45.林・逃走!

管制室のデーターが並ぶ電光板……。

『!!』

黒髪の男がその電光板に反応した。

「どうした? ボス……」

機関銃を持ってい側の西洋人男が囁いた。

「これで解った……『トミー』は……やられたんだな」

「トミーが!? 何でわかるんだよ??」

「見ろ……自家発電アンプが壊れたのかもな……

向こうも一か八かの賭に出たようだぜ?

基地内電力を使ってプログラムを打ち込んでやがる」

『林』が見つめる電光板のその位置……。

『電話交換室』のランプが点灯していた。

そこで電気操作にて電力が流れているという表示だったのだ。

ところが……機関銃を構えていた男が焦ったのはそんなことではなく……

「ボス……どうするんだよ……

トミーがいなくては……新・システムが手に入っても上手くは操作できないぞ?」

「そうだな」

西洋人のその男とは違って……林は落ち着いていた。

そこは……『元・黒猫部員』

非常時にも顔色を変えない。

「孫……ちょっと……」

林は同じ東洋人の男を人質の前から手招きした。

「なに? 兄貴……」

「ここはもう退こう……今回は『失敗』だ」

「!!」

ここにいた犯人グループ員全員が『林』の静かな一言に驚いた!

「冗談じゃないぜ! これが成功しなかったら俺達の報酬金はどうなるんだよ!!」

人質を囲んでいた数人の男達が血気だって叫ぶ。

「金を儲ける話はいくらだって転がっている。

それに今回は、ここのデーター形式を盗むことができたからな。

それで、我慢しろ。最終的には『戦争勃発』が目標だったが

そう簡単に行くようなものじゃないと最初から思っていた。

トミーが上手くやりのけてくれたら成功は間違いなかっただろうが?

ここで軍ともめ合うと今度は俺達の身が危ないぞ?」

最もで落ち着いた『ボス』のお達し。

だが──

ここ数日間の苦労はそんな簡単には部下達には諦められないのだろう。

「また──でっかい仕事あるんだろうな?」

金髪の大きな男が今にもボスに銃口を向けそうな勢いで呟いた。

「それも──身体と命という『資本』があればこそだな

立て直せばいくらでも……作戦と再起は図れる」

林の冷たい口元が、動じずに動く。

『……』

暫く、西洋人同志の男達は顔を見合わせていた。

(これだから……雇い傭兵は扱いにくい……)

林の耳元で弟分の『孫』が呟いたが……林はそっと、ひと睨みしておく。

「わかった……どうやってトンズラするつもりなんだ……

軍がここまでシステム奪回に動いているって事は……すぐそこにいるって事だぞ?」

「そうだな……『孫』どうする?」

「…………」

同じ東洋人の弟分はどうやら『考え』がまとまっているようだった。

「兄貴にお任せだ」

その返事は……打ち合わせをした『者』だけでまとめた『考えを実行する』と言う返事と林はとる。

孫はそう返事をすると林の目線に頷いて……

ある栗毛の男の元に去っていく。

その男に耳打ちをして、また林の所に何喰わぬ顔で戻ってきた。

「では……軍の応援が入り込まない内に……外に出て……

潜入してきた岬崖の洞窟に隠してある船に今から直行だ

俺と孫は人質を始末してから最後に船に向かう」

「解った……」

西洋人達は、空が明るくなっているのに焦ったのか……

総管制室の入り口に固まり……外に出ようと機関銃を構えた。

「じゃぁな……洞窟でまっているぞ」

「ああ……慎重にな」

林はこの時、珍しく『にこり』と微笑んだ。

ボス自ら『しんがり』の後始末を引き受けたとあって……西洋傭兵達は

さっと……『外』へ出る自動扉を恐る恐る開けて……

右左を確認……

林と孫は……そっと様子を見守った。

二人の黒い眼は……少しばかり緊張をしていた。

「いくぞ!」

一人が外に出たとき……

『ズキュン! ズキュン!!』

『ドドドドーーー!!』

激しい銃弾の雨が入り口に向かって舞い始めたのだ!

『ぐあ!』

『うぐぅ……』

雇い用兵達が一人……二人……銃弾に倒れていく!

「孫……読みが当たったな……行くか」

孫が耳打ちをした栗毛の西洋人が二人の元に走ってくる。

「だね……西洋人は血気が早いだけ……おつむが足りないよ」

「ひどいな。俺も西洋人だぜ? 口を慎めよ、孫」

「出来が良いのは、ゲイリーだけだね」

「まったく孫の生意気にはやられるよ」

一人西洋人の『ゲイリー』が嘆きながら東洋人二人の後に続いた。

『内輪仲間』の3人は、その銃撃戦が繰り広げられる中……

データーの電光板にかけ昇って、天井の通気口を外す!

前もって『内輪仲間』だけの『逃げ道』を確保していたのだ!

そこへ……黒い格好をした黒髪の東洋人二人と、迷彩服の栗毛の西洋人が一人……

意気揚々と姿を消した……。

『グウウウ!』

それを眺めていたのは『ブリュエ中佐』

一番の主犯格が『元データー』をコピーしたファイルを易々と持っていってしまったのだ!

『大丈夫か!?』

連合軍フロリダ隊の第二陣『隊長』がやっと人質を『救出』!

第二陣隊は、撃ち取った西洋傭兵達を注意深く、機関銃を向けて……警戒。

だが……既にその傭兵達は動くことはなかった……。

荒れている総管制室を眺めながら、幾人かは機関銃を構えながら部屋の奥まで侵入。

「ブリュエ中佐! とんだ災難でしたね!?」

フロリダ隊の隊長に見つけられて……

ブリュエ中佐の口元を塞いでいたガムテープがやっと剥がされたのだが……

「主犯格の男が3人……通気口から逃げたんだ!

リーダー格の男は背が高い黒髪の東洋人で……

供に逃げた男の一人は小柄な東洋人……それからかなり腕が良さそうな栗毛の西洋人で……

ここの元システムのデーターをコピーして逃げていったんだ!

早く追ってくれ!! 例え新システムを投入しても……

元システムのデーターが闇に流れてしまうから!!

今回の犯行は成功しなくても……奴らは少しでも金に換えるつもりなんだよ!」

まだ、腕の戒めも解かれていない『ブリュエ中佐』が口が自由になった途端にそう叫ぶ。

そして……彼の目線の先をフロリダ隊長も追った。

「なんと──仲間を目くらましにして自分たちだけ逃げたのか!?」

「それに……私には作戦がどうなっているか知らないけど……

何処かでシステムプログラムを打ち込んでいることも……先程、判っていたようだよ!?

そこの隊員達に知らせないと! 奴らの逃げ際に見つけられてしまう!!」

ブリュエの報告に、第二陣隊長が顔を引き締める。

そして隊長は、頬をたどるマイク管を唇に寄せた。

 

──『こちら二陣。総管制室に侵入、人質解放成功』──

 

『!!』

葉月の耳にもその報告が入る!

『!!』

そして……やっと発電所にたどり着いたフォスターの耳にも!

 

──『ただし、主犯格3人ほど、通気口にて逃走したようだ……

   御園中佐、そちらに行くかも知れない!ブリュエ中佐は君達の居場所を掴んでいたと!』──

「了解!」

その報告は、同じ交信機を付けている小池の耳にも入ったようで

彼はすぐにキーボードから手を除けた。

「達也! 総管制室から主犯格が3人だけ、こぼれて逃走したって!」

葉月の報告に窓辺で銃を構えていた達也と、

入り口のドアで何かをいじくっている黒人のサムが顔色を変えて振り返る。

「それで……?」

「ブリュエ管制長は無事救出されたけど……私達がいる場所を逃走する前に見つけていた様だって」

達也が親指を噛みながら、ふと……うつむいた。

葉月が頼っているのはこの男の『海兵員としての勘』

それは、さすがにパイロットである葉月にはない物だから……

彼の……元・パートナーの言葉を待っているのだ。

「つまり? 逃げはしたが、ここの様子は見に来る可能性が高いって事か?」

達也がふと通気口を見上げたので、葉月達も一緒に見上げた。

なんら気配も感じない暗い通気口の鉄格子。

「葉月……その前に。もし? 奴らが俺達のいる場所へ様子見も来ないで……

そのまま、外に出ていったらどうするんだよ? 

まんまと俺達、連合軍隊は大ボスを見逃したことになるんだぜ?」

そう──達也の言うとおりだった!

犯人が仲間を盾にして3人ばかりで身軽に逃げたという報告。

それは、彼等が狙った『戦争勃発』の目的は『あっさり捨てた』と言う事だ。

手元の旧システムはもう、破壊されて役に立たない。

新・システムに執着すると自分たちの身が危ない。

(なんて引き際なの!?)

葉月は、犯人が欲に執着しなかった潔さに……達也の言葉で気が付いたのだ。

未練があれば、葉月達がいるこの『電話交換室、ダミー起動場』の様子ぐらい見に来るかも知れないが

そうでなければ……本当にこのままサッと身軽な3人だけで

包囲網の盲点をついて逃げ去っていく可能性もあるのだから……。

「その事を考えると、今から外壁周辺も穴を作らないよう固めておかないと」

「今の人数では……少なすぎるわ!」

「でも、人質を救出した二陣には、せめてそれぐらいしてもらう事が最低限の対策。

もう一つは……そろそろ新システム起動班がログインをするだろう?

澤村少佐が『空管制』を始めたら真っ先に応援隊を呼んでもらって迅速に外壁固めを

御園のおっさんにやってもらわないと!」

達也の言葉に……葉月は否もなく頷いた。

彼の素早いこの『判断』は、昔もこうして頼っていた葉月。

そして……葉月が指示を出す。

その『パートナー感覚』が今、蘇ったのだ。

「俺も賛成だな」

サムもため息をつきながら……いや? 達也に感心したのだろうか?

入る隙もない日本人若手中佐の葉月と達也になんだか不満げでありながら賛成をしてくれる。

年上の海兵員の男が二人……そう言うので、

葉月は素直に二陣隊長とフォスターにその事を『提案』した。

 

『了解。御園中佐──今から数人外壁警護見回りに回します』

二陣の隊長からは快い応答が返ってくる。

 

『いや……確かに今、クロフォード中佐が澤村君とミラーと早急なセッティングをしているけど

まだログインには至っていないよ? 一応、ウンノの読みももっともだから、

管制復帰には一番にその手配をする……しかし、間に合わないかと……』

フォスターからは、確かでない返事が返ってきたが……

『時間的には最も』

と……達也がそれでも最善を隊長に訴えて、復旧後はその線で事を運ぶことに固まった。

 

現在、岬基地内の連合軍潜入隊は『3チーム』

それぞれが、新しく……そして、早急な行動に移る事となった。

 

葉月はもう一度、通気口を見上げた。

「達也……総管制室から通気口を渡って……この部屋に来るとしたら何分かかるかしら?」

「…………いよいよ、爆弾タイマーセットするのか? 遠隔操作式なのか?」

「……タイマー式にも出来るけれど……確実に仕留めるには遠隔リモコンで爆破しないと

せっかく仕掛けても、誰もいない部屋を吹き飛ばしただけになってしまうから……

犯人がこの部屋に侵入したのを確かめてからリモコンでスイッチを……」

純一が確実に仕留めるためにリモコン付のタイマー爆弾を持たせてくれたのだ。

でも──その為には、犯人がこの部屋に侵入したことが判らないといけない。

「そう思って……俺が侵入トラップを仕掛けておいたぜ?

通気口には張れなかったが……そこの入り口のドアを開ければ……

俺の手元の装置にランプが光る仕組みでね?」

サムがそんな事は専門らしく、その報知器の様な小型機材を葉月に向けて見せたのだ。

「ああ! そうだった! サムなら得意技だぜ? ラッキーだったなぁ! 葉月」

「有り難う……さっき入り口で配線を張っていたのはその為だったのね?」

「まぁね。お嬢さんが一人活躍なんて男がすたるだろ?」

彼の得意そうな笑顔に……葉月もつい微笑んでしまった。

葉月が爆薬をセットしている時、彼が入り口を警戒する傍らなにやら作業をしていた。

葉月はデスクの下に潜り込んでいたのでその様子に神経が傾かなかったのだが……。

葉月のしている事のサポートを素早く思いついた彼にも『敬意』が湧いた。

達也もそうだが、サムもさすが……フォスター隊の一員、勘の良い海兵員なのだと──。

「さて……準備も整った! ここを出て近場に身を隠して……

犯人がこの部屋に来るかどうか……

来なければ他の隊員からの発見報告を待つしかないな……」

達也の言葉に、皆が頷き合う……。

「総管制室から、通気口を通ったとすれば……」

小池が胸ポケットから岬基地の敷地内図面を取り出す。

その図面に達也もサムも……葉月も覗き込む。

達也の指が『総管制室』から、この『電話交換室』まで何かを『計算』するように動いた。

「15分かな? 俺が移動するならね……」

「そうだな……」

達也の計算にサムも賛成のうなずきを。

葉月はダイバーウォッチを眺める。

二陣の『救出成功』の知らせが入ってから……『5分』は過ぎていた。

「10分程ね……それでサムのトラップが反応しなかった場合は……

一度、この部屋に様子見で戻ってみる? 犯人が現れたらスイッチを入れたらいいし……」

「そうだな……じゃぁ……ここを出るか」

達也のまとめで、皆は一緒に頷いてその部屋を出る。

達也と葉月は……部屋を出る際、もう一度通気口を見上げて……

「ウンノ! 何処に身を隠すか早く決めないと!」

先に出て先頭を向かうサムにせかされて、二人一緒に肩を並べて外に出る。

小池が付けっぱなしにしたパソコンディスプレイの中のカーソル……。

そのカーソルだけがその部屋で動くだけとなった。

 暗い通気口の中……。

スターライトスコープを目元に装着した男が3人……迅速に静かに通気口を進行中。

「兄貴! どこから外に出るつもりだよ? 総管制長には俺達が逃げたのがばれているぜ?」

「うるさいな。落ち着けよ、孫──暗くなるまで何処かに身を潜めることも出来るんだぜ?」

「冗談じゃないぜ? ラム……俺はジッとしているのはゴメンだな」

「ゲイリーまで……そういうなよ。いざという時の例えだよ」

「ラム……それより、さっき新システムの打ち込み場所見つけたんだろ?

気にならないのか? 奪ってしまえばもう一度、空を支配できるんだぜ?」

ゲイリーが3人の真ん中を行く林にそう尋ねる。

「……まぁ、そうだが……危ない橋はもう渡る必要ないだろう?」

林は至って落ち着いていて、それでいて『確実』な所だけ見極める。

孫とゲイリーは少しだけ残念そうに林の前と後ろでため息をついた。

「しかし──逃げついでだ……

少しばかり……『電話交換室』を覗いてみるか……?」

林の一言に、孫が一瞬先頭で前進を止めて、振り返る。

「そうこなくっちゃ、兄貴」

「ただし、覗くだけだ」

「とぼけた海兵員がいてくれたら……やりやすいな。

トミーをやった割には、基地内電源を使って場所をばらすなんて間抜けだな」

ゲイリーが呆れたため息をこぼしながら……進み始めた東洋人の後を追った。

「そこが腑に落ちないな……ワザと俺達に見つけさせようとしているのか……

トミーをやったのはまぐれなのか……」

「……」

「……」

林の読みは確かなので、そこでお供の二人は黙り込んだ。

『油断』をしないところはさすが『元私設諜報部員幹部』だと唸らざる得ないのだろうか?

「ここまで番狂わせが出たのは、なんと言ってもトミーがあっさりやられたことだ。

あれだけ警護の傭兵を3人も付けておいたのに……

捕らえたはずの海兵員がどうやって反撃をしたかが問題だ。

その後……妙に海兵員達の動きが良くなったような気がしてならない……

だから──覗くだけだ。そこで、どんな男が仕切っているか顔でも拝めれば面白いかもな」

林が微笑み混じりの息をこぼして呟く。

「なんだよ。それが目的かぁ──兄貴は欲があるんだか? 欲がないのだか?」

孫が呆れながら前進……。

総管制室がある総合棟の突き当たりに来て、一端下の通路に出ることに決める。

そこは連絡通路で、下に降りて新たな棟に繋がる通気口に進路変更のため降りなくてはならない。

人影はない──。

『逃走計画経路』通りに3人は人影がないうちに、一端外にて素早く新たな進路……。

電話交換室や侵入された経理室がある棟の通気口に移動!

「電話交換室は2階だったな」

「そうだよ、兄貴……もう少しだ」

「やれやれ……いつの間にか俺達がネズミだな?」

ゲイリーの小言に構わず、東洋人の二人はサッと暗い通路を前進。

ゲイリーも気合いを入れ直して、ついていく……。

 

そして──

『ついたよ……兄貴』

先頭を這っていた孫が止まる……。

スターライトスコープを外して、通気口の鉄格子から差し込む光の下を覗き込んだ。

孫の肩を越して……林もスコープを外して覗き込む。

ゲイリーも鉄格子側に覗きにやってくる。

『誰もいないな……確かに電話交換室から電源使用のランプがついていたのだが?』

林がそっと訝しそうに呟いた。

『……兄貴……パソコンが一台……立ち上がっているみたいだけど?』

『…………』

林は孫とは違ってかなり警戒した顔つきに……

『誰もいないんだ……下に降りて覗くだけ覗いてみようぜ?

俺達に場所が知られた上に、逃走した報告を受けて……移動したのかも知れないな……』

『……いや、俺達を引き寄せる餌だったかも知れない……

人がいないというのが怪しいな……』

林の言葉に、通気口の鉄格子の側で孫とゲイリーも……

やはり下に降りるのは躊躇ったようだった。

「爆薬かな? たぶん仕掛けはドア入り口だ」

「どうして!? そんな事解るんだよ??」

林の予測に孫が驚いて振り返る。

「そうゆう物じゃないのか? 俺が罠を仕掛けるならそうするからな」

「俺も、ラムに同感。誰もいないのが怪しいな。本当なら必死にシステム立ち上げるはずだし」

ゲイリーは、林に賛同し兄貴らしく孫に得意気に笑いかけた。

「ちぇ! だったらドアに触らなければ良いって事じゃないか?

それなら……下に降りるだけでも大丈夫だと思うけどね?」

「それもそうだなぁ……じゃぁ、孫の気が済むようにしてみるか」

「仕方がないな」

林の承諾に孫は、にかり……と笑い通気口の鉄格子を外し始める。

鉄格子をそっと外して3人の男は音も立てずに電話交換室に舞い降りた。

部屋に侵入して、まず……孫が気になっているパソコンに駆け寄った。

その後に続いて、林も覗き込む。

「あれー? 打ち込み途中だねぇ」

「……やっぱりな。ここは俺達を引き寄せる為のダミー場所だったのかもな」

「そうみたいだな」

室内をうろうろしていたゲイリーが東洋人二人の後ろで呟いた。

その声に黒髪の男二人が振り返ると……

ゲイリーは跪いて机の下を覗き込んでいる。

林も何かを悟ったのか、ゲイリーの元に行き一緒に跪いて覗き込んだ。

「タイマーなしか……遠隔操作が出来るって事か」

「ドアにトラップが仕掛けてあったぞ? ドアに触れば俺達が侵入した合図……

その合図を確認して手元のスイッチで『ドカン』って寸法らしいな」

「こしゃくな……だが、俺達に読みとられたとならば、ただのバカって所か」

「やっぱ、林……お前の読み正解だったな。

孫の先走りにつられていたらここでやられていたぜ?」

ゲイリーも、新システムを再度奪いたいが為に先走った事に反省のため息を

「失礼な! 当初の最終目的が達成したら金は入るし、兄貴の名も高くなるんだぜ?

それが……トミーみたいな素人のしくじりで総崩れ! こんな悔しいことあるかよ!?」

孫が反論すると林がため息を……

「そうさ──俺とて口惜しい……。トミーをやった海兵員に一発仕返しはしたいところだが

こんな罠まで仕掛けているぐらいだ……ここは命あっての物種。

今回は諦めるのが得策だな」

林はコートの襟を正して……今度は疲れたようなため息をこぼした。

そのため息が……落ち着いていながらも急に追いつめられるハメになった事へ

怒りと口惜しさを震わせているのを押さえ込んでいるため息と……孫とゲイリーはとって黙り込んだ。

「じゃぁ……兄貴、解ったから……もう、いこう……」

「林……お前がさっき言っていたようにまた次があるさ」

二人の親密な仲間にそう言われて林はそっと静かに微笑んだ。

そうして……3人が通気口に再びあがって、鉄格子を簡単に閉めたときだった……。

 

『キィ……』

 

入り口のドアがほんの少し開いたので、3人は驚いて息を潜めて動きを止める。

 

「来なかったみたいだな」

男の声がして……そのドアから銃を構えて中を警戒する黒人の男が現れた。

「来たかも知れないぞ? 意外と勘のいい闇男ならお前の仕掛けぐらいバレバレかもな」

また、一人……同じく英語を喋っている黒髪の男が銃を構えてドアを覗き込む。

「なによ!……でも、やっぱり、タイマーにして爆破した方が良かったかも……」

次は……栗毛の……

『みてよ。兄貴……なんだか俺みたいに小柄な海兵員がいるよ?』

『どれ?』

英語で会話をしながら入り口に入ってきた海兵員達を林は確認。

黒人の男と、東洋人の男が3人……

その中に……まだ成長しきっていないような? 栗毛で身体の線が細い隊員が一人。

『兄貴……黒髪は日本人みたいだけど?』

『黒人と栗毛はアメリカ人か?』

ゲイリーも息だけの声で囁いた。

その途端……!

 

「!?」

 

その他の男より細身の栗毛の隊員が通気口を見上げたのだ。

林達は驚いて3人揃ってサッと鉄格子から前と後ろに遠ざかった。

(なんだ。アイツは!? 子供みたいな身体をして妙に勘がいいじゃないか!?)

林は珍しく動揺して、ゲイリーと通気口の中で身を固めて冷や汗を浮かべる。

 

『達也……戻るわよ』

栗毛なのに……日本語が彼女の口から出たのでさらに驚く。

しかも……その声のトーン……

(栗毛は……女か!?)

だとしたら……警護についている海兵男より小柄なのも線が細いのも頷けるが

(何故? こんな所に女がいる? いたとしたら……トミー達が捕らえた時に

散々、女として痛めつけられているはずだし……傭兵達が放っておくはずもないが?)

それとも……自分が雇った傭兵がよほど間抜けで

栗毛のあの隊員を『女』と見抜けなかったのだろうか!?

林も一瞬、不思議に思いながらも『小柄な男』と思ったぐらいだから……

しかし……

『なんでだよ? 葉月??』

日本語で叫んだ男の声……。

『いいから……外に出るのよ』

林はその急いだような彼女の声に、何かを感じてそっと……

危険を承知で鉄格子に近づいて下の様子を覗き込む。

『!!』

言葉を発しない栗毛の彼女が……黒髪の男と向き合って……

彼女の指が『通気口』を指さしているではないか??

(気配が解るのか!? あの女!)

その上……黒髪の男もそっと通気口を見上げて……

『いくぞ!』

黒人と、他の黒髪の男をせかすように外に出したのだ!

電話交換室のドアが閉められた!

 

「しまった! 俺達の気配を読みとられていたぞ!

ここから遠ざからなくては! 遠隔操作の爆破スイッチを押されるぞ!」

 

林が声を荒立てたので孫とゲイリーも顔面蒼白となって狼狽えたのだ!

「通気口から出ろ! 奴らが自分たちが安全な距離に行くまでに外に出るんだ!

通気口を這って遠ざかる時間はないぞ!」

「くそ!」

孫が通気口の鉄格子を蹴り落として、なりふり構わずに下に降りる!

林とゲイリーもすぐに下に降りて、電話交換室のドアを開けた!

 

「ミゾノ中佐! ドアのトラップに反応が出たぞ!」

サムが走りながら手元の機器のランプが点滅しているのを葉月に見せる。

「まだダメ! 私達が巻き込まれる!」

葉月は手に握ったスイッチを押せずに叫んだのだが……

「バカヤロウ! ここで奴らを逃したらまた一苦労だぞ! 押せ!! 葉月!」

「でもーー!!」

葉月が躊躇っていると、達也にうやむやに襟首をひっつかまえられた!

「サム! 小池の兄さん! 富永! 通路から離れるぞ! ここの部屋に入るんだ!!」

廊下に並んでいるすぐ側の部屋の扉を達也が葉月を引きずったまま

乱暴に足で蹴り開ける!

(部屋に入れば少しは通路を襲う爆風は防げるって事ね!?)

達也がやろうとすることが、葉月にも通じて……

「やれ! 葉月!!」

男達が部屋の中になだれ込んで、葉月は達也に捕まえられたまま床に倒される!

達也が葉月の身体に覆い被さって床に伏せたところで……

手の中にあるリモコンスイッチを葉月は躊躇わずに押した!!!

 

『ドゴーーン!!!』

通路伝いに、煙を巻きながら激しい風が避難したドアの扉さえも激しく揺さぶる!

葉月の頬にもその激しい気流が伝わってきた!

 

でも──

昔と同じように……大きな手が葉月の頭ごと、押さえている……。

『達也──』

胸の下から……彼は絶対に葉月を離すまいと……

埃にまみれた黒髪が彼の身体の下敷きになっている葉月の視界で揺れていた。

そう……いつもこうして守ってもらっていたはずなのに……はずなのに……。

葉月は少しばかり……非常時の中。

懐かしい香りがする男の胸の下で切ない気持ちに包まれる──。