47.平穏不安

『大尉。源中佐から内線ですよ!』

外で空軍管理をしている後輩から隊長代理室に取り次ぎの内線。

「お疲れさまです。澤村です。」

「おつかれ!この前は二回目の補助員ご苦労様!

なかなか、他のキャプテン達にも評判良いよ♪

パイロット達も『さすがお嬢の側近』って注目株だよ!

今度はあのお堅いスチュワートまで君を借りたいっていっているしね!」

「はぁ…有り難うございます。」

隼人がメンテ補助に現場に出るようになると途端に存在感が出たのか…

ジョイか山中と食事に行っても知らない隊員にまで声をかけられるように…。

『Hey。サワムラ。次はいつ出て来るんだ?』

一緒に訓練をしたメンテ員にパイロット達にもすれ違いざまに声をかけられる。

葉月はこういう。

『補助員のお陰で、隼人さんのいい宣伝♪実力が認められているし!

メンテチームが出来てからもキャプテンとして顔は広くないとね♪』

『本当、葉月はちゃっかりしているな!』

そういう…いつもの会話だが…補助員に出ていることは

確かに各空軍との交流の場にもなっているのだ。

これから空軍管理の管理長になるからには営業的にもそれは必要なこととして…

初めて島に来たときの『目立ちたくない・注目されたくない』という

『お嬢さんの側近』としての恐れは今はなくなっていた。

同時に…皆が見る目が『あの御園中佐の秘蔵側近』と言う風に変わってきていると

ジョイも山中も…誇らしげにいう物だから…隼人も何も言えなくなってきていた。

「澤村君。早速だけど、来週の火曜日、この日のサポートならしても良いよ。

ウチはその日は、最後の訓練班になっているから、朝出て夕方って事で余裕が出来るんだよね。」

源の早速の申し込み。

「はい。チェックしておきます。お返事は…明日の夕方までには…。

決まりましたら、こちらの空軍管理員を中佐の所に行くよう手配いたします。」

「うん!よろしくね。調整できなかったら遠慮なくいってよ。他のキャプテンもいろいろあるだろうから!」

源のさらにの気遣いに感謝しながら…隼人はスケジュール表にチェックを入れておく。

『大尉!スチュワート中佐から…』

「はいはい…。」

今度はあのクールな職人気質の中佐からだった。

彼のチームには一度も『補助要請』をされていなかった。

「お久しぶりです。中佐。いつもこちらの中佐がお世話になりまして…。」

『いいや。特には。何もしていないけど。』

相も変わらず…堅い口調で隼人は苦笑い。

「実はね。やっぱり君の評判がいいから一度は一緒にやってみたいと思って。

来週。こちらのメンバーが一人、休暇を取るんでね。どうかな?」

「勿論。その為の補助ですから、来週の?」

「金曜日に。」

「ええっと…」

隼人は自分の補助員スケジュールをチェック。

「はい。この日はまだ入っていませんから。予定に入れておきます。」

『そ。良かった。ついでにこちらのサポート希望日だけど。』

「はい。どうぞ…」

このように隼人の所にキャプテンが入れ替わり立ち替わり内線をかけてくるように。

スケジュールが希望通りに行けば、今まで他本部の空軍管理まで

出かけていた管理官達がキャプテンの所へと伺いに行き…

最後にキャプテン達のお墨付きをもらって本部の担当の所に提出。

この流れが実行されたのだ。

木田君は葉月が約束したとおりに第二中隊の担当に戻された。

キャプテン達のお墨付きを頂いて…山本じゃなく、山本でない空軍管理官に

手渡すことも可能になったので第二中隊の気のいい先輩に任せて帰ってくるようになった。

しかし…

『大尉。それはいいのですけど…山本少佐やっぱり不機嫌ですよ?僕が行くと…』

隼人は『気にするな。キャプテン達が決めた事、管理側は覆せないんだから。』と言っておく。

『いえ。僕が心配しているのは…僕への風当たりじゃなく…』

そこで彼が口ごもったので…隼人もピンと来た。

『中佐のこと何か言っていた?』

『いいえ。いっていないですけど、口もきかないし…。ただ。前より怖い顔しているというか…』

それを聞いて…隼人のイヤな予感は当たったような気になった。

男としてこだわるわけも解らないでもないが…

それにしては既婚者のくせに、あきらめが悪いと思った。

『葉月には…いわない方がいい』

直感的にそう思った。

こういう男の『執拗さ』は葉月を…強がるだろうが怯えさせると思ったのだ。

さて…どうしようかと思ったとき

真っ先に思い浮かんだのは…何故か…コリンズ中佐だった。

ジョイでも良いのだが…もっと『大人の話』だと隼人の中で判断された。

『おう!サワムラか?珍しいなぁ。俺に内線なんて!』

葉月が班室回りに出かけている間を狙い

隼人は五中隊本部にいるデイブに連絡をしてみた。

『評判いいぜ♪お前との営業!スムーズに流れているみたいだな。』

お褒めのお言葉は嬉しいが隼人はそれどころの心境ではないのだ。

「実は…中佐。相談したいことが…」

『ん??』

隼人は色々と知っているだろうデイブだからこそ…

自分の中にある不安と葉月を怯えさせないための心配をすべて語ってみる。

しかし…

『ああ。まぁな。それは心配なところだが…。大丈夫だろう?』

と…かなり軽い返事が返ってきた。

「でも…。僕は今まで彼と接してきて遠回しなやり方もかなり手が込んでいるし…」

『お前もなぁ。冷静かと思ったが…案外・嬢ちゃんのこととなると敏感なのかな?』

そういわれて…多少顔が火照った。

そうとも言えるからだ。こんな風に付き合っている女の事を深く気遣ったこともなかったからだ。

「僕は…」

『いいよ。いいよ。それぐらいの方が嬢の相手にはふさわしいかもな。

わかったよ。お前がいないときは俺が気を配っておくし…

俺が配らないでも、うちのメンバーは皆。嬢のことは気にかけているよ。

カフェテリアで一緒に食事をしているのもそうゆう事だ。

俺達うるさいだろ?誰も近づいてこないからなぁ…。

だいたいにして…嬢に男が絡むとろくな事ないからな!』

「そうだったのですか??」

『ああ。嬢が気に入れば別の話だ。気に入ったと思えば俺達は見て見ぬ振り。

実は噂にはならなかったが…うちのメンバー一同は、ハリスと嬢のことは皆知っているんだよ。』

「え…?」

『嬢がお前を連れて帰ってきたから『新しい男』としてにらんでいたみたいだし。俺もな。

だからあいつら、平気で嬢の前でハリスの結婚話するから…そこはがさつな男達でさぁ…』

「はぁ…そうだったのですか…」

隼人はこれだけ聞けば…がさつな男達でもかなり葉月のことは

『女性』として大切にしてもらっていると安心をしたのだ。

カフェテリアでデイブの横に座らすのも…

『俺が横にいても良かったら声かけな!度胸あるか??』

と…いう事だったのだと初めて納得したのだ。

葉月と長年付き合ってきた先輩…。

「そうですね。僕が考えすぎたかも知れません…。宜しくお願いいたします…。」

『ははは!いい具合じゃねーか♪がんばれよ!色男♪』

デイブに豪快に笑い倒されて…

隼人は『うー…しまった。弱みを握られた!』と顔をしかめてデイブとの会話を終えたのだ。

何処かでまだ…引っかかりはあるが…。

あの豪快男がにらみを利かせていれば…大丈夫だろう…と隼人はとりあえず。

自分を安心させて納得できるようにした。

『隼人兄!ハリス少佐の希望通り、スケジュール調整できたよ!』

その日の夕方。ジョイが早速、二中隊の管理側と上手く調整がとれたと報告。

「本当かよ?」

「うん♪この前聞いたときは、まだ山本少佐が担当だったからね!

お嬢が今週になれば、キャプテン営業が出来るからってこっそり教えてくれていたから。」

(はぁ…なるほど)

「で!さっき。ハリス少佐の所に木田君を送って…勿論、ハリス少佐の希望だモン。

全面的OK!二中隊本部も文句を言わずに手配してくれたってさ♪」

なんだか…話がうますぎる。

と、隼人は再び不安になった。

最近、木田君は山本は相手にせず気のいい二中隊の先輩に頼んでいると聞いている。

先輩達は…

『今までご苦労だったね…。山本厳しかっただろう?』とか…

『俺は御園中佐に逆らう気はないよ?彼女に宜しく』など…。

今まで葉月とのつながりは山本が独占していた状態らしく

今となっては木田君が行けば積極的に手配を受け取ってくれるとのことだった。

隼人が初めて山本のところへ営業に行ったとき…

怒鳴り散らされている隼人を見て周りの管理官が呆れたため息をこぼしていたのを思い出す。

山本が一人…サポートの仕事を独占して葉月との営業も独占していた。

その不満はどうやら…山本の同僚達にもあったのだとこうなってみて気が付いたのだ。

だから…うますぎる話…と思わないのが普通なのだが…。

拭いきれない不安…。

隼人は『いよいよ。お嬢と訓練だね!』と喜ぶジョイをのけて…

空軍管理班で大人しく仕事をしている木田君に近づいてみる。

「木田君…。今日のハリス少佐のスケジュール…向こうの本部員の様子は?」

「あ?はい…。別に。あ…でも、山本少佐が珍しく『どんなスケジュールだ』って

僕が渡した先輩に聞いたりしていましたけどね?いつもは無視されているんですけど。」

(…………)

隼人はやはり…何か不安が倍増してゆくだけだった。

葉月と隼人が初めて一緒に訓練に出る。

それを気にしているのだろうか??

そんな風にも思えてしまった…。

葉月には言えない…。彼女にいうと…山本を遠ざけるためにまた妙に大きな事を言い出す気がして…。

これ以上、周りの先輩達を大きくは動かすわけには行かない。

今回の現場重視はメリットがあったから良かったが…。

先輩達を動かすのはもうコレで限界と見ておいた方がいい。

これ以上、動かすと葉月の私情の方が勝ってしまう…。

「有り難う。良かったな。担当に戻って。」

隼人が微笑むと木田君もにっこり…

『頑張ります!』と張り切って書類に向かいはじめる。

「どうしたの?隼人兄?」

せっかく葉月と初めての訓練に出られると喜ぶかと思っていた隼人が

なんだか浮かない顔で後輩の所へいったので…

ジョイがいぶかしそうに戻ってきた隼人を見つめる。

「いや。何でもない…。」

ため息をついて隊長代理室に入ってしまった隼人をジョイは首を傾げて見送った。

(考え過ぎかな?平穏になったモンだから…逆に不安って言う心理かな?)

隼人は黒髪をかいて大きなため息をつき…

パソコンのディスプレイに集中する事に決めた。

隼人はその後、葉月にはこの不安を見せないようにはしていたが…

「ふーん。ロニーったら変なこと思いつくわね」

「そういうなよ。彼なりに気遣ってくれたんだから。」

「何の気遣いよ。まったく・仕事なのに!」

葉月はまだ、ロベルトに素直になれないらしく妙な気遣いをする彼に

またふてくされていた。

「俺だってそう思うけど…一度はコリンズチームを見ておかないと…。

いつかは俺が…」

隼人はそこで言葉を止めてしまった。

『いつかは俺が受け持つフライトチーム』

いつからそんな大それた事が…口から出るようになったのか自分でも驚いた。

葉月も隼人がすべていわずとも先の言葉を読みとったようで…

「そうね。コリンズ中佐もうるさいしね。『サワムラとはいつ一緒になる』って…。」

葉月はそういって、隼人が言おうとした先は聞きだそうとはぜずに

いつもの如く…上手く察して流してくれた。

「……あれ以来ね…」

葉月が晴れている空が見える大窓に茶色のまつげを光らせる。

「そうだな…」

言葉は出さないが…お互いが同じ事を考えているのは通じている。

それが隼人にも解っていた。

隼人が葉月を空に送ったのは、一度だけ…。

フランスで康夫と彼女が危険なアクロバットの手合わせをした。

ジャン=ジャルジェ少佐が受け持つチームの補助員として

当直当番に出た日。

葉月を滑走路から見送った。

もう…遠い日のようだった。

あの牛若丸のような小さな男の子を送り出すような気持ち…。

今度はどんな気持ちで目の前の女の子を送り出すのだろうか?

葉月と出会って4ヶ月が過ぎていた。

長いようで短い…そして速い風にここまで飛ばされてきた気分。

「夏が遠いな」

隼人もフッと…窓辺の景色に視線を馳せた。

日が短くなって、小笠原の海がオレンジ色に染まろうとしている。

「本当。」

胸の先にかかる栗色の毛先を

葉月は指に巻いてフッと微笑んでいる。

一度は手放そうと思った存在。

今は目の前に確かにある葉月。

木陰で隼人をジッと見つめていたウサギさんは、今は腕の中。

葉月の麗しい姿を見つめて隼人も心が満たされていく。

そのウサギを…妙なよこしまな男心に触らせるのは我慢が出来なかった。

だからよけいに…デイブの言う通り、過剰反応はしているかも知れない。

隼人は『やっぱり…考え過ぎかな』とため息をついてマウスを握り直した。

「さぁて…。最後のお仕事しなくちゃ。どう?管理班の書類たまっている??」

葉月が席についてそう尋ねる。

「ああ。もうチェック済み。感謝しろよ。中佐」

隼人は急に増えた書類を葉月に束にして見せた。

「なに!その量は!!隼人さんもう全部チェックしたの??」

「そうですよ?中佐。後は隊長がチェックしてサインするだけ!」

空軍管理の青年達が隼人が見てくれるとあってここぞとばかりに持ってくるようになったのだ。

隼人はそれを上手く時間を使ってすべてチェック。

小さな間違いは自分で直して、まずいところは注意。

大きく間違っていれば返却。

それで今日現在仕上がった物は葉月に手渡し。

「すごーい♪コレなら今日は早く帰れそうね♪」

「だね。真一君が恋しがるからたまには早く帰ってやれよ。」

書類を渡した隼人は早くも次の仕事に集中。

隼人の手際が徐々に解放されてゆく。埋もれていた能力。

それが開花してきたようで葉月もにっこり…。

そして…

『有り難う…。気遣ってくれて…』

そう言葉にしたいが…冷たい眼鏡の顔でパソコンに向かう兄様には何も言えなかった。