22.釘刺し

気を取り直して、葉月は立ち上がる。

達也の想いは、胸に刻んでいつもの自分に戻ろうとした。

丸い窓に振り返って、コートの立て襟を正す。

「何をしている。そこで……。」

そんな低い声がして、葉月は丸い窓から視線を離して

通路側に振り返った。

そこに自分と同じ紺のコートを羽織っている大きな男が……。

そしてその隣にもう少しばかり小柄な栗毛の男……。

二人の初老の男が葉月を見つめていた。

(父様……!)

葉月はそう気が付いたのだが……

自分の片手は自然に真っ直ぐに指を揃えて……

こめかみに添えられていた。

「お久しぶりです。将軍……。」

敬礼を先にする葉月。

「元気そうだな。ウィリアムと通信班、そして源メンテチームが到着だ。

ミーティングを始めるから、早く戻りなさい。」

葉月と同じ、ガラス玉のような茶色の瞳が

無感情に冷たく葉月を見据える。

父がそれだけ言うと、ちょっと腑に落ちないような

顔を刻んだ、後輩の『ブラウン少将』を携えて前へと歩き去っていった。

(やっぱりね……。)

葉月も……フォスター中佐に自分で言ったように……

『ここに私の娘はいない』

そんな父の態度を解っていながらため息を小さく床に落とした。

威厳ある将軍が二人……会議室に向かう後を葉月も追う。

会議室の入り口には丁度……ウィリアム大佐が入っていった姿が。

その後ろにクロフォード中佐と、小池が率いる通信班が……。

将軍のお出まし、と解ったのか、

クロフォード中佐がさっと……入り口を父親に譲ったのが葉月に見えた。

小池の後ろには、隼人が……。

栗毛の大きな男を見上げて、硬直しているのが葉月に解った。

『コレが……葉月の父親!』

そう……思っているところなのだろう……。

だが、栗毛の男二人は、部下に譲られるまま前だけ見据えて

サッと会議室の入り口をくぐっていってしまった。

将軍達に遅れまいと、クロフォードと小池が

妙にせかされるように会議室に入っていったのだが……。

葉月に気が付いた隼人が、源達を先に通して会議室に入ろうとしなかった。

「移動……お疲れ様。眠れた?」

無表情に……誰にも悟られないよう葉月は隼人の側に寄って……

視線は隼人に流さずあさっての位置を見据えて呟いた。

勿論……そんな葉月に隼人も合わせてくれる。

葉月と同じ表情、視線の取り方で返事を返してきた。

「全然。でもその代わり今からぐっすり眠れるかもね。」

「そう。なら……いいの。」

「お前にそっくりジャン。一目でわかった。」

『にしても……でっかいオヤジさんだな。威風堂々だね』

隼人はそこだけは……ニッコリ葉月に微笑みを束の間向けて、

サッと葉月から離れていってしまった。

葉月も、少しだけ……嬉しいような気がして口元を緩め……。

すぐに表情を引き締めて、山中が待っている前席へ向かう。

隼人はクロフォード隊が陣取る席、小池の横へと腰をかけたようだ。

葉月は隼人達の席とは反対の壁際を伝って前に向かう。

既に行儀良く座って待機しているウィリアム大佐の隣、

山中の前の席に座ると……

『目を離した隙にすぐコレだ! どこに行っていたんだよ!』

息だけの声で、さっそく山中にたしなめられたが

葉月は素知らぬ振りで『ツン……』と座り込む。

前の席に腰をかけると、フロリダのフォスター隊が

葉月と正面の席に座り込んだ父親亮介を

物珍しそうにシゲシゲと見比べているのが解った。

(もぅ! まるで見せ物みたい!)

栗毛の父娘……。

軍人親子がこうして同じ場所に揃うのは滅多にないことと言えばそうなのだ。

だが……フォスター隊、十人もいないメンバー達は

正面の指揮官親子に集中しているのに、一人だけ……

全然違う視線を流している男が一人いた。

達也だった。

そして……クロフォード通信隊の中にも一人。

達也と視線をかわしているのが葉月には解って、急に『緊張』

そう……達也が葉月と一緒に入り口を入ってきた黒髪の男を見ていたのだ。

『あれが葉月の男か』

そして……隼人も外人ばかりのフォスター隊の中で

一人だけ黒髪の東洋人が誰か解ったようで……。

『あれが……ウンノ中佐』

二人の視線が暫くピタッと重なり合っていたので

葉月は『ヒヤリ……』

しかし……達也はなんだか視線をはずそうとしない。

だけれども、隼人は平静顔でシラっと

達也の『挑発的な視線』をかわしてしまったのだ。

(どっちも。……らしいって言うかぁ。。)

葉月はそっと引きつり笑い。

二人の性格がよく出ているようだと実感してしまった。

外部応援部隊、数十名が揃ったところで、

正面に位置取った亮介が、硬い表情で立ち上がる。

「それぞれの部隊からはるばるご苦労。

今から今後の作戦及びスケジュールについての会議を始めようと思う。

では、まず、主だった指揮官の紹介でも……。」

父・亮介の声で、緊張感ある会合が開始された。

「まず、今回の作戦で総監を任された私……御園です。

私の隣、今回の現場総指揮、フロリダのブラウン少将……。

そして……小笠原部隊総監はウィリアム大佐。

そして……」

父の声がそこで、一瞬止まったようだったが、

「今回、フライト応援、コリンズチームと、空軍側のサポートを

御園中佐に副指揮官としてお願いすることになった。

なお……」

父の声がまたそこで止まった……。

その上……。

(空軍側っていちいち説明するって事は……

空軍以外首突っ込むなって事ね〜)

皆に、葉月はコリンズチームの指揮官としてやってきた……

突入隊の作戦には関与しないと釘をさされた気がした。

そして……声を止めた父がやっと先を進める。

「なお……皆も良く存じていると思うが……

御園中佐は、私の娘であるが遠慮はしないように。

そうだな……中佐。」

「当然です。 中将。」

冷たい父娘の視線の交わし合い。

今までもシン……としていた空気がより一層固まったような気がした。

葉月は気になって隼人をチラリ……と見つめると、

葉月をチラリと眼鏡をかけた顔で見つめていて、視線があった。

なんだか、呆れたような視線に葉月には感じた。

『俺とオヤジの事、散々騒いで……お前もお前だな。』

そう言われたような気がしたのだ。

「さて……作戦にあたる主だったキャプテンも紹介しておこう。」

この後、デイブと源が紹介され、フォスター中佐、クロフォード中佐、

小池が紹介されて小笠原でも良く叩き込んできた作戦が

綿密に……最後の打ち合わせとして叩き込まれる。

フロリダと小笠原に食い違いがないか確認され、

今夜の突入予定時間までの準備と

休息時間のスケジュールが言い渡される。

葉月達は、この後食事が済めばすぐに……

先ほどスクランブルに出動したチームと交代して

明日の朝までは、『スクランブル当直隊』として

始終、空に気を配ることになっていた。

明日の朝……いったんフランスマルセイユ基地へと交代で退き、

次のシフトまではフライト側は休息。

(本基地に帰る頃には……隼人さんはもう……作戦中って事ね)

葉月は眼鏡をかけて父の説明を真剣に

レジュメにメモを取っている隼人を眺めた。

隼人達、通信隊はコリンズ空隊とは一緒に食事を採らずに

この会合の後、フォスター隊とさらに綿密なミーティングをしてから

休養……というスケジュールだった。

(もう……帰ってくるまで話せないわね)

そう思ってため息をついているうちに会議は滞りなく終了。

いよいよ……。

作戦に向けて各スケジュールに散ることとなった。

まず、コリンズ、源、空軍隊は食堂にて腹ごしらえだった。

『では、諸君の活躍を祈る!』

父の敬礼に、皆がサッと立ち上がった一斉に敬礼。

そこで……会議は終わった。

「さて、お嬢? 私もフライトの指揮を一緒にとるから

早めに食事をすまそうか? 突入隊とのミーティングが終わったら、

私もすぐに食事を採って、管制室に行くよ。」

「はい……でも、大佐は今夜が山だから……お休みにならないと。」

「細川中将が応援に到着したら休ませてもらうよ。」

ニッコリ……葉月が今置かれている厳しい指揮官側としての

状況をウィリアムは良く解っているのか……

初めての指揮官としての初仕事……協力は惜しまないといった所のよう……。

その優しい笑顔に葉月は不安も退いていく気がした。

皆がレジュメ片手に会議室の入り口に集中していた。

「葉月」

そう言われて葉月は肩を並べていたウィリアムと振り返った。

父がそこに立っていたのだ。

『葉月』と名前で呼んだので、ウィリアムも驚いたのか……

父娘の語り合いと察してサッと頭を下げて先に行ってしまった。

山中も気を遣ってか、父に一礼をしてとりあえず出口に向かってしまった。

「……なに?」

父とは視線が合わせられず……。

コレがフロリダの実家ならそうでもないのだが

入り口に固まっている他の隊員達が妙に注目しているような気がして……

意識しすぎて……だから、視線を合わせられない。

それは父の亮介も同じようだった。

「今から明日の朝までは頑張ってもらわないと困る。

食事はしっかりとってきなさい。

あと一時間もすれば『良和』も来るだろうし……

私も管制室で一緒に空を観察せねばならぬからな……。」

「解ってる……。父様は? お食事は?」

うつむく娘の言葉に、そっと……父が微笑んだような気がした。

「私はもう早朝にとったよ。早く行きなさい。」

父がそういってニコリと微笑み肩を叩いたので……

葉月もそっと父を見上げた。

「母様……元気?」

「ああ……。だが、言っていない」

「え……。」

葉月はそれを聞いて眉をひそめた。

「いや。任務の事は言っているのだが……。」

「怒っていた? 何を言っていないの?」

「怒りはしなかったよ。ほら……」

父がそっと……入り口に固まる隊員達に視線を流した。

「『彼』の事?」

「そう。お前と付き合っていることをね。」

(嘘……!)

葉月はそれを聞いて思いっきり顔をしかめた。

(それで……母様……父様が教えてくれないから……

細川のおじ様に探りの連絡していたのね??)

そして……その恋人が……以前に側近の彼が

葉月から離れて『前線』に出ることを知ると……

母は……

『あの子のお付き合いしている男性が前線ですって!?

葉月がジッとしているわけないでしょ!!』

そう……怒りだすと父は思ったのだろう……。

もう一つ。

『その訳の解らない男性が葉月の側に来て……

葉月と付き合っているですって!? いったいどんな男性なの?

そんじょそこらの男に葉月は任せられないわ!!』

そんな声も聞こえてきそうだった。

だから、男達、父とその友人の細川が今は母の探りには

上手い具合に交わしているというのが解った。

「まぁ。心配するな。彼等が無事に戻ってこないと私の責任問題だし

……母さんにもいずれタイミングを計ってな……」

父から注がれる久々の優しい目元に

葉月は素直に『コクリ』と頷いていた。

そこで父とは別れてコリンズチームと源チームに合流。

葉月は、デイブ達に囲まれて食堂を目指した。

「良かったじゃないか。オヤジさん優しそうに笑っていたじゃないか?」

デイブが父娘の触れ合いを見届けてなんだか嬉しそうに笑ってくれた。

「はい。でも……。」

『空軍側にいろって……皆の前で釘をさされた。』

葉月がそう言いたくて言葉を濁したが……デイブにもそれが解ったようだ。

「上手く押し込められたな本当に……。

それだけ、前の任務の事……皆にはショックだったのだと忘れるなよ。

俺も、お前がフライトに出られないのは残念だけどよ。

動ける男達に今回は任せていろ。

お前は今まで誰よりも勇敢に突き進んできたんだ。

それで……もう……充分じゃないか。なぁ。」

『指揮側からの指示だって大きな……大切な仕事だぞ』

あれだけ文句を言っていたデイブもそう考えを落ち着けたようだった。

先輩や……大人達が皆そう言って葉月を指揮側に押さえている。

だから……葉月も今回は……

大人しく、そして『指揮』という大きな仕事に身をゆだねる心を固めようとした。

「お嬢。オヤジさん……優しそうに笑っていたな!良かったじゃないか♪」

山中も葉月の隣に並んで嬉しそうだった。

『妙に厳しくされる所見ると、いつも辛いんだよなぁ』

山中は今回もそんな場面に出会うのじゃないかと心配していたようだが……。

先ほどの父娘の微笑みあいを確認して安心した様子。

「ああ、そうそう。入り口で隼人と話したけど……」

『え! 何を!?』と……葉月は身を固めた。

「隼人……『なんだ思ったより父と娘って感じじゃん。安心した』ってさ。」

隼人の感想もキチンと伝えてくれた山中に葉月もそっと微笑んだ。

(そう……良かった)

隼人には……今は妙な気遣いはさせたくなかった。

『父娘らしくない。ちょっと上手くいくよう考えなくちゃ』

いつも……そうして葉月の身の回りに気を配ってくれる彼。

今はそんな葉月の事より、自分の身を守ることに集中して欲しいから。

『あー腹減った!』

『早く行こうぜー♪』

よく眠ってはいないだろうに元気で若いチームメイト達に

せかされて葉月とデイブは顔を見合わせて微笑み合った。

『バシバシ指示出すからちゃんと素直に言うこと聞いてよね〜!』

『お嬢の指示がなくても、指示より先に的確に進めるよーだ!』

『何ですって!!』

いつもの調子がチーム内に漂い始めて

コリンズチームは揃って明るく艦内食堂へと向かった。

「マイク……」

皆が去った小さな会議室で亮介は横にいるマイクに一言。

「終わったら……連れてきてくれないか? 控え室にいる。」

亮介はそれだけ言い付けると、マイクを置いて先を歩き始める。

「やっぱり、気になるのですか?」

マイクの一言に、亮介は反応もせずに先に会議室を出ていってしまった。

マイクはいつもながら……

普段は困るくらい明るいくせに何処か暗い影を漂わした上官にため息一つ。

亮介の言い付け通り。

フォスター隊と小笠原通信隊が移動した一室に向かった。

 

『では……突入隊のメンバー紹介を……。』

現場総指揮官のブラウン少将を始めとして

その部屋の中央のデスクに岬基地の見取り図が広げられていた。

その部屋の窓から、マイクはそっと気づかれないよう様子を見る。

フォスターとクロフォードが、一番の要として皆に一番に紹介された。

フォスターからフロリダ海兵隊員の紹介。

クロフォードから小笠原通信班の紹介が行われていた。

『まず、今から空母艦はさらに東、ニースへと移動する。

到着後、夜半に手配した漁船でこちらマルセイユに戻ってきて

漁船から海中移動……。岬のこの地点、崖から基地内に潜入。

クロフォード中佐。 マクティアン大佐からこのポイントで

システム停止、新システム立ち上げの作業を言い付けられたそうだが

間違いはないね?』

ブラウン少将が基地内のある部屋を指揮棒で指していた。

『はい。間違いございません。

ここにはいくつかの使える機材が揃っています。

現状況は、管制室に岬基地の隊員が固められて、人質に。

この部屋なら、その管制室から遠いと言うことで、警戒が薄いかと。

そう……マクティアン大佐はおっしゃっていました。』

金髪のクロフォード中佐が落ち着いた表情で

淡々とブラウンにマクティアン大佐の『案』を報告。

皆がそれは『最も』と頷いているのがマイクには解った。

『この機材を使って、敵の目を盗んで現システムを停止させます。

時間は30分、新システム立ち上げに1時間の計算で演習しました。

新システムが起動すると現システムは動かなくなります。

起動後は、空母艦管制とも、マルセイユ本基地とも通信が復旧。

敵の手元のシステムは動かなくなるので

対空ミサイルの操作も効かなくなります。

そうすれば岬基地上空をフランス機が通過することもできます。』

『その警護ってワケだな。俺達は……。』

同じく金髪の隊長、フォスターが頷いた。

『お手を患わせないうちに、早急に復旧することを目標にしていますから。

宜しくお願いいたします。』

クロフォードの礼儀正しい申し出に、フォスターも男らしく頷いていた。

『それで、システムが復旧したら、空軍管制はこちらの

『サワムラ少佐』を軸に、小池と私クロフォードで管制を行います。』

そこで、皆の前に『無名の隊員』……

黒髪の少佐が前に出されてトッド=クロフォードから紹介された。

隼人は紹介されてそっと頭を下げた。

『御園嬢の側近、秘蔵っ子』と言うフロリダ隊の視線を

注がれているのが、外で様子を伺うマイクには解った。

その中で、案の定……あの達也がしらけた視線で隼人を見下ろしている。

だが、その視線とかち合っても、隼人は何のその……。落ち着き払っていた。

(なるほど。噂通り……冷静って事か)

マイクも、上司の亮介が品定めする前に、

親しき『お嬢さんの恋人』を品定め……。

(それにしても、ウンノは分かり易いなぁ)と、マイクは苦笑い。

今は、元・義理父になってしまったブラウン少将も

元・婿の達也の様子が手にとって分かるのかため息までこぼしていた。

『さて……夜半、基地内潜入後はこちら空母艦では

発信を頼りに君たちの行動を把握。

クロフォード中佐の説明通り、早くて3時間〜4時間。

そこで『管制通信機能奪取、復帰』が出来れば、

こちらに本日到着する、フロリダ第2陣突入隊が応援に入る。

犯人をどこまで追いつめられるかは解らないが

一番の目的は『通信機能復帰、システム機能奪取』だと言うことは忘れずに。

なにか予定外のこともあるだろうから、夜明けまでは様子見。

夜明けになっても、通信機能が復活しなかった場合は

君達に何かあったと見なして、第2陣の通信隊と突入隊を向かわせる。

そうならない事を、祈る。いいね?』

『ラジャー!』

ブラウンの『念押し』の説明に皆が揃って声を上げた。

その後、十数分、事細かい確認が行われて。

海兵隊、通信隊のお互いの意志が一つになったようだった。

皆が納得した上の、行動作戦会議はそこで終了したようで

小笠原通信隊は今から食事をして仮眠に入る予定。

フロリダ隊は、今から重機チェックに入って突入前の休息に入るようだった。

皆が部屋の外に出てこようとしていたので

マイクはそっと、扉から身を退いて、近くの通路に身を隠した。

『やっと、食事だなぁ。小笠原出てからろくなもん食ってないし。』

黒髪のコイケが日本語でそう呟いてこちらに近づいてくるのが

マイクの耳に伝わってきた。

『そうですね〜。それより僕は寝たいですよ。』

もう一人……日本語を喋る男の声。

(彼が来たかな?)

マイクはそっと通路から覗き込んで近づく声が誰か確認。

『緊張するなよ言っても無理かな? 俺も緊張……。』

似たようなタイプの日本人が二人……クロフォードの後をついてきていた。

通路の入り口で待ちかまえていた紺のコートを着たマイクと……

通り過ぎようとしていたクロフォードの視線があった。

トッド=クロフォードが将軍の側近と解って敬礼をしたが……

何か悟ったのか後をついてくる日本人二人に振り返った。

でも、それだけで彼は落ち着いた素振りでそっとマイクの前を通り過ぎて行く。

先輩トッドの視線を不審に思った隼人と小池が

マイクの姿に気が付いて立ち止まった。

小池も解って悟ってくれたらしく……

「じゃ。 俺、先に行っているぜ……。」

そう言ってサッと隼人を置いて先に行ってしまった。

隼人も、恋人の父親付きの側近と解って、緊張した面もちで立ちつくし……

仲間が訝しそうに背中を通り過ぎるのを待ち構えているのが

マイクにも良く解った。

通路の向こうに、腹空かしの男達が遠のいていて静かになる。

「初めまして。 ジャッジと申します。

皆はマイクと呼びますので……お見知り置きを……。」

マイクが流ちょうに日本語で挨拶をして頭を深々と下げる様を

隼人が驚いているのがマイクの視界の端に見えた。

「いえ……こちらこそ。サワムラと申します。あの? なにか?」

マイクは頭を下げたまま呟く。

「御園将軍がお呼びです。この忙しい中お呼びするのは大変失礼なのですが、

どうか……『父親』としてのお気持ちお察し下さい。」

その……将軍の『お呼び』が『私情』だと言う事。

だから、彼は低姿勢に将軍の代わりに隼人を迎えに来た。

それが、隼人にも伝わる。

「そうですか。いえ……お近づきになれる時間があるのなら……

僕からも……彼女のお父さんに伝えたい事ありますので……。」

隼人の落ち着いた穏やかな微笑みを確かめてマイクも顔を上げた。

「お噂通り……将軍に呼ばれて『待っていました』なんて……

そのお言葉、落ち着き、驚きましたよ。さすが……じゃじゃ馬嬢の側近。」

マイクの『ニヤリ』に、隼人も『ニッコリ』

「いえいえ。彼女曰く、私は『ずれている』……らしいですから?」

初対面なのだが……

同じ栗毛の父娘をそれぞれ上官に持つ『側近』

妙に、意志が通じるようだと二人揃って微笑み合ってしまった。

『では。手短で済むと思いますので……』

『はい。』

二人揃って、亮介の元へ向かうこととなった。

そんな中……二人が通り過ぎた通路に人影……。

黒髪の男が二人が肩を並べて歩く後ろ姿を

二人に気づかないように覗き込んでいた。

(ちぇ! 今から『おっさん』の品定めって所か)

達也は、あの男の物腰なら亮介も一発で気に入るだろうと言う

『勘』を確信していたのだ。

もう一度、舌打ちをしてそっと気づかれないよう……

『側近男二人』の後を追ってみた。