20.助手立候補
まだ日も暮れないフロリダの夕方。
御園家のガーデンパーティで、稽古を終えた数名の隊員達が
隼人が腕を振るった料理を堪能してくれていた。
「将軍。お嬢さんの側近がここまで出来れば本当に安心ですね」
中年の陸部隊員達が、まるで亮介を誉めるかのように
娘の側近である隼人の腕前を称えるので、亮介はほくほく顔に。
「このアボカドと生ハムの前菜。美味しいですね、ここまでとは驚きましたよ」
「いいえ。すべて、フランスでお世話になっていたダンヒル夫人からの伝授です」
「ああ、そうかダンヒル家にお世話になっていたんだったね」
サーファーブランドの黒いティシャツを着ているマイクが
隼人の横で皿を手にしてずっとそうして誉めてくれるのだ。
「なんだよ〜兄さん。こういう特技があるって驚きだな〜?」
先輩達と騒いでいた達也が、スッとマイクと隼人の間に割って入ってきた。
「ねぇー、俺の家にも来て!! 作って、食べさせて!!」
隼人の肩先に甘えるように額を付けた達也に、隼人は苦笑い。
マイクも可笑しそうに微笑んで、スッとその場から亮介の側に退いていった。
「なんだよ? 一人暮らししているなら多少は自炊しているんだろ?」
「俺、ここまで作れないね」
小さなスープカップに隼人特製のヴィシソワーズを
注ぎうつしたものを達也は手にして、舌鼓を打ってくれた。
「なるほどね? 兄さんがこういう『世話好き』だと、葉月も大助かりってかな〜?」
達也はヴィシソワーズを飲み干しながら……
夕暮れ間近の水平線をスッと静かに見つめていた。
「……」
元気いっぱい、天真爛漫で誰とでも人なつこく輪の中に溶け込んでいるような
無邪気な彼が……憂いを含んだ麗しい眼差しでそっと遠くを見つめている。
そういう眼差しをされると、女は黙っていないだろう……と、思わせるような……
妙に男の憂いを感じる色っぽい眼差しだった。
その眼差しで達也が水平線に描いているのは『栗毛のお嬢様』なのだろう。
一人の女を想っている眼差しは、やっぱり麗しかった。
だから……隼人は何も言葉にして返すことが出来ない。
「あ、そうだ。今日は家族サービスで来れなかったんだけど
隊長が、近い内に兄さんを家に招待したいって言っていたぜ?」
すぐにいつもの憎めない達也の表情に戻り……
彼は手元のグラスにあった野菜スティック、人参を手にしてかじり始めた。
「フォスター隊長が?」
「ああ。リリィが『大佐お姉ちゃん』から返事をもらったってスッゲー喜んでいた。
俺も、葉月と兄さんが選んだ土産の『箸』見させてもらったけど、
リリィは大喜びで、選んだお兄さんがフロリダに来たってだけで大騒ぎ。
一度で良いから、顔見せてやってくれよ。
ちょっとませたオチビちゃんだから、
葉月の『ステディ』だって色々突っ込まれるかも知れないけどさ。
俺からも頼むよ。リリィは俺の妹って『約束』交わした仲なんだ」
「へぇ♪ 随分、仲がよいことは隊長からも聞いたよ。
ほら──ウサギのぬいぐるみ。
あの『女性的趣味』に素っ気ない葉月が、大事にして大佐席に飾って可愛がっているし」
「ああ、アレ。 俺は絶対ポニーが良いと思ったんだけどな」
達也は、葉月の為に『選んだ』という事を悟られたくないのか
目をグッと細めてシラっと、セロリをかじり始めた。
「ま、『ウサギ』みたいなもんさ──。
捕まえようとするとピョンピョン跳ね回って、逃げ回って、
それでいて──」
隼人は葉月を『ウサギ』と例えている『心中』を思わず口にしている自分に気が付いて
ハッとして語尾を濁した。
「ハハン──、なるほどな? 寂しがりやで、側にいないと死んでしまう?
なのに、警戒心いっぱいで、人が近寄ると逃げ回る。
後ろ足でけっ飛ばすようにってか!?」
達也が見事に残りを言い当ててしまって、隼人はもう少しで頬を染めそうになったのだが……。
『アハハ! それ、傑作!!』
と──達也が一人でうけて笑い飛ばしているので、なんとか切り抜けた。
(あぶないなぁ)
隼人はホッと胸をなで下ろした。
どうしてか──?
達也の前だと、葉月の事に関しては妙に素直に『本心』が出てしまう。
やっぱり、それだけ──『共感を得られた男』という事なのだろうか?
御園家のパーティは日が沈む頃、お開きになった。
皆、それぞれ──我が家へと散っていった。
達也も、登貴子ともっと話したそうだったが……隼人に遠慮したのか?
先輩達と揃って退散したようだ。
『ああして話していると、なにも支障はないようには感じるけど?』
ワザと不良隊員のような事をしていること……。
まだ、じっくり話せないが……。
『じゃ、兄さん。近い内にメンテ本部に顔出すよ』
達也はそういって爽やかに帰っていった。
一人の家で今はどうすごしているのだろう??
休み明け──。
隼人は二度目の空母艦見学に乗り出していていた。
二度目の見学を終えたところで……キャプテンに今週中に『引き抜き許可』の打診を進める予定。
そして……来週、いよいよ本人達の『意思確認』を取る予定だった。
勿論──この経過は……葉月にメールで伝えた。
のだが──
昼休みを終えて、午前中出来なかったメールチェックをやっとしてみる。
「ん? 返事が来ないな? なにか忙しいのかな?」
毎回、返事をくれていた葉月から……急に返事が来なくなった。
その代わり──。
『サワムラ中佐、お疲れ様です。ダグラスです。
フロリダ出張は如何ですか? 早速で申し訳ないのですが……』
『中佐、お疲れ様です。木田です──。
先日、任された件で相談したいことがあります。
フランク中佐に相談したところ、話の最終的責任はサワムラ中佐にあるからということで
メールさせてもらいました』
急に? 空軍管理の後輩達から……
『判断お願いします』
の……メールが増えた気がする?
「なんだ? どうしたんだよ?」
確かにジョイにも任せているが、空軍管理長として
他中隊の管理長と『話』を取り決めているのは隼人なので……。
いや──?
隼人がいなくて、ジョイの手に余るなら……、
最終的には大御所である『元・空軍管理官』の葉月がいるはずだ。
その上、彼女は隊長であるのだから……
他中隊との話も隼人以上に渡り合えるはずなのに──。
「おかしいなぁ??」
隼人は首を傾げつつ……、後輩達に丁寧に返事を打ち返した。
「急に隊長として……立ち回る事でも出来たのかな?」
本部の後輩達を、細かく面倒を見ることも出来ず、
そして──隼人に返事を出す間もない。
まぁ──いつものことだ。
葉月は大佐席に座っている時間は短い。
今は内勤ばかりしているが、それでも通信科やら、陸部のことやらで
班室を駆け回ったり、五中隊との会議に出かけたり……
いろいろと急がしい身ではあるのだから──。
だから──
『3回に1回』の返事も覚悟していたのだ。
「まぁ──そのうち来るだろ?」
メンテ員引き抜きの事は葉月にとっても『重要事業』だから
隼人の報告を無視することはないだろうと……そう、隼人は判断した。
そんな事を考えながら、後輩達に返事を打ち込んでいると──。
なんだか、メンテ本部の部員達がざわめいたので隼人は
ノートパソコンのディスプレイから顔を上げた。
本部にはいない……美しい女性が凛々しい顔つきで入ってきたのだ。
いくつかの書籍を小脇に抱えて……
栗毛をピッチリと結い上げまとめている凛々しい女性。
スラリと背が高くて、制服が隠しているとはいえ、豊満なスタイルで
遠目に見てもアメリカ的に美しい女性だった。
その女性は、スッと部屋の奥を見渡すと……
隼人がいる窓際の席で視線を止めた。
そして──隼人から目を離さずに真っ直ぐに向かってくる。
(え? 俺に用??)
ここで女性と関わるというなら登貴子ぐらいしかいないのに──。
どこの誰か解らないが、彼女は迷わず隼人に向かってくる。
本部員もなんだか妙な面もちで彼女の行く先は
『サワムラ行き』という事が解っているかのようにジッと眺めているのだ。
「初めまして……サワムラ中佐」
「?──初めまして」
隼人は席を立って、とりあえず挨拶を返した。
彼女の琥珀色の瞳は大きくて……キラキラと輝いている。
明るい金茶の栗色の髪は、スチュワーデスのようにキッチリとまとめられていて
それは麗しいキャリアウーマンといった所で……
その品格の高さに隼人は飲まれそうになったほど。
彼女はとても強い眼差しで、微笑まずに隼人を真っ直ぐに見つめるのだ。
白い肌に真っ赤な口紅が艶っぽく映えていて、
隼人がフロリダに来てから目にした女性隊員の中でも
目にしていれば印象に残っているだろうと……男として言いきってもいいほど……
女優のように美しい──。
そして肩章を確かめると……『大尉』
美しい大尉だった。
その大尉が……大尉らしい面もちで美しい唇をそっと開いた……。
「マリア=ブラウンです」
「え?」
隼人は彼女の美しい深紅の唇からこぼれた言葉に、一瞬耳を疑った。
「私の事は……名前だけでもご存じでしょう? マリア=ブラウンです」
(ええ!?)
急に目の前に現れた『美女』
それが──あの『達也の元妻』だと解っただけで隼人はビックリ仰天!!
それ以上の言葉が出なくなった。
そんな隼人の驚きは予想済とばかりに、彼女の方はたじろぐことなく
あの動じない強い瞳で、隼人の前に一つの書類を差し出した。
「上司に許可をもらった上で、参りました。中佐の『プロジェクト』のアシストを願い出ました」
「はぁ!?」
隼人の手元に……『チーム結成』に携わる『計画書』が差し出された!!
(どうしてだよ──!?)
何故?
彼女が隼人の仕事を手伝うなどと……。
しかも上司から『許可済』だと──!?
彼女の専門は『陸部銃器科』だと葉月から聞いているのに!?
どうして空部のアシストが出来るというのだろうか──!?
許可をした上司も上司だ!!
隼人の混乱の中……。
動じることもない凛々しい眼差しがずっと隼人を伺っていた。
勿論──本部員も……別れた夫と繋がりがある女性の部下に
立ち向かうように現れた美女の成り行きを……複雑そうに眺めている。
「ダメだ。話にならない」
マリアが現れて数分後……。
隼人は彼女が持ってきた書類に目を通して、それをバサリと机に払うようにおいた。
「何処がいけないのですか? ハッキリ仰って下さい」
彼女はまだ動じることなく冷静に呟くだけ。
(いや──ダメじゃないんだけど)
上司からの推薦状をまず目に通した。
彼女はここ数年、空母艦などのシステムを新たな専門として学んだ事。
それによって、戦闘機のシステムについてもかじり始めていること。
最新の空母艦システムについての工学的講義の教官として
メンテ員にも講習を施していること。
だから──フロリダのメンテ員には少しばかり精通していることや
彼女の新しい分野の新しい先輩として隼人と接したいことを希望したこと。
等々──。
新しい分野への道しるべとして……隼人と一緒に仕事をしたい、手伝いたい。
(そんな独りよがりな願望で、俺の所に来る訳だけでも、話にならない!)
そんな若きキャリアウーマンの『先走り』のような『計画』に対して
許可を出し推薦状を差し出したという上司にまで隼人は腹を立てていた。
そして、なによりも!
(俺って所が問題なんだよ!!)
そうして隼人は『話にならない』と書類を払ったのだ。
「俺以外にも的確に学べる上官は、フロリダには沢山いるだろう?」
「いえ……サワムラ中佐からいろいろ学びたいのです」
「ハッキリ聞くが……俺が『おかしい』と思うことを解っていて来たはずだね?」
「勿論」
「そこをどう俺に納得させるつもり?」
マリアが初めて困った顔をした。
そうすると隼人より少しばかり若い年下の女性に見える。
隼人が意外とハッキリ『核心』に触れたので、マリアも怯んだようだった。
「すぐに答えられないなら……お断りだ」
すぐに答えられない所に、今回の申し出に対する『彼女』の『最大の弱み』が見え見えだ。
隼人はなんとかして追い払おうとした。
別に彼女が『結成に害する』とは思っていないが
短い出張期間に『やっかい事』はごめんなのである。
キッパリと断ち切る無表情な日本人中佐にマリアが初めてムッとした顔をする。
「私がウンノの元妻という事をお気になさっているのですか?」
「あたり」
そこもハッキリ言いきった冷淡な中佐にマリアの動じない表情が
徐々に崩れて、彼女は益々ムッとしたようだった。
『これだから日本人はイヤ』
彼女がボソッと呟いた一言を隼人は聞き逃さなかった。
男が頭ごなしに女性の職務意欲を削ぎ落とす……そう言いたいのだろうと隼人は悟った。
『男尊女卑』──そういうところ『日本人』と言いたそうだ。
「じゃぁ──明確に職務的に説明してもらおうか?」
呆れたため息をつきながら、隼人は腕を組んで椅子にふんぞり返った。
「まず──中佐がお若いことです」
「なに?」
「変にキャリアがある考えが凝り固まった昔の専門家とは違うと言いたいのです」
「なるほど?」
「それから、お持ちになっている知識が限られた範囲でしか役に立たないのではなく
柔軟に色々な場面でお役に立てていることです」
「いや? それほどでも……」
凛々しい美女にそこまで持ち上げられると、隼人もちょっと照れた。
が──首を振って姿勢を正す。
「お考えも柔軟なことでしょう。前の任務でのご活躍、私もお聞きしております。
空軍のメンテ員にも関わらず、最後の空軍管理の腕を生かしての通信仕上げお見事でした。
確かにわたくしは、陸部の銃器を専門にしてきましたが、
これからは『デジタル・IT』の時代です。
私はずっと工学を学んできた中でも『最先端』を行きたいんです。
銃を構えて『ドンパチ』だけの時代ではなくなって参りました。
いくら銃に関しての『器機的構造』にハイテクを駆使しても
これからは人と人が向かい合って争う時代じゃありません。
むしろ、情報化社会のなかで、如何に先手を打ち、敵と交わることを『避けて行く』か……
それには『通信』という手段は一番必要なことではございませんか?
私が昔ながらの銃器戦の専門から、新たに切り替えも含めて
数年前から、通信に関する工学を追いかけるように必死に学んできました」
(むむ……言っていることが凄い)
なんとも説得力があり、筋が通っているじゃないか──?
「それから……中佐が現場訓練をこなした上で長年『教官』だった事。
そして、教官ばかりでなくフジナミ中隊の補佐だった事……。
それで色々な立場で学んできた事は大きいと思っております。
若い隊員の中で、中佐が急速に出世したのはそこにあると思います。
経験豊富な若手のホープではありませんか?
私も現在は『教官』です──。是非、見習いたいのです。
そういう中佐の多彩なお仕事振りに習いたいんです……そういう中佐だから……
だからこそ、あの……あの……」
そこでマリアが動じないあの表情を崩しかけて言葉に詰まったので
隼人は彼女を見上げたのだが──
「だからこそ──あの、御園大佐のサポートが出来て、彼女が大きく昇進できたと思いますし……」
葉月の事を意識しているのは明らかだが、
職務的な『内容』はご立派だった。
彼女が聡明な女性と言う事はこれでわかったが……隼人は安心しない。
頭が良くても、感情コントロールが出来ない最も悪い『例』を
フランスで『恋人』として持っていた。
頭が良いだけに『言い訳』も立派だったからだ。
マリアがミツコと同類でない事を祈ったが……
これだけの説明では、彼女をまだ信頼できない。
短い貴重な出張時間を、妙な『女心』でかき回されてはたまったもんじゃない!
「なるほどね?」
隼人が頬杖、デスクから彼女を見上げると、彼女がちょっぴり微笑んだ。
微笑むとなんともドッキリとする程、魅惑的な女性だった。
「解っていただけましたか?」
今度は満面の笑みで隼人に微笑みかける。
この魅惑的な微笑みを見せられては、どの男も……コロリと行きそうだと隼人ですら思った。
「でも、ダメだ! 上司の許可を取ったとのことだが?
俺はその上司から何の相談も受けていない。俺の都合はどうなる?
そう君の上司に言ってくれ──」
隼人はにべもなく言い返して、マリアの豊かな胸元にスッと書類を差し出した。
「どうしてもダメなのですか?
では、私もハッキリ言わせていただきますが……。
御園嬢と私の関係が邪魔しているのだと気になさるのならば、
それこそ、サワムラ中佐の方が職務的ではないと思います」
「だろうね? そう言われてもそう思われても俺は一行に構わないよ?」
隼人の頑固な態度に、さすがに冷静なマリアも頬を染めて蒸気が立ち上った様だったが……
彼女がそこをグッと堪えているのが隼人の目から見ても解る。
(へぇ──我慢強いじゃないか?)
ミツコならここで辺り構わず大爆発の所だが……。
「私が彼女の為のプロジェクトを邪魔すると思っていらっしゃるのですか?」
「普通、そう見られておかしくない所を解って来たのだろう?」
「そうですけど──」
マリアは、やっと諦めたように残念そうな顔をして
やっと隼人が差し出している書類を手に取った。
「悪いね……俺一人で出きると思っているから」
隼人はマリアのガッカリした様子に少しばかり胸が痛いんで声をかけた。
ただし──キーボードを打ちながら……モニターから目を離さず淡泊に──。
「残念です……。メンテ員の講習もしているので……
私の知っているメンテ員の情報もお役に立つかと思ったし。それに……」
マリアがまだ何かを訴えようとしていたが、隼人は素知らぬ顔でキーボードを打ち続けた。
「知りたかったんです……夫が何に動かされてしまったのかを……」
そこは……先程の『日本人はイヤ』と呟いた時のように
彼女がそっと小さく呟いた。
隼人は……そっと彼女を横目で見ると……
今まで見せたこともない、哀しそうな顔をしていたのだ。
「それ──『本心』?」
またため息をつきつつ……マリアと再び向き合った。
「え──?」
「嘘偽りない本心かと聞いているんだけど?」
マリアが……本当は言うはずもなかった言葉に隼人が反応したので
気恥ずかしくなったのか急に白い肌に赤味が差した。
「あの……別に彼女……いえ、御園大佐に迷惑をかけようとか……
私、そんな卑しい心根は持っていません!
そんな事してなんの得があるんですか?
実際、私……彼女……いえ、大佐を悪い人とは思っていませんし……
いえ……彼女は・・大佐は……私をお嫌いかも知れませんけど……」
崩れることなく凛々しかった彼女が……急に少女のようにしどろもどろ……
そんな事を言い始めたので、隼人は驚いて……目を丸くした。
そして──
「そう──。ブラウン少将のお嬢さんが……そんな事考えるはずもない。
父上の誇りを持って、胸張って職務を遂行していると言いたいんだね?」
「……ハイ!!」
隼人がニッコリ微笑んだので、マリアも想いが通じたと思ったのか元気良く返事をした。
隼人はさらにニッコリ──。
「じゃ。ここのランバート大佐……そして、御園中将……いや? ジャッジ中佐でいいかな?
それから……君のお父さん、ブラウン少将に許可を得られたら……俺も許可する」
「!!」
マリアが突き落とされたかのように、もの凄く絶望的な顔をした。
だけど──
「解りました! 今のお言葉に嘘はございませんね!!
そこまで仰るのなら、小笠原でお待ちの御園大佐にだって許可取りますわよ!!」
「彼女に許可? そりゃ、手っ取り早いね? 望むところだ」
隼人が再びシラっとパソコンに向かってキーボードを打ち始めると
マリアは益々、燃えたようだ。
「またお伺いします」
「お疲れ様」
マリアはツンとしてハイヒールをカツカツと鳴らしながら去っていこうとした。
(それだけの上官の許可とれるかな?)
隼人はフッと疲れたため息を落とした。
マリアの一人走りに……いや? お嬢様の一人走りに彼女の上司が
押されて『許可』したのかもしれない。
隼人に相談もなくとりあえず勢い収まらない生意気なお嬢様を差し向けて……
『サワムラ中佐なら上手くあしらうだろう?』
そう思ったのかも知れない。
それならば──ランバート大佐も、マイクも……勿論彼女の父親も
『馬鹿げた申し出だ』と退けるだろう……。
それでも説き伏せて隼人の所に来たのならば……
『私情がある』……『職務的にどうしてもお供したい』
どっちの理由にしてもそれだけの『意志』を貫いたのなら……許可を得られたのなら……
その時は隼人もどっちの理由が『本心』であっても……向き合うつもりだ。
先ずは隼人がふっかけた『難題』を彼女が越えることが条件。
(そうするうちに諦めるか……数日経って俺のスケジュールも終わるだろうしな?)
隼人は彼女が二度と来ないことを勝手に一人で賭けた。
すると──
マリアがツカツカと……また、隼人のデスクに戻ってきた。
「中佐!」
「な、なに?」
マリアはすっかりおかんむりになったのか?
頬を火照らせて美人台無しとばかりに、むくれていた。
「中佐って……意地悪ですわね!」
「……アハハ……!!」
「何が可笑しいのですか!?」
「いや……『大佐嬢』にも良くそう言われるんでね……解った? 俺ってこういう男だよ」
ニヤリと余裕で笑う隼人に、マリアは益々むくれてカツカツと去っていった。
「うーん……お嬢様って何処も一緒なのかな?」
なんだかここにも麗しき台風ありといった風で……
隼人はなんだか……葉月が急に恋しくなったりしたのだ。
その夜──隼人は寝るギリギリまでメールチェックを繰り返したのだが……
ジョイと空軍管理の後輩からの数通のみで……。
葉月からはまったく返事がなかった……。
「やれやれ……早速、素っ気なく放られたか……」
しかし……メンテ引き抜きの話にまで無視されるのはちょっと腹が立ってきた。
だが──返事が来ないと言っても、この日一日だけ……。
「明日──無視されたら、電話するか……」
この日だけ、何かの都合で忙しかっただけだと思うことにした。
ジョイも取り立てて慌てた様な困ったような内容も返信してこないし。
本部は安泰と言う事は──葉月がきちんと仕事をしている証拠だと……。
隼人は自分でそう言い聞かせて眠りに付いた。
次の朝──。
「中佐──昨日は大変そうだったな〜?」
「おはよう、ドニー」
側の席にいるドナルドが朝の挨拶と供に、そう話しかけてきた。
「メンテ引き抜きの話は外部には極秘という周知は出ているけど、
本部内では既に公認の話だけどな?
あのマリア嬢が嗅ぎつけて──しかも、アシストを願い出るなんて無謀だよな〜」
「ま、そうだね?」
「しかし、昨日の中佐のやり返し……流石だって皆が感心していたぜ?」
「そうかな? 俺なんて小笠原では大佐嬢相手にあんな事しょっちゅうだよ」
「なるほど〜……うん、流石! 本部内でマリア嬢が昨日の条件をクリアするか
密かに賭が始まっているぜ?」
「え!?」
昨日の僅かなやり取りが……一夜明けて本部内で広まっていることに驚いた。
隼人は外で……彼女とやり取りをすべきだったとちょっと顔をしかめた。
「俺は無謀に一票だね。なんたって、中佐のやり返しに感心したから」
「お嬢様のだだこねじゃないか? 誰だってやり返せるよ」
「あのブラウン少将の一人娘だぜ?」
「関係ないよ」
シラっと窓際のデスクに向かう隼人にさらに感心した顔でドナルドが追ってきた。
「流石だな〜余裕だな!?……やっぱ、ミゾノと関わっているだけある!!」
「当たり前の事、しただけじゃないか?」
確かに──ここ最近……隼人の『中佐』としての手腕を認めてくれたのか
本部員の年上の先輩達は隼人に中佐といえども気兼ねなく声をかけてくれて
時間が合えば、お茶をしたり、ランチを取ったりしてメンテの話に盛り上がり
隼人もすっかり本部に馴染んでいた。
特にドナルドは席が近いだけあって、隼人とはすっかりうち解けていた。
しかも隼人と親しくなった事を本部員に自慢しているらしい。
「マリア嬢は、今は精神的に不安定かも知れないな?
フリーになった事で……色々な男が狙っていて誘いもうけているだろうけど
彼女は……いつもの強気とお嬢様のプライドでガンとはね除けているらしいから」
「……そうなんだ……」
「仕事でうさ晴らすしかないのかもしれないし……
今や女性の出世頭・ミゾノ嬢の側近に近づきたいのも理由の一つかもな?」
「ふむ?」
ドナルドが……悪気がないのは解っているが……
こうもあからさまに『人様の人間関係事情』をいかにも噂っぽく……
しかも『関わりある葉月』である側近に告げることの気遣いなさは
隼人はちょっと気にしていたが……ある意味フロリダの噂事情に関しては
ドナルドは良い情報源だった。
それに──まだ、隼人が『大佐嬢』の恋人という事はあまり知られていないようだから
仕方がない事とも思って許していた。
「やれやれ……何処に行ってもお嬢様台風には参るよ」
隼人がおどけると、ドナルドも『それは羨ましいことだ』と隼人を冷やかしたのだ。
などと、隼人が言っているまさにその時。
灼熱の青空に突き抜けていく飛行機のエンジン音。フロリダ基地の大飛行場、滑走路。
入国監査のゲートを通り抜ける他基地から来た隊員達。
ゲート通路の突き当たり。
そこにフロリダ基地内の『敷地案内図』を掲示してある壁の前……。
「ふーん。新棟が出来たのね? 前とは配置が変わったみたい?」
うなじをくすぐる柔らかい毛先、頬に沿って輝く栗毛──。
彼女の長袖カッターシャツのポケットにはピンク色のウサギ。
右肩には大きなボストンバッグを掛けて、左手にはヴァイオリンケース。
上着は、ボストンバッグの上に無造作に挟んで小脇に抱えていた。
「パパの秘書室は……あっち?」
おや。ここにも台風上陸!?