=マルセイユの休暇=
9.彼の行方
医療器材の音が、各部屋から聞こえてくる静寂な廊下。
そこに黒髪の青年が二人、紺の作業着で向き合った。
「何? 俺に頼みたい事って……葉月に聞かれたらマズイの?」
隼人が訝しそうに達也を見上げて……
病室の入り口スライドドアのガラス越しに写る……
大人しく一人で食事を取っている葉月をチラリと確認する。
「……たいした事じゃないんだけど。葉月には聞かれたくなくて……。
いや──『言えなくて』かな?」
達也は柔らかい黒髪をかき揚げて……そっと疲れたような視線を足元に落とした。
隼人は……『言えなくて』の一言ですぐに悟った。
「……『離婚した』という事?」
すると、達也が『正解』とおどけて笑ったのだ。
「……どうせ、ここで言うと……
また私が悪かったとか、俺もどうしてこうなったとか……
『何故?』こんな事になった……とか、アイツ一人でぐるぐる考えるだろうから」
「葉月が原因で別れたって事なのかよ? それ?」
腑に落ちないような渋い顔で隼人が口を曲げた。
『葉月が原因』と言う事は……
達也が忘れていない、その上、達也の元妻は葉月を恨むだろう……。
隼人はそうなるとまた……葉月が何かにつけて気にするには当たり前とばかりに
納得いかないような様子をありありと達也の前で態度に出していたのだ。
それも覚悟の上で、達也は言い出したのだから続ける。
「……も、一つであるのは否定しないね。後は俺と嫁さんだけが知る『夫婦の問題』だからな」
「葉月が関係ないなら、口で言っても差し支えないだろ?」
隼人がため息をついて、なんとか達也の口から言わそうとしているのが伝わってくる。
「……本当にあまり言いたくないけどな……
兄さんはどう? フランス長かったんだろ?
フランスの女性と付き合って、何か感じたこととかない?」
「──!? どういう事??」
「つまり……国際結婚はいろいろあるって事」
「ああ……あるの? やっぱり」
「あ。解る? そこまでは内事情だからあんまり言いたくないんだよね。
相手を悪く言うだけだし……乗り越えなかった俺達夫婦が悪いんだから……」
達也が珍しく……疲れたようにそっと微笑んだので……
隼人は同じ外国暮らしを体験した身として達也の日本男児としての言い分はすぐに解った。
だが……
「だけど……奥さんはきっと葉月を恨んでいる」
「……恨むとしたら。女以上に軍人として恨んで欲しいけどね?」
「軍人として??」
「そう。俺が決めたことは、そういう事……」
「…………小笠原に戻りたい? とか?」
「…………」
隼人が構わず核心に迫ろうとすると達也は視線を落としてそっと微笑んだだけ。
「いや……無理だろ? 俺はこれからどうなるかどうしたいかまだ決めていないし。
嫁さんと別居に持ち込んだばかりだから……仕事としてはまだこれから舵取り」
「そうなんだ?」
「ああ……一番最後に俺が今の状態にする決心をさせたのは……
紛れもなく……『葉月』ではあるけど……
そうなるまで色々あったんだ。そこは他の知り合いにも良くは話していない……
兄さんには言っておく。だから……頼むよ」
達也が今度は真剣な眼差しを、すがるように隼人に向けたのだ。
「頼むって?」
「俺がフロリダに戻ってから……いや、兄さんと葉月が小笠原に帰って落ち着いてからでいい。
兄さんから葉月に上手く……言ってくれないかな?
俺から言うと絶対に葉月気にするし……
兄さんなら葉月の心の状態上手く見て言い聞かせてくれるかな?って……。
だから……人にも言えなかった『葉月以外の原因』についてもこうして話しているんだけど?」
達也が少しばかり……言いにくそうに隼人に微笑んだ。
「嫁さん──『日本嫌い』なんだよな……そういう事もあって……」
「ああ……そうだったんだ」
隼人はそれなら……葉月以外にも原因があるというのは頷ける気もしたが……
そこもなんだか腑に落ちなかった。なんとなく……今はハッキリ見えないのだが。
ともあれ──隼人もフランス女性と長続きしなかったのはそれもあると言うことを
身を持って体験していた。
フランスで暮らしているからには……フランス側に合わせないと上手く行かない。
だけど──愛し合うならある程度は自分が日本人だと言うことは認めてくれないと
そんな……解り合うなんて到底無理──。
だから、途中からさほど真剣な男女関係を築き上げようとは思わなくなったのだ。
その達也の『国際事情から生まれる歪み』は隼人にも解る。
だが……達也がそれをいうと『妻ばかりが悪い』というように周りに取られるから
だから……ここで初めて隼人に告げていることが解った。
それだけ──その女性のことも……やはり『愛している』事も伝わってきた。
「やり直せないのか? 余計なお世話だけど……」
隼人は彼が既に決めた事と解っていても尋ねてみる。
だが、やはり……達也は疲れたように首を振った。
「別居になったぐらいだから、それはお互い重々話したよ」
「そっか……」
「俺はさ……やっぱり、アイツが『相棒』なんだよな……
俺──葉月の女らしいところが恋しいとか……そんな事じゃないから」
達也もそっと病室の窓辺に視線を馳せた。
葉月が一人で食事を黙々と取っている姿を……穏やかな瞳で見つめたのだ。
──『相棒』──
隼人はそう聞くと……胸が少し痛んだ。
この男は隼人と同じ気持ちをずっと前から持っていて……
そして……達也のその思いは通じる事ない。
何故なら……葉月の『相棒』は今は隼人だから……。
この彼に、葉月が気にしないよう早く立ち直って欲しいが……
『相棒権利』は隼人も絶対に譲れないから……。
「だから……女以上のアイツとの『関係』って言うのは……
『普通の女』じゃ、いくら説明しても解ってくれないんだよ
『女云々以上』が葉月にはあるんだよ。俺にとっては最高の同期生なんだ──」
「ああ……解る気がする」
隼人がそう言うと達也が、共感をサッと得てくれた事が嬉しかったのか
達也は嬉しそうに、にっこり……微笑んだのだ。
「やっぱりな。兄さんなら解ってくれると思った! だから……頼んでいるんだけど」
「…………」
そう言われると……同じ『じゃじゃ馬側近』として通じるところは否定できないし……
彼が『女としての葉月が原因じゃない』と強調したなら隼人も拒否は出来ない。
隼人もそう──。
女としての葉月も大切にしているが……
『何故? フランスを出た?』と聞かれたなら真っ先に答えるだろう……。
『じゃじゃ馬台風に動かされたのさ』と……。
葉月には女以上に動かしてくれる何かがあったから小笠原に行く気になったのだ。
そうでなければ、女一つで15年暮らし慣れたフランスを簡単に捨てやしなかったのだ。
男と女じゃなくても葉月とは何か一緒に動きたくなった。
だから……その『感覚』を達也が持っていると解ったなら
『じゃじゃ馬台風感染者』としては同じ共鳴者として
協力しなくてはいけない気になってきたのだ。
「……解った」
隼人がそっと呟くと達也がホッとした息をこぼした。
「連絡先ぐらい教えてくれる? 葉月に伝えた後に報告するよ……」
「ああ……パソコンは持っていそうだな? 勿論だろ?」
「ああ……持っているよ? 達也は? メールアドレス持っているの?」
「ああ……後でメモ渡すから……」
そこでこの『件』については交渉成立。
達也もホッとしたようだ。
隼人としてもここまで頼られては……
しかも達也が葉月の状態を気遣って
今の恋人である隼人に頼むなんて……なかなか出来ないことだと隼人も思ったのだ。
それだけ……
彼、達也は葉月の事を一番に考えているのが伝わってくる。
そして……隼人も達也に見抜かれている。
『葉月の為なら……少々は男のプライド捨てられる』
達也も元恋人のプライドは捨てて今の恋人の隼人に頭を下げて
『葉月が傷つかないよう頼む』と言うのだ。
だから──隼人も現恋人のプライドは捨てなくてはならない。
『葉月の為』
その為にこの男と『同じ感覚』で動ける事……任務中だってどれだけ感じた事か。
(お前……良い男と付き合っていたじゃないか?)
何故? 別れてしまったのかまだ、よくは聞いてはないが──。
(いずれ、解るだろう?)
こんな息の合った似たもの同士の二人が別れたのだから
余程の理由があった物と隼人はさらに痛感したので余計に探らない方が良いと判断。
そう思い巡っていると、達也が安心したのか気が晴れた顔で
再度、葉月の病室に入っていった。隼人も続く……。
「お? 葉月。兄さんの言う事はちゃんと聞くのだなぁ〜!
ちゃんと残さず食べたじゃないか?」
達也が明るく葉月のトレイを覗き込んだ。
「なによ? 子供みたいに扱わないでよ!」
葉月は素直に言う事を聞いた事で気恥ずかしいのか、プイッとそっぽを向けたのだ。
隼人と達也もいつもの調子に戻ってきたじゃじゃ馬嬢を見てお互いニッコリ顔を見合わせた。
「さてさて、お楽しみのデザートだ。甘党さん」
隼人がクレームババロアを手にすると……
「さて……葉月も元気なようだから……俺はこれで……」
「え? なんでだよ?」
「達也? 帰るの??」
達也が気まずそうに微笑んで去ろうとしたのだ。
だから、隼人と葉月は揃って驚き、達也を見つめた。
「いや〜側で二人をからかいたいのは山々なんだけどさぁ〜。
やっぱ、フォスター隊も帰還の準備があるらしくて……
俺一人……じゃじゃ馬の『元・側近』という肩書きで
御園のおっさんに引っ付いているのもどうかな?──と」
達也はそう言って……黒髪をかきながら『アハハ!!』と軽やかに笑うのだ。
葉月は、残念そうでも致し方なさそうな顔をしていたが……
隼人には解った……。
『俺と葉月を側で見ているのも辛いのだろうな……』
隼人は葉月に食べさせようと手にしたババロアをそっと降ろした。
「そう……じゃぁ……後で宿舎で」
無理に引き留めようとは思わなかった。
隼人が逆の立場なら……きっと、そっと何気なく送り出して欲しいところだと思ったから……。
だから、達也も……
「ああ……じゃぁ、これで……」
少しばかり躊躇った表情を一瞬ともしたが、後は颯爽と葉月に背を向けたのだ。
でも……扉を開ける前に彼は葉月に振り返った。
「葉月……良かったよ。傷のこともそう気にしていないようで……
ちゃんと、兄さんの言う事聞けよ? あんまり困らせるなよ?」
隼人はその彼の表情を見て不安を覚えた。
『これっきり?』──と、いうような寂しい笑顔を浮かべていたのだ。
勿論──葉月も同じように感じたらしい……。
「達也……明日も来てね? まだ、話したいことあるし……
父様とマイクと帰ったら? 康夫とだってまだ、顔も合わせていないのでしょう?」
『これっきり』にならないように達也をきちんと引き留めていた。
隼人もそこは葉月と一緒に頷いた。
「明日、またじゃじゃ馬からかいに一緒に来いよ。
俺なんかじゃ、『口』ではお嬢さんには全然勝てなくて……」
「よく言うわよ! 隼人さんの方が敵わないわよ!」
そこで二人がまた『どっちの口が敵わないか』について言い合いを始めると……
「おいおい。付き合ってらんねぇよ! とにかく俺は手伝いに帰るから。
大人しくしていろよ! じゃじゃ馬!」
達也は、苦笑いを浮かべてサッと病室を出ていったのだ。
隼人も『しまった!』と……
葉月とのいつもの『慣れた言い合い』を見せつけてしまった気持ちになって
病室を出た達也を追いかけるように自分も外に出た。
「達也!」
長い足で、もうかなり先に去っている達也に声をかけると彼が振り返った。
「なに?」
一応笑顔だったがぎこちない笑顔。
やはり……元・恋人的に受け入れにくい何かが少なくともある事を隼人は確信した。
「後で時間があったら……お茶でも」
「ばかばかしい……『お茶』なんて女を誘うときに言う言葉だぜ?」
「まだ……話したいことが……」
「ああ、解った。解った! あとでな!」
達也は面倒くさそうに、背を向けて肩越しに手を振ってHCUの自動扉を出ていってしまった。
隼人は背の高い彼が颯爽と去っていく姿をため息をついて見送った。
隼人が病室に入ったのを確認して……達也はもう一度HCUの自動扉の前に立つ。
『葉月──しっかりやれよ。今度は、閉じこもったりしないでちゃんと心開くんだ……』
葉月の病室をジッと見つめて……そして……
『アイツを宜しく……澤村少佐……』
『ごめんな。葉月……俺、明日、フォスター隊と帰るぜ。 じゃぁな……』
それだけ、心で呟いて扉の前から立ち退く。
それと同時にすぐ側にあるICUにも視線を向けた。
家族外は面会謝絶の厳重な病棟……。
『康夫……お前、親父になるんだから絶対、大丈夫だよな?
フロリダで……待っているぜ。お前の負けず嫌いな自慢話をさ……』
親友と一度も言葉を交わせなかったが……
今──達也はとにかくフロリダに帰りたい気持ちでいっぱいになってしまったのだ。
帰ったところで決めた気持ちに変化はない。
だが……
──『さぁ! 俺もお前達、同期生には負けないぜ。まず、現場復帰だ!』──
達也は新たなる気持ちを秘めて……そっと、仲間から離れて行く……。
その晩……傷の診察の際、葉月の元に一人の恰幅の良い女医がやってきた。
歳は50歳ぐらいの、なんだかソニアママンのような肝っ玉母ちゃんのような女医だった。
彼女はニコニコと葉月に『ボンソワール』と微笑みかけると
葉月も警戒無しでニッコリ『ボンソワール』と微笑んでいた。
「パパ、シンちゃん、隼人君? 男性は外に出てちょうだい!」
登貴子が肌をさらけ出す診察だからと言って妙に神経質に男達を外に出したのだ。
「なんだ? 母さんは……私は父親だぞ?」
「俺だって、甥っ子で平気なのに!」
亮介と真一は葉月が少々肌をさらけ出さす事など家族として平気なのに……と
孫と祖父でブツブツ言っていたが……
『いよいよか……』
隼人には解った……ついにその時が来たのだと!
胸が張り裂けそうだった……。
『出来ていれば処置にて葉月の身体にまた負担が……
出来ていなければ良いけど……出来ていたとしても何とかならないのか?』
出来ていたら嬉しい。でも──あれだけのオペをしてしまっては……
薬品等にて必ず胎児には影響が出るから……
それなら……出来ていないことを願った。
『でも……そうすると彼女とは一体いつ? これから? そんな事が望めるのか?』
登紀子の話を聞いて益々隼人は思った。
母親の彼女が
『あの子がピルを手放すなんて余程の事』
そういうという事は……やはり、葉月がピルを頼っているのは
根の深い事でやめさせる方が困難だと確信したから……。
それなら『偶然』以外何を頼ればいいと言うのだろうか??
一頃して、女医の先生が看護婦と供に手に何かを持って出てきた。
隼人は女医の先生と、ちらっと視線が合って驚いたのだが……
先生はニッコリと、隼人を不安にさせない笑顔を向けてHCUを去っていった。
「終わったわよ。入って良いわよ」
登貴子から許可が出て、亮介と真一は何事もなかったように病室に入った。
「お母さん」
「すべては明日よ……しっかりしなさい。
葉月には念のための女性としての検査だと言っておいたから……」
「彼女……勘が良いでしょう? 気が付いていないかと……」
「気が付いたかも知れないわ? 自分が良く解っているはずよ」
「!!」
登貴子が何喰わぬ顔で『ばれたかも』と言うので隼人はビックリ息が止まった!
「……でも、あの子何も尋ねなかったわよ。
あなたと二人きりになったら言い出すかも知れないから……
その時、しっかり話し合いなさい……」
「そ、そうですね」
(それもそうだ……いずれは話し合わなくてはならない事。
少なくても今回の件だけでも……)
そう思えたから、隼人は重い気持ちだけ引きずって病室に入った。
その後、夜も更けた事もあり……。
この晩は登貴子と真一は一晩だけ葉月の病室に泊まることになった。
その後──亮介が明日、任務隊を送り出した後、
『御園ファミリー』と隼人が何処でどう宿泊するかの話し合いになった。
隼人はいくらでも泊まるツテはあるのだが……
「ソニアママンの所が良いじゃない? 隼人さん、予約取れないの?」
「ああ! そうだね……俺は……ジャンの所に転がり込もうかな?」
少しばかりの小遣いは日本から持参していたが
さすがに『休暇を過ごす費用』など……持ってきてもいない。
だが……
「水くさいな! こんな時は甘えてくれて差し支えないんだよ! 隼人君!
私達と一緒に泊まろうじゃないか? 君がいないと困るよ!」
亮介が拗ねたように顔をしかめたので隼人もおののいてしまったのだが……
「そうよ……隼人君。男手が欲しいのよ。葉月の面倒見てちょうだい」
登貴子もニッコリ勧めてくれる……
そして──
「俺も! 隼人兄ちゃんと一緒がいい!」
真一も駄々こねるように、一緒に宿泊を勧めるのだ。
「いえ……しかし……」
「隼人君! 私と約束しただろう? 美味しいレストランに連れていってくれると!」
亮介まで足をジタバタさせて真一のように駄々をこねるのだ。
「まぁ! 男同士でそんな約束を? ずるいわ!
私も地元にいた方の案内でマルセイユを満喫したいわ!」
登貴子が急にそんな話に食いついてきた。
「私も行きたい! あの優しいおじ様がいる海辺のレストランでしょ!」
葉月までもが……。
そうなると一人取り残された真一も当然……
「やっぱり! 隼人兄ちゃんと葉月ちゃんはデートしていたんだ!
俺もそのレストラン行きたい!!!!」
御園家の人間それぞれに食らいつかれて隼人はタジタジ……。
「わ・わ・解りました! 好きにして下さい! お任せします!!」
もう半ばヤケで叫ぶと
『わーい♪』と真一と葉月がまるで姉弟のように手を合わせてはしゃいだのだ。
「まぁ……調子の良いオチビさん達」
「葉月もそれだけの願望があるなら、もう大丈夫だな。明日にはここを追い出されるゾ?」
「なによ。『父様』ったら」
『父様』に亮介がピキン……と固まったのが隼人には解った。
「ええっと、葉月……その? なんだ?」
亮介が娘に何かあたふたと求めているのだ。
隼人もだいたい解っていたので登貴子と顔を見合わせて笑ってしまった。
「意地悪なパパ……」
葉月がそういってそっぽを向けると……亮介がまた……
「な? な? 皆と一緒に出かけような? な? リトルレイ」
そういって葉月に取り入っている姿は『将軍』でなくて『パパ』だった。
葉月がぺろりと舌を出して亮介が取り入っているのを楽しんでいるのが
隼人に向けられて苦笑い。
『その辺にしておけよ??』
しかめ面を向けると、葉月も解っているのかやっと父親に笑顔を。
「お祖父ちゃんたらどうしたの? なんだか変に葉月ちゃんに弱いよ??」
そんな若叔母の姿が真一には珍しいらしい。
「隼人君? そのレストランはどのようなお料理が出るの? 楽しみだわぁ♪」
母親として気丈に動き回っていた登貴子が
やっと穏やかで愛らしい笑顔を浮かべたので隼人もついついなし崩しに……。
「ええ! 海辺にあって……それで!」
今度は葉月がしらけた視線を向けていたが、お構いなし。
それでもその晩は、葉月の消灯まで
『御園ファミリー春の休暇計画』について賑やかに話が咲いたのだ。
隼人も……そんな家族ぐるみの『お出かけ』に
こんな風に出逢えるなんて思ってもいない事。
明日の『検査結果』が気にならなければ……もっと、楽しいだろう……。
隼人は心の奥でそう思いつつも……やっと勝ち得た恋人との時間。
そして──それに伴ってついてきた新しい家族との触れ合いに今は……身を任せたのだ。
隼人が宿舎に亮介と戻ると……
自分が休息をとった部屋には達也がいなかった。
でも? 自分が寝ていたベッドの毛布の上にメモが一枚。
『俺のメールアドレス! 宜しくな!
隊長達が今夜だけ外出許可を貰ったと言うから……
せっかくだから一緒に初めてのフランスの街に飲みに行くことになったぜ! じゃあな!』
「ああ……そうなんだ。そう言えば? コリンズチームもちらっと出かけると言っていたな?」
任務隊に近辺外出許可が出ることは食事の際に上から説明があった事だ。
隼人は慣れている街。
今更──出かけるつもりもなく……
昼間、少々の睡眠しか取っていないので、
入浴を済ませた後、なだれ込むようにベッドに入り込んで眠ることに。
その晩……達也が帰ってきた気配はなかった。
そして……朝も……。
「あれ? 帰ってきてないのかよ? それとも起きて出かけたのかな?」
二段ベッドの上から下を覗くと達也の姿はなかった。
隼人もだいぶ身体が軽くなったので爽やかに起きあがって身支度を。
食堂に行くと……やっと達也の姿を見つけたが……
やはりフォスター達と楽しそうに食事を取っているだけ。
(うーん……後で、声かけるか)
隼人はまたデイブ達に呼ばれて食事を一緒にとることに……
「サワムラ! 嬢をしっかり連れて帰ってこいよ!
俺達は今日、一足早く帰るからな!」
デイブにいつもの大声で豪快に言われて隼人もニッコリ
『勿論です』と答える。
「ゆっくりしていれば良いよ。本部は俺とジョイとデビーで一週間ぐらいは何とかなるし」
山中の兄さんも、久振りのフランスで羽伸ばせ! と、快く置いて帰ろうとしていた。
「ジョイに宜しく。土産買って帰るからと言っておいてよ。
兄さんも明日から休暇だろ? 一人で本部に出て張り切らなくてもゆっくり休めよ?」
「ああ、勿論! 第一、台風がいなければ平和ってモンだ!」
山中は最後にそこは憎々しそうに言い切ったのだ。
そう……葉月に隙をつかれた事をまだ少々怒っているらしい。
家族外は顔も合わせられない場所に葉月がいるので山中の兄さんとしては
食らいつきたいが食らいつけなくて、まだもやもやしているようだが……。
葉月が無事に帰還して、ホッと涙を一番に流した男もこの兄さんだとデイブに聞かされていた。
「帰ったら、俺達で締め上げないとな。あのじゃじゃ馬……」
隼人も冷たい顔でそう漏らすと、山中もニッコリ……
『本当だ』とやっと爽やかに微笑んでくれたのだ。
そうして隼人が食事を終えると……もう、フォスター隊の姿がなかった。
「フロリダ隊が最初に帰るらしいぜ。その後に俺達、小笠原隊だな」
山中がポツリと呟いてホッとため息をこぼしたのだ。
「海野中佐とは?」
「ああ──さっき少し話したよ? お嬢を見届けて帰るのかと聞いたらそうだって言っていた」
山中がそう言った事に隼人は安心して……
(だったら……もう、HCUに行っているかな?)
そう思って自分も食事を終えて、小笠原隊に別便で帰る挨拶をして隼人もHCUに向かった。
ところが──?
HCUの葉月の病室に辿り着くと……賑やかな御園ファミリーが揃っているだけで
達也の姿がなかった。
「おはよう♪ 隼人さん──」
昨日よりも輝く笑顔を見せてくれた恋人に思わず気を奪われそうになったが……
「海野中佐は?」
隼人が尋ねると……亮介も登貴子も少しばかり驚いた顔をしたのだ。
隼人の胸にも妙な胸騒ぎ……。
すると、亮介が慌てて立ち上がった。
「さっき、私と一緒に行こうと声かけると……隼人君と一緒に行くから待っていると……」
「え? 僕は昨夜から……彼とは顔も合わせていないんですけど?
彼……ずっとフォスター隊と一緒だったみたいで……」
「なんだって??」
亮介が途端に顔をしかめた。
隼人も! そして登貴子も……
そして──
「達也──もしかして……」
葉月もなんだか悟ったようだ!
その時だった!!
「中将!!」
マイクが立派な軍制服姿で葉月の病室に飛び込んできたのだ!
「ウンノが! フォスター隊と帰ると言い出して今、滑走路にいましたよ!
どう言う事なんですか?? レイ! ちゃんとお別れは言ったのかい??」
マイクが慌てた表情で葉月に突っ込んできた。
それを聞いて御園夫妻と真一が固まった。
でも……
「……バカ! 本当にバカ!!」
葉月は悔しそうに拳を握って肩を震わせたのだ。
そして……そんな彼女の握った拳に『ポツン』と一粒の涙が……。
それを見た隼人……。
身体が自然に動いた!!
「行くぞ! 葉月……!」
立ち上がった隼人が言い出した事にそこにいた誰もが驚きの声をあげたのだ!
勿論──葉月も驚いて……頬に涙を一筋流している顔で隼人を見上げた。
でも、一人だけ……隼人と供にサッと動いた男がいた。
「さすが! サワムラ君! パイロットにすぐに飛ぶなと引き留めてありますよ!」
「点滴は少々はずれてもいけるはずだ! 少しの時間だ。行くよ! 葉月!」
隼人がすぐさま葉月のベットのシーツを剥ぐと……
「解った……歩けるから……」
葉月自身が腕に食い込んでいる点滴の針を抜いたのだ!
「歩くなんて間に合わない! 滑走路は他の訓練戦闘機との兼ね合いがあって
そう長くは停滞していられないんだから!!」
「そうだよ! レイ! サワムラ君に任せて!!」
隼人がテキパキと葉月をベッドから抱き上げてしまって……
あれよあれよと葉月は隼人に抱きかかえられて病室を出ていってしまった!
茫然としているのは御園夫妻と真一。
でも──
「俺も行く──!! まって〜!!」
真一が隼人と葉月を追いかけると……
「まったく! 手の焼ける子達ね!!」
登貴子も孫を追うようにサッと動き始めたのだ。
まだ一人狼狽えている男が……
「パパ将軍! 何しているのですか?? 何とかして下さいよ!
HCUの医師達には私が言い訳ますから早く──!!」
側近にまた生意気に檄を飛ばされて亮介もハッとしたようにやっと妻を追いかけ始めた。
「やれやれ──まだ、休めないのかな? 俺は……」
マイクはホッと一息つきながら……
葉月が外してしまった点滴の針から一滴ずつ薬液が床に落ちるのを
そっと微笑みながら見下ろした。
『やっぱり……なかなかの男だったか……彼は』
そっと……いつもは自分が御園家のお尻を叩いてきたような気がしたが……
すこしその役目から肩の荷が降りたような気がしたのだ。
(まぁ──これからお互い様かな? 俺がパパ担当で彼が嬢担当って所か?)
「一体、何事ですか!! これは!」
医師が一人、慌ててマイクが残る病室にやってきた。
「はぁ……なんでしょうね?」
とぼけて笑いながらもマイクはその間にまたぐるぐると頭の中で『言い訳』を捜すのだ。
さて──
隼人と葉月が達也を捕まえて、どう別れるかなんて……
今のマイクにはどうでも良いこと……。