6.兄様の宿題
真っ青な小笠原の夏の空。
輝くマリンブルーの海が波打つ……この基地の大滑走路。
「お。来たな……」
入場ゲートの警備口前。
葉月の横には、金髪が麗しいロイが立っていて手をかざして空を見上げていた。
『ゴーーゥ』
真っ青な空の彼方から轟音が響き出す。
そう……。
葉月の肉眼で黒い点を空に確認。
ブラウン少将とフォスター中佐を乗せたフロリダ便がやって来た!
「兄様?」
勤務中だが、葉月はそれを承知でロイを呼んでみた。
「ん?」
ロイもそんな事は気にせずに、いつもの兄様笑顔で穏やかに葉月を見下ろしてくれた。
そんなロイと葉月の間に入るまいと……
側近同士……リッキーと隼人は後ろに控えていて、二人で何を話しているか解らないが
お互いが楽しそうに微笑みを浮かべながら会話を交わしていた。
「兄様……楽しそうね?」
葉月は少しばかりふてくされて呟く。
「え? 俺が??」
「そうよ、何が起きるかな〜って顔」
「おいおい。それは買いかぶりだな? 何にも俺は考えていないぞ」
「嘘。仕掛けて私が何を起こすか楽しみにしているでしょ?」
「さぁな〜? 何も起きないことを俺はいつも祈っているけどな?」
ロイは始終……笑っているのだ。
(嘘つき。顔が笑ってるじゃない!?)
長年、上司としてのロイを見てきたが……
ロイの『さぁね?』は、葉月以上の『さぁね?』なのだ──。
「フロリダに行って何を企んできたの?」
「フロリダに行ったのなんか……随分、前の話じゃないか?」
「そこから始まっているのでしょ? 兄様の『思惑』……」
ロイは唇を尖らせた葉月を見て……少しばかり表情を固めた。
「……お前、最近しつこいな? 『兄様の思惑、思惑』って……」
今度はロイが疲れたような顔で呆れたため息。
「よろしいわよ? どうせ、兄様の思い通りになるはずなんだから」
「──さぁね? なんのことだか?」
『もう!』
葉月がふてくされると、ロイはまた面白そうに笑うだけ。
そんなうちに……黒い点だった機体が姿を露わにして徐々に大きく弧を描き始める。
着陸態勢に入った。
『ゴーォォオ』
キキキ──!!……大きな轟音を響かせながら中型の輸送機が滑走路に車輪を付けて着陸!
オレンジ色ジャケットの滑走路整備隊が、慌ただしく輸送機を取り囲み始める。
「…………」
葉月は、その整備隊の動きをジッと見つめる……。
そして──そっと隼人の横に寄った。
「──? どうかしましたか? 大佐」
外ではしっかりした側近顔の隼人が、ロイから離れて側近の側に来た葉月の真顔を
訝しそうに見下ろした。
「ね。あの整備員……どう?」
葉月がそっと白く細長い指で一人の若い隊員を指さした。
「はい?……」
「あの若い日本人よ」
「それが?」
「この前から目を付けていたの。名前は『岸本吾郎』 26歳。私と同い年だけど……。
整備隊に配備されてからの経歴に特に特長はないけど……。
真面目さと勤勉さ……そして何よりも目立たないほど『ミス』が無いって事。
小笠原の滑走路整備隊に浜松航空部隊から配属されて3年。どう?」
「!!」
隼人は、こんな時に大胆な考えをそっと打ち明けた葉月に息を呑んだ。
つまり──
『澤村チームの一員にどうか?』
と──大佐が目を付けていると言うことを初めて知ったのだ!
その上、葉月はまだ彼について語り始める。
「浜松の航空学校出身。そこでも特に目立つ物はなし。
だけど……人間性という素質に目を付けたの。
チャンスがあれば、伸びるわ。『澤村教官』ならどう育てる?」
「い、いきなりそう言われましても……ですね?」
だが……隼人も少しは考えていた。
滑走路整備隊なら現場慣れはしているが……『空母』とは話は別だ。
「同じ航空学校を経て、滑走路に出ているんだから。
地上と海上の違いはあるけど、育てるなら間に合うわよ」
葉月の瞳は真剣そのものだった。
「いつの間に……そんな事……調べたり」
「勘」
戸惑っている隼人の問いに葉月はいつもの如く、簡単に冷めた表情で答えただけ。
「……検討してみます」
「そ。中佐が作るチームだから無理強いはしないわ。
目立つ経歴はないけど? 一筋は確かよ。与えられた現場の存在っていうのを良く心得ているわ。
おそらく……『素直で順応性』が長けていると思うわよ」
「そうですか……」
葉月の……岸本を見つめる瞳が真剣だった。
少し隼人が妬けるぐらいに……。
大佐がまた瞳を輝かしている……。
(岸本ね……)
隼人もその整備員が、先輩達と一緒に走り回る姿を目で追った。
「お? 葉月は何か始めたのか?」
ロイが聞き耳でも立てていたのか? リッキーと並んでニヤリと振り返った。
「内緒ですわよ」
葉月が生意気な顔で連隊長に突っぱねるので隼人も横で苦笑い。
「邪魔なんてしやしないが? なになに? どの隊員だって??」
結局、ロイに聞こえていたらしい……。
「兄様に関係ないでしょ?」
「そっか? リッキー、大佐嬢が教えてくれないから独自に調べてくれないか?」
「かしこまりました。あの日本人隊員ですね? おや? 大佐嬢と同じ年頃ですね〜」
ロイとリッキーが面白そうに笑って、岸本隊員を目で追った。
「もう……地獄耳」
葉月が面白くなさそうにふてくされたのだが……。
これと言って大抵抗はしようとしなかった。
(なんだこの人達は……)
隼人はこの『ロイファミリー』の3人に囲まれると、妙に緊張することがある。
本当に思わぬ事を……通常では『無駄』と思うことを『簡単にやろう』と言い出すからだ。
「どれ? 葉月の眼鏡ってヤツ、乗ってみようじゃないか?」
ロイが面白そうに乗ってしまったから隼人は驚くばかり。
「別に、勝手な事しないで下さいまし。私と澤村がやりますから!」
葉月の強気に隼人は『ヒンヤリ』
(俺達で出来るのかよ〜??)
と……思うのだ。
地上と海上という『部署』違いからの『引き抜き』
隼人も考えなかった事もないが、手間なので始めから諦めていた『節』がある。
だけど……葉月やロイにはそこも『見逃さない』といったところらしい……。
「ま。先ずは手並みを拝見かな?」
ロイが余裕で青い瞳を輝かせて葉月にニヤリと笑いかける。
「そうさせていただきます」
葉月がツンとそっぽを向けるのだ。
本当に連隊長に対してなんという態度をとるのだと……。
隼人は『兄様』といえども、そこまで生意気になれる葉月に時々ヒヤヒヤするのだ。
ロイは冷徹で、いけないことはいけないと葉月にも冷たく割り切るところがある。
だが……
『性質』が似ていると思うことがある。
『これ』と睨んだことには、上も下もなく、常識も経歴も関係ないといった感覚。
ロイが面白がって葉月の生意気の相手をしていると言う事は……
『賛成』という所らしい……。
(一つ……仕事が増えた)
隼人は『はぁ』とため息をついた。
「なかなか……レイも眼鏡が利いてきたね。
そうそう……先日の候補員ファイルデーター、ウィリアム大佐に返しておきましたから。
後でお呼びがかかると思いますよ? その前に『岸本隊員』も加えておきますよ」
リッキーがそっと隼人に耳打ちをした。
どうやら……皆、『本気』らしい……。
『……浜松出身の特長のない……日本人隊員か』
ふと……若い彼がベテランの外人先輩に混じって颯爽と動く様を隼人も眺めた。
なんだか……見つめていると……昔のフランスでの自分を思いだしてしまった。
ジャンに『キャプテン』の座を譲って、自分は内勤に退いた。
教官としてからは結構基地内で、日本人としても名は知られたが……
ジャンと滑走路や空母艦に出ていたときは、日本人という以外はこれと言って
隼人は目立つことのない隊員だった。
それはジャンも一緒だった。
ちょっとした『チャンス』が巡ってきただけ。
康夫という日本人が出世した。
そして……遠野祐介という優秀な先輩が側にいた。
ジャンという同期生と一緒に空の下を走っていた。
皆、小さなキッカケがあって……隼人は今ここにいる。
その小さなキッカケがなかったら……?
『チャンスがあれば……伸びるわ』
『澤村教官ならどう育てる?』
葉月は……そんな彼を隼人と重ねたのだろうか?
葉月は家柄も手伝って、少女時代からずっと地位や環境、チャンスに恵まれてきた隊員であるのに……。
そんな『目立たないところ』にも目を配っているところ……。
そこが彼女らしさなのかもしれない……。
隼人も急に岸本に親近感が湧いてきてしまった。
「お? リチャードおじさんのお出ましだ」
整備隊がセッティングしたタラップの上、輸送機のハッチが開いた。
その一番先頭に栗毛の将軍が姿を現した。
リチャード=ブラウンは、小笠原の空をひとしきり見渡して……
そして、正面を向くと『にっこり……』ロイに気が付いて手を振った。
タラップのセッティングをした整備員達が将軍の姿を目に留めてサッと敬礼。
その中にも背筋をキッチリ伸ばして先輩と敬礼をする岸本隊員も見える。
ロイが真顔でサッと敬礼をする。
その横に葉月も並んで、いつも以上の真顔で敬礼をした。
リッキーと隼人も上官の一歩後ろに下がって敬礼──。
颯爽としたリチャードが笑顔でタラップを降り始めると、そのすぐ後ろから
リチャードの側近なのか? リッキーぐらいの年頃の男性が敬礼をして姿を現す。
その後……
制服姿のフォスター中佐が硬い面もちで姿を現す。
リチャードが側近を従えて意気揚々と滑走路に降りて笑顔でロイに向かってくる。
「ロイ! 元気そうだね。『お招き有り難う』」
少将ではあるが、上官の地位にいるロイはそんな少将の慣れ親しんだ挨拶は気にならない様子。
むしろ……『馴染み深いおじ様』がやって来たと言った風で
「おじさん、長旅お疲れ様……。大佐嬢とお待ちしておりましたよ」
少将を先輩として接する事と決めているようだった。
『お招きね……』
葉月がなんだかロイの横でふてくされていた。
ロイがやっぱりリチャードを呼びつけたのだと確信したのだろう?
だが……
「やぁ……レイ。リョウ先輩が毎日心配していたけど……
任務で負った怪我も良くなったようだね? 元気にしているようでパパも安心だね」
リチャードの優しい声かけに、葉月は途端にニッコリ……。
「いらっしゃいませ……将軍」
ニッコリしながらも、そこは『将軍』のお出まし。
葉月はキッチリと敬礼を向けると、リチャードも柔らかい笑顔で敬礼を返してくれた。
「私の新しい側近だよ。トンプソン中佐だ。宜しく」
リチャードの後ろで、プラチナブロンドの若い男性が控えめに敬礼をする。
「初めまして……ミゾノ大佐」
敬礼をしたかと思うと、サッと紳士的に手を差し出した。
「初めまして、トンプソン中佐」
(この彼が……達也の後釜って訳ね?)
達也よりかは落ち着いた30代後半の男性だった。
葉月は差し出してくれた彼の手をそっと握り返してご挨拶。
「こら、ジョン……フランク中将が先だろ?」
ブラウン少将が、葉月に見とれている側近にそっと釘を刺す。
すると、彼はハッとしてロイに向き合った。
「も、申し訳ありません! 中将殿!」
途端に軍人張りに胸を張って敬礼をしたので、葉月は思わず笑い出したくなったのだが堪える。
「いやいや。私なんて『じゃじゃ馬嬢』にやられてばかりですから?
彼女が先で当然でしょう?」
ロイがニヤリと葉月に嫌みっぽく笑ったのだが、トンプソン中佐はただ焦っているだけ。
「なにか仰いましたか? 連隊長!」
「イテテ!……このじゃじゃ馬!」
葉月がそっと隣に並んでいたロイの革靴を踏みつける。
「こら! お嬢さん!」
お客様の前でもロイに対して生意気な態度に隼人が業を煮やして
葉月の肩をそっと後ろに引くと……
「アハハ……! 相変わらずだね」
ブラウン少将とトンプソン中佐の後ろに控えていたフォスターが
硬い面もちだったのに急に……和やかに笑い出したのだ。
「フランク中将……お招き頂きまして光栄です。宜しくお願いいたします」
こちらも胸を張ってビシッ!……と、ロイに敬礼を向けた。
その礼儀正しさは流石フロリダ第一線の品格が漂っていた。
お馴染みのおじ様とのご挨拶でふざけていたロイも……
「ご苦労、フォスター中佐」
将軍らしく敬礼を返した。
「いらっしゃいませ。フォスター中佐」
葉月もそれに習って……側近の隼人と供に敬礼をした。
「さ……ご挨拶などは程々に……どうぞ、皆様、こちらへ」
リッキーが毎度の優雅な物腰で、ロイの後ろから警備口へと腕を流した。
「では、お邪魔致そう」
ブラウン少将が動き出すとその横をロイがエスコートするように歩き始める。
「久し振りだね……怪我も良くなったようで安心したよ」
将軍一行の後を葉月と隼人……フォスターが並んだ。
「お陰様で……その節はご迷惑お掛けいたしました。フォスター中佐」
葉月がニコリと微笑むと……クリス=フォスターは急に穏やかな笑顔をこぼした。
「その上……大佐になられたとお聞きして……
私どものチーム一同……皆で祝福しておりました。
チームメイトの分まで、おめでとうと……言わせて下さい」
相変わらず……礼儀正しい彼に葉月はすこしばっかり、致し方ない様に微笑んだまま唇を曲げる。
「……私のような小娘が、先に行かせていただいてしまって……。
中佐だって前線でどれだけの活躍をされたことか……」
葉月の『致し方ない』顔での受け答えは……苦労を供にした先輩よりも簡単に昇進した事だったようだ。
隼人もそんな葉月の気持ちが痛いほど解ったから……。
彼女とフォスターの後ろを付いていきながらもそっと二人の会話を見守っていた。
だが──フォスターはそっと爽やかに微笑んだだけ。
「まさか……私なんて。
あんな凄い機転技の戦闘と、犠牲的作戦は実行できません。
私が保証いたしますよ? あなたは大佐になって当然でしょう。
チームメイト一同……あなたを大佐にするかどうかと聞かれたら
絶対『YES!』と叫んだと皆で言っていたところですよ。
ウンノの喜びようったら尋常じゃなったですよ?
その話を耳に入れたのは、皆でトレーニングをしていたグラウンドの芝で休憩していたときでした。
アイツ、バカみたいにサムと一緒に走り回って……子供みたいでしたよ」
「達也……が?」
フォスターの口から達也の日常的な姿が語られた為か葉月の表情が固まった。
勿論──隼人も……。
「あれ? ご存じではないのですか……?」
「あの……」
フォスターが少しばかり驚いた顔をしたのだが……
彼はすぐに何かを感じたのか元の笑顔に戻ってこう告げる。
「ウンノは側近職を退きました」
「はい……それは本人からも『そうしたい』とは、聞いておりますけど……」
葉月が歯切れ悪く反応する。
「私の訓練チーム、そして特攻隊の一員として引き取りました。
ブラウン少将のお許しが頂けたので……任務の後すぐに……」
「!……そうでしたか……では、本当に現場に戻ってしまったのですね」
葉月は……達也の居場所が今はあること……でも、本当に側近職を退いた事……。
とても複雑そうな顔をしていた。
隼人も同じだった……。
少しばかり勿体ないとも思いつつ……、でも達也が選んだことを否定できず。
葉月とフォスターの後ろでそっと俯いた。
ブラウン少将とトンプソン中佐が警備で入国監査の手続きを始める。
フォスター中佐も制服の胸ポケットから、そっとパスポートを取りだした。
「あなたに私だけ会えることになって……部下達にもかなり恨まれましたよ」
「皆様もお元気のようですわね?」
葉月がホッと笑顔をこぼすと……そんな葉月を見下ろしてフォスターは神妙にそっと微笑む。
「……良かった。髪も少しばかり伸びましたね……。
あなたが……髪の長かったあのあなたが元のように女性らしくしていらして。
なんだか、制服姿のあなたを見られてとても嬉しいですよ。ホッとしました」
フォスターがまるで心配するお兄さんのような笑顔を葉月に向けたので
葉月が柄にもなく……そっと頬を染めたのだ。
「まぁ! お上手!! フロリダの男も、制服を着ると人が変わったみたい!」
照れ隠しなのか葉月がそんな事を可愛げなく呟いたのだ。
でも──そこは大人のフォスター……。
「アハハ!……そんなお転婆で生意気なあなたにもお目にかかれてホッとしました。
なんと言ってもフォスター隊一番の伝説の活躍お嬢様ですからね!」
「ま、皆様揃って失礼ね!」
葉月が小娘らしく、むくれるとフォスターもなんだかすっかり緊張が解けたよう……。
そんな彼が隼人にそっと振り返った。
「君も中佐、昇進おめでとう。あいかわらずお嬢さんと仲良くしているようだね」
「有り難うございます、隊長。ご覧の如く……毎日、毎日、彼女にはやられてばかり」
「だけど……そんな事言って君が一番、偉かったりしてね」
「いやいや、飛んでもない! 近頃、白髪が増えたかな〜と……」
「なによ〜! ほら! フォスター中佐だって『偉そう』って言ったじゃない!」
「え? そんな事、隊長言った?」
隼人がシラっとフォスターに振ると……
「言っていたかな? 忘れたなぁ?」
フォスターは懐かしいとばかりにおかしく笑い出すだけ。
そんな風にとぼけた物だから、葉月が悔しそうに二人に揃って舌を出した。
それを見て、隼人とフォスターは揃って大笑い。
「おー、任務戦友組はなんだか賑やかだな?」
ロイが初来日のフォスターが和んだのを確かめて、嬉しそうに微笑みかけた。
「どうぞ? フォスター中佐、お待たせいたしました」
ブラウンとその側近が手続きを終えて、リッキーがフォスターを誘導した。
「はい、有り難うございます」
フォスターも急に、品格ある隊員の引き締まった顔になり
監査警備員に敬礼をしてパスポートを差し出した。
フォスターが手続きの最中……。
ロイがそっと葉月に寄ってきた。
「どうだ? 任務で一緒だったお前に任せて正解だろ?」
初来日のフォスターが途端に和んだのでロイもホッとしたようだった。
「とか、なんとか言って……本当はそうじゃないのでしょう? に・い・さ・ま!」
葉月がしらけた視線でロイを見上げて、そっと肘でロイの胸を小突く。
隼人はまったくもって連隊長に畏れない葉月にやっぱり苦笑い。
だが……ロイもただ笑って葉月に小突かれてなんだか嬉しそう?
『ま。ちゃんとした場ではわきまえあっている二人だからいいか』
隼人ももう……間に入る気にはなれなくなった。
ところが……ロイが急に瞳を輝かせて葉月の小さなツンとした鼻に指一本突きつけた。
「な、なに?」
葉月もふと驚いたのか、そんな兄様の長い指を見つめて寄り目になる。
「宿題だ。さて……何故、彼を呼んだでしょう?」
「え!?」
葉月が、指を見つめていた寄り目から、さらに驚いて茶色の瞳を見開いた。
「!!」
隼人も葉月の側で……ロイの言葉に身体が固まった。
ロイの瞳は何かを企んでいるかのように燦々と青色に輝くばかり。
「ま。色々、考えてみるんだな。ついてこれなかった場合は乗り遅れて……俺の言いなりだ」
「!!」
ロイがまるで葉月に何かを突きつけるように……
意味深にニヤリと顎をさすって微笑む。
途端に葉月の瞳が少年のように輝きだした。
「ロイ、本当にレイとは兄妹みたいだね」
ブラウンが仲の良い連隊長と妹大佐の触れ合いを微笑ましく見つめていた。
ロイはおじ様の声に反応してサッと葉月から離れていってしまった。
「やっぱり……兄様、なにか考えているわね」
「……そうらしいね」
隼人も……急に身が引き締まる思い。
(メンテチームの事もあるし……一体何がなにやら……)
やっぱり白髪が増えるかも? と……隼人は額の黒髪をかきあげた。
お客様の入国監査が無事に終わり……一行は葉月の大佐室へと向かう事となる。
リッキーのエスコートで将軍一行は固まっていたが……
やっぱりフォスターは慣れた葉月と隼人と供に歩き始めた。
「良かった……君達のエスコートだって聞いたから思い切って将軍に付いてきたんだけどね」
フォスターが安心しきったように葉月と隼人に話しかけてくる。
(躊躇いながら……付いてきたって事?)
葉月と隼人は同じ事を思い浮かべたようで、アイコンタクトのようにそっと目を合わせた。
「今夜は日本食だって聞かされていて……楽しみだけど初めてだから緊張するな?
日本って色々と作法があるらしいじゃないか?」
フォスターがちょっと不安そうにため息をもらした。
「大丈夫ですわよ? 日本でも近頃はフランス料理に箸が出て来るんですよ?
楽しく食べることが一番です。今夜のお店でもフォークとスプーンちゃんと出してくれますから」
葉月が、そっと微笑むとフォスターも『そうかい?』と安心したように微笑んだ。
「でもね、やっぱり作法も少しは知りたいかな?
あ! ウンノに箸の使い方教えてもらったんだ。
そうしたら、うちの娘が面白がって、真似してね……お土産に箸を買ってこいってねだられて」
「そうですか……達也も元気そうですわね? 皆様と馴染んでいるようで安心です」
葉月はそこは……天真爛漫ですぐに人なつこく人に愛されやすい達也らしいと微笑む。
どうやら……すっかりフォスターのプライベートでも可愛がってもらっているようだ。
「お嬢様へのお土産のお箸……私に選ばせて下さい」
葉月が輝く笑顔でそういうと、フォスターも嬉しそうに笑ってくれた。
「娘が喜ぶよ。娘に君の話を沢山してしまったんだ……娘から君に預かった物があって……」
『え!?』と、葉月と隼人は……思わぬフロリダからの贈り物に声をあげてしまったのだ。
「その……後で渡すよ……。それとね……」
フォスターがそっと……前を行く将軍達を気にするように見つめた。
「出来れば……帰るまでに君達と誰にも邪魔されない所でゆっくり話したいことがある」
『!!』
また……隼人と葉月は揃って硬直した。
フォスターの急な神妙な申し出。
そして……ロイの宿題。
いったいフロリダから『御園大佐室』に何が持ち込まれたのだろうか?
そんな申し出をした金髪の先輩は……急に疲れたため息を目の前でこぼしていた。