7.おもてなし
「御園大佐の本部です」
「どれ?」
ロイに連れられて、四中隊棟3階の本部事務室へとブラウン少将一行は連れられた。
葉月は隊長でありながらも、エスコートはロイにお任せ。
隼人とフォスターと供に、後ろに下がって自分の仕事場の紹介は兄様に譲る。
「ふーん……話には聞いていたけど、離島の割にはかなり綺麗な所だね」
葉月の横にいた金髪のフォスターが、辺りを見渡しながらそんな事を呟いた。
「あら? フロリダの基地だって……ここより大きいし……
古い所もあるけど、新しい物は最先端だし何でもありますわ」
葉月が『小笠原なんて序の口』と笑うと、フォスターが少し戸惑った顔をした。
「そうだ……ね? でも、驚いたな思った以上だ。島の基地の雰囲気は」
フォスターが自分達の基地を誉めてくれたので、葉月と隼人は顔を見合わせて微笑んだのだが……。
それでもなんだかフォスター中佐は辺りを見渡しては、なんだか浮かない顔。
『どうしたんだろうな? なんかおかしくないか?』
隼人がそっと葉月を肘で小突くと……
『…………』
葉月も同じ事を感じているのか、ジッとそんな先輩中佐の様子を見つめていた。
観察しているかのようだ。
なので、隼人もそれ以上はつつかないよう、葉月もフォスターもそっとしておく。
『さて……ジョイとお兄さんはちゃんとしてくれたかしら?』
今度は葉月がそっと隼人にニヤリ……と、笑いかけるのだ。
『大丈夫だろ?』
隼人もそっと苦笑い。
まるで、言いつけをちゃんと弟が実行できるか試しているかのような意地悪い姉の微笑みだったのだ。
「リッキー。大佐がいるからもう戻って良いぞ」
本部にはいる前にロイがリッキーにそう告げる。
「それでは……私はここで……失礼いたします」
リッキーはロイに言われるまま、四中隊の本部前でそっと敬礼をして高官棟の方向へと去っていった。
(後で、連隊長室へ連れていくためね……リッキーはどんなおもてなしするのかしら?)
葉月は、自分が考えたおもてなしと被らないことを祈った。
おそらく、ジョイとリッキーのこと……。
上手く連携しているだろうとそこは安心しているのだが。
「ブラウン少将のお見えだ」
ロイがそっと本部の入り口に入って、少将を四中隊本部に迎え入れると……
「敬礼!」
山中の大きな声が響き渡る。
そこに……本部員全員が席を起立してザッと揃って敬礼をする。
その様子をブラウンは眺めても圧倒されると言う事はなく落ち着いてその光景を見渡していた。
「ご苦労」
ブラウン少将はそこは将軍らしく、威風堂々、本部員の敬礼の列に胸張って敬礼をする。
圧倒されていたのは、ブラウン少将の側近。トンプソン中佐の方だった。
彼も遅れ馳せながら少将の後ろで敬礼。
「いらっしゃいませ、少将。遠方からお疲れ様です」
本部の一番手前の席にいるジョイが、敬礼を解いて落ち着いた応対。
「どうぞ。こちらへ……お茶のご用意をしておりますから、先ずはお休み下さいませ」
金髪の青年の落ち着いたエスコートに、ブラウンも満足そうに微笑んだ。
「おや。可愛らしい坊やだったのに……ジョイも随分、格好良くなったモンだ」
ブラウンは可笑しそうに笑った。
「ここでは、そう言うこと……困りますよ。おじさん……」
ジョイは本部員の手前、馴染みのおじ様の『坊や扱い』に少し照れ笑い。
「あはは……さて、フランク若中佐の威厳を落とさないためにも早速お勧め通り、休ませてもらおう」
ジョイの手案内で、ロイとブラウンは颯爽とした本部員の出迎えに満足して大佐室に入って行く。
「フォスターです、お邪魔いたします」
フォスターが入り口で敬礼をすると、本部員が起立正しく再度お出迎えの『敬礼』
こちらの金髪の中佐は、アメリカの大基地で場慣れしているのか
大人数の敬礼にたじろぐことはなかった。
葉月と隼人は……自分達の部員がそつなくお出迎えをこなした事で
お互いに顔を見合わせて、ホッと笑顔をほころばせた。
『お兄さん、バッチリ♪』
フォスターが少将達の後を付いて大佐室に入る隙に
葉月は山中にウィンクとグッドサインを出しておく。
山中もホッとした顔……。
葉月は、そっと本部員全員に『着席と業務続行の』手合い図をすると
皆がホッとしたように席に座り……また、いつものザワザワとした業務風景が戻って行く。
そこで葉月と隼人は最後に大佐室に入る。
大佐室の小さな給湯室でジョイが既にイソイソとお茶の準備をしていた。
そこへ隼人が手伝いに姿を消した。
ロイが応接ソファーにブラウンと側近を座らせた。
上座の単椅子にブラウンが一人堂々と座り、長椅子にトンプソン中佐、フォスター中佐……。
その向かいの長椅子にロイが腰をかけて、その隣へと葉月はお邪魔することにした。
「さて……大佐は何を用意したのかな?」
ロイが葉月を試すように、ニヤリと顎をさすりながら見下ろしてきた。
「さ? お楽しみですわよ」
相変わらず、兄と妹のような触れ合いに、ブラウンも可笑しそうに笑うだけ。
フォスターも葉月の性分は既に慣れているのかにっこり楽しそうに微笑んだ。
一番馴染んでいないのは、新しい少将の側近、ジョンのようだ。
(ちゃんと入れられたかしら〜)
葉月は……ジョイのお茶入れは隼人がするより信頼はしている。
先日、『お茶入れ』の話し合いをジョイをしていると
隼人は、まだ自分がそこまで慣れていないことを大変悔しがって……
『ジョイと一緒にやらせてくれ』などと……言い出したほど。
『これをね? こうして持っていってくれる? 隼人兄』
『解った』
ジョイが隼人にお盆を持たせて、菓子皿を並べているのが見えた。
6歳も年下の男の子に教えられても、隼人は素直に従っている。
「お? 和で来たか?」
ロイがそっと日本語で呟いた。
「はい。それをお望みでしょう? 兄様?」
「島の老舗、三浦屋か?」
「はい。朝一番に、本日出来上がりの物を買いに行かせました。
島蜂蜜を使用しているので、甘みに品があります。あそこの和菓子は」
「よしよし」
ロイも葉月と思うところが一致したためか満足そうに待ちかまえている様子。
(兄様がこれで『良し』言う事は……どうやらリッキーとは重ならないみたいね?)
葉月が『和』で持ってきた。
リッキーは連隊長室でどうするのだろう?? と、なんだか変に気になったのだが……。
「どうぞ……こちらを……」
隼人がテーブルの側に低い姿勢で跪いて、萩焼の小皿に乗せられた和菓子を
そっと外人男性の前に一つずつ、丁寧にゆっくりと差し出した。
ベージュの葉の形をした焼き物の上には二つの小さな和菓子。
一つは白い大福に、もう一つは透き通った紫の寒天をちりばめた紫陽花の菓子。
『Oh……』
そう声を漏らしたのは、ブラウン少将……。
「久し振りだな……アンコだったかな?」
「少将……アンコですか?」
ジョン=トンプソンが不思議そうに上官に尋ねた。
「そうだよ。確かワイン色の小さな豆を砂糖と煮た物だよね? ロイ?」
『そうですよ』とロイがニコリと頷いた。
「レイのママ……ミセス=ドクターに何度かご馳走になったことがあるな?
その時は……こういう丸い小さなお菓子じゃなくて……スープみたいなものだった」
「お汁粉ですわね?」
「そうそう……チーズみたいになんだか良く伸びる米の焼き物が入っていて……」
「餅ですね」
「そうそう! モチってリョウ先輩が言っていたかな?」
「こちらもお米の粉で出来ておりますの……白いお菓子は餡を餅で包んだ『ダイフク』と言います。
こちらのお花のようなお菓子は寒天という海の海草を湯で溶かした物を固めた物……
それを餡の上に花びらとしてあしらっているんですよ。
洋風で言うところの『ゼリー』ですわね。色をを付けて」
「なんだか食べるのが勿体ないな……」
フォスターがそっと小皿を手にとって、その上に乗っている二つのキラキラと輝く和菓子を
不思議そうに眺めていた。
「和菓子は、季節という物を尊ぶものでね……な? 大佐」
ロイも日本人の如く、良く慣れているように説明するのだ。
本当にこの金髪の兄様がアメリカ人なのか葉月はいつも疑うほど……。
本当に日本には精通しているので、なんだか、葉月もぎこちない笑いをこぼしてしまった。
「お花のようですね?」
トンプソン中佐が、そっと恐る恐ると言った感じで葉月に尋ねてきた。
どうやら日本については何もかもが初心のようであった。
「Hydrangea……ハイドレインヂャ……に見えませんか?
日本では『アジサイ』と言いまして、この季節に咲くので……和菓子では良く使われます。
ここ小笠原では季節が少しずれていてもう咲き終わりですけどね……?」
葉月がそっと英語で伝えると、やっと彼も何を例えて作られた菓子なのか解ったようだった。
「確かに……すごい! 芸術的だなぁ。しかも四季を重んじるとは聞いていましたが……
こんな小さな菓子にまで……とは!」
フォスターがトンプソンが驚く前に、声をあげて驚いた。
葉月とロイは顔を見合わせて、微笑んだ。
「本当……食べるのが勿体ないですね」
トンプソンも皿を持ったまま、ジッと眺めていた。
「それを目で楽しみ、舌で味わう……。これが日本のたしなみらしいよ?」
ブラウンは早速、皿に乗っていた楊枝を躊躇うことなく使って、先ず大福から切り目を入れ始めた。
慣れた上官の仕草を見よう見まねで、二人の中佐が恐る恐る楊枝を手にした。
「俺はそんな形式張った事は面倒なので……」
「私も……」
葉月とロイは、和菓子を手でつまんで頬張った。
それを見て、アメリカンの中佐二人は、正式に厳かに食べるアメリカ少将と
ざっくばらんな日本基地の連隊長と大佐を交互に眺めて、戸惑い顔。
隼人がお盆を持って、後ろに下がっていたのだがクスクスと笑い始めた。
「フォスター中佐、大佐の真似はしちゃいけませんよ。
ですが、フォーマルな席では少将が正解なのですが、
私達も普段は、大佐のようにして気兼ねなく食しておりますから……。
どうぞ、ここでは難しいと思うことはしないで下さいね?」
「あ、そうなんだ……」
隼人のそっとしたアドバイスでフォスターは
ロイと葉月が気兼ねない恰好を勧めているのを解ってくれたらしい。
そこで彼はホッとしたのか楊枝を手放して、葉月とロイと同じように小さな和菓子を指でつまんだ。
トンプソン中佐はそれでも上官が楊枝を使っているので、慣れようとしているのか
一生懸命楊枝で食すことにチャレンジしていた。
「本当に勿体ないな……こんな細工みたいな食べ物」
フォスターは紫陽花の和菓子が気に入ったのか暫く眺めて食べようとしなかった。
「宜しかったら……お土産に如何ですか?
色々な細工のお菓子がありますから……奥様とお嬢様に……。
お店までお連れいたしますわよ」
葉月がそう勧めると、フォスターの顔が輝いた。
「娘が喜んでくれそうだな……是非!」
フォスターがそう喜ぶと……ロイも『親日作戦成功かな』と嬉しそうに葉月にそっと耳打ちを。
そんなフォスターを眺めていたブラウンがそっと囁いた。
「クリス、どうだい? 日本は気に入ったかな?」
彼がそういうと……フォスターの顔が少し強ばった。
「!?」
「……」
葉月と隼人はやっぱり何か様子が妙な事を嗅ぎ取って二人でそっと視線を合わせた。
「は、はい……将軍。気に入りました」
だけど……そう答えたフォスターの笑顔は、先程と変わらぬ笑顔だった。
(なにかしら……やっぱり、来たわけに何かあるわね!?)
これが本当に『転勤』であるならば……
今回ブラウンがフォスターを連れてきたのは……
『島基地の下見』と言うことになるではないか??
葉月は、ふと、そう思わずにはいられなくなってきた……。
『出来れば……帰るまでに君達と誰にも邪魔されない所でゆっくり話したいことがある』
そう先程言っていた事……。
(……もしかしてフォスター中佐は転勤になるなら……断りたいのかしら?)
『日本は気に入ったかい?』
上官のその問いに、少しばかり躊躇い顔を一瞬ともしたフォスター中佐。
(それもそうよね……ずっとアメリカで活躍してきたのに……)
しかも家族がいるではないか……。
誰だって転勤はあるが……前の任務でも前線で大いに活躍した『特攻隊長』の彼が
本部である中心基地、フロリダを追われる理由など何処にもない。
葉月と同じように『勲章』をもらった事だって耳にしているのに。
葉月はそっと眼差しを伏せて考えたのだが……。
ロイの目的が見えてこない。
そんな優秀な特攻隊長を簡単に引き抜くことが出来るのだろうか?
いや? この葉月の中隊へ引き抜く訳が解らない。
勿論──『陸部』を固めるためにはこれ以上素晴らしい先輩はいないだろう。
だけど。だからこそ……何故? そんな優秀な先輩を葉月の若中隊へと
フロリダ本部が手放してくれるかだった……。
「さ。甘いお菓子のお供にこちらをどうぞ」
葉月が和菓子を頬張りながらそっと物思いに耽っていると……
ジョイが、お揃いの萩焼の湯飲みを木皿に乗せてやって来た。
「緑茶です」
ジョイも説明をしながらそっと……一人一人の前に厳かに差し出す。
「渋めに入れてくれたんだろうな?」
ロイが従弟にそっと尋ねた。
「やだな。ジジくさっ!」
日本語のせいかジョイはお客の前でも弟らしくロイに突っ返したので
葉月と隼人は揃って苦笑い。
「お。丁度良いじゃないか?」
ロイはジョイが入れた煎茶を一口、口に含んで驚き顔。
「連隊長のお好み、日本のお年寄り仕様で入れさせていただきました」
そこは英語でロイに突き返したので、またまた葉月は苦笑い。
だけど、そこでアメリカから来たお客一行はブラウンを始め、笑いこぼし場が一気に和んだのだ。
(でも……お湯の温度も合格。湯飲みもちゃんと暖めたわね。うん、お茶葉の甘みも出ているわ)
葉月も少し渋めに入れたのも『ロイ好み』で『合格!』と、ジョイにそっとお褒めのウィンクを飛ばすと
ジョイはもう、得意そうに胸を張ったのでおかしくなって笑いたくなったが堪えた。
「いや〜久々に堪能したよ」
ブラウンも、すっかり気に入ってくれたようで葉月とジョイ、そして隼人も
自分達の考えたおもてなしが受け入れられて3人揃って笑顔をこぼして安堵する。
「どうですか? 御園の本部は」
ロイがそっと……ブラウンに尋ねた。
葉月は……ロイの横で少し緊張した。
「……若い者達の活気に溢れているね。レイもサワムラ君もそうだがジョイもヤマナカ中佐も
なかなか若いのにあれだけの人数を統率しているのは素晴らしいね」
葉月は、それでも満足していなかった。
やっぱりブラウンは父の後輩なのだ。
まるでおじ様がお嬢様を多めに見てくれているかのような優しい笑顔。
そう感じてしまったのだ。
だが──
「有り難うございます。将軍にそう言っていただき光栄です」
そこは素直に笑顔で受け止めておく。
「さて──それでは、大佐。暫し、お客様をお借りするからな。
連隊長室にお連れする」
ロイがそっと立ち上がった。
「かしこまりました。ご用がお済みになりましたらお呼びくださいませ」
葉月も立ち上がって、ロイに敬礼をする。
そこで、ロイ一人がブラウン一行を連れて四中隊を出ていった。
さて──ロイとの談合が終われば、今度は『基地見学』
今日はそのエスコートで基地内でのスケジュールは終了。
その後は、夕食だった。
そして明日は、山中の訓練見学だ。
「ジョイ。管制塔と連絡取ってね」
「イエッサー♪ 連隊長との談合は一時間の予定だったね。それに合わせておくよ」
ジョイもテキパキと動いてくれる。
山中のお兄さんは明日の訓練見学にてデビーと打ち合わせ中だった。
「さーて。暫く小休止。いつものお仕事、お仕事」
葉月は本部の様子が落ち着いているの確認して、
のんびりとした伸びをしながら大佐室に戻ることに。
後ろに引っ付いていた隼人がそんな葉月の落ち着いた様子に呆れたため息。
葉月はそっと振り返った。
「なによ?」
「別に……。なんでもございません、大佐」
こちらも解っていながらも、落ち着いた返答振り。
隼人としては、今はまだ平穏だが必ず何かが起きることへの胸騒ぎは落ち着かないようだ。
「残ったお菓子、二人でこっそり食べちゃいましょうよ♪」
葉月が悪戯げに『クク……』と、笑いをそっとこぼすと
「やれやれ……お嬢さんったら」
隼人は、もう呆れるわけでなく……そんな葉月の余裕が憎めないとばかりに
いつもの兄様笑顔をこぼしてくれたのだ……。
(さぁて……。先ずはフォスター中佐の打ち明け話を聞いてからね……)
葉月はソファーに座って、残っていた緑茶をすすっていると……
キッチンから残った和菓子を運んできてくれた隼人がそっと葉月の目の前に
側近らしく丁寧に差し出してくれた。
「大佐は今……何をお考えなのか?」
隼人がそっと微笑みかけてきた。
「さぁね?」
葉月はそっと微笑みながら紫陽花の和菓子を手に取る。
「まぁ……それならいいのですが」
隼人こそ……今は何も問いただそうとせずに落ち着いた笑顔を返してくれるのだ。
「中佐も食べたら?」
「いいえ……私は結構です。大佐は女性ですからお好きでしょう? お好きなだけ……。
私は片づけをさせていただきます」
隼人は妙にかしこまったまま、お盆にお客様が使った茶碗などを乗せてキッチンに下がってしまった。
『隼人さんにとっても……側近として動く良い場が与えてもらったって感じね……』
いつもは偉そうな兄様振りだが……
葉月を『大佐』として扱う側近としては、以前以上の落ち着きだった。
そんな風格をフロリダのお客様を迎えることで、パッと開花させたようにも感じられた。
葉月が──もう、『小娘中隊長』である『中佐』の時とは断然違う落ち着きと品格を醸し出し始める。
『やっぱり……ロイ兄様……色々と考えているわね』
葉月は、唇の端にはみ出した餡を指で拭いながらため息をついた。
四中隊にも、良い経験のチャンスだったという事になる……。
「あはは、はみだしてやんの。さっきまでお上品に食べていたウサギさんはどこへやら〜」
キッチンからそんな笑い声が響いてきた。
「うるさいわね! いいじゃない? 隼人さんの前だけ」
「そうだね、そうしておいた方が良いよ。大佐お嬢さん」
『まーったく。早速、偉そう!!』と、葉月はふてくされて最後の一口を放り込んだのだが……
そんな風に時と場合を使い分けて側近になり兄様になってくれる隼人の扱いは
本当に葉月にとっては心地がよい。
思わず、ソファーの背もたれに思いっきり背を預けてクスクスと笑い声を立ててしまった。
『なんだよ? まったく、甘い物を食べているときはご機嫌だな』
隼人がキッチンで茶碗を洗いながら、ソファーで笑う葉月を覗き込み、
訝しそうに眉間に皺を寄せていた。
それでも……葉月はずっとクスクスと笑い声を立てていたのだ……。
その後──。
ロイの連隊長室で談話が終わったのか、葉月と隼人にお呼びがかかった。
次なるスケジュールは基地見学である。
連隊長室へ隼人と出向くと……。
応接ソファーに並ぶ面々の前には、ハイビスカスのような花が添えてあるグラスが並んでいた。
(まぁ? リッキーは……ジュースだけ??)
リッキーのおもてなしを気にしていた葉月は少々拍子抜けしたのだが……。
「それでは、見学に行きましょうか?」
ロイがにこやかに立ち上がる。
「日本とは言っても、ここは流石に亜熱帯の島なんだね。島の雰囲気が良く伝わったよ」
ブラウンがロイの後ろで控えているリッキーに笑いかけたのだ。
(島の雰囲気??)
葉月はそっと首を傾げて、隼人を見上げた。
「パッションフルーツの香りがするね」
隼人は室内を見渡しながら鼻をヒクヒク動かしている。
「あ!」
葉月はやっと解った。
そう……リッキーは母島特産のフルーツを使ったトロピカル生ジュースを作ったのだと。
(……なるほど〜。私が大きく『国』攻めで来たから、リッキーは『土地』攻めで来たって事ね?)
やはり……リッキーも『島蜂蜜』を使ったのか、テーブルにおいてある『ピッチャー』には
赤々とした島蜂蜜が置いてあった。
確かに……ここは日本と行ってもハワイや沖縄のような雰囲気に近い。
葉月がどんなに『和』を備えたもてなしをしても、京都などのような雰囲気にはほど遠いのだ。
そんな葉月の驚きを知ってか知らずか?
リッキーがそっと葉月に微笑みかけるのだ。
『レイの和も間違っていないよ』なんて……そんな寛大な微笑み。
おそらく……リッキーが『和』でおもてなしをしてもこの島の雰囲気も取り込みそうな気がしてきた。
『私、まだまだね』
葉月はそっと……降参の微笑みをリッキーに返した。
「本当にホプキンス中佐は……良い先輩だね。一番のお手本だ」
葉月が一人で考えていた間も隼人は同じ事を読みとったようで
こちらも深いため息。
連隊長室のおもてなしを見届けて、葉月のエスコートでフロリダの一行を基地案内へと連れ出す。
陸部訓練棟、射撃場、管制塔……。
そこで本日訓練をしている風景をフォスターは真剣な眼差しで見つめていた。
管制塔からは沖に浮かぶ空母艦を眺めて、基地見学は終了した。
その後……四中隊に再び戻り、今度は隼人とジョイの案内で
アメリカキャンプ内にある『宿舎』にひとまずお客様をご案内。
業務が終わって、ロイと落ち合って食事に出かけるまで一休みしていただくこととなった。
そして、夕方……。
定時が過ぎて、葉月はタクシーを用意してから
ロイとお客様を乗せて基地の外にでる。
『玄海』での食事は、結局、内輪同志のような話になってしまった。
それもやっぱりロイと葉月の『義兄妹振り』をリチャードが面白がった事や
葉月の両親と、その後輩のリチャード=ブラウンの長き付き合いの懐かし話などに
どうしてもなってしまったのだ。
隼人やリッキー、そしてフォスターとトンプソンも……。
そんな将軍が話す懐かしい軍話を、楽しそうに聞き入っていた。
「お口に合ったようで安心しました」
葉月が『高官のお相手』をするのは当然なので、隼人がフォスターの世話役にて
フォスターの隣に座ったのだが、フォークを使わずに
ぎこちない手つきで箸を使いこなす彼にそっと声をかけた。
「うん。アメリカにもスシバーとかあるから初めてではないけど。
やっぱり盛りつけ方は和菓子と一緒でなんだか繊細であったり……。
この部屋も四季という物を重んじているみたいだね。
本当に初めて日本に触れた気分で──来て良かったよ。貴重な体験だ」
フォスターは、女将が床の間に活けた花を眺めながら……満足そうに微笑んでくれた。
そして彼の手元は、大将が作ってくれた物は洋風アレンジのメニューも含めて
綺麗に平らげてくれているのだ。
隼人もホッとした。
「中佐、お箸の使い方、お上手ですね」
「せっかくウンノが教えてくれたからな。フォークを使ったなんて言って帰ったら……
あいつにいつまでも文句を言われそうだよ」
「彼も元気そうでホッとしました」
「……まぁね。元気と言えば元気だが」
フォスターが刺身をそっとつまみながら小皿の醤油の上でその刺身を泳がせる。
「……なにか?」
隼人が微笑みながら尋ねると……フォスターがそっと黙り込んでしまった。
「早く君達に話したくて堪らないよ」
「──!? あの?」
フォスターの眼差しがとても重かった。
『失礼いたします』
葉月がハンカチを片手に、将軍と連隊長に挟まれて座っていた席を立ち上がる。
(トイレか……飲み過ぎてはいないようだな?)
冷酒を煽って妙にご機嫌に出来上がった兄様とおじ様の熱気から
少しだけ『小休止』とばかりに葉月が外に出ようとしているのが隼人には解った。
「失礼いたします」
隼人もそっと席を立った。
ふすまを閉めて外に出た葉月を追いかける。
葉月が古びた木の階段を降りて一階の化粧室に向かおうとしている。
「大佐」
隼人がそっと声をかけると、葉月が振り返った。
「隼人さん……。どう? フォスター中佐は……楽しそうだったけど」
葉月がいつもの女の子の笑顔で振り向いたので
隼人も木階段を降りて近づいた。
「ああ、日本を堪能は上々だよ。だけど……」
隼人は気になるフォスターの様子を葉月に報告すると……
「そう……やっぱり何か意にそぐわないことがあって小笠原に来たのね」
「訓練風景は真剣に見ていたけど、なんだかあの緻密な隊長振りだった任務の時とは
様子とか覇気とかが感じられないんだよな? 何とか……早めに話す場を作れないかな?」
「そうね……」
「どう? 若者同士って事でこの後、Be My Lightかムーンライトビーチとか
そうでなければ、基地の倉庫バーとかに連れ出せないかな?」
「…………」
葉月がそっと黙り込んだ。
「ちょっと考えてくるわ」
急に葉月の顔が、少年のように引き締まったので、隼人はおののいたのだが。
そういう顔をしたときの葉月は、隼人も『どうにかしてくれる』という信頼を得られる瞬間でもあった。
「頬、紅いぞ」
そんな真顔で階段を降りる葉月に隼人は一言。
「またお小言? ちゃんとセーブして冷酒を呑んでいるわよ」
「別に酔っぱらっても構わないぜ? マンションに戻ってからすっごい楽しみだから」
隼人が階段の上から、ニヤリと微笑みかけると
葉月の頬はさらに紅くなり、急にむくれたのだ。
「バカ!」
葉月は途端にツンとそっぽを向けて階段を降りその角に姿を消した。
隼人は階段の真ん中でそっと壁に背をもたれかけて、クスリと暫し笑い続けた。
さて……ウサギが今夜、早速の『話し合いの場』を作ってくれるかはともかく……。
『俺も、少しばっかり情報集めるか』
もう一度フォスターとそれとなく話してみようと、深呼吸、宴会の場に戻ることにした。