なだらかな丘に緩やかに並ぶ白壁の町並み。
石畳の道──。
オリーブの並木。
そして真っ青な地中海。
それなりに賑わいもある島。
丘の頂き近くにあるバルコニー付きのそんなに大きくもない白い家。
バルコニーには緑の蔓を伸ばす真っ赤な南の花が巻き付いて、ビビットな色彩を引き立てていた。
頂き近くにあるため、この家だけ少々他の家々の群とは離れていて、ちょっとだけお屋敷めいた家。
「やっと、ここまで育ったわ♪」
今日も丘に吹き込んでくる潮風が、彼女のウェーブのかかったたっぷりとした金髪を揺らしている。
彼女は身体にピッタリと張り付くような黒いワンピース姿。
スラリとした白い足が竹の棒の様にピン……とミニ丈の裾から伸びている。
引き締まったウエストに、突き出す豊満なバスト。
そして白い肌、青い瞳、腰まである輝くハチミツ色のブロンド。
何処かで発掘された女神像のように、何処までも均等が取れているスタイル。
いつものキッチン裏にある小さな庭の花壇に座り込んでいた。
「バジルにセージ、ローズマリー。うーん、私、レモンバーム大好き」
陽気な気候の中……育ったハーブ達。
今年、彼女が初めて試みた『初めてのハーブ栽培』
それを摘んで小さなバスケットの中にニコニコと入れる。
「はぁ……まだ、帰ってこないのかしら?」
彼女はお留守番が多い。
一人きりにさせられる事も度々ある。
──ミャゥ ミャゥ ミャゥ
そんな頼りなげな鳴き声がキッチンから聞こえてきて、彼女はハッとして花壇をたつ。
「ごめんなさい!」
金髪の彼女は丘から見渡せる海を、いつも眺めてからキッチンに入るのだが、それをせずに慌てて家の中に戻った。
「ああん……許してね! ミルクをあげるから……ねっ!」
勝手裏から顔を出すと、彼女の足元に二匹の黒い子猫が寄ってきた。
ピンク色に塗ったペディキュアのつま先を二匹揃ってなめ始める。
「きゃっ! もう……くすぐったい!」
モジモジしながらキッチンにあがる。
「ふぅ……『パパ達』、遅いわよね? 早くあなた達を紹介したいのに」
二匹一緒に抱き上げて、ため息をつく。
もうすぐ夕方。
夕食の材料は調達するから、今日は買い物をしなくても良いと言い付けられている。
「お料理も始められないわよね……もう」
時々……いや、度々『彼等』の予定がクルクルと変わる。
何日も留守にするときもあるし、この家に帰ってきてもすぐに何処かに出かけたり。
落ちついている人達ではないのだ。
彼女は猫を抱きかかえたまま、ちょっと夕暮れるキッチンで
寂しさを感じつつも……。
頭を左右に振って思い改める。
「ううん! あってなかった私がここにいられるんだから……」
『生きる力は彼からもらった』
だから……彼等についていくと彼女は心に決めていた。
洗濯物をたたむ事にする。
ある程度の家事を終えても、彼等は帰ってこない。
キッチンの窓から見下ろすような地中海も、薄闇に包まれて夜空に吸い込まれ始めている。
「……今夜も一人かしら。もう、自分の分だけ作って先に食べちゃおうかな?」
先程の子猫二匹は、彼女のつま先においたミルク皿に、頭を突っ込むようにして、二匹寄り添うように大人しくなめている。
二匹両方のシッポを撫でながら、一人ぼんやりしていた。
──バタン!──
玄関の方向からそんな音!
彼女はハッとして立ち上がる。
そしてすぐに笑顔を浮かべて、走って行く!
キッチンからリビングへ──!
玄関の方向から、彼等の足音が聞こえる。
「遅くなって悪かったな、アリス。もう、メシは食ってしまったか?」
玄関へ向かう通路からリビングに最初に現れたのは……黒いスーツを着た金髪の男──『ジュール』。
「その様子だと、まだのようだな」
そして……ジッと黒い瞳で金髪のアリスを見下ろす黒髪の男──『ボス・純一』 。
「ちょっと買い物が長引いた。今夜は俺がやる」
最後に現れたのは栗毛の男──『エド』。
三人とも黒いスーツで颯爽とそろって帰宅。
この瞬間、アリスはホッとする。
そして──。
「ジュン〜! お帰り〜♪ もう、帰ってこないかと思ったじゃな〜い!」
アリスはウェーブがかかったたっぷりとした金髪を、ふわりとなびかせて、純一の首に腕を絡めて、抱きついた。
金髪のジュールが、ちょっと呆れた溜息をこぼしてサッと退くのも……栗毛のエドもしらけた眼差しで眺めているのも……『いつもの事』。
「俺達の事は待ってなくても良い」
そして素っ気なく冷たい一言を漏らす『ボス』の声も。すぐにアリスの腕を解いてしまって、ダイニングテーブルに向かうのも……『いつもの事』
彼等は無言でそれぞれダイニングテーブルに向かって、黒いジャケットを脱ぐ。
アリスはそんな素っ気ないジュンの事はお構いなし。
もう、慣れっこ。
彼が帰ってきたら、アリスは『子猫』のようにいつも彼の後を引っ付いて回る。
「ねぇ? ねぇ? 今晩の食材は何? エド?」
アリスはかいがいしく、純一が脱いだジャケットだけを手にして片づけようとする。
「これだ」
エドがスッと出したのは……袋の中でうごめいている、赤い物体。
『タコ』だった──!
「ど、ど、どうするのよ! それ! 生きているじゃないの!」
アリスはゾッとして後ずさる。
だが、エドは『フン』と鼻息をついただけで、表情は変えない。
「俺がやる」
それだけ一言言い放って、ネクタイを外したらシャツ姿のままキッチンへと行ってしまった。
純一は煙草をくわえて、テレビ前のソファーにゆったり座り、悠々とテレビ鑑賞。
ジュールはダイニングテーブルで、ノートパソコンを広げていつもの『お仕事』。
皆、無言……それも『いつもの事』。
「ねぇ、ねぇ!! エドーー! それさばいたら私、作りたい物があるの〜」
今夜は、自分が一生懸命育てたハーブを純一に披露したいのだ!
それなら『カルパッチョをつくるのだ!』と、アリスはキッチンへ向かったエドを追いかけた。
『わ!!』
キッチンから、珍しいエドの叫び声。
それに静かに作業をしていたジュールがピクリと反応し、純一も煙草をくわえたままソファーから振り返った。
「アリス! あれはなんだ!!!」
普段はそうは騒がない男達なのだが、エドがそんなすっとんきょうな声をあげたので、ジュールが席を立ち上がり、純一も煙草を灰皿に置いて立ち上がった。
リビングと繋がっているキッチンの入り口から、エドの足元に──
『ミャゥ……』
『ミャゥ〜』
小さな黒猫二匹が頬を擦り寄せるように、引っ付いてきていた。
「ええと……この前、ジュンにお願いしていた猫」
アリスはポチッと呟く。
本当は『お許し』はもらっていないが、ずっとねだってはいたのだ。
純一が許してくれた事なら、部下の二人は渋々しつつも絶対に反対はしない。
純一には『欲しいの! 飼いたいの!!』とずっとおねだり攻撃をしていたが、彼は溜息をつくだけで、何も言ってくれなかった。
つまり──アリスの『強行』でもらってきたのだ。
「なんだ、それは──」
勿論、ジュールはいつもの厳しい顔。
アリスにとって本当は一番怖いのはジュールだった。
純一はアリスのことは14歳も離れた『女の子』として見ているようで『甘い』所はあるが、ジュールはこの家とファミリーを守るためなら『甘い事』は絶対にない。
ある日突然、このファミリーと一緒に暮らすようになったアリスを、まだ……許してくれていない節がある。
勿論……エドも。
だけど──エドはアリスにとってはちょっと怖い『お兄ちゃん』程度。
歳もエドとならそんなに離れてもいないし、エドならジュールよりも口ですぐに文句を言うので、分かり易かった。
そんなジュールの冷たくて硬い表情。
アリスは肩をすくめつつ、肩越しにチラリと純一を見た。
「……今日、もらってきたのか」
純一がアリスを厳しく見下ろす眼差し。
この時は、アリスもジュールと目を合わせるより一番震え上がるのだ。
そして……『甘い』彼だが、ダメなときは本当にキッパリしていて、この家の『長』。その彼が『駄目だ』と言えば、それまでなのである。
「ほら……その、下町のパン屋の奥様が、生まれたらもらっても良いって話……ずっとしていたじゃない? あそこの猫、黒猫だもん。この家の猫も黒猫なんだもん。皆……いつもいないこと多いし、お留守番だって寂しいんだから……お願いって……」
すると純一の溜息が一つ聞こえてきた。
彼はスッとソファーに座り込んでしまった。
「自分できちんと世話をしろ」
彼はそれだけいうと、灰皿に置いた煙草をまたスッと口にくわえただけ……。
「メルシー! ジュン〜♪ だーいすき!!」
アリスはパッと笑顔をこぼして、ソファーの背から彼の首に抱きついて、彼の黒髪に頬をすりつけた。
ジュールも、何事もなかったかのように黙り、ダイニングに座って黙々とパソコン作業に戻り、エドは溜息をついて足で子猫を払っていた。
「……」
彼はアリスに抱きつかれても、表情一つ変えずにジッと窓辺の景色を遠目で見ていた。
『何を思っているのだろう?』
アリスはいつも純一のこの眼差しに胸がかき乱される。
絶対に憶測することも出来ない彼の心の中。
ちょっとだけ予想が出来ることはあるが、彼はあまり口にしない。
だけど──
「黒子猫のお前に子分が誕生か……」
彼はフッと微笑んだ。
その時の彼の笑顔はとても暖かい。
少なくともアリスはそう思っている。
「名前を決めないとな……」
ダイニングテーブルからジュールがポツリと呟いた。
ボスが許したから、彼も受け入れてくれたらしい。
アリスは後ろから純一に抱きついたまま、スリスリと彼の頭に頬を寄せて、元気に言う。
「もう、決めてあるの♪」
『ほぅ』と純一が、上の空で聞いているように灰皿に煙草をもみ消した。
「サッチとレイって、どう♪」
なんの気後れもなく言い放ったアリスの『発表』に、純一の動きが『ピクリ』と止まり……ジュールも再び、片眉をつり上げてパソコンのモニターから顔を上げ……エドは入ろうとしたキッチンから戻ってきた。
子猫たちは、キッチンの前で二匹一緒に戯れている。
「……ほぅ? それまた、どうして?」
純一は足組み、腕組み──ただでさえ硬い表情が硬くなる。
ジュールはついにダイニングテーブルから立ち上がり、純一にじゃれるアリスの目の前にやって来て立ちはだかった。
「アリス。お前……それがどういう意味か解っているのか?」
ジュールの暖かい色をした茶色の瞳が、その暖かみを消すようにとても冷たくアリスを見下ろす。
「……」
エドはちょっと狼狽えているようにキッチンの入り口からこちらをうかがっているだけ。
「……」
アリスはこの時は、真剣にジュールの眼差しを捕らえて見据えた。
普段は『甘ったれ子猫』のアリスが時々、反抗でもなく、抵抗でもなく
真剣に放つ青い瞳の光。
ジュールがそれに気が付いたのか、アリスへの『お小言』にちょっと『距離』を置こうと、様子見で身構えたのが通じた。
「……『どういう意味』って? 意味があるの?」
アリスは純一から離れて、ジュールに対して堂々と胸を張って向き合った。
ジュールがちょっと視線を逸らす。
そこをすかさず、アリスはたたみかける。
「意味なんて、知らないわよ? ただぁ……」
アリスは小首を傾げながら、頬に白い指をフッと添えて甘い声に戻す。
「ただぁ……ジュンが時々寝言で言っているから、いいかな〜って思っただけよ? いけないことなの? どうしていけないの? それが知りたいわ?」
そのアリスの勝ち誇った甘たるい声に、ジュールが降参したように硬直。
純一は、シラッとしていて無反応。
エドは……一人でハラハラ見守っているだけ。
アリスはたいていは純一と一緒に就寝を供にしている。
勿論、アリスも25歳。肉体関係もある。
ただ、この家に来て二年経って持つようになった関係だ。
アリスの方が、純一に惚れ込んでしまって猛アタックをした結果だった。
そう、純一が折れた……と、言った方がよい。
アリスの母国はジュールと同じく『フランス』
昔の職業は『女優』
転落した人生のどん底で純一と出会った。
これで『人生さよなら、死ねるわ』という時に、勝手に助けられて、ファミリーが住まうこの家に連れられてきた。
自殺ではない。この訳は話すと長くなる。
だが、女性としての『器量』には自信があって、それを武器にしたと言ってもいい。
そんな『手を使って』手に入れた『想い人』だから、彼が100パーセント、アリスを受け入れてくれた訳ではないのは充分に解っている。
それに彼に『抱いて欲しい』と懇願した時に、彼はこういった。
『俺には絶対に忘れたくない女が二人いる。諦めろ』
だったら、何故、アリスが死のうと思っていたのに……死んでも構わないと思っていたのに……。
これでやっとこんな人生から『アデュウ』が出来ると願っていたのに。
何故、アンタは私を助けてもう一度生きるように『仕向けたんだ』
私が再び生きたいと思うようになったのは『アンタのせいなんだ』
表の世界では、アリスは『死亡』した事になっている。
表の世界に戻ることも出来ない程の『死に方』をしようとしていたのに、今更、裏の世界で生きて行くしかないように仕向けたのは『アンタ』じゃないか?
私が裏の世界で見つけた喜びは『アンタ』しかいないのだ。
それを全部、ぶちまけた。
『お前が望むなら、表の世界でまっとうに生きられるように戻してもいいと思っていただけだ。俺達なら、違う人生を送る細工も手配もできる』
今なら……外に戻れる、戻しても良いと……純一は『この時を待っていた』とばかりに、アリスを突き放そうとしたのだ。
『そういう女の人がいてもいいの……私を側に置いてよ、一緒にいさせてよ。私を抱いてよ……それだけでもいいから! 私、ジュンがいなくなる毎日ならもう一度死ぬから!!』
そういう攻防戦を二年経て、三年前から彼の『愛人』になった。
『愛人』とは言うが、どちらかというと『拾われて面倒を見てもらっている子供』みたいな感覚が、いつも付きまとっていて、彼に求められるときだけが変に女であるだけ。
だけど、一緒に夜を供にするうちに、純一の方も気心が知れてきたのか、彼自身の事を話してくれる様になった。
アリスも、いやジュールもエドも純一も、皆『いわく付きの人生』で、この家に集った事は解っている。
だから──彼が話してくれた内容については聞くだけで、深い追求はしない。
アリスはジュールの素性もエドの素性も知らない。
後から来たアリスの素性は皆、知っているけど。
そんな事はもう関係がなく、アリスは少なくともボス・ジュンを筆頭にした、ひとつの『ファミリー』だと勝手に思っている。
彼等がしている『本業』については、『出逢ったとき』に一目瞭然。
彼等は『闇部隊』を持っている。
一緒に暮らすようになって彼等が『表稼業』を持っていることも知った。
それだけの事で──純一自身の『素性』は知らなかったが。
この頃から──。
『俺は日本人で元軍人』
それは言われずとも予感していた。
彼等三人はフランス語を『標準語』にしているようだったが、その次によく使う言葉は、アリスも訳が解らない『日本語』というのは解っていた。
アリスに知られたくない話は、彼等は日本語で隠す。
そして──。
『俺には息子がいる』
これもちょっと驚いたがアリスはすぐに受け入れられた。
彼ほどの大人。
そういう『経過』を辿っていても不思議ではなかった。
ただ、アリスが不安に思ったのは、いや? 思ってはいけない立場だが、そのジュンが言うところの『ボウズ』の母親だった。
それが『忘れられない女』の一人だと確信。
だが、アリスが一人問答する間も与えずに純一は教えてくれた。
『その息子の母親はもうこの世にはいない。結婚はしなかった。いや……するつもりだったが、その間もなく……俺が……死なせた』
そっちの告白の方が『ショック』だった。
『ジュンが殺したの?』
アリスが恐る恐る聞くと、彼は首を振った。
『いや……死んだ訳は言えないが、俺が全ての事の発端で、原因であるのは間違いない』
その時……初めて彼が苦悩の表情を浮かべた。
そんな彼は見たくなく、アリスは『その話はもういいよ』と言ったのに……。
最後に一つ……。
『俺のボウズは今……その女の妹に預けている』
『妹……? 義理の妹って事?』
『……俺は、そういう愚か者だ』
それ以上、彼は何も教えてくれなくなった。
アリスも彼のあんな苦悩の顔を見てしまったから、なにも聞きたくなかったし、今、目の前にいる彼で充分だった。
だけど──純一はアリスの横で時々うなされている。
そして……『サッチとレイ』
日本語らしい名前がいくつか出てくるのだが、どれがジュンの『想い人』かは解らない。
日本語らしくない『サッチとレイ』が印象的だった。
きっとそれが『姉妹』の名だろうと。
純一に聞くのは気が引けて、思い切ってジュールやエドに尋ねた事もある。
だがジュールには、怖い顔で『俺に聞くな』と払われて、エドには『ボスに聞け』とこちらも態度は硬いばかり。
純一に何度か尋ねてみた。
『サッチとレイが姉妹なのか?』と──。
彼は『そんなところだな』と言ってくれたが、あとは告白してくれた事以上のことには、曖昧に濁されるようになってしまった。
子猫をもらいたかったのは、アリスの『お留守番のお供』としてのおねだりだったが、そこを見計らって思いついたのが『サッチとレイ』だった。
もらってきた子猫は二匹とも『牝猫』で、同じ時に生まれた『姉妹』だったから思いついた。
アリスが名付けた『サッチとレイ』。
本当は純一の為に、一度は引っ込めたアリスの『追求』。
そして再び閉じられてしまった純一の『心』。
それをアリスは自分から覚悟の上で開こうとしていた。
『愛人』かもしれない。
だけど、アリスは三年経った今──。
自分で一番確信している事は『ジュンを本気で愛している』
だから……今度こそ、彼の全てを何もかも知りたいのだ──!
そして彼の苦悩を供に感じて、見守りたいのだ!
アリスをこんな幸せな生活を取り戻してくれた、彼のために──!
「……良いのではないか?」
そんな光る眼差しで強敵の『お兄さん』に立ち向かうアリスと、それに向かうジュールとの険悪なムードの中に、そっとそんな純一の淡泊な一言。
「ボス!」
ジュールは何故か真っ向から阻止しようとしていた。
彼がこんなにムキになるも珍しい。
そしてエドも──。
「私は嫌ですよ! こんな子猫に……オジョ・・ウ……」
エドは何かを続けて言おうとして、ジュールにキッと睨まれて口をすぼめた。
純一が立ち上がる。
そしてエドの側にいる子猫の元へと静かに歩み寄った。
「どっちがサッチで、どっちがレイだ」
「……」
彼がいつもの無表情でアリスに振り返る。
アリスは『大波乱』を期待して臨んだのに……あっさり受け入れた彼に、なんだかちょっぴりがっかりとしていた。
「こっちがサッチでこっちがレイ」
「逆だ。こっちの丸々している方がサッチで、こっちのほっそりしているのがレイだ」
『何故?』
そこに真っ向から告白はしてくれなくなった純一から『ヒント』をほのめかされているようで、アリスは暫し、茫然とした。
その上……。
「サッチには赤いリボン。レイには青いリボン。そうして大切に育てるなら、いいだろう──」
彼はそういうとスッとリビングを出ていってしまった。
パタン……と、彼が書斎に籠もったのが解った。
暫く、リビングでは残された男二人とアリスが茫然としていたのだが。
「俺は……そうは呼ばないぞ!」
エドはムキになりながらアリスに言い放ち、キッチンに戻っていく。
「……」
ジュールはいつものクールさで、また何事もなかったかのように、ダイニングテーブルに座った。
はっきりいって、そういうクールに押さえ込んだ裏で、何を考えているか解らないジュールの方が、アリスには怖いくらいだ。
純一は許してくれたのに……彼等部下は何故許してくれないのだろう?
『ミャゥ』
二匹が揃って、アリスの足元に寄ってきた。
「明日、リボン……つけてあげるね? パパがそういうから、ね?」
ちょっとだけ……別の名前に変えようかとアリスは思いながら、眼差しを伏せて子猫を抱き上げた。