19.内線攻撃

二人で過ごした週末が嘘のように、週明けとなると、葉月が忙しく動き回る。

「一階の通信班に行って来るから。よろしくね!」

何処かの班室に呼ばれては、葉月は隊長代理として出掛けてしまう。

『御園中佐はいるかい?』

「只今席を外しております。ご用件は私が承ります。」

何本もかかってくる内線の受け答えを隼人はこうして一日に何回となく繰り返した。

葉月がため息をついて帰ってきてその内線の用件をまとめたメモを見せると…。

『また?』とガックリうなだれて大佐席に座り込んで

偉そうな声を放ていたおじさん軍達に返事の内線を掛けるのだ。

「はい…。承知しております。私からキチンと下の者に言っておきますから…。」

葉月のため息に隼人もため息…。

『先日ね。御園嬢の所の本部員が…』

どうのこうのと言う…おじさん達のねちっこい細かいお小言…。

隼人にも散々『と言うことだから側近の君からもちゃんと言ってくれなきゃ困るよ』などと

聞かされたのに、おじさん達はまた、葉月に同じ時間を掛けてお小言を言っている様子だった。

葉月が疲れた顔で内線を切る。

そしてもう一本。二本と返事をする内線をかけて同じ事の繰り返し。

隼人は『小娘中隊だと思ってなんでも言いつけるんだな…』と

フランスでは小さい中隊ながらやはりそこが男の康夫が仕切っていたせいか

ここまでねっちこい攻撃は気になったことはなかった。

(それにしてもそんなお小言ばかり言う暇あったら働けよ!)

心からそう思うのである。

葉月がやっと事務作業に戻ると隼人もホッとする。

『お疲れさん。大変だね』とねぎらいたいのにその言葉が出なかった。

そんな言葉は気休めのような気がしたのだ。

その証拠に葉月は、眉間にしわを寄せてため息をつきながら

書類に文字を埋めていた。

その内に葉月の白い指が胸ポケットに伸びて…隼人もハッとしたが…。

「いけない…。隼人さんとの約束早速破るところだった…」

葉月はそう言うと…また疲れた顔でうつむいて書類に向かった。

「少しずつって…言っただろ?あれだけ責められたら苛つくだろ?

我慢しないで吸えばいいよ。俺。それぐらいの了見はあるぜ?」

疲れた顔している葉月にそう勧めると、彼女は『そぉ?』と迷うことなく

煙草をくわえて、灰皿がある応接ソファーへと席を立った。

葉月が煙草に火を点けた音がしたとき…。

また。二人の席の内線が一緒に鳴った。

「はい。第四中隊大佐室。澤村です。」

隼人がいつものように応対すると…。

『御園中佐いるかい??』

またかよ…と隼人も声を聞いた途端に眉間にしわを寄せてしまった。

「只今席を外しております。ご用件は私が伺いますが?」

葉月のために嘘を付いたがそれも方便という奴である。

『また。君が聞いて伝えるだけかい?僕は直接彼女に言いたいことあるんだけどね。

本当に澤村君は中佐に伝えてくれているんだろうねぇ??』

向こうの疲れたわざとらしいため息に隼人はムッとしつつも…。

「昨日、お伺いした用件はキチンと中佐には伝えましたし…

中佐からも連絡行っているはずですが?」

『まぁ。同じ事の繰り返しで僕も疲れているんだよねぇ。いい加減にして欲しいよ…。』

隼人とのやりとりを耳にして葉月がそっと、ついたての向こうから隼人の様子を覗くが…

隼人は、『いいよ。来なくていいよ』という手振りをしたが

葉月は心配そうにして、隼人の席までやって来た。

そして『誰?』と隼人の手元にあるメモ用紙に書き込んでいる。

しかし、隼人は葉月に返事を書きたい物の、相手の男の質問に気が向いてしまった。

『中佐はいつ帰って来るんだい?今休憩中?』

休憩中と言えば、10分か20分後には連絡しろと言う約束を取り付けてしまうことになる…。

空軍ミーティングと言えばいいのだろうが…相手の男も『空軍管理員』

葉月のチームが毎日何時に管制塔の会議室でミーティングしているかぐらい解っているだろうと…。

隼人はそう思ってなんとか嘘を付いた手前のいいわけを考えた。

すると…葉月の手がまたメモ用紙に走った。

『第2中隊の山本少佐か?』という質問だった。

隼人は…その通りなので『ウン・ウン』と頷いた。

その途端…葉月は急にシラッとした冷たい顔になって…

『私は今ウィリアム大佐の所に行っていて。いつ帰ってくるか解らないと言って!』

と書き込んだので…隼人はその通りに相手の男・山本少佐に告げた。

『あっそう…。だったら帰ってきたら連絡くれるように伝えてよ。彼女自身からだよ!』

山本はそれだけ言い捨てると『ガチャリ!』と受話器を置いたようで

隼人は『このやろう!』と受話器を耳から離して自分もガチャリと受話器を置いた。

その多端に葉月も隼人の目の前で、『フン!』とボールペンを放り投げた。

「まったく。良くかかってくるな。この少佐からは…。

担当の木田君が書類を遅く持ってくるの一点張り。どうするんだよ?」

隼人も解っていた。書類が多少納期を遅れることなんか

何処の部署でも日常茶飯事…。

なのにこの山本少佐は毎日新人である木田君の揚げ足を取っては

「御園嬢はいるか?すぐに出してくれ。連絡をくれ」とうるさいのだ。

そんなこと。隊長代理の葉月がいちいち対応することではない。

しかし彼の言い分は…

『こんなとろい部下をよこす御園嬢の責任。直属の先輩の応対ではもう我慢できない』

と、言うところなのだ。

勿論。葉月も毎日…『新人ですから大目に見てやって下さい。私からもキチンとしつけます』

を、繰り返しているのを隼人は島に来てから毎日見ていた。

しかし。ここの所目に余る物があって、本日とうとう…

『席を外している』と誤魔化して真面目に取り次ぐことはやめたのだ。

「どうするもこうするもないわよ。」

葉月はそう言うと、二本目の煙草をくわえてまた、ソファーの方へと戻っていってしまった。

隼人も止めなかった。

葉月の瞳が急に中佐らしく燃えたように思えたのだ。

何か考えているようだったから邪魔はしたくなかった。

葉月がまた煙草に火を点けた音がすると…。

「しつれいしま〜す。」

ジョイが大佐室に入ってきた。

「ん?お嬢珍しいね。こんな時間に一服かよ」

相も変わらず、幼なじみの口調で葉月に一言。

「放っておいて」

葉月の冷たい一言が返ってくると…「あっそ」とジョイもしらけた返事で、ついたての事務席の間に入ってきた。

「大尉。先程の処理できましたか?」

「はい。本日の分はとりあえず」

隼人は午前中にまとめた書類を毎度のようにジョイに渡した。

「さすがだね。早くて助かるよ。」

まだ笑顔は見せてはくれないが、ジョイはこの数週間で隼人の事務能力は認めてくれたようだった。

「少佐のソフトが良いのですよ。やりやすくて助かっているのはこちらの方です。」

「…………」

隼人が眼鏡を掛けた顔でニッコリ微笑むと…ジョイはなんだか照れたように表情を固めて

書類を小脇に抱えて、サッと背中を向けてしまった…。

(案外…。可愛いのだなぁ)と、隼人は天の邪鬼な所は自分と似ているかもと

心の中では六歳年下の男の子と憎めなくなっていた。

しかし。 そんなジョイがハッとしたように振り向いて隼人の席を見つめた。

視線は…先程葉月が走り書きしたメモ帳だった。

「ハハン。それで機嫌が悪いのか。」

ジョイは山本少佐から内線があったことを知ると姿が見えないついたての向こうで

煙だけがたなびいている葉月の方を見つめてため息をついた。

「近頃。俺の所にちっとも連絡が来なくなったと思ったら…。

今は澤村大尉の所を攻撃しているって事か。」

「え?以前は、フランク少佐の所に良くかかってきていたのですか??」

隼人は以前からこの少佐がねちっこい内線を根気よく(?)掛けていたことに驚いた。

「まぁね。新人の木田君を担当にしてからずっとだよ。今年の春からね。」

(春から!?半年も!?)

『暇な奴!』と隼人は益々呆れた。

「最初はそうでもなかったよ。木田君も二中隊担当一本だったからね。落ち度はなかったよ。

でも?新人として慣れてきて他の業務を任せるようになると、多少は遅れるだろ?

そんなの何処の部署でも日常茶飯事だよ。二回ほど納期が遅れてからこのようになって。

お嬢を出せ出せと。うるさいったらありゃしないよ。」

ジョイがそこまで…珍しく話してくれていたのだが…。

「ジョイ。よけいなことは言わないの。用が済んだなら出ていって。」

ついたての向こうから葉月の冷たい声が届く。

ジョイは『ヤレヤレ』の呆れた手振りをしてため息を残し、隼人の前から去っていった。

しかし…自動ドアが開いた音がしたとき…。

「お嬢がフランスに行っている間はいっさい…

こっちに内線は掛けてこなかったんだからな!そこんとこ。よく考えた方がイイよ!!」

葉月にあしらわれたお返しにジョイはそう言い捨てて出ていったようだった。

隼人は…ジョイの最後の一言でやっと真相が分かって驚いた。

つまり…山本少佐の狙いは葉月だと言うことだった。

木田君のミスなんかただの『餌・キッカケ』に過ぎない。

要は葉月と向き合いたいだけなのだと…。

島の隊員は皆・素晴らしいと思っていたが…。

『こんな子供みたいな奴…。ここでもいるのかよ…。何処でもいるんだな。』と隼人は呆れてしまった。

彼の狙いはなんなのだろうか??

葉月を責めるだけ責めていじめることなのだろうか??

それなら…少佐如き葉月のようなじゃじゃ馬なら一発でしとめるだろうに?

そこでまた…。隼人はハッとした。

(まさか…。葉月のそんな弱みを握って…思う通りにしたいとか?)

男ならそうゆうバカもいるかも知れない…。

しかし。相手は『将軍の娘』だ。下手に手を出せば自分が痛い目に合うことくらい

少佐如き解っているだろうに??

(山本少佐って独身なのかな??)

独身の男なら…葉月を狙って当然かも知れないが…。

それにしてもこんな手口ってあるだろうか??と。

隼人は同じ男としてまったく理解が出来なかった。

隼人がそうして色々考えていると葉月が大佐席に戻ってきた。

「少佐からまた連絡があったら…出掛けてると言って。隼人さんは私には用件は伝えたと言ってね。

だけど。御園中佐は後で連絡すると言ってまた出掛けてしまいましたって…。」

「解ったよ。なんだかむかっ腹立ってきた」

隼人が黒髪をクシャリとかき上げると葉月がやっとニッコリと微笑んでくれた。

「今から本当にウィリアム大佐の所行かなくちゃ。訓練書類出しておくわね?」

「行ってらっしゃい。相変わらず…ここには落ち着かないね。」

葉月を側に感じながら、一緒に仕事をした午後のほんの一時。

隼人がちょっと残念そうに微笑むと葉月もそっと微笑んでくれたのでそれで満足をした。

「それから。幹部会議が終わったらその足で空軍ミーティングに行くから…。

何かあったら管制塔の会議室まで連絡してね?四時には戻ってくるわ」

「はい。中佐」

隼人の側近らしい答えに葉月はまた微笑んで…

彼女らしい机の荒らし方でバタバタとバインダーを出して支度をしているので

隼人もクスリと笑ってしまった。

『行ってきます』

葉月がそう言ってバインダー小脇についたての向こうに出ていこうとしていた。

隼人も『行ってらっしゃい』と送りだそうとした。すると…

「あ。いけない。忘れ物!」

葉月がハッとしたように振り返る。

(相変わらず…。ちょっとそそっかしいな)と隼人が苦笑いをしていると…。

葉月が忘れ物と言いつつ隼人の前に立ちつくした。

隼人が『え?』と首をかしげていると…。

「忘れ物…。ありがとう…。かばってくれて…」

葉月がそっと隼人の唇の上にピンク色の唇を重ねた。

それは一瞬で離れていった。

隼人は職場でこんな事をする葉月ではないと思っていたからちょっと茫然としたが…。

背中を向けようとした葉月の手をとっさにつかんでいた。

ヒンヤリとした冷たい手を…。握っていた。

「駄目だよ。」

「解ってる。でも…そんな気になったの。二度としないわ」

その顔が中佐の顔だったので隼人は安心したが…やっぱり心では微笑んでいた。

「もう。大佐室は一人じゃないよ。俺もここを守る一人だよ。行ってらっしゃい。中佐」

隼人が真顔で言うと…葉月は『頼りがいある』ともっと輝く笑顔をこぼしたくれた。

「それに。タバコ臭い」と、口を拳で押さえると葉月が早速ムッとした表情を浮かべた。

「あら。失礼しましたわ。お兄様!」

葉月は隼人の天の邪鬼にプイッと拗ねて栗毛をなびかせて大佐室を出ていった。

隼人のまわりに『カボティーヌ』のほのかな香りが漂っていた。

『今は澤村大尉を攻撃しているって事か』

ジョイの一言が耳に残っていた。

『来るなら来て見ろ!俺は一歩も引かないぞ!』

職場ではあるが葉月の側にいる一番の男として…。

隼人はそんなよこしまな男に葉月を指一本触れさせる物か!と…

かなり燃えて行くのが自分でも解ったぐらいだった…。