16.憎めない奴

 

 葉月のフロリダの実家──『御園亮介家』に、御園登貴子博士に連れられて

隼人はいよいよ、足を踏み入れる。

アメリカドラマでよく見かける大きなソファーと大きなテレビが置いてある広いリビング。

オープンな造りになっていて、外へ出るガラス戸の向こうには

白い柵の芝庭、そして遠く見える渚。

そして──葉月のマンションで言うところのテラスのように

ひさしがあるオープンテラスに喫茶店のようなお洒落なテーブル。

庭には父親の亮介が使っているのだろうか?

隼人の横浜の実家の庭のように、ゴルフのスウィングを練習するキットとネットが見えた。

庭に出る大面のそのガラス戸は何枚も並んでいる大きなリビング。

そのガラス戸の一番端の壁際には──

 

「やっぱり、ピアノがあるんですね」

隼人は、こぢんまりとした家に見えたにも関わらず

開放感溢れるリビングに茫然としながら登貴子に呟く。

ソファーとテレビが大きいのに……それでもリビングのスペースはさらに余っている。

だから、ピアノの側まで近寄るにはすこし面倒くささを感じるほど離れていた。

「ええ、亮介さんが時々ね? 若いときは結構弾いていたのよ? 今はね──」

登貴子がその先を、笑顔で伝えようとしていたようだが……

やっぱり……眼鏡の奥でそっと眼差しを伏せて黙り込んでしまった。

「近頃、僕もマンションのスタジオ使わせてもらっているんです。

葉月先生のレッスンで……キラキラ星教わっているんですよ」

『きっと、そうだろう……』と、思って……隼人は何気なく、葉月の近況を口にしてみた。

すると──

「隼人君が!?……葉月が教えているですって!?」

登貴子は非常に驚いたのか、伏せていた眼差しを一気に見開いて静止。

「はい。彼女のリストとかベートーベンには適いませんけどね」

隼人が微笑むと、登貴子が……瞳をすこし潤ませた様に見えた。

「そ、そうなの」

そして──隼人に悟られないためか? サッと視線を逸らされてしまった。

 

──音楽を捨てた期待の娘──

 

隼人は──

このフロリダで、葉月がどれだけ音楽に対して『別れを告げた場所』であることか……と

予想はしていたが、『痛感』を実感してしまった。

「ああ、あちらがキッチンですか?」

隼人は……登貴子を少しでも安心させようと思って口にした事を少し、後悔した。

登貴子は暫く……隼人と目も合わせてくれず、そして、笑顔が消えたのだ。

だけど──

(大丈夫……。少し驚いただけで……きっと、喜んでお父さんにも報告してくれる)

隼人はそう確信し、自信を取り戻そうとした。

そして、登貴子もやっと元の笑顔に戻ってくれる。

「ええ、そうなのよ? 今日はいないけど、ベッキーというハウスキーパーが

一日置きに来て、買い物とかしてくれるの。

ベッキーは黒人で陽気で……そしてベッキーの母親もうちで手伝ってくれていたの。

ママの方は、今は引退。ベッキーが二代目……葉月も良く知っているわ」

「お手伝いさんがいるんですか!?」

やっぱり……ロイの自宅並な『上流系生活!』と隼人はおののいた。

「共働きですからね……助かっているわ。

葉月の面倒もよく見てくれていたし、あの子も随分なついていたから

隼人君が葉月の恋人だって教えたら会えること楽しみにしていたわよ?

明日は、会えるわ。アメリカ手料理はベッキーにお任せよ♪」

「そうですか。僕も負けませんよ」

「まぁ!? 貴方、お料理できるの?」

驚いた登貴子に、隼人はにっこり。

「マリーママンに鍛えられましたからね。出来たら、ここにいる間、少しはお手伝いさせて下さい」

「まぁー! 解ったわ! 貴方が家事まで出来るから、うちの娘が益々我が儘なのね!」

「いえいえ。彼女の和食にはやっぱり勝てません。

彼女は、ちゃんと手が空いている時は進んで料理していますよ? 安心して下さい」

「そう」

会話の中で、葉月の近況を少しでも伝えると……

登貴子は驚いたり、安心したように嬉しそうに微笑んだり。

 

そんな他愛もない会話を交わしながら、オープンなリビング、キッチン扉前から続く

階段の下に、誘導された。

だけど、登貴子は階段を上がらない。

キッチンのドアの前から奥に廊下が続いていて部屋が何室かあるようだった。

その階段の下へ、廊下へと登貴子は進んだ。

「ゲストルームは一階になるの。こちらに泊まってね?」

キッチンのすぐ横の部屋に隼人は通される。

アイボリー調の落ち着いた部屋で、

綺麗な白いシーツ、綺麗にベッドメイクされたシングルベットが一つ。

扉を開けた状態で登貴子が廊下に振り返る。

「丁度向いが、バスルームなの。私達夫妻の寝室は二階にあって

ああ、葉月の元部屋もそうなんだけど、上のプライベートルームには

各部屋にシャワールームがあるから、こちらはお客様用」

(わ! って、事は各部屋にバスがあるのと同じじゃないか!?)

隼人は、またもや贅沢な作りに絶句!

勿論、横浜の実家。母・沙也加の寝室には個室バスはあるが

各部屋というのはない。

だけど──、登貴子と亮介と共用でないということで、ちょっと気が楽なる。

「遠慮なく使わせて頂きます」

「裏庭はね? 道場になっているのよ?

週に一度、隊員さんが集まって賑やかだろうけど許してね?」

「ど、道場!?」

登貴子と部屋に入りながら、隼人は驚いた。

アイボリー調の部屋の窓に身を乗り出して除くと……

表の庭と同じくらい広い芝の敷地が続いている。

その真ん中にこれまた小さめの日本家屋が別棟である。

入り口までは敷石が点々と並んでいて、竹の柵、笹木が植え込んであった。

(さすが、お父さん。武道家って言われるだけある)

葉月はあそこで父親と祖父に武道を教わったという事らしい。

ベッドの脇に、隼人はキャリーバッグをひとまず置いて、登貴子と部屋を出る。

 

「二階に葉月の部屋があるけど、後で見てみる?」

「え……」

見てみたいのが本心だが、なんだか見ることも少し怖い気がした。

そんな戸惑う隼人を見て、登貴子がにっこり。

「ランチに行かなくちゃいけなかったわね? また、帰ってきてからゆっくりね?」

「あ、はい……」

そこで、二人は御園家を一端出て、また車に乗る。

 

「さー? 海辺のカフェが良いかしら? それとも基地のカフェを案内しようかしら?」

赤いフィアットを運転する登貴子の横顔、声が……

葉月が隣にいるようで隼人も妙に『いつもと一緒』の錯覚に陥りそうに……。

「基地のカフェ、お願いできますか? 基地内が大きくて……ひとまず確かめておきたいのですが」

「そうね? フロリダは小笠原と違ってカフェがいくつかあるから……。

まず、隼人君のお仕事場から近いカフェに行きましょうか?

あの本部から行けるカフェなら、あそこで一番大きな食堂だから」

「ありがとうございます。お母さんに、初日に案内していただけると心持ち気が楽で助かります」

隼人が微笑むと、登貴子も頼ってくれる隼人に満足なのか嬉しそうに微笑んでくれた。

 

 

そんな訳で、基地へ逆戻り。

隼人を受け入れてくれた空部隊メンテ本部がある棟の隣に、一番大きいカフェがあるらしく

そこへ登貴子と一緒にエレベーターで最上階へと上がる。

エレベーターを降りると小笠原とは違い、すぐに食堂内ではなくて廊下に出た。

制服の隊員、深緑色の飛行服の隊員、そして迷彩服の陸部隊員。

色々な姿の隊員が廊下を行き来していた。

階段を使って上がってくる者も多く……

『ハロー? ミセス=ドクター』

『ハロー』

すれ違う者は皆、登貴子に笑顔をこぼし、一言挨拶をして行く。

「お母さんは、顔がお広いんですね?」

隼人が微笑むと、登貴子もそっと微笑むだけ。

「お局様ですからね? 長くいる分知られているだけだわ」

「お局様って……」

隼人がそっと笑うと、登貴子も可笑しそうに愛らしい笑い声をたてたのだ。

そうして階段の前を通り過ぎると……。

 

「やっりー♪」

ここはアメリカのはず? そんな日本語が階段の下から聞こえてきて

隼人は思わず通り過ぎたばかりの階段の上がり口に振り返った。

すると──

「このやろう! まて!」

階段から今度は英語の騒々しい声と走ってくる音。

「まぁ? 相変わらず騒々しい隊員がいること」

登貴子も呆れて振り返った時だった。

『ダッ!』と……隼人と登貴子の横を、もの凄い早さで何かが通り過ぎる!

 

『うわ!』

あまりのスピードで横をすり抜けていったので、隼人は驚いて

サッとよけながらも登貴子をそっと壁際にかばった。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ? まったく、何処の隊員かしら!」

登貴子が眼鏡の奥の瞳を三角につり上げて見つめた先……。

 

ドル札を二枚、口に挟んで猛スピードで走り去って行く黒髪の青年。

訓練用の迷彩服を着ていた。

「待ちやがれ! お前、いかさまだぞ!!」

今度は登貴子と隼人の横を大柄の黒人が迷彩服姿でもうダッシュ!

 

『へへん♪ しったこっちゃねーよ♪』

黒髪の青年が、肩越しに振り返って飛び跳ねながらカフェの入り口に向かって行く。

振り返った青年の顔──! 雰囲気──! 日本語!!

「あっ!」

隼人が思わず指さし叫ぼうとすると……

「どっちでもいいけど、どっちかの奢りって約束は破るなよ!!」

今度は栗毛に金髪の青年が次々と先頭を行く二人に向かって走りすぎて行く。

その青年達にも隼人は見覚えがあって、思わず彼等の行く先を眺めて止まってしまった。

登貴子が隼人の隣で『わなわな』と拳を握っていたようだが……

隼人は目の前を通り過ぎて行く一行にしか目がいかず気が付かなかった。

「サ……ム──」

隼人が叫ぼうとした時……。

 

「こら! ここは廊下ですよ! なんですか! 品格のある隊員がする事じゃありませんわよ!!」

登貴子が大声で吠えたので、隼人はビックリ!!

出そうとしていた声が引っ込んでしまった。

すると……

バタバタと通り過ぎていった青年達がピタリ……と静止。

廊下にいる隊員、皆が振り返った。

勿論、先頭でドル札をくわえていた青年も……。

ドル札をくわえたまま登貴子の姿を確認して、こっちに向き直り静止。

「おふくろふぁん!!」

そう──『達也』だったのだ!

しかも達也は登貴子を見つけて、嬉しそうに一直線にこっちに向かってきた!

ドル札をくわえたまま!

 

「おふくろふぁん! めずらひいじゃないか! こっふぃのカフェに来るなんて!」

ドル札をくわえて、変な言葉を発する達也に隼人は絶句。

しかも登貴子しか眼中にないらしく隣にいる隼人に気が付かないらしい。

それを見て……なんだか相変わらずな達也の一直線振りに呆れたりして。

そして……やっと達也が登貴子の『お供』でいるらしい隣にいる男性に視線を移した。

 

「ふぅぁっ!!」

達也が隼人を幻でも見るかのように驚いて動きを止める。

「相変わらずだな」

「ふぇっ! どうふぃて!?」

少し後ずさった達也に隼人はシラっとした眼差しでため息。

勿論──登貴子も横で眼鏡をすっとかけ直してため息をついていた。

「達也君! 貴方、中佐でしょう? 何、子供みたいな事をしているの!」

登貴子は長身の達也がくわえているドル札を、飛び上がりそうな勢いでバッと

達也の口元から奪い去ったのだ。

「わ。それ、今日のメシ代!」

達也は、ドル札を取り下げる登貴子の手の行く先へと慌てて視線を走らせる。

すると、今度は黒人のサムが走ってきた。

「お疲れ様です、ミセス=ドクター! サワムラ中佐じゃないか!? どうして?」

サムは登貴子の前で敬礼。そして、隼人と向き合って指さして驚いたのだ。

登貴子はサッとサムにドル札を差し出した。

 

「なんですか? フロリダ第一線の……岬基地を制した特攻隊員が

基地内でこの有様では、フォスター隊長が哀しみますよ?」

「申し訳ありません……」

サムは、バツが悪そうにさっぱりとした短髪の頭をかいて俯いたり。

「なにやら、くだらない賭けをしていたようですが?」

「いえ……その」

登貴子が差し出したドル札をサムはすぐに手に取ろうとはしなかった。

「達也君?」

今度は登貴子が達也を下から睨み付けると……

「イエッサー……ミセス=ドクター」

達也は途端に、ピシッと背筋を伸ばして『博士』に対しての敬礼。

その立派でスマートな仕草。

それだけの品格があるのに、変に子供っぽい行動をしていた達也に

登貴子はまた……ガッカリしたようにため息を一つ。

「お友達との賭事も構いませんが、狡はいけませんよ?」

「ズルなんてしていませんよ?」

「嘘付け。俺の隙見て勝った風に見せてサッとドル札奪って走って逃げたのはそっちだぜ?」

サムがふてくされて呟いた。

達也はそこで知らん顔。口笛を『ヒュヒュッ〜』なんて軽く吹いてとぼけてるだけ。

 

「まったく、仕様がありませんね?」

登貴子は……そんな達也とサムを急にニッコリと見上げたのだ。

 

「そんな賭事なんて忘れなさい。私が今日はまとめて奢ってあげるわ?」

 

登貴子の柔らかい笑顔に……

サムは驚き──達也は……。

「マジ! おふくろさん!!」

相変わらず遠慮もない様で、隼人は自分との違いに思わずビックリ!

「宜しいわよ? フォスター隊まとめて奢ってあげるわ。

隼人君との再会を祝ってね?」

「ヤッホーッ♪ 聞いたかよ!? お前ら♪ ミセス=ドクターの奢りだぜ!」

達也が身体いっぱいに喜んでも……サムを始めとする他の連中は戸惑い顔だった。

 

「なんだ、お前達。まだ、そこにいるのか? サッサとメシ食って身体休めろよ?

午後から外で走り込みするぞ」

階段からまた一人……落ち着いた声の金髪の男が現れる。

「フォスター隊長!」

隼人は、それを確かめて笑顔をこぼすと……

「サワムラ君……! なんだ、今日だったのか!」

小笠原で別れてからそうは日が経っていない再会。

何故? 隼人がそこにいるかフォスターは解っているだろうが

本当に隼人が早々にフロリダにやってきた事を確認できたためか、嬉しそうに手を差し出してくれた。

「先日は、お世話になりました」

隼人も手を差し出して、フォスターと再会の握手と笑顔。

「いやー……本当に来るなんて」

「言ったでしょ? 彼女が動くと早いと……」

そんな隼人とフォスターの再会の会話を、達也がジッと訝しそうに見つめているのに気が付いた。

「こら。ウンノ! お前、また何かやったのか?」

フォスターが達也の注意を逸らすために、妙に強面で詰め寄ると

達也は『ツン』とそっぽを向きながら、背を向けたのだ。

『ウンノには小笠原で何をお嬢さんと君と話したかは伝えていないから』

『あ……そうですか』

フォスターがそっと隼人に耳打ちをしてきた。

今のところ、達也の引き抜きに関しては……

葉月と隼人、フォスターの3人だけの所存というところらしい。

 

「ミセス=ドクター。お疲れ様です。うちの隊員が何か?」

フォスターが敬礼をしながら登貴子に微笑みかけると……

「いいえ? 賑やかで楽しそうだったから呼び止めただけよ?」

「申し訳ありません。落ち着きがない若者ばかりで……」

登貴子が何が悪かったとは明確に責任者であるフォスターには告げなかったのに……

フォスターは、丁寧に登貴子に詫びる。

そういう気配りに、目配りは……やっぱり『責任者だな』と隼人は唸った。

「どう? 今、海野中佐とも久し振りに出逢ったついでに

フォスター隊の皆様にご馳走しようと思っていたの。

澤村中佐との再会を兼ねて……隊長も、宜しかったら……」

登貴子が微笑むと……フォスターがちょっと驚いた顔をしたが……

「宜しいのでしょうか? お言葉に甘えさせていただいて……。

こいつら、食べる量は半端じゃありませんよ?」

「まぁ──。私はこれでも、御園の妻よ? 主人だってあの大きな身体で沢山食べますからね?」

登貴子が口元に手のひらを添えて、そっと笑う。

その優雅さ……。

隼人もフォスターも……そして、達也ですら見とれてしまっていた程。

そういう愛らしい小柄な身体から漂ってくる清楚な香り。

もう還暦も近いだろう女性だが、本当にそういう愛らしさは初々しく感じる女性だった。

「有り難うございます。ドクターとランチが取れるとは光栄です。

では、お言葉に甘えさせていただきます。こら! お前達も御礼を言っておけ!」

隊長がすんなり、登貴子の好意に甘えたので

若い他のメンバーはやっとその気になって大喜び。

登貴子に礼を述べながら……登貴子は若い隊員に囲まれて……

『おふくろさん! いこ!!』

達也に手を引っ張られてカフェへと進み始めた。

それを笑いながら隼人とフォスターは眺めて……後ろからついてゆく。

 

「アイツ、今朝もサムと遅刻だ」

フォスターがフッと呆れた微笑みを浮かべながら隼人に呟いた。

「遅刻って……そんな事まで!?」

状態が良くないとは聞いてはいたが……優秀と言われていた『将軍付側近』だったあの彼が?

隼人は信じられなくて、思わずフォスターに驚きの顔を差し向けた。

「ああ。サムもああではなかったんだが──中佐であるウンノが一緒だから

なんとかしてもらえるという甘えが出ているかもな? 歳もウンノと同じだから……。

気があってしまったのは良いことだと思うが……ああいう風に規律が乱されると

俺も段々かばいようがなくなってきて……出張から帰っても頭が痛いばかりだ」

「そうですか──」

「今だって……子供みたいな事をしていてドクターに怒られたんじゃないか?」

見抜かれていて……隼人はドッキリ!

達也がそんなにフォスターを困らせているとは予想外だった。

「いえ……その」

「いや──解っているんだよ。ウンノだって遅刻したことは悪かったと思っているんだよ。

今日は陸訓練棟で射撃の練習だったから……。

アイツ、射撃だけは天下一品だから。訓練としてはそう重要に捕らえていなかったのかも?

今はね……やる気が湧かないから、得意なことに力を抜いているんだよ。

後からやって来て、他のメンバーに迷惑かけたから……

ランチは遅刻したサムとウンノの奢りで穴埋めってやっていたんだろ?

射撃場を出るときに、サムとウンノがどっちが金を出すかで悪のりの賭事していたからな」

(なんだ──何もかも知っているんだ)

隼人は落ち着いた顔で、ちゃんと目を配っているフォスターに感心。

やっぱり葉月を唸らせただけの指導をした先輩だけあると……。

だが──だからこそ、見えてしまっている現状にフォスターはまたため息をつくばかりだった。

「なんだか……ガッカリです。海野がそんな状態だなんて……。

ある程度は覚悟してきましたが……」

隼人も一緒になってため息をつくと、フォスターがあの寛大な微笑みを浮かべ、

隼人の肩を叩いた。

「……まぁ。今の仕事が面白くないだけだ。

今のアイツは訓練をする一隊員と変わらないし、

将軍付きの側近をやっていたんだからな……。

現場に戻りたいとは言え……やっぱりアイツにはもうちょっと荷が重い仕事の方が

やりがいがあってシャンとすると思うんだ」

「……そうですか。それなら隊長になるか……」

「そう、アイツが心の底で狙っている御園嬢の側近かだね?

中佐という地位が今は宙ぶらりんという感じだからね……」

「……そうですか」

致し方ない笑顔をこぼすフォスターの横で、隼人はため息。

そうして──ちょっと古びたガラスと木枠の大きな扉の前に来た。

「ここは基地内で一番古いカフェなんだ。大きさも一番だけどね。

メニューも豊富だから、外勤族の俺達は良くここへ来るんだ」

小笠原は最新の綺麗な食堂だったが、フロリダの食堂は……

「わぁ……でも!」

年季が入った木のテーブル、カウンター。

でも──! 小笠原以上のスケールのフロアに

これまた何処の部署かも見当がつかないほどの沢山の隊員でひしめき合っていた!

その人、人、人に隼人は入り口で目が回りそうになったぐらい!

 

そんな中──。

『兄さん、こっち! こっち!!』

約四ヶ月ぶりの再会の『しんみり』さも一つも見せない達也が

これまた相変わらずの愛嬌でカウンター横のトレイ置き場で隼人へ手招きしていた。

「なんだアイツ──。サワムラ君が来てよっぽど嬉しいんだな? あんな顔、見た事ない」

フォスターが可笑しそうに笑った。

「え? そうですか? ろくに挨拶も交わしていないんですが」

隼人が呆れた視線を流すと、

「それがアイツらしいところかもね?」

「そうですね」

まったくその通りだと、隼人も可笑しくなってきて笑ってしまった。

 

「なにしているんだよ! 俺が日本人でも美味く食えるメニュー教えてやるから!」

達也がしびれを切らしたのか、トレイを二つも持って駆け寄ってきた。

「はいはい──海野中佐の言う事聞きます」

「隊長! おふくろさんをエスコートして!」

「はぁ? ウンノ、お前。俺の事、隊長と思っていないだろ!?」

達也の相変わらずの強引さに隼人もフォスターも苦笑い。

「何言っているんだよ! これから上司になるかもしれない嬢ちゃんのおふくろさんだぜ!

今から交流持っていて損はないって!」

達也のその一言に、隼人もフォスターも一瞬硬直!

『これから上司になるかもしれない女性の母親』

達也は知らない──。

葉月と隼人──そして、直属の先輩がやろうとしている事を──。

知らないし隊長を小笠原へ送りだそうとしている。

そして──自分は『隊長の跡は継がない』

 

そんな意志表示をしている達也を……

隼人はこの目でハッキリ確かめてしまったのだ。

 

「ったく。お前は!!」

フォスターは達也の黒髪頭を小突きつつ……ふてくされながらも

トレイを持って達也と隼人を待ちかまえている登貴子の元へと進んでいった。

 

「なに? 急に来たりして」

達也は何か探るような眼差しで隼人にトレイを差し出した。

フォスターが小笠原転属する話と、出張に行って確実に葉月と隼人と話をしたことは解っているはず。

それで……達也の知らないところで何があったか……?

それが気になっていると言った感じだ。

「なんだよ? 久し振りとかそういう挨拶ないのかよ」

隼人も……思っていた以上に悪状態の『認めたライバル』に腹が立って

トレイをサッと達也の手から取り去った。

「何しに来たんだよ? じゃじゃ馬台風の援助なら何にも関わるつもりないぜ?」

「生憎、俺の仕事。急いでコリンズチームにメンテチームを付けなくちゃいけないんでね。

第二中のハリス少佐と組んでメンバーの見定め中なんだ」

「え! あのキザ男と組んでいるのかよ!」

(あ。そう言えば……ロベルトの葉月を見つめる視線を気にしていたって言っていたな?)

そんな昔話を教えてくれた葉月の言葉を思い出して隼人は苦笑い。

隼人も『キザ男』と最初は思っていたぐらいだから。

「彼は良い先輩だよ。こっちの中隊のために協力してくれて

俺がフロリダで見定めたら、彼はフランスへ行ってくれるぐらいでね」

「ふーん。四中隊のためっつーか。葉月の為って感じだな?」

「失礼だろ? ロベルトは結婚しているんだぞ」

「んなもん。関係あるか? 俺だって結婚していた」

「あのな? 何が言いたいんだよ」

──『結婚していても葉月は気になる忘れられない女性』──

ロベルトも達也も、それは一緒と隼人には聞こえて

そこは『現恋人』としてムッとした顔を浮かべてしまった。

すると達也が急に……困った顔に……。

いや? 『しまった!』という顔と言ってもいいだろうか?

「あー。ま、一般論だよ、一般論」

達也は困ったように黒髪をかいてスッと隼人に背を向けてしまった。

(なーにが一般論だよ。そんな一般論あっても困る!)

隼人もムッスリ……。

確かにロベルトは葉月には、必要以上に紳士で親身だが……。

何故か許せる範囲に落ち着いていた。

それもロベルトが、妻・エミリーと楽しく幸せに暮らしているからだろうか?

だが──目の前の男は……

妻とは別れて、なおかつ、隼人の愛する女性の元へ行きたいという願望をハッキリ持っている。

 

『だけどな──』

 

こうして瞬間的に男として『ムッ』とはさせられるのだが……。

「えーっと。これ美味いぜ? ちょっとスパイス効いているけど、手羽先ってカンジー」

達也は先程『しまった!』という顔をしてから妙に隼人に低姿勢。

オススメのチキン料理を、バイキングスタイルのバットから取りだして

隼人のトレイに先に乗せてくれた。

 

「サンキュ」

「いえいえ……」

顔に出る、先に言葉が出てしまう……。

そういう男であることを思いだした。

悪気はないし、素直なだけなのだ。

きっと達也が、その昔……心で一番気にしていた男・ロベルトが

今は葉月のためと、側で協力していることに『動揺』したのだろう……。

隼人は、そうだろう……と、やっと達也の口悪の意味を悟ることが出来た。

任務の時……空母艦で初めて向き合った時のことを思い出し、隼人はそっと笑った。

そんな隼人の微笑みを確かめて、達也も照れたように俯いてしまったりして……。

 

『なーんか、憎めないんだよな?』

 

「お会計、済ませるわよ! 早くお決めなさい!」

 

カウンターでチケット精算をしようとしている登貴子が

一番最後に選んでいる達也と隼人をせかした。

 

「わ! いそげ、いそげ! これと、これとこれ! ドーナツもいる?」

「ドーナツはいらない」

「俺は食うぞ!」

達也がサッサと……勝手に隼人のトレイに進んで食べ物を並べてくれた。

 

『早く、早く!!』

なんだか弟の和人にでも無茶に振り回されているような錯覚に隼人は陥ったほど──。

 

四人がけの木テーブル。

登貴子が座ったテーブルを中心にフォスター隊が散らばった。

 

結局達也は、ちゃっかり登貴子の隣に陣取った。

隼人はフォスター隊長と一緒にその向かい側で、落ち着いて一緒に並ぶ。

『おっふくろさん♪ いっただきまーす♪』

達也は隣の登貴子に向かって、日本人らしく合掌の挨拶。

 

だけど、なんだか登貴子も嬉しそう。

 

そんな達也が隼人が感じている感覚と一緒で憎めいないらしく……

そして、可愛くて仕方がないと言った顔だった。

 

『なんだかホント憎めないヤツ』

隼人は、登貴子に一生懸命話しかける達也が……

これまた『小さな男の子』に見えてきて、ちょっと可笑しくなって

フォスターと一緒に笑うだけだった──。

 

『それにしてもな? なんとかしないと……?』

達也がとりあえず元気なのは確認できたが……問題は業務姿勢。

変な意地張りを解いてくれるといいのだが──?