12.新しい影
『うふふ……』
夕方、葉月が再びメンテ本部へと戻ってきた。
葉月はその時、隼人の隣りに座って抱えてきたペーパーバッグの中身を
色々と物色中だった。
「いっぱい買ってもらったんだなぁ?」
隼人が、無邪気にご機嫌な葉月に対して、ちょっと鬱陶しそうにして苦笑い。
「そうなの〜。ランチだけおごりかと思ったのに、その後行ったショッピングモールで
マイクったらなんでも買ってくれるんだもの♪」
そう、葉月が帰ってきて『マイクとご飯食べて、ドライブしてきた。彼は秘書室に戻った』との
報告を、マリアと隼人は受けて驚いたのだ。
隼人はすぐに落ちついた。
『やっぱ、妹分の効果は大きいのかもな』
彼はなんだか諦め加減にため息をついて、変な追求なんて一切しなかった。
マリアは眉をひそめた。
葉月が顔を見せただけで、そんなにすぐに立ち直る?と──。
それも葉月を目に入れても痛くもないといった、これまた隼人に似た『溺愛振り』で
葉月と楽しい気分転換の『デート』をして、欠勤なのに仕事場に戻ったという事。
なんだか納得できなかった。
「へぇ? ジャッジ中佐の服の好みはそんな感じなんだー」
マリアはピクリと耳が動いた。
葉月が手にしているのは、透明な袋にパッキングされた黒いワンピース。
「ウィンドーに着せられていてね? マイクがレイには似合うよって。
私はいらないって言ったのよ? なのにマイクが勝手にスタッフに言い付けて
ボディから脱がせて、レジで精算しちゃったんだもの」
試着もなしで葉月にプレゼントしたらしい。
(基地中の女性に殺されるわよ? 葉月──)
マリアは目を細めて、葉月が隼人に見せているワンピースを眺めた。
きっとあのジャッジ中佐に無条件にそうしてもらえるのは葉月ぐらいだろう。
「でもさ。そういう事をすることで、少しでも気が晴れたんじゃないかな?
毎日、仕事ばかりだったんだろう? 妹分のお前との時間が堪能できて楽しかったなら
それでいいんじゃないかな?」
ほら! 隼人まで、葉月に寛容なのだ。
本当に、皆して『葉月は許せるよ』とそんな風にマリアは見えてしまって
そう思ってはいけないが……どうしてもそう感じてしまっていた。
「でもね? マイク……それでも時々ちょっとぼんやりしたり哀しそうな目をしていたわよ?
それに……イザベルとはこんな風に買い物に行った事がなかったって言っていた。
なんでしなかったんだろう? なんて……急に黙り込んじゃったりして」
その話に、隼人もマリアも黙り込んだ。
(すごく愛していたみたいなのに──)
そんな事もしたことがなかったというのは、マリアとしては驚きだった。
彼の『ポリシー』がそうさせていたのならば、若博士が女性として愛想を尽かすのも……
無理はなかったかもと──。
もしかして若博士は、彼に合わせて無理をしていたのだろうか?
そこは予想しかできないので、マリアは深く考えるのをやめた。
「ジャッジ中佐は、葉月には気構えがないんだな、きっと。
一人で考えているより、そうして話せる人に聞いてもらうだけの事で
気の持ちようもだいぶ違うだろうからね?
やっぱり葉月じゃないと、兄さんも言えなかっただろうし──」
隼人もニコリと微笑んで、だから買ってもらったものは有り難く受け取っておけと葉月に言う。
(気構えがない……ね?)
それは葉月の事は『女性』という人種には見ていないという事。
そして同じように葉月も絶対にマイクは『男性』という人種ではない。
そういう所で、男女以外の関係は上手くバランスが取れているだけの事。
マリアはやっとそう思うことが出来た。
どちらかが『男女』を意識した場合はバランスが崩れるのだろう。
それがマイクと葉月の場合は何年もそういう事が芽生えない。
つまり本当に『兄妹』
そう思えば……葉月が手の中に抱え込んでいるプレゼントも不自然には見えなくなってきた。
そこを羨ましがるのは、マリアはどうか? と、ちょっと反省。
いや……二人の兄妹という土台はともかくとして、そういう信頼関係は
ちょっとは羨ましい事は……否定できなかった。
黒いレエスが袖ぐり、襟周り、裾周りにあしらわれ、シックでちょっとセクシーなワンピースだった。
あの若博士先生が着ても似合いそうな感じの──。
に……しては胸元に丈が二十代らしいカットで、そしてレエスのあしらい方は乙女風で
そこは葉月に似合いそうな部分だった。
「ちょっとセクシーだな? こういうのが好みなんだ。
でも……それいいじゃん。今度、横浜へ行くときに着ていけよ」
「そうね?」
隼人は、別になにも変な探りもしなければ、猜疑心もないようで
二人揃って『兄様からのプレゼント』と善意的に受け止めてしまっている。
他には、クッキーの袋に紅茶の袋、キャンディボトル。
ちょっとしたスポーツティシャツ。そして小さなぬいぐるみ等の雑貨等々。
マイクがまるで発散でもするかの如く、葉月を連れ回して何でも買ったというのがうかがえた。
「ああ、そうそう──」
葉月がさらに大きなペーパーバッグを探って水色の小さなペーパーバッグを取りだした。
「これ、マイクがマリアさんに渡して欲しいって」
葉月がぼんやりしていたマリアの側に、金色のリボンをあしらったピンクの小箱を差し出したのだ。
「え!? 私!?」
「うん、なんでも『敢闘賞』だとか変なこと言っていたわよ?
パーティの主催としての労いなのじゃないかしら?」
「まさかぁ〜」
あんなに散々睨まれたのに『それはないだろう』とマリアは頬を引きつらせた。
「私とお揃いみたい」
葉月が手にしているのは、同じ様な大きさの包みで
そして……同じように金色のリボン、でも包みは水色。
『開けてみよう』という事で、二人一緒に包みを解いた。
先に開けたのは葉月。
「あら? プチ・サンボンだわ!」
葉月の手にはすりガラスに水色のラベルの香水。
(プチ・サンボン!?)
マリアは眉をひそめて……嫌な予感がしてきた。
そして、マリアが開けた箱の中には……
(やっぱり──!)
ピンクのラベルの『グラン・サンボン』が入っていたのだ。
なんだかまたメラメラとしてきた!
あんな意地悪な中佐の事を、我が事のように心配した自分がバカだった!と──。
だが──『わ♪』と葉月が途端に喜んだのだ!
「私が青い妹で、マリアさんが赤いお姉さん! マイクはそう思ってくれたのかしら!」
「……」
葉月はマリアとお揃いで、兄様が贈ってくれたと喜んでいるが──。
『どうかしらねー? 葉月は知らないのよ……』
自分がどんな意地悪を言われたかなんて……可愛い妹分の葉月には通じないだろうと
マリアはため息をついてその箱を横に放った。
「へぇ……それがプチ・サンボン? 可愛らしい瓶だね」
隼人も興味津々、葉月が持っている水色ラベルの小瓶を手にして眺めている。
「あ……シャボンというよりオレンジっぽい。こういうのもいいかもね?」
「うん、子供用とか言ってもビギナーとか肌が敏感な大人の人でも使っているわよ」
「そうか……うん。『リトル・レイ』って感じなんだろうね? 兄さんからすると」
隼人もキャップを開け、目をつむって香りを堪能していた。
マリアもピンクラベルの瓶をそっと手にしてみた。
今日は『エンヴィ』はつけていない。
なにも付ける気がしなかった。
彼にとって……あの香りは『若博士先生』だけのものだったと気が付いた。
彼が似合わないと言ったのも……そういう心もあっただろうし……。
そして……マリアも背伸びでつけていた様な気がしてきたのだ。
おもむろにキャップをあけて、シュッと首筋に噴き付けてみる。
「わ……良い香りね? マリアさん。やっぱりちょっとお姉さんぽい香り。
お花っぽい香りに変化するって楽しみね!」
「本当だな……俺が嗅いでおこうか」
「……」
隼人のニヤリとしたカマかけに葉月がちょっと黙り込んでむくれていた。
『……落ちつくわね。今はこんなふんわりした香りが優しい気がする』
マリアは意地悪でもらったと解りつつ……詰め襟を鼻先へともう一度近づけた。
そして──何故か笑っていた。
今までなんでも自分が尖って、背伸びをして……胸を無理矢理突きだして歩いていたような?
こんなにふんわりとした香り。
ちょっとだけ、力を抜いて『幼いところから、もう一度』
そんな風に粋がっていた力を解放させてくれるような……そんな気が……した。
定時が近づいてくる。
葉月はこの日で、フロリダ基地での『休暇兼、ちょっとだけ業務』は終了。
葉月は本部の皆に最後の挨拶廻りを始めた。
最後にランバート大佐室へと入っていき、そこから出て
その後──アンドリューの班室へと向かって行ったのだ。
×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×
「あー、とうとう帰っちゃうのねー!」
「早く! もう搭乗時間になってしまうぞ!」
次の日──。
葉月は昼過ぎの便で帰る事になっている。
隼人とマリアは、最後の面談を済ませて急いで滑走路へと向かっている途中。
「あ! 兄さん!」
「サワムラ君!」
陸部棟との境目で、訓練着姿の達也とフォスター隊長と鉢合った。
彼等も葉月の見送りに来てくれた様だ。
「もう、なにも業務時間内の出発だなんてな!」
達也とフォスターも無理に訓練を抜け出してきた様だった。
「仕方がないだろう!? 小笠原基地へは何日かに一本。
ひどいときは、一週間に一本しかないもんな!」
隼人はそのせいで、ここで週末の休日を過ごしてから
週明けに帰国する予定になってしまったのだ。
「今朝、最後のトレーニングの時……リリィが泣きに泣いて大変だったよ。
お嬢さんがうちの女房にもお礼の品をくれたみたいで……」
「聞きましたよ〜。彼女も家に帰ってきたら目が真っ赤でしたよ!」
隊長と隼人もその時の事を思い出しながら……ちょっとやるせない笑顔をこぼしあった。
「はやく〜!」
「隊長! 早くしろよ!」
マリアと達也は先にどんどんと走っていく。
隼人とフォスターも顔を見合わせて走り出した。
やっと入国監査事務所へと辿り着いた。
そこには……
「遅かったね。業務中なのにご苦労様」
いつものソフトな笑顔、落ちついたたたずまい。
なんら変わらないジャッジ中佐がいたのだ。
隼人とマリアと……達也は、ちょっと躊躇して顔を気まずく見合わせた。
勘づいているだろう同世代のフォスターだけは落ちついている。
「先日はどうも、ジャッジ中佐……。だいぶ呑まれていたようですが大丈夫だったかな?」
大人の隊長が恐れることなく、なんなく話しかけたので後輩三人はちょっとおののいた。
「これまた……参りましたよ。私としたことが二日酔いになってしまって──。
昨日は欠勤を頂きました。私もまだまだですねぇー」
「いやいや。私も次の日の訓練……結構、堪えましたよ〜。
なんたって。お嬢さんにあれだけ乗せられて大騒ぎしてしまいましたからね!」
「本当に彼女には毎度やられますね」
「任務の時の事を思えば……軽いものでしたけどね」
「言えている!」
そこで……大人の二人が『アハハ!』と笑い出したのだ。
「へぇ? 大丈夫みたいじゃん? さっすがマイク♪」
達也もニヤリと微笑んで、その輪に駆け込んでいった。
隼人もそっと安心したように微笑み……。
でも……マリアはちょっとだけ腑に落ちない。
「葉月。帰ったら真一を宜しくね? 忘れ物はない?」
「大丈夫よ、ママ──。何か忘れていたら、『ミミ』と一緒に荷物にして送って」
「葉月、任せなさい! ミミはパパが責任持って送るからな!」
「パパの任せてはなんだか頼りないのよ」
「言ったな! この小娘!」
「マイクにお願いしようかな〜私」
『ミミ』は葉月の新しいお友達の名前らしい──。
隼人が『何故?』と聞くと……耳が長いから『ミミ』なんだと変な答が返ってきて呆れた。
今度は『女の子』にしたようだ。
こうして御園親子が別れを惜しんでいる所だった。
「レイ、任せなよ。どうせパパは出来なかった事は、全部俺の所に回してくるから大丈夫」
マイクがいつもの兄様笑顔で葉月に微笑んだ。
「なるほど。それなら安心ね」
葉月がニヤリと亮介に向けて、亮介がムスッと膨れた所を
登貴子がクスクスと笑っていた。
「そろそろ行った方がいいよ……レイ」
マイクが惜しそうな笑顔で葉月を促した。
途端に……葉月の顔が切なそうに歪む。
「マイク……本当に色々有り難う──。とても楽しかったわ。また……宜しくね」
「勿論──。明日から寂しくなるな。でも……仕事のことでメールするから」
「うん! アドレス取っておいたから『あの事』宜しくね!」
「レイなら電話も歓迎だ」
「わかったわ」
兄様とのお別れが済むと、葉月はフォスター隊長を見上げた。
「隊長……隊長の可愛いお嬢さんのおかげで本当に毎日楽しかったわ。
それに大切な事、いろいろと思い出せて……リリィとマーガレットにも宜しく」
「いいや……こちらも思いがけない楽しい時間をたくさんもらったと……
女房とも言っていた所なんだ……」
「また……必ず」
「甲板復帰の報告、待っているよ」
「はい……絶対」
二人も穏やかな笑顔で握手を交わしていた。
そして……葉月が最後に目を向けたのは……。
「マリアさん……」
「葉月……」
マリアはもう……それだけで感極まって大きな瞳に涙を浮かべていた。
「今度は小笠原に来てね。日本の事、いっぱい教えたいわ」
「ええ……絶対、行くわ」
「たくさん……有り難う。素敵な姉様が出来て嬉しかった。
これで……皐月姉様も私達が一緒にドレスを着たこと……
マリアさんと約束した事が実行できて喜んでいると思うわ」
「ええ……きっと」
マリアはもう涙をこぼして……言葉に出来ない様子だった。
「またね──See you」
葉月の方は、かなり落ちついているようでマリアの様に涙はこぼさない。
だけれども、笑顔は清々しく……眼差しは輝いていた。
葉月がボストンバッグとヴァイオリンを手にして、背を向けた。
「待って! 葉月──」
マリアの声に、葉月が振り返る。
「?」
マリアは制服の胸ポケットから何かを取りだした。
「これ……私とお揃いなの」
「──?」
「それが似合う……レディになろうね? 私、負けないから!」
葉月に握らせたのは細長く小さな金色の箱。
「口紅?」
「うん……色はお楽しみ。今度はドレスじゃなくてそれを一緒につけるの。
私もそれまで取っておくからね? 葉月には難しい色だからお勉強しておいてね?」
「……解ったわ」
次の『約束』が出来て葉月が嬉しそうにニッコリ微笑んでいた。
「See you……今度は日本語を勉強するわ」
マリアが柔らかく、葉月を抱きしめた。
「See you……姉様。私はレディを勉強しておくわね」
マリアを抱き返した葉月の笑顔。
いつまでも惜しそうなマリアの涙。
それを隼人も……他の男達も……御園夫妻も微笑ましそうに見守る。
「じゃぁ──隼人さん。後はよろしくね? 向こうに帰って先に準備を進めるわ」
「ああ、エディはすぐにでも行きたいようだったから、頼むよ。来週、週明けに帰るよ」
葉月がニッコリ頷く。
「達也……。ジョイと山中のお兄さんが飛び上がって喜んでいたわよ。
達也のデスクを大佐室に設置しておくからね。待っているわよ」
「ああ。皆に再会できるのを楽しみにしているって伝えてくれ」
達也も葉月に軽い敬礼をして……こちら男二人とはしばしのお別れ。
「パパ……ママ……身体に気を付けてね。
今までで……一番、楽しい帰省だったわ……。
今度から……マメに帰るから心配しないでね」
葉月のちゃんとした挨拶に、亮介と登貴子はなんだか感極まった様子。
「これ……大事にするから。ミミもね……」
葉月は開けていた詰め襟の隙間から……銀色の小さなクロスを首から出して
両親に見せたのだ。
「十字架なんて……お守りになりそうね。いつでもパパとママがいるって思えそうよ」
「葉月……復帰しても無茶はしちゃいけないよ?
良和にも復帰の際の見極めを頼んでおくからな」
「そうよ──。良和さんの言うことをちゃんと聞くのよ?
おじ様がダメだと言う事を良く聞き分けなさいね?」
「うん……解ってる」
葉月の笑顔に両親もニコリと微笑んで満足そうだった。
『じゃあね!』
葉月が笑顔で手を振って……通路を歩き出す。
彼女は振り向かない。
真っ直ぐ、真っ直ぐ……自分の本当の場所へと向かっていくように。
「行っちゃったな」
一番にフォスターが溜息をついた。
「なんだか暫く気が抜けそうだなー。台風一過の爪痕はいかにってね?」
マイクもいつになく元気のない顔に。
マリアは達也の肩で泣いてばかり、達也はそれを慰めるだけ。
亮介と登貴子は……振り返りもしない娘の背中をずっと……
しっかりと見守っているかのよう……。
「でも……またすぐに台風が吹くんですよ」
隼人がフッと呟くと……皆がそろって笑顔になった。
『きっとそうだ』と、誰もがそう笑った──。
滑走路に旅客機仕様の輸送機が動き出す。
他に出張に来ていた同じ小笠原隊員やフロリダから小笠原へ出張に行く者を
数名乗せて──。
滑走路に轟音が響き渡って、スッと輸送機が青空に向けて飛び立っていった。
『よかったな、忘れ物がみつかって──』
隼人は手をかざして、先にピョコンと島へと飛んだ相棒が向かった空を仰いだ。
×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×
数日後──。
「もうー! なんだよ! この大量荷物は!」
葉月が去った御園家は、まだまだ賑やかではあった様だ。
このところ、達也が隼人を訪ねて我が家のようにやってくるようになった。
「しらないよ、俺だって! 葉月がこっちで買った物。皆からのプレゼント。
それからマイク兄様に買ってもらった物とか合わせるとこうなったんだよ!」
「もう! うるさいわよ! ちゃんと手伝ってよ!」
そう……マリアまで達也と一緒に隼人を訪ねてくる。
今、三人は葉月の部屋で、彼女が残していった『収穫物』を
箱に詰めている所だった。
『あ、サワムラ君? 君が乗る便にレイの荷物を積むように手配するから
基地に持ってきてもらえるかな? 梱包は秘書室でするよ。
たくさんあると思うんだ。中身だけちゃんと届くように包装してくれるかな?』
マイクからそんな連絡があって、隼人達は手分けをして
割れ物、そうじゃないもの、残し物がないように荷造りをしているところだった。
「あーあ。もうすぐサワムラ中佐も帰国で……その次は達也が行っちゃうのね〜」
マリアが薄紙に割れ物類を包みながら、ポツリと呟いた。
隼人と達也は、致し方ない顔を見合わせた。
「でも……サムとも話せるようになっただろう? 隊長とマーガレットとも。
それからさ……リリィの事も頼むよ、マリア」
達也が繕うように、マリアをなだめ始める。
「そうだよ。アンディ達とも仲良く話せるようになっただろう?
ドナルドにアンソニーだって……」
隼人もしょんぼりと手を動かすマリアに微笑んだ。
「そうだけど……。なんだかドナルドも葉月が帰ってから、しょんぼりしているもの。
あの子ったら皆にそんな思いを残して帰っちゃって……。
あんなにドタバタしていたのに、こうも当たり前になっていた日常につまらなさを感じさせるなんて」
マリアがふたたび……溜息。
「それはマリア……なーんにも解っていないな」
達也がフンとふてくされた。
「解っていないって?」
「アイツと毎日いる兄さんにジョイに、山中の兄さん、その他補佐。
そして俺! たまんないぜ〜」
「アーハハ! それ言えている、アイツがいない内に羽伸ばしておきたいね」
ニヤリと笑った達也に、隼人も大いに賛同の笑い声をあげた。
すると──。
「だって……もう、色々と教えてくれるサワムラ中佐もいなくなっちゃうし。
誰よりも一番に心配してくれる達也もいなくなっちゃうし。
それにいっぱい私に風を送ってくれた葉月とも毎日では一緒でなくなるし。
私なんか……私なんか……皆がいないと……」
マリアが長い栗毛の中に顔を隠して、メソメソと泣き始めたのだ。
隼人と達也は揃って困惑。
でも──
「マリア……やっぱり解っていないな」
達也が腕組み、溜息をこぼした。
「そんな事じゃぁ……フロリダ支部は任せられないな。
お前に何かを伝えて教えてくれるのは兄さんだけじゃない。
お前の事を心配してくれるのは俺だけじゃない。
たくさんの良き刺激を与えてくれるのは葉月だけじゃない。
それはお前が、お前を囲んでいる人の中から、お前自身が感じて見つける事なんだ」
「お」
(イイ事いう──)
と、隼人は達也に感心。
達也の言葉で、マリアのすすり泣く声が小さくなった。
「そうね──。そういう『アンテナ感度』を私は高めないとね……」
マリアがやっとニコリと笑ってくれた。
「小笠原に来たとしても、毎日うんざりするかもよ? 本当に休む間なしなんだから」
隼人は今回の出張の事を思い返して、つくづく……そう思ったのだ。
「そうだぜ? 俺も平和にピリオドって感じ。今度はアイツは何をやらかすかね?」
「ついに、俺だけじゃ押さえられなくなって『ダブル側近態勢』にさせられたもんな」
「ロイ兄さんも、これじゃイカン……と思ったんじゃねーの?」
「きっとな!」
隼人と達也が笑うと、マリアもちょっとだけ微笑んだ。
『おーい。ボーイズにマリア? ちょっと休憩しないかい? ドリンクはどうかい?』
開け放しているドアの向こう、階段の下からベッキーの叫び声が聞こえてきた。
「そうね。ちょっと休憩しない? 私、ベッキーを手伝ってくる」
マリアが涙を拭って、笑顔で出ていった。
「あ、達也……悪いけど、葉月の机にマイアミに行ったときに買った楽譜があるんだ。
忘れるところだった。取ってくれるかな?」
「ああ、いいよ──。机ね」
段ボールを取り囲んで座っていた達也が立ち上がって、葉月の白い机に向かう。
机の上には紙袋に入った数冊の楽譜。
それを達也がスッと片手で取る。
『ガシャン──』
何かが倒れた音。
隼人がフッと振り返ると……。
「しまった。楽譜の角が、フォトスタンドに当たってしまったぜ」
達也が慌てて……薔薇細工があしらわれている写真立てを起こしていた。
「あー懐かしいな? 真一も俺と会ったときはこんなチビだったんだよな。
あんなに大きくなっていて驚いた。あいつとこれからまた一緒って楽しみ……」
「そうなんだ──。随分、男らしくなってきているよ」
隼人はそれを見て、自分の手元に視線を戻す。
「……な、兄さん……」
達也の戸惑った声。
「なに?」
隼人が振り返ると、達也が写真立てを手にして……なにやら固まっている。
そして……彼の目。
瞬きもせず……唇も震えているようにみえるのだが?
隼人も胸騒ぎがして、立ち上がり側に寄ってみた。
達也の手元を覗き込む。
「これ……」
真一の写真が二枚。
一枚は、小学生ぐらい。
もう一枚は赤ん坊の。
その赤ん坊の写真を達也が指さした。
「それ──!」
そう、枠から写真がずれて……見たことがない黒髪男の輪郭が現れたのだ。
二人は一緒に顔を見合わせた。
(もしかして──!? 葉月が言っていた『兄様』?)
たぶん同じように二人の頭に過ぎった予感。
隼人が戸惑っていると、達也が構うことなくフォトスタンドの裏蓋を手にした。
「達也──」
隼人はその手を止めたが、達也に振り払われ……彼は迷うことなく裏を開けてしまった!
そして……疑惑の写真をついに手にした。
「……似ていないか?」
表のガラス面に達也が並べた『黒髪の男』
やっぱり! 軍服姿だった!!
「……」
隼人の額に冷たい汗が滲み始めた。
そう……達也が言うとおり……。
『真さんに似ている!』
輝く笑顔の皐月。
麗しい右京。
穏和な表情の真。
彼等の若々しい姿と供に、愛らしい真一が飾られた葉月の写真立て。
そして……笑顔を見せていない真一に似た大きな黒い瞳の厳つい雰囲気の男。
隼人と達也はその男から……視線が外せず、ただ……直立不動に。
「真一にも似ている。何故? 真一の写真の下に……」
達也の手が汗ばんでいるようで、ガラスに汗の滴が走った。
「……まさか……真さんと『兄弟』? でも、谷村家は真さん一人だって聞いているけど」
「俺も……昔からそう聞いているけど!?」
でも……雰囲気は対照的だが……顔は似ていた。
一目瞭然だ。
それに……『最近の素っ気ない顔をした時の真一と……面影が似ている』
隼人の背中にも汗が滲み出てきた。
「……絶対、この男だ。谷村の息子だとしたら、皐月姉ちゃんとも身近な距離の関係だし」
それなら葉月が言っていた『姉様の恋人だった兄様』という言葉も裏付けられる。
でも──?
恋人だったのは……『真兄さん』の方だったのでは!?
その時、隼人と達也の視線がお互いに何か助けを求め合うように絡まった。
「伯父?」
「父親……?」
二人がそれぞれ呟いた。
『ねぇー! サワムラ中佐もコーヒーで良いわよね! カフェオレ上手に作れないのー』
マリアの叫び声に二人は術が解けたが如く──。
ハッと我に返る。
達也は慌てて、写真を元に戻そうとしたが、手先がおぼつかない様子だ。
隼人もサッと葉月の部屋から出て、階段を見下ろした。
『ああ、いいよ。ミルクたっぷりめで入れてくれたらそれで……』
隼人は部屋に戻り、達也と一緒に元の段ボールの側に座り込んだ。
「……」
「……」
お互い無言だった。
「小笠原に帰ったら……どうするんだよ?」
達也の方から問いかけてくる。
「どうも? 達也の一族を捉えた忠告もあるし、暫く、様子を見るよ」
「それなら……いいけど。俺が行くまで……待っていてくれよ」
「ああ……大丈夫」
隼人は達也のその言葉にフッと心が軽くなったような気がした。
今度は一人じゃない気がしたから──。
そこでやっとうっすらとした微笑みを浮かべることが出来た。
「あら? 随分大人しくしているわね? 真面目にしちゃってどうしたの?」
達也が騒いで、隼人がお小言でなだめる。
そういう騒がしさがまったく消えた様子を見て、戻ってきたマリアが首を傾げていた。
二人はそろって何とか笑顔を浮かべたのだ。
×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×
そして、週明け──。
隼人はマリアや御園夫妻に見送られて、フロリダ出張を無事に終えた。
『マリアにドナルドにアンソニーに、フォスター隊長……それからジャッジ中佐』
乗り込んだ機内で、皆と交換し合ったメールアドレスを手帳にまとめていた。
「ふぅ……」
大きな大陸を離れて、隼人の横には青い空。
絶好の飛行日和だった。
その青い空を見つめながら……
葉月の白い部屋に吹き込む潮風。
潮騒の音。
水色リボンがかかった白いカーテン。
『リトル・レイ』の部屋。
隼人はそれを思い返していた。
小さな彼女がどこかにまだあの部屋に隠れているような?
そんな気がしていた。
「おっと、ファーマーからOKの返事がもらえたって、葉月に知らせないと……」
隼人は機内でノートパソコンを開いた。
他の乗隊員達も、それぞれの仕事をノートパソコンでしていたり
そして眠っていたり。
機内はとても静かだった。
「まだ……やらなくちゃいけないこと。やりたいことあるしな……」
覆う影が今まで以上に大きく現れた気がしたが。
隼人は微笑んでいた。
「達也も来るし……エディも来るし……トリシアも……」
そして──葉月もやっと空を駆けることが出来るだろう。
そして──隼人も……。
「源中佐に、研修のお願いをしてみよう。
ああ、チームが揃うまでエディとトリシア、ディビットの身の振り方も……!
残してしまったけど、マリアが紹介してくれた若いメンテ員の返事も保留だし。
そうそう……コリンズチームの式典航空ショーの選抜チームになるって
どうなったんだろう──!? 式典は十月末だったよな!? い、忙しくなるな!?」
目の前がいっぱいになってきて、隼人は俄然モニターに向き合って
計画を立て始めていた。
もうすぐ……隼人も甲板を駆けめぐる! その日を描いて──!
= Happy Party? 完 =
×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×