10.島入り
フランスを旅立つこと十数時間…。他の隊員と毛布にくるまって眠っていると
機体が傾きだした…。『着陸態勢』の雑音混じりのアナウンスが英語で入る。
『とうとう…来てしまったか…。』
時計を見ると7時だった。窓を覗くと…懐かしい日本色彩の海に朝日が昇っているところだ。
海には漁船が動いているのが見える。
それでも日本の南国らしい…沖縄を思わせる風景だった。
そんな風景が、『懐かしい』と思えるのはやっぱり俺は日本人だと思ってしまった。
海は…マルセイユの陽気さとは違う…。何処かしら静寂な青色だ。
『わびさび』とかそんな言葉が急に頭に浮かんだ。風流とか…そんな言葉も。
そうゆう青色だった。
飛行機が向かい始めた滑走路を見て俺はビックリした。
フランス基地の何倍もある大きな滑走路だ。
オマケに…なんだか綺麗な建物が緑に囲まれて何棟も並んでいる。
島の住民達の家々も見えるが、基地内は…島のほんの一部分にもかかわらず
何ともそこだけ『近未来的』な雰囲気を醸し出している。
それどころか、海の沖合にはでっかい空母艦が二隻も浮いていて
滑走路の側には何十隻もの小型船が船舶している。
『俺…今日からここで??』と。怖じ気づいたほどだ。
直行便で来たので他の基地には寄らず短時間で日本に来た。
機体のタラップから降りると…濃い潮の匂いが鼻についた。
ここは『島』。海に囲まれた『島』
マルセイユとは違って本当に海の側だった…。
入国監査の手続きのゲートを警備員が誘導するまま、他の隊員と一緒に歩いてゆく。
そこで、フランス基地からもらった書類とパスポートを出していると…。
ジャンのような栗毛の青年がニッコリ俺に頭を下げた。
『??』と首をかしげつつも俺も頭を下げてしまった。
入国監査がすむと、その青年が寄ってきた。
「お疲れ様です。澤村大尉」
どう見ても、外人なのに流暢な日本語でビックリ。
彼の肩章を見定めると…『中佐』でまたまたビックリして俺は再び頭を下げてしまった。
「わたくし、フランク中将付きの側近でホプキンスと申します。よろしく。」
アメリカの青年らしいが何とも優雅な身のこなしに…俺は絶句してしまった。
日本語が日本人そのものじゃないか??
『側近』って…こんな風にならなきゃいけないのか??
目の前にいるのはここの最高責任者…トップである『フランク連隊長』の側近。
エリート中のエリート!!側近の中の側近だ!
俺が彼の雰囲気に気圧されていると…。
「皆は私の事。リッキーと言います。大尉とはそう歳も変わりませんから、お気兼ねなく♪」
などと、優雅に微笑んでくれるが…。
そう歳も変わらないのにこの違いはなんなのだ??と絶句してしまった。
「気にしないで下さいね。ここでは歳にそぐわぬ地位を持っている者ばかりですから」
それが、俺にプレッシャーをかけているというのに…。
その品格も知性も何もかも…隣に並んだ男はまったく知らない世界の物だった。
「まずは中将に『官舎』に連れていくよう言いつけられています。
御園嬢は、朝から訓練ですから、面談はお昼からになります。
そのころ迎えに行きますので…ゆっくり官舎で荷ほどきなどして下さい♪」
「申し訳ありません…。私のために朝早く…」
俺は丁寧にリッキーに頭を下げた。
「飛んでもない♪実は楽しみにしておりました。今日は…」
すると彼はクスクスとこらえられなかった笑いをこぼし始める。
「いや…すみません。お嬢さんの驚き顔が見られると、中将とずっと楽しみにしていましたから」
俺はそれを聞いて…『そんなのでいいのか??』と
なんだか悪戯気な彼を見て不安になった。
しかし…康夫が言っていたことを思い出す。
『中将と葉月はさ。兄貴と妹って感じだから。中将も葉月の生意気にやられちゃぁ
可愛くてしょうがないってところだな♪中将が褒めていたぜ。隼人兄のこと。
葉月の性分よく解っていてなかなかよろしいって。上々のお気に入りでよかったな♪
中将は隼人兄の『黙っていてくれ』にかなり乗り気でいるらしいぜ?』と。
しょうもないなぁ…と思いつつも…彼女には一杯食わせてやらないと気が済まないのは確かだった。
この後。リッキーが運転するジープで基地を出て、何棟も並ぶ集合鉄筋官舎に連れて行かれた。
いきなり…外に出ると…『日本の漁村』と言う感じだった。
マルセイユの陽気さはなく…本当に静寂な日本…と言う感じで
急に寂しくなったほどだ。
俺は…一番端にある…林と向かい合わせの日本人官舎に案内されて、
キーを渡されて…そっと新しい住まいに一人で入った。
昼前にまたリッキーが迎えに来てくれるそうだ。
荷物をほどく気になれなかった。
飛んでもなく…静かで何もなくて寂しいところだった。
海が見えるのかと思ったが…何棟も並ぶ官舎に遮られてみえやしない。
林の木々が揺れる音だけが聞こえるし…。
何処かの主婦が子供を学校に送り出す大きな叱り声とか…。
そんな…急に『変な生活感』がよけいに寂しさを誘った。
キレイにベットメイクされている中将の奥さんが整えてくれたのだろうベットにいきなり横たわる。
目をつむって思い出すのは陽気なマルセイユでの…終わらせたはずの生活だった。
そうして暫く横になって眠ってしまったようだったが…
いきなり…
『ヒュゥー…ゴー!!』と言う音でビックリ目が覚めた!
慌てて窓辺に近づくと…官舎の上を戦闘機が十機ぐらい飛んでいるのだ。
『御園嬢は朝から訓練ですから…』
リッキーの言葉を思い出して俺はベランダに出てみた。
F18が飛んでいったと思ったら、海上で空高く旋回しているのが見える。
『葉月…今そこにいるんだね…。俺も…今ここで見ているよ!』
もうすぐ彼女に会える…。俺はあの空でウサギさんが勇敢に飛んでいると思うだけで
急に元気が湧いてきた。
そうゆう存在であってくれて…嬉しく思った。
これはフランスでは解らなかった気持ちだ。
そう再確認して改めて思う…。
『俺は…大丈夫。きっと彼女とやっていける』と。
これだけの気持ちさえあればきっと彼女も受け入れてくれるだろうと…。
彼女は…そうゆう女だと思っている。
だから…潔くひいてくれたし、俺を尊重してくれたし…。
何よりも…気持ちの底の底を大切にする人間に違いないと。
『男と女』は二の次…。まず、彼女と仕事での関係を先に確立させたかった。
彼女もきっとそれを望んでいるだろうと…。
俺はやっと、島の雰囲気も気にならなくなって早速、スーツケースを開けて
暮らし安いように、身の回りを整える。
フランスからの荷物は、定期便で一足遅く届く予定だ。
自転車もそれから届く。暫くは官舎の前にあるバス停から基地に向かうことになっている。
昼頃やっと、スーツケースが空になった。
それと同時にリッキーが迎えに来た。
時間は11時。まず、葉月に逢う前に噂のフランク中将と会う約束なのだ。
彼女の『兄分』…。どんな人だろうと期待もあるし…なんと言っても御曹司若将軍。
緊張の方が勝っていた。
リッキーに再びジープに乗せられて『小笠原総合基地』に戻った。
「よう!よく来てくれたなッ!!疲れただろう?まぁまぁ…座って。座って♪」
リッキーに通されて、フランク連隊長室に通された。
若い中将と聞いてはいたがあんまり若いので俺はビックリしていた。
これまた流暢な日本語なのだ。
麗しい…少しくせ毛の金髪を優雅に揺らした、青い瞳のハンサムな…立派な青年将軍…。
この人がこの大きな基地の『連隊長』??
この人がロイ=フランク中将??
軍報の写真を見たことあるがそんな物よりもっと若くて…麗しい男だった。
確かに威厳があって威風堂々とはしていてその迫力におされて
俺は勧められるまま、連隊長室の革張りの大きなソファーに腰をかけた。
リッキーは奥にある立派な給湯室に下がっていった。
フランス基地では見たことない大きな個室。
連隊長室だってこんなに大きくなかったし、こんなに明るくもなかった。
オマケにここは東京のオフィス街か?と思うほどキレイで
近代的な五階建ての建物が並び。大きな滑走路が海に面していて
四階にあるこの中将室からの眺めは『展望台』の如く素晴らしいものだった。
ここで彼女が?俺がこれから働くところ??
飛行機の中で見たときより、実際に中に入った方がものすごい衝撃に打たれっぱなしだった。
夢の中かと思ってしまった。
向上心が高い康夫が『グラリと揺れた』と言うのも頷けた。
出世狙いの奴はそりゃ来たいだろうという…大基地だった。
「実は俺と祐介は、フロリダで一緒だったんだ♪」
連隊長と言っても…そんな口調が『お兄さん』と言う感じで
逆に俺の緊張はほどけてゆくし、入りやすい話題の提供に感謝した。
フランク中将は輝く金髪をサラリ…とかきあげて…何とも優雅な男だった。
そんな男が俺の目の前に座って煙草に火を点ける。
するとそのタイミングを見計らったようにリッキーがスッとコーヒーを俺と中将の前に運んできた。
「カフェオレは…負けますね。きっと」
リッキーが出してきたのはカフェオレで…俺のためという心遣いにビックリ…。
その優雅さ手際よさ品の良さ…。すべてが高レベル…。
目の前の優雅な男の堂々とした身のこなしも手伝って、『ここはどこ?』と思ってしまった。
『俺もこんな側近になれるかなぁ』と、半ば取り戻した勢いが半減したぐらいだ。
しかし…中将の『遠野先輩の話』に俺も答ねばならない…。
「はい…藤波から聞いております」
祐介先輩は生きていたら34歳…。そしてその先輩の中将は36歳…。
ミツコと同じ歳かと思うと…なんという違いだろうか??とか。
俺とも歳が近いし、また偉く立派な男に見えて怖じけつき、次の言葉が出てこなかった。
「そう…緊張しなくてもいいよ。この基地は元々年齢にそぐわない階級を
肩につけている者ばかり…。葉月も…そして俺もね♪
みんな歳は近いし、若い者ばかりだから気楽にしておくれよ。
勤めさえしっかししてくれれば、いうことないからさ」
妙に上手い日本語で俺は恐れ入ってしまった。
フランク中将がくわえ煙草でそっとカフスをめくって時計を見た。
「オッ!そろそろ葉月の奴が訓練から帰ってくるな。待ってろよ♪」
ククク…と、中将ははしゃいで立派な中将席にいく。
若い中将は確かに少し年上の先輩と言う感じで俺はやっと肩の力が抜けて
リッキーと目を合わせてクスリ…とこぼしてしまった。
中将は席の電話を取って何処かにない線をかけているようだ。
「オッ!ジョイ??俺。 葉月が帰ってきたらすぐ来るように伝えてくれ。
ええ?どんな人かって??隊長代理の葉月にもまだ、教えていないんだぞ。お楽しみだ。
え??俺が意地悪いって??なんとでもいってろ!とにかくすぐに来いって言えよ!わかったな♪」
ちっとも中将らしい威張ったお声のかけ方でなくて俺は『こんなのでいいのか??』と
妙にフレンドリーな言葉遣いの中将に面食らってしまった。
「あの…私の事…。本当にどなたも知らないのですか?」
俺の目の前に戻ってきた中将に不安げに尋ねた。
「ああ…。いま内線に出たのは、俺の従弟のジョイ=フランクだったからな。
少佐で葉月の補佐につけていてね。『お嬢・お嬢』とガキの頃からいっつも葉月にくっついている
従兄の俺なんかよりもずっと姉弟らしいんだよな。まぁ、歳が近い二人だからな。
一応…葉月と一緒で2ステップの特校出身だけどね。未だに『ボンボン』なんだよ。
第一、葉月の中隊幹部達はどうあっても『葉月信仰者』。葉月の味方だから
うっかり口を滑らしたら、ちくいち葉月に報告するからな。黙っておかないと。
ああ…五中隊長のウィリアムは大尉のことは知っているけどな。」
『言えるわけない』と中将がため息をこぼした。
「申し訳ありません…。私の勝手で…」
俺はやっぱりまずい提案をして葉月の中隊に波風を立てたのでは??と…
御園第四中隊の本部員達に受け入れてもらえるのかと不安になってきた。
そんな俺のほんのちょっとの『動揺』すらこの中将は気付いたらしい…。
「いや…。正直言って大尉の提案は正解だったと感心しているよ。
葉月の性分をよく見抜いているし、葉月が君が来ると知ってうろたえたりしたら、
下の者が皆。大騒ぎしてアイツにも負担がかかる。
有無を言わさず、俺の命令で来たと言えば、葉月ももう『降参』しているし、すんなり受け入れるさ。
それにジョイは葉月の弟分だが、君と同じメカニカル専門だから気が合うだろう。
システムとエンジニアが専門なんだ。ジョイはやや…『ソフト系』だから君が『ハード系』でバランスが取れる。
それに『陸部』をまとめている補佐の山中中佐は君と同じ歳だしな。日本人だしすぐに気も合うさ。
山中は真面目で誠実な男だが…やや葉月に甘いところがあってな。
つい年下の妹のようで、甘く許してしまう癖がある。藤波の話だと?
君はそうゆう所は冷たく割り切って相手を正すためにはハッキリ言うとか?
葉月にとっても『アメ・ムチ』の兄貴が丁度良く二人出来るって所だな。」
『頭が切れる』とは聞いていたが…。人をよく見てキチンと配置を考えている彼に
俺はすっかり感服してしまった。
ただ…俺を引き抜こうとしていたわけでもなさそうだった。
しかし…
アメ・ムチの…しかも『ムチの兄貴』になれなんて…。
俺…そこまで、彼女に厳しくやったら『葉月信仰者』の先輩達に総スカンされるのでは??と、不安になる。
それに…『アメ役』の山中中佐とやらが、彼女と同じ『中佐』なのに…
『大尉風情』の俺が彼女にムチを与えて許してくれるのか??とゾッとしてきた。
すると…また…目の前の彼に…俺の心内を見透かされてしまったようだった。
「不安かい?大丈夫さ♪山中は葉月の小隊時代からジョイと供にずっと一緒にやってきた奴だ。
葉月が認めた人間は階級ナシに認めるよ。九州出身で豪快な男だし、筋も通すところは日本男児。
アイツの欠点は、葉月に弱くて頭が上がらないところだなぁ。
祐介が死んでしまってから、葉月が中隊のためにと。年上の山中を
中佐にしろ、補佐にしろとうるさくしつこいくらいに俺に頼んで昇進した男だからな。
葉月の側近にと言う話も出たんだが…『俺は駄目です』と真っ先に断ってきた。
たぶん…急な昇進で戸惑っているのもあるし…。
年下でもジョイの方が学歴が上だから遠慮したんだろうな。
俺としても、中隊内でイザコザするよりかは、
まったく新しい隊員を入れた方が上手くまとまると思っての側近探しだったんだ。
気心が知れていて、山中やジョイとも顔見知りの藤波が一番適切だったんだが…。
確かに藤波が言うように嬢ちゃんの下につけてしまっては、
せっかく今のびている成長を止めるのはもったいないとも思ったんだ。」
俺は…フランク中将の考えを聞いて…『恐れ入りました』と頭を下げたくなった。
彼が若くして誰も成し遂げなかった出世をしたわけを目の当たりにしたように思えた。
上手くまとめようとしている所なんか、信頼できる上官じゃないかと…。
この人の言うことを聞いていれば間違いはなさそうだと判断できた。
その上…俺の中の不安…、俺の表情一つで見透かす鋭さは怖いくらいだった。
若くてちょっと先輩に見えた彼に再び畏怖を抱いて落ち着かなくなったときだった。
『コンコン』
ドアからノックの音がして俺はピンと背筋を張ってしまった。
『彼女が来た!?』
「来た来た♪少しからかってやるか♪」
顎を撫でて、ニヤリとした彼がまた普通の兄貴に見えて
俺はクスリと肩の力を抜いて笑いをこぼしていた。
「ちょっとここに座り直してくれるか?大尉?
そして…こう…うつむいて…葉月が入ってきても誰か解らないようにな♪」
ウキウキした彼が俺に指示して『みてろよッ。じゃじゃ馬!』と拳を握る。
『まったく。よくやるなぁ』と俺の提案なのに呆れてしまい、
彼の『お楽しみ』に協力するために中将席とは背向かいになるソファーに
俺は移動してうつむいた。
彼女が入ってきても俺の背中しか見えない塩梅になるのだ。
品格の良いリッキーまで悪戯っぽい笑いを浮かべてクスクスとしている。
「おい。リッキー。いつもみたいに葉月ににこやかにすんなよ。
顔引き締めて…。いかにも重い感じ作ってくれよ♪」
中将が指さすとリッキーは『イエッサー』とクスクスと笑いながらも
中将席の横に気をつけい…の姿勢をした途端にピッ!と表情を引き締めた。
『コンコン』 再び、ノックの音が鳴る。
「どうぞ…」
そう言って、中将席に座った彼が急に『威厳』を醸し出したので
彼が言わずとも否応なしにピン…とした空気が漂いだした。
「第四中隊 御園です。失礼いたします。」
あの…彼女の少し低めでしっとりとした甘い声が入ってきて
俺はさらに背すぎがのびて手に汗を握ってしまった。
いよいよ…彼女との再会…。
俺の『仕返し』がやってきたのだ。