4.兄貴二人
応接テーブルでこれからのお互いの業務を確認すること一時間。
「飲み込み早いな。これならすぐに澤村大尉もウチの溶け込めるね。な。お嬢」
山中が一通り確認が早く取れたことで、満足そうに葉月に囁くと、
葉月も嬉しそうに『本当』とニッコリ微笑んだ。
隼人としては、誰にも知られないよう島に来たが
この大きな本部に配属されるためにフランスで叩き込んできたのだから
準備期間はバッチリあっただけのことだ。
でも…向かい側、山中の隣に座っているジョイは相変わらずシラッとしていた。
「お嬢。空軍チームのミーティングの時間じゃないの?」
「あ!本当だわ!行って来る!!」
ジョイに言われて葉月が時計を見ると、時計は15時を指していた。
葉月は大佐席からバインダーを取ってサッと出掛けてしまた。
「じゃ。俺も戻るからね」
ジョイは無表情に書類を手にして、大佐室を去ろうとしていた。
「少佐。中佐の俺にお茶の片づけさせるのかよ。」
山中が冷たく言うとジョイがぴくっと止まって…。
「わかったよもう!」と、テーブルの上にある湯飲みに手を伸ばした。
「いえ。私がします。これからは、私の仕事ですから」
隼人がサッと湯飲みを集めると…アハハ!と山中が笑い出した。
「大尉はまだ来たばかりだから良いよ。冗談だよ。
いいよ。ジョイ。俺がする。同い年同志…こっちの大尉と話したいことがあるからさ」
「ちぇッ!そうなら早くそう言ってよ!」
ジョイはくちびるをとがらして、そのまま…「助かり♪」と言うように、大佐室を出ていった。
「まったく。ちゃっかりしている奴。他じゃ許されないぜ。」
山中はそう言いながらも…。そんなには怒っている様子ではなかった。
「ジョイは。お嬢の懐で可愛がられているせいか…。まだ、あんな風に甘えたところがあってね。
まぁ。俺達より6つも年下で…少佐だから、ショウがないけどな。
感情も結構ストレートに出すし…。許してやってくれよな。アイツの今の態度」
山中がお盆に湯飲みを乗せながら、隼人に微笑んだ。
「いいえ。私も…。御園中佐に一言も知らせずに…。一度断ったのに
こうして突然来たわけですから。こちらの皆様を困らせたも同然です。」
「でもな。俺としても、ビックリはしたけど。大尉が本当に来てくれたこと嬉しいよ。
なんせ。お嬢は…その…」
山中が動かしていた手を止めて…言葉をためらっていたので隼人はいぶかしんだ。
「ああゆう。じゃじゃ馬さんだから。気に入らないと言ってフランスからもすぐに帰ってくると
ジョイと一緒ににらんでいたんだ。でも。一ヶ月経っても、二ヶ月経っても帰ってこない。
『気に入ったんだな』と二人で留守番中そう言っていた。
お嬢は絶対に引っ張って帰ってくる。そう思っていた。でも…。
君が断ったって聞いて…。『へぇ。なかなかの男ジャン』と俺は言っていたんだ。
でもな。ジョイはそれでも…『来てくれてもねぇ。お嬢と長続きするのかな?』という
不安があるんだよ。それも『将軍の娘をはねのけていい男ぶっている。カッコつけ』とかね。
それで、一度断って頑と動かない男。
そんな男にお嬢が暫く未練を持っているのも二人で解っていた。
なのにフランスから帰った途端にお嬢は未練を抱えながらも元の仕事ぶりを発揮したし。
『アレは惚れたんだね』とも、二人で言っていたんだ。」
『うわぁ。そこまで見抜くのかよ!?』
隼人は…内心ビックリ。
フランスでの二人の様子を遠い日本で、まるで覗いていたかのような
山中とジョイの洞察におののいてしまった。
「あれ?図星?」
隼人がヒヤリとした表情で固まっていると山中が向かい側でクスリとこぼした。
「悪いね。これでもお嬢とは6年も…小隊時代から一緒なんだ。
見ていりゃわかるよ。それで。お嬢とのことなんだけど。
ジョイは一度断ったのにいきなり来たものだから…『身体目当て』とか思っているんだよ。
そんな事はないと、俺は思っているし、ジョイだってそこまでは疑っていないけどな。
お嬢の場合はそうゆう男が近寄りやすいから、弟分として警戒しているんだ。
その内に…大尉の人柄が解ってきたらアイツもいつものボンになるよ。」
「ちょっと。待って下さい!俺…『身体目当て』なんて!!」
確かに…葉月を忘れられないから日本に来たのだから何とも言えないが…。
そこは『心外』で隼人は山中に慌てて取り繕うとしていた。
すると…彼がジッと…今まで見せなかった真剣で冷たい眼差しを隼人に向けてくる。
隼人はそれを見て…『中佐の威厳』として怯んでしまった。
「ハッキリ聞こう?お嬢のこと。どう思っている?」
それで…二人きりになったのか!と隼人は『穏和な中佐』が本当は
『筋を通す厳しい中佐』と初めて肌で感じて戸惑った。
「彼女のことは。中佐としても認めています。
最初は女性で年下で…そんな女の相手は出来ないと俺だって逃げていたぐらいだ。
だけれども!彼女は違った。そう思ったから彼女と二ヶ月仕事をした。
その成果はお聞きでしょう??彼女はフランス基地でもかなりの影響を残して去っていった。
確かに一度は断りました。でも…それは…俺の中にある『自信』がそうさせなかっただけで…」
「で?どうして急に心変わりを?」
『うわぁ…。葉月にも聞かれなかったのに!!』
隼人はここに来て『葉月の信望者』の意味がやっと分かった。
彼女が良しとしても…周りが認めないのだと…。
隼人が『どうして?』の答に困っていると…
「お嬢と寝たから?」
『!!』
率直に聞かれてもっと固まった。
「そんなこと。どうだって良いことじゃないですか??
例え彼女と寝ていたとしても。寝ていなくても…」
『いや。寝たからやっぱり来たかも知れない』
隼人の男の部分が『良い、いい子ぶった答』を出せないでいた。
「そんなつもりで、来たのではない。それは判るよ。それだったら…
こんなに一ヶ月も経ってから答を出して黙ってやってくることはしないだろうさ。
それは解っているんだ。『これから』の事。どう考えている??
お嬢と『恋人』としてやっていくのか?それとも?」
『なんで。こんな事!第三者に聞かれなきゃいけないんだよ!!』
だんだんと腹が立ってきた。
「冗談じゃない。ここは職場だ。恋人になるつもりで来たんじゃないと
彼女にも先程ハッキリ言いました!」
天の邪鬼が…初対面の中佐の前でも炸裂してしまった。が、本当の心構えでもある。
「そんなの当たり前だろ?プライベートのことを聞いているんだ」
「それこそ。あなたには関係ないでしょう??」
徐々に…同い年という言い合いになってきているのが隼人にも感じてきた。
「そこのあたりは、『把握』しておきたくてね。こっちとしては『お嬢さん』の身の回りには
気を遣っているんだ。『葉月』の側にいるのは他の上官の側にいるのとは
訳が違う。変な虫が付いたら困る。」
『俺が変な虫だと!?』
まるで父親のようなことを言う山中にムッと益々腹が立ってきた。
「そこまでおっしゃるなら…中佐が一生彼女の面倒見たらどうですか??」
隼人が思いあまって口悪を叩くと…
「冗談じゃない。俺は新婚ホヤホヤだ。子供だって出来たばっかだ。」
「は?」
隼人は急に照れた山中を見て…止まってしまった。
「結婚…しているのですか??」
「去年ね。お嬢のお陰で中佐になったんで…その勢いで。
そこの…医療センターに勤めていた看護婦とね。子供も今年の春生まれたばっかりだ。
そんなことより…そっちも白状しろ。カッコつけていないで。
どうなんだよ!?お嬢とテキトーに付き合われちゃこっちが振り回されるんだよ。
あんな冷たい顔して、結構モロイんだよお嬢は。また別れただの、上手く行かないとかで
側近替えとかなったらこっちも落ち着かないんだよ。そうゆう事俺は心配しているんだよ!」
「アハハハ!!」
隼人は急に笑い出してしまった。
固い顔してお嬢さんの補佐とか中佐とか…側近のつもりで来たとか…ここは職場だとか…。
そんな固い言い合いっこをしていたのが馬鹿らしくなってきたのだ。
そう…。ここには今…。
葉月を日頃心配している兄貴が二人いるだけだ。
そんな話で良かったんだと。
すると…そんな隼人を見て山中もクスリと目の前でこぼしていた。
「別に…良いかそんな事。ゴメン…来るなり突っ込んで失礼だよな俺…」
「いいや…。それは…妥当な心配だと思う。
俺も…そんなこと気にして…一ヶ月。彼女と上手く仕事が出来るかどうか悩んでいたんだから」
「マジ!?そうゆう事で一ヶ月も保留に??」
山中は…そこをしっかり悩んでふまえてきた男だと解ってビックリ…。
「だって…そうでしょう?彼女は女には変わりない。
男と女のすったもんだで揉めるくらいなら…行かない方が良い。
でも、その辺は…彼女も仕事は仕事と解ってくれる女性だと信じて…
俺も…男女は二の次…仕事で彼女と前に行きたい。その心積もりで…
彼女にも先程そう言いました。彼女も笑っていましたけど」
「アハハハ!!」
今度は山中が大笑いをした。
「お嬢らしいなぁ!すぐに男の懐に甘えないところが!
安心した!!それにしても何だよ!!大尉ももっとお嬢を甘やかすのかと思えば!!」
「中将には…あなたは『アメ』俺には『ムチ』の兄貴になれ…と言ってましたからね。
フランスでだって俺は彼女に遠慮なし。礼儀無しでやってきましたから。」
隼人がそう言うと山中はさらに大爆笑。
「あのお嬢に。遠慮なし?礼儀無し??それで気に入られたのかよ!アハハハ!
そりゃイイや!!それはさぞかしお嬢を振り回したって事だな!!
黙って今日やってきたはずだよ!お嬢の驚いた顔見たかったなぁ♪
じゃじゃ馬に一杯食わせるなんて…そりゃイイや!!」
山中にそこまで言われて隼人はやっと…
自分がやってきた大胆さに恥ずかしくなってきて、うつむいてしまった。
すると…山中がスッと手を出してきた。
「期待しているぜ。誰にも出来ないじゃじゃ馬乗りを。
あっちの方もまぁ…見ない振りしておくから、頑張れよ。色男さん」
「冗談じゃないですよ。じゃじゃ馬乗りなんて。あっちの方は彼女に聞かないとね」
隼人は…山中の手を見て…急に…同期生のジャンを思い出してしまった。
そこに一人…隼人に新しい同期生が現れたのだ。
隼人と山中は先程よりガッシリと固く手を握り合って微笑んだ。
「お嬢のこと。大切にしてくれよな。本当は優しくていい子なんだよ。
その彼女が惚れ込んだ男が…彼女が諦めようとしているところに
現れてくれて…本当…俺としては…アイツのために嬉しかったかな。
ジョイはまだ飲み込めないみたいだけど…。」
本当に…葉月と供にやってきた『兄貴』なのだな…と、隼人は山中の暖かい笑顔を見て痛感してしまった。
「その…彼女とはすぐには…。彼女の方が警戒心強そうだから。」
などと…とうとう…男としての本心を出してしまった。
「だろうね。お嬢は…しかたないさ。俺達より度胸が据わっている『軍人』まっしぐらだ。
男として…その内ヤキモキするかも知れないけど…」
「俺としても…彼女とすぐに…と言う気持ちはまだなくて…」
「何でだよ?お嬢を落とせなくて苛ついている男が多いって言うのにもったいないなぁ。」
「さぁ。何ででしょう。彼女とはフランスでもそうでしたから」
「なるほどね。お嬢好みって訳か。お嬢はがっつく男ほど逃げるからな。」
「へぇ…。」
『気をつけよう』と…隼人は、今すぐに手を出す気はないが…『トラウマ』を意識して
心を改めて刻み込んでおこうと思った。
「お嬢には…『原点』て奴があるから…。まぁ。その内大尉にも解るだろうな。
あ。お嬢と寝たならもう知っているかな」
それを聞いて…隼人はドキリとした。山中が…葉月の左肩の傷のことをいっていると解ったからだ。
確かに…葉月と寝たのなら…あの左肩の傷は避けられない驚きとなるだろう…。
今まで付き合ってきた男はどうしていたのだろう??と隼人は急に気になった。
そうして…ヒヤリ…と止まった隼人を見て。山中がため息をついた。
「聞いたんだね?お嬢の傷のこと」
『彼も知っている』
隼人はビックリして…顔を上げて…やるせなさそうな山中の寂しそうな顔を見入ってしまった。
「俺は付き合い長いから…。お嬢がたった二ヶ月で…しかも自ら教えてくれたのなら
本当に大切にしてやってくれよな。俺は…ジョイから聞いたんだ。お嬢の口からは聞いていない。
勿論。俺が知っていることはお嬢も承知してのことだけどね。
その辺も上手にガードしてやらないと…お嬢だけでなく…フロリダの中将まで傷つくからな。
そんな意味でも…『御園』の側に仕える…と言うことは重大なんだ。」
「その通りかもね。その点は…俺も心して…だから。彼女にはなかなか触れない…。」
あのようにして、葉月が突っ込んできたから隼人も彼女を抱けたのだ。
そうでなければ…あの西日の部屋でも分かち合いはなかったに違いない。
隼人がフッと神妙になると山中もフッと微笑んだ。
「なるほど。そんな心構えなら…お嬢が気に入るはずだな。解ったよ。
プライベートは任すからさ。上手くやってくれよな」
「まぁ。程々にね」
同い年同志で解り合えたところで…、山中がやっとテーブルを片づけ始めた。
「そうそう。俺も日本人官舎に住んでいるんだ。大尉の隣の階段の四階だ。」
「本当に?」
「ああ。車持っているから、今日は帰りはおくって帰るよ。明日も朝は乗せていってやるよ。」
「悪いよ…。そんな事。俺は自転車で通うつもりだし…」
「その自転車が来るまでだっていいだろ。」
「ん…じゃぁ。お言葉に甘えて…。」
隼人はこんな兄さんが近所にいると知ってホッとした。
あんな寂しい端っこにある官舎に一人きりではないと解ったからだ。
『こうして…仲間が増えていくのかな??』
康夫が言っていた…『気のいい男が今よりもっと増えるぜ』と言う言葉を思い出していた。
「子供は?男の子?女の子?」
隼人も解り合えたところで何気なく聞いてみた。
「男なんだ♪その内俺みたいな海陸将校にするんだ♪」
「へぇ…」
山中の厳つさからは想像が出来ないデレッとした顔に
隼人は『幸せの真っ最中なんだなぁ』と笑ってしまった。
同い年なのに…やっぱり彼の方が落ち着いているなぁ…と感心したり。
「大尉は独身だから。いいよな。気楽さはあるよな。その点は結婚してから痛感だね」
「またまた。可愛い子供がいれば、毎日帰りたくなるだろう??」
「まぁな。嫁さんがうるさいしな」
『よく言うよ』
嫁さんがうるさいとは言いながら、山中の顔はやっぱりただの照れ隠し?で嬉しそうだった。
「その内。遊びに行くよ。良いだろ?独身なんだから」
「どうぞ。いつでも。気ままな独り身だから」
二人はニッコリ笑って…すっかりうち解けたのだ。
隼人は早速一人…うち解けられてホッとしたのだった。
山中が大佐室を出て行き…。葉月はまだミーティングから帰ってこない…。
隼人は山中に『デスクの整理でも…』と言われて早速、机の上にあるパソコンを立ち上げた。
そっと…パソコンの裏に付いてある『製造元』を確認。
『澤村精機』と書いてあった。
『ウチのパソコンか。もっとイイのを使えよな』
隼人はため息をついて…ジョイから渡されたCD−ROMをインストールしようと
椅子に腰を掛けた。
すると…自動ドアの外から、なにやら賑やかな人の声がする。
『お嬢は今ミーティング中だよ。今日はお帰り』
『何でだよ!ジョイ!!いつもは待たしてくれるじゃん!!』
『お客さんがいるんだよ。』
『一人で??誰も接客していないの??』
『そうだよ。新しい側近さんが来たばかりなんだ』
『え!?マジ!?じゃぁ!挨拶してくる♪』
『あ!こら!!入るな!!真一!!』
ジョイが止める声がしたかと思ったら…大佐室の自動ドアが開いて
紺の詰め襟制服を着た少年がサッと入ってきた。
『真一』と聞こえて隼人は硬直した。
「こんにちは。いらっしゃいませ…。僕は中佐の甥っ子の御園真一です。」
ニッコリ…礼儀正しくお辞儀をする栗毛の少年を見て…
隼人はドッキリ…座ったまま動けなくなった。
葉月にそっくりではないが…雰囲気が似ていた。
鼻筋は葉月にそっくりだが目がくりくりした可愛い男の子だった。
葉月の涼しげな表情とはうって変わって
何とも『光り輝く』感じの屈託のない笑顔…。
栗毛と茶色の瞳が日本人のような、そうでないような…顔立ちは
やっぱり葉月と一緒で『不思議な雰囲気』を醸し出している。
そんな『栗毛の御園』の気品に隼人は益々硬直してしまった。
しかし…早く逢いたかった少年が目の前にいる。
隼人はスッと立ち上がって…やはり顔が強ばって…。
そんな隼人に…真一はキョトンとした大きな瞳で首をかしげて
隼人の反応を待っている…。
そのキョトンとした顔ですら…葉月の愛らしい仕草にそっくりだった。
ジョイが開いた自動ドアの所に立って…二人の対面に何故だかおろおろしている。
「初めまして。本日からお世話になることになった……。
フランス航空部隊から参った『澤村隼人』です…。」
隼人は…やっとニッコリ真一に笑いかけていた。
すると…やっぱり…真一はビックリした顔でたたずんで隼人をジッと見つめているのだ。
そこに一瞬空気が止まったのが…隼人には解った。