3.大佐室

『Be My Light』で食事を終えると、葉月はキッチリ

約束の二時間で『帰りましょう』と言い出した。

勿論隼人もそれに従った。

葉月の車に乗ると、隼人は異様な緊張感に包まれた。

『いよいよ…彼女の第四中隊に?』と。

すると…そんな隼人に気が付いたのか葉月が一言…。

「生活用品は?」

「え?」

「見に行ったの。昨日…。『どんな人が来るのだろう?』って

フランク中将が手配した日本人官舎に、ちっとも…人が住むって感じじゃなかったわ。

今夜からどうするの??」

「何とかなるさ」

隼人はそんなことより今すぐ目の前にある、『新入隊員』としての

『自己紹介』とか…そんなことで頭がいっぱいで、

どうでも良い先のことを心配する葉月にふてくされた。

「道理でね…。ロイ兄様が『しっかり面倒見ろよ』って

変に私に言うから何かと思ったら…。隼人さんが来るのを解っていて

からかったのね…。私の事」

「いいよ。面倒掛けるつもりはないよ」

ステアリングを握りながらため息をつく葉月に隼人は『それどころじゃないだろ』と

心でふてくされて、一緒にため息をついた。

「スーパーに行ってみる?」

「…………」

葉月の気遣いが隼人にもやっと伝わった。

すぐさま、中隊本部には連れていこうとしないで…ちょっとまた『サボタージュ』と言うことらしい…。

しかし…隼人もこれ以上逃げていてもいずれは、面と向かわなくては行けない職場。

これから働くと決心した『職場』

ここで、彼女の言葉に甘えていたら…『ムチ兄』にはなれない気がした。

「やること…サッと片づけてから。それから次のことをする」

隼人の意志の強い言葉に葉月の方がピン…と急に背筋を伸ばして

ステアリングを握り直した。

「そ…ぉ?じゃぁ。今から…本部に戻るわ」

「そうして」

急にシラッと無表情になって無口になにやら集中しだした隼人を見て

葉月は木陰で初めてあったとき隼人が隣にいる葉月の存在に構わず

本ばかり読んでいたときの集中力を思い出していた。

(そうこなくっちゃ♪)

隼人が『いい側近』になりそうな兆しを見せてくれて

葉月は思わずアクセルを嬉しげに踏んでしまった。

基地にふたりで戻ると、隼人は一つの棟舎に連れて行かれた。

勿論そこも綺麗な五階建てのビルだった。

「この一棟が『第四中隊』。一階は『班室』が多くて、本部は三階よ」

葉月が正面玄関を入って行く。

隼人は日射しを反射させている綺麗なガラス窓を上に見上げてあんぐりとしていた。

『この一棟の長が彼女??』と…。

「隼人さん?どうしたの??」

玄関で振り返っていぶかしげな葉月の声で隼人はハッとして遅れまいとついて行く。

一階のエレベーターに乗り込んで葉月が『3階』にボタンを押すと

隼人の緊張は益々高まった。

隼人はウィリアム大佐からもらった業務内容の書類を思い出す。

総勢300人の中隊。本部員は『50名』

それを『葉月』が今はウィリアム大佐の指揮下で仕切っている…。

隼人はその『トップ』を支えていく『縁の下』に成長しなくてはならないのだ。

今更ながら…横にいる『ウサギさん』の凄さにおののいてくる。

隼人は葉月にそんな『動揺』は悟られまい…と押さえ込んで

三階について開いたエレベーターを颯爽と下りた葉月の後を何気なく付いていった。

明るい廊下…。長い廊下…。

会議室があって…一番明るい灯りが差し込む大きな部屋が近づいてきた。

大きな二枚ドアを一つ…葉月が通り過ぎ…。

そして。また一つ…通り過ぎ…。

50メートルほど歩いた先の同じ方のドアは…二枚とも広々と開け放たれていた。

どうやらそこが…『入り口』らしかった。

「ただいま」

葉月がニッコリ…一歩入り込んだ所で隼人の緊張は最高潮に達した。

そっと…覗くと…。

ワッとデスクが並んでいて若い隊員達が右往左往と忙しそうにしていて

隼人は解ってはいたがその規模に思わず後ずさりをしていた。

「おかえり!!お嬢!」

入り口から一番近い席に座っている金髪の青年がはつらつとした笑顔で、葉月を迎えた。

「もっとゆっくりしたら良かったのに…お嬢」

その金髪の彼より落ち着いた声が…彼のデスクの隣から…。

隼人よりガッシリした日本人の男がニッコリ立ち上がって…。

その金髪の青年と供に葉月の背中の方を伺った。

葉月が『お嬢』と呼ばれていることに隼人が気を取られていると。

「あ…。こちら…本日から配属されてきた『澤村大尉』その…」

葉月が入り口でたたずんでいる隼人を…なんだか照れたようにふたりの男に紹介した。

隼人は…

(そっか。澤村と言えば…フランスで一緒だったって事…知っているんだこのふたりは)

と思って…その金髪の青年が『フランク少佐』で隣の落ち着いた日本人が

アメの中佐『山中中佐』で…。葉月を誰よりも支えている『補佐』のふたりだと判断した。

隼人は照れてなかなか説明しない葉月に代わろうと…急に緊張感がすっ飛んでいった。

一歩…やっと…『第四中本部室』に踏み出した。

「フランス航空部隊から参りました『澤村隼人』です。

今回いきなり…こちらにお世話になることになり

皆様には大変ご迷惑をおかけいたします。どうぞ宜しくお願いいたします」

葉月の後ろでスッと腰を曲げて深々と頭を下げた。

ちょっと長いかな?と思うくらい頭を下げて、そっと腰を伸ばすと…。

葉月がそんな隼人の礼儀正しさに…誇らしげに微笑んでいた。

葉月の前にいるフランク少佐は…なぜだか驚いた顔をして…

山中中佐は…

「そうですか。ようこそ。私は御園中佐の補佐の『山中』です。

そうですか…そうだったんですか!」

呆然としているフランク少佐を押しのけて山中は嬉しそうにサッと隼人の前にやってきた。

隼人の前に立つと…さほど身長は変わらないのに…

さすが『海陸中佐』。ガッシリとした体つきでとっても大きな黒い瞳を輝かせて

隼人は圧倒されてしまった。

彼の肩には葉月と同じ『二本の金ラインと二つ星』

本物の…中佐だ。

山中は黒髪を男らしくスポーツ刈りにしていた。

なかなか精悍そうな男で隼人は『うわぁ。体育会系…』と唸ってしまった。

それでもニッコリその笑顔は何処か暖かくて…『同い年』という感じが

お互いの間に漂っているのが解ると…

彼が差し出した大きな手を隼人もニッコリ握り返していた。

「お世話になります。山中中佐」

「こちらこそ!嬉しいよ♪じゃじゃ馬のお目付役がもう一人増えて♪」

山中はニヤリと背中の方にいる葉月に振り返った。

『何よ…』

葉月がフン!と拗ねたのを見て隼人はクスリ…とこぼしてしまった。

『ジョイ?』

葉月の隣で金髪の青年がなんだか落ちつきなく…葉月をつついていた。

『なに?』

葉月にコソッと耳打ちをしているので隼人は首をかしげる。

すると葉月がムッとしたような表情を刻んで『ジョイ』を隼人の前へと

背中をグッと押したのだ。

ジョイは渋々…前に突き出されて…

「初めまして…。補佐の…ジョイ=フランクです。宜しく」

「…お願いします。でしょ!?」 葉月がムッとして怒りだした。

先程…葉月に見せた無邪気な笑顔は隼人には見せてくれず

無表情に…隼人に自己紹介。

日本語は…従兄の『フランク中将』共々ご立派なアメリカ青年。

フランク中将は麗しいが…その彼を初々しくした様な従弟だった。

同じ金髪に青い瞳だが中将が言った如く…『お坊ちゃん』。隼人にはそう見えた。

その初々しさを残した『宜しく…』に葉月が姉貴らしく『宜しくお願いします…でしょ!』とたしなめると…

「宜しくお願いいたします。澤村大尉。」

ムッとした声で隼人に頭を下げるのだ。

隼人が『???』と何気なく微笑む目の前で

山中中佐も葉月と一緒に苦笑いを浮かべている。

『嫌われているのかな?俺?』

隼人はそんな印象を受けてしまった。

一度断った…。それがジョイの中で『姉貴を傷つけた』と取られているのでは?

隼人はそんな風に思わずにはいられなかった。

一応覚悟はしていたので『それも…ショウもないか』と割り切れた。

「宜しくお願いいたします。フランク少佐。」

隼人はとりあえず…ニッコリ微笑んで自分より少し背の低い

アメリカ青年に手を差し出していた。

「こちらこそ」

無表情に握り返されて、ジョイはフッと背を翻して葉月の横に戻ってしまった。

「えっと…。今から『大佐室』で四人で今後の確認を取りたいのだけど…」

葉月も隼人とジョイが折り合いが上手く付かなかったことに気が付いたのか…。

苦笑いを浮かべたまま、補佐二人と隼人にそう告げた。

「そうだな。業務確認と行くか」

山中がすぐに反応してジョイの隣のデスクに戻っていく。

「そうだね。」

ジョイも淡白にこたえて自分のデスクにある山積みの書類から

必要なものをひっかき捜し始める。

「じゃぁ。大尉。こっちで始めるから…」

葉月がまだ入り口で戸惑っている隼人にニッコリ…促した。

「あ…はい。中佐」

もう。ここでは『お嬢さん』とは言えなかった。

康夫の懐で年上の兄貴だという甘えはもう通用しない。

この大きな本部の雰囲気が隼人にそう思わせていた。

若い青年達がデスクにかじりついて電話を手に取り

書類に向かい、ノートパソコンを睨んでいたり。

女性が固まっているデスクもある。その女性達が隼人を珍しげに見ているのが解る。

その雰囲気から逃れるべく…。葉月の方によっていくと…。

葉月が『どうぞ』と促してくれた入り口にビックリした。

「ここが?大佐室??」

隼人は思わず指さして呆然としてしまった。

壁と同じ色のベージュの鉄扉。しかも…葉月が一歩踏み出したとき

音もなくサッとその鉄扉が開いた。『自動ドア』だ。

「『大佐室』といっても…。いまは主無しよ。私の部屋ではないからね?」

とは言っても…。今は葉月の部屋に代わりはない…。

隼人は呆然としながら葉月と供に一歩入ってまたおののいた。

『わぁ!』そんな声をもう少しで出しそうになった。

フランス基地で言うところの…『連隊長室並み』だったのだ。

こちらの方は、アンティークな匂いがあったフランス連隊長室とは違って

本当に近代的オフィスであった。

ベージュ色のじゅうたん敷き。20畳はありそうな部屋だ。

大きな展望台のような窓には重そうな薄いカーテンがおろしてあり

そこから滑走路の向こうの海が見えた。

その窓に背向かいで立派な革張りの椅子がある。

どうやらそこが今の葉月のデスクらしく机の上は書類で散らばっていた。

そして…遠野祐介が座っていたんだと隼人とは立派な木造の机に見入ってしまった。

そのデスクの角に90度の位置でパソコンが備えてあるこちらは

お洒落?とも言えそうなスチールの机。

「そこのパソコンデスクに今まで私が座っていたの。『側近』の席よ。

これからは隼人さんの机ね。荷物おいて。」

大佐室で二人きりになると彼女が『隼人さん』と言ったので

隼人はやっと我に返る。

大佐室の入り口から殆どは『応接間』に使っているのか

入り口入ってまっすぐの所にこれまた革張りの3人掛けソファーがテーブルを挟んで

2つ向かい合わせに…。ソファーの後ろについたてがあって…その向こうの

残り8畳ほどが『事務デスクの間』になっているらしい。

隼人がデスクで呆然としていると、山中が書類片手に大佐室に入って来る。

男らしく応接テーブルにヒョイと書類を投げると…。

「お嬢。コーヒーか?紅茶がいいかな?」

「大尉は何がいい?」

慣れた会話の二人に隼人は思わず「何でもいいです」と上の空で言っていた。

「日本茶にするか。懐かしいだろ?大尉」

「そうですね」

山中の堂々振りに隼人は、引きつり笑いしか浮かべられず『はい・はい』しかかえせない。

そんな『同い年中佐』である山中のテキパキした気配りを感心してみていると…。

彼はこの葉月がいる、展望窓とは向かいにある向こうの壁に向い、

そこにあるアコーディオンカーテンをガッと力強く開けた。

隼人はその向こうにあるものを見てまたビックリ。

そこには給湯室…いや、立派なキッチンが現れたからだ。

「す…ごいね?」

思わず、指さして葉月に訴えてしまった。

「ああ。うん…。遠野大佐が来たときにここが拡張したから。

『大佐』が来るって事でここが増築されたの。

あのキッチンがあるせいで大佐のお茶入れ大変だったんだからぁ」

葉月がその苦労を思い出したように、ホッとため息と床に落とした。

「相変わらず…。そうゆうとこ厳しかったんだね。」

隼人は山中に聞こえないよう小声で葉月にいつものように

ニッコリ笑って返してみた。彼女もクスリと笑ってくれる。

「そう言えば。大尉は遠野大佐の後輩だってね?」

キッチンから山中が食器の音を立てながら叫んできた。

「はい。ずいぶん前のことですけど…。良い先輩でした。」

隼人が礼儀正しくそれなりに返すと…

『ホントにそう思っているの?』

と葉月がクスリ…と囁いてきて…『一応ね』と隼人もコソッと返してみる。

すると葉月もニッコリ…。いつも隼人に見せてくれる女の子の笑顔を返してくれて…

隼人もホッとしてやっと…初めて…これから自分の席という

パソコンデスクに荷物をおいた。

「あら?ジョイは?」

山中が葉月の号令にサッとやってきたのに対して

彼女の弟分というジョイはなかなか大佐室に入ってこない。

「さぁな。拗ねているんじゃないのか?」

山中がキッチンでクスクスと笑いながら言うと…葉月は『もう!』といきり立って

デスクの間からついたて向こうの自動ドアに向かおうとすると…

やっと金髪の青年が颯爽と入ってきた。

「何しているの?お兄さんにお茶入れさせて!」

葉月が本当に姉さんの如く叱りとばすと金髪の彼はプイッとそっぽを向く。

隼人は幼なじみ同士という二人の間に『先輩・後輩』のしきりもなく火花が散ったのに

『本当の姉弟』の様な空気を感じ取って、ヒヤリとしてしまった。

その彼に…『姉貴を一度傷つけた男』として気に入られていないのが伝わってくる。

オマケに…補佐より上の側近が『一介の教官であった大尉』では

葉月と同じく2ステップしたフロリダ校出身の…将軍の御曹司には許せない…。

そんなところをフランスの後輩だった金髪の大尉と重ねて…隼人は『うーむ』と

早速、ねたまれるのでは?と心配になったり…。

葉月はフランスで…

『彼も…姉様のことはよく知っていて…私とは一緒にそうして頑張って励ましてくれた…

私の生意気な二つ年下の弟分…。』と、言っていたことを思いだした。

彼が一番葉月に寄り添ってきた男とも言える。

その弟分に嫌われてしまったのは痛いなぁと隼人は覚悟はしていたが

ガックリうなだれてしまい…。自分がやった『身勝手さ』と『頑固』さに今になって反省した。

それも身から出てサビなので…これから何とかジョイ=フランクに許してもらうようにしなくてはならない。

すると…そんなジョイがジッと隼人を立ったまま見つめていた。

『?』と隼人が緊張していると…。

スタスタと隼人のデスクに向かってくる。

そして…手に持っていたCD−ROMをバサッと隼人の席に置いたのだ。

「システムも出来るって聞いています。今日中にこれを…

そこのパソコンにインストールしておいて見て下さいよ。」

そして彼はツンとしてキッチンの方に下がっていった。

「ジョイ!!もう!ごめんなさいね。大尉…」

彼のつっけんどんに葉月の方がうろたえて隼人を心配そうに見つめるのだ。

「いいえ。言われた通りにしておきますから…」

隼人は苦笑いを浮かべて…。CD−ROMを一枚手に持ってみた。

『空軍管理処理システム??空軍管制データーシステム??』

フランスでは聞いたことないソフトだった。

そんなソフトが何枚もあった。

『まさか…。今まで手でやって来たことがここではすべてシステムで???』

隼人はビックリ机に散らばったそのソフトを次々と手に取った。

葉月が心配そうにして隼人の手元を覗いてくる。

「あ。それ…」

ソフトを見た途端…。葉月がそっとついたての向こうにいる弟分を優しい眼差しで見つめたのだ。

「何??」

隼人がそう尋ねると…。葉月がクスリと微笑んだ。

「これね。ジョイが作ったソフトなの。彼システム専門だから。

でも、誰も使いこなせなくて…。特に私が『ソフト苦手』だから…。

きっと…大尉なら使いこなしてくれるって言う『期待』かしら?

それとも。『見定め』なのかしら?」

つまり。これを使えるなら『認めるよ』と言うことらしく…

隼人は『ほう。それならやってやろうじゃないか』と急に燃えてきた。

こうゆう事は確かに隼人の専売特許。

ここの本部で彼以外は使いこなせないと言うならここが隼人の腕の見せ所。

ジョイ=フランクに認めてもらう良いキッカケだ。

それにしてもあんな可愛い顔してこんなソフトを開発するのか??と隼人はビックリ。

さすがフランク家の一員…。頭はかなり切れると唸ってしまった。

そんな彼の『期待』には絶対応えたいと思った。

「これをこの本部で二人使いこなせたら能率上がるわね。頑張ってね。大尉♪」

葉月の愛らしい期待顔にも隼人はがぜんやる気が湧いてきて

今すぐにでもインストールしたくなった。

「お嬢。始めようか?」

そう思った途端に…山中が準備完了とばかりに応接テーブルにお茶を並べていた。

隼人は早速。やる気が湧いて、ソフトをデスクに並べて葉月と供に

ついたての向こうの応接テーブルに向かった。