6.ホステス?
リビングは、それぞれの談話を楽しみながら良い雰囲気で、賑わい出す。
だが……葉月の同期生『アンドリュー、ケビン、ダニエル』の三人組が
まだ顔を見せていなかった。
(ブラウン少将夫妻も……まだだな)
マイクは時計を眺めつつ……そろそろシャンパンを出そうかどうか迷っていた。
その時──。
開け放している玄関から、白い礼服姿のパイロット達が豪勢に登場したのだ。
「遅かったじゃない? 来てくれて、有り難う!」
葉月もやっと来たとばかりに輝く笑顔を同期生達に振りまいていた。
「おお! アンディ、ケビン、ダニエル!」
亮介が嬉しそうに両手を広げ、出迎えているのをマイクは確認。
なんだかホッとした。
ホッとしたのだが……。
「将軍、お久しぶりです」
「お邪魔いたします」
「ご招待、有り難うございます」
3人揃っての礼儀正しさも、ひときわ目立っていて
マイクも見ていても、これぞレイの同期生と頷いた。
ところが──
「レイ……とても綺麗だよ。ハッピーバースディ」
美男子のダニエルはとても優雅に葉月を誉めたのに対し──
「ど、どうしたんだよ。それ……」
ケビンはどうして良いのか解らない戸惑った表情を浮かべていた。
「え? マリアさんから聞いていないの? 私がドレスを着ると……」
同期生三人が、顔を見合わせて、三人が首を振った。
「そう。彼女、きっと驚かそうと思って……」
言わなかったのだと、葉月が言おうとしている所──。
「なんだその恰好……。冗談じゃない!」
アンドリューは真っ向から嫌悪の表情を滲ませて葉月を睨んだのだ。
「……」
マイクも思った……。
アンドリューは……マイクと同じ様な気持ちを一瞬で抱いたと──。
アンドリューは眉間にシワを寄せて、あからさまに葉月を無視して
一直線にリビングに突き進んできた。
「……マイク」
そこでアンドリューがマイクを見つけた。
その時の彼の顔は、先輩であるマイクに同意を求めたいという
弱々しい顔に変わったのだ。
「実は……かなり押さえ込んでいるけど、俺も一緒でね」
キッチンドア横で背を持たれて腕を組んでいるマイクの淡泊な一言。
「……ったく。なんであんな事に──!?」
アンドリューはマイクの横で同じように背を持たれて唇を噛みしめていた。
『申し訳ありません……将軍。プレストンは照れているだけで』
感情をすぐに現すアンディのフォローはいつもケビン。
ケビンが亮介に謝っている所。
『レイ、アンディはさ? レイの正装姿の方が見慣れているから驚いたんだよ』
女性として拒否された葉月をダニエルが取り繕っていた。
『いいんだよ。確かにうちの娘はじゃじゃ馬だし』
『そうよ。私だってしっくりしていないから、ああいわれても平気よ』
亮介と葉月も揃って、気にしないように微笑み返していた。
「でも、アンディ……。本当のところは『綺麗だ』と思わなかったのかな?」
隣でふてくされ、無言で腕組む後輩をマイクは見下ろした。
「……解っているさ」
「後で、ちゃんと言ってあげた方がいいよ」
「……」
アンドリューが照れたように頬を染めた。
それに視線は……やっぱりドレス姿の葉月に釘付けだった。
葉月はケビンとダニエルと楽しそうに会話をしていた。
「ちょっと驚いたぜ。あいつがドレスを着るなんて……」
「……まぁ。皆が願っていた事だけどね?」
マイクは鋭い眼光を放つアンディをそっと冷ますように淡泊に答えた。
「……あいつだな? 本当に解っていない!」
アンドリューの敵意の眼差しは、まっすぐにマリアに向けられていた。
「でも……ドレスをレイに着せようとさせて、
レイ自身を納得させたのは彼女が作ったきっかけで、功績だ」
マイクもそれは否めない事と、昨日から自分に言い聞かせてはいるのだが
心の何処かで、何かが納得出来ないのだ。
「……だろうけどな。なにもこんなに男ばかり沢山いる場で着せなくてもいいだろう!?」
アンディが即刻、逆上寸前になったのは……
『それじゃぁ? 今までの俺達はなんだったんだ!?』
という事になるのだろう?
葉月があれだけ男の前では警戒心や恐怖心を抱きまくって
それで訳知りの男達は、『男の尊厳』をかけるかのように彼女をいたわってきたのだから。
それが……久し振りに帰省した葉月が、マリアと接触しただけで
こんなにも変化してしまい、それも男達の前で
あんなに輝く笑顔をこぼしているのが『信じられない』と思ったのだろう?
「あの……レイの男はどうしたんだよ!」
アンドリューの眼差しの鋭さは益々、増してゆき……
エディやトリシアと言ったメンテ仲間と楽しそうに会話をしている隼人へ向けられる。
「あの野郎……。あいつも解っていねーな!?
解っていたら……レイをあんな見せ物のような扱いはしないはずだ!」
そこにアンドリューの『ジェラシー』が多少込められていることは
長年の付き合いで、お兄さんであるマイクは重々解っているのだが……
「アンディ。たぶん……彼は猛反対したと思うよ」
「なんで解るんだよ? あの男から聞いたのか?」
「いいや? だが……ブラウン嬢が招待状を持ってきた時。
彼女にサワムラ君が反対したはずだとカマを掛けたら……困った顔していたからね」
「じゃぁ、『また』ブラウンが引っかき回しているのか……。
たっく、なんだよアイツもあんなに目立ちやがって。
それにレイを無理矢理引き込んだに違いないんだ」
(まぁね?)
横で怒りに震えているアンドリューを見ながら、マイクもため息をつき顎をさすった。
「俺さ……」
スラックスのポケットに手を突っ込んで、アンディが憮然と呟く。
「レイがブラウンと心の中では『仲良くしたい』というのは解っていたんだ。
ブラウンがああやって着飾ってくる、近づいてくる……。
そうすると、レイは家を飛び出して宿舎に潜り込んでくる。
その度に、『こいつも本当は女らしくなりたいんだ』って思っていたからさ。
同性の友人として、レイが気に入っているなら……そうなればいいと思っていたぜ?」
アンドリューは、ただ『役どころ』を奪われただけで怒っているのではない事を
自分の怒りを静めるかのようにマイクに話し出した。
「昨日だってさ……。ブラウンが招待状を持ってきた時は驚いたけど──。
あいつが主催でレイの為のパーティーをするほどになったという事は……
レイはついに『傷』について説明をして、昔の事を精算しようとしたって解った」
「うーん」
マイクはアンドリューが招待状をもらった後、マリアとカフェで鉢合い
彼女を子供扱いした自分の事を思い出して、苦笑いをこぼした。
アンドリューはただ『ジェラシー』だけで、怒っているだけではないという事を
マイクに解ってもらいたいかの様に話し続ける。
「レイが自分でそこまでしたって事は嬉しかったんだ。
だから、ブラウンが主催でも俺は喜んで招待を受けたんだけどなー。
それが……来てみれば、こんな事になっているなんてな!
だけどな! だからって……こんな軍人がいる所で『ドレス』はないだろう!?」
アンドリューが言いたい事。
『軍人の集まりではレイは制服と相場は決まっている!』
と……言う事らしい。
「ドレスを着せるなら、着せるで……男達も普通の制服にするとか
スーツにするとか……もっと内輪のパーティで着せるとか……!」
「俺も思ったけどね。同じように──『やること派手だ』と……」
マイクのちょっとした同意に、アンドリューの勢いが増す!
「だろっ! 正装ときたら、レイも正装じゃないと……!
一緒に頑張ってきた俺達の同期生が、あんなチャラリとした女じゃ困るんだよ!」
(あー、なるほどなー)
マイクは素直なアンドリューの言葉で、自分がなんとなく納得できない部分が
逆に解ってきたような気がした。
「そういう事、あの女は『レイ』を解っていない! と、言いたい!
それに簡単に従ったレイも許せないし、そういう側近のあの男も許せない!」
拳を握って、どんどん加熱してゆくアンドリューをマイクは『まぁまぁ』となだめる。
「ちょっと冷静になろうか? アンディ?」
「なんだよ?」
「確かにね。レイは今回はすんなりドレスアップしたけど……。
考えてご覧よ? パパ将軍とミセス=ドクターは今回の事、とても喜んでいるんだ」
「……!」
観点を変えさせようとしたマイクの一言に、アンドリューはすぐに反応した。
「解るかい? レイが今日ドレスアップしたのは
皆に美しくなるところをみせびらかしたいからじゃないよ。
見て欲しいのは数人で構わないんだ。
パパとママ……そして、恋人。そして……今まで心配かけた人達。
それだけの為に……着たんだよ。
たぶん……反対はしたサワムラ君も、レイがそういうなら『見守ろう』という風に
観点を変えて……マリア嬢の作戦にとりあえず乗ったんじゃないかな?」
それが聞かずとも解ったので、マイクはあえて隼人には尋ねなかっただけ。
そういう所がなんとなく通じる不思議な青年だった。
「俺が思うに……」
マイクは大人しくなったアンドリューと一緒に視線がマリアの方へ向いた。
「みせびらかそうという『根性』は、彼女の方だろうと思うね。
それを同じ女だからとレイにも強要しようとしているんじゃないかと──。
女は着飾ったら、男性の前に出るべき物だと……。
レイがドレスを着たから、安心しているだろうけど、
レイがドレスアップをした気持ちとブラウン嬢がレイをドレスアップをさせた気持ち。
ここには『ズレ』が生じている事を、彼女は気が付いていない」
「……へぇ。さっすが『兄貴』」
事細かい分析をするマイクをアンドリューが尊敬の眼差しで見つめてきた。
「まぁ……伊達に歳食ってないよ」
「そんな事、言ってねーよ」
二人はやっと笑い合っていた。
「……でも、なんだかムカツク!」
アンドリューは、エディとトリシアそして隼人といったメンテの輪に
ドレス姿でしなやかな合流した葉月に、また怒りの眼差し。
それが……『俺の同期生はちゃらけた女じゃない』という怒りなのか……
『ジェラシー』なのかはマイクには解らなかったが……。
とにかく、アンドリューの中に渦巻いている気持ちはなかなか収まらないようだった。
「マイク、リチャードから先に始めてくれって連絡があったよ」
訪問が遅い後輩に、亮介が連絡を取ったようでマイクの所にやって来た。
「そうですか……解りました。始めましょうか?」
マイクはニコリと微笑んで……キッチンへ入る。
「アンディ」
亮介がニッコリと隣にいるアンディに微笑みかけた。
「あ、はい……。先程は大変失礼いたしました」
娘がドレスを着たことに喜びを見せていた父親に対し
つい出てしまった感情をアンドリューは後悔したのか、亮介に一礼をして詫びていた。
「アハハ、アンディ? 君は『レイは制服だー!派』、だね?」
見抜かれていてアンディが驚き……そして、頬を染めて俯いた。
「そういう人もいるって事は、娘は軍人として喜ぶべき事だと私は思うね。
今日は……悪かったね……」
「と、とんでもありません……。その……あんな彼女は見たことがなくて……
そのっ! 綺麗だったのでとても驚いてしまって……」
アンディがしどろもどろに取り繕っていた。
亮介はアンディの肩を叩いて、ただにっこり微笑むだけ。
マイクもフッと微笑んで、パーティ会場を見渡した。
空部隊の輪と、上官の輪……そこにフォスター一行と固まっていた。
達也がそこでいつものように憎めない笑顔で
面白可笑しい話をしている為か、オリビアが楽しそうな笑い声をあげて
とてもいい雰囲気になっている。
空部隊では、ランバート大佐に葉月が話しかけていて、
それに従うようにドナルドとその同僚、隼人、メンテ員のエディとトリシア……
そしてマリアなどが空軍の話で盛り上がっている様子だった。
ケビンとダニエルは、アンディの気持ちが収まるまでは
何処の輪にもはいらず、隅でひっそりと待っている様子。
「では、中将。始めますね。 おい! お前達、シャンパンを出してくれ!」
マイクの部下である秘書官4人は徹底してキッチンで手伝っているのだ。
「乾杯が終わったら、後は好きなように楽しんでいいからな」
マイクが『ご苦労様』と微笑むと秘書官達も、やっと喜びの笑顔を滲ませた。
(ママとイザベルはまだか……)
二階に上がったきり、まだ降りてきていなかった。
シャンパンの用意をして、それでも来なかったら葉月に呼びに行かせようと
頭に描いて……マイクは後輩達を動かす。
×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×
「あら……皆様、遅くなりまして……」
部下達がテーブルに、そして招待客にグラスを配り始めると
やっと登貴子が階段に姿を現した。
娘と『お揃い』を意識したのか紺色のクラシックな長袖のドレス。
眼鏡を外して、黒髪は綺麗に結い直して華やかな髪飾り。
ちょっとした明治時代の様なしとやかさ……そして豪華なクラシカルな雰囲気が
登貴子にとてもよく似合っていた。
そして、その登貴子に付き添うようにイザベルが姿を現す。
「登貴子……やっと出てきてくれたね? 娘が怖くて閉じこもったのかと……」
「まぁ……なんですって? 亮介さん」
「ママ……」
葉月が笑顔で、ドレスアップをした母親に駆け寄った。
「まぁ……」
葉月がドレスの裾をつまんで、階段をあがる姿。
それを見て……登貴子は眼差しを潤ませ、頬も桃色に染めて
とても気が高ぶった様子だった。
「ママ、お揃いね」
「葉月……これではパパを取られてもママは文句が言えないわ」
「何言っているの? ママが一番素敵」
葉月がそっと登貴子の手を取って微笑んだ。
「葉月……」
穏やかな娘を見上げて、登貴子はとても幸せそうだった。
「こんばんは。イザベル……今夜はいらしてくれて有り難う」
葉月が微笑むと、眼鏡を外しているイザベルもひっそりと微笑み返す。
「レイ……あなたがドレスを着ると言うから、来てしまったわ?
どんな『化学反応』があったのかと……興味津々で」
「ええ? 化学反応? もう、イザベルったら……」
葉月がクスクスと笑いだした。
「ママ? おじ様とおば様がお待ちよ? ほら……もう乾杯が始まるからはやく!」
葉月が無邪気に登貴子の腕を引っ張っていった。
『葉月? もう……ママだって着慣れていないから転んじゃうわよ』
『はやく、はやく!』
マイクは、そんな母娘を見て穏やかに微笑んだ。
「ハァイ……ジャッジ中佐」
秘書官達が忙しそうにキッチンへ出入りしている所へ……
珍しくイザベルが寄ってきた。
「こんばんは。テイラー博士」
マイクは内心はちょっと狼狽えつつも、目線はリビング全体を見渡していた。
「ごめんなさいね。こんな事になってしまって……」
「突然って事かな?」
「いいえ……ずっと誘われていてお断りしていたんだけど……」
「ママがどうしても……と?」
会場だけを見渡すマイクの目の端に、こくりと頷く彼女が確認できた。
「レイのドレス姿も見ておきたかったの」
「そう」
「夕方……博士が残念そうに、そして、どうしてもと強く言うからOKしちゃったの。
家まで博士がついてきちゃって、それで遅くなってしまって……」
「中佐! 皆様にグラスが行き渡ったのですけど!」
若いイアンがマイクを遠くで呼んでいた。
「皆がそれぞれ盛り上がってきてから……また、ゆっくり……」
「ええ」
マイクはキッチンからサッと離れて、ロビン達が冷やしたシャンパンを
開けようとしている所へと歩き始める。
イザベルもスッと挨拶程度と見せかけて、登貴子のいる高官の輪へと
怖じ気づくことなく向かっていった。
「御園大佐嬢! ハッピーバースディ!」
ジェームスに乾杯の合図をお願いして、やっとパーティが始まった。
将軍にその夫人にそして……ランバート大佐。
このおじ様、おば様軍団は、壁際のソファーとリビングテーブルに寄り添って
大人同士の会食を楽しんでいた。
中央にあるダイニングテーブルには若い隊員達が取り囲み
葉月がそれぞれに挨拶を交わしたり、プレゼントを受け取ったりと
若々しい熱気で盛り上がり始めていた。
×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×
「ね。葉月もまんざらでもないでしょう?」
「ウンウン! ちょっと驚いたな。ブラウン嬢ったら
一言も教えてくれないから、てっきり俺達より立派な礼服を着ていると思っていたのに!」
その時、葉月はマリアとドナルドとその同僚達と笑い合っていたのだ。
「本当は礼服、着たかったのよ」
葉月がドナルドにシャンパングラスを傾けて、ちょっと残念そうに微笑んだ。
「大佐嬢の事、礼服の方がとっても輝いたりしてね」
ドナルドが半ば本気だったのか、ちょっと真顔で言い放ち……
「なんちゃって……でも、君のドレス姿が見られたなんて自慢だな、きっと」
彼はウィンクをしてシャンパンを飲み干した。
「本当……俺もそう思うよー」
ドナルドの同僚も、驚いたのか嬉しいのかという複雑な表情で
葉月をシゲシゲと眺めるばかり……。
葉月がちょっと恐れたように俯いた。
「あら、葉月ったら誉めてもらっているのよ」
マリアは焦って、葉月が恐れないよう肩を抱いたのだ。
「ドニー、アンソニー。クラシックCD集有り難う。
あとで……お礼にリクエストにお応えするわ」
葉月がそういうとドナルドの笑顔は輝き……同僚のアンソニーは『へ?』と首を傾げていた。
「オールディズもいける?」
「ええ」
「じゃぁ、『煙が目に染みる』をリクエストしておこう♪」
ドナルドが嬉しそうに微笑んでいた。
「ちょっと、マリア」
「な、なぁに? 達也」
メンテ管理員と談話をしているマリアの所に、達也が固い面もちでやって来た。
彼はそっとマリアをその輪から外させ、マリアは人気のない壁際に連れてこられた。
「なによ? 今、彼等と葉月と話している途中なのに」
「あのさ……お前、後でマイクにお礼を一言でも言っておけよ」
元夫が堅い表情で呟いた。
あの『天敵』にお礼!?
マリアはムッとして達也に突き返す。
「どうしてよ」
ツンとそっぽを向けて、マリアはシャンパンを一口飲んだ。
達也が呆れた顔で腕を組み……ため息。
「お前は招待客と話して、華やかに雰囲気を盛り上げるだけの事しか考えていないだろ?」
「それが? 皆が楽しく笑わないと困るじゃない?」
「それは葉月やオヤジさん、それとお相手の兄さんがやることなんだよ」
「じゃぁ、なぁに? 私は何をしろって言うのよ?
料理のメニューもベッキーと二日間話し合って買い物も一緒にしたし、
ケーキだって秘書室の皆にプレゼントという事でお願いが出来たし……。
シャンパンの注文とかも全部、やったのよ?」
すると達也が冷えたシャンパンボトルを一本取りだした。
「まず、あそこ。フランク大将と准将、御園のオヤジさん。
あそこはさすがにハイペースだな、そろそろボトルが空になる。
大将は葉月を一目だけでも見たくて来ただけなんだ。
若者達の邪魔にならないようにと早く帰ろうと思っている。
御園のオヤジさんがそれでも少しでも長くいてもらおうと、会話に引き込んでいるから
変な邪魔はせず……さりげなく補充すること」
「……」
マリアは目の前の達也が、昔、惚れ込んだ優雅で立派な夫に戻っているので驚く。
「それとあそこ。ランバート大佐は若者と居る方が気が楽なようで
今……ほら……引き抜いた若いメンテ員と一緒にいる隼人兄の所に移動しただろ?
あそこで、空軍特有の話をしようとおもっているだろうから長居になるだろうな。
若い隊員と交流をしようと思っているんだよ。大佐のグラスはもうカラだ。
あそこに新しいシャンパンを……それから……。
あの葉月のパイロット同期生。どこの輪にも入らずにずっと様子を伺っている。
お前、顔見知りなんだろう? 葉月と距離が縮まる様にさりげなく近づけろよ」
「なんで? シャンパンの補充はするわ? でもアンディとはそんなに話した事はないし
葉月の方がずっと親しいもの。その内に葉月が声をかけるわよ」
「お前なぁ。お前が主催で招待したんだぞ? もっと気が回らないのか!?」
「……」
その達也の上から物を言うような言い方に、マリアはムッとして黙り込んだ。
「俺が動かなかったら、お前、マイクに怒鳴られていたかもしれないぞ」
まるで、自分がマリアを守ったかのような達也の言い方。
「別に達也だってそこまで気を遣わなくてもいいじゃない?」
「じゃぁ、もう一言言わせてもらうけどな……。
マイクは一人で誰とも会話を楽しまずに来たときからずっと影に徹している。
マイクがそうしなかったり、俺が動かなかったら……誰がここまでシャンパンを準備したり
大物高官の接待をするべきだったかって事、お前、解っているのかよ?
マリア……昔から言っているけど、お前は本当は出来るのに
夢中になると一点だけ見えすぎて周りが見えなくなることがある……。
今、まさにそれだな。
お前が動かないから、マイクの所の秘書官がキッチンで動き回っていたぞ。
誰も文句は言わず、マイクに言われなくても御園秘書官は自ら動いていて流石だな。
だけどな? 皆、心で思っているぞ?
いったい誰が……ここを指揮するべきであって、主催であるかとね……」
「あら? 悪かったわね」
少しも悪びれないマリアのツンとした態度に、達也が眉間にシワを寄せる。
「もう、いい……俺がやる」
達也はそういうと、手にしていたシャンパンを持って高官達が笑いさざめく
ソファーへと向かっていった。
『オリビア奥様、ご希望のお飲物があればお持ちしますよ』
達也は床にひざまずいて、サッと大将達の前にボトルを置きながら
笑顔でジョイの母親に話しかけていた。
『まぁ……ウンノ中佐。お構いなく……あなたも食事をしないと……』
『日本では“残り物には福がある"と言いますでしょう? ご存じですか?』
『おほほ……勿論よ。ジョイが時々そんな事をいいますもの。
その度に、何の意味か聞いてしまいますのよ……私。
そうね……お酒は苦手なのよ……』
『カクテルが宜しければ……』
『いいえ……冷たい紅茶を一杯いただけるかしら?』
『かしこまりました。すぐにお持ちしますからね。
そちらのレディ方は如何ですか?』
『うふふ……達也君。私は結構イケルって知っているでしょう?
こちらのテイラーも結構イケルのよ?』
登貴子は、オリビアとイザベルに挟まれ頬をそめて上機嫌だった。
『テイラー博士、こんばんは……。カクテルなど如何ですか?
簡単な物なら私でも作れますので』
『あら……ウンノ中佐ったら、先程からカクテルばかり……。
では、ご自慢の一杯がおありのようだから頂こうかしら?』
いつのまにか……そこにはしっとりとした女性が混ざっていたのにマリアは気が付いた。
長い髪に涼しげな表情。
しなやかな仕草で奥様や高官おじ様達に混ざっていても、とても自然だった。
そこにいるのかいないのか解らない程度で。
『お任せ下さい。では……少しばかりお待ち下さいね』
まるでホストのような元夫の姿。
でも、それで達也が狙ったとおりに亮介がシャンパンに気が付き……
『有り難う』と笑顔で去ろうとする達也に一声かけていた。
「……」
マリアはフッと会場を振り返る。
そして……マイクを探した。
彼はキッチンの入り口近くでシャンパンを一人で飲んでいた。
一口くちにつけたかと思うとすぐにキッチンに入ってしまう。
それでシャンパンやビールを手にして、側で食事を楽しむ後輩にさり気なく差し出す。
受け取った秘書官が、それをマイクに指示されないのに、サッと気が付いた場所に置く。
そして……また仲間の秘書官と食事をし、マイクはキッチンの入り口でグラスを傾けているだけ。
そのマイクが達也が来るのに気が付いて、壁から背を離して動く。
『ウンノ君、ご苦労。フランク夫人はなんて言ったんだい?』
『アイスティーをご所望。テイラー博士はカクテル』
二人が目線を合わせ、頷き合って消えていった。
マイクは達也が何をしているのかもキッチリ、見ていたようだ!
『気が付かなかった!』
マリアはやっと解ってサッと血の気が引いた。
ドレスの裾をつまんで……キッチンへ向かい……
入り口からそっと中の様子を伺う。
「ええと、オリビアおばさんは確か……ダージリンだったな」
「そうだね……よし、手伝おう。俺が紅茶を入れるよ」
「悪いな……マイク」
「ハハ。解っているだろう? ウンノ君。秘書官の哀しい性。
こうせずにはいられないって……」
「いいや……俺の元嫁さんの事だよ」
達也が申し訳なさそうに呟いたので、マリアはドッキリ胸を押さえた。
「……ああ、その事ね」
マイクの色ない声。
「……まぁ、こうなるって解っていたんでね」
「本当、申し訳ない」
達也が珍しく頭を下げていたのだ。
「……いいって」
マイクはいつもの様な穏やかな笑顔で受け流さず……
無表情に……やっと言えたという感じだった。
と……言う事は?
『マイクに怒鳴られていたかもしれないぞ』
達也のあの一言!
かなり怒っている!──と、マリアは解って心がヒンヤリとしてきた。
「その……後でアイツも解ると思うんだ」
「……まぁ、なんていうかお嬢様だな。ああいうところが」
「まぁね?」
「君は彼女には優しくしすぎたんじゃないのかなー? 愛するあまりに」
マイクがやっとニヤリと達也に笑っていた。
「マイクのそういう所、俺、好きじゃないぞ」
「アハハ! ああ……テイラー博士にカクテルだって?」
「うん。ドライジンとオレンジで、オレンジブロッサムどうかなー?」
「いや、レモンの方が良いね」
「……何故? それもマイクの下調べ知識かよ!?」
「……」
マイクがちょっと黙り込む。
「……そうだよ。ドクター=ママの助手だから自然とね」
「さっすがだなー! じゃぁ、あっさりシンプルに行こうか。
そういえば……クールそうなテイラー博士は、まったりよりあっさりって感じだよな?
ベッキー! レモンジュースとレモンくれよ!」
「冷蔵庫にあるよ! 悪いが自分で取ってくれよ」
「アイアイサー」
白い正装姿で立派にセクシーないでたちになったのに……
マイクは紅茶を達也はレモンを手にして
キッチンでその男二人が忙しそうに立ち回り始める。
「おっと……ブラウン嬢。ちょっとのいてくれるかな?」
ロビンがキッチンにやって来て、忙しそうに入っていった。
『中佐、フォスター隊長の所のお嬢ちゃんに何かいい飲み物ありませんか?
大好きなお姉ちゃんが、皆に囲まれて相手をしてくれないと拗ねてしまって……』
『ああ……ベッキー? アイスクリームあるかな?』
『あー、あるよ。リリィが来ると解っていたから揃えて置いたんだ』
『さすが、ベッキー。ロビン、チョコレートでもまぶして持っていってやれ』
『ラジャー』
『ロビン、レイにさり気なく教えてやってくれないか?』
『そうですね。今、ランバート大佐と空の話で空部隊が盛り上がっていますけど』
『そこはサワムラ君がいれば大丈夫だ』
『解りました』
ロビンが素早く冷蔵庫を開けてアイスカップを取りだし、
ベッキーが使って放っているチョコレートをすりおろして持っていく。
その素早さと来たら……男性の手とは思えなかった。
ロビンはそこでリリィをあやして、すぐさま葉月に小さく耳打ち。
葉月もハッとして……やっとフォスター一家の所へと足を運んだ。
『リリィ? 楽しんでいる?』
『これ、ママと選んだプレゼントなの。お姉ちゃん、ハッピーバースデイ』
ご機嫌を直したリリィがやっと笑顔をこぼしていた。
「ベッキー、コアントローあるかな?」
マイクはアイスティーを作り終えると、まだ動く。
「いつもの所に並べてあるよ」
「ここは……なんでもある」
マイクはその小さな瓶を手にして、カクテルを作っている達也の側に。
「ウンノ君、これを混ぜて」
「へ? なにそれ?」
「ジンベースのカクテルの一つでね……。
ドライジンとレモンだとジン・レモン、それにコアントローを加えると……『ホワイト・レディ』。
ベースをウォッカにすると『バラライカ』。
ブランデーにすると『サイド・カー』……レモンを使うとこれだけアレンジできる。
どれがいい?」
「へぇ! 知らなかった! さーすが、遊んでいるな〜? マ・イ・ク!」
「誰が遊んでいるって? 失礼な」
達也が肘でマイクを小突いても、マイクは可笑しそうに笑うだけ。
「そりゃ、あの色白の先生なら『ホワイト・レディ』と言えば喜ぶだろうな〜♪
この、この! 色男! 俺も今後の参考にする!」
達也は言われた通りに、コアントローを混ぜ、マイクが作ったアイスティーを
手にして、急いでキッチンを出ていった。
(うう……流石だわ)
それを覗いていたマリアは、唸った。
やっぱりマリアがそんなに触れたことがない『大人の男』
あの達也が教えられて素直に従うぐらいだ。
主催の意味も解らずに……ただ着飾って笑うだけの自分。
──『……まぁ、なんていうかお嬢様だな。ああいうところが』──
そう言われて仕方がないと思った。
彼は大人だ。
昨日、素っ気なく不機嫌だったワケもこれで解った気がした!
『もしかして……秘書室の皆を誘った事』
──俺の所の秘書官達は否が応でも勝手に動く様にしつけている──
それを……『利用するのか』と……思われたのかもしれない!
マリアはまぶたをきつくつむった。
急に身体中が熱くなり、額に汗が滲んできたような気がする。
それに周りをよく見て動くあの気が回るところは、
さすが、フロリダ基地で一番ともてはやされる『秘書官』だ!
──『君は子供だよ』──
今、あの言葉を言われるなら……マリアは何も言い返せないだろう。
「あの……お手伝いありますか?」
マリアはドキドキする胸を押さえながら、キッチンへおずおずと入った。
「やっと気が付いたか」
無表情に、側にあったレモンのスライスをかじる彼が素っ気なく答える。
マリアは肩をすぼめて小さくなった。
たくさんお説教されると身構えていたのだが……
「……これをフォスター夫人とマクガイヤー嬢の所へ持っていってくれ。
レイとミセス=ドクターは、まだシャンパンでいける」
二杯のカクテル。
達也が作った物と同じ物を素早く二杯作ったようだ。
他の女性の事も忘れない。
彼はそれだけ差し出しただけで、特になにも言わなかった。
「解りました」
マリアはそれを素直に手にして外に出る。
『あら? このカクテル……』
ソファーでは、マイクが伝授したカクテルを、達也が手渡し……
テイラー博士がひとくち味わった所だ。
『あ。ご存じなのですか?』
『い、いいえ? 何処かで呑んだことがあるような気がして……』
『……あの実はジャッジ中佐に教わりました。“ホワイトレディ”と言うそうです』
『……あら、そうなの……』
彼女がフッとキッチンへと肩越しに振り返った。
マリアがキッチンへ振り向くと……
「!?」
そこにはテイラー博士の視線を待ちかまえていたような彼の姿が。
テイラー博士がニコリと微笑んで、会釈をしたのだ。
その途端にマイクは、女性に対するいつもの素っ気なさで視線を外した。
ちょっと違和感があったマリアだが、他の女性にも同じカクテルを彼は作ったわけだし?
「今夜は皆、ホワイト・レディ……君以外はね」
「そうですわね! 行って参ります!」
彼のニヤリとした意地悪に頭に血が上って……
でも、言われた通りに『気配り』をする事に、頭の中はすぐ他のことが占領し始めた。
彼のクスクス声──。
マリアはやっぱり『ふん!』と荒い鼻息をついて、やっと『ホステス』になる。
会場の端には、アンドリュー達がまだ三人だけで
なんだかちょっと不機嫌そうに様子を見渡している。
マリアは心に決めた!
カクテルを配ったら──アンディ達の所に、行こうと──。
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