマーティンは今まで以上にマリアに気を遣っていたのは確かだった。

マリアはそれ以降はちょっと反省をして『隙』は作らないよう、

彼の気持ちを探ったり、揺さぶらないように『職務』の姿勢を保った。

彼も……同じ様だったから。

なのに──一瞬の『隙』

手遅れだったようだ。

マリアはまたがっくりうなだれる。

 

「ブラウン……戻ってこないか? あの中佐がそんなに気になるのか?

あの中佐の気を引いたところで、彼は出張に来ているだけ、すぐに帰ってしまうんだぞ?」

マーティンが自信なさそうに呟いた。

「気になるって……少佐。私は仕事で関わりたいだけの事で

サワムラ中佐の所へ望んだだけで……。

それに……サワムラ中佐には……」

『葉月という恋人がいる』と……マリアは言いかけて口を閉ざした。

それは二人がまだフロリダでは公表していない『プライベート』な話で……

マリアは元夫の達也があの二人と親しかったから知っているだけの情報。

それ以上は、言えないことに気が付いたのだ。

「だったら……俺の所でも充分、仕事は出来るだろ?

何が不満であんな計画を立てたんだ?」

「それは……」

その理由も上手く説明できなかった。

なにせ……『私情』だったし、その訳も『マイク』に打ち明けたのがやっと。

それに目の前の彼等に『実は私情をこじつける為の計画書だった』なんて

口が裂けても言えなかった。

ここにきて……自分がやった『無茶』のしっぺ返しが来たようで

マリアは追いつめられた。

朝のように助けてくれる中佐も……大佐嬢も今はいない。

 

「旦那を置いてさ、実家に戻ったぐらいだ。未練はないんだろう?

それで……ロジャーを頼っていたんだ。まんざらでもないと俺は思っていたけどね。

それとも……ロジャーに飽きて、もっと上の男が良いなんていうなら……

尻軽も良いところだな?」

ブルースが冷ややかな視線でマリアにそう言った。

『違う』と、いいたいが……そういうと、ロジャーに甘えていたマリアが……

『隙がありすぎて甘すぎる』とか……

『良いように頼っていた』とかそういう事になる。

今、思い直せば……マリアはきっとそういう事をしていたのだろう?

何も……言い返せない。

それに達也を置いて出ていったマリアの気持ちは、この男達の前では

絶対に語りたくなかった。

それはマリアと達也だけの間で通じる話で、よそで話せば

『何故、別居した。離婚した』という皆が気になるところの話をさらす事にもなってしまう。

 

「マリア……」

マーティンが、マリアの手を握りながら……

珍しく名前で呼んで、マリアはドッキリした。

「俺の気持ち、解っているんだろう? 悪いようにはしないから……戻ってきてくれないか?

後のフォローは俺が悪くならないようにするから……」

「……」

マリアの身体は硬直していた。

心では『嫌です!』と……まだサワムラ中佐とハヅキと仕事をしたいんだと叫んでいるのに

身体が固まって……声にもならない。

 

何故? こんな事になったのだろう?……と、泣きたくなったぐらいだ。

 

「……出来ません」

やっと……何とか言えた。

自然に……意識せずに呟いていた言葉がそれだったのだ。

「……マリア!」

マーティンが詰め寄ってくる!

「何年も……ずっと一緒にやって来たじゃないか!?

あの日本人とは折り合いが絶対合わないって、俺は予感していたんだ。

ほらみろ……別れたじゃないか? 今度は、俺がお前を幸せにするから……!

俺の言う事を聞いてくれないか? 俺の言う事さえ聞いてくれれば──!」

「達也とは! 幸せでした!!」

「──!!」

マリアの言葉にマーティンが握っていた手からスッと力を抜いた。

「それに……! 私は! 誰の指図も受けません!!」

「……なんだと!?」

ブルースが、茫然としているマーティンの変わりに立ち上がった!!

 

「じゃぁ──! お前! ロジャーをやっぱり弄んでいたんだな!?

これ、みろよ!! お前……こういう事までして、ロジャーを利用したんだな!!」

ブルースが『いい加減気持ちの証拠』とばかりに、画像を突き出す。

「だから──違うって言っているじゃないの!!」

マリアは涙声で半狂乱になって叫んだ。

「マリア……」

マーティンがすがりつくような眼差しで、マリアを見つめる。

ブルースは『親友を傷つけた!』とばかりに、今にもマリアに飛び付きそう!!

 

「……あら? 随分、賑やかだと思ったら……こんばんは? 私も入れてくれる?」

 

丸テーブルの上に……一人の女性が足を組みながらどっかりと座り込んだ。

 

「──!!」

マリア達は、3人揃って顔を上げて息を止めた。

 

「ハヅキ──!?」

そこにはカクテルグラスを口元で傾けている『大佐嬢』が……

妙にはすっぱな仕草で、にっこり優美に微笑んで、そこにいたのだ!