エピローグ

4.パパ兄さん

「おはようございます。中原先生いらっしゃいますか?

はい?私ですか?御園中佐の側近ですが、彼女が風邪で寝込んでいまして…。

真一君が様子を伺いに。朝、彼女の自宅に来てしまったんですよ…。」

隼人は本部に着くなりすぐに医学校の職員室の内線を調べて、真一の担任を捜す。

内線をするなり、聞き覚えもない男が『真一君が…』と言い出せば怪しまれるのも当然。

出てくれた女性職員がいぶかしそうにしつつも『暫くお待ちください』と

やっと、真一の担任に取り次いでくれた。

「はい。中原ですが?」

「おはようございます。私、御園中佐の側近で澤村と言います。

今朝方、中佐が風邪で寝込んで欠勤することになりまして…。

彼女の様子を見に行けば真一君が様子を見に来てしまっていたんですよ。

叔母さんの様子に安心して今、向かわせたところです。

授業に遅れたかも知れませんが大目に見てやってください。

彼も遅刻が付くのは覚悟していましたから…。」

隼人の説明に担任の男の先生は最初…沈黙していたが。

「そうですか。今授業を担当している先生にもそう言っておきましょう。

真一君の叔母さん想いは、職員一同、校長も始めよく知っていることです。

『側近さん』ですか?」

「はい。九月末からお世話になっております。」

「そうでしたか。最近、真一君はちょっと元気がなかったようで…。」

(俺のせいって言いたいのかよ?)

先生の口振りが、若い保護者である葉月に新しい男が出来たから…。

そう言っているような気がしたのだ。

「中佐嬢には私からは言いにくい所がありましたから…。ほら…お若いお嬢さんですし…。

側近さんから、それとなく報告してくださいませんか?

学校長には私から報告はしているので鎌倉の右京少佐には伝わっているとは思いますが…。」

「彼女から聞いております。鎌倉のお従兄さんとは上手く折り合い付いていたようですが?」

そこまで御園とは関わっていることをほのめかすと…

また。先生の言葉が止まる。

「そうでしたか。これからも宜しくお願いいたします。えっっと…澤村さん…でしたね?」

なんだか、疑り深く話していた先生が、ホッとしたように隼人の名を確認する。

「はい。彼女に言いにくいことがあったらいつでも言ってください。」

「そうですか?助かります。失礼ですが…澤村さんお年は?

お声が落ち着いていらっしゃるから…中佐嬢よりかは上のようですが?」

「30歳です。」

「私は32歳なんですよ!良かった!」

(えーー。そうなんだ…。)

若い先生が担任と知って隼人も中原も急に親近感が湧いてしまった。

「御園一家のことには私如きではなかなか…どうして良いか解らないことありまして。

真一君は至って普通の学生と同じなのですが、なんせ…ご両親がいなくて、

保護者に関してはフランク連隊長がいたり、細川中将がいたり…

御園嬢もしっかりはされていますが、やはりお若いお嬢さん、遠慮してしまって…。

鎌倉の右京少佐は、そうしょっちゅうは、島には来られる方じゃないし…。

何かあったときはどうした物かと不安があったのですよ。」

(わからないでもないなぁ…)

隼人は苦笑い。その若手医学先生の戸惑いは仕方のない物だ。

「校長には、何かあればすぐにと言い含められていますが判断しかねること多くて…」

「そうでしたか。何かあればご報告ください。私の方からも彼女に上手く取り次ぎましょう。」

『宜しくお願いします』

二人そろって、挨拶がすんだところで隼人もホッとした。

(なるほどなぁ…。御園の名は気にせず扱ってはいるが…。親のない子か)

隼人は昔の自分を思いだして、やるせないため息で受話器を置いた。

隼人には困ったことがあればミシェールがいた。マリーもいた。

しっかりした地位の保護者がいた。

真一の保護者は皆、地位はあるが若い。

先生が不安に思うのも仕方がないだろう。

(どうやら…鎌倉の兄さんが一番頼られているようだな??)

それなのに何故?葉月に任せっきりなのか…。

真一が望んだからかも知れないが…。

隼人はまだ会わぬ、姿も知らない葉月の12歳年上の従兄が今度は気になった。

(いずれ会うだろう…)

もう自分のことも鎌倉の右京には耳に届いている覚悟もできていた。

どんな兄貴かは解らないが。

それも葉月と一緒にやって行くには必要なハードルだった。

なにも怖いことなんか今は…もうない。

「隼人兄ちゃん終わった!」

夕方近くになって真一が約束通り、本部にやってきた。

「お帰り。いつもこの時間に終わるの?」

葉月がいないので、空軍管理の最終チェックに隼人はてんてこ舞い。

パソコンのディスプレイを眺めたまま真一を迎えた。

「課外授業をいくつか取っているから!それが終わってから!

あ!隼人兄ちゃん!中原先生がね!良いお兄さんが出来たねって言ってくれた!」

「ああ。今日いろいろはなしたからね。」

仕事をしながらでも受け答えをする隼人の席に真一は嬉しそうにすっ飛んできた。

「何はなしたの??」

「歳が近いって事。」

「うん!先生も言っていた!ビックリって!

先生はね?本島の横須賀校から転勤してきたんだけど、すっごくあたまが良いんだよ!」

「ふーん。」

「去年ね!島に来て看護婦の人と結婚したばかり♪」

「なるほど?」

「あ!邪魔しているね!俺そこで宿題しているから終わったら言ってね!

もしかして…葉月ちゃんがいないから…残業??」

真一は、隼人の手元にある書類の束が多いので

本当に一緒に買い物に行けるのかと不安そうに尋ねる。

「いや。持って帰ってやる。」

「………。試験勉強は?」

「もうおさらいの段階。そうだ。今日買い物の前にちょっと手伝って欲しいことあってね。」

「なに??」

「それはお楽しみ。宿題やっておきな。晩飯何にしようかな?

お嬢さんはまず・お粥だなぁ。」

「ロールキャベツ!俺好物♪でも、鎌倉のおばあちゃんの肉じゃがが一番好き!」

「しかたないな。肉じゃがは負けるだろうな。じゃ。ロールキャベツで腕を振るうか?」

隼人がにっこり了解すると真一は嬉しそうにソファーに下がって大人しく宿題を始めた。

「真一〜。おとなしいじゃん??」

「あー!ジョイ♪」

隼人の元に、フロッピー片手にジョイが隊長室に入ってきた。

「ジョイ。良いところに…。実は家に持って帰って画面見たいんだけど。

どうやったら自分の自宅でデーターが見られるかな??

ジョイもよく家に持って帰ってやっているだろう??」

隼人に尋ねられてジョイも『?』と首を傾げる。

「どうして?家に持って帰るほど、手元にある?

残業を一時間すれば、あがりそうだけどな?隼人兄なら…。」

ジョイは隼人の手元の量を覗いて呟く。

「今日は真一と約束したし、お嬢さんも放っておけないからね。」

画面を見ながらでもサラッとした隼人の発言にジョイもビックリ。

「家…って…丘のマンションのこと?」と…。

「そうだよ?」

さも当たり前に答えた隼人の落ち着きぶりにもジョイは…戸惑い笑い。

「えっと…画面は…見ることは出来ないよ?ディスクに落とさないと。

あ。俺がおとしておいて上げるよ。大事に扱ってよ??」

「あたりまえだろ。大事なデーターなんだから。なんだ、ログインパスワードとかないのかよ?」

「………。お嬢に聞いたら?隊長なんだから。」

ジョイがボソッと漏らした。

どうやら葉月の許可なしでは、教えてもらえないと言うことらしい。

葉月の家に帰るならそれも可能だよ…。と言ってくれたのだと隼人は悟った。

「サンキュー…。」 隼人が微笑むとジョイもにっこり…。

「メルシーは卒業だね。」

青い瞳を輝かせて、そっと去ってゆく。

(メルシーは卒業か…。)

いつの間にかフランス語は遠のき英語の日々を送るようになっている。

『よかったね。真一!今日はお兄ちゃんと買い物か?』

ジョイがなついている真一に優しく笑いかける。

『うん!隼人兄ちゃん料理上手だよ!!葉月ちゃんより♪』

『マジ!』

ジョイがビックリ隼人の方をついたての向こうからの覗いた。

「バカの一つ覚えだよ。真一も余計なこと言わないの!」

『へへーー♪』

真一の調子の良いごまかし笑いがついたての方から聞こえてきた。

隼人と真一の仲の良さを見てジョイは、『あらあら。いつの間に♪』と

からかい文句を流して笑いながら出ていった。

17時の定時が過ぎて、山中の元、終礼が終わり隼人は書類を抱えて

大人しく宿題をしていた真一を連れて本部を出た。

隼人の後を真一がひっついてゆくので若い本部員達も

なにやら予感が当たったと言うようなざわめきを起こしていたが隼人は気にしなかった。

帰りに河上姉さんに遭遇。

「あら?シンちゃん。今日はお兄さんと帰り?」

洋子には言わずとも、既に見抜かれているようだった。

「うん!たこ焼き買ってもらうんだ!」

真一も洋子にはなついているようだった。

「洋子ちゃんは、五中の少佐おじさんと帰り?お熱いね♪」

真一の生意気ニヤリに洋子は『この子ったら!』と真一を度突き返していたが…

『よかったわね。仲良くねー♪』と爽やかに隼人と真一を見送ってくれた。

葉月の赤い車に乗って警備口に…。

車専用のチェックゲートに入る。いつものようにIDカードで退出しなければならない。

隼人が車のウィンドウーを下げると…朝もそうだったが…。

「お疲れさまです。御園中佐。」

朝とは違う警備隊員が葉月の車と心得てにっこり手を差し出したが…。

「残念。彼女今日は欠勤。車をおいておくと風邪でも出かけるじゃじゃ馬なので

側近の私が没収したんですよ。」

このセリフを朝の警備隊にも突きつけるとなんだか戸惑ってはいたが

皆、隼人の余裕に余計なことはそれ以上聞こうともしない。

勿論…今目の前にいる警備員も…。

隼人が余裕で微笑むと面食らっていた。

おまけに助手席には、彼女の甥っ子がにっこり座っていたりするのだ。

「久しぶりだね?真一君。叔母さんは風邪?」

顔見知りなのか疑わしそうにその中年警備員が真一に確かめる。

「うん!昨夜から。寝ていたよ。

今日は側近の大尉と叔母の食べたがっている物買いに行くところ!」

真一も上手に…内輪以外の者には「一緒にマンションへ」と、言わないところはさすが。

側近と買い物なら隠しているようで隠していなく

隼人も『上出来』と警備口を出てから、真一に笑った。

「そうゆう事でしょ?今朝の隼人兄ちゃんの決意って。

『俺は側近で葉月の一番・側の男。誰も近づくな』って意思表示しないと…。

いつ誰がまた…葉月ちゃんに簡単に手を出すか解らないモンね!」

すっかり見抜かれていて隼人は『やっぱり…この子は騙せないな』と…感心した。

「そこまで解っているなら、官舎まで来て手伝ってくれよな。」

ステアリングを握る隼人のやろうとしていることが真一にもすぐに解ったらしい。

「うん!手伝う!」

二人は一緒に隼人の部屋がある官舎に向かった。