2.GO!

 

『御園大佐、復帰おめでとう。では発進確認行きます』

管制からのメッセージ。

 

『こちら空母管制──。上空、障害物なし、離艦許可OK』

『OK、こちらメンテ。確認します──』

コックピットからカタパルト台に見える本日のメンテキャプテンは

第二中隊、第一チームキャプテン『スチュワート中佐』

彼からのメッセージを待つ。

『こちらメンテ。発進準備OK』

 

「ラジャー。ビー・ストーム2発進OK!」

葉月も発進確認を伝える。

いつもは表情があまりないスチュワートがコックピットに笑いかけてきた。

 

『こちらメンテ。発進準備OK お嬢、復帰おめでとう!』

彼からの『GOサイン』

「もう皆に散々言われたけど、有り難う──。ビー・ストーム2行きます!」

キャプテンに向けて、パイロット発進の挨拶……葉月もグッドサインを出して敬礼!

操縦管を握った!

『GO!』

キャプテンのグッドサインがカタパルト先端、大海へと向けられた!

 

スチームカタパルトを滑り出す葉月の『すずめ蜂』

 

『ゴー!』

瞬く間に輝く青空に飛び出した!

 

『嬢──今日も慣らしだ。解っているな』

上空で安定した途端に、『鬼おじ様』の冷たい声が届いた。

「ラジャー。監督──本日も大島付近を巡回します」

『あまり遠くまで行くなよ! 嬢ちゃん! 俺達はこっちで暴れているからな!』

コリンズキャプテンの威勢のいい声が聞こえてきた。

(なーんかちょっと羨ましい……)

皆は編成を組んで演習だった。

葉月だけ、昨日、復帰はした物の細川から演習を許してもらえず

ならし飛行だけ言い付けられていた。

肩の痛みはもう……ない。

約5ヶ月ぶりの飛行。

何も違和感はない──。

勝手に身体が動いている、操縦管を握る手も。

 

空は青くて、雲も少ない──。

下に見える海はキラキラと波が反射してガラスのように輝いている。

ゴーという機体の音。

それを呼び戻すかのように、葉月は空と機体の一体感を身体に取り込んでいるところだ。

 

『嬢──そろそろ戻ってこい』

良い気分で飛んでいると……細川の固い声が届いた。

『ラジャー、戻ります』

葉月は渋々、小笠原諸島へと機首を方向転換させた──。

 

『ビー・ストーム2、着艦します……着艦許可お願いします』

『ラジャー、準備します。こちら管制、メンテへ……。

ビーストーム2より着艦要請あり、誘導せよ』

 

『こちら管制、ビー・ストーム2 着艦許可OK』

『ラジャー』

 

着艦フックを降ろして、甲板へと高度を下げる。

『アプローチOK』

なんだかスチュワートキャプテンまで、まるで厳戒態勢で迎えるように

変にメンテ員を散りばめているのがコックピットから見えた。

半年程、機体に触れていなかった葉月がまるで事故でも起こすかのよう!?

(もう……信用されていないのかしら? 昨日だってちゃんと着艦出来たわよ!)

昨日は第一中隊のブロイ中佐のメンテチームと一緒で、それが復帰第一回目飛行。

ブロイ中佐もちょっと緊張感漂う着艦誘導だったが、ここまでじゃなかったのに!

甲板が目線に近づいてくる……誘導ランプのガイドラインを見定めて慎重に機体を滑らす。

『ドン!』

着艦時の衝撃──!

そしてワイヤーにフックがかかる感触!

 

なんにも変わっていない!

機体が停まってから葉月は一人ニヤリと微笑みを浮かべた。

 

『お帰りなさい──! ビー・ストーム2!』

 

管制からも、メンテからも歓喜の声が葉月の耳に届いた。

 

 

「つまんねーなぁ?」

訓練が終わって連絡船で基地に戻る。

桟橋に皆で下船した時にデイブが不満そうに呟いた。

「いつになったら、細川のおっさんはお前に演習をさせてくれんだろうな?」

「すぐですよ、すぐ──」

葉月もそうなりたいから言い切った。

「だけど? ちょーっと細川中将、甘くない?」

劉がふとそう呟いた。

「だろ? 俺もそう思うぜー? お前が何処かに行っちゃうみたいに心配って感じで?

短時間で『強制帰還命令』なんてなー!」

デイブが叫ぶと、『体調を考慮しているんだよ』と大人びたフランシス大尉が諫める。

 

「うぃっす!」

 

桟橋を降りて皆と歩いていると、制服姿の男が立って敬礼をしていた。

 

「あ!」

デイブが一番に驚いて立ち止まった。

「あ、達也♪ いつ到着したのー!?」

葉月は解っていたので、達也が目の前に無事に来てくれたことで笑顔を見せた。

「ああ官舎で一休みしてから、こっちにきたら訓練中だっていうからさ」

「ジョイにあった?」

「ああ、会った! 会った! 涙の再会だったぜー♪」

葉月が達也に駆け寄って、昔通りの明るい会話。

それを……昔なじみの兄様パイロット達がちょっと驚いた様で固まっている。

 

「ここから、コリンズチームの飛行が見えるかなーって空眺めながら待っていたんだ」

「ざんねーん! 私は大島方向に流し飛行だったから。この上空は通っていないのよ」

「そうなんだ。ちぇ……」

 

すると──

「おーい。嬢ちゃんに海野」

デイブがチームメイトを従えて腕組み、葉月と達也が並んでいる姿を睨むのだ。

「な、なに? キャプテン?」

「あ、久し振りっす……コリンズ中佐。これからこっちでまた世話になるんで宜しくっす」

なんだかデイブはワナワナと震えていたので、葉月と達也はちょっとヒヤリと嫌な予感。

 

「何年も散々心配させておいて戻ってきただと〜!どれだけ心配したと思っているんだ!」

デイブが大声で叫び、葉月と達也をビシッと指さした。

「えっと……」

「なんか……雰囲気、やばくないか?」

葉月と達也は後ずさり──。

確かに数年前、どれだけの心配をさせて達也と『破局』した事か……。

 

「よーっし、歓迎してやる──! 任務負傷をして半年もチームを抜けていた嬢ちゃんもだ!」

デイブがそれだけ叫ぶと、チームメイト一同にニヤリと微笑みかけて

『行け!』の合図!

 

「わ……逃げた方が良さそうだぞ!?」

「ひっ!」

葉月と達也に向けて、なんだか殺気立つようにチームメイト達が走って向かってくる!

 

「ちょーっと! なにするのよ──!!」

最初に捕まったのは葉月!

劉とマイケルとデイブに胴上げのように、身体を持ち上げられる!

「わ! 勘弁してくれよ!! わーー! すみませんっ、なんでもします! 許して!!」

達也も他残りの男達に無理矢理担ぎ上げられたようだ。

そして──

 

『せーの!!』

 

桟橋から、青空に向けて……いや!? すぐそこの海面に二人揃って放り投げられた!!

 

『きゃぁ──!!』

『わーー!』

 

ザッパーン!!

二人が投げ込まれた海面が細かい水しぶきを散らし、水面が空高く波打った!

 

「わーはは! 復帰祝いに、小笠原帰還祝いだ♪ これからも宜しくな!」

デイブの高らかな笑い声。

 

『プハッ!』

飛行服姿の葉月、そして制服姿の達也が同時に海面から頭を出す。

 

「もぅ! 信じられない!! こんな復帰祝いってある!?」

「くそー! 葉月の巻き添えくった! 帰ってきていきなりこれかよ!!」

 

「あはは。お前達、お揃いでお似合いだぞ。ま、これから今までの分も頑張れよ♪」

「お嬢、復帰おめでとう!」

「海野中佐、おかえりー♪」

桟橋の先端にデイブを先頭にしてパイロット達がワイワイと集まった。

 

葉月と達也は、海面でそっと顔を見合わせた。

 

「変わらないな……ほんと、良い歓迎だ」

「ふふ──そうね♪」

 

お互いに笑って、ずぶ濡れで桟橋に上がり、再度コリンズチームの激励につつまれる。

 

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そして……こちらは……。

 

「よっし、サワムラ君。今日は俺のポジションで頑張ってみるかい?」

「はい、是非!」

「去年、君の訓練復帰の際は、最終GOサインは譲れなかったけど……。

君ももうすぐキャプテン、今日はカタパルト台に立って送り出し役やってみよう」

「あ、ありがとうございます! 源中佐!」

 

管制塔の男子ロッカールームで、隼人は第一中隊源メンテチームに混ざって訓練に出るところ。

「ロベルトが入れ替わりで、フランスだって?」

源と深紅のメンテつなぎ服を着ながら、話していた。

「ええ、僕の同期生に受け入れをお願いして今訓練見学中だそうです」

「君の教え子も結構いるんだろう?」

「はい──ロベルトはそこも目を付けていたみたいで……。

なんだか僕の教官としての腕を見定められるみたいで、ちょっとドキドキです」

「アハハー! 教え子達がどう活躍しているかも、解っていいじゃない!

お嬢も復帰して、いよいよだね? 昨日、アランがコリンズチームを受け持ったから

聞いたけど……なんにも衰えてなかったとか。流石だね、お嬢。

甲板は盛り上がったらしいよ? 惜しかったなー! 俺が一番に飛ばしたかったのに!」

「アハハ。なんだか昨夜は、彼女も興奮していて寝付きが……」

と、隼人は言いかけて言葉を止めた。

『何故? 葉月の夜をしっている?』と突っ込まれそうで。

いや……もう公認で皆知っている事なのだが!

勿論、源はニヤニヤと隼人を見るのだ。

「お幸せそうで? まさか……寝付けないのをここぞとばかりに

『良い事』に利用していたりして」

「……と、とんでもない」

隼人は真顔に戻って、シラっとしようとしたが頬は熱かった。

実は『まったくその通り』だったりして──。

(アイツが悪いんだ。寝られないから相手をしてくれって、もう……)

隼人の胸に渦巻く甘い狂おしさ。

葉月と元の生活に戻ったのだが、やっぱりさらに何かが違う。

たとえ……『新しい影』を感じてしまっても、葉月がかき消すほど『まばゆい』のだ。

 

「あ、彼は何処に行った??」

源がハッとしたようにロッカールームを見渡す。

源の興味が他へ向いて隼人はホッと胸をなで下ろした。

「中佐! 遅いっすよ! 早く桟橋まで案内して下さいよ!」

ロッカールームの入り口で、小笠原の真っ赤なメンテ服に着替えた『エディ』が

癇癪でもおこした子供のように飛び跳ねていた。

 

そう──エディは向こうで辞令が出てすぐさま小笠原にやって来たのだ。

転属移動期間もあるのに『待てない!』とばかりにやって来て、

まだ準備もままならなかったジョイがあたふたと宿舎などを手配したほど。

やることがないと大騒ぎして、こうして何とか隼人と一緒に甲板にだしてもらえる事に。

 

「彼、整備が第一なんですよ。その熱血振りは俺も勝てませんね」

隼人は苦笑いをこぼして、手早くメンテ工具を腰につけて準備をする。

「いやー、これからサワムラチームもあなどれないねー?

彼、訓練校の成績『AAプラス』だって〜?」

源が、あどけないエディを信じられないように見つめていた。

「はい。僕が今、本部で手がふさがるので欠員補助は暫く彼にお願いしようかと思っています。

彼は大喜びで……僕も大助かり……。良かったらどんどん使ってやって下さい」

「へぇ……フロリダのAAプラスか。お手並み拝見だな」

 

『中佐ー!』

『あーはいはい、今行くよ』

隼人はエディに引っ張られるようにロッカールームを出た。

 

すると──。

 

「俺のジャージを貸してやるからさ……なっ! 海野♪」

源チームと入れ替えで先に訓練していた『コリンズチーム』が

管制塔横の格納庫階段から上がってきた。

「もぅ……帰国第一日目が台無しっすよ! せっかくキメてきたのにな!」

金髪短髪頭のデイブの横に、制服姿でずぶ濡れの『達也』が──!

 

「達也──!」

隼人は達也が来る前に、あちこちの営業やミーティングなどに出ていて

その足で、訓練へと向かったので到着は知らなかった。

 

「あ! 兄さん〜! 見てくれよ! くるなりこの歓迎ってどうよ!?」

頭から足の革靴まで……達也はずぶ濡れなのだ。

 

「もー潮臭いっ! みんな、信じられない!!」

その後ろからは深緑色の飛行服姿で、同じくこちらもずぶ濡れ──。

葉月が、リュウや黒人のスミスにどつかれながらプリプリとした様子で現れる。

 

「あ、隼人さん! エディ! 今からなのね!」

葉月がずぶ濡れながらも、輝く笑顔を元気良く向けてきたので

隼人は何故だか……ドッキリしてしまった。

「わ。レイ……ほんっとうにレイって面白いなー?

そんなずぶ濡れになっている女の子はそうはいないぞ?」

エディがこれまた楽しそうに葉月に駆け寄った。

 

「ふふん、エディ──。覚えておきなさい」

葉月は途端に得意そうにエディに向けて胸を張った。

「こういうチームだってね! この兄様達はやること派手よ〜?

勿論、飛行も! そして私の扱いもね!!!」

葉月はそう叫んで、デイブ達を睨み回したのだ。

「ワッハハ〜! 楽しみだなー!」

エディがケラケラと笑うと葉月が『わかってんの?』と眉をひそめている。

 

「じゃぁ──急いでいるから。エディ……行こう」

隼人は達也に『後で』と軽く挨拶をしてエディと走り出した。

葉月はまだ怒っていてそのまま女子ロッカールームに。

達也はデイブに引っ張られて男子ロッカールームへと消えていった。

 

「まーったく。やっぱりこっちに帰ってきても、なんだか皆、騒がしいなー」

隼人はエディと桟橋に向かいながら溜息をついた。

達也が来るなり『ふたり揃ってずぶ濡れとはなんたる事か』と──。

「でも、面白そうなフライトチームっすね? レイを海に放り投げちゃうなんて♪」

エディがワクワクした顔で空に伸びをした。

彼も葉月と出逢ってから、フロリダで見せていた固そうで感情がなかったような

甲板での顔ではなくなってきていた。

とてものびのびとしていて、肩の力が抜けたよう──。

(本領発揮してくれそうだな)

隼人はそう思って微笑んだ。

 

太陽が照りつける空母艦の甲板。

 

「本日から暫く……サワムラ君がキャプテン研修で時々参加するのでよろしく!

それとこちらの青年は、サワムラ君のチームメンバーの一員。キャンベラ君。

なんと──! 訓練校の成績AAプラスだそうだ! お前達も負けるなよ!」

そこに源メンテチームが集合をして、隼人とエディは源の横に並んで挨拶をする。

「ご迷惑がかからないように致しますので、宜しくお願いします」

「宜しくおねがいしまっす」

エディのAAプラスに源チームがどよめいたが、エディは工具を触って知らん顔。

隼人は『こらこら』とちょっと苦笑い。

 

「いよいよキャプテンか! やったな! サワムラ君」

「頑張れよ! 応援するよ!」

源のチームメイトから激励の声が飛んできて、隼人も笑顔をこぼした。

約一年──欠員補助などで小笠原各メンテチームの訓練に参加していたので

結構、顔見知りが多く、皆に隼人は支えられてここまでやってきた。

そしてたくさん出来た同業者仲間達。

 

「さ! カタパルト行こうか! フライトチームが搭乗する」

「ラジャー!」

 

甲板の先端まで伸びるカタパルトにユラユラと水蒸気がたなびいている。

 

パイロット達が機体に乗り込む!

 

「さぁ……キャプテン? お願いしようか」

源にヘッドセットマイクを手渡される。

一機目のホーネットが、海へと向けて先端を光らせ、カタパルトに君臨する。

 

『もうすぐキャプテンだってな──宜しく、サワムラ中佐』

第一中隊のフライトキャプテンからもそんな声。

「こちらも宜しくお願いします。ウォーカーキャプテン。

管制──お願いします」

隼人は挨拶の笑顔の後、すぐに表情を固くする。

源が横にいるが、彼もヘッドセットマイクを頭に付けて無言で

チームの動きを見守っていた。

 

『こちら空母管制──。上空、障害物なし、離艦許可OK』

『OK、こちらメンテ。確認します──』

隼人は自分の目で、カタパルトにセッティングされたホーネットを見つめる。

メンテ員達が立ち退く。

『こちらメンテ。発進準備OK』

横で源も頷いた。

 

スチームカタパルトから水蒸気がふわっとあがる!

ホーネットのアフターバーナーが真っ赤に燃え上がり、高音のエンジン音が隼人の耳を貫く!

 

『ダッシュ・パンサー1 発進OK!』

 

ウォーカーのグッドサインに敬礼!

隼人もお返しの敬礼──そして……

胸に拳を握って親指を突き出す──! カタパルトの先に広がる海と大空に向けて──!

 

『GO!』

 

轟音を轟かせて、ウォーカーのホーネットが空へと舞い上がる!

 

『もうすぐ……ウサギを空に放り出してやる!』

 

隼人はもう一度──その拳をホーネットの尾翼に重ねて突きだした。

 

『GO!!』

 

心で唱えて──。

 

=TOKIO・エピローグ 完=

〜TOKIO・大佐室編 完結〜

 

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★最後までお読み下さって、有り難うございました。
 皆様の一言お待ちしております。(^^)