46.リーダー権限
『…って事になったけど。どうかな??』
『………』
『サワムラ君?ねぇ??』
「サワムラ君ってば!」
英語できつく呼ばれて隼人はハッとした。
「ああ。うん…。いいんじゃないかな?」
「聞いてなかったでしょ。僕の話…。」
隼人がぼんやり、顔を上げるとそこにはヒゲを撫でながら不服そうなハリス少佐が。
週明けの月曜日。今はカフェテリアの中。
今日は初めて『ハリス少佐』のメンテチームの補助員に隼人は出て…
それで…その帰りのティータイムを一緒にしているところだった…。
隼人はそこまで思い出して…やっと我に返った。
「やだな。メンテではあれほど集中力が素晴らしい君が…考え事?」
ロベルトのちょっと呆れた瞳に見下ろされて隼人は取り繕うようにカフェオレを口に付ける。
「また。葉月と何かあったわけ?」
「べ・別に…何もないですよ。」
いや。あった。
と言うより…週末の真一の発言がどうも引っかかっていてしょうがなかった。
葉月の行動はいつも通りだ。
母の死が半分以上ばれている。
だけれども真一は一時だだはこねたがいつもの明るい男の子になって
日曜日の夕方。寮に戻っていった。
『隼人さんはどうするの?帰る?』
『ん。ここにいる』
真一の事でゆっくり向き合えなかったし…最近は平日もほとんど葉月の自宅で泊まっていた。
意地を張っていたが。居心地が良くなってしまったのは否定できない。
なんだか側についていないと葉月が何処か一人でいなくなってしまうような感覚。
隼人をおいて、解らないところで悩まれるのもいやだったのだ。
真一にしたって…母の酷い死を知ってしまったのなら…
かなり落ち込むはずなのに…葉月にちょっと甘えて隼人に相手してもらっただけで
すぐにあんなに元気になるだろうか??
そう…腑に落ちない事が引っかかる。だから。こうして考え込んでしまっていた。
「それで?少佐。なんでしたっけ?」
「その『少佐』はやめてくれない?もうすぐ。同じ階級の予定だし。」
「はぁ。でも先輩だし。」
「ロニーでいいよ。みんなそういうから。」
「それはお断り。」
隼人がシラっともう一度カフェオレをすすると…
「どうして??」
と、ロベルトが詰め寄ってきた。
『葉月がそう呼ぶから』心でそう思ったが…言えるわけがなかった。
「じゃぁ。ロベルト。いいたいことは何でしたっけ?」
隼人がやっとそれらしく呼んでくれたのでロベルトは嬉しそうに瞳をゆるませる。
「だから…。来週・コリンズ中佐のサポートをするとき。是非サワムラ君も一緒に。
そうすれば、葉月のチームと初めて一緒に訓練に出られるでしょう?どう?」
ロベルトのニッコリとした提案に隼人はカップを持つ手を止めた。
(葉月を…空に送り出す…)
それが早速実現すると…。
「実はまだ。そのスケジュールの調整はしていないんだ。山本が渋ってねぇ…。」
また。久々に山本の名が出てきて隼人はまた固まる。
今は…まだ、キャプテン同士との営業も計画はされているが実行はされていなかった。
ジョイが強気で今も直接営業でなんとか流れている。
ジョイが相手だと山本も先日のように第一中隊に営業を持って行かれると
恐れたのかそうは大きくは出てこないと言ったところらしい。
「山本はね…。こっちの現場のことなんかお構いなしなんだ。
スチュワート先輩は『ほっておけ』っていうから我慢しているけど。
先輩は口数少ない人だけど…実のところはハヅキが提案したとか言う
『現場重視・キャプテン重視』のスケジュール調整は真っ先に賛成だったらしいよ。
表向きは…『お嬢の言うことには逆らう気はない。』とかすましていたけどね…。
いつからサワムラ君と営業が出来るのかと…僕たちキャプテン一同は囁いているよ…」
「へぇ…。じゃじゃ馬の『いきなり提案』もキャプテン達の手助けにはなっているんだ。」
『安心した』と隼人がまたシラっとカフェオレを飲むと
「サワムラ君らしいね。」と…ロベルトはクスクスと笑いはじめた。
「じゃぁ。フランク少佐に言っておきますよ。ハリス少佐のご希望は。」
「本当?是非・一緒にハヅキを空に送ってみたいんだよね!」
ロベルトの狙いは隼人を通してジョイに何とか
スケジュールを調整してもらう事…だったらしくかなり嬉しそうに喜んでいる。
『あとで連絡するね!サワムラ君。Bye♪』
帰る棟が二中隊と四中隊は逆方向なので隼人はカフェテリアで
ロベルトと笑顔で別れる。
(ああ、葉月を見送るには…まだまだ…人の手助け付か…)
せっかく葉月を空に見送るチャンスが来ても…
この男達なしでは隼人はまだ自由には動けないことを痛感したのだ。
本部に戻って早速ジョイにハリス少佐のご希望を隼人は報告。
「オーライ♪頑張ってみるよ!それにしてもハリス少佐も粋な事するね!
お嬢のチームをサポートする日に隼人兄を借りたいなんてさ♪
こっちは隼人兄を貸すことはOK♪問題は…あの山本サンって事だね…」
『よっしゃ!』とジョイはまた張り切ってくれた。
「葉月は、今いる?」
「ううん。さっき空軍ミーティングに出かけていったよ。」
隼人は時計を見て…『そうか。そんな時間か…』と…。
外勤が始まると葉月と職場にいる時間は益々少なくなってきていた。
同じ部屋にいても…そんな状態。
しかし…今となっては夕方になればマンションで会うことはできるので
最初ほどがっかりもしなくなってきてはいた。
「あの…サワムラ大尉」
ジョイと話しているところに、一人のアメリカ青年がやってくる。
「なに?」
「ミゾノ中佐…今日は月曜日でなかなかいなくて…コレ…見ていただけますか?」
空軍管理班の一人である彼に一束の書類を渡される。
隼人もそれをめくってみる。
内容は解るが、最後は葉月がサインをしないと先に進めない物だった。
「でも…コレは…俺では…」
『どうにも出来ないよ?』と返そうとしたが…
「何処も間違えてはいないでしょうか?
中佐がチェックしてから『間違えている』と返却されると納期にギリギリになるのですよ。
サワムラ大尉は、フランスで藤波中佐の補佐をしていたとお聞きしたので…
中佐並のチェックはしてくださるかと思って…あ!勿論。お忙しいのは解っていての…」
「いいよ。俺で良ければ、チェックして…大きな間違いがなかったら中佐に渡しておくよ。」
『本当ですか!!』
よほどせっぱ詰まっていたのか、青年は隼人の快い了解に大喜び。
すると…あの新人の木田君もそっとやってきた。
「あの…大尉。僕の方も…」
「ああ。いいよ。見ておくから。」
隼人はにっこり、微笑み書類を手に取る。
二人の青年も安心したように微笑みを浮かべて元の席に戻っていった。
「なーるほどね。お嬢が手の足りないところは隼人兄がそうやってサポートできるって事か。
お嬢だと言いにくいんだろうな。女性と言ってもお嬢に限っては何処か『畏怖』はあるみたい。
その点。隼人兄は同じ男だし、お嬢よりかは声がかけやすい…と。
お嬢もそれを狙っていたのかもねー。男は一人は隊長室には必要だって。
言い方悪いかも知れないけど…隼人兄は良い中継ぎって事だよ。」
ジョイの見方に…隼人も思わず書類を受けてしまったがハッとした。
(なるほどねぇ)と…。
「今は、ジョイの仕事のおこぼれを手伝っているから余裕はあるけど。
そういわれると…俺もこれからは空軍管理の仕上げは責任持たないといけないなぁ」
「『おこぼれ』って。そんなことないよ?俺。隼人兄が来てから本当助かっているモン。
隼人兄は俺のソフト使いこなしてくれているし、管理官の三人分は仕事しているよ?
スピード早いし、正確だし。お嬢に任せるより安心だね。お嬢は時々抜けているから。」
ジョイは確かに…若いが事務処理は天下一品で隼人も適わないところがある。
その彼がこれからは本部員を取り仕切る補佐としてまた頑張るのだ。
隼人は空軍管理を、山中は陸管理。ジョイは総合海軍管理。すべての責任は葉月に。
四中隊本部は今このように固まりつつある。
隼人も次第に自分のポジションに責任感を感じ始めていた。
逃げていた『肩に掛かる仕事』
『お前も一緒に背負い込め』
久しぶりに同期生・ジャンの言葉が浮かんだ。
前に出ることは嫌いだった。だから同期生にメンテキャプテンの座を譲った。
ジャンはそれに対してずっと根に持っていた。でも…
『ジャン。俺もやっているぜ。見ていろよ。』
新しい環境で得た刺激は、もう後ろに引くことは許してはくれない。
隼人自身も止まらない。
隼人はジョイと笑いながら…『さて。中佐が帰るまでに…』と
後輩達に任された書類を手に、新たに葉月の役に立つ『役目』を痛感しながら
隊長代理室に入ることにした。
葉月が空軍ミーティングから帰ってくる。
書類を見ながらパソコン画面とにらみ合っている隼人を見て首を傾げた。
「何しているの?」
「んー?管理班の男の子達に最終チェックを頼まれた。」
「へぇ!…なんだか…悪いわね…。私がやっていることなのに…。」
葉月がバインダーをデスクにおいて申し訳なさそうに椅子に座る。
隼人も…やっと画面から視線を離して葉月を見つめた。
葉月も隼人のいつもの業務中の冷たい顔に『ドッキリ』したようで動きを止める。
「コレぐらいのことで仕事の流れを止めていたのかよ?」
「え?どうゆうこと??」
「葉月が悪いって言っているんじゃないんだよ。
コレぐらいのチェック作業も隊長のお前がしていたのか?って聞いているの。」
「だって…ジョイにあれ以上は負担かけられなかったし…人手不足。」
「なるほどね。良いよ。俺がこれからするから。最後のサインだけして。」
「え!?いいの??」
「その代わり条件。奴らを注意する権限与えてくれる?」
「そりゃ…これからリーダーになるんですもの。お任せするわ。」
「そ。じゃぁ…早速…」
急に先輩らしくなった隼人に葉月も躊躇しつつも。
(やっぱり隼人さん♪気が付いてくれるところは早いわね♪)
思ったよりも早く葉月が望んでいる姿になってゆくので大満足は隠しきれない。
隼人が何をするのか黙って見ていることにした。
隼人は葉月から『権限』をもらって内線を手にした。
そして…木田君を呼びつけたのだ。
「いいかい?ここ。間違っているよ。数字が細かくて見落とし安いのは解るけど。
俺も良くやるしね。でも…数字はデーターとして正確に残しておかないとね。」
木田君に、それだけ真顔で言って…
「いいよ。コレくらいなら俺が直しておいたから。頑張ってよ。」
小さなミスは注意して、また若い彼らに返さず、自分でカバーできるところは直したようだ。
木田君は『解りました。有り難うございます』と、隼人の注意に納得して…
早くも手元から書類が離れたので笑顔で隊長代理室を出ていった。
「はい。中佐。一丁上がり。でも最終チェックは怠らないでサインしてくれよ。」
「はぁい。お兄様♪」
「ほんっとう。調子良いな!」
そんな憎まれ口は飛んできたが…こうして出来上がってゆくパートナーシップは
お互いに感じあって…噛みしめているのは解っている。
隼人もにっこり微笑んで葉月の席に片手で書類を投げてくる。
隼人はもう一人のアメリカ青年も呼んで、無駄な所があると英語で指導。
木田君と違って、先輩の彼だが、事務処理に対する彼の欠点を
素早く見つけたようだった。
「そうですか。僕としてはそこまでやらないといけないのかと思って…」
青年は初めて気が付いたとばかりに…隼人のアドバイスにまた頷いていた。
「勿論、細かいことは素晴らしいよ。でも、もっと贅肉落としたら早く処理できるしね。」
『解りました!』
彼も隼人が『今回はやり直しておいたから』に満足して元気良く去ってゆく。
「はぁ。私って…もっと言葉が必要だったのかしら…」
葉月も気が付いてはいたが…面と向かってアドバイスをしたことはなかった。
「『女のくせに』そう思われる。っていうのが葉月の弱みだろ?
俺はそこをカバーするためにフランスから出てきたんだぜ。
もっと…頼りにして欲しいけどな。」
隼人の眼鏡の笑顔に葉月は少し…ときめいたり。
「立派なリーダーになってくれそう…。きっと今ので彼らはあなたをかなり信頼したと思うわよ?」
「最初は…フランスでちょっと教官していただけの大尉って奴らに言われたけどね〜。」
「そうなの!?」
「知らないだろうなぁ。葉月は…。そうゆう事は結構、鈍感だなぁ
俺の最初の気持ちの苦労なんて気にかけてくれなかっただろう?」
「失礼ね!」
「まぁ?気にかけられても俺も突っぱねていたと思うけどね。
そこは…『男のプライド』って葉月は思っていたんだろう?」
「………。別にそこまで深くは考えていなかったけど?」
「ふーん。葉月って『感覚派』だな。」
「なにそれ?」
「『勘』で動くって事。それが上手くできているから羨ましいな。」
「そうかしら?私は隼人さんのような『理論派』の方が羨ましいけど?」
『じゃ。ふたりで丁度いいって事で。はい。もう一丁あがり!』
喋りながらでもスラスラと仕事をこなすのはさすが隼人らしいな…と。
葉月もにっこり…書類を受け取ってそうそうに仕上げられそうな嬉しさで
さっそく最後の『隊長チェック』をはじめることにする。
「ああ。そうそう…今日ね?二中隊第一チームのスチュワート中佐とお話ししたんだけど…」
「ふーん。何を?」
隼人は既に次の事務作業に取りかかっていた。
「いよいよ…来週。キャプテン直結営業をしてみようかって…。
メンテ現場側は皆、賛成してくれているし。問題は各・空軍管理班ね。
それで。コリンズ中佐が色々と手を回してくれたの。」
葉月も書類を広げながら…画面に食らいつく隼人に呟く。
「コリンズ中佐が?何を手を回したの??」
「キャプテンがスケジュールを調整する。賛成か否かって…。」
隼人はそこで手元が止まり…画面から葉月の方へ視線を移した。
「それで??」
だったら…あの山本の耳にも入っていそうだ。
だが、彼からは『抗議』の内線も入ってきてもいない。
隼人から見れば…彼がすんなりOKをするわけがない…そう思ったのだが。
「ある人を除いては…皆。賛成よ。元より…うちのフライトチームが
メンテ班がないばかりに他中隊の空軍管理官に仕事増やしていたんだもの。
現場側でスケジュール調整してくれたら『手配』するだけ。こんな楽なことはないってね。
私が目を付けていたのはそこなの。キャプテンは空軍管理を通したスケジュールは納得いかない。
空軍管理班側は、スケジュールを組むのは面倒。その上手配までしなくちゃいけない。
簡単じゃない。逆にすれば、お互いのメリットが通じ合うのだから。
誰かが言い出せばこうなったのよ。誰も言い出さなかっただけ。」
隼人は静かな視線で書類を見つめる葉月を…驚いて見つめ続けた…。
この子は本当にやる子だと。
人がやらないところを前に向かってやってしまう度胸は…
おそらく…『将軍の娘』という強みを上手く利用しているのだろうと。
その強みの使い方が間違っていないから益々驚きだった。
『怖い』と今までは思っていたが…
「さすが葉月。やること違うよな♪」
誇りとして…受け入れられる。にっこり誉めてくれた隼人に葉月も嬉しそうに微笑んでくれる。
「で?一人除いては…っていうのは…例の人?」
「あたり。彼だけは、はき違えているからね。空軍管理のあり方を。」
「葉月の力で…ただされちゃうんだ。残念だったねぇ。」
「さぁね。コリンズ中佐が問い合わせにいったから文句は言わなかったらしいけど?
コリンズ中佐曰く…。『納得いっていないようだから気を付けろ』ですって…。」
隼人はそれを聞いてゾッとした…。
彼がこれだけで諦めてくれるかが問題。
対面したコリンズ中佐が『気を付けろ』と言うぐらいだ…。
葉月とのつながりがなくなったのなら…彼はどうやって次のつながりを求めてくるかだ…。
いや…。コレで諦めたかも知れない。
葉月の手際は、今回見事すぎた。
他の先輩達をこうも動かしてしまったのだから…。
しかし…隼人は山本がそれで諦めるはずないと…どこかで思っているのだ。