9.香替え
『あれ…?葉月がいない…』
カフェテリアに現れた目立つ集団が葉月が属している『空軍チーム』なのに
肝心の彼女がいないと隼人は少しばかりキョロキョロ見渡してしまった。
すると…山中がまた、そんな隼人を見てニヤリ…。
「お嬢は、一足遅いんだよ。いつも…。女だからな、見繕いが長いんだよ♪」
そんな山中のご報告にすっかり天の邪鬼。隼人は『別に…』と
冷めた視線を返して食事を進めた。
「コリンズ中佐の隣の席が空いているだろ?」
それでも山中がいろいろと教えてくれようとするので
隼人は『ふ〜ん』と言いながら素知らぬ振りをしつつ、耳はたったりしていた。
「コリンズ中佐の隣は『お嬢』って決まっているみたいだな。誰も座ろうとしないんだよ」
(なんでだよ!アイツをホステスみたいに扱うなよ!)
女だからキャプテンの隣りに『彩り』という感覚と言うようで
隼人は急にムッとしてしまった。しかし…平坦な振りは続けて淡々と食事をする。
「コリンズ中佐はいっつもお嬢に、嫌味を言ったりちょっかい出したり。からかったり。
お嬢にしてみれば『意地悪兄さん』みたいのようだけど…。
結局。コリンズ中佐はお嬢が育て甲斐があって『お気に入り』なんだよな。
お嬢も…長年。コリンズ中佐と一緒にやってきたせいか、ちょっかい出されながらも
一番の『先輩』と思って上手く折り合い付けているしな。
昔はさ。あの二人が良く衝突してお嬢ですらメソメソ歯を食いしばっていたくらいだが
今じゃ。あんな風にしてキャプテンの隣りがお決まりになって見ていても安心だよ。」
(そうゆう事か…)
隼人は葉月とコリンズにも『歴史』があっての『お決まりの席』なのかと納得して…
葉月が女としてキャプテンに気に入られているわけじゃないと解って安心…。
ホッとしながらも、やはり顔色は変えずに食事をした。
「安心したか?もっと安心しろ。コリンズ中佐は『既婚・子持ち』だからさ♪」
またまた。ニヤリの山中に隼人は『もう…』と、まるで初日から弱みでも握られているような
気持ちになったが…『知っておきたい情報』ばかりであったので文句は言えなかった。
それでやっと…食事が落ち着いて、コッソリ、コリンズチームを観察してしまった。
「日本人が二人いるようだけど…」
隼人が尋ねると山中が肩越しに振り返りながらそっと説明を始める。
「一人は日本人でもう一人の黒髪は韓国人だよ」
「韓国人!?」
「ああ。と、言っても…アメリカ育ちでお嬢と同じフロリダ校出身だよ。
ほら。コリンズ中佐の隣りにいるだろ??黒髪のスラッとした若い男。
『劉 清司』って奴でお嬢の二つ年上。つまり…ツーステップしているお嬢とは
『同期』って事になるな。今は『大尉』であのチームのbRだな。皆は『リュウ』って呼んでる」
その、黒髪の男は清潔感が溢れる好青年だった。
確かに韓国特有の目が涼やかでキッと釣り上がっている所なんか
『康夫』にも似ている感じだった。
遠目で見ると康夫っぽい感じの青年。しかも康夫とは同い年…と隼人は思った。
しかし康夫と違って…チームの中でも一番色香が感じられる青年だった。
「女の子の一番の目当ては、今のところ『リュウ』の様なんだ♪」
(やっぱりね)と、隼人は納得していた。
「bRって…。bQは?」
そう尋ねると山中がビックリしたように唖然と隼人を…動きを止めて見つめたのだ。
隼人は『?』と、首をかしげた。
「知らないのかよ!?」
「何が??」
すると、山中は呆れたようにため息をつきた。
「お嬢からは一言も聞いていないのか??」
「??」
「五中隊、四中隊がチームを組んでいてその中で空軍編成隊は1チームしかない。
そのチームの中の五中隊側のパイロットをまとめているのがコリンズ中佐。
では?ウチの四中隊側をまとめるのは誰が適任かって事だよ…」
『あ。』 隼人は誰がbQか解って…最もと言えばそうなのだが益々驚いてしまった。
「お嬢さんが??もしかしてサブキャプテンって事??
そんなこと…フランスでも一言も…」
『言ってくれなかった…』 そう言いかけて…
また思い出す…。葉月と出会ったとき。彼女が『中佐』だと言うことを必死に隠そうとしていたことを…。
葉月がサブキャプテンだろうが…それを言おうが言うまいが…。
そんなこと必要がない『付き合い』で通っていたのだ。
関係ないことだったのだ…。
『私。島の空軍チームのサブキャプテンよ』
そんなこと…自分から言うような『人間』ではない…。その葉月の感覚を隼人は改めて噛み締めた。
「お嬢らしいな…。そんなことも言わなかったなんて…。一緒に仕事していて一言も言わないなんてな」
「………。俺…。本当に彼女には礼儀無しだったかも…」
山中が呆れている目の前で隼人はやっと自分が葉月という上官に
丁寧に大切に接してもらっていた事の重大さに『軍人』として恥じたのだが…。
「だから。お嬢に気に入られたんだろ?お嬢もさぁ…。
年相応に接してもらえてすごく嬉しかったんだろうな。だからといって
大尉は仕事ではキッチリ線を引く…。そんなところで気安さがあったから
お嬢は二ヶ月も帰ってこなかったんだ。俺はそう…思うぜ?これからだって…
今まで通りで良いんだよ。島に来たからって急に接し方変えたらお嬢が寂しがったりしてな。」
「まさか。あのお嬢さんが??」
寂しがってくれたら嬉しいが『距離の置き方』について考え始めていた隼人…。
その上に『照れ隠しの天の邪鬼』が加算されて『アハハ!』と変に笑い飛ばしていた。
「確かにな。寂しがらないなら…結局、どの男も一緒と『冷めたり』して…」
その言葉の方に隼人は『ドキリ』とした…。
葉月の場合…その線が濃そうだった。
別れたメンテナンスの元恋人との別れもあっさりケロリ(?)としていたぐらいだ。
雪江が言うように『真実』が見えなくなったらプイッと『そっぽ』でも向きそうな葉月の性格。
「どうだ??お嬢って気難しそうだろ?頑張れよ」
山中に『苦労を察するよ』と肩を叩かれたが…。
『俺も負けてないけどね…』と隼人は心の中で呟いていた。
隼人と山中は賑やかなコリンズチームを横目に食事を終えてトレイを片づけて
本部に戻ろうとエレベーターに乗った。
とうとう…コリンズ中佐の隣りに座る…チームメイトと言葉を交わす葉月を
隼人は見ることが出来なかった。
あんなに賑やかで楽しそうな彼女のチームメイト。
その中で葉月がいつも通り『冷たい御令嬢』なのか
隼人の前で見せる明るく笑う女の子でいるのか少しだけ気になったのだ。
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行きもランチに行く者でエレベーターは溢れていた…。勿論…時間帯的に帰りも同じだった。
隼人はまたため息をつきながら、山中と供にエレベーターに乗り込む。
各駅停車の如く、エレベーターのボタンは各階全灯で、一階ごとに停まる。
三階というと丁度中間地点で、まだ人はたくさんひしめき合っていて降りにくいったらありゃしなかった。
山中はそんな中…スイスイと三階につこうとしていると前もって、先頭に移動しようとしていて
隼人もそれに習ったが…若い女の子はいるし、がたいのいい外人はいるしで…。
すっかり躊躇して前に出そびれてしまった…。
山中がサッと三階で降りると…隼人も必死になって前に出ようとしたが。
『オット。連れがいるんだ。閉めないでくれ』と、山中が親切に前で扉が閉まるのを
たくましい腕で止めてくれたのだ。なんだがやっぱり隼人はここの生活に馴染めなくて
情けなくなるばかり…。女の子達が『何やっているのよ』という冷めた視線で隼人を見るし…。
『あ。お兄さん?』
『お。お嬢』
そんな声がしたときやっと、エレベーターを降りられた。
「あら?一緒だったの??」
二機あるエレベータの片方で葉月が登りを待っているところだった。
疲れ切った隼人を見つけて葉月が急に…心配げに見つめるのだ。
「だ…大丈夫??」
「アハハ。カフェテリアの洗礼を受けてきたところだよな♪」
(くそ。俺はどうせ…あんた達と違って田舎基地から出てきたばかりだよ!)
隼人は自分一人だけ『出遅れ人間』に見られたようでムッとした。
特に葉月に、『大丈夫??』なんて心配されるような姿を見られたのがショックではあったが…。
「コリンズチーム。集まっていたぜ?」
山中がカフェでの様子を葉月の報告。
「そう…。いつもの事だけど…。うるさかったでしょ?大尉も見た?ウチのキャプテン…」
隼人はくしゃくしゃになった黒髪を整えながら「ああ。」とぶっきらぼうに答えてシラッとすました。
山中に葉月とのことを散々からかわられた事もあるが…。
『距離』の事もあって、葉月には突然素直になれなくなってしまった。
勿論、目も合わそうとしない冷たい隼人に葉月はもっと、心配そうに眺める。
山中もそんな隼人の『天の邪鬼』に気が付いているようだった。
「じゃ。そろそろ、エレベーター来るから…。」
葉月が力無く微笑むと…
「俺達も…ジョイが腹空かして待っているからな…。行くか」
山中も仲がいいはずの二人が目の前ではちっとも素っ気ない雰囲気なのに間が持たないのか
そう切り上げて、葉月をおいて先に進もうとした。
その時…
エレベータが開いて…隼人は葉月がどんな風に乗り込むのか目がいってしまったが…。
なんと…。偶然か?それとも、もう『そんな時間帯』なのか?
葉月の元に来たエレベーターは誰一人乗っていなかったのだ。
葉月はそんなことは気にせずにスッと乗り込もうとしていた。
隼人が『この時間帯は空いているのか?』と今後の参考に時計で時間をチェックしていると…。
「お。ラッキー♪行って来いよ♪」
「ええ!?」
山中に押し倒されるようにものすごい力でエレベーターに押し込まれた。
隼人が前に詰まりながら『おい?』と振り向いたときには…
『にやッ♪』と笑う山中が手を振りながらエレベーターの扉を閉めてしまったのだ。
「あ!なんだよ!!せっかく苦労して降りてきたのに!!!」
隼人はムカッとして思わず閉まった扉を革靴で蹴り飛ばしていた。
『苦労して降りてきた』というより『変な気遣いするな!』という腹立たしさの方が勝っていた。
ハッとして振り向くと…
葉月の方もお兄さんのあからさまな気遣いに戸惑っているようだった。
「まったく。俺達をどう見ているんだよ。お嬢さん。何か話したのか!?」
隼人の口悪に…葉月は傷ついたような表情を刻んで、そして首を振った。
勿論…隼人だって葉月がそんな女だとは想っていない。
だけれども、来てまだ一日しか経っていないのに彼女と既に『恋人同士扱い』は予想外だった。
葉月が見たことないような…寂しい顔をしてうつむいたので…隼人はハッとして…
自分のコントロールできない苛立ちを葉月にぶつけた事に後悔をした。
「…と。ゴメン…。言うわけ無いよな…」
しかし…隼人が我に返ったときは既に時遅し…。
葉月は、黙り込んでうつむくだけ…いつもの明るい反応は見せてくれなかった。
葉月はフランスでそうして隼人に誰にも見せない心を開いてくれたから…。
隼人もそれが一人の男として誇らしかったはずなのに…。
開いた心を急に閉ざされたように感じて、隼人はヒヤリとした…。
そう…誰もが知っている内側に『葉月』を隠している『無感情令嬢』を感じてしまったのだ。
これも偶然か??
四階でエレベーターは止まりもせずに、ただ、二人を五階へと連れていこうとしていた。
『確かに、気難しいかもな…』
自分が思いあまってしたこととは言え…
やはり、葉月も一人の女。
隼人は『女ってめんどくさい…』とため息をついた。
葉月はエレベーターの奥でジッとうつむいているだけ。
隼人は扉側でただ点灯する表示ランプを眺めるだけ…。
そんなうちに五階について扉が開いた。
「じゃぁ…」
葉月がサッと降りようとした。隼人はそのまま下に降りることにして降りようとはしなかった。
扉の前には『下り』待ちの隊員達が何人か集まっていた。
葉月がサッと隼人の横を通り過ぎたとき…。隼人はなびく葉月の栗毛を眺めてハッとした。
「ちょっと…待った!中佐!!」
隼人は、降りようとした葉月の腕を引っ張り上げてエレベーターの中に引き戻し…
すかさず『R』の屋上ボタンを押して扉を閉めてしまった。
下り待ちの隊員達が唖然としている中…。扉はスッと閉まって行く。
驚いたのは葉月の方…。
「なに!?急に!!屋上なんか用ないわよ!」
やっとそれらしく感情を外に出して怒る彼女…。
ムッとした感情を顔に出した彼女に隼人はホッとした…。そして…。
「いいか?今回だけ許して」
「ええ!?」
葉月が気が付いたときには、隼人に抱きしめられていた。
それは…本当に驚き…。
職場でこんな事する『男』とは思っていなかったからだ。
それに…やっぱり隼人が急に『男』になるのに躊躇している自分がいて身体が硬直していた。
隼人の黒髪が葉月の肩…首元に埋もれた…。
しかし。一瞬…。隼人はすぐに離れてしまった。
その間にスッと光差し込む屋上にたどり着いた。
「じゃ。俺…ここのエレベーター慣れないから…階段で帰るよ」
またいつもの…『無表情兄さん』になって隼人はシラッと外に出ていった。
葉月も…茫然としつつも…扉が閉まる寸前にハッとして屋上に出た。
階段の方へ向かう隼人を葉月はただ…ただ見送るだけ…。
すると…階段の手すりを持って一段だけ階段を下りた隼人がフッと振り返ったので
葉月はドキリ…と身を固めた。
「やっぱり…その香りが合っているよ。メルシー。使ってくれて…」
照れくさいのか…また無表情でそれだけ言うと隼人は早足で駆け下りて姿を消してしまった…。
そう…葉月は今日から『香り』を替えたのだ。
隼人が贈ってくれた『トワレ』に…。
(気が付いてくれたんだ…)
葉月はお着替えバックの中から、隼人が一ヶ月前に手渡してくれた、緑色の瓶を取り出した。
訓練の後…。シャワーを浴びてその後、吹き付けたばかり…。
昨日…葉月がこの香りを使っていないことに隼人はかなりガッカリしていたから…。
(いいわよ。天の邪鬼兄様…許してあげる)
素直じゃないのは、自分と似ているかも知れないと…
葉月はまだ『兄と妹』で…『恋人』に戸惑いを見せるのは
彼と自分も一緒と…射し込んでくる光に明るく透ける若葉色の瓶をニッコリ眺めた。
思い出したくないからと、ドレッサーの引き出しに閉まって置いた、隼人からの贈り物…。
それをそっと…彼には気が付かれないように使い始めようと
今日…バッグに忍ばせた…。
でも…。やっぱり気が付いてくれたことは『嬉しかった』
(私でも…こんな風に思えるんだわ)
葉月は『意外?』とそんな女心の自分に驚いたり。
今日からコッソリ『香り替え』
隼人がせっかく来てくれたから…。
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