11.台風信号

 

「これ? どうかしら?」

「ああ、可愛いね?」

次の日の朝……葉月と隼人は、フォスター中佐と供に

朝礼が終わった後カフェテリアに来ていた。

山中の陸訓練があるのは昼過ぎ……。

それまでは、『フロリダのお客様』はゆったり『業務見学』だった。

ブラウン少将とその側近トンプソンは、将軍同士でロイとリッキーが

高官側の業務を案内するとかで、四中隊にはフォスター一人が残って

佐官同志で色々と交流しているところだった。

業務を見学してもらう前に、葉月と隼人は『お土産探し』にフォスターをカフェテリアに誘ったのだ。

『カフェテリアの雑貨店に日本民芸品が色々置いてあるんですよ』

葉月の誘いに、フォスターは二つ返事。

『娘に何か見つける』と、喜んでついてきたのだ。

フォスターは目にした事ない日本民芸品をあれやこれやと手にとって眺めていたのだが、

葉月と隼人の目的は別にあった。

民芸品の中には、『箸』も置いてあり、その場所で二人、あれこれと……

フォスターと約束した『小さなお嬢ちゃんへのお土産』を探しているのだ。

 

葉月が見つけたのは、子供用の短い箸。

朱塗りで、白く小さな模様が入っている物。

そう……白いウサギが白抜きで描かれていて、紅い目がチョンチョンと入っている愛らしい箸。

それを手にして葉月が隼人に『どう?』と見せていたのだ。

「いいのを見つけたね……御礼返しにはピッタリだ」

隼人の胸元で、紅い箸を差し出して見せた葉月にニッコリと微笑み返した。

葉月も早速、自分でも納得いく品が見つかり……彼の顎にある視線を

そっと……彼の目線に合わせるよう見上げて微笑み返した。

それをフォスターが『箸置き』を手にしながらも、こちらをジッと見ていたが

二人は気が付かず、さらに箸選びに没頭……。

「夫婦箸……良いと思わないか? 奥さんにも」

「そうね……」

二人であれやこれやとお揃いの箸を手にとって……

男性用の長い黒塗りに千代紙のような柄に金粉混じりの箸と

お揃いの柄である女性用の桃色の箸を揃って手に取った。

葉月が女性用を手にして……隼人が男性用を手にして……。

そこで二人はやっとフォスターに向き合った。

 

「隊長? こちらで如何かしら?」

「ご家族で揃って使えますよ」

葉月と隼人の誘い声に、フォスターもにっこり微笑み、

箸置きの箱を片手に二人の前にやって来た。

「綺麗だね。これも芸術品だ……勿体ないな? 日常で使うなんて……」

「ご自宅では滅多にお使いになられないでしょうけど、飾られても素敵だと思いますよ?」

隼人がそういうと、フォスターは二人がそれぞれ手にしている箸を眺めたのだ。

「長さが違うけど?」

「日本ではこういう日常品に『夫婦』と名付けて使うんですよ。

男性用は少し大きめで女性用は小さめ……子供用はもっと小さく……。

奥様とお揃いで……お嬢ちゃまには、私も昔使ったような紅いお箸」

葉月がにっこり説明すると、フォスターも『へぇ♪』と家族の形を現したような日用品に

感心の眼差しで、すっかり気に入ってくれたようだった。

「小さいときは赤や桃色が女色の象徴だったりするのですよ?

私も紅いお箸使いました」

「お嬢さんは根は日本人なんだね?」

フォスターが英語を使いこなす葉月でも、『アメリカ人』として見ていたようだった。

それもそうだろう?

髪の色、顔立ちもエキゾチックだが葉月はどちらかというと日本人の中では目立つ容姿。

外国で溶け込む容姿だから。

フォスターから見ると、日本語を話している葉月の方が『外国語を喋ってる』と思っているようだ。

「あら? 中佐ったら……私は正真正銘、日本国籍、日本生まれの日本人ですわよ?」

葉月が可笑しそうに笑った。

「そうだったね……いや……お父上の事もいつもフロリダで見ているからつい……。

お母さんは、容姿は日本人でもすっかりアメリカ生活溶け込んでいらっしゃるし

君だって……数年前まではアメリカにいたしね?」

「……でも、幼少は日本の古都である鎌倉にいましたから。生まれも鎌倉ですし」

「カマクラ?」

「ああ……京都みたいな……昔、日本の歴史上『政治の中心』があった街なんですよ」

隼人が説明をくわえると、フォスターは、違和感があったのか葉月をシゲシゲと見つめるのだ。

「そうだったんだ……てっきり、物心つくまえからアメリカにいたのかと……?」

葉月と隼人は、それ以上の『葉月の生い立ち』に深入りになりそうな気配を感じ取って

そろって表情を固めたが……

「あ! お箸を綺麗に包んでもらえる千代紙を捜してくるわ!」

葉月の方がサッと笑顔で背を向けて、文具コーナーへと離れていってしまった。

「……」

何気なくかわせた葉月に隼人も、ホッとして……

女の子のように駆けだした葉月の背中をそっと微笑み見送った。

「はは……」

そんな隼人を金髪の隊長が、なんだか可笑しそうに笑ったのだ。

「なにか?」

首を傾げつつ、隼人は微笑み返す。

「いや……なんだか今日はお嬢さんの雰囲気が全然違うね?」

「え?」

「初めて会ったときは任務で空母艦の中……。冷たい無表情な機械みたいな顔していた。

次は……任務現場。男の子みたいに燃えた瞳で何をしでかすか危ない顔。

次は……滑走路でウンノを見送るとき……。

あの時のウンノを笑顔で見送っていた彼女の顔を見たときに……

『とてもいい子だ』と初めて思った」

「はい?」

フォスターが文具用品の所で千代紙を捜している葉月を遠目に眺めながら……

見守るようにそっと優しそうに微笑んだ。

「彼女は、なんだろうね? 色々な顔を持っているけど……隠していると言う事が解ったんだ。

若くしてあの様に押し上げられた様な地位に就いてしまったせいかもね?

ここで再会する前に、彼女が最初にあったときのように、

冷たい機械のような女性大佐でない事を祈ったよ。

そうしたら……まったく。『やんちゃ』も『可愛い』も表現してくれて嬉しかった」

「……そう言っていただけると、私も嬉しいです。

実際、日常を一緒にしている私自身に、補佐一同は、

そんな彼女は結構目に出来るんですけどね?

大勢のほとんどの隊員には、彼女は『無感情だ』と言われるほど……。

そう、隊長の最初の印象通りに『冷たい機械』のような印象を持たれていますから」

「……今日は彼女、またひと味違うね?」

そこでフォスターが、ニンマリ……隼人を見つめたのだ。

「は、はい?」

すると……フォスターはまた『クスクス』笑い出す。

そして──

 

「箸を選ぶ彼女の顔……『女性』だったよ」

「え!?」

「そして……君もね。まったく彼女が見つめる視線に本当に愛情を注いでいる眼差しで笑ったり」

「ええ!? そうでしたか??」

隼人も、実は……『今日の葉月は柔らかいな?』と……

箸を選んで自分に意見を伺う彼女の視線を……そっと愛しい気持ちを隠しながら見つめていたのだ。

それを見抜かれていて『どっきり!』

頬が少しばかり染まったのが解った。

「そして彼の視線に見守られて、いじらしくお箸を選ぶ彼女の可愛い顔」

フォスターが、また……しっとりとまるで葉月の若い『パパ』のような

寛大さを含めた眼差しで見つめていた。

「昨夜……彼女との話し合い、上手く行ったと見てもいいのかな?」

二人の雰囲気だけで、フォスターがそう感じ取っていて隼人はビックリ!

「えっと……はい、とりあえず……」

はにかみ、髪の毛をかきながら俯くと、フォスターは隼人にもにっこり寛大な微笑みを見せてくれる。

「そう……。昨夜の様子だと、波風を立ててしまったかと気にしていたんだけど」

「私の気持ちも……彼女の気持ちも……お互いの間では方向は決まりました」

隼人がはっきり言い切ると、フォスターは驚いたのか隼人の黒い瞳をジッと見つめた。

「早いね?」

「そうですか? 早いほうが宜しいでしょ?」

「……」

フォスターが少し黙り込んだ。

「なんだか俺も、今回は思い悩むことが多くて困ったね」

彼は瞳をそっと閉じて、力無く微笑むだけ。

「……でしょうね?」

「いや──。君達が男女として揺れると解って、頼み来たのに……。

それでも、お互いが良く通じている眼差しの交わし合いをみてしまったら……

今度は本当にウンノの為なのか? 『酷な状況』へ導いているかもと、心配になったりして……」

「ああ……そこはお嬢さんが一番気にしている所ですね」

「やっぱりね……」

フォスターがため息をついた。

でも、隼人は怯まない。

「勿論、海野中佐が小笠原に帰りたいのに、サワムラという男がいるが為に拒むならそれまでです。

その見定め……行かせてもらいますからね。フロリダまで!」

「──ホントに!?」

「ええ──彼女、今日中に直属の上司であるウィリアム大佐に

『出張提案』をする心積もりですよ? 彼女が動くと早いですよ」

「じゃぁ?」

「上手く許可が出れば……再来週にでも行けると思います」

「は、早いね!?」

自分で振った話とは言え、動き始めたら早い後輩達にフォスターは驚いたようだった。

「私の今『担当している仕事』も早急を要する段階になったので……。

そういう意味では、出張の話が決まれば『即実行』は、上の意向でもあるので

そこは隊長が持ってきた話が動かした……という様には見えないと思いますよ?」

「そ、そうなんだ? でも、驚いたな? お嬢さんがあっさり……動くとはね?」

「そこなんですけどね? 私とはまた違った気持ちも持っているようなんですよね?」

「違う気持ち?」

「そこが──まだ、私にでも打ち明けてくれないのですよ……?

いつものことで……後になって解ったりするんですけど。

だいたい、彼女が狙っていることで『嵐』になることはあっても

『悪い事』は起きませんから、放っているんですけど」

そこは、『任務』で葉月の『嵐』を経験済みのフォスター中佐は……

『お嬢さんのこと、上手くやりそうだね。楽しみだ』

なんて──安心してしいるよう?

しかもちょっとした『お嬢さんの悪戯』を楽しみにしている、本当に『若パパ』の顔をしているのだ。

 

葉月が文具用品の所で、しきりに何かを手にしては選んでいる様子を

フォスターはにっこり見つめていた。

 

 

そうなのだ……。

いつも葉月は『狙っている事』は、すぐには打ち明けてくれない。

だけど……『私、今狙っていることがあるのよ』という『信号』は隼人には必ず送ってくれる。

それが……昨夜の事。

 

 

 昨夜……リビングのテーブルで好きなように葉月を従えてしまった。

テーブルの上、脱がしたバスローブの上で、力絶えた彼女を見下ろして

隼人が一息ついた時はすっかり夜は更けていた。

男として好きなように扱ってしまい、隼人も急に我に返ってしまったのだが、

葉月は以前のような警戒した固さはなくて

ただ……彷彿とした顔で天井を見つめているだけだった。

そんな彼女を、いたわるようにもう一度バスローブに包んで

彼女の部屋に抱いて連れていった。

 

「おやすみ……ごめんな?」

横に寝かした葉月の隣に、隼人もいつものように寝床を取った。

「なんで謝るの?」

「え? 嫌だったかな?って……反省したんだけど?」

すると、葉月は可笑しそうに笑って……

バスローブを鬱陶しそうに身体から剥いでベッドの下に放り投げる。

素肌のまま、隼人の胸に飛び込んできた。

隼人もパジャマの上着だけ簡単に羽織っていただけなので

葉月が抱きつくと、彼女の肌の体温が直に触れる。

そこでまた……気が高揚してしまってお互いに腕を絡め合って戯れてしまったり──。

 

「やめろよ? お前にそんなことされたら眠れないだろ?

そう言うことは週末にしてくれたら嬉しいのになぁ?」

隼人の胸の上に、素肌のまま乗って抱きつく葉月が送ってくる熱い口づけ。

白くて冷たい指先で、黒髪を撫でられたり頬を包まれると

夜も更けたが平日だが、ここまでされては『第二ラウンド開始』という欲情が湧きそうになった。

なのに──そこで……。

 

「……私、シャワー浴びながら思いついたんだけど……」

急に隼人の唇の側で……彼女のピンク色の唇がくすぐるように……囁き始める。

でも、葉月の口調はいつもの落ち着いた女軍人に戻ったよう?

隼人は葉月の栗毛を撫で回していた手をのけて、枕に頭を預けて葉月を見上げた。

その途端に、葉月があの少年のような眼差しで隼人と向き合った。

 

「ロイ兄様、ワザとね」

「は? 何がワザと?」

「ワザとフォスター中佐に目を付けたって事よ」

「え!?」

「そうすれば、自然と達也のポジションが動くじゃない?

フォスター隊に中佐は二人。達也は若くても中佐。

中佐は二人もいらない。繰り上がるなら達也だもの」

「なるほど?」

急に頭の回転が良くなった女の子に隼人はちょっと苦笑い。

「しかも達也もフォスター中佐も納得いかないポジション異動。

両者が慌てて、どう動くかって?

達也はフォスター中佐を思って、隊長の座につかないようにふてくされる。

ロイ兄様は達也の元上司だもの。そんな性格お見通し。

フォスター中佐も急な異動とは言え、従順な優秀隊員だからとりあえず話は聞く。

そこへ、小笠原に見学と称して私達と接触すれば……達也の様子も耳に入る。

私か隼人さん……達也を動かしてくれれば……なんて思っている気がする」

「いや、まて? それならそんな回りくどいことしなくても……?

フランク中将が即刻引き抜きすればいいじゃないか?」

「まさか……兄様が……達也をフロリダに飛ばしたようなもんよ?」

「飛ばしたって? 栄転だったんだろ?」

「……言葉が悪かったわ」

葉月はそこで……なんだか嫌なことを思い出したかの様に眉間に皺を寄せたのだ。

(……やっぱり、達也のフロリダ行きは栄転とはいえ、葉月と無理矢理離されたって感じだな?)

隼人は、まだ……葉月と達也が別れた本当の理由は知らないが

その別れた『原因』にはいろいろな事情が含まれている事は解っていたのでそこは流した。

「ロイ兄様が手放したのに、今更小笠原に返せは……出来ないと思うのね?」

「それじゃぁ? 元上官の御園大佐が『引き抜き』かけても一緒じゃないのか?」

「兄様よりかは、元は一緒だった『私自身』が強く望めば……

『仕方がないもどしてやってもいい』っていう『ポーズ』だと思うのよね?」

「……でも、それって……俺達を良いように使っていないか?」

隼人が『随分手前勝手な?』と思いたくなるようなロイの『やり方』に眉をひそめると……。

「兄様は……それでも、そう言う手を使ってでも事を運ぶ人よ」

隼人の唇の近くで囁く愛らしい唇から……

そんな『割り切った』冷たい空気を吹き込むような言葉が届く。

そして、葉月の眼差しも……いつもの『無機質』な女幹部の冷たい眼差しだった。

隼人は……ロイの『手腕』の凄さは、解っていたつもりだったが……

初めて『氷の若連隊長』と言われるロイを『恐ろしい』と感じた。

何故なら……

達也の『フロリダ栄転』も、今回の『呼び戻し』も頭に描いているなら……

どちらもロイが『小笠原連隊の為、俺が従える中隊のため』と……

人の感情や『人間関係』など省みずに

『いつでも必要なだけ人を思うように動かす』事を考えているからだ。

だけど、隼人の上に乗る素肌の『女の子』は少し考えが違うようだった。

 

「兄様──『宿題』って言っていたわね?」

「ああ……」

「…………」

そこで葉月が、隼人の首に白い腕を巻き付けながらも、

そっと向こうの青いカーテンを遠い目で見つめ始めた。

その眼差しは……もうすっかり『大佐嬢』で、隼人もただジッと見守るだけ。

 

「この前、私が『爆発』しちゃったから……」

急に葉月が、照れるように笑い出したのだ。

「……『爆発』?」

「ほら……中庭で私が泣いたとき」

「ああ? あれ、『爆発』だったんだ?」

実は……葉月が何故? あの時『ロイと言い合い』になったかは隼人は知らない。

あんなに葉月が『壊れたい、自分が憎い』と追い込んだ程の事だから、立ち入れなかったのだ。

「……兄様が怖かったの」

葉月も先程、隼人が感じたように『頼りがいある兄様』でも、そう捕らえていることを知ることが出来た。

「どう怖いんだよ?」

「自由に私を動かすから……私も動いちゃうから」

同じように『人を思うままに操る』事を感じていて、隼人も内心驚いたり……。

「ま。連隊長だからね? それぐらいの手腕はないとね……」

自分も恐ろしいとは感じても、そこは『同調』する姿勢は、今は見せないようにした。

「でもね? 本当は解っているの……兄様は冷たい風に見えるけど

本当は周りのために何が『一番』か誰よりも先を読んで誰よりも先に動かせるの。

そうして……私は、大佐まで導いてもらったの。

だけどね? 26歳の大佐なんているはずない。兄様達はおかしいって抗議に行ったの」

「……兄様達?って誰と誰?」

隼人が何気なく問い返すと……

「……え、っと……」

葉月が、妙に口ごもったので少し隼人は首を傾げた。

「その……ロイ兄様と右京兄様が……」

「ああ……そう」

そこで『違和感』は感じたが聞き流した。

そんな事より、今の話をもっと先に進めたいからだ。

「そんな抗議に行っていたんだ?」

隼人がサッと尋ね返すと、すこしばかり動揺したような顔をした葉月が

元の平静な顔つきに戻った。

(なんだろ? 今の違和感?)

そう頭にかすめたが……葉月が話を始めた……。

「つまり……兄様は今回の『もう一人側近』は、私の大佐室のためにしようとしているの。

それで、なぜ? フォスター中佐と達也を並べたかというと……。

『お前達で選べばいい……』って……『選択』を与えてくれたのよ」

「選択?」

「今までなら……兄様は『フォスターをもらう』って強引だったかも?

隼人さんの時は、隼人さんという隊員の良さは解っていたけど

何よりも私が『隊長になるつもりはない、側近もいらない、上司を捜して欲しい』という姿勢だったから

私に『側近をつけて隊長になります』という『意志』を持たせるための『起爆剤』と思っていたかも?

フランスで私が引き抜いてくれば『俺の手間が省けた』

失敗しても……『葉月がその気になれば、そこで俺が強引に引き抜く』って心積もりだったのかも?

私がそれでもその気にならなかったら『次の手』は用意していたと思うわよ?」

「じゃぁ……葉月が失敗しても『中隊引継にその気』になったから?

俺を引き取ってくれたって事か」

妙に……一年前の『事の流れ』に隼人は納得。

葉月が『引き抜き失敗』しても『次の側近候補を捜して下さい』という気持ちで帰ったのは

隼人も知っている。

隼人が後になって『小笠原転属OK』をしたから、今の形になったとおもったが?

(ええ? じゃぁ? 俺がそれでも『ノン』と言っていたとしても、強引に引き抜く気はあったのか!?)

今更ながら……

葉月もそうだが、隼人もまだまだ……ロイの手の上、自由に動かされていた事になる。

だけど……葉月の話の通りに……

『強引だが、一番いい形に収まった』

それが今の葉月と隼人だ。

「そんな兄様がね……フォスター中佐を強引に引く抜く姿勢を見せても

まだ……私達に『達也』をちらつかせているんだもの。

『宿題』──『ついてこれなかったら、俺の言いなり』

そう……言いなりになる前に

『どちらか選び、俺の意向であるフォスター引き抜きが嫌なら、そっちから達也を引き抜け』

って……そう言いたかったんだと思うわ?

『お前も大佐だから、思いついたことは自分で切り開け』って言っているような気がする。

達也の引き抜きに成功したら……『フォローする気はある』から……

フォスター中佐をまだ強引に引っ張らないんだとおもうわ?

むしろ……フロリダに行って、達也のポジションが『曖昧』になっているのを確認して

そういう『二者択一』の作戦を思いついたのかも……」

葉月が、そんな『冷徹な連隊長兄様』でも……やっぱり尊敬している事が解る『解釈』だった。

彼女の少しばかり『ちっとも適わない』という『降参している』弱い眼差しが

何か……隼人に救いを求めるように降りてきた。

「そう……連隊長のその考えは凄いと思うよ。それに……言うところも尤も。

俺の気持ちからすると、『達也を側にどうか?』という余裕を与えてくれた事は感謝したいね。

後は『葉月の気持ち』も考慮はして、フォスター中佐という候補を立てたとも考えられるね?」

「そうね……この前、なんでも兄様の思うとおりにしないで欲しい……

なんて、反抗したから……」

葉月が少し、致し方ないように微笑んだ。

そうしてしまった事を、恥じているような顔だった。

「兄様……困っていたわ。私が怒って泣いて……どうしようもなくて」

「…………」

どう反応して良いか、隼人は困惑したが、

葉月から話してくれることも滅多にないので黙って聞くことにする。

「でも……私が兄様の言いなりばかりでなく、少しは自分の気持ちも言えるんだって

解ってくれたから……『自分で選んで動いてみろ。俺の言いなりばかりでなく』って

それで、選択を与えてくれたんだと思うし……。

『達也という最高の同期生』を、もう一度取り返すチャンスはこれが最後と……

わだかまりを解いて、元の状態に戻すなら……これが最後とチャンスをくれたのかも?」

 

(じゃぁ……ロイ中将は『影ながら達也OK』って事じゃないか!?)

 

隼人は、それなら! と、ロイとの意向が『一致』していることに

『やる気』に確信が持てた!

後はこのウサギさんと達也が、どう上手く向き合えるかだった。

 

「俺は……達也を選ぶ」

再び、ハッキリと言いきった隼人を、葉月がガラス玉の瞳を見開いて唖然と見つめていた。

「ふふ……隼人さん、本当に達也の事……好きになったのね?」

「……そりゃね。アイツ、なんだか憎めなくて、葉月にそっくりだ」

「やだ。あんな向こう見ず男と一緒にしないでよ?」

「ええ〜? お前も結構、向こう見ずジャン? ウサギさん曰く、達也兄さんとは『双子』らしいから?」

隼人が嫌みな視線を、恋人として送ると、葉月が途端にむくれる。

「なによ? 自分で引き抜こうって言いだしたクセに、そんなあげ足取らないでよ?」

いつもの即言い返しで、葉月も怯みやしない。

「お前も、どちらかを選ぶ時間は迫っているぞ?

連隊長の『中隊固め』は、俺達も無視できない『課題』だ」

そっと葉月の横髪を両手で包んで……見つめ返した。

「……解っているわ」

「すぐに選択は出来ないだろう? 俺の気持ちはハッキリ伝えたから後は……」

隼人は、葉月の気持ちはまだ整理がつかないだろうと、

『決断の瞬間』はすぐには求めないつもりで呟くと──

 

「私も……達也を、選ぶ」

 

隼人の胸の上、素肌で自分を見つめる彼女が……

あの輝く瞳でそう言いきった!

 

「そ、そうなんだ?」

あまりにも素早い決断。

いざとなると、隼人も『本当にそれでいいのか?』と、急な彼女の決断が飲み込めない。

「……これが最後のチャンスなら逃がさない。もう……繰り返さない達也とは!」

「そ、そうだね……」

葉月の瞳が──いつも以上に輝いたように見えた。

でも、葉月はこうも言いだした。

「と言っても……隼人さんが『ずれた決断』をしてくれたのが

『最高の後押し』だったの……。隼人さん無しじゃ達也ともう一度なんて考えなかった」

「ずれているとは失礼な?」

でも、隼人が唇を曲げて拗ねても……葉月は、柔らかい微笑み。

やっと大佐嬢が、お嬢さんに戻ってくれたような微笑みを見せてくれた。

「そうとなったら……私も『思うところ』は沢山あるから、さっさと片づけるように動くわ」

「は? なにするつもりなんだよ?」

「さぁね?」

また、葉月があさっての方向に視線を逸らしていつもの思わせぶりの決め文句。

それが『信号』と隼人は取ったのだが。

「はいはい、そうと来たら追求しません」

と、退いたのだ。

 

それとは別──に……隼人は気になることが一つ。

 

「あのさ? 一つ、聞いて良いか?」

「なに?」

「俺が『夢中』な時に──絶対!お前、そう言うことあれこれ考えていただろ?」

すると、葉月が図星だったのか? 表情が固まったのだが

「ち、違うわよ!?」

「そうだろ? 俺の気持ちをテラスで伝えた後と、今こうして部屋で話す間に決断を固めたんだろ?

その『間』、俺達がしていたことは『一つ』だろ?」

隼人が葉月の鼻をしらけた視線でつまみ上げても

「ち、違うわよ! 直感よ!」

葉月はそういって、首を振り否定する。

本当は……隼人も解っている……。

『ウサギさんは直感派』だと……。

だけど……自分の身体の上で、

飼い主に弄ばれるようなウサギがムキになっているのが楽しくて仕様がない。

「道理で……今日は『ダメ』だったはずだ」

「え? え??」

身体の上に乗っている彼女を、胸からシーツの上に降ろして寝かせる。

「……ちゃんと集中しろよ?」

「え? え? なに??」

隼人が、葉月の上に覆い被さると、葉月が少し怯えた顔。

でも──今夜はお構いなしだった。

『……もう、明日も仕事なのに……』

『お前が裸で俺の上に乗るからだろ?』

『も、もう──』

もう一度、その気になった隼人に呆れながらも

葉月の白い腕はまた……隼人の背にしがみついた。

 

昨夜はそうして……朝方までとは言わないが

それに近い時間まで、彼女と夜の時間を堪能してしまったのだ……。

 

 

 そんな熱い夜を過ごしたせいなのだろうか?

葉月の顔が朝から妙に『しとやか』なのだ……。

 

「ね? これみて? 桜のカード見つけたの♪ これにお返事書こうかしら?」

 

文具用品の中から、葉月が千代紙のセットとカードを手にして

隼人とフォスターが民芸品を物色しているところに戻ってきた。

隼人とフォスターに、和紙で出来ている桜のカードを広げて見せるのだ。

 

「いいね! きっと喜ぶよ」

隼人も、小さなお嬢ちゃんにそこまで心を砕く葉月が、今日はとても爽やかに見える。

「ありがとう。お嬢さん、娘に最高のお土産になるよ」

フォスターが、そこまで気遣ってくれる『やんちゃ嬢様』に嬉しそうに微笑んだ。

葉月もにっこり、楽しそうに微笑んでいる。

 

その制服の下に……昨夜付けた『官能の刻印』

その女性としての喜びを、そっと忍ばせても、ちょっとした表情に現れていたよう。

どうやら、葉月は隼人の思うところを一緒に進んでくれる『決意』は受け取ってくれたようだった。