57.パパと帰ろう

 『マイク! 来てくれ!』

その声が……やっとそのお許しが聞こえて……

マイクは元より、隼人と達也もドアに詰め寄った!

マイクがドアを開ける!

それに続いて、許可待ちなどお構いなし! 隼人と達也も部屋へ入り込んだ!

「中将!? レイは──大丈夫でしたか?」

マイクが駆け寄ると……

「すぐに──救急隊をもう到着するだろう治療用ヘリに集めてくれ!

それから──『輸血』が必要かもしれないから……

『献血』に協力してくれる隊員を集めてくれ……!

葉月の血液型は……『B型』だ!」

マイクが目にした……父親の腕に抱きかかえられている葉月は……真っ青な顔をしていた。

それに──! その父親が被せた迷彩柄の上着には早くも紅い染みが滲んでいたのだ。

「すぐに──手配します!」

マイクは瞬く間に外に出ていく!

「葉月──!!」

「葉月──!?」

隼人と達也がすぐに亮介と葉月の元に駆け寄って跪いた!

「大丈夫……たぶん……意識を無くしているだけだ」

父親は妙に余裕だったが……

隼人と達也は真っ青に青ざめた!

そんな『大丈夫』だなんて、言われても……目の前の彼女は……

目も開けないし……物も言わない……

むしろ──いつも血色良い透き通った白い肌が……

潤いを無くしたようにくすんで真っ青……。

まるで……そこらに転がっている男3人の遺体と変わりない『死体』に見えないこともない!

「葉月! おい!! せっかくここまで成し遂げたのにこれで終わりなのかよ!?」

「こら! 葉月! こんな事でへこたれないと思って俺は撃ったんだぞ!?」

隼人と達也が揃って……葉月に向かって叫んだ。

「ふ……ぅ……」

葉月が父親の腕の中……胸の中、息を吹き込むかのように鼻で呼吸をして声を漏らした。

「葉月?」

亮介がそっと……娘の額の栗毛をかき上げると……

「…………」

葉月がそっと茶色のまつげを輝かせながら……瞳を僅かに開けた。

「パ……パ?」

「気が付いたかい? 痛くないか? もう、大丈夫だよ?」

その亮介の微笑みを見て……

何故か隼人と達也は揃って……言葉が出なくなってしまった……。

見たこともない……優しい笑顔だった。

そして──とてつもなく……『男として格好良い』と少なくとも隼人は思ってしまったのだ。

だが──それは、隼人と肩を並べて跪いている達也も同じ事を感じたらしく……

また、二人で顔を見合わせて……頷いてしまったのだ。

(本当に? 何故?? 彼とはこんなに通じてしまうのだろう??)

隼人はそう思いつつも……達也と示し合わせたように……

そっと、葉月と父親の側から離れる為に立ち上がって入り口に控えることにした。

『来てくれたの? ママは?』

「ああ──ママもすぐに来るよ」

『……お兄ちゃまは?』

 

『お兄ちゃま?』

葉月の一言に……隼人と達也は眉間にシワを寄せてまた顔を見合わせた。

「ほら……あれ……右京さんか、真さんの事じゃないのか?」

達也は、隼人にそう言って自分も納得しようとしたのだが……

(…………)

隼人は……いや、達也も? 何か引っかかって……また二人で顔を見合わせて

葉月と亮介のやり取りに耳を澄ませてしまう……。

 

亮介が……少しばかり言葉を止めていたが……

「ああ──鎌倉に帰ったら皆いる。だから──早く帰ろう? レイ……リトルレイ」

「……海に行く」

「海?」

「右京兄ちゃまが言い出したの……皆で海に泳ぎに行くって

そうしたら……お姉ちゃまが谷村のお兄ちゃま誘ってね? レイも連れていってくれるって……」

「!?…………」

「そうしたらね……きっとお兄ちゃまがおさかな捕ってくれるから」

父親でありながらも亮介が……

困惑した顔をしているのが、隼人と達也には感じられた。

やっぱり──隼人は『予想したとおり』だと確信を深めていた。

何か辛いことがあると……自分で無茶をしすぎると……

葉月は一番幸せだった『小さい頃』を思い出してそこに精神が一時戻ってしまうのだと。

だから──葉月の今、生み出している『幻覚』にはさほど、

驚いたり、気味悪く思ったりする事はなく……当たり前に受け止められたのだが……。

亮介が……妙にやるせなさそうな苦い表情を刻んでいるのが

少しばかり……痛々しく感じられた。

「そうなんだよなぁ──葉月にとってさ……『右京さん』と『真さん』って

結構、でっかい存在でさ……? どれだけ、勝てなくて悔しい思いをしたことか……」

達也が隼人の隣で、ふてくされて腕を組み始めていた。

(そうなんだ〜……俺もそう何度思った事か?)

どうやら──隣の男も……隼人と同じ気持ちを、右往左往感じてきたのは同じのようだ。

なんだか……急に『同志』の様な感覚に陥る隼人……。

 

そして──

「中将──! ヘリが来ましたよ! 早く!」

マイクが、戻ってきて叫んだ!

「よし! 葉月──もう少しの辛抱だ! 隼人君! 達也君! 君達もついてきなさい!!」

『ついて来い!』と、やっと言われて隼人と達也も……

『待ってました!』とばかりに……

葉月を背中に担ぎ上げようとする亮介を手伝おうとすると……

「パパ……ゴメンね……怒っている?」

「怒っているものか……お前はよく頑張ったよ!」

先程、幼児返りをしていた葉月の声が……急にいつもの声に戻っているように感じた。

「…………ほら? 隼人君も達也君もいるよ?」

亮介は、背中に背負った娘に……隼人と達也の姿を確認させようとした。

葉月の茶ガラス玉の瞳に……やっと隼人と……達也が映った。

「葉月──大丈夫か?」

「葉月……ごめんな? お前に痛い目を合わせて……」

「…………でも、終わったのでしょう?」

「ああ! 海野中佐が……しっかり仕留めたよ!」

隼人が葉月の栗毛を撫でると……やっと彼女がニッコリ……微笑んだ。

「達也──流石ね……」

葉月がそう微笑んだので……隼人は自分の後ろにいる達也を引っぱり出して……

『葉月に触れ!』とばかりに彼の手を葉月の栗毛にもってゆく……。

達也は驚いていたが……

「早く──いつものじゃじゃ馬に戻ってくれよ? つまらないよ……大人しいお前なんて」

達也もそう微笑んで……葉月の頭をそっと撫でると

葉月がさらに微笑んだ……。

なのに──

「……パパ……パパが来てくれるなんて……夢かと思った……。

夢だと……さっきまで思っていたわ……

隼人さんと達也を見て……現実なんだって……今、気が付いたの……」

葉月はそう言って……急に背中に背負われたまま、父親の首にしがみついて……

茶色の瞳からボロボロと……大粒の涙を流し始めた。

隼人と達也は……揃って息が止まるほど驚いたのだ。

「パパ……なんで来たの? 総監のくせに……ダメじゃない?」

「……心配するな……良いから……お前は良いから、寝ていなさい」

亮介はなんだか照れくさそうにして、葉月を背負って歩き始めたのだが……

「パパ──……パパ……嬉しい……パパ……」

葉月は亮介の首にしがみついて……ボロボロと泣き続けるだけ……。

亮介の首に……その涙の筋がいくつか流れて……

彼が着ている黒いアンダーのランニングに染み込んで行く……。

「中将──ヘリに献血台も手配して

合いそうな血液型の隊員が向かっていますから……早く!」

マイクのせかす声……でも、亮介はうつむいたまま動こうとしなかった。

彼も……父親の彼もなんだか感極まった顔をしているのだ。

それを見て……何故か? 隼人の横にいる達也まで泣いているじゃないか!?

「どうしたの? 海野中佐??」

隼人がびっくり……そう言うと……達也は鼻をすすって……

「だってよぅ……あんな『可愛い葉月』久振りに見たし……

あんな娘らしい葉月……やっと見られたというか……?」

そう──この男こそ……隼人以上に……

悔しいが……やっぱり隼人より長く葉月を見てきた男なのだ。

隼人は……亮介を最後に動かしたかもしれない……

でも……動かすように教えてくれたのは……この達也なのだ……。

勿論──隼人だって葉月の『娘らしい姿』を見られて感激はしているのだが……

達也のように涙を流すまでには至らない……。

それだけ──彼は……もっと隼人以上に……葉月と苦難の付き合いをしてきたと言う事。

でも──

隼人はこれから……。これからなのだ……。

もっと、もっと──今まで以上を葉月と築き上げて行かねばならないのだ。

いや──築くべきなのだ……。

だから──泣かない。

これからは……『笑顔』

「帰ろう? 葉月──『パパと一緒に帰ろう』」

隼人が笑顔で泣いてばかりの葉月の栗毛を撫でると……

「皆……一緒よね?」

泣いていた葉月がやっと微笑んでくれた。

「ああ。 パパも……俺も……達也も一緒に……帰るよ。リトルレイと一緒にね」

「……うん……

あ──あのね? 隼人さん……左のポケットから出して?」

「? 何を??」

「沙也加ママのお守り……ママ来てくれたわよ? こっちに来るなって」

「──!? 本当かよ? またまたぁ……」

隼人のそう願っていただけに……思わず驚き……そしてその言葉を否定しようとした。

でも──葉月はニッコリ……

「そうね……私の幻覚だったと思うけど……隼人さんが持たせてくれたから

なんだか──そんな風な幻覚を見て、自分を励ますことが出来たと思うの

だから──隼人さんに返す……隼人さんも持っていた方が良いわよ?」

妙に説得力のある葉月の『お守りのあり方』

だから──隼人も……納得して……葉月の左ポケットからそっと

指で探って……白い巾着を取り出すと……なんだか巾着以外にも何か入っていて

それごと隼人は手の中に出してみた。

「──!!」

手の中に戻ってきたその巾着をみて……隼人は息を呑んだ。

隼人の手の中を覗き込んだ達也も……。

白かった巾着が……ほぼ半分以上真っ赤に染まってしまったのだ。

そう──葉月の血で……。

「ゴメンね……大切な、お守り……汚れちゃったね……」

葉月も確かめて……ガッカリしたようだったが。

「そんな事……違うよ。これは……」

隼人がなんとか上手く言おうとすると……

「兄さんのおふくろさんがお前の胸に当たらないように……避けてくれたんだな!

やっぱすごいな……お守りって! 上手く左肩腕付け根に命中したのは

このお守りのお陰かな? いや! 俺の腕前、まだまだかも!?」

達也がそういっておどけたので……隼人は驚いてしまったが……

「…………相変わらずね……」

葉月は達也のそんな熱演に……笑顔をこぼしてくれたのだ。

(こういう……男なんだな……)

隼人は……この憎めない男が……妙に好きになり始めていた。

そんな笑顔になった娘を肩越しで確かめた亮介も……

やっと湿っぽい顔から笑顔をこぼした。

「帰ろう……葉月」

「うん──パパ……」

笑顔を交わし合う父娘に……待ちかまえているマイクも

そして……隼人も、達也も微笑み合った。

忌まわしい遺体が横たわっている部屋をやっと出る。

階段で海兵員達がそんな父娘の『撤退』に敬礼をしていた。

「ご無事で……何より」

その中で……フォスター隊が階段に並んで葉月と亮介に敬礼を──。

「フォスター中佐……犯人の手元を撃ってくれたの誰?」

葉月がそう通りすがりに声をかけると……フォスターが一時躊躇ったのだが……

「サムです」

そう答えてくれたのを葉月は耳に留めて……

「父様……止まって?」

「なんだ?」

葉月がそう言ったのは……黒人のサムの前……。

サムと葉月の目が合う。

「サム……有り難う……もう少しで殺される所だったの……

見事な……一発だったわ……」

葉月が微笑むと……あんなに血気盛んだったサムが……

瞳にいっぱい涙を浮かべてしまっていたのだ……。

そうして──御園父娘が階段をいそしく降りていく中……

「サム? お前、血液何型?」

達也がそっと声をかける。

「B型だ。 後ですっ飛んで献血に行く!」

「そ。なら、いいんだ♪」

達也はそれだけ確かめたかったようで……さっと御園親子の後に付いてきた。

 

「俺もB型♪」

達也はそういって、もう『献血準備OK!』と、ばかりに袖をめくり始めたのだ。

「兄さんは? もしかしてA型じゃないの〜??」

妙に『ニヤリ』と微笑んだ達也に……隼人はもう、第一印象の『ガキ』に戻っているとため息ついた。

A型だと、葉月への輸血は『適合外』、隼人がA型なら役に立たないと言いたいのだろう?

そんなライバル心バリバリの達也を冷めた目つきで流して……一言。

「誰にでもあげられる『O型』でね? 損するタイプ」

ツン……と淡泊に答えると、達也が『チェ!』と指を悔しそうに鳴らした。

でも、なんだかそんな一直線な男が隼人は逆に羨ましくて……

それでいて憎めなくて結局笑ってしまったのだ。

 

 滑走路に配備された治療用ヘリに亮介の足は急ぐ……。

激しい潮風が吹きすさぶ滑走路に出ると……

ヘリで救急隊員達がストレッチャーを出して待ちかまえているところ。

さらに、亮介の足が急ぎ足に──

でも──

 

 「気持ちいい……」

亮介の背中で葉月が……今にも眠ってしまいそうな眼差しで微笑んだ。

「潮風──久振りのような気がする……」

隼人は妙な不安を覚えた。

先程から……葉月は嫌に喋っているじゃないか?

あれだけ……真っ青な顔をしていたのに??

「葉月──後少しだから……頑張れよ!」

隼人も亮介の背中から……葉月から離れまいと声をかける。

「…………それ? なに?」

隼人が手に握りしめている物を葉月は見つめていた。

「これ? お前のポケットに入っていたけど?? 汚れているから……」

隼人の手の中には……くたびれた小さなキャンディー

それを見て……葉月が息を止めたように驚いている!

「? なに? どうしたの??」

「…………」

また……葉月が涙をこぼし始めた。今度は声を殺して……。

「それ……返して?」

葉月が隼人の目も見ずにそう泣き声で呟く……。

勿論──隼人は訝しく思いつつも……彼女がそう言うから、言うとおりにポケットに返した。

 

 「葉月──?」

また、背中でメソメソしている娘が気になったのか……

亮介がヘリの目の前に来て肩越しに振り返った。

「パパ? ご褒美に……また苺のキャンディーくれる?」

「ああ! いっぱい買ってきてあるからな!」

「忘れ物……届けてくれたみたい」

「はぁ??」

亮介もそして隼人も……達也も

訳の解らないことを呟いた葉月に眉をひそめるだけ。

 

『有り難う……お兄ちゃま……』

忘れ物を届けてくれた『黒猫さん』を葉月は……潮風の青空に幻を描いた。

意識がハッキリしていなかったせいか……?

あれは幻だったのか? いや──葉月は夢じゃなかったと確信した。

そっと──乾いた唇をさすった……。

夢の中で……あの厳つい義兄が熱く口付けてくれたのは夢じゃなかった?

あんなに憧れていたあの人との口づけ……。

でも? 意識がなかった分……やっぱり夢だったのかもしれない……。

それぐらいで……あの人とは丁度良いのかも?と葉月はそっとまつげを伏せる。

 

『さぁ──帰ろう! 皆と小笠原に帰ろう!!』

 

 瞳には、大好きな……信頼している男が二人……

葉月に笑いかけて見守ってくれているのが映る。

 

妙に心地よい眠気に今にも陥りそうな中でも……

葉月はとても清々しい気持ちで……短くなった栗毛を揺らす潮風を吸い込んだ。

懐かしい……父親の髪の香りが鼻をくすぐった……。

 

3月上旬──Xday AM9:00
フランス・マルセイユ航空部隊 分隊 岬管制基地 解放奪取任務完了!

=新生・御園中隊編= 完