33.疑惑の男

 

 『ただいまぁー』

 夕暮れの白い我が家に葉月は自転車で帰ってきた。

 

 「おっ。じゃじゃ馬、帰ってきたな!」

庭ではいつも通り……父・亮介がゴルフクラブを振っていた。

 「……ただいま」

葉月は、またもや呑気な父を冷めた目つきで、見つめて玄関を開ける。

マイクはまだ、秘書室で仕事をしていた。

父を送ったのは、他の秘書官で彼も父を送るとその車で基地に一端戻る。

その秘書官も帰ってきてから事務仕事をしていた。

別に父が『部下に押しつけてさぼっている』とは、思わないのだが……。

なんだか飽きもせずにゴルフばかり夢中な父にちょっと呆れただけの眼差し。

 

「ママ、ただいま」

 

「お帰りなさい! あら? 隼人君は? 一緒じゃないの?」

リビングに入ると、母・登貴子がダイニングテーブルに夕食を並べているところだった。

「うん、隼人さんは……お仕事が少し遅くなるから、ママにそう伝えて欲しいって」

マリアと一緒に仕事しているとは……葉月は、この時言えなかった。

「あら……そうなの……。焼きたてを食べさせてあげようかと思ったのに……」

今日は、昨日の葉月の帰省で出し損ねた『ミートパイ』

母の得意料理で、葉月の好物の一つ。

「でも、少し時間ずらしたら……いつもよりご飯が遅くなるけど、その頃には帰ってくると思うわ」

葉月はベッキーと母が揃ってこしらえたメニューを眺めた。

「わ! トマトマリネ!」

葉月がテーブルに飛びつくと、母が嬉しそうにニッコリ微笑んだ。

 

先程──、葉月が毎度の如く冷ややかな視線で家の中に入ったので

亮介が、残念そうな顔で庭からリビングにあがってきた。

「は・づ・きー。どうだ? 夕食まで一杯、一緒にやらないか?」

父が媚びを売るような声で、グラス一杯の酒を飲み干すジェスチャーをしたのだが……。

「……お部屋で一休みしたいんだけど……」

葉月がこれまた平淡な表情で応えると、また亮介が気の抜けたような顔でうなだれている。

「ごめんね? パパ……ちょっと疲れたの」

葉月がちょっと微笑むと、亮介はにっこり笑う。

「そうか──仕方がないか」

『お前はやっぱり相変わらずだね……』

父の心がそう言っているような気がした。

「後でね? パパ……。さっき、アンディ達にあってお茶してきたの。

彼等に会うと、なんだか……パワー吸い取られちゃうのよね」

「おお!? アンディとケビンとダニーと一緒だったのか!」

そういう事なら『疲れた』という意味も解った!と、ばかりに亮介の笑顔が輝いた。

なんせ、葉月のあの『フロリダ同期生』ときたら、成績も優秀だが『お騒がせ』も人一倍。

父は良い意味でも悪い意味でも、彼等が娘と一緒だと『大騒ぎ』と解っているようだ。

彼等が言うには『レイが一緒だから巻き込まれる』と言うのが口癖なのだが。

葉月のちょっとした『行動』を、大きくしてしまうのは彼等なのだとはここでも誰も解ってくれない。

「だって──あの人達、全然変わらないんだもの? 私はもう、十代の『男の子』じゃないのに。

相変わらず──そんな感じでからかわられてばかりで……お喋りに疲れちゃったの」

「そうか、そうか! 同期生に揉まれてきたか!」

亮介が何故だか可笑しそうに『わはは』と大声で笑いたてる。

「あら……葉月。あなたが彼等に会うって久し振りじゃないかしら?」

「うん……『4人揃うのは久し振り』って話してきたの。ダニーには帰省の度に会っていたけど……」

ダニーとは特に仲が良かったので、それはお互いが自然と会うようになっていた。

だけど、アンドリューにケビンは、訓練があったり母艦研修に出ていたりで

時間が合わないことがほとんどだった。

──と、葉月は……そう思いたい。

けど──『彼等』が言うには……『会えないのはレイが悪い』と言っていた。

「そうなの。まぁ──アンディもここ数年、あなたに追いつこうと必死だったみたいよ?」

「そうみたいね? いつの間にか中佐になっているし」

葉月は、アンドリューの話になると頬を引きつらせた──。

 

「久し振りで盛り上がりすぎたのか?」

亮介も葉月の顔が疲れていることを、やっと察してくれたようだ。

「そうね? 葉月、あなたね、動き過ぎよ? 休暇ならすこしは家の中でゆっくりすればいいのに……」

「そうも行かないわよ? 隼人さんのメンテの方も気になるし」

「隼人君に任せていればいいのよ。あの子なら一人でやるわ」

母は心底、隼人を信頼して、彼の実力も高く買っている様子。

「まぁ──『その他諸々』あるだろうがね? お前、今日は面白い事、やったようだね?」

亮介が『ニヤリ』と微笑んだ。

(……もう、パパの耳に入ったの?)

終業前に、ブラウン少将室へ隼人が行って話がまとまったのに……。

定時時間通りに帰宅した父が解っているようなので葉月は驚いた。

きっと後輩のリチャードが、早々に中将室に報告したという事らしい?

「まぁ──亮介さん……何の事?」

登貴子が眼鏡の奥の眼差しをキラリと光らせて、父娘を睨み付けていた。

「いやはは〜……。ビールでも飲もうっと……」

そんな反応では、頭の良い母にはすぐにばれるじゃないか?と、葉月は呆れた。

父が上手くすり抜けたので、母の視線の『標的』は、葉月へ──。

「……『台風ちゃん』?」

葉月も目があって、ヒンヤリ繕い笑い。

「お、お部屋に行こうっと……」

結局、父と同じ様な交わし方をした自分を情けなくおもいつつ

葉月は、ササッと階段へ逃げ込んだ。

ちょっと振り返ると、母がまだ睨んでいたが……葉月は早足で部屋に入った。

 

「はぁ〜ぁ!」

葉月は水色の小花柄シーツのベッドに身体を投げ出して寝転がった。

枕からは、母がサシェでも忍ばせたのだろうか? ラベンダーの香りがほのかにした。

その枕を抱きしめて、カーテンが揺れる窓際を見上げる。

 

『レイ、決着つけさせろよ──』

ケビンのクールな眼差しが浮かんできた。

 

 

 ケビンの『決着をつけろ』の話をするとしたら……ちょっと前の時間に戻る。

定時過ぎのカフェでの集合だった。

久し振りに4人集まって、いつもの『からかい』に『言い合い』

その様子は、4人集まると訓練校生の時と全く変わらない。

だいたいは、『男組』でアンドリューとケビンが組んで、葉月をつつきまくり

『女組』(と、言って良いかは解らないが4人の間ではそうなっている)である

葉月とダニエルが、応戦するといった形だ。

最初は、葉月が突然帰省した事についてこれまた『お騒がせお嬢』などと言って

男組の二人が、葉月を攻撃していたのだ。

応戦側の女組もダニエルが葉月をかばう形でワイワイと言い合っていた。

その内に──

 

「しかし、お前に側近が付いたとは風の噂で聞いていたけど……。

つい最近、ミセス=ドクターから『恋人としても付き合っている』と聞いたときは驚いたぜ?」

ケビンがアイスコーヒーをすすりながら、いつもの落ち着いた口調で呟いた事から始まる。

落ち着き払ったケビンのその話に、アンドリューが急に静かに口を閉ざしてしまったようだ。

葉月は、アンドリューの反応を気にしつつ……ぽそりと答える。

「ああ……うん。そうなんだけど……」

葉月は彼等に『異性』について突っ込まれると、いつも説明しにくくなる。

なんせ、男組・女組となんとなく分けてはいるが、根底は『男同士』に近かった。

彼等が『葉月の左肩の傷』の事を知ったのは、無論、同学生だった時だが、

口ではどうしても説明できない葉月を見かねて、

彼等ともすっかり顔見知りであった『マイク』が気を利かせて、上手く彼等に説明してくれた。

それまでも『最低限』は『女性』として扱ってくれていた彼等だったが、

その訳を知ってからも、葉月には面と向かってあからさまに『過保護』になる事は無く、

でも……今まで以上に『女性』としてきちんと扱ってくれ、

さらに他の男子生徒との接触にも大変気遣ってくれていた。

時折、『傷』について触れてくることはあっても、いつも一緒にいるだけに

必要以上には突っ込んでくることもなく、本当に『距離』は上手に保ってくれた。

自然に……違和感無く。

そこは葉月は今だって、大変感謝をしている。

それに『卒業戦友』と言っても良い。

葉月にとって訓練校で何が一番『楽しかったか』というと

ツーステップをした後……この3人の男と出会ってから卒業するまでだ。

その彼等に『男が出来た』という話になると

『あんなに男を目の敵にしていた女の子が何故!?』という事になるので言いにくいのである。

 

だが──葉月より2つ年上の彼等は今年29歳。達也と同い年。

30前の男としての落ち着きが備わっているようだ。

昔から一番大人びていたのは『ケビン』

ケビンとは妙に『男女論』については、話せる相手だった。

彼等と出会ったのは17歳の時だが、葉月はこの時既に『性経験』を経ていたから──。

しかも──10歳、12歳年上の男とだった。

彼等に交際相手についてや葉月の恋心の心情は語った事はない。

むしろ──ケビンを除く後の二人は、葉月の事は『少年嬢ちゃま』とか『お子様』扱いをしていた。

ケビンだけ……。

彼はいつもの落ち着きで、たとえ男嫌いでも、葉月が既に『性経験をしている』事を見抜きつつ、

『どんな恋、相手』などは探ることなく、一般論としていつも話してくれたのだ。

そしてやっぱり、彼が一番最初に『結婚』した。

葉月は小笠原でドタバタしていて、彼の結婚式には参列できなかったが、

母に頼んでお祝いは贈った。

クールなケビンがこういう『男女間』の話題を上手に滑りこませてくると

なんだか変に『批判』を突きつけてくるのはアンドリューだった。

ケビンと『大人びた男女論』が語れるとしたら、逆にアンドリューとは『男同士』に近いと葉月は思う。

勿論、ダニエルになると『女性論』が多くなる。

それに葉月が『喧嘩』をひっさげてくると、一緒に立ち向かってくれるのはいつもアンドリューだった。

彼を止めるのがケビンで、葉月を止めるのがダニエル。

そんなバランスだった。

だけど──アンドリューも昔のように、

真っ向から突っかかってくる男の子でもなくなっている。

葉月にしてもそうだが、皆、二十代の後半を迎えた落ち着きは放っていた。

「聞いたよ、レイ?」

今度はダニエルが『興味津々』の笑顔で、葉月に微笑んだ。

「同棲……しているんだってね!」

無邪気なダニエルの言葉に……また、アンドリューが葉月の横でピクリと固まった様に見える。

「……」

何故、彼が……葉月が異性と『大人の生活』をしている事に敏感に反応するか……。

葉月はその訳も知っている。

だけど──そんなの『昔の事』、『子供の時の事』

葉月はそう思っていたのだが……。

なんだか徐々に彼の横に座っているのが……居心地悪くなってくる。

ケビンがアンドリューの向かい側の席で……彼の反応を静かに確かめている。

だけど──ケビンはそんな眼差しのまま、葉月にさらに問いかける。

「おまえさ……あの男と上手く行ってるのかよ?」

「え?」

やっぱりこういう話になるならケビンと二人きりなら話せるのだが……

ダニエルはともかく、アンドリューがいるから……でもなく

男3人に囲まれてそんな話をするのはちょっと気後れした。

やっぱり──葉月もあの頃よりかは『女性』なのであるから……。

「そりゃ……上手く行っているはずだよね? レイ!

だって見ただろ? さっきのサワムラ中佐!

俺達が来ただけで、顔色変えて……『男は皆、葉月には近づかせない、触らせない』って

すごい怖い顔していたじゃないか? あれは〜本当にレイのこと解っているね。

その後の事情を知ってからの『落ち着き』もさすが。レイを送り出してくれた所も潔かったしね」

説明できない分……ダニエルがこうしていつも助けてくれる。

そして──ダニエルはやっぱり隼人のことは『良い男』と結論付けようとしてくれた。

だが──ケビンは何故か葉月に怖いような視線を送り込んでくる。

「……レイ、それなら構わないんだが……」

ケビンはそれだけ言うと……アンドリューを一時見つめて、黙り込んでしまった。

 

「あーあ。あのレイがね!」

やっとアンドリューが口を開いた。

やっと……一番小うるさい『リーダー』が口を開いたので、葉月も他の二人も口を閉ざした。

アンドリューが『ニヤリ』と、葉月に笑いかけたので、葉月はおののく。

「なんだお前も、結局は『女』か? あの男のいいなりか?」

「いいなりって何よ!?」

これまた嫌味たっぷりの微笑みも昔と変わらない。

「そうだろ? お前はいつだって『男』のいいなりにはならなかったはずだもんな」

『俺も、その一人』

アンドリューがそう言いたいのだと葉月は悟った。

「ちが……」

『違う』と言い返したいが……昔のようにハッキリは言い返せずそこで葉月は言葉を濁す。

その隙をついて、アンドリューはさらにたたみ込むように続けた。

「そんなお前なんか……『御園葉月』じゃないぜ」

アンドリューは頬を引きつらせて……そして、落ち着いた男の顔でコーヒーをすすった。

アンドリューはそれだけ言うと、また黙り込んでしまった。

この男の言い分を擁護したのはケビンだった。

「そうだな。レイ……お前もある程度は『女』に成長していると思うから

『同棲』云々にとやかくいうつもりは俺はないが……」

ケビンが『女に成長し男と同棲』と言うと、またアンドリューがピクリと頬を引きつらせる。

そんなリーダーの『不器用な反応』を、ダニエルは呆れたように見つめて溜息をついていた。

そしてケビンは続ける。

「いつものように『一時』の事なら……相手の男の事もよく考えてだな……」

『一時のこと』

葉月はそのケビンの言葉が『ぐっさり』胸に突き刺さった。

そう……いつだって『一時』なのだ。

達也だって……ロベルトだって……。

葉月の頑なな態度で去っていった男達。

「お前がそういう『中途半端』な気持ちをいつまでも持っているなら……」

ケビンが……葉月を『腫れ物に触る』ような扱いをしている他の男達とは違った勢いで続ける。

葉月は……身体が固まり始める。

「お前が、付き合っている男に対して『女』として一皮むける努力をするとか……

それか……『諦めるか』しないとな」

葉月は……『カチン』ときてケビンを睨み付けた。

「……『諦める』って……?」

隼人とは……今までにない『感触』を得ているし、葉月だって怖いことは多々あるが

それに少しでも向かう『心積もり』は今まで以上にしているつもりだった。

今、向かい合っている男との『生活』を諦めるように勧めるだなんて……。

そう思ったのだが……

ケビンの『諦める』にはもっと違う意味が含まれているようだった。

「昔から引きずっている『男』の事は、早く『諦めろ』と言っているんだ」

ケビンがあのクールな黒い眼差しで葉月を射抜く。

「──!!」

その『率直な言葉』に、息を止めたのは葉月だけではない。

隣りに座っているアンドリューも……そしてダニエルも……息が止まった様な反応だった。

一瞬──同期生達の席に沈黙が漂った。

 

「な、なんだよー。集まるなりそんな事良いじゃないかぁ〜」

こういう空気をサッと華やがせるのはダニエルの役。

ダニエルがいつもの優雅さでフッと微笑みを振りまいたのだが……。

ケビンは葉月の目をジッと捕らえていて……。

アンドリューはやや放心状態のようだった。

 

 

 

葉月は……ある初夏を思い出していた。

卒業前の……春が終わろうとしていた葉月が19歳の初夏だった。

話はずれるが、葉月は訓練校卒業、つまり特別校に編入する17歳の夏の前、春に……

既に『達也』と出逢っていたが、この事についてはこの同期生と出会う前のことで

彼等には達也との関係は告げてはいない。

ケビンに呼ばれて訓練校へ行くと、彼等の宿舎の裏庭に連れて行かれた。

そこには……アンドリューがいつにない緊張した顔で待っていた。

『アイツの話、聞いてやってくれ』

ケビンはそういうと葉月とアンドリューを二人きりにさせて消えていった。

『なぁに? お家でゆっくりしていたのに……』

その日は日曜日だった。

彼等が『海に行こうか』と言っていたから、ケビンからお誘いの声がかかったのかと思って出てくれば

なんだかいつもは自信満々のリーダーが、変な様子で葉月を見下ろしていた。

この頃──葉月の髪は、短くはなく伸ばし始めて2年ほど経ち、肩までの長さにとどめていた。

そのサラサラと風になびく栗毛をアンドリューがいつにない眼差しで見つめていて

葉月はドッキリした記憶がある。

彼の眼差しが『男』だったからだ。

それで──アンドリューが言い出した言葉が……

 

『お、お前さえよければっ・・・俺と……一緒に……!

そのっ、女とかじゃなくて……その、一番信頼してもらえる男とか……そういう関係でっ』

 

いつもなんでもバシッと言葉を発する彼らしくないどもりようだった。

つまり……『付き合って欲しい』と、言う事らしい。

葉月は驚きはしなかった……。

多少前から、アンドリューの葉月に対する反応が『男同士』でない感覚を得ていたから。

けど──葉月は、バランスを崩したくないから今まで通りの『騒がしい同級生』で接した。

 

それに──

『卒業後は日本へ帰る』

彼等にはそう告げていた。

『そんなのやめろよ!』

怒ったのはアンドリューだった。

『何故……日本なんだ。お前、何のためにフロリダの特校に入ったんだよ?』

怒る前に、静かに問いただしのはケビン。

『……帰るの。もう少しすれば小笠原に新しい基地が開けるの……知っているでしょ?

そこには、フランクの兄様も配属される予定で……』

『また、兄様かよ!!』

アンドリューは怒るばかりだった。

彼等は常々……『いつかは俺達が空軍を騒がせる』と言っていたから。

その中には当然『御園一族』の末っ子である葉月も念頭に入れていての事。

彼等のそんな『夢』を聞きながら……葉月は心にある『帰国』を言えずにいたのだ。

だから──アンドリューは真っ直ぐに怒るばかりだった。

 

何故──日本に帰りたいか……それは言えなかった。

 

『お前──あんなひどい目にあった所に戻るのか!』

アンドリューのその言葉を聞いて、葉月は怒って逃げ出したことがある。

その後、すぐに彼が謝ってくれたのではあるが……。

『悪かった。一番……触れちゃいけないとこ触った』と──。

 

だけど、ケビンは……

『あいつなりに深いわけがあるんだろ? いつかは帰ってくる』

そうアンドリューに言い聞かせたらしい。

そしてケビンも『いつかは帰ってくるだろ? 日本に置いてきた事、取りに行くんだろ?』

そういって送りだそうとしてくれていた。

ダニエルは……

『……レイ、もしかして……『好きな人』を追いかけるために? 日本に帰るの?

それなら俺は止めないよ。しっかり捕まえなよ。

俺達はいつだってフロリダにいるし──帰ってきたらまた会えるんだ』

ダニエルは『男組』の反応とは違って、寛容だった。

ケビンは送り出す方向へ。

ダニエルも──。

最後まで納得してくれなかったのはアンドリューだけ。

 

その彼が、追いつめられて出した答が……『一番信頼できる男として一緒に』だった。

『付き合ってくれ』だなんて……アンドリューらしくない申し出だ。

葉月を女として見始めた彼なんて……彼らしくない顔で反応で……。

どうせ『男と女』になるなら、アンドリューと葉月はお互いに幼すぎるのに──。

彼の精一杯の告白。

 

『日本に帰るなよ……俺が、お前を守ってやるから!』

らしくない彼が……どもった告白の後、今度はハッキリとした口調で

真剣に訴えてきた。

『……』

葉月はアンドリューを見上げた。

『アンディ……ごめんね……。好きな人がいるの』

『好きな人』──これは達也のことではなかった。

達也とは、『また会おう』と約束はしていたが……葉月はさほど本気にはしていなかった。

達也がその『約束』を本気で『守った』と知ったのは、彼が小笠原基地に入隊してきたときに

解った事だった。

『どこのだれだよ……それを教えてくれたら諦める』

男らしいアンドリューは覚悟を最初から決めていたかのようにそう言った。

その時の顔の方が、アンドリューらしかった。

『……いえないわ。そういう人なの』

『俺らより……』

『大人の人……よ』

『日本人か?』

『……』

黙り込んだ葉月に、アンドリューが徐々にいつもらしい男の顔に戻って行く。

『──どうせならはっきり教えてくれ! そんな男、いないんだろ!?

そんな嘘で俺に諦めさせようとするぐらいなら、

俺は……嫌いだとハッキリ言ってくれたら良いじゃないか!』

『本当に……いるの』

『男嫌いのお前が……信じる男なんているもんか!!』

『本当なの』

『もう、いい!!』

その時、アンドリューは怒って……去っていった。

葉月は……どうすれば解ってもらえるのか途方に暮れた。

 

『男と女』について向き合ったのはそれっきり──。

ケビンがどうやってアンドリューをなだめたかは知らないが

卒業までは、アンドリューは『告白』した事なんか忘れたかのように

今まで通りの『男同士』で葉月をからかったり……様子は変わらなかった。

 

でも──日本へ帰る日が近づいた頃。

 

『レイ──お前の心の中に何があるかはもう探らない。

でも──それが日本で整理ついたら帰ってこいよ。俺、待っている』

 

そういってアンドリューもケビンも……ダニエルも送り出してくれたのだ。

 

それきり──葉月は小笠原でずっと勤めていて、フロリダ基地に戻ることはなかった。

 

そしてそれ以来、葉月の義兄は彼等からすると『疑惑の男』になっているようだ。

 

カフェの一角──。

ケビンの一言で黙り込んだ一瞬の『沈黙』

その『一瞬』の間に……葉月だけでなく、男3人もその時のことをサッと思い返したようだ。

 

「レイ──」

自分が止めた空気を、ケビンがまた動かそうとしていた。

「結局日本にもどっても、進展がないようだな……」

「だから──なに?」

「それとも──サワムラ中佐がこんどこそ……『その男を越えている』のかな?」

ケビンは淡々と葉月に語りかけてくる。

 

ここで昔からの『疑惑』を突き止めようと……この同期生達が『迎えに来た』事が解った。

 

「……」

それもすぐには答えられなかった。

葉月が今一番……向き合おうとして、まだ、なかなか前に進めない所だったからだ。

「そうじゃないなら、一緒の事じゃないか?」

 

ここで『答えを出せ』とケビンが突きつけているよう……。

葉月は我慢できずに席をザッと立ち上がった。

 

「レイ──」

心配そうに立ったのは隣のアンドリュー。

「……」

だけど、彼は切なそうな眼差しまま……何もそれ以上は言葉が出ないようだ。

 

「……帰ってきたばかりで、まだパパとママともゆっくり食事をしていないの。

今日は……もう、帰るわ」

葉月は3人の同期生に、なんとか笑顔を浮かべて穏便に去ろうとした。

 

「アンディ……班室に居るんでしょう?」

「え? ああ……」

「また、会いに行くわ」

「そっか……」

アンドリューはこれっきりじゃないと解った為か安心したようだ。

 

「レイ! 俺もメンテ本部にまた行くよ。今日はママの手料理? いいな!」

ダニエルも……和やかにしようと明るく送りだそうとしてくれていた。

ケビンだけ──葉月でなく、アンドリューに呆れた眼差しを向けて黙っていた。

 

「じゃぁね……」

心苦しいが……葉月はそこでカフェテリアを出て行く。

 

なんだか……心が重かった。

彼等に責められていることじゃない。

自分が『進めない』事にだった。

彼等は……特にケビンはああやって、ズバリと指摘して葉月を動かそうとしている。

そんな事──隼人は絶対にしなかった。

でも──?

本当のところは……隼人だって……。

ケビンとアンドリューがしびれを切らして待っているように……

隼人だってどれだけの『忍耐』で待っているだろうか?

そんな事に急に『目が覚めた』気がしたのだ。

 

 

 

葉月がカフェ前の廊下を歩き、階段を目指していると──。

 

「レイ!」

ケビンが追いかけてきていた。

「……」

このまま逃げることも出来るのだが、それをすると『19歳』の頃と変わりがない気がして

葉月は眉間に皺をよせつつも、立ち止まってしまった。

「レイ──」

ケビンが黒い前髪をかき上げながら、息を切らして葉月に追いついた。

 

「……解っているわ。ケビンが言いたいこと」

葉月はフッと微笑んで、側にある窓際に背を持たれた。

「……俺は別に……お前に答を急がせる為だけじゃなくて……」

「?」

ケビンが苦い顔で俯いた。

「……最後に一つ聞いて良いか?」

「なに?」

「サワムラ中佐は、あの男以上になっているか?て事。

まだ、昔の男が忘れられない状態なら……」

「……ケビン。澤村とはいつも以上に上手く行っているわよ」

葉月がはにかみながら微笑むと、ケビンは驚いたように顔を上げた。

「……だったら、さっきもアンディの前でそう言えば良かったんだぜ?」

「……だけど、ケビンが予想している通りよ?」

「……進行中って事か?」

葉月はこっくり頷いた。

「中佐は……その男の事は……」

「忘れられない人がいるとは……教えているわ」

そういうとケビンはさらに驚いた顔をした。

「その男と決着つけられないのか?」

「どこにいるか知らないの」

「え!?」

どこにいるとも知らない男の事を何年も引きずっているのか!?とばかりに

ケビンが呆れた顔をした。

「お前なぁ!!」

ケビンの大人びた説教が始まる──その前に……

「……知らないけど会いに来てくれるの……その人」

「──!! 向こうから!?」

葉月は……ここまでは言いたくなかったが、頷いた。

「…………」

ケビンも当惑した顔のまま、暫く黙り込んだ。

「どういう男なんだよ?」

「企業の社長さん? だと思うわ」

とりあえずそういう事にしておいた。闇の男だなんて言えるわけがないし

義兄の『表稼業』は間違いなく『企業運営』の様だから……。

これは成人してから、葉月がやっと解った事ではある。

「そんな正体も解らない男なのか!? オヤジさんとドクターは知っているのか!?」

「……パパとママの方が良く知っていると思うわ」

「!!」

ケビンはまた驚いたようだった。

両親の方が良く知っている『社長』とくれば、ケビンも『お嬢様らしい馴れ初め』として

言葉が出なくなった様だった。

「……でも、大人だから、両親はともかく兄様達は『諦めろ』って言うの」

「……な、なるほど? それで、サワムラ中佐はそういう男だって知っているのか?」

葉月は首を振った。

「うちの……事情が色々あって……」

葉月が言いにくそうに俯くと……ケビンもやっとなんとか納得したかのように

葉月の肩をそっと撫でてくれる。

 

「葉月……」

ケビンが『名前』で葉月を見据えた。

彼等が『葉月』という時は、余程のことで……

その時は葉月も構えて耳を傾けるようになっている。

 

「事情があるのは解ったが……それならそれで、お前が今向き合っているのは

『サワムラ』という男だと言う事なんだな?」

葉月はこっくり頷く──。

『好きな男』は乗り越えていないけれど……、葉月はその男と出会って……

『義兄』との『想い』とも真っ向から向き合わねばならない事に初めて目覚めた。

だから──任務が終わった休暇で隼人に告げた。

告げたままで、前には進んでいないけれど、それは自信を持って言える。

「だったら──アンディとも決着つけろよ」

「……それどういう事?」

 

「とぼけるなよ? 葉月」

ケビンが怖い顔で葉月を見下ろしたので、葉月はちょっとゾッとして黙り込んだ。

 

 

そんな事を、葉月は自宅の部屋で枕を抱えてジッと思い返している。

だから──『パパとお酒で乾杯』どころではなかったのだ。

徐々に日は暮れて、葉月の部屋にも夕日が射し込んできた。

 

今──起きあがって窓辺に立てば、美しい海辺の日没が眺められるだろうけど……

思いもしなかった『もう一つの忘れ物』

その事で、今の葉月は頭が一杯だったのだ。

その『忘れ物』は、ケビンがあの後教えてくれたのだが──。